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【他ブログより転載。2017年12/30(土)日記より】 時短ピンポイント大掃除&正月飾りつけを予定通り完了。おせちも届いたし、買い物に出ても人の流れがいつもと違うし雰囲気はそれ風なんだけど、今日になってもまだピンとこない。さっきチャンネルかえたら、レコード大賞が決まった瞬間で。前評判そのままに、可愛いアイドル集団が獲った模様。ふーん。みなそれぞれに喜びの涙を浮かべてはいるものの、ひと昔のような重みが、まったく伝わらないなー。いっそ賞なしの音楽祭にした方が、視聴率は取れそう。それか過去の受賞者のVTR構成で番組作った方が。“ホントのこと”(出来レース)が素人にも分かる時代になったのだ。冷めたステージのやり取りに辟易。これをこの先続ける意義があるのか? おそらく作り手も出演者も視聴者も誰一人、楽しめてないのに?格闘技でも観れば年末気分が高まるのかと思ったが、これもまた、あっと言う間に決着。やる前から勝敗見えてる年寄な相手だった。素人目に見ても怖さがまったくないという・・・そんなつまらない相手を、何故今このタイミングで呼ぶ? 見応えのない試合で、不完全燃焼。別に年末だからって、特別感や刺激を求めてはないけどなんだかなんだか・・・・・・そんな一日も間もなく終わる。いつもの中華料理店のいつもの料理が変わらず美味しくて、大好きな店員さんと話せて、彼女のキュートな笑顔に見送られたのが、今日の収穫。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「MOWエチオピアモカコーヒーがマイブーム。当分痩せる予定なし。」
2018.05.30
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“御朱印集め”がブームらしい。と言っても、だいぶ前から流行ってたような気もするが…… 最近、漫画家助手経験のあるお坊さんの、ダイナミックなイラスト付きが、予約殺到するくらい人気になってるとか。見れば確かに軽くビビるくらいの完成度。あまりに凄すぎて、御朱印だってのを忘れそう。様々な道具を使い分けて凝って描くわりに、わずか15分で完成させるなんか、もう完全にその道(どの道?)の職人じゃん。これはちょっと描いてもらったら、自慢したい気もする。ただ、他のお坊さんが内心どう思ってるのかも気になる。仕事柄、物事を斜めに見ちゃうクセがあるから、つい裏で起きてることを考えてしまう。絵描きの坊さん×墨字一筋の坊さんの対決 etc.…ないかもしれないしあるかもしれない、あれやこれや。 でも。このブーム。御朱印の本来の意味がなくなってるのでは? こんな記念スタンプラリー感覚で、ポケモンのレアキャラ集めるみたいに専用ノートにいっぱい集めたって、一体どれだけ御利益あるんだか…そもそも“御朱印ガール”と呼ばれる人達は、いつから競い始め何のために集めているのか? 御朱印って一回お願いするにしても、お金(寄付?)がかかるはず。全国各地訪れて、ひとつ頼むごとにお金収めて…となると、ある程度時間にも蓄えにも余裕がないと、気軽に始められない趣味なんじゃないのかと。ホントに勝手ながら想像し、余計な心配をしてみる。 本人達が何のためにそれを必死で集めているのかはわからないし、個人の自由だから知るつもりもない。けど、神社仏閣は神聖な場所だから、それなりの礼儀をわきまえてほしい。中には、このブームにあえて乗らない寺や宗派があるのも事実。本来の目的とまったく違う記念スタンプ的な集め方が、一部では問題になっていると。それ聞いちゃうと、悲しい気持ちになる。夢中になってる人達は、やっぱり“集める”のが一番の目的で、その寺やお参りには興味ないのかなぁと。 死んだばあちゃんの実家は、代々続くお寺だ。私にとって寺は、子供の頃から馴染みのある場所で、今でも線香の香りを嗅ぐとやたら落ち着く。周りより1、2℃低いツンと冷えた空気や霊気も、苔生して発酵したような濃厚な土の匂いも…全部ひっくるめて神聖で特別な場所、のイメージ。だから寺の門をくぐる時には、どこの門でも自然と背筋が伸び無口になる。お参りをして“心を鎮め”、神聖な空気に触れて心身を清めるのが目的であって、それ以外の目的は……たまに寺に棲みついた猫の群れを眺めて癒されたい、といういくらかの邪念はあるにはあるが。あ、でも説法・説教が相当好き。和尚の話は御朱印よりも、私にとっては価値がある。それを頭に留めておいて、時々思い出したりして、気合を入れる。 一般的に日本人は飽きっぽいから、この大ブームだっていつまで続くかわからない。今まさに大勢が御朱印目当てに押し寄せている人気の寺も、その辺はもう割り切ってるのかもしれない。ま、お寺って、こんなことでもないと特に若い人達がワイワイやって来るような場所ではないだろうし。何でもいいから、人が気軽に訪れるきっかけになれば、それはそれで寺側も満足なのかも?★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「青侍。どんどん弱くなってる それよりイニエスタとポドルスキを生で拝みたーい」
2018.05.30
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明日のことは誰にもわからない。たとえ私自身のことであっても、この歳にもなると、いつ何が起きてもおかしくない。実際数日前、突然の気持ち悪さに襲われ、血の気が引きキッチンでへたり込んだ。味わったことのない不気味な体調の変化に、一瞬死が迫り来る足音を感じた。以来、去年できたことが今年同じようにできると勘違いせず、できるだけ無理をしないよう、穏やかに暮らす努力をしてる。歳を重ねれば重ねるだけ、注意散漫になり、先を予測する力が衰えるらしい。だからこそ、今まで以上に慎重で冷静になる必要がある。長年のカンで、適当に済ましちゃいけない。歩みは亀でも正確に、きっちり自分の足で歩く感触を得ながら生きていかねば。乗用車が横断歩道の歩行者を巻き込んで、歩道に突っ込んだ。57歳女性が死亡、3人が軽傷を負った。運転していたのはナント、90歳の老女だった。このエリアは個人的なイメージ的に、生き方がわりと自由で見た目も肉体的にも若々しい人が多い。だから高齢者が真っ赤な車を乗り回してたって、不思議ではない。ただし90ともなると、さすがに魔法も利かなそう。整備工場から出て早々、車を破壊したわけだが。車検でもなければ、ここに車を預けてた理由が気になる。もし、傷つけて修理とかだったら、もうこの人、事故以前に運転無理な状態だったんじゃないかと疑ってしまう。3月の免許更新をクリアしているものの、事故までに2ヶ月あれば彼女の中で“変化”が起きていたかもしれない。私だって2ヶ月の間に突然変わるくらいだから、90歳の老婆の体に何が起きてもおかしくない。工場の人は、「受け答えもしっかりしていて耳も遠くない。旅行したら土産をもってきてくれる」と強健な老女の事故を信じられない様子で語る。ダンナのこの前亡くなった伯母さんも似たタイプだったから、そういうタフな老人がいるのも解る。だけど伯母は元気が裏目に出て交通事故に遭い、それを機に認知症となり、先日亡くなった。誰もが100まで生きると疑わなかった、それでも一瞬の“判断ミス”が運命を大きく変えた。姑にしても同じようなことが言える。元気すぎる人ほど、油断してしまいがち。特に高齢になったら、その自信が過信に変わる。周りがきちんと説明をして、危ない、気をつけてと繰り返したところで、自分がこれまでやってきたことに間違いがないと思い込んでるから、聴く耳を持たない。これで何か大変なことが起きた時、自分でやったことだから全部責任を負えれば、まだカッコいいけど。大体はそうはいかない。周りの人達をこうして巻き込んでしまうのがオチ。今回の過信のせいで、大切な命が失われてしまった。命が無事でも事故で受けた傷や心の傷は、そう簡単に消えない。90歳のお婆さんに、どれ程の償い能力が残っているだろうか? この人自身も長生きして楽しい老後だったのに、まさかこの歳で犯罪者になろうとは思いもしなかっただろう。長生きしても好いことばかりじゃないと、時々このテの悲劇をニュースで観る度、我が身に置き換えいろいろ考えてしまう。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「芸名にするなら親の名前に頼らないで勝負すべきだったね。そこがもうダメ。七×七光りじゃん。」
