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日々世の中を眺めていますと、ときには頭脳明晰になんでも素晴らしい処理能力をもって、積極的な働きができる人を見て取れて、心から羨望の眼でみることがあります。話す言葉もてきぱきとさせて、先々を読みこんで人を動かすことができる人をみていますと、結構言葉も乱暴にさせながら、強引に指示をだす姿が、やはり自分としては真似することができない部分と感じてしまっています。物事を理論付けて時系列に準備や運営ができない性格で、大事なことがあっても、その直前にならなければ行動に移せない、とっても間抜けで頓珍漢な暮らしぶりをしています。人生の崖っぷちに立たされているにも係わらず、比較的ノンビリと注意力が散漫なままにして、なかなか仕事の手が捗らない時間を、楽観的に過ごしているところです。効率が悪いし段取りも悪いし、仕事の成果とすればとっても大きな損失なのですが、これも生まれもった性格が反映されているようで、考えているようには理想改善が進まない状況です。還暦を過ぎた人生であれば、少しはゆとりをもった人生を歩めると思っていたのですが、今までの反動が出たようでして、豊かさの揺り戻しの厳しさを天命として受けとめています。以前を振り返ってみれば、人様が羨むほどの傲慢な生活をしていた時もありましたし、バカで遣りたい放題の、虚しい人生を過ごしてきた事実もありました。今となっては、反省をすることが多々あるのですが、天の神様とは物事をきっちりと見据えてくれているようで、若き頃の破廉恥な行為の罰として、今になっての天命を与えてくれているのだと、自身で十分に納得をしているところです。大きな甘えをもって、世の中に生かさせてもらった、享楽的な時間を過ごしてきましたが、今では報恩の埋め合わせをする時になっているようです。日ごとに過ぎ去る時間が早すぎて、願う心にしている信念が実現できないままになっていますが、いまこそ世の中のためになる働きと、善行の心がけを全うする時期だと信じます。人さまのために奉公できる自分でありたいももと、いろいろな方の指導を頂きながら、学ぶ日々を繰り替えしているのですが、思い切った英断ができなく、重ねて迷惑を深めてしまっている現実があります。良かれと思って創めたことが、時代の流れに上手く乗り切れなくて、いまでは世の中からはじき出されてしまいそうな実情に、大きな戸惑いと反省をしています。そべての原因が自己能力の劣ることを認知できないことにあって、世の中の甘えにすっかりと寄りかかってしまった原因があるのでした。今の厳しい時代のなかでは、何処で好転をするのかは分かりませんが、短気と損気をすることなく、じっくりと構えながら、好機の転換と天恵の思し召しが、ありがたく享受させて頂ける身になりたいものです。愚図は愚図なりに、世の中に生かされている事実をふまえて、世の中に必要と認めてもらえる心がけを、謙虚になって追い求めていきたいものです。
2009.10.31
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常々自分に対して思うことは、すこし腹立たしく反省することは、自分の対話能力のお粗末さに呆れてしまい、なんとか上手く改善できたらと、以前から熱望をしていたところです。会議での意見発表も苦手ですし、趣旨説明を明快な語彙で要領よくこなせないし、説明能力の貧困さに自分自身で嘆いてしまいます。頭の中で考えている言葉が、単純でないことに原因があると思うのですが、人に伝達させるための簡潔簡便な言葉を学ぶ必要を理解できていますが、的確に言語化させて確りと伝達をさせてみたいものです。今日は月末の慌しい時間の流れの中で、お役所の担当者にお会いすることができ、短時間に難しい要望を伝えて、大きな決断をすることになっていました。取引をしてきた関係する機関との、事情説明を時間経緯に説明していたのですが、端的に簡易説明をすることができなきなく、回りくどく要領のえない説明を延々と話していた自分の言葉に呆れていまいました。自分の持つ語彙が圧倒的に少ないことが、頭の中で次の的確な言語を探す時間となってしまい、自然に間合いが長くなって、いらぬ無駄な静寂な時空ができてしまうものです。人との会話の途中で間合いができてしまいますと、頭の中では言語脳の機能がフル回転をしているのですが、発言能力の劣勢とは悲しいもので、豊かな語彙がすんなりと沸いてこないのです。講演会や会議に参加をした時に、流れるように鮮やかな会話をしたり説明をされる方がいらっしゃいますが、訓練だけでない、話上手のDNAを引き継いでいるのかもしれません。難解な話を難しく話をすることは易しく、難解な話を易しく話をすることが難しいのだと、よく例えて言われておりますが、このことわざは実感として理解されます。誰にでも、聞きやすく分かりやすく説明をする能力があればいいのですが、まだまだ勉強と工夫をする必要がありますし、多くの訓練の場を積み重ねていくべきだと願っています。演台でもって堂々と余裕のジェスチャーをもって、自信に満ちた講話はすばらしく聴きやすく耳に入ってくるのです。いつかは、恥ずかしながらも講演をしてみたいものと願っているのですが、伝達する技量も必要ですが、聞き手からの信頼をひきつけることが優先されますし、安心していただけるだけの品格ある人間性を是非磨いてみたいものです。多くの聴衆と共に場を共有しながら、ひとつの空気の融合を一緒になって構築させる中で、話ができ聞いてもらえる機会を望んでしまいます。朗々と会場に届く自分の声に惚れ込んで、聴衆と一体になっての伝道を夢見てしまいますが、聞き手側が大きな感動を持って、身の引き締まる話ができることを念じてしまいますし、舞台からも聴衆からも互恵の学び愛ができることを望んでしまいます。
2009.10.30
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毎日のように言葉を交わす仲間でも、こと個人的な話題になるとほとんどの方が避けてしまいがちですが、一旦話しをする機会ができますと、どんなに遠く感じる距離感であっても、たちまち親友の関係に許しあえるものだと思っています。皆さんが親しくお話をされる様子を伺っていると、すばらしい友愛の交流に羨望の眼になってしまうことがあるのですが、その機会を願うことと心配りをすることで、それなりの情報交流ができるものですし、波長を合わせる努力によって、それなりの思いやりも生まれるものだと信じています。つい先日にもあったことですが、同じ仲間であっても、暫し交流が途絶えていますと、まずは近況報告を延々とすることになって、なかなか核論直言できないもどかしさがあるのです。時間経過による距離感と、気まずい誤解を氷解するためには、少々時間が掛かることを理解しなければなりませんし、それなりの気まずさを、払拭させる努力も必要なことだと思います。時間的な経過順応能力とは、ものすごい良薬として効果が発揮できるものでして、心と心の交流ができてしまえば以心伝心ができ、一方的な伝達になりがちであった内容でも、お互いの立場を思い遣れる環境になれるものです。今日の午後にあった会合の中でも、多くの方々がお話をされることは、なかなか上手く会話の交流ができないことを嘆いているのですが、他人の誹謗や中傷をすることなく、すべての人を平等に対峙をすることで、人を譲り許せるバランスの範囲が広がってくれるものです。今日には、心得のある4人と一緒に東京に出かけて、良き先達の講演を聞くことができたのですが、電車の中でも会場でも、心の交流ができる仲間とのひと時が、最高に有益であることを分かち合いました。発言する一言一言に誠意をもって返答をする姿勢からは、相互に真剣の度合いが深まっていく情緒が感じられましたし、真剣度のボルテージが高まっていく気配を、嬉しく受け止めることができました。目と目を確りと見据えて、強調をする要所は硬い意思をもって伝達できる自信と責任をもって、できるだけ納得させることへの誠意を、果たさなければいけないと信じます。その場の思い付きを伝えるのでなく、自身の信念を表現させることができる、自己伝達能力を磨く必要もある気がしています。はじめは人様の至言を真似ることから学びをして、学べる意義を優先させて、自身の至言を積重ねていけることを楽しみたいものです。自信をもって確信できる言葉をもって、多くの方が理解をして共感される時空を、もっともっと広げて意義を深めていくことに、学びを深めることを再認識させています。
2009.10.29
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つい先日までは汗をかくほどに、暑さが厳しかったと記憶するほどの時間が経過して、最近は朝晩がめっきりと冷え込んできていますし、晩秋の気配が深く感じられる陽気になってきました。過ぎ去った台風が大きく気候を変化させたようで、台風一過に眺望できた富士山も筑波山も手が届く位置に存在するように、身近に眺めることができましたし、急激に冬に向かっているかのように、真っ白な富士を観ることができています。室内も屋外も生活がしやすく、一年のうちでも最高の陽気になっていますし、身体も心も爽やかになって、すっかり落ち着いた環境を楽しむことができています。素敵な陽気と違って不平になることは、事務所でも住まいでもいつも愛用している、ノートパソコンのハードディスクが壊れてしまったようです。すべての動作がまったく立ち上がらなくなったり、複雑迷走の動きをしてしまい、頼りないこと以上に、データ保存の危機が大きな不安になってきました。早速サービスをお願いしたのですが、診断の結果が見込み通りにサービスマンが持ち帰り修復作業をすることになり、暫しの間不便なこととなりました。普段何気なく便利に使っているものが無くなってみて、初めて理解できる不便さが分かってしまい、どうやって不便を利便にするかを夢中で考えてみました。一代前の古いパソコンを引っ張り出して代理にするのか、事務所に居座って夜なべをするか、思い切ってパソコンから逃避をしてみようかと、試行錯誤をしてみましたが、結果的には一時間もパソコンに触れない生活環境に降参をしています。誇りを被っていたパソコンを利用して、こうして再利用ができその効果が発揮できることで、精神的に安定と安心ができる時間に感謝をしています。いつも思うことがあるのですが、日ごろは特段目立つ存在のない人でも、時と場合によってはものすごい力を発揮させて、大きな成果をもたらす方がおります。もっと平均した多くの能力を引き出してくれれば、巣晴らしい人間味が醸し出せると思うのですが、なかなか上手く能力とは発揮させてくれないもののようです。自分の非力を自覚して、隠れている能力を有効に発揮することに、もっと努力を傾注をしてくれれば、有能有益な結果を構築させることができると思います。それすらも気づかずに淡々と日々を過ごす人に、勿体無くも如何に自分磨きを専念してもらうかを、是非とも強くアドバイスしてあげたいものです。ある特筆した部分がスペシャリストになっていて、その能力が超我の効果を発揮させていても、相対的に対応ができ包容力がある心豊かな人間として、マルチ人間の特徴を大きく進化させなければ、幅広人間の意味がないと思います。翻ってみて、自身がもつ隠れた能力を見つけ出して、更なる進化をさせる楽しみが持てることは嬉しいのですが、どれほどの誇る能力があるかが大きな課題になってきます。せめて、気配りや心配りを一生懸命にさせていただく事で、人様の豊かな能力を上手く活用してみたいと願っていますし、心に誇りを被ることなく、気づきの心を磨いて生きたいものです。
2009.10.28
