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ついこの前、定期検査で訪れた場所に、再び。私の用事ではなく、姑の検査結果を聞くために。“命に関わる選択“が続くようになってから、姑事全般の窓口を長男であるダンナに交代した話は、ここでも何度か書いた。つまり結果を聞くのも、彼だけが行くはずだった。それが急に「婦人科だから男の俺だけが行くのも・・・」という理由で、私にも来てほしいとなり。ま、先生の話を聞いて内容を詳しく理解できるのは、たぶん長年この科に通い続けた経験上、私の方が上だろう。いくら表向きの介護から手を引いたと言っても、今の姑の状態を全く知らないのも無責任すぎるし、これでも一応“家族”なので、それなりに心配はしてるから、この際先生に直接聞いておこう。順番が来る前、待合の椅子に並んで腰掛け、「何を聞こう、何を言っておこう」とふたりでみっちり打ち合わせ。なのに、呼ばれて中に入ったら、結果を聞きながらメモはしっかり取っていたが、大事なことを聞く気配がない慌てて私が先生に、今後の“一番大事なこと“をお節介で聞く。その質問により、おとなしく穏やかそうな先生の口が滑らかになり、“ポイント”となる言葉を聞き出せた。先生の言葉はオブラートに包んだものではあるが、私にはこう聞こえた。「次に同じことが起きて、さらに詳しく検査をすることになっても、“悪性”の場合、今の本人の状態を考えれば“できること“は限られている」と。先日の簡易検査だけでは、そうとは言い切れないが・・・と前置きしつつ先生が発した言葉を、ねちっこい私が全部漏らさずかき集めて解ったのは、今後の展開として、かなり良くないということだ。先生の話をダンナは、どう捉えたのだろう?結婚歴も長くなり、もともと周りに「似た者同士」と茶化されがちな私達であるが。姑事に限っては、彼の本当の想いが時々掴めない。実母よりおばあちゃんに育てられた子供 だったから、彼の幼い頃の想い出には姑よりもおばあちゃんの登場回数が断然多いのに、姑が溺愛してるのは孫より長男より次男(私の義弟)だけだとダンナも認めてるのに。それでもやっぱり彼にとって母親は母親、なんだな。胃ろうの管に繋がれ、意思表示もできないただベッドに昏々と寝てばかりの変わり果てた母親でも・・・生きていてほしいものだろうか?だから今日の話も肝心なことは、聞き逃してる? 聞いてても現実を認めたくない?こんなことを思う私が人として薄情なだけ、かもしれないが。「今日は疲れたな」と言いながらそれ以上、今日の結果について私が何を勝手に話してても何も話そうとしない。施設の担当者への連絡も“重い”部分は伝えず、好いことだけを話した。やっぱり・・・・・・・“怖い”のかもしれない。今後自分の母親が“どんな運命“を辿るのかどんな末期を迎えるのかについて、面と向かい考えることが。そこが男というイキモノと女というイキモノの“決定的な違い”のような気がしてならない。超超偏見で穿った見方と言われようとも。血や死を前にした時の“腹の据わり方”の違いというか・・・そりゃ私だって、この先の家族の運命を思うと気が重くなるし怖いのは怖い。けれど、こうなったのも彼女の運命だから甘んじて受け容れよう。今はただこの先が、少しでもマシであるようにひたすら祈ることしかできないが。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「商店街をちびっこ魔女達練り歩く。これが正解」
2018.10.31
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ハロウィンを目前に控え、既に渋谷のスクランブル交差点では迷惑行為が問題視されている。この【乱痴気騒ぎ】のニュースを毎年観る度に、日本はいつからこんな破廉恥な国になってしまったんだろう?と、情けない気持ちになる。世界中から笑われてることに、いつになったら気づくんだ?美徳とされた恥の文化はどこ行った? 静まった街中に散乱したままのゴミの山を見て、そこに集まり馬鹿騒ぎした人種の姿、そのままを見た気がした。そしてこれまた毎年思うのだが、みんなエネルギーを発散する場所がなくて、あんな風にしか人と触れ合えない寂しい人、なんだなぁと。通りかかった車を倒して、何が楽しい? 法を犯し乱闘するのがハロウィンなの? それを同じ空間で眺めてるのに止められないのなら、渋谷にいた仮装者はみんな残らず同じ穴の狢だ。自分は違う!と反論したい人がいたとしても、そんな風に常識のある人達から見られてしまう“虚無感”しか伝わってこない。それを心に留め、来年も集まればいい。ただ、本当に“自分の価値や魅力”を世に発信したい人間のすることじゃないということも頭に入れて。「セレブ気分を味わえるからじゃないか」「自分をイイね!と褒められたい承認欲求が強いからだ」と、コメンテーターは言う。でも着飾れば着飾るほど、貧しく愚かに見える。はるばる遠方から来て、2時間ただ意味なくセンター街を歩き回るだけの20代血まみれの花嫁(呆)・・・熱量の使い方を大きく間違っている“渋ハロ”の悲哀・・・。どんちゃん騒ぎした後の彼等は、どんな顔でそれぞれの家路につくの? その心は本当に満たされたのだろうか?******朝の家事と本業の雑務を終えて、ひと息つく。TVをつけると、どこかで見た顔が。最近メディアで引っ張りだこの“天才編集者”箕輪厚介氏だ。出版不況の続く中、次々にヒット作を生み出す敏腕ぶりを、最近様々なところで目にするようになった。雑誌の広告営業マンを経て編集者になっただけのことはあって、彼の企画力とフットワークの軽さには感服する。33歳という若さを武器に、これまで活気のなかった出版業界に新風を巻き込んでくれるのは、同じ出版界の片隅で生きている者としては、ありがたい存在。彼のようなバイタリティ溢れる編集者が紙媒体を盛り上げてくれれば、それを仕事とする者全体の、モチベーションも上がるだろう(他力本願)。にしても。彼の著書に示されたキーワードやインタビュー等の発言の片鱗は、今や一日仕事に集中しただけでヘロヘロで、立ち直るのにまた一日はかかる私には、どれもまぶしく気圧される。”副業で給料の30倍を稼ぐ男“は言う。「お金より好きなことをやる」「常にワクワクすることを探す」「目の前のことに無我夢中になる」「ただ熱狂せよ」「憑依レベルでブンセキせよ」「言ってはいけないことを言ってしまえ」「自分にしかない価値を持つ“代替不可能な個人”になれ」などなど、どれもいちいち心に引っ掛かる。たとえ一般の仕事なら許されないことであっても、“才能・熱意次第”で認められる。それが出版界のいい所なのは、私も体験したので理解できる。だから彼の言うこれらはすべて、過去に私自身もそう信じて疑わなかったことばかり。偉大な彼と一緒にするなどおこがましいが、あの頃の私にも、彼のような闘志や熱量は確かにあった。彼の頃の私は、本当にタフで貪欲だった。だから、お金に結びつかない仕事でさえ熱心に手を抜かず、精力的に活動する姿は、とても羨ましくもあり実に懐かしくもある。残念ながら今の私にはもう、彼のように目標に向かいそこだけに突き進めるほどのエネルギーも情熱もない。けれど、周りの迷惑顧みず誰の役にも立たない仮装行列で自分の恥を晒す大馬鹿者より、「丸裸になれ」「恥をかけ、血を流せ」と息巻く箕輪氏のような若者を見てる方が、学ぶ事は多いし楽しい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「また味のあるバイプレイヤーが逝ってしまった(合掌)。」
2018.10.30
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毎年この時期になると、実家から知り合いの農家さん直送のもぎたてカボスが大量に届く。関東に住んでウン十年。いまだにカボスの知名度は低いと感じる。相当食にうるさい人や九州に旅した人なら馴染みはあるだろうが、大体すだちと間違えられる。香りもサイズも違うのに、こっちで料理に添えられる青いのは、ほぼすだち。それよりメジャーなのが柚子という上下関係なのが、カボス愛の強い私からすると納得いかない。スーパーでやっと見つけたと思っても、日が経ちすぎてしおしおで薄不味いやつか、すだちサイズの小さいやつ。しかも一個売りが今日見た店では、税抜170円と馬鹿みたいに高い。一度買ったが、使えるとこがほとんどない不良品で、激しく後悔したこんなものをカボスだと思ってるようじゃ、いつまでも本当の美味しさに気づくことはないだろう。関東の人がかわいそう。香り豊かで美味しいカボスが届く度、口いっぱい広がる幸せに心躍らせながら、少しの“優越感”に浸る。そして必ず、あの懐かしい顔を思い出す。20代に、とある縁で通いに通いまくった鉄板焼き(関西風お好み焼き含む)の店。“東京の父・母“のように懐いてたマスター&ママさんに、九州から母が段ボールに山盛りの採れたてカボスを送ったことがある。あの時のマスターの喜んだ顔が、カボスの香りと共に浮かんでくる。いつもはすだちを添えていた店自慢の“シメジのバターホイル焼き“。早速彼は、カボスを添えてお客さんに提供してくれた。私が行った時も、嬉しそうにそれを出してくれて。実家からのカボスを外の店で味わうことなんか二度とないから、あのシーンも味も何もかもが、今でもいい想い出だ。******活きのいいカボスが手に入ったので、夕飯は鍋料理に決定急に水炊きが食べたくなった。運よくお肉屋さんで骨付きの水炊き用鶏肉がお得になってたので、迷わず購入。あとは適当に好きな具材を入れればいい。質のいいカボスさえあれば、鍋料理に失敗はない。今年のカボスは去年の最高に出来のいいのに比べると、やや物足りなさはあるものの・・・充分美味しい。鍋料理に使うほかに、(これまた故郷生産の)強炭酸水と果汁を混ぜて、ドリンクにするダンナ。これが気分をシャキッとさせる、贅沢なリフレッシュドリンクになる。今季初の鍋料理として、大満足の一品となった。懐かしい柑橘の甘酸っぱさに身も心も刺激され、体の芯からいい汗もかき、デトックス効果も抜群去年は友達に”おすそ分け“してみんなに美味しさを楽しんでもらったけど・・・・・・今年は元気のモトを、ふたりでじっくり味わおう。さーて、次は何鍋にしよう?いや、秋刀魚やサラダにも合うんだよなぁ。 はちみつドリンクにするの捨てがたい カボス一個で夢が広がる。なんて単純で素朴な幸せ・・・目の前にある青く輝く丸くて可愛いやつを、にやにやと転がしながら、次の具材を考え中。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「アイスの誘惑に必死に耐えたのに、バームクーヘン食べた」