2018.05.29
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【他ブログより転載。2017年12/28(木)日記より】職場の仕事納めをしたものの、今日から副業に取り掛かってしまい、年越し気分になっていない。町の殺気立った勢いにのまれ、まだ買うつもりのなかった雑煮や蕎麦の材料をそろえてしまった。少しはそういう気持ちになるかと思ったが、気分は冴えない。今年はできれば大幅に、大掃除も手抜きしたい。TVじゃ今日も相撲相撲。“品格”を謳っているはずの美しき国技の足の引っ張り合いを、毎日嫌という程見せられておなかいっぱい。相撲嫌いなのに、だいぶ詳しくなってしまった。どの局も似たり寄ったりで、あまりにも退屈。こんな時こそ、元気の出る音楽を聴こう。珍しく最近のアルバムを買ってしまった。ここのとこ一番気になる存在、岡崎体育の『XXL』。彼を知ってからユーチューブの動画を観まくり、今までにはなかったキャラクターにますます惹かれてしまった。あの普通すぎる見た目の垢抜けなさも含めて、なんだかわからないけど気になって気になって・・・今まだ私がライターをしていたら、真っ先に取材したい会ってみたいアーティストである。こんな気持ちも何年ぶりか・・・買ってから少し経ってしまったが、聴くならきちんと時間をとって聴きたかった。そして一気にDISC1を聴いた。“盆地テクノ”と本人が言ってるくらいだから基本はテクノ?でもこの人、単なるそれでは括れない面白さがある。耳触りのいい曲の構成、見た目から想像できない魅力ある声質、そして何より詞の言葉のセンスがいい。韻の踏み方も愉快で、英語と日本語の混ざり具合も心地好い。唄ってる内容がふざけてるようで、結構意味深。おちゃらけてるように見えて実はとてもナイーブで思慮深い人なのかもと、歌を聴く度に思う。やっぱり何度聴いても、今のところ一番好きなのは最後に収められた「式」。この人まだ若いはずなのに、なぜこんなシチュエーションが無理なく描けるのだろう? おじいちゃんおばあちゃん子?この一曲を聴くだけでも、たぶん何かを得られる気がする。他の遊びゴコロ満載の曲の後にコレ、だもの。やるな~。今日は「Horoscope」で、思わず声出て笑った。きみまろでおばあさん達ドカンドカンってくらいの笑いの連続。おかげで少し楽になった。これだから音楽はいい。今の私の特効薬は、このアルバム。DISC2はお楽しみのDVD。動く彼はさらに魅力が増す。他にないおもちゃを手に入れたような、得した気分になる。早く観たい。今年最後を笑って締め括りたい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「もうやめた方がいい。顔変わりすぎ。」
2018.05.28
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【他ブログより転載。2017年12/27(水)日記より】もうこれからは頑張りすぎないのがいいよ。来年から仕事もセーブして、のんびり過ごそう。体を大事にした方がいい。俺も(仕事)疲れるから、そうする、とダンナ。この前の突然の発熱がきっかけとなり、その病院の検査で引っ掛かった事を、専門の病院で二度に分けて調べてもらう。検査結果を聞いて、引っ掛かってた症状2つについては、1つは再発だけど経過観察で、もう1つは問題なしでひと安心・・・。だが、これで終わらなかった。先生の顔が急にシリアスになる。まず、基準値をありえないくらい上回る1つの項目に絶句。そして、告げられた病名に一瞬頭が???だらけになる。若い頃から病院にかかる度、医師に“もしや”と言われ、簡易検査も一度だけ試しに受けた。でも異常なしで。その後何も問題なく過ごせていたし、年一回の健康診断でも何も言われずにきたから、私も気にしていなかった。それよりも長年抱えている婦人病をやっつけることに頭いっぱいで、それ中心に健康管理をしていた。だから、まさか今になり前から疑われていた件が、現実になるとは・・・罹ったからといって、すぐにどうこうしなくてはいけない状態ではないらしいが、年明けに再び精密検査となった。今はその検査結果がこれ以上、厄介なことにならないよう祈るばかり。でも今回、最初の病院から1つの異常を見つけてもらい、それが次の病院での“発見”につながったから、良しとしなければ。あの時の謎の感染症がきっかけで、それとは全く別の異常が見つかったのだから。あの時病院に行く機会がなければ、ずっと気づかずに悪化させてしまったかもしれない。それじゃ手遅れだった。そう考えると、悪いことばかりじゃない。生まれつき病弱なので、自分の体と向き合うことには人一倍真剣に取り組んでいるつもり。年々あちこちガタついてきて、メンテナンスも一苦労だが。こうして自分の弱い部分を知っておくことで、無理をしすぎないよう心身バランスを取り、暮らす工夫ができるから、現実を受け容れて進むだけだ。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「年越し蕎麦はどん兵衛でいいというダンナ。呆れたけど、だんだん私もそれでいい気がしてきた。」
2018.05.27
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そこの前を通ると炒めたガーリックの匂いに、思わずおなかが鳴りそうになった。そんなことが何度かあったので、ネットで店を検索して、調べてみた。海外で実績を積んで、1年前にこの場所で店を開いたらしい。しかも行った人のレビューは、なかなかの評判。ケチケチ夫婦の私達だし、最近外で食べても私が量食べれなくなってるし…で、仕事日以外の外食が前より減っていたが。ダンナの方が店に行ってみたい!とノリノリなので、試しに行くかということで、いざ!店前に手書きのボードが出ているが、ランチの値段が判らず困っていると。ドアが開き、小柄な色白の女性が笑顔で迎える。あんな微笑みで声かけられたら、もう覚悟を決めるしか。1時に近い時間だったと思うが、中は思いのほか広く、余裕で好きな席を選べた。先ほどの女性とシェフともうひとりの女性スタッフの3人体制。レビューによると旦那さんがシェフで、私達を招き入れたあの人が奥さんらしい。ひとりで調理するので、時間がかかると思ったが、意外とはやく出てきた。しかも噂どおり、サラダの野菜が新鮮でうま! ランチだからとこういう所で手抜きされると、最初から萎える。でもここは期待できそう…奥さんは機転を利かせ、私たちふたりがオーダーした2種類を、初めから別皿に盛りつけてくれた。シェアの仕方も今までにはないパターンで新鮮。で、肝心のメインメニューはと言えば……前日に画像で見ていたものの、やはり上品な小盛り風で、後で聞いたら「女性向きだな」とダンナ。男の人にはやや物足りないボリュームだろう。私も最初は「少な…」と思った。それに具材も細かくて少な目。もっと安い庶民派の店で、食べ慣れちゃってたから、あれと比べると見た目も食感も物足りない。ただし、ソースも使われてる食材そのものの味も、他とはひと味違う良さもある。あの場所でこの材料で…と考えると、ランチの価格設定もぎりぎりだろう。頑張ってるのは認める。いろんな判定を、岸朝子並みにしてるうち、扉が繰り返し開き、続々とお客さんがやってきた。そしていつの間にか大勢に。満席まではいかないが、常連客と思われる人達で、店はいっぱいに。まだ1年とはいえ、近所の人達の舌と胃袋は、がっちりと掴んでいるようだ。だが、舌の感じ方は十人どころか人の数だけ人色で、同じ物を食べても同じように美味しいと感じるかどうかは、わからない。要するに“好み”の問題で、相当な腕を持つ料理人が作っても、その味に舌が馴染まなければ「美味しい」という感想を持たない人も、少なからずいるということ。味の好みって結局、自分がこの世に生を受けて以来、食べ慣れている物の味覚が基準だと思う。その感覚は千差万別だから、それが同じ物を長年食べ続けてる夫婦であっても、同じとは限らない。好みは相当似てるものの、今日の感じが同じかは……それに南国育ちの私と雪国育ちのダンナとでは、離乳食の味も米の味もソウルフードも全く違う。