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他人の空似と言うか、まったくそっくりな容姿とお顔の方がいらっしゃって、横から眺めていても、ついついそっくりな顔をした知人を思い出してしまうほどでした。声こそまったく声質が違っていますから、容姿だけを思い描き、声をサイレントにしてしまえば、本当に亡くなった知人とそっくりな方にみえました。知人は3月に亡くなっているのですが、仲間が集まる会場に遣ってきたようで、観れば見るほど人様の身体を利用して、一人の人間として今生に姿を現したのかと思ったほどでした。講義の時間経過の中で話を聴くほどに、姿だけが故人にそっくりになってしまい、何度も途中で亡くなった知人が声を変えて、講演をしているのだと思ってしまいました。話の中に情感が高まってきて、熱血漢に話される様子を拝見しながら、じっくりとお顔を拝見しながら、一つの言葉ことばに聞き耳を立ててしまったのです。知人そっくりな方が素晴らしい心の持ち方のお話をされて、久し振りに嬉しい思いで講演を聞くことができ、世の中にも同じ考えを持っている人の存在に安心をしたほどです。毎日起床と同時に天の神様と仏様に生きさせて頂いている感謝をすること、両親に産んでくれたことを感謝すること、真剣で正直になること、我欲を捨てて人様の役に立つこと、物事のけじめをつけ責任をもつこと、常に反省ができる人間に成ること、等々を得々と説いてくれました。情感豊かに感情を高められて、ご自身の経験談を基礎にして具体的にお話をしてくれたことで、日常的な経験談を聴く思いができました。94歳と90歳の高齢なご両親のお世話を、ご自身自ら毎日されている経験から、日々の思いをノートに書き込んで、更なる自己啓蒙をされているそうです。要介護のご両親を養護施設に預けるのでなく、ご自宅でご自身の手で毎日お世話をして居るそうで、お仕事の合間をつくって誠心誠意の真心を尽くすのが、親に対する孝行だと仰っていました。若い時にある程度の出世に恵まれて、全てが自分の力によって成しえたことを豪語する時期に、しっぺ返しの大きな失敗から挫折を味わって、自身の反省を踏まえて、謙虚に色々な勉強をすることになったそうです。大きな驕りがあったときに神様が修正のお叱りを与えてくれることを知り、人生の当たりや外れは全てが帳消しできるフィフティー・フィフティーのバランス作用が働いてくれることを強調されていました。時の運とは、頑張って努力をした人だけに舞い降りてくることも、経験上の強調事項として、伝達してくれました。亡くなった知人そっくりな講演者と一緒の時間が嬉しくて、数々の教訓とともに、やっぱり天国からの恵みの授かりものだと、敬虔なる信心を強く心得たところです。天からの学びごとは、いつでも素直になってこそ、強い見方となって、自身の生き方を剛毅になって支えてくれる気がしています。
2009.10.27
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現状では手書きの郵便物よりは、Eメール全盛の時代ですが、改めての初めて差上げる上司にあたる方へのお礼状とは、やはり手書きにすべきと日常から願っているところです。なるべく手書きの手紙を書こうと心掛けていますが、時としてなかなか機会を逃してしまい、上手く書く機会を作れないままになっていますが、自分で反省をしながらも手軽で利用しやすいメールが優先されています。昨日あった講演会に出席できて、講師を務められた方のプロフィールの中に、Eメールアドレスが記載されていました。年齢は少し先輩の方なのですが、権威をもって大きな責任者として、その役割を果たされていらっしゃいますが、世代的にはEメールを扱う方の数は少ないと思っています。公にアドレスを紹介くださっていることは、送信してもご迷惑でないことと勝手に解釈をさせて頂き、昨日の感銘を受けたお礼の文章を、Eメールを利用してお送りさせて頂きました。簡単な文章ですから、どれほど自分の気持ちを伝えることができたのかが不安なのですが、精一杯作文をさせて頂き、ついさっき送信をすることができたのです。たまたまですが、昨日の会合の中で久し振りに再会できた数名の方から声を掛けてくれて、共有する友人が入院をしていたり、亡くなってしまったりして、一年のご無沙汰の時間の中にあった、いろいろな出来事を伝えていただきました。その一人の方からは、長くお目に掛かっていない仲間の方が、闘病のために長期の入院生活をされていて、身体も随分弱ってしまっているし、気力も衰弱しているので元気付けに手紙を書いてくれと依頼されました。事情があって、直にお見舞することができないとのことで、重ねて電話ではそれだけの応対をする体力がないそうでして、最善なお見舞い方法は直筆の手紙が一番ですと推奨されてくれました。軽く引き受けはしたものの、病状も分からないままに、書き出しができなくて、一日経った今でも筆がまったく進んでいない現状があります。重病だと言われても、病名にしても噂話が先行してしまい、実際の現状の様子も、ご家族の方がオフレコにしている様子で、確定的な現況把握ができないままです。いずれにしても文章は筆跡として保存が利きますので、書くからには確りと熟慮してから、誠心誠意のお手紙を認めてみたいと思っています。そのためには、ある程度は内情を知りたいし、家庭の事情も分かりたいのですが、難しい現状に苦慮をしています。差し出す方への心情を思いやって、十分な配慮を発揮させて、筆を走らすことができる機会をみつけて、是非是非その時が早くきてくれることを信じています。病を患っている人は早くに元気になって欲しいし、惜しくも命を亡くされてしまった方には、心からのご冥福をお祈りしながら、心からの伝達を筆に認めてみたいものです。喜びやお祝いごとの作文は、比較的適度に間違いがあっても許してもらえる甘えができますが、正直に思うは、お見舞いやお悔やみの作文は気を使ってしまいます。
2009.10.26
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言葉では上手く表現することができないのですが、最後には鬼が笑うとか残り物に福があるとか、苦労の後にはご褒美が手に入るとかの表現があるのは、まんざらでない事実であると自認しているところです。中抜け自由の参加型講演会は、強い縛りがない部分で、自分自身の自由に勝手な判断でサボタージュをしてしまう気配が十分あることを知っています。今日は朝から丸一日掛りの行事があって、プログラム的には参加自由の拘束が緩い日程の中でも、丸一日間の参加をして確りと公演や報告を目や耳の中に入れることができ、これから如何に脳の中に落とし込むかを、できるだけ整理してみようと思っています。一日の中にいろいろな方が入れ替わって、それなりの個性をもって講演をして頂いたのですが、夕刻になって終わった講評の中に輝く言葉や理念がたくさんあって、この時間まで待てなかった方々が、実にもったいない思いをしてしまったのです。夕刻になった帰路時間帯への交通機関の関係からか、その事情は良く把握していないのですが、参加割合で三分の二が空席になったところを推し量るように、残った方にだけの特別のお話をお伝えしましょうと切り口を開いてくれました。お互いが思いやりのある生活の中で、譲り合いがとても大事ですと説いてくれましたし、利他の心を持ち続ける人生こそ利己の報恩があることを、何度も繰り返して話をしてくれました。寛容の心をもって、一人でも多くの仲間と話し合って意見交流が盛んになれば、たくさんの人生研鑽ができてくれること、多くの仲間から享受できる人生の針路は、すばらしい効果が生まれてくれることが勇気に結びつきます。不特定多数が集うなかで、さまざまな期待感をもって集う仲間が、どうして自身の研鑽のための努力と積極性を発揮させるかは、自分の意欲にかかわってくることですが、聞く耳をもって耐えることができれば、何かしらの天恵があることを自然に受け止めてみたいものです。参加するのであれば、できるだけ最後まで講演を聞く姿勢は大変に貴重ですし、何かを自身の心に焼き付けることができれば、時間や多望さが帳消しするくらいの恩恵となることを心にしたいものです。情報の交流が如何に大切であるのかも知って欲しいし、話し合う場から思いやりが芽生えてきますし、思いやりから友情が深まることも分かち合いたいものです。朝から夕刻まで参加できたことも嬉しく、更には講演者から思いがけない至言を得ることができ、多くの徳をもって満足をしています。知り合いの仲間が大勢帰られてしまい、こうした徳をお裾分けできないのですが、機会をもって情報の開示をしてあげたいものと念じてもいます。言葉や情報の宝物が綺羅星のように降り注いでくれた、最後の講演者に深い感謝をしなければなりません。損得の勘定ばかりをすることでなく、人のお話さえも確りと聞く耳をもてない薄弱な意思をもった友人が、いかにも可愛そうでしかたなく、途中退席を推奨してしまう仲間意識が残念でした。
2009.10.25
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高齢化が進む中で、社会現象の一般化が顕著に見て取れるのが、老いた両親を介護老人ホームに預かってもらい、日常の生活をお世話になる現象が当たりまえのようになってきました。何年か前には、自宅で介護ができなければ親不孝者だと、世間から厳しい批判や非難を受けても当たり前の風潮があったのですが、社会環境の変化と家庭の事情の変遷があって、さまざまに多様性をもって受け止められています。午後になって、久しぶりに義母がお世話になっている施設に行ってきたのですが、母親はあいも変わらず元気でいてくれて、久しぶりの会話に花が咲き、それなりの気分転換ができたようでした。母の部屋に行くには専用のエレベーターがあって、ややこしい回数のボタンを押さなければ旨く稼動ができないようになっています。利用者の皆さんが事故がないように、便利にできているエレベーターを、わざわざ複雑で面倒な仕組みをして、簡単に動かないようにセットされていて、普通ですと回数が増えれば慣れるのですが、いまだ行くたびに係りの方のお手伝いを必要としています。エレベーターホールで四苦八苦してボタンを操っていたら、上の階から施設利用者と介護士が降りてきるのが、ガラス戸越しに観ることができました。旨い具合に旨く乗ることができるとホットしたら、扉が開くと同時に利用者の男性が、エレベーター内の支え棒を確りと握ってしまい、大声で怒鳴りちらして看護士を罵声しているのでした。看護士さんから施設長を呼んできて欲しいと伝言されて、その役割をお手伝いしてあげたのですが、誰が来ても何を言っても、取っ手を握り締めた拳を緩めてはくれませんでした。約半時間も宥めていたでしょうか、二人の看護士さんが一生懸命に誠意をもって宥めているのですが、結果的にはそのまま3人を乗せて昇っていきました。この間は階段も利用できないようになっている関係で、じっとホールで様子を伺っているだけでしたが、施設の日常の大変さの一端を、少しでも窺い知ることができたようです。限られた介護士の方々が、不特定多数の要介護の老人のお世話を、満遍なく落ち度なしに支える心配りは大変だと思いますし、外の人間からは図り知ることのできないご苦労があると思ってしまいます。決まった金銭を支払うことで、依頼主とすれば気が楽になりますが、家族の一員である利用者は、家族から離れて日々孤独な生活心境から、時として施設に反発をしてしまうことになるのでしょうか。エアコインや食生活の生活住環境はすばらしくても、精神的な不安があってか、心穏やかに豊かな心を発揮できないことがあると推察しています。意固地なまでにエレベーターから降りない方を見ながら、幼児化したと一言では済まされない深い人間模様がひしひしと伝わってきました。看護士の方が心得ている様子で、無理やり強引に処理をすることなく、静かに言い聞かせている姿をみていて、時々や場所場所のご苦労があって、世間から見て取れないことで、もっと注視しなければならないことの多さを心得る大切さを学んだことでした。
2009.10.24