2018.10.26
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それなりに冷えるが、秋晴れの心地好い朝だ。洗濯物をまとめて洗うには最適というのを聞き、この際、後回しにしてた衣替えも本気でやるか。とはいえ、体がなかなか目覚めない。このところ数年ぶりに蕁麻疹が再発し、毎日急に痒くなり調子がそんなにいいわけでもない。それに仕事も少なめで、開店休業状態半分シャッター下りたまま。 気分をアゲるには、今日みたいな日に頼らないと!と腹を決め、できることからコツコツと。洗濯物を干した後、放っておいた植物の草むしりに集中。この前までクローバーだと思い込んでた可愛いやつが、蕾をつけて”違う”と気づく。これ、カタバミやん。どうりで白い襟がないと思った。がっかりしたけど、調べてみたら、雑草だけど縁起のいい植物と判った。花言葉は「喜び」「輝く心」「母のやさしさ」。フランスやスペインでは「ハレルヤ」とも呼ばれ、日本では家紋にも用いられている。迫る災難除け、子孫繁栄のお守りとして世界中で縁起の好い植物として知られているそう。ならばぽんぽん抜くんじゃなかった。蕾をつけた部分を活かすようにしつつ、夢中で抜いてしまったでもま、繁殖力が強いというし、またそのうち元通りになるだろう。指でつまめばすぐに潰れそうなか弱い黄色いのの開く日が、今とても待ち遠しい。午後はユ○ケルで気合を入れて、衣替えと床掃除。たいして衣類は持っていないが、それでも何かと時間がかかる。入れっぱなしでとっくに切れてる防虫剤とか除湿剤とか、なんでこんな所に?と思うとこからポロッと次々出てきた。私、前の時は“何を思ってやってたんだろ?”と春になる頃の自分を思い出そうとするが、もう覚えてない。衣替えはいつも、“無”の状態なのだ。今季使うものとそうじゃないものとを考えながら進めてはいても、毎年のことだから体が勝手に動いているので、それ以外は頭が空っぽではないけど、頭が素の状態。うまく言えないが、とにかく“無”という表現がしっくりくる。だから面倒な作業でも、年に二度の衣替えは私にとって大事な時間になっている。自分と素で向き合う時間とでも言うのか…まぁ、自分をリセットするには必要な。同じように掃除も、時には自分を助けてくれる。恥ずかしい話だが、家事の中でもあまり好きじゃない。だから日常頻繁に使う所は、使ったらすぐに軽く掃除。後で大ごとにならないよう、楽ができるよう。そんなわけで苦手な掃除は、その日の気分や天候を参考に、一か所だけを念入りに行うようにして、頑張りすぎない。 独身時代、ストレスが溜まると自然に、夜中でも突然キッチンのシンクやコンロやお鍋を磨いてた。黙々とそれを行う時間で、何かしら満たされていたのか本当によくやっていた自分の姿を、昨日のように覚えてる。今はダンナが似たようなことを頻繁に行うので、彼は彼なりに自分をリセットする必要があるのだろう。私と真逆で、子供の頃から掃除が好きだったらしい。働き者のおばあちゃんの影響かもしれないが、そのお蔭で嫁が大いに手抜きできるので、ダンナを育ててくれたおばあちゃんに感謝している。ただ気になるのは、姑の体調の急変により、胃ろうをするしないの選択を迫られてたあたりから、掃除の回数が増えて、時に“のめり込み”すぎるように見える。あまりに夢中になっているので、声を掛けるのもためらう。特に延々と掃除が続くのは、姑に面会して帰った後だから、弱っていく母親をただ見守るしかない自分の複雑な想いを、鎮めようとしているのかも。私もそうしたい気持ちはよく解る。だから好きにすればいい。“無になる”からと言って、何も考えないわけではない。そこには“気づき“があると、何かの記事で読んだ。坐禅がいい例だが、己自身に対峙することが大事なのだ。瞑想ではなく、周りの存在を感じ取り、そのことにより自我を再認識するということが、最終目的であると。私やダンナの“無になる“時間は、坐禅のそれに近い気がする。ところで上階の奥さん。おそらく子供の健康を気遣ってのことだろうが。乾燥する時期や花粉の舞う時期に、毎日のように朝昼晩と掃除機を狂ったようにかけるのだが。あの時間、彼女も“無”になっているのだろうか?こちらは精神乱されて、モヤモヤするんですけど★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「女子の好物かぼちゃ、さつま芋が食べれるけど苦手です。」
2018.10.25
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「ラムは~、あ。私はだ…」トーク出演中の高校生ダンサー(ブレークダンスメダリスト)が、慌てて言い換える。「(私と言わないと)周りに注意される」のだと苦笑い。3、4歳の頃に自分のことを“ちゃん付け”してたのを思い出す。何がきっかけだったか…たぶんバレエ等習い事をするようになり、大人や他校の人達と接する機会が増えたので、自然と“わたし”になれたんだと思う。雑誌を作るために転職した編集部に、「Mは~」と名前を言ってる同僚がいて。それがおないどしと知り、え‘‘?ってなった。いい歳の大人が、そんな言い方するなんて初めてだったから。彼女がそれを連発する度、イライラ。“自己主張強すぎ”に聞こえてるから(実際強い人だけど)、聞いててあまり感じのいいモノではない。はっきり言って、幼いか頭ゆるめに思えて損。活字を扱う仕事の中で、たとえばインタビューや誰かの書いたコラムやエッセイ等を校閲校正する時。一番気になるのは、“自分の呼び方”である。イチ時期若い世代で、女のコなのに“ボク”と言うのが流行った。親友も「(娘が)ボクと言って困っている」と言ってたから、単純に興味深かったが。でも多くの女性が“私”と言うのは、間違いない。厄介なのは男性の方。記事を見るうえの基本として、それぞれの出版印刷物の文中で“統一表記”が決まっている。男性が話したり書いたりするものは、全文を通し、自分の呼び方が統一されていないことがほとんど。私、自分、俺、ボク等…ひとりの人物なのに色んな“キャラ“が登場する。その時の気分で言い換えてるのか、何も考えずそうなるのかは判らない。どの文中に於いても統一感なくバラバラで、その分、校正者の仕事が増える。呼び名でさらに引っ掛かるのは、家族の呼び方。この前たまたまチャンネルを替えたら、草刈民代が「ママはあなたを守るから」みたいな台詞を熱く言ってるシーンで。きっとドラマを観てる人には、感動的な一言なのだと思う。でも彼女が目線を向けてる先には、戸田恵梨香が。えっと、結婚を控えた大人も大人の娘の役、だよね??? その歳で“ママ”って言い合う家族……。私が昭和な人間だからなのか、どうも受け容られなくて。あ、でも、昔付き合った彼が、父親は「おやじ」だったと思うが「母親をママって呼んでるんだけど、ヘン?」と、初めの頃に陽気に聞かれたことがあり、ちょっと身構えた。外国人や帰国子女ならともかく…20代ならまだ許すとして、30過ぎてどうなんですか?私、今、相当な人を敵に回した???気分を害した方がいたなら、ごめんなさいただ、一個人の意見として、そのように考える人間もいるんだなーくらいに、鼻で笑い飛ばしていただければ。おまけの話。大学時代にひとり暮らしで初めて住んだ憧れの町S区にて。耐震基準もアヤシイ昭和なアパートに暮らしだして間もない頃。二軒先にその町にふさわしい大きめの一戸建てがドーンと建っていた。ある天気のいい休日。私が外に出た時にちょうど、そこの家族が車でお出かけする直前で。車のそばに立っていた奥さんが息子に向かって放った一言が、カルチャーショックすぎてトラウマ(苦笑)。「●●ちゃん、グランパを早く呼んでちょうだい!」グランパって・・・・・・・!!!!!!(叫)初めて聞く呼び名に、私の好奇心が勝り、前を通り過ぎるふりをしながら、そのグランパを見ることに成功。ただの、近所で見かける“普通のおじいさん”むしろ地味な白髪の紳士だった。ついでに思い出したけど、義弟の娘は亡くなってるじじばばを、“おばけじいじ・ばあば”と親に呼ばされていたなぁと遠い目をしながら。家族の数だけ、呼び方いろいろ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「Y香の元彼が映画共演!!物語よりもホラー」
2018.10.24