今日のパスタランチの感想は、お互いに悪くはなかった。ダンナはソースやサラダを気に入ったよう。私もそれは同じ。あと、食後のコーヒーもランチにしては、いいモノを出している。私は好みの味だった。でもトータルで考えると、うーん。店の雰囲気も心地好いし、スタッフのホスピタリティも満足度は高い。でも、リピーターになる程、気に入ったかというと。私は普通。思ったよりも満腹になったけど、もっとコスパのいい店に過去に出合った記憶があるから、あの店のアマトリチャーナと比べてしまう。大学時代に知ってしまったあの味が私の、パスタのイメージを作ってしまった。いまだにあれを越えるパスタに合えない。かと言って、今食べたら味濃すぎて、胃もたれするかもしれないが。でもそれだけ、インパクトある逸品だった。ひと口含んだ瞬間、あの味が恋しい…と思ってしまった。店を出る時、つい「美味しかったです!」と調子にのり言ってしまった。レジにあった店の紹介カードを一枚もらいたいと言うと、奥さんはすごく嬉しそうだった。美味しいのは本当なんだけど、私の好みのパスタとはちょっと違った。次にもし行くことがあれば、パスタ以外を試してみよう。それにしても、ネットの口コミはアテにならない。いや、みんなもの凄く褒めているのに、トータルの星がなぜか低めなのは、あそこにみんなの本音が出てるってことか?ダンナには内緒だけど、星、2つ・・・かなー。★ ★ ★ ★ ★今日の長めのひとこと。「有名料理人に取材依頼でTEL。本人出て、緊張のあまり名前の読み方ずっと間違えてた私。会話の最後に本人に訂正された恥ずかしい過去有。先生のあの優しさに惚れた。」
2018.05.27
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【他ブログより転載。2017年12/25(月)日記より】うっかり世の流れに乗ってしまい、ワインとケーキを飲み食い。チキンを買わなかったのが、私なりの抵抗。でも明日の夕方、残り物が値下がりしてるのを見かけたら、迷わず買ってしまう、に違いない。クリスチャンではない。母方のルーツは代々続く寺である。だからこの行事自体まったく関係ないので、普通の日を送ってればいいわけで・・・でもバレンタインにしろハロウィーンにしろクリスマスにしろ、欧米の好い所を都合よく取り入れて、何事も巧いこと恒例のイベントにしてしまうのが日本人というもの。神棚や仏事を大事にしながらも、子供の頃からケーキ(我が家は決まってアイスのやつ)は食べるし、クリスマス会も当たり前にやっていた。個人的には同じアホならノラなきゃ・・・ってのに賛成だから、楽しいイベントは別に宗教関係なくそれぞれが盛り上がれるなら、それが一番と思う。ただ、さっきも書いたが、この時季特に“食べ物”が粗末にされる時でもある。イベントのピークを過ぎたその瞬間から、大量に売れ残る関連商品の山。あちこちの店先で必死にバイトと思われる若い売り子さん達が、寒空の下、トナカイやサンタの被り物一枚で震えながら、声を嗄らし叫んでる。あまりの必死な訴えも、木枯らしや町の喧騒に容赦なくかき消され・・・・・・まるでマッチ売りの少女みたいだ。可哀想だし寒そうだから、早く暖かい店に入れるように沢山買ってあげたいけど、なんせいい歳をとった夫婦ふたりだけの家族。最近食も細り気味だから彼等の売り上げを伸ばせるほどの買い物ができない。だからそんな場面に出くわす度に、力になれないことに胸がちょっと痛む。あの売れそうにないコンビニのケーキやチキンは、彼等が自ら“負う”ことになるんだろうか?ヨレヨレのトナカイやサンタの今夜を思うと、胸がまたチクンと・・・・・ある専門家の調べによると、日本の子供の7人に1人がこの飽食の時代に“貧困”で食事に困っている、という。子供がいないので気づかなかったが、子供達が喜ぶはずのこの冬休みは、そういう子供達にとって悩みの時季でもあると。学校が休みになるということは、給食が食べられない日が続く。そのせいでおなかが減っても、家には育ちざかりの子供の空腹を満たすだけの食べ物がない。この話は衝撃だ。そんな子供がこの恵まれているはずの日本に大勢いることを、駅前の煌びやかなイルミネーションや賑わいやジングルベルの歌に惑わされ、まったく想像していなかった。記事を読んで、自分を恥じた。浮かれ気分に便乗し、家でおいしいおいしいと、ワインやケーキを頬張ってしまったことを。反省ついでに、たまたま見つけたNPOフードバンクに、ほんの僅かだが寄附をした。思いつきで今あるポイントを寄付しただけなので、ケーキ1個分にもならない微々たる行い。そのことに余計自分が情けなくなったが、何もしないよりマシ、と思うことにした。今日という日に(食べられない)子供達の存在について、自分なりに考えることができて、よかった。我が家は夫婦ふたりともケチだから無駄に物は買わないし、米粒ひとつも残らず食べる。外でどんなに出された食事が不味かろうと、余程のことがない限り、全部食べ切る。食事に関してはもともとそういう考えなので、まだ充分食べられるのに余らせるとか廃棄するとか、そういうのは耐えられない。毎回余ってしまうのに、なぜ多めに仕入れてしまうのか?そして余ったものやノルマ分を店員が自腹で買い取らなきゃいけないという、この明らかにおかしい慣習というかシステムを、誰も正そうとしないことが悲しい。そんなに大量に売りたいなら、売れない原因をきちんと調べて次の年から改善すればいいのに、そういう努力はしないで。随分前から在庫を抱えながら、店員がノルマに苦しみながら何もどこの店も正そうとしないのは、理解に苦しむ。本当のクリスマスって確か、家で静かに家族で祝うもの。どうせ欧米を真似るんなら、好い部分も含めて徹底的に取り入れるべき。私が今日できることは、ただひとつ。この日本からまず、食べ物に子供達が悩まないでいい日が、一日でも早く訪れるよう、サンタに祈ることだけ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「女子2枠は厳しい・・・熱い闘いでした。」
2018.05.25
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【他ブログから転載。2017年12/23(土)日記より】自分ではどうにもならないことがある。たとえ権力やお金がある人でも、避けて通れない、その前では誰もが平等で無力になるものが必ずあるように・・・・・・どんなに努力しても、日頃からイイコにしてても災いや悩みの種は、どこからともなく湧いてくる。それなりに長く生きていると、その問題を乗り切るには、くどくど考えても解決しないってことくらいはわかる。あれやこれや逃げ切る方法を考えたところで、この望まない状況が跡形もなく消えてくれるなんてそんなの、ありえないってこと痛いくらいにわかる。ならば今と同じか今よりもマシな状態をイメージしてできるだけそれに現実が近づくように何をすべきか直感で決める。考えるより感じろ!誰か有名な人(ブルース・リー?)の台詞だと思うがそれが一番大事と思う、本当に。打つべき手がないのなら、自分の今の感じたままに従い、迷わず進む。迷わず行け、行けばわかるさ!これは猪木の口癖だが、特に限られた時間の中では迷う時間そのものが、まずもったいない。だから即決。潔くAかBを選ぶ。一度選んだら二度と迷わないし後悔しない覚悟で。ストレートにシンプルに物事を決めることができたらあとはもう、決めた道をひたすら信じて信じて信じぬくだけ。あまりの念の強さに問題の方が恐れ入って、小さくなってくれたり逃げてってくれればシメタモノ。たぶん、人それぞれに在る運命、宿命はどう足掻いても抗っても避けられない。今はセーフでも必ず、生きてるうちのどこかで課題となって大きく立ちはだかるだろう。それを華麗にかわせる強さ、直感と直観を磨きたい。力尽くで闘えない弱くて儚い存在だからこそ感じるチカラ、信じたい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「デュトワ、お前もか!?」
2018.05.23