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先日以来ご縁が深まっている後輩たちからの連絡が、日々急増しているのですが、ありがたいことと受止めていますが、組織内のことであれば組織全体で決めることが真実としてありますので、そうなって欲しい一心に正直な願いごとをしています。改善向けて急変している環境に戸惑いながらも、後輩たちから相談の声がけを頂く回数が急増していることが嬉しくて、携帯電話の着電のたびに、心して応援の耳を貸しているところです。組織変更に先駆けての会議が上手く進捗できなくて、改正の限られた時間も目の前に近付いてきて、関係する方々が少しは気を焦ってきている様子が伺えました。今日もあった後輩からの電話ですが、彼らの都合に合わせる形で相談に乗ってくださいとのお願いでしたが、たまたま同じ時間に約束が既に決まっていることを告げて、改めての相談日程を引き受けました。組織内部の相談であれば、当然のこと責任者が会議のリーダーシップを発揮する原則があるのですが、その責任も果たしていないらしく、結局はその体たらくの愚痴が基礎にあって、リーダーを信用できない不満と不安があることがわかりました。組織のリーダーとしての役割は、先ずはメンバーの為になることを心がけて、時に率先してくれたり時には蔭になって、優柔な調整役を自ら果たすことだと理解をして、しっかりと良きアドバイスを提供してくれることを期待してしまいます。我知らず貴方任せの弱気心では、組織の全体が萎縮しまいますし、組織に所属する仲間からは不信感が増長されてしまい、組織の進む道すらも誰がリーダーなのかも、よく存在感が伝わってこないものです。大勢が集まるなかでの意思の疎通は大事なことで、常に情報の交流と開示をもって、全ての判断の礎ができるわけですから、トップの人は説明責任を果たす必要があります。対外的な社交面で、存分な存在感を好むよりは、内部的な人事の構成と事業の運営を、常に心がけてくれる責任者であって欲しいし、つねに組織と人心のバランスを汲み取ってくれ、融和を心がけることこそ、その大きな役目になることでしょう。リーダーシップとは横暴な指導者ではなく、あくまでも仲間のためにする共有共益と、協調させる心掛けが、自然と人心を纏め上げることができ、一心同体の躍動感に結びつくことができると思っています。後輩の相談の中にも現責任者への不信感があって、個人攻撃の方向性が強まってしまっているのですが、なんとか一人一人が責任感をもって、積極的な言動を発揮させてもらいたいのです。個人的な責任を追及する前に、仲間の皆が一つの心になって、分かり合える豊かさを心にして、組織の一人としての役割を果たすために、しっかりした自覚を強めたいものです。体裁をつけるかっこ良しの人間でなく、もっとスマートで場を弁えた心を持ち続けることができる素敵な人間性をもって、人心を引き付けてみたいものです。
2009.10.23
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澄み切った快晴の秋空が続いていますが、すっかりと朝晩が寒くなってきていますし、季節は日一日と晩秋から初冬に向っていますが、天気予報は暖冬の気配がありがたいものです。かと言っても地球の温暖化の弊害を心配すれば、冬は冬らしく厳しい寒さがあってこそ、季節の変化と躍動感や忍耐力ができ、それぞれに大自然の恩恵を味わうことができる気がします。日ごとにこれからは厳しい寒さを迎えますが、病を共にしている身体では指先が冷え切ってしまい、厄介な冬にむかって心配事が絶えませんが、それ以上に合わせもつ現実の生活環境も悩みの種として眼前にあって、一層気が重くなってきている日々です。時間の経過ばかりが早すぎて、願う気持ちが空回りをしている現状に、まだまだ神仏のおぼし召しが享受されなくて、無常を感じることもありますが、じっと真実を追い求める努力が必要のようです。四季の自然の移り変わりは、生命を宿るものとして喜怒哀楽の変化をもって、時々の変容を楽しみ深く味わっていくのですが、時として成長の活性化がされ、時には熟成の果実や種子を稔らせて、時には萌芽の準備で一休みをする循環が生命を成長させてくれることが嬉しいものです。できる限り今生きる成長をして生きたいものですが、なかなか現実に立ち向かう諸問題が立ち塞がって、精神的にも閉塞感を覚えているのですが、自身の四季の変化を創り上げてみたいものです。時々の艱難に挫けずに、物事と対峙をしながら真正面を見据えて生きたいものですし、多少の痛みを持っていても、それなりの報いを得ながら生きる証を構築させてみたいものです。できるならば、何時でも素敵な笑顔で接することを望みますし、余裕の心を発揮させて、世間に対しての感謝の気持ちを表現させてみたいものです。自分の生きる姿があって、何かの為に奉公できることを考えることができる、心の余裕を表現させたいものです。自分を磨きながら、自然に人様が信用をしてくれる謙虚な学びも必然なものですし、お互いに信頼できる人間関係を生育させていきます。大自然界の世の中が、何処まで生かさせてくれるのかは神のみ知ることですが、世間に恥じない正論の言動を忘れずに、良識をもっての毎日としたいものですあの人は正直者ですと評価をされる言動から、生きる巾を広げてみたいものですし、確りと人間味を円やかに強かに成長させてみたいものです。大宇宙に生かされている自身をありがたく、日々感謝の気持ちを大切にさせて、人を大切にして自分を好きになって、自然界の四季の変容を愛でる力を身に付けていこうと思います。
2009.10.22
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昨日の夕食時に突然のこと、携帯電話に後輩からの電話が入りました。今からあってほしい、話を聞いて欲しいとのことでしたので、30分後に来て頂けるように約束をして、自身の事務所で待機をすることになりました。数年前までは毎日交流がされていて、何時でも一緒の時期が長く続いていた仲間ですが、こちらから久しく疎遠をしていた関係で、心情を忖度する度量が軽薄になっていた経緯がありました。事務所に到着早々に、上気している様子がありありで、なにか複雑に不安そうな気配が容姿から見てとれ、座っても落ち着きがありませんでしたので、世間話でお茶を濁すことを避けて、実直に腹を割った話をすることを専念しました。結構突っ込んだ問答をしていたのですが、此方の言葉尻だけを気に掛けてくれて、自己主張のままに一気に、可否の答えを引き出すことになっては、ことの経緯を飲み込む心の余裕を失っているようでした。先ずは落ち着いて、時系列に溯って物事の事実経過関係を順序だてて確認しながら、一つ一つ納得ができるまで話し合いがされて、長年の鬱積していた難問を、薄皮を剥ぐように時間を掛けながらすすめていました。話し合いをすれば分りあえる事実を信念に持って、喧々諤々の話し合いをしようと、昂ぶる感情をおさえて、実に静かに冷静になって言葉を選んでいることが不思議なほどでした。話し合うこと4時間が過ぎる頃には、すっかりと理解し合える昔の仲間同士に帰ることができ、極々自然になってお互いを励ましあうことができていました。時間経過とともに氷解されていくなかで、心の人情が目を覚ましてくれて、数年間のご無沙汰した疎遠の意味合いが効果をだしてくれたようです。こうした延々とさしで話し合った時に、強く忠告をした言葉があって、人様への礼儀を大切にしていくことを進言させてもらったのですが、彼は彼なりに気を遣ってくれて、伝言をしてくれたようでした。後輩同士になる二人は、早速今日になってから忠告の進言をしたようで、もう一人の後輩から電話がはいり、忠告をされたことが事実として受止めるので、是非とも慣用をもって許してくださいと嘆願されてしまいました。時々にいろいろな行き違いがあるものですが、こうした時にこそ、親愛をモットーにさせて、礼儀ある対話が必要だと二人に説いたのです。たった二人のぎこちない会話の修復からの一夜が明けて、一転仲間が仲間に深い理解を伝達した結果として、友愛が広まった事実が嬉しくて、ありがたい一言の感動をしているところです。昨日今日と連日して話し合うことができた結果が、一周りも二周りも大きな人間に進化することができ、如何に人の豊かな心をさびさせないように、常に心がけていくことが必要なようです。失敗を責めずに、活かせていくことを積極的に考えることから、同じ価値観を共有できる仲間同士に、一歩も二歩も歩み寄る心掛けが最善な礎になるようです。何はともあれ、禍を転じて福と為す良き機会として受け止めて、粛々と日々の動きを察しながら、仲良しな友とたくさん気楽な話合いが楽しみになってきました。
2009.10.21
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人間とは所詮は同じことを考えて、話し合いをする中では、いくらでも歩み寄れることを知って、心の中から安堵を覚えることができました。鬱積する諸問題があって、ことあるごとに陰口が横行されていたグループが、如何に改善を果たしていくかを、心ある人々が懸念をしていました。収束の話し合いがされないまま、なかなか良い機会がなくて日が経過してきたのですが、時の女神は微笑んでくれる順番がやってきてくれるもので、ようやくその兆しを感じることができて、心の中からほっと安堵を覚える運びになりました。こんなに話し合いをしたのは、何年ぶりになるのだろうかと思えるほど、暫し距離を置いていた後輩と、大勢が集まった会合のなかで議論されましたが、堂々とマイクをもって反論をしてみました。数年前まではそれこそ、時間があればお茶を楽しんだり、夜の街で語り合ってきた二人ですが、若さゆえの無礼な不躾が目立ちだして、一方的な横暴が目立つことを垣間見てからは、一歩引いての極々形式的なお付き合いだけをしてきました。不思議なもので、あれほど親密な交流がされてきていても、時間が自然と流れる間には、疎遠になる経過は長くなってしまい、酷い時には惨い態度を見せられたものでした。後輩になる方ですから、遠慮なく詰問もできるのですが、気配りや心配りを信条とする自身の立場とすれば、無理やりな強権もできなく、何時しか復縁できる日を楽しみにしていたところでした。大勢の会合のなかで質疑応答をされてきた経過の中で、彼が言った意見に対して質問をする形から、意見交流が再会でき、その延長として会合の終了後に侃々諤々に議論ができる場ができたのです。彼なりの持論を持っていますから、肩肘張った剛毅な意見を述べていましたし、顔が高潮しているのが見てとれて、彼の真剣さが伝わってきました。一方的な持論であっても、時間と共に咀嚼できたり反論されるうちに、徐々に真意の把握と反省の気が目覚めてきて、話し合いの時間が重ねられるうちに、お互いが理解できる気運が高まってくれました。2時間ほど論議をするうちに、すっかり打ち解けてきて、お互いの立場を俯瞰できるほど、心の伝道ができたことは、基本にある仲間同士であったからでしょうか。こうした語らいの積み重ねの中から、信頼しあえる同志とした心掛けが出来上がると思いますが、まだまだ自身の修練が足りないものと反省をしています。人とは様々な価値観を供えていているもので、時々に取捨選択がされていく中から、最善な方策が決められていくのでしょうが、こうした巡り会わせとご縁とは、すべてに役割と絶好の気運が定められているのだと思います。会合の後で、話しあいをすれば意見のすれ違いを修復理解できるのですねと、いみじくも話された後輩の一言が、とても自嘲気味に聞こえてしまい、後輩自身にむけて自ら叱咤激励をしているようにみてとれました。その後輩の素直な一言を聞きながら、先輩としても応援の責務があることを強く感じ取り、反省を踏まえながら、心新たな進化発展の為の役割を、誠実に果たす覚悟をしているところです。
2009.10.20