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ゆるんでます。今日は天気もぐずついてるし寒そうだし、急ぎの用もないから外には出ない!と決めている。やることは細々あるが、“絶対にやらなきゃいけないこと”以外“見ないふり“で過ごしてる。今日は気分がのらない。先月から姑がまた入退院を繰り返すような日が続くので、仕事に集中できない。それを副業の爽やかボスにちらっと話したからか、この1ヶ月連絡がない。このまま私、フェードアウト? なんて不安もよぎるが、今ちょうど私の一番苦手なジャンルの仕事の時期だし、こんな不安定な状態で無理して手を出して、失敗したくない。だから営業せず静かにしておこう。今週は本業も依頼がないし、「来たるべき依頼に備え、今は体力を温存しろ」と言われてるんだと思うようにして。******ラジオを聴いてたら、“電話”の話が出てたから便乗してみる。スマホをはじめとする携帯電話機器の急速な普及により、固定電話の利用率が減少傾向にある。我が家はまだその必要性を感じているので、IP電話を今は利用中。なきゃないでどうにかなるのかもしれないが、仕事や何だかんだであるとやはり助かってるので、しばらくはこのままだろう。それにしても、大手電話局Nの基本料金って高すぎ!!IP電話に替えたら、1か月の通信費が笑っちゃうくらい 激安になった。こんなことなら迷わずにもっと早く契約するんだった。大手Nで助かったのは、東日本大震災の時、実家と電話が繋がるのが早かったこと、くらいだ。昔はそこしかないから、電話の権利?みたいなのを買わされ。時代の流れと共に、それがどれだけ無駄だったか、その契約書がただの紙切れになった時、やっと気づいた(恥)。 某社の2018年調べによると、日本の20代世帯では固定電話設置率が5%程度、10~20代の平日固定電話利用率は10未満というから、固定電話の存在を知らない人がいてもおかしくない時代になっている。固定電話で会話をすることに慣れていないから、いや、生身の人間とリアルタイムで会話すること自体が苦手だから、最近の企業では若い社員が電話が鳴っても全く出ない、と。 たしかに私の本業の会社でも、電話に進んで出るのは年配の社員だけで、30代くらいでも、電話が鳴り続けても暫らく放置してて驚く。私は下っ端の派遣社員だが、この会社に派遣された初日、誰に頼まれたわけでもないのに、目の前の電話の音に反応し、受話器を取り担当に繋いでた。「誰より速く出ろ。3コール迄に出ろ。相手を待たせるな」と、新卒採用で入社した会社で叩き込まれたから、目の前で電話が鳴ってるのを知らんぷりできない。たとえ家で居留守を使っても、会社でそれをやっては、会社の信用問題に関わると思うから。でも今どきの子は会社の信用より自分のプライドの方が大事なようで。「電話に出るのが苦痛」という理由で、仕事を辞めるに至るくらい、絶対に避けたいことらしい(嘆)。生まれた時からスマホが通信手段な世代は、固定電話どころか公衆電話も知らないわけで。「こうしゅうでんわって、ナニ??」状態だろう。彼等だけのせいではないが、町中の公衆電話施設数は減少傾向にある。私の住む町や勤め先の町では、高齢者や外国人が多く見られるからか、まだそれ程減ってる感じはしない。かえって、狭い範囲でよくこれだけ残ってるな~という印象。この前、職場近くに長年あった電話ボックスが撤収されてるのに気づき、寂しさを感じた。随分前の休憩中に介護関係の遣り取りで周りの音がうるさく声が聞き取れず、そのボックスに避難した。そして中で、ケータイで話してるという(苦笑)。でも電話ボックスの“包まれてる”感や“独り占めしてる”個室感は、結構ポイント高い。あれで室内に漂うタバコ臭さと独特な酸っぱさがなければ、居心地良くてもっと使うかもしれないのに。少し前TVで、今どきの小学生に電話ボックスを使わせ親に電話する実験をしていた。スマホに慣れた子供は、受話器の取り方も知らない。その前に、折りたたみのドアに苦戦して、中に入るのも一苦労 数人でスンスン泣きそうな声をあげ、やっと中に入るも、体が小さく受話器を取るのも小銭を入れるのも難しい。とにかく何ひとつマトモにできず、スタッフに促され、電話に貼られてる使い方を見るも「見づらい」だの「わからない」だの文句言いつつ通話成功。親は感激で泣く勢いだが、緊急時を予測して、レトロな機器も使いこなせるように子を指導しといた方がいい。つい最近、ボックスではないがピンクの公衆電話を使い慣れた様子でかける子どもを見た。塾帰りの小学生と思われる女の子。その様子に思わず目を細め、親御さんの教育方針を勝手に想像し、心がほっこりした。ところで、役目を終えた電話ボックスが、各地で今やミニ美術館となり、“インスタ映え”にも一翼を担う存在になっているとか。金魚など観賞魚を泳がせる水槽として生まれ変わり、多くの見物人を集めるオブジェになったと。今まで散々人々の役に立ってくれた物を、時代の流れだからという理由だけで廃棄するのは忍びない。そう思うのは、私だけではなかったということか。リサイクルでもう一度、人のためになるのなら、電話機能じゃなくても、これでいいのかもしれない。どこか近い場所で見物してみたいものだ。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「季節の変わり目。久々、蕁麻疹のお出ましで痒い」
2018.10.23
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ニュースでも紅葉の便りも聞かれる頃となり、行楽シーズン到来!ってな時期に巷は突入(棒読み)。親達(姑、実母)の体調急変や自身の抱える病と向き合ううち、そういうものを楽しむ気分じゃなくなった。気分よりも前に、ちょっとあそこの温泉に浸かりに行きたい!と、過去には日帰りでサクッとできたことも、今はもうその時間さえ生み出せないでいる。泊りがけの旅なんて、4、5年前に米沢の温泉目当てで行ったきり。風光明媚な場所や体に効きそうな温泉地がメディアで紹介されると、いいなぁと憧れはする。けど「絶対行けないし」と諦めだけは早い。持病により突然の体調急変が続いたせいで、ある時期から遠出を避けるようになる。手術と投薬で私の心配事はやっと解消されたけど、今は親の介護で自由が利かない。ケータイもそんなに普及してない時代、親戚夫婦が欧州旅行に出かけたら、その父親が急逝し、親族が連絡取れないで困ったのを思い出す。そんな理由もあり、今は前向きになれない。だいぶ前に車も自転車も手放してしまったので、我が家はとにかく自分の足で歩く。夫婦そろって生まれつき病弱で子供もいないから、老後をふたりで支え合うしかない。そのためには、今から基本の足腰を鍛えておかねば。ま、特別な目的がなくても、ひたすらどこまでも歩くのが好きなだけだ。だからそろそろ近場散策を再開したいと思うのだが。心身の疲れが溜まり気味なので…いつになったら、気が向くのやら。旅しに行かない代わりに、私達を癒してくれる紀行番組が。『にっぽん縦断 こころ旅』(NHK-BS)。旅人・火野正平が視聴者から寄せられた手紙をもとに、日本列島“こころの風景”を訪ねる。自転車少年だった彼が移動手段とするのは、愛称“チャリオ”という自転車。視聴者の手紙に導かれ、彼等の想いをチャリオに載せて全国縦断する彼は、さながら聖地巡礼する僧侶のよう。様々な事情で縁ある土地を離れた人達からの、帰省代行がやはり多いように思う。私ももし故郷の回の募集があったら、「どこの風景を手紙に託すだろう?」と、毎回考える。思えば間もなく3年が経つ。私が最後に帰省した日から……実母の体調が気になるし、父の墓参りにも行きたい。けれど(前にも書いたが)ワケあって、気軽に帰れない。それに帰る度、あちこち再開発され、私の想い出の風景はあまり残されていない。だからかえって寂しい気持ちになる。「早く帰京したい」 親や弟には絶対に言えないが、帰省の度にすぐ思うようになった。父の死をきっかけに古い家を処分し、暮らしやすい中古マンションに越した。母と弟だけの新しい家族は、時間と共に様になってきたが、私の故郷はもはやあの場所じゃないのかもしれない。そんな気持ちにいつもなる。それでも九州は私にとって、“懐かしい”愛しい土地である。大学進学で上京してから、東京に嫁いだ従姉に言われた。「若いうちは都会が楽しいけど、歳をとるとだんだんふるさとが恋しくなるよ」と。当時は念願の地を踏み、毎日見るものが新鮮で刺激的で、楽しくて仕方なかった。だから言われた意味を全く理解できなかった。でも今なら痛いくらい解る。故郷に手が届きそうで届かないからこそ、私の脳に刻まれた想い出は美しく輝き、むしょうに懐かしくなるのだと。だからその景色に会えると思って期待した分、今の変わり様にショックを受けてしまう。私の降り立つ駅前の景色は、都会のそれと変わりなくなった。そのせいで嬉しさより悲しさで胸が痛む。そして居た堪れなくなる。 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふものよしや うらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれにふるさとおもひ涙ぐむそのこころもて遠きみやこにかへらばや遠きみやこにかへらばや 室生犀星の 詩【小景異情(その二)】の本当の意味を、私はどうやら知らなかったようだ。というか、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」しか覚えてないから、詩に込められた想いを掴めなかったらしい。全文を読めば、今ならこの意味もすごく解るし、詩が沁みる。今の私の気持ちは、まさにこんな感じなのかもしれない。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「だからその擁護発言が気持ち悪いんだってば! 裏切られた人の気持ちは? 謝罪の相手が違うだろう?」
2018.10.22