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誠意って、何かね?だいぶ前の人気ドラマの台詞で、一番心に残ってるんだが。思わずTVに向かって言いたくなった『アメフト部悪質タックル問題』。M選手20歳、“加害者“であり、彼の行ったことは、スポーツ選手として人間として、決して許されるものではない。だからその罪は一生背負わなきゃいけない。けれど、一般人なのに沢山のメディアに囲まれて、正々堂々と真実と謝意を伝えようとしたのは、立派だった。最近の政治家、芸能人、スポーツ関係、大企業…その謝罪会見の誰よりも素晴らしかったし大人だった。「顔を出さない謝罪はない」とあの場所に出て、周りの大人の言葉を借りることなく、誠実に精一杯の気持ちを伝えた彼。高校時代に夢中になり、“好きだった“アメフトが、大学に入り「あまり好きじゃなくなった」と言わせるまでに変えてしまった環境って、何? 空港で囲まれたから仕方なく会見したけど反省の色もなく、むしろ場違いなピンクのネクタイ絞めて被害者側に“お詫びに行く”ような男が親分な時点で、もうアウト。しかも肝心の相手大学名を延々言い間違うお粗末さ。全く反省してないのがひと目で解る珍しいケース。何かごにょごにょそれらしく話してる内容を、よーく聞けば。加害者になってしまったM選手を、全く守ろうともしていない。逆にトカゲの尻尾にしようとしてる。メディアが大学周辺で聞き込みをすれば、口をそろえて誰もが言う(皆なぜか小声で言うのは、それだけ怖い?存在なんだろう)。U監督は【独裁者】だと。そりゃそうだろう。だってM選手が恩師と慕っていた現コーチIが、大学では毎回監督の名前を出してM君に圧力をかけるくらい“悪人”になってるんだもん。どこの組織でもありがちだが、ひとりの権力者に怯え、周りは洗脳状態となり“生き残る”ために奴隷になるしか道はない。そう言えばレスリングも相撲も、ほぼ似たような事件だったな。日本のスポーツ界が、急に心配になってきた。それにしても。「優しすぎるからダメなんだ。」という言葉だけ聞けば、選手にかける言葉として間違ってはないけど、したくないのに追いつめられて悪質タックルをしてしまったM選手が、号泣してる所に行ってわざわざ言う言葉ではない。「指示してない」と言い張るのなら、ここで叱責や注意をすべきだろう? それをしてないってことは、やれと認めたようなもの。実際に「やらなきゃ意味ないよ」「できませんじゃ済まされないぞ、解ってるな?」と脅してるし。明らかにパワハラ。M選手はおとなしすぎる、やる気が見えないという理由で、最近レギュラーメンバーから外された挙げ句、監督から理由もなく「日本代表に行っちゃダメだよ」とまで釘を刺されていた。M君は、「監督とお話しする機会がないから、信頼関係はあるかわからない」と小さい声で言った。それなのに代表行くなとか、余計な事はちゃっかり言うんだな。単にコミュニケーションの問題と、まるでハリルさんを外した時の日本サッカー協会の台詞をまんま借りてきたような安易な理由で、誤魔化そうとした大学側。本当に誰も口出しできないくらい『恐れられた存在』の監督のようだから、これも大学広報の“忖度“ってことだろう。大学って、どんな時も学生側に居て、学生を全力で守ってほしかった。少なくとも会見にひとりで臨んだM選手は、大学をアメフト部を守ろうとした。それに比べて周りの大人どいつもこいつも……ホント、最悪。「㒒にはアメフトをやる権利がない」と、言い切ったM選手。「これから何をすればいいのかわからない」と途方に暮れたように続けた彼に、胸が痛んだ。加害者ではあるけれど、彼もこの事件の被害者だ。私利私欲を満たすため、未来ある若者ふたりの輝きを奪ってしまった。こんなことが許されるのだろうか。会見をしてケジメをつけたからと言って、彼がすべてから解放されるわけではない。それを考えると、大学や監督、コーチの犯した罪は重い。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「さて、もうひと頑張りしますか。」
2018.05.23
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いつものように施設の面会に行ったダンナ。つい最近また姑は、痰が上手く切れずに気管支炎から熱を出した。その後が心配で急いで行ってみたものの、抗生物質が効いたらしく、落ち着いたようだ。レビー小体型にアルツハイマー型も途中から加わり、もう完全にどこからどう診断しても『認知症』な彼女。こうなる前から面倒くさがりであんまり動かないし考えないし、喜怒哀楽の怒以外は抜け落ちてるような人だった。だけど胃瘻をして寝たきりにもなると、さすがに楽しみもなく寂しいしつまらないだろう…と、勝手に可哀相に思っていた。でも、昨日はダンナと向き合ってる最中、急に笑顔になり、遠くに向かって手を振りだしたらしい。あまりに突然のことで、ダンナも驚きどうしたのかと聞くと、「赤ちゃんが来たから」と答えたそうだ。もちろん老人専門の施設なので、赤ちゃんは来ない。でも嬉しそうな顔だったと聞き、私もなんかホッとした。そう言えば前は、天井の模様を見て「猫がいっぱいいる」と呟いたんだったな。おそらく私が、しょっちゅう猫ねこネコばっか言ってたから、それが記憶にあるんだろう。「猫、飼った?」とダンナに聞いてきたこともあるらしいし。私達と同居してる時、まだ体も元気で私に反抗期の子供みたいに突っかかって生きていた姑は、実の孫(最愛の次男の娘)の事でもそんなに感情を露わにする人ではなかった。おっさんみたいな性格だから、女が子供でも大人でもとにかく苦手で、女らしいこともできないし女同士で関わり合うことができない人だった。だから見知らぬ赤ちゃんに興味を持つとか、しかもそれを見て微笑むなんか、絶対にありえなかった。“本人としての自覚”がある頃には、こんな調子で周りの何にもあまり興味のない狭い世界で、見えない分厚い壁を抱えて生きてきた人。それが今、こんな姿になって、ベッドに毎日寝たきりなのに、以前より楽しそうに“笑って“る。同室のちょっとトボケたおばあさんの、おしゃべりが止まらない時は、眉がへの字の困った表情になるとも。あの無表情無感動だった姑が、呆けてきた今になり、やっと“人らしく”自分を出せるようになった。施設に入れる時も胃瘻にする時も、長男夫婦の責任の重さに押し潰されそうで、色んなことを散々悩み眠れない夜も何度もあった。本当にこれが正しいのか、彼女の終末を迎えるのに相応しい生活か、と考える日々だった。ほんと辛かった。でも、今の彼女、もしかすると幸せなのかも・・・・・・と思えるようになった。幻視幻覚どんな形でも、本人がたとえその意味を解っていなくても、やっぱり笑えたり喜んだりできる暮らしの方が、きっといい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「司教肘ついてるし興奮するし説教長いし。70回も愛言うてるし。」
2018.05.21
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いつものように施設の面会に行ったダンナ。つい最近また姑は、痰が上手く切れずに気管支炎から熱を出した。その後が心配で急いで行ってみたものの、抗生物質が効いたらしく、落ち着いたようだ。レビー小体型にアルツハイマー型も途中から加わり、もう完全にどこからどう診断しても『認知症』な彼女。こうなる前から面倒くさがりであんまり動かないし考えないし、喜怒哀楽の怒以外は抜け落ちてるような人だった。だけど胃瘻をして寝たきりにもなると、さすがに楽しみもなく寂しいしつまらないだろう…と、勝手に可哀相に思っていた。でも、昨日はダンナと向き合ってる最中、急に笑顔になり、遠くに向かって手を振りだしたらしい。あまりに突然のことで、ダンナも驚きどうしたのかと聞くと、「赤ちゃんが来たから」と答えたそうだ。もちろん老人専門の施設なので、赤ちゃんは来ない。でも嬉しそうな顔だったと聞き、私もなんかホッとした。そう言えば前は、天井の模様を見て「猫がいっぱいいる」と呟いたんだったな。おそらく私が、しょっちゅう猫ねこネコばっか言ってたから、それが記憶にあるんだろう。「猫、飼った?」とダンナに聞いてきたこともあるらしいし。私達と同居してる時、まだ体も元気で私に反抗期の子供みたいに突っかかって生きていた姑は、実の孫(最愛の次男の娘)の事でもそんなに感情を露わにする人ではなかった。おっさんみたいな性格だから、女が子供でも大人でもとにかく苦手で、女らしいこともできないし女同士で関わり合うことができない人だった。だから見知らぬ赤ちゃんに興味を持つとか、しかもそれを見て微笑むなんか、絶対にありえなかった。“本人としての自覚”がある頃には、こんな調子で周りの何にもあまり興味のない狭い世界で、見えない分厚い壁を抱えて生きてきた人。それが今、こんな姿になって、ベッドに毎日寝たきりなのに、以前より楽しそうに“笑って“る。同室のちょっとトボケたおばあさんの、おしゃべりが止まらない時は、眉がへの字の困った表情になるとも。あの無表情無感動だった姑が、呆けてきた今になり、やっと“人らしく”自分を出せるようになった。施設に入れる時も胃瘻にする時も、長男夫婦の責任の重さに押し潰されそうで、色んなことを散々悩み眠れない夜も何度もあった。本当にこれが正しいのか、彼女の終末を迎えるのに相応しい生活か、と考える日々だった。ほんと辛かった。でも、今の彼女、もしかすると幸せなのかも・・・・・・と思えるようになった。幻視幻覚どんな形でも、本人がたとえその意味を解っていなくても、やっぱり笑えたり喜んだりできる暮らしの方が、きっといい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「司教肘ついてるし興奮するし説教長いし。70回も愛言うてるし。」