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前から興味があったことですが、なかなか適当で良い機会がなくて、気になっていたことの一つが、ようやく自分の眼で確認することができて、確りと眺めることができた子供の心をそのままに、純心になって喜ぶことができました。午前中から大事な用件があって、JRで東京に入ったのですが何時も座席に座って資料や本を読んでいますと、窓の外を眺めることは少なく、眺める風景も見慣れていますので、景色に対する注意力も散漫になっています。ほぼ缶詰状態の厳しい会議を終えて、夕刻に帰路に着いたのですが、JR車内は学校の下校時間も関係するのか、立錐の余地も無い混雑振りで賑わっていました。半日緊張したためなのか、肉体的にも精神的にも疲労感がピークで身体が悲鳴をあげていても、仕方なしに出入り口の横で重いカバンを両手で支えながら、進行方向にぼんやりと立っていました。丁度夕陽が目線で見ることができ、赤い光が眩しく差し込んでくるのですが、ふと手の届く位置に感じる近距離に、黒く大きな建築物に夕陽が当たっているのが観えて、巨大な生き物のように躍動感を伝えてくれるのでした。ぼんやりした頭には、その大きすぎる構築物がなんであるのか判断が付かなく、暫し時間が経つに従がって、一層身近な位置に近付いてきて、異様な建築物が新東京タワーであることを認識することができました。呼称を東京スカイツリーと言うそうで、東京タワーのような鉄骨の組立でなく、ビルの構築物が高く積み重ねていく用法だそうですので、高架を走る電車の車窓から観える高さにまで、ボリューム感のある大きなビルが建っている風景でした。丁度先日の新聞でも報道されていましたが、アンテナの部分を20メーター程追加させて、世界一の高さに挑戦することを知ったばかりでした。記事によると、現在ある東京タワーのほぼ二倍の高さで、上海に建築中のタワーに高さの記録を抜かれることを嫌って、急遽延長のアンテナ部分を建設することになったエピソードをみたばかりでした。裾野にあたる本体のビル状の建築物が幅広く観えるのは、その高さを支える裾野の基礎部分として、とてつもない巨大構築物が日々出来上がっていくのでしょう。日常に展開する様々な変化は、大きく進化をしてくれることであれば、受けてとしても活力をもって注視することができ、その成長や進化を見守ることができる、自身の注意力を高めてみたいものです。毎日同じ風景を見る環境のなかでは、確かに慣れが感性を鈍感させてしまう傾向がありますが、散漫な感情ではなく、仔細で気配りができる人に成長させてみたいものですし、腑にもつ思いを堂々とさせてみたい心掛けをしています。新東京タワーの基礎部分のように、どこから観られてもドンと耐えることのできる、しっかりした信念のある人間性を構築させて、生きる自信を発散させてみたいと念じているところですが、その評価はあくまでも人様なのですから、こここそ確りと耐えれる基礎力を保たなければいけないのです。
2009.10.19
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聞くは一時の恥じ聞かぬは一生の恥とは、遥か昔から言われていたことですが、人生をたくさん過ごしてきていますと、まだまだ知らないことが多くあって、戸惑うことが多い最近です。最近は人様にお聞きすることは少なく、分らないことは瞬時に調べることができるネット環境があって、本当に楽で安易に調べることができ喜ばしく思っています。悲しいことに年齢が加齢するほどに、知っては忘れることが早すぎて、覚える暇が無いほど情けない実情があることを、懸命に払拭させる努力をしている日々です。民主党政権ができて一ヶ月が過ぎましたが、前政権の補正予算を大幅に見直したり、全ての省庁の概算要求に対して厳しい査定を始めて以来、毎日の報道が国家予算の編成に目がそそられています。政権交代の世直しは、小気味良く進められていますが、国家予算の適度なバランスをもって、多くの国民が働き甲斐をもって、納得の納税義務を果たせる実態を構築させて貰いたいと思います。これからも改革が進めれていくのであれば、国会議員や地方議員の歳費を徹底的に削減をするか、定数を是正してもらい、代議員の数をすくなくすることを、早急に決めて欲しいと願います。今回の民主党優勢選挙では、友人が3人国会議員になることができましたが、当選と同時に地元から姿が消えてしまい、国会議員とはよほど多忙な日々に変貌してしまうようです。選挙が終わって一ヶ月の間ですが、毎日のようになにかと新聞やテレビで報じられる、政治の話題にも、概算要求という言葉が毎日のように目や耳にすることになりました。補正予算や概算要求とかを目にして、改めてその意味を知りたくなったりするだけでも、政権が交代した意味合いがあり、国民の多くの方が良い機会として、真の意味を学ぶ好機と捉えるべきでしょう。できるだけ素通りをすることなく、豆に辞書を引いたり、ウェブで調べることを習慣にしているところです。今日のことですが、毎日目を通している、松下幸之助さんの一日一語の中に見つけた言葉が、等閑視と言う言葉でした。おそらく意識をして知ったことは初めてのことで、読みや意味が分らなくて、ウェブで早速調べてみました。等閑視=とうかんし物事をなおざりにすること。注意を払わず、ないがしろにすること。まる自分自身に投げかけられている言葉のようで、なにかと、これから多用する気配を感じたほどですが、いままで全く目にすることができなかったことが、実に不思議なほどでした。家族でも社会の中でも、人様との交流や物事を接する中では、疎遠にするのではなく熱意をもって全てを吸収できるような、積極的に闊達さを心がけていきたいものです。まずは自身の人間性を高揚させるためにも、様々たくさんの恥をかきながら、等閑視することなく、知らないことに大いなる興味をもって、若さを保っていこうと念じているところです。
2009.10.18
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寝起きが悪いと言うことも多少あって、あわせて家人が早くに出かける仕事もあって、毎朝6時に目覚まし時計をセットしているのですが、重ねてラヂオもスイッチが同時に入ってくれるように用意がされています。ラヂオの選局はNHKに固定されたままなのですが、6時の時報と共に電源が入って、ラジオからはニュースが放送されてくるのですが、枕もとの目覚ましも同時にメローディーを奏でてくれますから、非常に賑やかな大音量の朝風景です。ラヂオのニュースを読むアナウンサーの声と、目覚まし時計のメロディーが重なってしまい、結構な音量で賑わいがされてしまい、暫しの間はちょっと異常なくらいに五月蝿いひと時になります。それでも毎日の繰り返しとは面白いもので、人間の慣れる習性が体験できて、日ごとに感性マヒ感覚が増幅されてしまい、五月蝿いほど聴こえる目覚ましの大音量が、まったく役に立たないことにもなります。一緒に寝ている愛犬までも最近は驚かなくなって、図々しくぐっすりと寝入っている姿からは、習性とは人も犬も同じようですし、犬の方が慣れには早く順応すると思うのですが、気遣いが必要ないこともあるのでしょう。洗面と着替えが終わって何かと準備をしている頃には、ラジオの天気予報が終わりラジオ体操が始まるのですが、子供の頃から聞き親しんでいる、開始のテーマ音楽の歌詞に興味をもっていました。ここ何年間も毎朝耳にしている体操の歌ですが、おそらくは半世紀も前には、小学校で体操の時に歌っていた覚えがあるし、最近でも自治会の運動会とかことあるごとに、何気なく聴き慣れていた歌詞が、よく聴けば聴くほど理解されていないことに気付きました。家人にこのことを伝えたら、調子良く歌いだしたのですが、途中で適当な鼻歌に変ってしまい、結果的にはお茶を濁してしまうのです。何時かは調べてみようと、以前から頭の隅にあったことなのですが、午後になって急遽ネットで検索をしてみましたら、作詞が藤浦光さんで作曲が藤山一郎さんの一流の音楽家の作品であることに驚いてしまいました。ウエブにある歌詞を読んでみれば、改めて簡単明瞭な詩の素晴らしさに驚嘆をして、朝の爽やかな気分になってしまい、こころ新たに歌うことを確りと認識することができました。一番の歌詞が・・・新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空あおげ ラジオの声に 健やかな胸を この香る風に 開けよ それ 一 二 三 二番の歌詞が・・・新しい朝のもと 輝く緑 さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ ラジオとともに 健やかな手足 この広い土に伸ばせよ それ 一 二 三非常に簡単明瞭な言葉からなっていて、なんとも言えない素朴な激励を受けてしまい、元気な源であり歴史あるラジオ体操の歌詞を、田舎の実家に帰ることができた感覚になっています。知っている心算の言葉や意味あいが、さり気無く違っていることが沢山あることを推測して、日常の生活する中で接する周りのものごとに、もっと細かな興味や注意をひいて、真の持つ意味を知るべき礼儀が大切だと思えてきました。明日からは大きな声を出して、一緒に歌ってみようと思いますし、子供の頃からの親しんでいる体操の歌が、老いて行く先も末永く歌えることを願ってしまいます。
2009.10.17
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準備を怠り無く段取りすることが好きなタイプ人間ですが、人様の役割であっても率先して引き受けたり、時にはお邪魔虫の老翁心を遺憾なく発揮させて、縁の下の支援を喜んで行なっています。若いころには人様の為と言うよりは、自分の役職を正確に果たした自負心を、世間から認識して貰いたくて、押し売り的な売名行為をしていた時もありました。つい最近までも、資料作成する尽力は厭わないのですが、この資料は私が創り上げましたと、手を挙げたり声をだして公にしたものですが、幼稚な我欲の心が強くあったことは反省をしています。この年齢になってくると、そんな個人的で無邪気なパフォーマンスよりは、皆さんが喜んでくれることに気を配って、率先させて強く滅私に励んでいるところです。つい最近も先輩にパソコン音痴の方がいて、緊急性に必要である適当な資料が見当たらない為に、大変に苦悩している様子をみていたのですが、すぐさま自己得意の老翁心を発揮させて、数種類の資料を作成してあげているところです。もちろんのこと、作成者が誰なのかを感ずかれないように配慮をさせて、落ち度無く準備が進んでいるのですが、できる範囲の簡単な資料作成であれば、少しの合間を利用すればできることですので、結果としての効果があるのでしたら、大いに喜んで作成をしていこうと思っています。作成する資料もお座成りでなく、心をこめて一言一言を丁寧な文章に構成させているのですが、簡便に伝達させる文の構成に苦労をしてしまい、ダラダラと長文になる気配を心して抑制をしているところです。人様に真意を伝達させるための文章とは、一目で分りやすく理解しやすく書き込むことの、意外なほどの難しさを自覚しているのですが、ここは得意の気配りを発揮させるところだと、何度も何度も校正や修正をしてしまいます。自我自讃しているのですが、何度も繰り返して修正作業をしていますと、いろいろなアイディアが浮かんできて、一層分かりやすく配信をしたり、依頼先の方にも丁寧にご案内状を作成できたことを自負しているところです。おそらくは、人様ではなかなか気付くことができないであろうところに、心をこめた気配りができて、尚且つ数種類の案内文と集計表を添えて、先輩にお渡しできることが嬉しくなってきました。資料を作成している時にふと浮かぶアイディアから、自分でも驚くほどのすばらしい文章と構成が出来上がった時の達成感と満足感に喜んでしまい、ひとりニッコリと安堵をする顔が見てとれます。素直になって考えてみても、誰からも御願いされていない作成文章や資料ですが、率先してあげれるお手伝いの心意気を、これからも大切に育成させていこうと思います。この旨を先輩に電話で御伝えした時に、そこまでも準備をしてくれたことを評価して頂き、心からの信頼する御礼の言葉を頂くことができて、余計なことと叱咤されないことに安心をしているところです。今回がほっと終えたところで、次なるお手伝いができることを念じて、ますます気配りのアンテナを張り巡らす必要を自認していますが、執拗な気配りが嫌われることも配慮しなければいけませんことを自覚しています。