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常に反対側の立場になって考えること」スーパーボランティア尾畠さんから、故郷の子供達への彼らしいメッセージ。どうしたら一体、こんな風に人の事を優先して考えられる生き方ができるのだろう? 彼を見る度、一点の曇りもない澄んだ心とキラキラした瞳に惹き込まれる。そして自分の生き方に“間違い”はないかと振り返り、反省させられる。3か月おきの検診日。2年7か月前にすがるように受けた特殊手術と服用中の薬の効果を、精密検査で診てもらう。最近は副作用もなく体調がだいぶ落ち着いてるから、私としてはかなり気分はいい。術前の自分に比べたら、今の私は別人も別人。大げさに言えばそのくらい体が違う気がする。そりゃ体に要らない迷惑なものを長年抱え、その“苦しみ”と効かない治療に悩み続けた年月を思えば、気持ちのなんと軽いこと♪ まだまだ悪化を防ぐための投薬は続くけど、これまでの絶望期を越えられた分、今は何も恐れることはない。検診を終え、久々の暖かさと青空を感じながら家へと向かう途中。ダンナからのメールに気づき、信号を待つ間に内容をチェック。さっきまでの気分が一気に落ちる。ゆっくりと季節のうつりゆく景色を愛でながら帰るつもりが、青信号に変わるや否やのスタートダッシュに。施設にお世話になってる姑様が、またもや体調を崩した。今月やっと退院して施設に戻ったばかり。それがまた、今までとは全く別の異変で、病院のお世話に…ダンナが家に居る時間に呼び出しがきたから、まだ助かった。でも彼は飲み会で疲れた体を癒すために、外出を取りやめて休んでたのに。そんな時間を見事に奪うのがうちの姑だ。彼女の”逆”グッドタイミング?は、ある意味拍手モンだ。私達夫婦が“まったり”したい時に限って、何かしらやらかす。まあ、さすがに本人が狙ってそうしてるわけではないが、元気な頃からそのタイミングだけはピンポイントで当たるのだ。そんなわけで、今回もまた。以前は長男の嫁な私が姑関係のすべての窓口となり、自分の闘病の傍ら、時には自分の体調を後回しにして、彼女に尽くしてきた。にもかかわらず、彼女はどんどん私達の想像を超えるやらかしを繰り返し、挙げ句認知症となり、今では胃ろうで寝たきりだ。私的には精一杯努力したけど、その間に自分の体はどんどん持病に蝕まれ、おまけに別の病気に罹ってることも判明。認知症になる前から宇宙人な彼女のワガママに振り回され、これ以上尽くしたら、こっちの身がもたないとこまできた。そういうことをお世話になってた介護専門の人達やダンナとその弟に全部吐きだし、私はある時期から姑介護の第一線から手を引かせてもらった。嫁としてのツトメを姑が生きてるうちに放棄したようなものだから、薄情だと責められるかもしれない。でも、今の姑の状態は一進一退を繰り返すような“生き死に”の選択を迫られることばかりで、はっきり言って荷が重すぎる。ダンナの親とはいえ、血の繋がらない人だ。いくら私がお義母さんのお尻の穴まで見てるからと言って、彼女の命の長さを決めるのは、私の役目じゃない。 だから仕事で疲れてる&加齢で疲れが抜けないダンナに可哀相だが“全権をゆだねる”ことにした。長男として母親に最後の親孝行をしようと彼も必死なのが分かるし。私の代わりに姑の最愛の息子(次男)を必ず巻き込むようにも頼んだ。義弟はマザコンなくせに、姑に似て怖い辛いことから目をそらしがち。今まで介護のほとんどを私にやらせ、自分の奥さんにも何もさせず、自分もたまに気まぐれに母親の顔を見に来るだけだった。今はダンナがうまく義弟を協力させてるからいいけど…。最近、姑事で施設から突然の呼び出しの回数は増えるばかりで、気が休まらない。それだけ体の機能が末期状態になってるということなんだろうが、悪い言い方だが「もう今度こそダメかも」と家族が思ったとしても、またしばらくすると回復傾向になる。ホッとはするが、ホッとしたと思ったらまた!という間隔が狭くなってるから、施設と病院を行ったり来たりのこの頃で、手続き関係が実に面倒くさい。面倒くささを施設も感じてるのか、この前退院を前に施設の担当者と話したら、「今後はおうちで…」と言われたとダンナが呆れてた。いや、それを限界まで頑張ったけどもう無理だからと、私がみんなの前で号泣しながら苦しみを語ってお願いしての今ですよ? なのにあの時以上の酷い状態で家に帰すとか、ありえないでしょう? 施設の人もぶっちゃけ姑みたいな症状の利用者が面倒なんだろう。それは理解できるけど、助けてくださいよ。前に不注意から転倒させたことで、姑介護にビビッてるんだろう。今後何が起きても、そちらのせいにはしないから。スタッフが献身的に介護してくれるお蔭で、どれだけ私達夫婦が救われていることか。ふたりがなんとか普通に生きていられるのも、施設の協力あってのこと。今回、なんとか検査を終え、施設に戻る方向になったから安心した。入院の話がまた出た時は、これからどうなるんだろう?と考えただけで、気が重くなった。その心配が消えただけでもホッとした。それにしても姑様。「毎日何にもしないでダラダラしてたい」「私、人にやってもらうの好き♪」そんなことを元気なうちから意気揚々と言ってるようじゃ、人間、ダメになるわな。大人数の歳の離れた末っ子で、面倒見のいいお兄さんに全部やってもらって育ったと聞いた。優秀なお兄さんのお蔭で、就職も結婚もぜーーんぶが安心安全に決まった人生、だったようだ。結婚後も頼れる夫と世話好きな彼女の姑が何から何まで手助けしてくれた。お義母さんは仕事をイイ事に、苦手な家事も長男(ダンナ)の子育ても、おばあちゃん任せだったらしい。しかも夫も姑も介護することなく亡くなったから、介護の大変さも知らないまま。だから私が姑介護をする時に、どんだけ無茶ぶりされ、酷い言葉を投げかけられたことか。「ピンピンころりで死にたいんだよねー」が口癖だった姑。そんなのん気なことを言って、何もかも手を抜いて生きた結果が今、どうなってる???自分も苦しいし、周りも苦しい毎日じゃないか!もっと真面目に自分の人生を生きてほしかった。こんな晩年を誰も望んではいないよ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「思いのまま吐き出したので、今日は特別、意味不明&乱文ですみません」 ここから数時間でまさか雷雨になるなんて
2018.10.20
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・自分の意見を絶対に曲げない。・理不尽に怒りをぶつけてくる。・上から目線が激しい。・昔の価値観を押し付ける。・自分の非を認めない。 「イケジョ通信“老害”」 より。 TVに映る”カーネルおじさん”を観ながら、 【老害】という言葉があるのを思い出した。 「囲み取材に出てくることさえ珍しい!」「きちんとスーツまで着て謝罪してる」「ロックンロールでジュリーらしい!」など等、どの局の司会者もコメンテーターも必要以上に彼に気を遣って、持ち上げてるのが気持ち悪い。キ○ンキ○ンの不倫してます会見の時の気味悪さを、このニュースを観ながら感じてしまう。バックを気にしての発言かもしれないが、そんなに今、 彼にTV局をどうにかする程の影響力もないと思うんだが。どっちかって言えば逆にこれで、彼自身の長い芸能活動が終わりになるかもしれない状況になったんじゃないのか?こんな時に周りを怖がらず“正しいジャッジ”ができる コメンテーターがいたら……私は迷わずそっちを支持する。コンサートの数時間前になり、いきなりドタキャンしたことで話題になってるジュリー。「契約上の問題が発生した」というのが主催者側の中止理由として発表され、会場に集まっていたファンを混乱させた。本人の体調を心配する人、 地方から泊りがけでやって来て残念がる人、「前にもあった」と ため息をつく人……その誰もが“本当の理由“が知らされないことに困惑してた。そして自分の口からファンに説明と謝罪をする意味で急遽 開かれたと思われる、本人による記者囲み取材。 彼が言うには、9000人を予定(アリーナ仕様の場合約1万2000人収容)してたが7000人しか入らず、「スカスカ だから無理」と。「意地」という言葉を何度も繰り返し、 本人は大物歌手としてのプロ根性を見せたつもりだ。 言葉尻を掴むのもなんだが、今コンサート会場を誰もが満員にできない、チケットが売れない時代に、7000人も高い8000円のチケットを買い、自分の時間も体力も費やし、わざわざやって来てくれたのに、ファンに対して感謝すべき では? 「ファンは解ってくれる。“今回は”ファンに甘えさせてもらう。」って、子供か! 私は一度もファンじゃないけど、子供ながらに彼が フェロモン全開の色気がある一歩先行く歌手で、 男女問わず人気があったのは、知っている。今でもヒット曲の音が鳴れば口ずさめるくらい、スーパースターだった。でも年老いていくにつれ、中性的でセクシーだった風貌は劇的に様変わりし、艶のある唯一無二の歌声と共に消えてしまい、今や跡形もない。70歳という年齢を考えれば、仕方のないことと皆が思うかは勝手にすればいい。でも同年代と思われるミック・ジャガーをはじめとする ストーンズや、ビートルズのポールを見ても、そこまで老いぼれてない。むしろ渋さが増してカッコいい。だとすると、ジュリーの言う“意地”って何なんだ? 過去に一時代いやグループの時代を含めればもっとか。そんな輝かしいスター街道を長年走ってきたとは思えないプロ意識の低さを、彼の今の姿を見て思う。それでもファンはありがたい。どんな姿であれ、いきなり その日の気分で突然コンサートが飛ばされてもこうして、チケットを握り締め、全国各地から自分の予定をやり繰りして飛んで来てくれるんだから。その大事なファンを、随分舐めてはいないか? 「ファンに申し訳ない」と本当に思うのなら、7000人しかいなくても後ろががら空きでも、プロならば意地を見せてやる方を選ぶんじゃないのか? 先日、X-JAPANが台風の接近で、ファンへの影響を心配して記念コンサートを止めざるを得ない状況になった。 彼等は無観客ライブを開催し、それを中継でファンに観てもらうアイディアで乗り切った。これまたファンでもないが、YOSHIKIという人の音楽やファンに対する考えを知る機会にもなり、感心した。 共に大スターとして世に影響を与えた存在ではあるが、 YOSHIKIにあって、ジュリーにないものに気づかされた。 希林さんが生きてたら、何て言うだろう? 「彼らしくていい」とは言わない気がする。 誰よりもプロ意識をもち、ファンや周囲に気を遣い、 時間とお金を大切にする人だった。だからこそ今頃、 空の上から「じゅりぃ~~!」と叫んで無様な彼の行為を嘆いていることだろう。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。 「ストリートビューで不倫もバレる時代・・・。」