2018.05.21
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【他ブログから転載。2017年12/20(水)日記より】すごく気になってて読みたかった本。何だかんだで読めないまま何か月も放置。さすがに、今年のうちに読まないとダメだろってことで、昨日から少しずつ読み始めたんだが・・・面白い!!いや、内容的に“面白い”っていうのは不謹慎。なぜってそのタイトルは『葬送の仕事師たち』(井上理津子著)だからやっぱふさわしくない。フリーライターが自身の親を立て続けに送った経験から葬送の仕事をする人達に興味をもち、丁寧に取材を重ね一冊にまとめたもの。実は私がこの本に惹かれたのも、今度の30日に9回目の命日を迎える実父の葬儀の経験があったから。大病で一時は生死を彷徨う大手術をした後、奇跡の復活劇を見事乗り越え余命宣告の倍の年数を精一杯生きた父の立派な最期だった。“その日”は突然師走の夜にやってきて、その年の大晦日や新年は九州に急遽夫婦で飛んで帰り、なんだかわからないまま夢中で仮通夜、通夜、告別式、初七日までをノンストップで遣りきった。考える暇もなくただ、体が勝手に動いてるような夢の中の出来事ではあったが、強烈な印象としてずっと残っているのが葬送のプロのひとりひとりの温かい言動だ。あの人達にみっちりと支えられ、父をあの世に送り出すことができた。放心状態の私達家族に、「(式を成功させるには)まずは体力ですよ」と、おにぎりを差し入れてくれたこと・・・なんかすごく嬉しかったなあ・・・あと感動したのは、エンバーミング。耳にしたことはあっても、実際どんなもんかまさか父で知ることになろうとは・・・生前のままの姿に整えられた父はまるで寝ているように穏やかで今にも起きだしそうな見た目だった。あれもすべてエンバーマーのおかげ。それが彼等の仕事とはいえ、年末年始を家族で過ごしたいだろうに。こんな他人の不幸につき合い、悲しみに暮れる家族に寄り添い、時にはうっすらと涙も浮かべ・・・誰にでもできるものではないと本当に心から感謝したものだ。あの時の感動や感激があるからこそ、この本の内容は私にはどのページのどの人の話もジンとくるものばかり。最近大好きな重松本もまったく読めなくなって“時間がない”はずの私が、夢中になって先へ先へと読み進めている。今ちょうど半分くらいだが、残りも間もなく読み終わるだろう。それくらい先が待ち遠しい。人の死を扱う内容に“待ち遠しい”は失礼だが。死を見つめる内容でありながら、我々生きている人間がどう生きるべきか?を問われているような気もする。それにしても、おくりびとの人人は皆、なんて魅力的で話のひとつひとつがお坊さんのように重みがあるんだろう?様々な死を見つめるうちに“悟り”を開くのだろうか?それぞれのプロが語る嘘偽りのない言葉はどの人も温かくどれも胸に響き、忘れられない。彼等の本音や考えや努力を知る度に、胸に熱いモノが込み上げ、瞼も潤みがち。悲しいかないつかまた誰かの時にお世話になる日もあるだろう。その時には彼等の見方がまたひとつ変わりそうだ。父の命日を前に、今この本を読めたのは私にとってはベストだったかもしれない。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「今年の年賀状のデザインがいまいち。」
2018.05.20
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【他ブログから転載。2017年12/18(月)日記より】これでやっと年が越せる。染めた髪もまだらになり、所々白いモノが混ざり始め、もっさりとしてまとまりのなくなった頭。それをやっつけるため美容院に行くはずが、突然高熱により延期に。どんどんとスケジュールが埋まり、時が過ぎる中、無理矢理予約をねじ込んだ。そして希望通り、襟足の鬱陶しい部分をばっさり。こんな寒い時季にショートボブもどうかと思うが、今はなんだかこの気分。前髪も分け目を逆にして、ややぱっつん気味に垂らしてみる。鏡に映る自分が違って見える。アシスタントのお兄さんに髪を染めてもらう間、いつものようにいろいろとお喋り。なんと彼は3か月前に私が薦めた本を、律儀にも読んだというではないか! しかも感想も彼なりに聞かせてくれた。私が活字の仕事をしている事に、興味を示してくれてるだけでも嬉しいのに、この前聞いてきたのだ。オススメの本は何ですか?と。調子に乗ってペラペラと沢山の本を紹介したのは覚えてる。でも向こうは作業中でいちいちお客さんの話の中身など覚えてる暇はないだろうし、その時間だけ話を合わせ頷いてるんだろうと思ってた。それがまさか早々にしっかり作家をチェックして、私が一番好きと言った小説を選んで読んでいたとは・・・。この未来ある青年の前でいい加減な事は言えない・・・もっと責任もって言葉を発しないと・・・と深く反省。彼は今どきのシュッとした色白イケメン君。私よりはるかに年下の、普通ならば接点が何もない世代の若者だ。それがこうして私の行きつけの店のスタッフとしてある時期出逢い、違和感なく世間話をするように。初めの頃は随分シャイでおとなしい印象だったが、一年ごとに力と自信をつけ、最近特に成長目覚ましい。技術ももちろんだろうが、彼の聞き上手力は向上し、話す力も驚く程ついている。この店に来る客層はおそらく、彼の世代よりも上の人が多いだろう。店長Oさんの人柄や技術に惹かれ、長年のつき合いで集まっている常連客は、華やかな商売を含め特殊な職種や趣味を持った人が多い。アシスタント君はその人達から様々な事を吸収し、心身を鍛え、今まさに成長している最中なのだ。前は私が話すばかりだった。それが最近は、彼から語られる話に耳を傾ける機会が増えた。子供のいない私からしたら、彼の考えてる事、見えてる世界・・・そのどれもが興味深い。若い彼の考えや使う言葉に刺激されたり、ハッとする時もある。決して交わる事のない世代と、ギャップや共通点を見出す面白さ・・・前よりますます、美容院に行く楽しみが増えた。紹介した本は「あなたは若いから、その気持ちを理解するにはまだ少し早いかもしれないけど・・・」と前置きして薦めた。感想を聞く限り、やはりまだ全部を理解するには早すぎる若さだが、きっといつか解る時が来るだろう。あと10年くらいは寝かせた方がいいけれど、真面目な彼のこと。その内容を、自分の事のように感じ、思い出す時が来るだろう。その頃まで私達のつき合いが続いているかは、自信がない。ただ、その小説の言葉達が、立派に成長した彼の記憶に残ればいい。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「診察待合室で映画1本以上観ることになろうとはしかも紅の豚~からの~シザーハンズ。何故??」
2018.05.18