2009.10.16
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昼食を美味しく頂いてから、暫くして睡魔が襲ってきた時に寝入りこむことが、最高の気分で眠ることができることを、至福として楽しみにしています。気分良く晴れわたった陽気の中で、電車の揺れに身体を預けてしまった時が、最高に転寝ができる時でして、これから冬に向って暖房がこよなく効いている電車が、最高の睡眠がとれる時と期待感が高まってきます。今日のこと、天空晴れわたった陽気に恵まれて、お昼前にJRを利用して出かけたのですが、用事を済ませて帰路に乗ったJR車内が心地良く、昼食後仕事で疲れた身体には、心地良い疲労感が睡魔を誘ってくれました。この環境でぐっすりと寝入ったら、さぞかし気分良く熟睡することができると喜んだのですが、今日に限って移動先のへ乗車時間が短くて、ひたすら睡魔を払いのけるあくびをしてしまいました。車内を良く観察すれば、椅子席の彼方此方で転寝する姿が観てとれて、人様が気分良く寝入る顔を横目で観ながら、その様子に羨望の眼で見とれていたのです。電車内の風景も時間帯で変るのでしょうが、午後の車内では半々で寝入る人が多く感じられましたが、一方の起きている方の様子を窺えば、その殆どの方が携帯電話を片手にして、いろいろと操作を繰りかえしている様子がありました。移動する交通機関の時間を、できるだけ有効に活用させる知恵は、IT器機が便利に活用されることもあって、ノートパソコンや電子辞書とかはカバンの中の必需品になっています。つい最近まではパソコンを持ち歩いて活用していたのですが、なかなか椅子席の確保が難しくて、パソコンが重い割には活用の時間割合の頻度が少なくて、出かける先の按配によって、持ち込む判断を選択するようにしています。最近の必需品は書籍に変っていて、月刊誌と機関誌数冊が必携品となって、カバンの仕分けの袋には、全部で5~6冊が常時入っていることになります。新しい情報収集と知識の積み重ねの為に、最新の機関誌を覗いてみたり、人生修行の心掛けをするために致知誌は最善の月刊誌でありますし、人生の修練と心の磨きの文章が満載で、大きな自得をした気分で心ワクワクとなってしまいます。ことあるごとに思うのですが、移動する電車内の読書の集中度とか、パソコン打ち込みの一心不乱の無我は、不思議なほどに高まって能率効果があがります。周りの話し声とか、移動する電車の煩雑さはあっても一向に気にならないし、手先に集中することができる最高の環境となってくれます。日常、事務所内の非効率を考えると、どうしても余裕時間に甘えてしまい、持ち時間の有効活用が疎かになってしまうことは、いかにだらしなく時間管理をして、ものごとを夢中で専念できていないことを証明してしまいます。車内で揺られながらの深い熟睡後は、集中した捗りの仕事ができる電車内を想定して、テキパキと自己管理が出来る日常を願ってしまうのです。
2009.10.15
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今日のお天気のように、気分が目まぐるしく変化してしまい、朝から自分をコントロールできないもどかしさを味わってしまい、忘れては思い出し、思い出しては悩んでいました。天気予報では午後になってから急転して、雷雨があるかもしれないと知らされていたのですが、午前中の快晴からすれば、予報を忘れてしまうほどに晴れていました。事務所で天候急転を知ったときには、既に大雨が屋根を叩きつけていて、気温も低く上着を着て丁度良い体調具合でした。昨晩には深夜まで仕事を片付けていたのですが、普段なら寝不足から起床が遅くなる筈が、早朝から目が冴えてしまい、普段の2時間も早いペースで日常の生活に入れました。早朝電話の連続で案件を片付けることができ、メールの配信も比較的順調に済ますことができたのは、極々久し振りの気分爽快の朝となりました。毎朝仏前で唱えている般若心経の声明も、めったに無い快調に読むことができ、なにやら幸運の兆しがあるようで、これからが非常に楽しみなお日柄となりました。昨夜も根が入った深い考えをしながら、資料を作成していたのですが、できれば朝まで延長をして没頭できるほど、爽やかに頭脳が明晰でいれました。それもこれも、親愛している友人が責任者として役割を任されて、彼なりに英断をもって、物事を処理する気構えをもってしまい、準備段階の情報開示や説明責任を怠ってしまっていました。締め切りの時間もなく、全部の関係者にコンセンサスを得るには、時既に遅い環境となってしまい、ご本人も焦っているのでしょうが、意欲ある気分と効率的な構築で、完全に空回りをしてしまっていることが、傍目においては可愛そうなくらい、孤独に滅入っていました。仲間達とは普段どおりに交流がされて入れているのですが、気力が萎えているが分かって、深く相談をする人も、ある種の似た者同士の村意識のなかで、一層乖離された孤独な住人になってしまいました。こちらも少し変人ですので、思い込んだらとことん追求するタイプですから、乖離している友人に対して、長文の指摘メールを延々と書き込んでいたのでした。ある種の興奮状態に滅入ってしまい、気が張る時間が長かった分熟睡ができたようで、結果として睡眠時間も短くて済んだと思っています。今朝になっても関係者に対して、友人の落ち度をサポートするメールや電話をしていたのですが、皆さんが大人の度量を持っていらして、昨日の軽率なミスに対して、大きな抱擁力をもって、深く理解してくれたことが、心から嬉しくなりました。大人として、相互に分かり合いの精神が、きっちりと発揮されていることを感じることができ、取り越し苦労が心地よさに変化をしてくれ、より良いアドバイスをするこことができました。人の弱点を見つけて掘りお越すのでは無く、建設的な方向な指摘を、これから支援者として落ち度無く進めてみたいものですし、伝達する側になったとしても、素直な受け答えをしなければならないことを、友人を通して学ぶことができました。一日経っていろいろと心の整理もすることができ、平静になれた心をもって、目先の仕事の進捗も同じように上手く進めてみたいと、真剣になって思慮発展させていきます。
2009.10.14
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週明けと同時に朝から私的な相談メールや電話が引っ切り無しに入って、仕事が手に付かない状況ですが、それはそれと納得することができ、とても嬉しい悲鳴を上げることができています。よのなか親身になって相談に乗れる人とは、なかなか見えにくい様子で、何時もそばに居る人は語り合う仲間であっても、幅広く俯瞰できる人とは限らないことを理解してしまい、真に相談をできる気迫がなくては、様々な境遇に負けしてしまう気がします。電話の相談とは、新しく組織を変更するに当たり準備委員会を立ち上げても、因り深い理解者が仲間に居ないことから、集約した結果が構築できないまま、方向性の違った提案書を纏め上げたそうです。意に添わない未完成の提出意見そのままを会議に提出してしまい、あきらかに負担が大きくなる組織となってしまい、改革改善をうたっている主旨から遠く逸脱してしまいました。ことを新しく始めようとするときに、十分に資料の収集設定とか人間環境整備の準備をせずに、自身の熱意や意向を押し通す意気込みだけでは、思う効果の何分の一しか利得がえれないものです。世間の中とは、適材適所に存在するすばらしい能力をお持ちの方々が、沢山存在していることが分っても、その賢人の長けた人柄情報や、処理能力を上手に味方にできる活用術がないものです。身勝手で我武者羅な手法や好い加減な手抜き作業でもって、新しいことを始めることは無理なことですし、多くの仲間が納得することができません。その手法だは無理であることを知って、改善することがきついことを理解することができれば、自身の心を広く豊かにして、100歩も譲ってしまい、一回リセットするくらいの度量を発揮してしまえば、気も楽になって現状が把握しやすくなると思うのです。できるだけ早く、振り出しの主旨情報開示をさせてから、時間を掛けて最初から知恵や情報を分かち合える御願いをすべきが常套手段だと信じます。できるだけ、ものごとの図りごととはもっと簡単にさせて、スムースに運び、より大きな賛同を得れて、最大の効果を産むことができるように、無心で心がける必要がありそうです。率先して新しい物事を始める意欲や熱意は、良く理解することができるのですが、独り善がりの評価や進捗をしては、なかなか多くの方が参加する集団の中では、求心力を発揮することができないのです。関係する多くの友人からの吐露を聞かされて、ふと自身の立場に置き換えてみても、組織を構成する責任者の並々ならぬご苦労だけが痛々しく伝わってきて、参加している仲間からの賛同が伝わってこない悲惨さは、傍でみていても寂しくなってしまいます。同じ仲間としての協力や、支援をする立場には変わりが無くとも、目指す姿勢や理解度が違っていては、上手く噛み合わないものでして、こうした鬱積した人間関係を氷解させるためには、それぞれが胸襟を開いて語り合う懐の深さが必然となってきます。制約的な時間の関係もあって、すべてに尻切れトンボの結果になってしまった相談ですが、こうした八方塞の閉塞感があるときにこそ、関係する一人一人が良き理解者となってあげて、支援の応援をしてあげるべきだと念じています。個人的な責任論を追及するのではなく、こうした環境を作り上げた組織全体でもって、全員の叡智を寄せ合って支えあう尽力をしてみたいものです。多面的な失敗や成功を経験しながら、改めて最善させる学びができていることを、一人一人のお腹のなかで確りと消化をさせて、価値ある経験を有意義に身につけて活用させてほしいと思いました。
2009.10.13
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ナンバンギセルの花が咲いていることに気付かずにいたら、なんとか二輪ほどの花を見つけることができ、一足先に咲き終わった蕾がありますので、時期をみて他のススキの鉢に花粉を蒔いて上げようと思います。ススキに寄生するなんとも健気で可憐な花ですが、散歩の途中でススキの群れを見つけても、なかなか自然の中では見つけることができません。何十年も前の父親が元気な頃でしたが、誰かに頂いたナンバンギセルを野の山で見つける執念が強くて、何回も遠征するほどに熱がこもって遠出をした記憶が戻ってきました。まだ未開発の野原が残っている時でしたから、何とか納得するナンバンギセルをみつけることができ、その名残りの僅かな種の保存が我家でされています。同じススキの鉢に入れている関係でしょうか、先細りに数が少なくなってしまい、今では一鉢のなかに数本が芽を出す程度に少なくなってしまいました。熱しやすい性格の父親でしたから、当時は夢中で野山を捜し求めていたことが、非常に懐かしく御見返されますし、その形見がなんとか生き延びてくれていることを認識でき、生育の方法を変えて、少しは増えてくれる面倒をしなければと反省をしています。思い出に更けいりながら、庭でナンバンギセルの鉢をいじっていたら、今日は父親の命日だから御墓参りだと告げられて、墓前にナンバンギセルを手向けることもできなく、たまたま命日に形見であるナンバンギセルを確認できた縁をもって、偶然の織り成す不思議な巡り会わせに感激をしたところです。快晴の秋空を満喫しながら、父親の命日を家族で御墓参りをすることができ、道途中にある母親の実家のお墓参りもできたのですが、ほぼ毎月の祥月命日にあわせて墓参をするように心がけています。一ヶ月の間をおくと、供えた花や落ち葉が寄り集まってしまい、見た目にもどうしても汚さが気になるのですが、丁寧に掃除を心がけて墓石を乾拭きして、先祖を敬う心掛けは確りと務めているところです。母方の墓地は比較にならないほど立派で広いために、寄さっているゴミも多く掃き掃除の遣り甲斐がありますが、作業をしていても母を通して血の繋がりを強く身に感じることができます。とかく横柄になりがちな日常の言動ですが、決して一人で生きて居れる事でなく、血の繋がった一族がいることを確りと受止めて、手を合わせることの大切さを忘れてはならないのだと思っています。非力な自身がとかく神仏に頼ってしまう気配が強くあるのですが、いくら剛毅に世の中を生きわたる意気込みをもっていても、時々にある必然的な難儀さが、天命からの叱咤激励になるのかもしれません。果敢横暴な言動をもっている人ほど、禍福の因り戻しが大きくなることを知って、人間とは力を発揮できる人ほど、常に謙虚な思考をするべきだと念じてしまいます。糾える縄は誰でも平等公平に繰り返されることを信じて、時々に先祖を大切にする陰徳の拠所として、心の中に置き留める思いやりをしてみたいし、できれば福をたくさん会得したいものだと、真剣になって念じているところです。