2018.10.19
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知らなかった。デビュー作が『はぐれ刑事純情派』だったなんて・・・。そこそこ芸歴の長い人だと思ってたけど『あすなろ白書』の印象が強くて・・・。今や女性に大人気の西島秀俊が、俳優として活動を始めたドラマで、主演の藤田まことから貰った“心に残る言葉”。それが「本業をゆっくりと」だったと。その前に、「君はいい俳優になる」という褒め言葉が付いたが、“本業を~”が今も彼を支える言葉になってるようだ。 「先輩からかけてもらった印象に残る言葉」は、自分にとって何か?というテーマでの一場面。 TVに出てた元水泳選手でメダリストの某氏は、進行役に聞かれ、「何だろう? 思い浮かばない」ときょとんとした顔で。場の空気の澱みに気づき慌てて「先輩にはいい言葉を沢山かけてもらいましたよ」と付け加えたが、時すでに感が・・・。見かけによらず頑固で人より自分の考えを重んじるタイプなんだなと、これまでの印象が変わった。勝負師だし個人競技に於いては、それもまだ許されるだろう。でも、社会人として、タレントとして仕事をするからには、せめて身近にいる諸先輩のアドバイスを素直に聞き入れる耳は、持ってた方がいい。* * * * * *出版業界からの中途組とはいえ、お堅い書籍から軟派な娯楽雑誌への転職は、そんなに容易いモノではなかった。編集部の誰もが忙しすぎて、新人にイチから雑誌作りのハウツーを教える暇なんかない。だから先輩(と言ってもほとんどが年下)の取材に自ら志願して同伴させてもらい、板前見習いのように、脇からこっそり見て覚えるしかない。そんなことを続けたある日。雛レベルの編集者(=私)に、とんでもない大物の表紙&巻頭インタビューの取材が回ってくる。“とんでもない”存在になるのは、厳密にはこの取材後のことで、彼等は当時、その“爆発的”な人気を確実なモノにするまさに直前の一番大事な時期だった。それが私を更に神経質にさせ、「この大役をなんとか果たさねば! 成功させねば!!」と鼻息も荒く、気合は充分だった。しかし当日、撮影スタジオで本人(Vo.のみ代表取材)を前にして、取材詳細を説明したら、あとは何だかふわふわしてしまい・・・しかも彼の大ファンの同僚(一応先輩だけど編集者ではない)が仕切ってしまい、私の出番を奪われ、引き気味になってしまった。撮影もインタビューも順調に進み、時間内にすべて終了~♪その日は珍しく、この仕事の後すぐに帰宅できたので、ライターTさんと共に、電車で帰ることに・・・いんだか悪いんだか、このTさんと私、同じ町に住んでて。彼女から一緒に帰ろうと声かけられたら、逃げられず・・・Tさん、すっごく怖いのだ。いや、私が勝手に怖がってるだけで、”仕事にとても厳しい”というのが、正しい表現。なぜなら、音楽業界でのキャリアも長く、取材相手から逆指名がくるほど、彼女の腕の良さは誰もが認めていた。よって本人のプライドは高く、堂々として貫録があった。私が音楽バカで雑誌を買って読んでる一般人の頃から、その名を知ってる大先輩も大先輩なので、一緒に仕事できること自体、夢みたいで。だからこの日は、色んな意味で盆と正月がいっぺんにやって来たくらい尋常ではない1日で。しかし、こんなへなちょこでも私は編集者である。任された仕事はきちんとしなきゃ、人としても失格。懸命にやり遂げたつもりだが、Tさんには不満のある取材だったようで・・・吊革につかまりながら横並びで、乗ってる間じゅう説教を受けた Tさんは私の同僚が出しゃばって仕切っているのを私が放任したことに、怒っていた。電車を降りて改札を出て、商店街に差し掛かっても延々説教は続き・・・私はただただ「はい!」を体育会系のノリで繰り返すしかできず・・・通りのいいハリのある声で怒るTさんは、ひたすら怖かった でも道が分れる所に来た時、彼女は「私こっちだから」と進む道を指さしながら、私の目を見てこう言った。「あんたが“担当”なんだから、自信もってやんなさいよ!(怒) 私、あんたの●●(コラム名をちゃんと言ってくれた)楽しみにしてるんだから、しっかりしなさいよっつ!!(怒)」最後の最後までぷんぷんしながら本気で怒ってはいたが、Tさんの別れ際のあの言葉に、恐怖と嬉しさで震えが止まらなかった。あの時のひと言がなかったら、私は自分の仕事に自信が持てないまま、そのうち蓄積した疲労にも負け、“音楽自体の楽しさ”や“何のために自分が雑誌を作りたい”のかも、見失っていただろう。今もお変わりなく音楽の道を究めているだろうか・・・Tさんに貰った熱い気持ちを胸に私は、“プロ”としてひとりで仕事することの心構えやプライドを、忘れず細々と活字と向き合う日が続いてる。怖い人だけど、ものすんごいインパクト(見た目も含む)と音楽への情熱を感じさせる、かけがえのない存在だ。今の彼女に会いたいような気もする。でもまたすぐにあの仏頂面で叱られるんだ。あんた、しっかりしなさいよ!自分の仕事に自信もちなさいよ!! 背筋が伸びるけど懐かしく、愛情いっぱいのあの声で。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「CMで目が変わったと思う人が、ちらほら・・・」
2018.10.17
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仕事の休憩で入るいつものファミレス。若い女性ふたりの隣の席に座る。座るや否や「失敗した」と思った。右隣が、やたら五月蠅い。中国人の学生さん風だが、右の女性が水道を閉め忘れた蛇口のように喋りが止まらない人で これが英語ならヒアリングをタダで鍛えられるチャンス♪になるから、こっちにもメリットはあるけど、中国語はさすがに……意味の解らない言葉で延々興奮気味に喋られるとそれはもう、ただの”雑音”でしかない。 相槌を打つ役のもう1人は途中から疲れたのか、テンションの低い声でたまーに短く喋る程度で、ついにはスマホに目をやる時間が増えた。そんな相棒に気づきもしないで、ブレスもなくよく喋れるなぁ。彼女は一度だけ水を飲んだが、その時も何か言いながら飲んでた。病気? 喋り続けないと死ぬんか?彼女のおかげで、仕事の疲れを癒すどころか余計疲れたしかも帰るタイミングが一緒になるしその日の帰りの電車内。左隣に座った今どき珍しいソバージュ頭の女性。座るなりスマホ画面に夢中。目を瞑り“スリープ”状態の私の耳元で、時折チンチロリン♪と、高音の機械音が鳴り響く。私だけでなく周囲がその度に彼女に目をやるが、全く気にする様子ナシ。それどころか、ますます音の回数が増えて不快指数が上がる。しかもバッグをがさごそ何度も引っ掻き回し、中からスナック菓子をつまんでは、汚れたままの手でスマホ画面をいじる。おえー結局、同じ駅で降りるまでそれは続いた。頭に来たので、降りる間際に顔を見てやった。やっぱ想像通りのおばさん。人の事は言えないが、偏見かもだが中高年層が多いパターン。「最新機器使いこなせてます」をアピールするも、タッチパネル音や呼び出し音をマナーモードや消音にできてないってゆー困ったちゃん。ピリピリ鳴る度に、みんなを不快にさせるから、音を消せと注意したくてウズウズしてしまった。おかげでココでも疲れは溜まる一方。******東京港区の一等地、表参道。私には上京した頃から憧れの地であり、美容院や仕事や遊びで数えきれないくらい多くの想い出のある、都内でもマイベスト上位に入る“大好きな街“である。日本のファッションの先端を行くエリアなのは、当時から変わりないが、同潤会青山アパートが消えてしまってから、高級ブランドショップが一気に増え、パリのシャンゼリゼみたく、ますます近寄りがたい場所になってしまった。そんなハイソな街の一角に、“子ども家庭総合支援センター”建設の予定があるという。賛成意見も一部ある中、やはり目立つのは、住民からの猛反対の声。児童相談所やDV被害者一時保護の母子生活支援施設等が入る建物を南青山に置く必要性があるのか、と。「商業施設が立ち並ぶ、観光客も多く来る街にあるのは、おかしい」というのが表向きの理由。もちろん、港区側が住民に詳細をきちんと説明し了解を得てないことも問題。総事業費が約100億円というのも謎が多い。造るにしても、そこまで税金を投入する必要があるのかと。でもそんな反対派の意見の中に、厄介者を締め出すような発言が多く聞こえるのが、悲しい。要するに“青山にふさわしくない人間”がやって来ることで、街の風紀が乱れると(呆)。相談しにくる人に格差はないと思うのだが、彼等からすれば“民度が下がる”と言いたいらしい。そんなセレブでも児童に関する深刻な問題はあるのに、何を言い出すのかと思ったら。「田町にしろ!」と叫んだ人もいたとか。そりゃ田町の方が庶民的で、土地代も幾らかは減額できるだろうし、相談に来る側も足を運びやすいかもしれない。でも、だからと言って、この発言はどうかと思う。田町の人に謝れ!私のイメージでは、青山周辺は“こどもの城”も“キディランド”も“クレヨンハウス”も“国際連合大学“もあり、子供に優しい街 だった。でもそれは私の勘違いで、あのエリアは“選ばれた階級“だけのもの、だってことか?すごく馴染みがあって、今でも時々訪れたくなる街だけど……こんな自ら“民度”や“品位”を下げる自分本位な人間の暮らす街には、もう行かない方がいいのかも。あの頃はもっと開放的で、誰もが想い想いにその場所と時を楽しんでて……“自由な雰囲気”だったのになー。どこに行っても嫌な想いをしたこともなく、むしろいい想い出ばかりよみがえる。差別されることも全く……。なのに、随分感じの悪い街になってしまった。私の想い出を返せ!★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「口約束で勝手に本出版進めるなんかあり得ない! それでもプロか?」
2018.10.16