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無事締め切り越えた~(喜)。でも次の締め切り抱える~(嘆)。私が自分のことで必死になってる間に、また世の中に動きがあった。一番驚いて??!だったのは、やっぱりヒデキ。新御三家の活躍は知っていても、思い入れはない。ワイルドなイメージが強くて、こぶしの利いたハスキーボイスも『ヤングマン』も好みじゃなかった。ただ、なぜか『ブルースカイブルー』が好きで。今回TVで改めて生きた証を見てみると、実は歌がうまい、周りに気遣いができるファンを大事にしてるetc.…“昭和のアイドル”は最近のとは出来が違うな、と気づかされることが多々。ここ最近は、毎年昭和スターの合同コンサートのポスターで見かけるくらいだったけど、大病しても不自由になっても頑張ってるんだなーとふつうに思ってたのに。大スターであろうがそうでなかろうが芸能人だろうが一般人だろうが死はある日突然、訪れる。ほんと儚い。でも、短くても精一杯生きて亡くなっ後、こんなにも皆に惜しまれるなら、“幸せな人生“だった、ってことじゃないのかな。悲しんでくれる人、思い出してもらえる功績それらがすべてあるのは羨ましい。果たして私に、遺せるものがあるのだろうか。漣さんも「あるがまま」と言い続けてた。ヒデキは「ありのまま」を見せ続けてた。彼等が発したこの言葉の意味をあれこれ考える今日この頃。ギャランドゥの意味がいまだにさっぱり判らないままだが、………ご冥福をお祈りします。(合掌) ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「セーラームーンみたいな恰好で、赤ちゃん連れてる奥さんを二度見。」
2018.05.18
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新年度の始まりとともに、本業も副業も急に依頼数が増えた。ほぼ毎週副業の締め切りを抱えながら、本業のため都内の職場へ時々通う、という感じ。副業を始めたのは去年の6月。途中私の体調不調や家庭の事情で休んだりもしてるが、爽やかボスとのつき合いは、間もなく一年を迎える。……早い。こんな暮らしにある程度は慣れたものの、普通なら回を重ねていけばいくほど慣れるはずの仕事が、この歳にもなると、そうはいかない。ちょっとのブランクは「リセット」につながるから、気を抜けない。去年たまたま募集記事を見て、イチからの挑戦となった副業は特に。本業は大学時代のアルバイトに遡るくらい経験はあるから、できて当たり前。けど、ブランクがあれば不安になるから、作業のカンが鈍らないようできるだけ断らない。副業は毎回強めに気合を入れないといけないヒナレベル。春先に少し待機期間が長かったせいで、久しぶりに依頼を請けて取り掛かる時に、マニュアルや段取りを確認しないとあやふやな部分もあった。去年あれだけ散々取り組んだのに、新しい事が定着しづらくなってる記憶力がカナシイ。そんなわけで今日もこれから、原稿抱えて悪戦苦闘(のはず)。自宅だとついつい自分に甘くなるから、誘惑のモトを自ら絶たなきゃいけない。その代わり、ひとつ前に進んだら、「たい」を“放流“。ひと仕事につきひとつの“欲望”を満たす作戦。おかげで集中力だけは、たっぷり。“欲しい”を叶えるために、一心不乱。人参ぶら下げた馬の気分が今なら解る。ああ…読みたい本・買いたい本がいっぱい。観たい海外ドラマ、観たいDVDがいっぱい。じっくり聴きたい音楽がいっぱい。今のうちにやっつけたい家事がいっぱい。本気で体脂肪落としたい。髪切りたい。メガネ作りたい。1年ぶりに友達に会いたい。現実逃避したい。猫触りたい。海の家ができる前に、浜辺で夕日に向かって深呼吸したい。夢を見ず、ゆっくりベッドで眠りたい。あれもこれもぜんぶしたい。そのためにも、今目の前にあるこの山を越えたい。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「志村はやっぱ呼ばれないんだな。」
2018.05.15
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【他ブログから転載。2017年12/14(木)日記より】12月が間もなく半分終わる。特別な事をしていても、していなくても時は待ってくれない。皆に平等に過ぎていく。年末進行の時期、出版業界は慌ただしい。こんな私でも猫の手くらいには役立つようで、突然のお呼びがかかる度、老体に鞭打ち、時々本気出すペン職人の日が続く。今日になり副業の方も、年末年始のスケジュールが押さえられる。もしこれもすべて決まれば、締め切りを抱えたまま、年を越すことになる。こんなことは久しぶり。ライター辞めて以来だ。先の先まで埋められた仕事の配分をざっと考える。それだけでなんだかワクワクしてしまうのは、一生治らない職業病かも。どうやら今年は、ダラダラ正月太りする危険もなさそう。毎日どれだけ仕事に費やし、どこで正月休みをとるか・・・自分の好きに決めればいいけど、しっかり考えて進めなきゃ夏休みの宿題みたく、悲惨な最終日を迎えることになる。だから今から計画立てて、依頼されても慌てないよう。そして精一杯脳を使い、体脂肪を燃やし、来年はこの腹回りの“呼んでもないのに勝手に集まった”肉やら脂肪やらをまるごと削ぎ落としたい。元の姿をイメージして、原稿と真剣に向き合い脳活ダイエットを目ざしたい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「ここ数日風は冷たいけど、空が澄んで富士山も拝めて嬉しい」
2018.05.14
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【他ブログから転載。2017年12/13(水)日記より】日々の生活に追われるうち、することの優先順位が当たり前だけど“今必要なこと”からどんどん決まり、“女である”ことは底辺に追いやられる。若い頃からおしゃれを自分なりに楽しむのが好きで、それなりにこだわりもあった。好きに使えるお金は限られていたが、その中で自分をどう魅せるか、今のポテンシャルをキープできるか、あれこれ考えるのは苦じゃなかった。今もその時の気持ちは忘れないでいたいけど、そんなのん気に振る舞ってられない。私の現実はかなりシビアで苦しい。悠長に外見ばかり時間をかけていられない。だからと言って、“女である”自分を忘れたくない。加齢により体型が崩れたって、色気や潤いが枯れてしまったって、精一杯のおしゃれをしたい。姿勢のいいのが唯一の取り柄。背筋をぴんと伸ばして、オンの日は頑張って少しヒールのある靴を選ぶ。膝ががくがくしないよう、途中で転んだりしないよう、気をつけるべきことは若い頃と比べものにならない程、沢山ある。それでも永遠のおしゃれ番長・野宮真貴のプライドを、気分だけでも見習いたい。仕事が切れたので久しぶりにマニキュアを塗った。BGMは古内東子『TOKO~best selection』。恋する女心を唄わせたら、現代の恋の歌代弁者のNKなんか比じゃない。あんなママゴトみたいな青臭いのとは、深みが違う。痛みが違う。とりあえず薄っぺらな同じことばかりネタにして歌ってはいない。恋愛は綺麗事ばかりじゃないってこと、ヒリヒリとした痛みがつきものだってこと、それでも素敵だってこと・・・ちゃんと気づかせてくれる。彼女の歌を地で行く恋をしていた時期がある。ダンナと知り合うちょい前のことだ。古内東子を聴くのは、一番女々しかった私を思い出すことになるから、結婚を機に聴くのを止めた。でもマニキュアを塗る時に、どうしても聴きたくなった。聴けばうまく塗れるような気がして。どうせなら気分的に盛り上げてみたかった。ウン年ぶりの古内は、変わらず切ない。どんなに私がおばさんになっても、今はキラキラの欠片もない風貌になっても、心はあの頃のまま敏感だ。当時の気持ちが蘇り胸がざわつく。私の全力をかけて尽くした恋。大輪の花火のようにあっけなく消えたそれは、私の心身をボロボロにした。でもあの頃の私は、“女である”ことに真っ直ぐでいられた。人を愛すること、人に愛されることを楽しみ、自分磨きに全力で向き合っていた。忙しい仕事を抱えての恋愛はしんどい時もあったが、底知れぬパワーに満ち溢れ、生きる強さが漲っていた。人に必ず一度絶頂期があるとするなら、私のピークはあの時代だろう。懐かしい曲を聴きながら、私の奥深くに仕舞い込んでいた乙女な部分が少しだけ顔を出す。かさついた心に潤いが戻って来たような気さえする。想い出はあまりに遠くなりすぎて、あの日誓った約束も夢か現実か、もうわからない。慎重に塗り重ねたマニキュアは、いつの間にかダマができ、指紋がついたり、ヨレてたり。途中で家事をしながら女の綺麗を保つのは、やっぱり難しい。あの頃初対面の男性によく褒められた手も指先も、今じゃまったく自慢できない。シワシワの別物だ。どう頑張っても老いが隠せず、泣きたくなる。いや、でも、まだまだあきらめない。女を捨てない。母は毎朝きちんとメイクしてから朝食や弁当を作っていた。歳をとってからもおしゃれに手を抜くことは決してない。マ二キュアを塗り、色味の映える服を着て、美容院にマメに通い、白髪や寝癖を一度も見たことがない。それも全部、大好きな父のためだった。そんな母を誰よりも可愛いと、実は思って密かに憧れている。気性の激しい人だけど、私なんかより明らかに中身は乙女だ。これも亡き父に全力で恋してたから。母のようにおばあさんになっても、ふとした時の可愛さを忘れないよう、恋する気持ちをなくさないよう。古内の「かわいくなりたい」を改めて教訓にして。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「薬屋の隣に薬屋は要らんだろう?」