2009.10.12
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紺碧がひろがる好天の一日、太陽の暖かな陽射しをうけて、二匹の愛犬がのんびりと何苦労ない幸福そのものの顔をして、廊下で寝そべっている姿は、最高の家庭の内の安泰を感じさせてくれます。一年のうちでもこんないも好天の日は、ほんの僅かな日数も無いだろうと思われる、穏やかな陽射しは自然に人の心を安泰にさせて、太陽からの力強い輝きを身体の奥深く受止めることができ、生きている元気さの喜びを感じてしまいます。午後に散歩に出かけた近くの貝塚公園でも、多くの方が気を休めるために散策している姿が見てとれて、安心感と平和な一時を感じ取ることができました。久し振りに訪れた川添の散歩道からは、そばの川面は野鴨の家族連れが群れているのが見れて、年々自然環境と人々の温かな保護の意識が高まっているためなのか、虫や小動物や野鳥が沢山群れるようになっている気がします。環境保護を率先する行政の関係者も、近隣の利用者も、こぞって住環境整備の意識を高めている現状が理解されて、皆さんが共有して自然の環境を守っていることが、こうしたすばらしい結果が生まれてきていることだと思いたいです。住まいではまたく訊くことができなくなった、百舌の姿と独特な甲高い鳴き声を、散歩の間中キーキーと訊くことができましたし、閻魔コーロギも元気に秋の主を発揮していました。散歩道にある川巾も広くて10メーターで、狭いところでは2メーター位の小さな川には、沢山の生活水が浄水されて流れていますが、休日とあって子供たちがズボンをたくし上げ素足になって水遊びにふけっていました。小魚やザリガニが居るのでしょうか、子供達がはしゃぐ声が聴こえてきますし、沢山の野鴨が首を水に突っ込んでいる姿からは、豊かな自然の恵みが住んでいる証で、自然と人間生活が上手く分かち合って構築できているようです。すれ違う散歩の方々や、愛犬家の皆さんも、こうした大自然の風景を満喫している様子で、暫し立ち止って空を見上げたり、川の鴨を食い入るように眺めている姿や、リラックスの体操をしたり、空間一体が溶け込んだ風景は安堵感が満喫されていました。秋から冬、そして春までは季節的に自然を楽しんできているのですが、さすがに夏は草木が伸びきっていて、安心しての散歩はできませんので、これからの季節が定期的な散歩コースに復帰されそうです。抜けるような青空を眺めながら、こうした長閑な空間を楽しめる時間を、いつでも自由に満喫できる人生に結び付けたいものですし、まだまだ不安定で軟弱な生活基盤を、自らの努力で確実で強固な生活の日々にさせたいものです。遠く広がる天空を見上げながら、暫し奮起の熱意を身体中に認識させて、明日からの一日一日をしっかりと生きる心構えを、何度も口にしながら紺碧の空にむかって直視していました。一年も長くこの散歩道を楽しむためにも、目先にある難儀を乗り越えて、大きな慈愛の世の中にむかって、恩義の報恩をしていくことを腑の中で念じたのです。
2009.10.11
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台風一過とはいかなかった昨日ですが、今日になって漸く長閑な秋を満喫させてくれていますが、各地で被災を受けられた方々にはお気の毒で、心からのお見舞いを申し上げます。昨夕にはきつい仕事の打ち合わせを終えて、暫しナーバスになっていた時に、不意の電話を受けてから、子供のときに感じた純粋なウキウキ感をもって、話をしている自分に気がつきました。初夏に新宿であった致知社の講演会で初めてお会いできた方ですが、日々社風で洗練されるのか、とっても礼儀正しく気さくにご挨拶をさせて頂きました。致知社のブログを担当されていて、たまたま拙文を投稿した時にブログで紹介をして頂き、私のブログにコメントを投稿される、交流の機会を作ってくれたりしています。お若い才媛Yさんは、物凄く仕事に熱心である様子が伝わってきて、メールでの文章構成のメリハリを伺うかぎり、容姿や言葉からは伝わらない、確りと芯の強さがある方と推測しています。そんな美貌ある素敵なYさんからの電話ですから、年甲斐もなく心を弾ませてしまい、久し振りのご挨拶をしていると、以前に書いて忘れてしまっていた文章を、致知誌12月号に掲載をしたいとのご案内がされました。電話での応対の中で、どのような内容の文章であったかを問いかけしましたら、心筋梗塞を患った時の様子を綿々と書き込んだ体験文であるらしく、稚拙な内容を恥ずかしくもおもうのですが、折角のお誘いをうけては、嬉しさ喜びが先になってしまいました。心よく快諾をしたものの、時間経過とともに嬉しさ反面恥ずかしい気持ちが湧き上がってきて、年甲斐も無く少々不安な思いをしているところです。高尚な方々が好いて読まれる立派な月刊致知誌に、自分の拙文が掲載される喜びは、ある種の興奮を感じることができて、気の高ぶりが心地よく上機嫌とさせて、自身を鼓舞させる時間を楽しむことができました。仕事の折衝で少々滅入っていた気分が、爽やかな春の風を胸いっぱい受けられた感じで、気が高ぶった気分で、少々は怖いもの無い剛毅を味わうことが出来ましたが、一夜を空けてみれば、厳しい現状を乗り切る手段さえも間々ならないのです。今日のお天気のように、晴天から曇天に急変して雨が降りそそぐ不安定な秋空と同じに、女々しい男心は魅力がなく、真夏の快晴の力強さを自身で構築させなければなりません。才媛Yさんの電話の時のように、いつ何時にでも素晴らしい天声が聞えてくるかもしれなく、その可能性がある限り、貪欲に黙々と生きていくことが、世の仲間として生きる役目ではないかと信念を強くします。年齢的にも、アドレナリンが分泌する機会が少ない日常ですので、Yさんとの交流とかブログを通してのコメント交換が、老いてますます若返ってしまっては、ますます高齢化社会に貢献することになって気が引ける思いです。できることなら、これからの仕事の中でこそ、アドレナリンを良薬として適度な気の昂りにさせるためにも、一生懸命に生業を励むことで、人生の恍惚感を味わってみたいものです。生業からは、自分が楽しみ取引先が喜んで、結果が世の中の幸いに貢献できたとしたら、生きる張り合いが益々充実して、日々気が若々しくなってくれることを念じたいものです。
2009.10.10
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果報は寝て待てとか、案ずるは産むがやすしとは言われますが、何もしない状況でぼんやりと過ごすだけでは、ことはなんにも具現化されないし、進捗されないことを理解しています。全ての交渉ごとが相手のいることで、自身の思うような具合には進まなく、一進一退の繰り返しが世の中の常というところを自認しています。今日あった仕事の会議でも、お互いの主張を押し通すだけでは上手く解決することができなくて、双方の我欲の張り合いになってしまい、問題解決に向けての話し合いができなく、やたらと意地ばかりが強くなって、感情的に走ってしまいがちです。つねに素直な気持ちで感謝の念をもって、双方のことを分かち合う心掛けをすることを願っているのですが、生身の人間だからでしょうか、どうしても我欲の誘惑には負けるときがあります。人を押しのけて、自分だけが良ければ好いという自分勝手な手法は安易ですが、人の心を傷つけてまでも、厚かましく人様の住居に土足で押しかけるほどの、卑劣な手段をとってまでも、利己的ではいけないことと自覚をしています。つねに相手と自分を公平な立場にさせて、信条的には相手の方が喜べる余裕をもって、何事にも折衝できる、分かち合いの心掛けが必要だと信じます。時代背景や社会の必要性の大小や、人々の持つ価値観の違いが多様性をもって広がっていますので、是非是非自身の懐をひろくして視野を広げ、全てに平に対応をさせたいものと願っています。人には二つの目と耳、一つの口がある意味をじっくりと考えてみたいものですし、先人が知恵を授けてくれた言葉として深い理解をもちたいものです。一つの目と耳では自分自身の言動を、もう一つの目と耳で人様の言動を確りと見極めることができるように、一つの口では慎重に言葉を選ぶ心構えをすることを、忘れては思い出し、思い出しては忘れる繰り返しを修練と心がけたいものです。いつでも相手の立場になってあげられる気配りは、如何に自身が心豊かに平穏にする心構えができるかで決まってきますので、回りの環境に左右されない自覚と、人様に接待する喜びを身につけることが肝要であると心掛けています。先ずは世の中の平穏な生活とするために、人様との心の伝道を醸し出す優先順位を高めたいものですし、十分な思いやりの心掛けの発信をさせたいものです。とかく社会のなかに対して、自身の主張をさせるときに、身の回りに対して少なからずの遠慮をしてしまいがちですが、心配りと思いやりだけは、何処までも貪欲に配慮する事を心がけていこうと思います。僅かな心掛けをすることで、人様が喜び感動をしてくれるなら、その輪が広まることを念じて、社会貢献に結び付けてみたい願望だけは、ますます活き活きと躍動をしてくるのです。
2009.10.09