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「それはそうと、あなた、お帽子替えたの? それ良いわね~。」前を歩く高齢のご婦人二人組。少女のようにきゃっきゃとお喋りしながら、駅に向かう途中。よく喋る方が急に、相方の頭に目をやり、このセリフ。それを「よくぞ気づいてくれた♪」と言わんばかりに、声を弾ませ喜ぶ相方。なんてことない“ありふれた”お喋り。でも私には、印象に残る出来事だった。人を(口に出して)褒めるのが苦手だ。音楽業界にいた頃。取材相手やクライアントをいかに気持ちよくさせ場を盛り上げるかに、気を遣う毎日だった。もともと人を褒めるのもヨイショするのも全然サマにならない私が、そんなことを仕事で毎度やっていたのが、いまだに信じられない。レコード会社の営業マンやプロモーターには、その道のプロが山といて。中でもアーティストやタレントに付く事務所マネージャーには、今で言う“神”レベルの逸材が。彼等と同じことを褒めても、私のはきっと嘘くさい。本気で褒めても、褒めれば褒める程、そうなってしまいそう。明らかに“売れそうにない”音源やアーティストでも褒めちぎり、相手に取材で気分よく話をしてもらう必要があったから、自分が褒めること自体、しらじらしい気がして。そんな抵抗感があるからか、いつまで経ってもちゃんと言葉にして相手を褒めきれない。これは私の大きな欠点だ。生きてるうちに、できるだけ早く人として大人として、この問題を解決したいと思うのだが・・・あれは母校の教育実習に向かう直前。担当教授からのアドバイスの1つに、身になる言葉があった。「生徒を褒める言葉をありったけ用意しておけ」中学一年生といえば、ついこの前までランドセルを背負ったあどけない子供である。当時の地元は今ほど外国人に会わないし、英語に触れる機会もなかったから、私みたいなジャパニーズイングリッシュでも、何か英語を発する度に目を輝かせてくれるから、ありがたい。それでも“集中力”のない年齢だ。授業に飽きてくると、教室内の一体感が失われてしまう。そんな生徒の目を教師に向けさせるために役立つのが、魔法の言葉=褒め言葉であると。教授のアドバイスに確かな“手応え”を感じたのは、初回の授業の時だ。私が1人を指名し質問を投げかけ、生徒に答えてもらうという遣り取りの中で、○ならばオーバーリアクションで、ひとりひとりに違う言葉を用いて褒めた。相手はまだアルファベットも簡単な挨拶もあやふやなレベルだ。だから、一部の英語の解る者を除けばほとんどは私が何を言い出したのか、状況がつかめず・・・私が何かを言う度に、教室がザワザワし始めた。「何? なんち言ったん?」「意味解らん」そんな不満の声も混じりつつ、構わず続けていたら自主的に解る者が解らない者に教えたり、こういう意味じゃないかと言い合ったりし始め・・・意味は解らないけど、自分にも何か新しい褒め言葉をかけてほしくて、みんなが必死で質問に答えてくれた。私が違う言葉を感情をこめて発するにつれて、クラスに嬉しそうな顔が広がっていった。教授のお蔭で、緩みかけた空気が一気に締まったのが、教壇から見えた。その後の授業では、生徒全員にいい緊張感が生まれ、私の一挙手一投足を見逃すもんかという姿勢が感じられた。そんな言葉によって人が変わる“貴重な経験”をしたにも関わらず、自身の暮らしで活かしきれていない。なぜって、照れてしまうのだ。友達との会食時、いつも反省してしまう。その日の私の好い所を素早く見つけ、サラッと褒めてくれるスゴイ友がいる。褒められてばかりではいけないと、彼女を褒めようとするが、面と向かうとやけに恥ずかしく、褒めるチャンスを失ってしまう。心臓に毛が生えてるかと思うくらい、物怖じしないのが私の強みなはずなのに。人を本気で褒めようとすると、言葉にできない。洒落たことを言うつもりはまるでないのに、言えないなんて・・・なんかヤな感じの人間だな。ついでに言うと、大人になってから好きな人を前にして「好き」というのも難しい。若い頃は自分から伝えたのに。「ありがとう」「ごめんなさい」のように自然に気持ちを言葉にできれば、どんなにラクだろう。妙なところで素直になれないのが、長年の弱点だ。道を歩いてると、よくおばちゃんに話しかけられる。用もないのにわざわざ、持ってるエコバッグを褒めるためだけに、小走りでやって来た人も・・・。ダンナもこの前、目が合ったおばあさんに、靴をいきなり褒められたらしい。おばちゃんは無邪気な子供と同じで、良くも悪くも正直だ。彼女等は、本当に思ってることしか言わない。だから、褒めてくれる時は本気ということ。私もおばちゃんになれば、それが簡単にできるものだと期待したが、まだ感情を素直に伝える修行が足りないようだ。心から“感じるまま”、素直に言葉にして人を褒める勇気を・・・いつか私も・・・私を笑顔にしてくれる“褒め上手”さんを見習って、今度は彼等を私が声に出して褒められる人、になりたい。生徒達があの時見せてくれたような“笑顔の輪“を広げられるような人間に。 ★ ★ ★ ★ ★ 今日のひとこと。「借りようと思ったら全巻空休日の楽しみを奪うなー」
2018.10.14
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乾電池を買うのに立ち寄ったフォトショップ。店員さんとの遣り取りの時、ギョッとして思わず二度見。良い方に見れば柳原可奈子な彼女の肉付きのいい指には、とんがった薄紫のつけ爪が施されていた。今思えば、店全体に秋の飾り付けがされてたので、あれはハロウィンを意識した彼女なりの演出だったのかも?お客さんに対するサービス精神は立派だ。だがしかし、あんな指で接客されると、大人の私だってビビったから、子供やお年寄りが何と思うかな? 話のネタとなり、その場が盛り上がればいいけど。とりあえず私には、新種の秋ナスに見えた。 少し前にニュースで、男性専用の美容コーナーが確かデパートだと思うが、設置されたと紹介してた。今や身だしなみに気を遣うのは、若い男子だけに留まらず加齢臭の気になるおじさん達にも“常識”みたいになっている。そして今、“男子ネイル”の需要も高まりつつあると。店での男性受け入れが増える中で、ついには客ではなく“ネイリスト”として独り立ちする男性まで、続々と・・・。美容師と違い国家試験がないので、腕とセンスさえあればわりとすんなり始められるようだ。トラック運転手やボクサー等異業種からの転身を叶えた人達の仕事ぶりを見て、興味津々になった。でも、あれだ。これらが世の中に浸透してきたとはいえ、ケアをプロにしてもらう側も仕事でケアする側になっても、「男のくせに爪なんか気にしやがって!」と嫌味を言われる方が、まだ多いだろう、以前勤めていた職場で、作業中に爪が割れてしまうので、「どうにかしてほしい」とダンナに言われた。そこで爪割れを防ぐコーティング剤(透明)を、塗ってあげた。日頃何もしてない状態と比べるとツヤツヤになり、どうしても目立ってしまう。でも、爪が剥がれたなんか最悪の状態だと、なお仕事に影響が出るので、やむを得ず。けど、それ以来、爪の心配がなくなり、ダンナも喜んでた。 が。その爪を職場の女どもが見逃すはずもなく・・・特に保守的なおばさん社員が、明らかに嫌悪の表情をしたと。「俺のこと、そっちの人だと思ってるかも」と、ダンナもため息交じりに話していたが、ほっとけ。自分は自分、人は人。それをやる必要があり、しないと仕事に支障が出るから、 会社のため&爪を保護するためにやってるんじゃないか。堂々としてればいい。そんなこんなでそこを辞めるまで、彼は遣り通した。そして爪を守りきった。あの時のコーティング剤が効いたのか、その後、爪が割れることがなくなった。ま、そこの古臭く頭ガチガチな職場のストレスがなくなり、体調が良くなったというのが、すべてだろうが。爪、ストレスというので思い出したことが。小中学校の頃、仲の良かった幼なじみ。↑で挙げた柳原さんを、森三中に替えたようなタイプのマシュマロ系のM。彼女は暇さえあると、親指の爪を黙々と噛んでいた。急におとなしくなったな・・・と目をやると、噛みカミかみ・・・まるでそれは、わんこが骨型のガムを噛んでる時のようなおとなしさ。一緒に撮った写真にも噛んでるのが1枚あるくらい、それは彼女にとって当たり前の行為で、本人もおそらく気づいてなかったかも。随分前に“人の親”になった彼女だが、あの噛み癖は今も続いてるのだろうか・・・爪噛みと言えば、我が最愛のイニエスタ選手。ヴィッセルが負けてる試合の最中、ベンチに引き揚げた後、噛みカミしてるのを目撃彼はそうじゃなくてもキューピーちゃんみたいなベビーフェイスなのに、爪を噛んでしまうと、さらに幼児に見える。さっきまで華麗にピッチを駆け回っていたあの、世界的なファンタジスタが、こんなこと!!あの画像を見て、ちょっと動揺してしまった。彼にもこんな一面があるのかと・・・そして彼にしか分らないストレスをどれ程、抱えているのだろうと・・・成人になっても爪を噛む癖がある人は、繊細で傷つきやすい性格と言われる。また、完璧主義者にも多く見られるとも。これだけの傾向を見ても、どちらもイニエスタは当てはまる気がするので、そういうことなんだろう。あのシーンを見ていた解説者の元日本代表の誰かが、「噛んでますねー」と苦笑してたから、結構知られてるのか。 彼も人なり。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「まぁるい丸ノ内線新型車、早く乗ってみたい」
2018.10.11