2018.05.13
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ブームを仕掛ける側に長年居たのに、私自身はどっちかと言うとアマノジャク。「人は人、私は私」と思って生きている。前に本館で書いたこともあるが、こういう風に考えるようになったのは、大学時代のしょっぱい経験があったから。あの時ものすごく苦しんだお蔭で、私は本来の私を取り戻せたというか、本当の私になれた。その後に続く社会人としてのスタートは、“私”という人間が独り立ちするいいチャンスになった。この先、周りの顔色ばかり気にして、自分を押し殺すような生き方は、二度としない。言いたいことは言う。好かれるとか嫌われるとか、人に良く見られたいとか考えない。私は私自身を貫きたいと誓い、前を向いた。ふり返ってみて、それが社会人として働く人間として、良かったのか悪かったのかは判らない。私がズバズバものを言うせいで、傷ついた人も大勢いただろう。でも自分の言動には常に責任をもっていたから、たとえ反感を買っても政治家や官僚たちみたいな卑怯なことはしない。その覚悟でやってきた。自分を出すことはそれなりにリスクも大きい。それでも、思ったことを我慢し続け、右に同じと言い聞かせてきた“イイコちゃん”の過去より、生きてる実感がある。TV番組「家、ついて行ってイイですか?」が好きだ。その辺の駅前で終電を逃した人に、直撃して許可をもらえたら、タクシー代(たまに他の場合も)を支払う代わりに家について行って、その人の人生観に迫るという、あの生々しさがいい。毎回取り上げられる人の生き様に、ドキュメンタリー番組以上の感銘を受けることがある。昨日たまたまチャンネルをかえた瞬間やってたのは、【60’s&70’sレコード大好き中学生】だった。私が観たのは途中からで、既に家の部屋で彼が自分のことを語っている最中で。全容を知らないが、途中からでも彼の想いは充分伝わった。音楽好きな父親の影響で、音楽にハマった色白の少年。マッシュルームカットの華奢なルックスは、プルシェンコに憧れて見た目を真似した頃の羽生くんにも似てる。彼の部屋にはビートルズのポスターや写真がおしゃれに貼られ、棚には色褪せたジャケットのLP盤が大量に並ぶ。この部屋だけ映せば、60年代の子供部屋。こんなだから彼は、学校でも周りと話が合わないと言う。そりゃRADWIMPSを聴いてる世代に、ビートルズやビーチボーイズを熱く語っても、理解できないのも無理はない。しかも彼はLINEもやらないから、クラスで仲間外れ状態。けれどその状態を悲しんではいない。むしろ達観してて潔い。「(既読を気にして)周りの顔色をうかがってばかりの、拘束される時間が惜しい」というような理由を話した。その顔から寂しさは感じられない。彼には自分が愛する両親がいて、音楽仲間でもあり一番の理解者の父親がいる。ふたりがセッションする姿は、実に楽しそうで、観ているこっちも頬が緩んだ。学校や職場等“組織“に馴染めなくても、彼のように何かひとつ「信じられるもの」があれば、揺らぐことはない。未成年であれ成人であれ、ちゃんと自分の足で立っている実感、それを得られる生き方なら、たぶん間違ってない。ちなみに最近巷で大流行の、コッペパンと透明飲料。私、全然興味なし。食べたいモノ、飲みたいモノくらい、自由に選びたいしブームは自分で作りたい。若い頃から周りが盛り上がれば盛り上がるほど、どんどん冷めてく性格は変わらず。猫的だから規模が大きいとか群れるとか、人に踊らされるのが苦手。通勤中、駅前にコッペパンがおいしそうに並んでるけど、絶対に誘惑されたりなんかしない。昼が近いので、急におなかが鳴りだしたけど、それでも負けない! 基本パンより米派!!★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「財務省のセクハラ研修…効果あるの?」
2018.05.10
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某駅の券売機で、隣の人の動作を真似てSui○aで切符を買おうとする(?)カラスの動画を観た。カラスは小学校低学年くらいの知能があるらしい。新婚時代に住んだ町で、針金ハンガーを口に咥えたカラスを見た。巣作りの時季だったから、枝よりも丈夫な物を選んだのだろう。ダンナは「鉄筋住宅で安心だね」と言い感心してた。私はそれよりカラスが飛び立つ瞬間に、「ハンガー!」と叫んだことに驚いた。嘘だと笑われてもいい。私には完全にそう聞こえた。犬よりも「芸がない」と思われてる猫だって、聞いた話では3歳児くらいの知能があるとかないとか。確かに私が8年交流を続けた地域猫は、信じられないくらい“人間界”の事を熟知していた。ノラ猫の寿命が4、5年のところ、途中大怪我を負いながらも倍の年数を生きられたのは、彼女が身につけた知恵と経験のおかげ。だとしたら、知能指数が高いチンパンジーもぼやぼやしてられない。うちに毎日やって来るスズメの親子でさえ、我が家の暮らしを密かに“観察“して覚えてるのだから、動物の脳は確実に日々進化している。日本の大学の最高峰と長年言われてきた東大。その食堂に40年以上飾られてきた巨大絵画が、廃棄処分されたという、なんとも呆れるニュース。改修工事に伴い、壁のサイズに収まりきれないとかで棄てるか飾るか「検討した結果」・・・の悲劇。故・宇佐美圭司氏の手掛けた作品の名は「きずな」。40年という年月、学生を見守り続けた絵に対して、大学側の誰も「愛着がなかった」のだろうか?飾った年月が、とんでもなく無駄だったように思う。この作家さんを存じ上げないが、作品のタイトルからして大学に飾るのを想定して完成させたものだとしたら、なおさら哀しみが込み上げる。私には全くの他人事だけど、絵画には何の罪もないからこそ、この結末は哀れだ。作家の娘さんは「4分割すれば廃棄しないで設置できた」と、大学のこの判断について、残念そうに語った。芸術作品の価値なんて、どうやって決まるのかまるで未知の世界だが、専門家によれば「数千万円の価値」とのこと。「知識がなかった」と大学側のコメントに、TV番組でハーバード大卒のパックンが語気を強めて言った。「東大は知識を学びに行く場所でしょ!」いや全くその通り。東大レベルの知能はないけど、同じ日本人として、かなり恥ずかしい。廃棄の前になぜ、どこかに寄贈するとか別の方法を考えなかったのだろう? あの東大の、誰ひとりも??生協がインタビューに応えていたようだが、生協の人は卒業生じゃないとか、もしそういう逃げ方をするつもりだったとしても、納得できるものではない。たとえ自分には価値がわからなくても、40年以上もそこに在り続けたものを、そんなに簡単に廃棄できるのかってことが、個人的に引っ掛かる。新しい壁にかかりそうもないから棄てる、では単に仕事を人に言われた通り事務的にやってるだけに見えてしまう。そこに「人間」としての感情は?余談だが、姑が私達夫婦と同居する時、実家にあった御屠蘇セット一式を、棄ててしまったことがあった。代々この家で大切に受け継がれてきたモノらしく、漆の色や器の丸みもだいぶアンティーク感が増していた。これを私が継ぐのか・・・と思ったら、引っ越し荷物に入ってなく。ケロッと棄てたと言いきった姑を、ダンナは珍しく厳しく叱った。歳月を重ねて築かれたモノ全般に全く興味のない姑には、ただの古びた器でしかない。叱られた姑はやけくそで100均のプラスチック製を即買って来て、チャラにしたつもりだが、私達夫婦の心は更に傷ついた。そんな事を、今回のニュースで思い出してしまった。動物より多くの事を学び、知識を得ているはずの人間。けれど、モノや情報の溢れかえるこんな世界で生きるうち、「一番大切なモノ」を見抜く力や愛おしむ心が、麻痺してきてる気がしてならない。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「さ、さむいよ~」