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台風一過の爽やかさは明日になるのでしょうか、台風18号が関東地方通過時には雨よりも風が強くて、風雨災害の心配をしていたのですが、さしたる被害も受けることなく、ホッとしたところです。各地で大きな災害をもたらしている様子が報道されていますが、これから進路にあたる東北地方の方々の安全を念じているところです。間が悪く天災にあわれて被害をうけた方々には、心からのお見舞いを申し上げますが、是非是非ここは心を剛毅にして、一日も早く復興をして欲しいものと念じます。吹き戻しの風が強い中、明日にある難しい商談を控えて、一日中事務所の中に引きこもって善後策をねるために、試行錯誤をしていたのですが、気分転換に本棚にある月刊誌致知の9月号を眺めることにしました。致知誌の全てを読みきってはおりませんので、再読のはずであった記事の文章ですが、明けるページが新鮮に読めてしまい、しばしの間すっかり読みふけってしまいました。致知誌の毎月号からは、この世の中で活躍をされている人々や、歴史上に名声を残されている成功者の方々からは、実に勇気と元気がわいてくる素晴らしい言葉を、数多く伝授してくれることが嬉しく思っています。再読のなかにあった文章の一つですが、「私を導き、育んでくれたもの」を書いている越智直正さんの談話を書いた言葉を復習してみました。越智さんは靴下問屋の丁稚奉公から苦労をして、一代で靴下専業企業として成功をさせて、業界の優良企業として築き上てこられた方です。仕事で窮地に陥った時に救いを求めたのは、必ず古典の書物を読み漁って、その叡智から学び取った言葉が助けの手を差し伸べてくれたそうです。今日ある成功者の姿とは、古典書から学び取った先人の教えだそうで、古典とは人生の応援歌であると解説をしています。13年間に及ぶ丁稚奉公は、職場の大将からうける過酷さは、歯を食いしばり足を踏ん張るほどであったそうですが、この厳しい体験があったからこそ、今の成功に結びついていることを断言していました。それでも過酷で厳しかった大将に対して、恨むことは無く最後まで忠実に礼儀を尽くしたことは、今の時代では考えられない恩人への忠誠心があったのです。独立をしてからは、時の経営の神様と尊ばれた松下幸之助さんに親炙していくのですが、幸之助さんの評価を愚鈍であると語り、ごくごく普通の言葉を当たり前に愚直に一徹されていた人だと語っています。幸之助さんの経営手法は、一生懸命にコツコツ遣り抜くことだそうで、天命に従って無我夢中の生き方こそ自身の明徳も明らかになってくる心掛けを学び取っています。無我夢中の生き方を貫くことから、人生の醍醐味を味わっていけることこそ、人を植える道であり、真の幸せを手に入れる唯一の道であると結んでいるのです。幸之助翁をも並みのアホでなく、天地がひっくり返るほどのアホだと決め付ける姿勢とは、そこまでも愚直な素直さを貫く人を目指すことが、人生の意義の大きさを改めて教えてもらうことができました。読んだ心算でいるだけでは、決して心の中にも言葉が入り込んでくれること無く、何度も機会をつくって再読を繰り返してこそ価値があるものですし、意義ある言葉が凝縮している致知誌を師としてカバンに入れ込んでいます。
2009.10.08
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台風の影響なのでしょうか、朝から冷たい雨が降っているのですが、こうした陽気さの中ではどうしても気力が萎えてしまい、元気さが伏せてしまいがちになります。目の前に抱えている難儀なことが、一層気分を重くさせているのでしょうが、その日の天候具合に左右される意気地なさでは、自身が情けなくなって尚更滅入ってしまいそうです。そんな午後の郵便配達で届けられた郵便物の中に、税理士事務所を生業にしている友人から、新しい企画事業として、定期的なセミナーを開催する案内書がありました。この厳しい世情と経済情勢の中で、少しでも活気を取り戻して、それぞれの企業が元気をだして頑張ることがでるようにと、「元気フォーラム開催」と記された分厚いパンフレットが挿入されていました。業種に関係なく、先行きの不安な経済情勢を抱えて、年末の資金繰りを本気で工面をする、心配の声を聴くことがあるのですが、人事でない厳しさをつのらせてしまいます。仕事柄、さすがにいろいろな企業の経理を把握している友人のこと、世間一般の報道からでない、顧問先の実態を源流にして、これからの企業の生き方を研修しようとする、勉強会の企画内容でした。人それぞれに企業の経営理念や手腕が違いますし、業種によって違ういろいろな価値観を乗り越えて、それぞれが持つ特異な分野の元気さを持ち寄って、多くの皆さんが元気企業の分かち合いをめざしたい主旨でした。100年に一度の不況と命名をするだけで、保身絶対を願う政治家に任せるのでなく、仲間が寄り添って力強く活きていく環境を、構築させる意気込みは素晴らしい発想になります。各種多様である会社との取引の中で、沢山のデーターとアイディアを取り扱って、抱えている税理士事務所の役割は、資産形成から事業継承の幅をもって、顧問先のニーズに応える時代性があります。顧客の皆さんの要望を受け入れて、時代の流れの先に見える経営形態を学び取る時代背景に乗り遅れることなく、じっくりと学ぶ時代であるかも知れません。先行きに夢を抱いて元気ある仲間とともになって、曖昧な時代でも闊達な経営ができることを専念できれば、この上ない幸せを掴み取ることができるでしょう。何時になっても人様からの良き教えに感化されて、自己修練を重ねながら、ヨチヨチと歩む姿が変わりませんが、一歩一歩を確実にさせて正道を歩むことができれば嬉しいのです。友人が主催する元気フォーラムがご縁となって、また違った交流と事業発展を期待して、先ずは何はともあれ、自身の心身を元気にさせなければなりません。元気な心をもって、元気な身体で、明朗闊達な事業責任を果たす役割を謙虚になって、一生懸命に頑張っていこうと念じたところです。
2009.10.07
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来日7年目になる中国からの女性留学生が、来日前からの経験談を話してくれる機会に恵まれて、日本語と日本の文化の研修習得に、真剣になって勤しんでいる姿に接することができています。中国吉林省の朝鮮族の出身の方で、日本語の魅力にとり付かれて地元の大学で日本語研修を選択してから、日本の大学に私費留学をして、以来本格的な勉強と研究をされている方です。来日をして留学当初は、アルバイトを重ねながらの苦学生であったそうですが、アルバイト先のお店の会話で、いろいろな活きた日本語を学ぶことになって、一層日本語の魅力を深めたようです。ラーメン屋さんでの店員として、お水のサービスをする際に、「イイデス」の意味を聞き分けできるまで、大変な失敗や苦労をされてきて、日本語のもつ曖昧な表現を実体験して、ますます複雑な日本語と日本の文化を研究したい信念に駆られたようです。自作のパワーポイントを駆使して、自身の家族や故郷の様子を紹介したり、ご自身の果たすべき研究課題や将来の夢を熱く語ってくれました。留学生として経験するごとに、いろいろな立場の方々の力を支えにして、その相手の方を通して日本の文化や習慣を知り、人によって違う価値観を、じっくりと見極める修練ができたようでした。日本の歴史から文化の違いとかを、実にきめ細かに研究されていて、一途に日本人を超えた文化研究者になりきっている姿は、素朴なお顔つきからは、決して強い信念は感じ取れない純朴さを備えています。いつも笑顔でもって接してくれますし、誰彼なく平等に接する姿勢が清々しく見て取れて、こちらまでもが気分良く、清純な心にさせてくれてしまいます。まだまだ奥深い日本語の研究をしたいとのことで、留学期間が延びるようですが、なんとか良いサポートをできれば、彼女も研究一筋に邁進ができると思いますし、多くの仲間もそうした空気を察してくれて心得をしているようです。一人の若き民間大使として彼女が果たす大きな役割は、民族を超えた感動を分かち合えてくれるものでして、留学生活を支援する心意気は自然の理として広まって、一心に団結をして一層深い研究を続ける彼女の環境を、なんとか向上させて励ましをしたいものと念じてしまいます。彼女の持つ素敵な資質が強く感じ取れて、人の実直さと外連味のある謙虚な人柄が、多くの仲間の心を結びつけてくれそうで、一致団結して将来の日本文化伝道者を、なんとか上手く孵化させるようにますます夢をみてしまいます。僅かな時間でしたが、一生懸命に自己研究成果を発表する姿勢は、人の心を動かす真剣さがありましたし、将来にはお国に帰ってからは、日本語の教育布教発展に寄与してくれることを信じて、両国の文化の架け橋を担ってくれることを期待します。素朴な笑顔の何処に強い芯をもった頑張りの根性と、日本語の勉強に一途なまでの信念があるのだろうかと、懸念に思う時があるのですが、きっと驚愕するほどの夢をもって、心の中で自信を持っているからだと思うのです。何処まで応援ができるかは分かりませんが、お逢いするたびに成長している姿に元気付けられて、改めて意識の向上を感化されて、真の人生を学び合ってみたいと念じています。
2009.10.06
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前衆議院議員であった中川昭一さんの突然の訃報は、最初のテレビ速報からは自ら命を絶ったことを推測してしまったのですが、死因は病死であるとの報道が最新でありましたので、そこだけは救われた思いをしています。56歳の働き盛りの身体をもって、突然死で命を亡くしては、極普通の人としても、自民党のエースと言われていた人としても、将来的になんの社会奉公もできないままでは、なんとも情けなくもったいない人生の終焉だと思います。つい最近の衆議院選挙前は、自民党の若手リーダーとして将来を有望視されていて、将来自民党が復権した時の政権を担うことができる、最大の有力者であったことが報道されていました。親の威光をもって、学生の頃からエリートの道を歩み、全てに一流の学校と企業に席を置き、父親の議席を受けて衆議院も8期連続して代議士を務めて、最近では政府の重要な大臣を務めていた方が、突然死とはなんとも勿体無いことですし、一人の有能な人間が亡くなることは、その人の功績は別にしても、国民の死とは国家の損失に影響があると思います。つい先日、ご近所の高齢な方お二人お亡くなりになって、同じ会堂で同じ時間に二軒のお通夜が営まれたことが寂しくて、知り合いが身近から消えてしまうことの悲哀を、同時期に倍の寂しさとして感じてきました。日常極当たり前に居る人が居なくなると言うことは、そのご家族にとっては大変な出来事で、病に臥していた方とは言え、ご遺族からすれば家族が欠ける寂しさと狼狽が沸き起こってしまい、呆然とした言語と姿が痛々しいほどに感じられました。此方としても、一日の内にお二人の死に直面してしまい、ご家族にお悔やみにお邪魔をしたのですが、その落胆と狼狽した姿に接して、生活を共にしてきた家族の死と言う現実に、改めて大きな悲しさを覚えてしまいました。政界において国内外で活躍をしてきた中川さんのご遺族は、一般国民の死の重みに対して、様々に複雑多義に係ることが多々あって、その利害関係とは理解できないくらいの難儀さがあることだと憶測をしてしまいます。人様のお宅の事情は良く分かりませんが、ご近所の二軒のご不幸の際にも、ご家族の方から聞かされた言葉が、今は気が張っているから大丈夫ですが明日からの気抜けが心配ですと、疲労感をただよせた顔で、ポツリと言葉を伝えてくれたことが痛々しかったです。人は生まれた瞬間から死にむかっていると言われますが、悔いのない一生を過ごして生きたいものと願うのですが、人の一生の姿とはわからないもののようです。生をうけてからの人の一生とは、淡々ながらも粛々と無我夢中の毎日の繰り返しで、禍福の交錯した綾模様は、全てに家族の平安の祈願終結だと思います。平凡な言葉なのですが、平安で悔いのない一生を心にするためにも、できるだけ世の中に貢献をする時間を一日でも多くさせて、願うは幸福な家庭生活を築きあげてみたいものです。ただ人生の出世街道を目指さなくとも、自分の与えられた天成をもって、地道な絆をもつ家族から社会貢献ができることを、心強く念じたいものです。必ず迎える人の死期ですが、家族からも世の仲間からも惜しまれ悲しまれて、最大限の存在価値を残せる人生を送り、当の本人も悔いのない清々しさをもって天寿を全うしたいものです。
2009.10.05