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やっぱり女は苦手だ。と言っても、これは小説家の話。読書家でもないが、私がこれまでに読んだ本は、男性作家の方が断然多い。女性作家の本のタイトルやあらすじに惹かれ、機会があれば読んでみるが。毎回あまり共感できない自分に気づき、最近は読んでない。唯一、興味を持ち幸福感に満たされ、好きになったのは、三浦しをん。初めて読んだ時、彼女の登場人物の丁寧な描き方、言葉の紡ぎ方、文脈のリズム感・・・すべてが心地好かった。だから、本を買っても今のところ、彼女しか女性作家の作品は手元に残ってないはず。本も音楽と同じで、自分にフィットするものとそうでないものの区別が、はっきりしている。ただし音楽は、何度か繰り返すうち、耳に馴染んでくる。音楽業界に居た頃は、届けられた音源をとりあえず何でも一度は、真っ新な気持ちで“受け容れる”ことをした。評価して今後の売り方を考えなければないから、それが当たり前で、何度も聴いてるうちに(どんなに声が苦手でも)印象の変わる楽曲も、たまにはあった。でも、本はそうはならない。作品ごとに毛色を変えられる音楽に比べ、文学は“作家の個性”がフィックスされてる。文体のクセ、表現法、人物や舞台の設定、起承転結のまとめ方・・・これらがいきなり変わることはない。だから一度ハマれば一生くらいの勢いで好きになる、信者みたいな読者がいるし、一度違和感や嫌悪感を抱いてしまうと、もう何をどうしても理解できない私みたいな読者もいる。仕事でものすごく久しぶりに、短編小説を任された。それは人気作家の書いたもので。今まで読んだことがない人だから、これはラッキー!とばかりに、楽しみに読み始めた。が。読み進めるにつれて、イライラしてきた。「この人、こんな文章書くのか!」という、驚きと落胆。私がイメージする彼女の作家像が、わずか数ページで崩壊。タイトルと展開そして文章・・・無理やりなこじつけ感に、正直、呆れた。何ひとつ、収まりが良くない。企画モン扱いみたいな枠だから、もしや手を抜いた?読めば読む程、不快な気分になるとかありえない。名前を見た時、一瞬うわっと思った予感が悪い方に見事的中した。中年女が主人公なのに、私も似たような所はあるとも思うのに、どこにも全く共感できない。最後まで一度も、笑えないし泣けなかった。ただ、ストーリーのつまらなさと主人公の不快な人柄と、自己満足な作家への苛立ちだけが残った。しかも、発表する誌面自体、ターゲットが全く合わない。私でも共感できない内容を、読者が何人共感できる? 発売後の読者の感想が読んでみたい。とにかく“後味の悪い”一作だ。今思い出しても、主人公の大人げなさと意志薄弱ぶりに腹が立つ。あんな女は嫌だ。こんな考え方をしてしまう作家も嫌だ。* * * * * *【18祭(フェス)】をTVで観た。大人でも子供でもないモラトリアムな18歳世代。そんな彼等からの想いを集め、アーティストが新曲を作り、参加者1000人と一度きりのステージで共演するという夢のような企画。3回目の2018年を担当するのは、RADWIMPS。特に彼等を観たいわけでもなかったが、素人が絡む人間臭いドキュメンタリーが大好物なので。それと、最近若者の心に触れる機会が多いせいか、単純に今どきのコに興味が湧いた。観て良かったー! 思わずうるっときた。RADWIMPSの音楽もそんなに知らないし、子供を産み育てた経験もないので、食い付けるかどうか・・・最後まで観れるだろうかと思ったが。観た。むしろ最後までしっかりと見届けた。RADWIMPSメンバーの目に留まり、全国から選ばれた1000人は生い立ちも性格も参加目的も様々。その中で一番気になったのは、夜間高校に通う色白メガネ女子。おとなしい彼女は、輪の中に入れず、いつも壁際でスマホを見て休憩時間を潰していた。歌詞の内容を読み込むように言われ、其々が思い思い真剣に解釈に励む中、彼女は首を傾げ、こう言った。「(歌詞に)全く共感できない」と。友情をテーマにしたような詞に彼女が惹かれないのは、「今まで友達がいないから(詞のような)ケンカもしたことがない」という理由から。 軽くショック受けた。そんな彼女が、このイベントを機にどう変わるのか、ちゃんと見守りたかった。ある日。ずっと見えない壁を作り、“孤独“であり続けた彼女に、声を掛ける女子ひとり。そのコの温かな心に導かれ、“ひとりぼっち”は次第に周りとの距離を縮め、笑顔も見えるように・・・そして本番の日。彼女は“初めての友“の隣で、大きな口を開け声を出し、体を揺らし笑い唄い、全身で降り注ぐ音楽と包み込む人の体温を感じていた。 人と交わることを受け容れ、自分は独りじゃないそのことに気づいた今、あの歌の歌詞をどんな風に感じているのか、彼女の想いを知れなかったのが心残り。やっと友達を作った段階で、今は楽しいばかりかもしれない。これから、嫌なこともあるだろう。でも、このイベントを遣り遂げたのだから、今まで味わったことのない経験をするチャンスを自ら手繰り寄せたことは確か。1000人分のドラマが、あの企画にあるのかと思うと・・・それだけでまた、じんわりとくる。会場全体を躍動する彼等の歌声は、まるで神聖な教会で聴くゴスペルのように、真っ直ぐ清らかで、貴い響きだった。若さ漲るパワーと澄んだ瞳、輝く汗と涙を画面を通して感じることができ、私も珍しく心震えた。若い頃ライブに行きまくってた当時の、生きてる実感がよみがえってきた。ああ、こんな感じ。それを長いこと忘れてた。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「また見知らぬ人に声かけられた。」
2018.10.10
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これで何度目になるのか。夕飯を食べる時になって、観たいTVがないからと音楽を流し始めたのはいいとして。なぜ、最近いつもいつもそのバンド??ダンナは音楽を生業にしてた私以上に、マニアック。小学生ぐらいからクラスの音楽好きと集まって、洋楽をあれこれ聴いたのだという。仲間のひとりは、その後、音楽の才能を開花させメジャーデビュー。友達がミュージシャンになるような彼と比べれば、洋楽の知識に関しては、私も負ける。そんなダンナが、子供の頃に好きになった超有名なバンド。日本で洋楽の【三大ハードロックバンド】と言えば、彼等が真っ先に名前が挙がる。彼等に憧れ、目標にしてミュージシャンになった人、楽曲を真似しちゃった人は、数知れない。それだけ世界中の世代を超えたファンに長年支持されている。ここ最近、ベスト盤?と思われるアルバムを流しながら、「この曲がいいんだよ」「やっぱこのバンドはドラムもいいけど、俺はベースがいいと思うんだ」と、熱く語るダンナ。それ今夜で、何回目の解説かな?私、いつ小林克也か萩原健太か伊藤政則と結婚したんだろう?ハイボール片手にアヒージョをつまみながら、饒舌になる。今日は特に機嫌がいいらしい。 でも私はすっかり飽きている。 いや、もちろんこのバンドが世界で愛され「スゴイ」と言われ続ける伝説のバンドだというのは、このところの“集中講義”のお蔭で充分解った。何がみんなを魅了させるかこれでも理解はできたつもりだ。が。悲しいことに、私自身に何度聴いても変化が起きない。今までダンナおすすめのクラシックやロックを聴かされて、好きになった音楽も多くあるのに・・・これだけはどうも受けつけない。 ダンナにも毎回言ってるが、“好みじゃない”のだ。私の耳がおかしいのか、感性の問題か。だが、毎回聴かされて判ったことが1つある。そのバンドに私が惹かれないのは、ヴォーカルの声質だ。私の好みのタイプじゃない。彼等の音楽性がどうのとかテクニックがどうのとか、そういう以前の問題。だから何度繰り返し聴いても、今以上に印象が良くはならない。 九州のド田舎育ちの私が、幼い頃に初めて音楽で影響を受けたものと言えば、ほとんどがTVの歌番組かラジオのヒット曲ランキングで。あとは、歳のかなり離れた従兄弟の奏でるギターと歌声で覚えた陽水や拓郎、そして従姉のハマってたみゆきやベイ・シティ・ローラーズ、ノーランズくらいだ。家では歌好きな両親が何かしら唄ってはいたが、それもムード歌謡か演歌ばかりだった。百恵ちゃんや明菜が好きではあったが、それが何か特別、音楽的に影響したかというと、そうでもない。 そんな子供時代だったから、自分の“音楽のルーツ”が何なのかがはっきりしない。幼少期に習ったピアノやバレエの影響で、クラシック音楽やピアノ曲はずっと変わらず好きではある。でも、私がなぜ、ある時期急に、PRINCEやビリー・ジョエルにドハマりして、大江千里や岡村靖幸に夢中になったのか。そして辿り着いた先が、ジェームス・ブラウンやアレサ・フランクリンというR&Bだったのか。好きな音楽と出合ったきっかけはラジオだと思うが、「好き」と思えたのは結局、声が好みなんだと思う。 やや湿り気、哀愁、艶、もろさ・・・その人の生き様や抱えている憂いみたいなものが、見え隠れする歌声に特に弱い。そういう“好み”がきっちりとあるためか、やたら気合の入った歌声や乾いた歌声が苦手だ。ジャンルで言うなら、主にアメリカンロック。涸れた荒野とまぶしい太陽が似合うような、シャウト、ラウド、ハスキーみたいな類が全部。 その“基準”にダンナが今、お気に入りで毎日のように聴いているバンドが、引っ掛かっている。音楽のクオリティーが高いのは、私にも理解できた。1曲だけ、意外で好いと思えるメロウでウエットな楽曲もあった。でも、その曲も「声が入ってなければ・・・」と思ってしまう。残念ながら、この先何度ダンナに熱いレクチャーを受けても、これ以上、私の中で変化が起きることはないだろう。偉そうに聞こえるかもしれないが、私にとってその音楽を好きになるかどうかは、メロディーや歌詞と同じくらい“声の個性”が大きいと、今更ながら感じている。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「炎上を“炎上”させて供養って…」
2018.10.08