2018.05.09
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ア○クサにワガママ言えば、そこそこ色々叶えてくれる(?)そんな時代になったんだもの。たとえJ王国がこのまま崩壊の危機に陥ったとしても、今なら少しも驚かない。私があの業界に居た時代の頃のまま、今も同じスタイルで事を進めてたとしたら・・・古い掟やしきたりは、いよいよ通用しなくなる。それがどんなに知名度が高かろうが、誰もを跪かせる権力を振りかざそうが・・・・・・いずれ世論に裁かれる時が来る。そんな時代になったんだもの。時の流れに抗えば、生き残れないそんな時代。最近今まで考えもしなかったような多くの事が、突然消えたり終わりを告げたり、一夜にして態度変えたり・・・間もなく元号も変わるけど、既にもう国内外大小さまざま“激動”の時期を迎えてる気がする。あちこちでザワザワ騒がしい。私が生まれた旧き良き“昭和”が、どんどん遠のいてくのは、もはや誰にも止められない。ABCこと青山ブックセンター六本木店が、6/25で閉店するという。東京のど真ん中、眠らない街・六本木で本を売り続けて38年。不夜城にぽっかりと在るそれは、仕事に明け暮れた私にとって【ゴトウ花店】と同じくらい癒される場所だった。徹夜や激務続きの時や、原稿書きが進まない時、担当誌面のアイディアを膨らませたい時、人に会いすぎて疲れて独りになりたい時 etc.・・・駆け込む場所のひとつになっていた。ヒルズ周辺の大規模再開発の後も、生き残っていたからこの先も六本木のシンボルとして、在り続けるのだろうと思ってたけど・・・やはり時代には勝てなかったか。あの、店に一歩足を踏み入れた瞬間に感じる独特な時間の流れ方と洗練された空気が、何とも言えず心地好かった。国内外のアーティストも立ち寄るくらいだから、置いてある本も独特で。滅多に買わないけど主に立ち読みで、私も編集者のハシクレとして色彩やレイアウトや写真とか、勉強させてもらった。今なら見るのも読むのも買うのも、何だってネットで手に入れられるから、わざわざ時間を費やしてまで本屋に行こうとはしないのか、あんな情報に飢えた人達が集まる場所でも。本の楽しみって、紙質やその匂い、手に取った時の緊張感とワクワク・・・そんなものも全部ひっくるめて経験するのが楽しいと思うのに、これも今の時代には合わないってことなのか・・・ま、普通に考えればあの土地代の高い場所で24時間営業で、従業員の確保も大変だ。当時のABCの余裕ある空間と変わらない本の売り方を、今も保ち続けるのは無理がある。そう考えれば、今までよくもった方かもしれない。あんなに周りが跡形もなく変わってしまった中で、ほんとうに。最近あっち方面は全く行く機会がないから、きっと数年前にミッドタウンに行った頃よりはるかに私の知らない街になってるんだろうな。ショックを受けそうな気もするけど、チャンスがあれば、ABCが消える前に確かめに行きたい。私が仕事で走り回ってた頃の“癒し“の場所や想い出の街並みが、どれだけ残ってるのか、怖いけど見ておきたい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「不支持率18%の勇気ある人達に拍手。」
2018.05.07
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ゴールが見えてきた。私にしては頑張った。今回どうしても締め切り前の“最後の日”にラクしたくて・・・だって世の中連休めっちゃ楽しんでるのに、うちもそれらしい時間、少しは味わいたい。最初から休みなんか期待してないとはいえ、気分的にダラリとできる時間が、半日くらいできれば。ホントはいつも通り、最後の最後まで必死感丸出しで自分を追い込むつもりでいた。でも予定狂った。夕方いきなり胃がキリキリ痛みだして、先に延ばせなくなった。締め切りは絶対。請けた仕事を誰かにやってもらうことが許されない、代わりは利かない。だから、万が一のことを(最悪ER行きとか)考えて、倒れるかもしれない前に無我夢中で全部やっつけた。なんだ、やればできるじゃん。誰も褒めないから自分で自分を褒めてみる。集中してたら、胃の痛みもどっかに飛んでた。長年棲みつづけてるポリープも、今回は降参せざるを得ないくらいの気合が効いた。病は気から。締め切り最強!明日は済んだ原稿の最終チェックと書類関係に手を入れればいい。あー、信じられない解放感♪♪これだから、この仕事はやめられない。苦しい山の先にある、頂上の景色に似てる(そんな登山経験はないが)。いや、でもまさか。最後の最後に、冷や汗流れる珍事が起きないことを祈る。調子いい時ほど、油断は禁物。遠足は帰り着くまでが遠足と幼稚園で教わった。だから、明日も最後まで気持ちを引き締めて駆け抜けろ。快感繋がりでひとつ。ちょっと前から何故だか我が家に【薬師丸ひろ子】ブームがやってきた。夫婦そろって別に大ファンってわけじゃない。だけど何年か周期でツボにはまるというか・・・そんな音楽やアーティストが結構ある。ついこの前まで、何年かぶりにレ二クラがキテたんだが。今や、ひろ子一色。夫婦そろって一番のお気に入りは、ずーっと変わらずの「Woman ~Wの悲劇より」サビの詞が昔からやたら好き。ちなみに主演映画は『セーラー服と機関銃』が永遠の一位。今でもやってたら絶対観るくらい、なんだか自分でもよくわかんないくらい好きすぎ。そんな感じで生きてます。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「だーかーらー。スポーツと政治いっしょにすんな!」
2018.05.06
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心なしか周りが静かだ。このマンションが実家の所は、親族&犬まで大集合でかえって騒がしいけど。でも毎年この時季はやっぱりいつもと違う静けさがある。この町にも最近は、驚くほどに観光客が押し寄せて、日々の暮らしが徐々に乱されてきてるけど、うちの周りは平穏そのもの。とはいえ、私の心は穏やかじゃない。我が家にはゴールデンウィークというものが、まったく関係ない。ずっとそんな人生だった。だから慣れっこ。連休がないことに関しては、全然平気。ただ、今こうしてどうでもいいことを書いてる暇は、ほんとはないのだ。ちょっと厄介な素材を抱えて早速避けている。少しでも気分が晴れればと思いつつダラダラしているが、明らかに現実逃避。逃げても時間が減るだけで、心にさらに余裕がなくなるから何も好いことなんかないと解ってるのに、逃げる。一生懸命格闘してるが、昨日寝る前に気付いてしまった。予定よりいつの間にか遅れてる・・・・・この調子じゃ、締め切り前にまたアワアワしてしまう。おかしい。どこで時間を費やしてしまったのか・・・考える暇があったら、原稿の一行でも先に進めって話。はい。今、アラームも鳴ったので、泣く泣くPCを離れます。はー、気が重い。楽しいけど苦しい。でも、進まねば。今日頑張れば、あとが楽になる(はず)。そういえば今日はメ―デー。ま、これも私とは特に関係ないけど。近所の工事が休みだと思ってたら、いつもの時間に始まった。休みじゃないのかー、暑いのに大変だなぁ。いつもはちょっと迷惑な音が、今日は私を鼓舞する音に。あの人たちと一緒に頑張ろう。世の中の本日勤務の皆さん、一緒に一日を越えましょう。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「衣替えが間に合わーん」
2018.05.01
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