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日曜日の静けさの午後に、ぬけるような紺碧の秋空を満喫しながら、爽やかな空気を心地良く身体中にふれさせて、まっとりした時間を楽しむことができています。こうした豊かな時間に、心中に重く圧し掛かる仕事の問題が少しでも軽くなってくれるのなら、暖かな陽射しが一層嬉しく受止めることができると確信できるのですが、まだまだ与えられた難儀の役割を果たす時なのでしょう。廊下で日向ぼっこを満喫している、二匹の愛犬の安心しきった寝姿に、少々憤慨を覚えながらも、自らの未達の仕事を捗らせているところです。毎朝に仏壇の前で朝の参拝をしているのですが、先祖の命日を銘記してある過去帳の日付を毎日開ける時に、代々先祖の流れを知ることとなり、脈々と繋がる代々のお陰を知って、改めて生きていれる存在意義を重く受止めてしまいます。手を合わせて一日の御加護やお導きを願っているうちに、菩提寺から頂いてあった心得帳のなかにあった、般若心経を称えるようになりました。それこそ見よう見まねの振り仮名を読んで始めたのですが、節回しが良く分らない為に、今のところは自己流の声明をして誤魔化しているところですが、なかなか上達はしないものです。門前の小僧経を覚える諺ではありませんが、毎日の繰り返しのなかで、般若心経から学びとる気付きごとがあって、日々修練の良き機会になっています。できるだけ神様や御仏の御加護を頂きながら、できる範囲で頑張りを果たしていこうと念じている毎日ですが、神仏に縋るだけでなく、もっと現実的な行動に結び付ける必用があることを信じているのですが、自己能力の幼稚さばかりが反省させられます。自分のもつ能力の意気地なさを知っていますので、自然と神仏を崇拝して縋っている自分に懸念をもっているのですが、困ったときの神頼み、仏頼みは天人も快く許してくれることに間違いないと思っています。この世の中は、その人に具わった生き方があるもので、あえて無理をする必要がありませんが、精一杯生きる役目は忘れなく、こうした愚痴も少なくしていかなければと、強い自覚をもっているところです。秋晴れの日に、意思の弱さが露呈している日々になっていますが、剛毅さだけでも生きていくことができなく、世の中の温かな人情に支えられて、世の中に甘えさせて頂ける享受を至宝とさせて抱き続けたいものです。かつて持ち合わせてあった傲慢さがすっかり蔭を落としてしまい、謙虚な心情と人様への謙譲とさせる心得が本物らしく醸成してきたと自認した今こそ、元気快活な自己表現を許してもらえる免罪符が手にできたことと信念をもっています。心にすることは、世の中にどの様にして恩返しをしていくかを、陰徳をもって粛々とできるように、毎朝の神仏への参拝は、気合を入れて真摯に修練を重ねていこうと念じます。
2009.10.04
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夏から秋に移る時期になってから、午後になると身体の重みを感じてしまい、やたらと睡魔が襲ってきて、10分でも転寝をすると物凄く爽やか感を味わうことができて、睡眠の効果を実感しているところです。年齢が老いてきた性なのか分りませんが、身体が睡眠を要求する健康状態をしっかりと把握して、今の自身の身体のコントロールを図りたいと思いますし、健康体への維持を心がける必要性を考えてしまいます。できれば、ある程度の運動の負荷を身体に与えてから、心地良い疲労感を味わいながら睡眠をとると、ぐっすりと熟睡ができて、疾患もちの身体にとっては、健康回復の必然的な要素となってくれる、強い味方になってくれる気がします。今日は、快晴の爽やかな土曜の午前中であったのですが、急遽暗雲大粒の雨が本格的に降ってきてしまい、事務所に籠もって仕事をしていても、たたきつける雨音が気になってしまい、何度も窓を開けて空模様を観るほどでした。昨日今日と同じような雨天となってしまい、疾患もちの身体には、低気圧の重さを感じる繊細さが身に付いてしまい、心臓病の身では心細さがつのるばかりで、いかに健康体のありがたさと大切さが納得させられています。事務所のなかで籠もっていますと、毎日の時間経過ばかりが早すぎて、先日何とか整理をしたばかりの机の上の書籍雑誌類が、あいも変らぬ積読状態を再現させてくれています。パソコンをいじりながらも横目で気にしているのですが、悪癖なので別段気になることでもないのですが、日増しに増量する姿がいちじるしく、更には未読の書籍に対しての期待感が増してきてしまい、読書の時間がとれない未練さが湧き上がってきます。机の上に積み重ねられた味読の書籍には、いまだ目にできないすばらしい言葉が書かれているかと思うと、おいそれと簡単には処理することができなくて、簡単でも一応は目にすることを心掛けていますと、結果的に積読本の冊数が増えてしまいます。10月に入って毎日のように届けられる月刊誌や機関誌も、構成して書籍や雑誌に編集を携った多くの方々の尽力を思えば、簡単に処理することが失礼ですし、できる限り一ページでも多く読むことを心がけてしまいます。老いてますます新しく知る言語や知識があって、改めて自身の無知を恥じてしまい、際限ない知識不足を実感しているのですが、読書の必要性を年々強く認識をしています。老いた身で疾患を身体に抱えているこれからが読書青春の時期と心得て、新刊の案内に目を皿にして気になる書籍を探し求めていくようです。先ほども郵送されてきた月間誌致知11月号をぺらぺらと眺めたところですが、単行本の案内から数冊の欲しい本をみつけてしまい、読み始める時期は分りませんがますます積読の課題が大きくなる気がしています。送られてくる月刊誌や機関誌は、時既に11月号となっていて、秋が深まる今では夕暮れがあまりにも早く、暗闇が時間だけを早送りにしているようで、気付けば早くも年の瀬が目に前に迫っているのです。一年間の時間経過が余りにも早すぎるのですが、与えられた天命と天寿を全うするために、精一杯の生き方を励む必要がありそうですし、天恵のお陰で恙無く日が暮れることに感謝をする毎日です。
2009.10.03
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2016年に開催される夏季オリンピックを、是非自国に誘致しようとの画策がされていて、招致決定されるIOC総会が開催されるコペンハーゲンには、各国の首脳が応援の為に駆けつけている様子が報道されています。1964年に開催された東京オリンピックの時は、これほどまでの誘致合戦がされていたのかと思っていたら、昨晩のテレビ番組の中でも放送されていましたが、各界の代表者や外交官が地道に大きな尽力を働かせていたそうです。外交ロビー活動が盛んにされている欧米各国からすると、折衝ごとや晩餐会やらの格式ばった交流や交渉ごとの機会が少なく、会話的にも社交的にでも不得手な我が国民からすると、貴重な投票をして頂くための、感動と印象度は少ないように思います。政権についたばかりの日本の新しい指導者である、鳩山総理大臣も急遽駆けつけて、誘致の演説をされるそうですが、日本人の謙虚さと誠意が汲み取ってくれて、総会に参加されている各国のIOC委員からの指示が得てくれると嬉しいのですが・・・前回は中国の北京でしたから、アジアでの開催が重なってしまう懸念もあって、今夜のIOC総会の成り行きが注目されますし、逆転の東京決定を期待して待ちたいものです。それにしても開催を希望しているシカゴや、リオデジャネイロ、マドリードからも元首が駆けつけて、華々しいロビー外交が開催されていますが、オリンピックの開催メリットは、その価値観は各国でまちまちなのでしょう。東京での開催では、環境に優しく配慮されている首都を知ってほしく、技術的な未来への躍動感を味わって欲しい願いを込めている様子ですが、オリンピックの持つ文化的な意味合いと、人間的な価値観が変ってきている気もするのです。高度成長の草創期に開催された前大会の社会情勢は、オリンピックも万国博覧会も国民の意識を高める効果がありましたが、これだけ世の中が成熟してきますと、スポーツの祭典とする意味合いや躍動感が、稀薄になってきているように思います。最近のオリンピックは、やたらに資本主義のコマーシャルイズムが台等してしまい、スポーツマンシップが薫る、純粋な気持ちでもって期待したり応援ができたオリンピックで無くなり、全てが金銭的な裏づけをもって競技をする仕組みが、なかなか納得できない部分があります。IOCの機構も余りにも巨大化している様子ですし、権力的にも各国の政治力が大きな関係を構築させる外交折衝が常識されては、当初のオリンピック精神から外れてしまっている現実は、どの様に理解すればよいのでしょうか。開催地決定にしても、政治力と資本力がなければ無理なことが伝わってきますが、もっと発展途上国や国際紛争に巻き込まれている被災国に対しての、景気浮揚や国際自立化への支援になれるための、一国の開催でなく世界中の支援を得れる、世界共同開催オリンピックを夢見てしまいます。一国が全てを担って開催するのでなく、世界中の国々の人々が手を繋ぎ役割の分担を支援をする、そんな国際共同事業こそが、これからのグローバル社会には大きな寄与があると同時に、世界は一つ、人間も平等であることを理解できる、すばらしいオリンピック大会に期待したいものです。勿論のこと政争の火種にすることなく、人類の平和や発展に大きな役割を発揮できる、純粋なスポーツの祭典であるオリンピックを、五輪のマークに託して、アフリカでも早々に開催できる日を待ちたいものです。
2009.10.02
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あーなって欲しいものとか、こうーなってほしいものとか、随分昔の若かりし頃には、無茶にもいろいろな自由奔放の夢をもって描いていたものです。一年一年と歳を重ねる日を過ごしていますと、余りにも錯綜した日常の中で、毎日の生活に追われることが精一杯で日が暮れてしまい、毎日の朝を迎える頻度が早すぎる傾向を、人事のように漠然と感じてしまっています。夢を実現させるための余命が、一日一日と残り少なくなる現実の中で、年齢には関係なくできるだけの希望を抱いて、日々の人生の励みにさせて生きたいものですが、実情を経験するほどに現実の厳しさが理解されてきます。今更の夢といっても、人様に語れるほどの立派なものはありませんが、ちょっと頑張れば手にできる小さなものでも、なかなか実現が難しい大きな難題の夢に至るまでも、何時でもチャレンジさせていける目標があると言うことは、自身の生き様の指針として大いに必要だと思っています。勿論のこととして、今本気で念じている夢があるのですが、人さまに話をすればとんでもないと、一笑に付されることでしょうが、老いた本人とすれば、本気に真顔で夢の実現を期待して願っているところです。できれば自身の小さな欲望を叶えながら、派生的に夢の実現からは、世の第三者の方々にも恩恵を分け与えることができるように、真摯になって取り組んでみたいものです。人様にも利得のお裾分けをすることは、それだけ以上に自身の生計を確立させる必要になりますので、少しだけは野暮な甘えをさせて頂き、先ずは自身の夢の実現を確実に果たすことを、心から願望をして念じてしまいます。成せば成ると言われておりますし、自身の励みのためにもできるだけの目標意識を高めていき、世間の人様が喜んで頂ける貢献をしてみたいものですし、そのお陰をもって喜びのお裾分けを期待しているところです。願うことは、社会貢献の夢が実現できたとしても、できれば陰徳として、心の中で喜びの感激をじっくりと享受してみたいものです。積善の家には必ず余慶があることを信じて、人様のためのなれる夢を心得て、時代の流れが速い世の趨勢の中でも、効果的に喜びが分ち合えることを、本気で夢を実現させたい頻度が深まってきたようです。そのためにも、過ぎ去る一日の時間を大切にして、日々修練の積み重ねを心得ていく必要がありますし、直面する厳しい現実の対処を粛々と捗らせる必用があります。この世の中とは、なかなか自身だけでは解決が難しい諸問題を抱えているのですが、何時でも謙虚になって、極自然体の誠心誠意を発揮させていく必要があると思っていますので、まずは自身の心の磨きを怠ることなく生活をする必用があります。夢見る夢を実現させるためにも、日頃の善行から夢が開くことを信じて、日常の心得えごとは、ますます重要な自身の必然課題になってくるようです。
2009.10.01
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