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風邪で寝込んでいた日の昼下がり。玄関の呼び鈴が鳴る。うちは集合玄関の方を先に鳴らし、それでモニター確認後に開錠→個人宅玄関前で再び鳴らす…というのが通常。近所の人とは挨拶程度で、その人達からも直接鳴らされるようなつき合いをしていない。となると、誰?ってことで、ほぼ出ない。だって、今までを振り返っても、強引な勧誘の新聞屋か宗教関係か変な機器の押し売りか、って感じでロクなことがないんだもん(怒)。マトモな用で来た相手だとしたら、居留守を使うのは申し訳ない。でも大体が時間をとられてストレス溜まるだけだから、私は直撃されても滅多に出ない。この時もそういう理由で、しかも鼻水垂れてて頭もボサボサ寝間着みたいな格好だから、もちろん居留守で。換気のために玄関側の窓が少し開いていたので、相手もやや粘ったようだが無視。 そのまま数時間が経過・・・・・・。ら。また鳴った。今度は集合玄関のが。モニターに映ってたのは、制服姿の“おまわりさん”のようだ。私の応答を待つ間、首をぐるぐる回してる 風邪のせいもあり、正しい判断ができず、ぐるぐるの様子がなんだか怖くもあり、そのまま放置してしまった忙しいだろうに、彼に悪いことしちゃったなーと思いつつ、こんな体調の最悪な時に来られても、風邪菌を撒き散らすだけで、彼の為に何の役にも立ちそうにない。だから今回も、居留守。心でごめんなさいと言いながら。でも、もし何か緊急事態で、その人がまた来るかもしれないと思い、慌てて身なりを正し、軽くメークまでして“その時”に備えた。それからさらに数時間が経ち、すっかり日が暮れた。結局彼が訪れることは、それ以来、今の今まで全くない。一体、何の用だった?? 制服警官の突然の戸別訪問には、大きく分けて2つのパターンがあるらしい。1つは【巡回連絡】のため。 交番警察官が受け持ち地区の各世帯を回り、世帯構成や緊急連絡先、警察への要望等を聞くのが目的とのこと。でもそれは、毎年たしか春に1人新人さんがやって来るし、その時は管理組合から事前に連絡もある。だから、今回の訪問の目的はこれではないだろう。だとしたら、2つめの【捜査活動】のため?何の? どこの?? うちが何かやった???そんなことをあれこれ考えながら、待ちに待ったのに来ないなんて・・・・・・彼の目的は何だったんだーー?そんな程度の時間つぶしの訪問なら、意味がないじゃん!最後までしっかり責任持ってやれよ~! なーんて、居留守しといて偉そうに(苦笑)。せっかくスタンバってたのに、来ないからもう、来年の春まできっと出ません。非協力的な住民ですみません。こっちもそんなに暇じゃないんで。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「ホントに彼女は作品ごと雰囲気が変わる。不思議な役者だ。」
2018.10.06
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まずった。風邪をひいたらしい。秋の初めに早速、気管支がひゅーひゅー鳴ることが増えた。生まれつき気管支が弱く、すぐ喘息発作や肺炎を起こしてた。でも、大人になるにつれ、風邪で高熱は出やすくても気管支炎や肺炎で苦しんだ記憶はない。京浜工業地帯の某市で新婚生活を始めた時、久しぶりにひゅーひゅー鳴る音を聞いた。そこを離れ、わりと自然が残る環境のこの町に暮らし始めて、肺や気管支の調子は良くなったが。この前たまたま鳴ってる最中に観た番組で、寒暖差が激しいせいで起きる気管支喘息があると専門家が説明してた。私の気管支が最近鳴りやすいのは、たぶんそういうこと、なのだろう。子供の頃はこの気管支だか肺だかに何かが引っ掛かる違和感がとても嫌だった。大人になっても、やっぱ嫌だ。それがやっと治まったと思ったら、今度は鼻風邪かんべんしてよー!でも、この程度で病院に行くわけにはいかない。わざわざ行って、順番待ってるうちに別の悪い菌を貰ったり具合がさらに悪くなることだって。とりあえず、家にある“前に処方された薬“のストックからもったいないので試してみる。喉の腫れはいくらか効いたが、相変わらず鼻水は小川のように淀みなくさらさら流れ・・・下が向けない!(嘆)どうしても下向かなきゃいけない時は、両穴鼻詮&マスクで遣り過ごす。こんな時に人が来たら最悪。いや、昔、編集部でもの凄い花粉症になった時期、堂々とやってたことを、今さら思い出して赤面。この時間、やっと片鼻だけで鼻詮が済むようになったから、少しは薬が効いたのか?ほんとは明日からまた副業で忙しくなるはずだったが、私の念が通じたのか、依頼無しだった。助かった―!!お蔭で大事な資料や原稿に鼻を垂らすことも、課題と向き合う時に集中力が落ちる心配も、全部しなくて良くなった。また台風が近づいてるというし、この降ってきた週末の休みを自分休めに利用しよう。こうなったのも、もとはこの前の夏服なのか、もっときちんと着込むべきか中途半端な気候の日に、薄着して仕事行ったのが間違い。丁度いいくらいの着込み方だと思ったが、甘かったようだ。やはり秋らしい陽気をナメちゃいけない。あー、体というより、頭がダルい。頭のおでこの周りだけが、熱っぽい。顔だけ風邪のニオイがまとわりついてる感じだ。首から下だけ、ユンケルが効いた(なぜ?)。あともう一歩。もう数日で回復する予定。しかし悩ましい鼻ちゅる。何かいい治し方はないモノか・・・。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「ギャル系のコの喋るのを観たダンナが、“ヴァイブス”って・・・何?と北の国から風に私に。」
2018.10.04
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『大家さんと僕』のカラテカ矢部太郎が出るというので、ちょっと観てみた【徹子の部屋】。あれ、なぜだか俳優の木下ほうかも座ってる。聞けば漫画に出てくる“ニット帽の先輩”が、彼らしい。それだけの理由でセットにされたのか? このふたりをどう“料理する”のか、徹子さんのハンドリングにも大いに期待しつつ。蓋を開けたら前半から20分が、大家さんネタだった。初めの漫画を読んで聞かせる所では、ほうかさんも大家さんになりきって上手に場を和ませた。それから先は、矢部さんの方にばかり徹子(以下呼び捨て)が質問するので、ほうかさんは時々静かに頷いてみたりしてなんとか場を繋いでた。それでも延々と続く、徹子の矢部への集中質問。矢部は隣に気を遣いながら、芸人なのにあまり話が得意じゃない中、目の前の大御所の問いに丁寧に応えていた。その間、時々ほうかさんが引きで映し出される。さっきまで前かがみに耳を傾けていた彼が、急に姿勢を正し前を向き、微動だにせず一点を見つめているではないか!なんか・・・怖っ。 さすがのほうかさんも、あまりのほっとかれ様に我慢の限界だったに違いない。相手が徹子でなければ、怒って席を立つかもしれない緊張感が漂い、観てるこっちが息苦しい。結局、CM挟んで最後の10分に満たない尺でやーっとほうかさんの話に・・・。すごく好い話なのに、徹子の食い付きも良かったのに、なぜか話が途切れがち・・・矢部さんも先輩に合いの手を入れて必死に話を繋ごうとする。それでも途切れてしまう会話。徹子が何もふってくれないから、ほうかさんも困ってしまい、テーブルにあったグラスを見て、「ワインですよね。昼ですけど飲んでいいですか?」と赤いのを飲み始める。彼がワイン好きというので、スタッフが用意したのが、ここで効いた感じだ。それでも長くは続かず、あっという間に ♪る~るる・・・のエンディング突入。テツコーー!!(叫)軽快なトークがウリの彼女も今や、85歳の後期高齢者。馴染みのある舞台の台詞は、長年体に覚え込ませているから今でもどうにかなるだろう。でも、生放送のトーク番組の聞き手という役は、さすがに無理があるのではないか?タモリさんでさえ、【テレフォンショッキング】の後半の頃はかなりテンションも低く、気乗りしない時は会話が自分中心の内容になっていた。どんなに芸能人でも、老いは確実に進む。最近たまにこの番組を観ると、ひとりのゲストでも話が続かないことが増えてるから、コンビでもないふたりをいっぺんに生放送で相手にするのは、危険な賭けとしか言いようがない。何が飛び出すやらなハラハラ感も楽しいのは楽しい。しかし、前のようにミラクルな展開には決してならない今の【徹子の部屋】では、このキャスティングは単に無謀。それぞれが好い話を引っ提げてやって来たのだから、ひとりひとり30分ずつ、会話してほしかった。私も過去、編集者やライターとして色んな人に話を聞いた。インタビューする相手は様々。音楽、芸能、それに関わる裏方の人達・・・など等。向こうから事前に貰った情報や自分で調べた事を元に、「取材の間はその人のファン」という意識で、相手に失礼のない取材をしてきたつもり。それでもハプニングは必ず起きる。一番起きがちなのは、取材相手がグループの場合。当日来るのが、代表なのか全員なのか掴めない時がある。何度も念を押して聞いていても、当日、取材場所に行くと冷や汗をかくことが多い。忘れもしないのは、某バンドの取材日。4ピースバンドの2人はお喋りが苦手なので、「スポークスマンの2人をインタビューしてください」と頼まれた。が、扉を開けて心臓止りそうになった。4人座ってる!!前置きでプロモーターやマネージャーと世間話をして、メンバーに雑誌と掲載号の説明をしつつ・・・頭の中で必死にメンバー名と其々のパートを思い出す。珍名さんが居たので、その間違いにも気をつけて僅かな時間で頭を高速回転させて、死に物狂いで取材内容を2人用の質問から4人用に形式変換。結果、何事もなく1時間を遣り遂げることができた。しかも収穫は、喋らないはずの2人も結構喋ってくれたこと。一夜漬けどころか、数分漬けの浅漬け状態で取材したことが誰にもバレずに終われて、命拾いした。あの恐怖を味わってから、取材に於いて何も怖いモノはないと自信をつけたかったが、怖いモノは怖い。私の取材は主に“一期一会”のその時勝負だったから、相手に言い訳や甘えが通用しない分、本当に毎回が恐怖だった。でも成功した時の喜びと爽快感は、他では手に入れられない。徹子さんのように大御所なら相手も色々を察してくれるから、きっと何を言っても許されるだろう。彼女が何を言っても、観てる側も彼女を「徹子さんなら仕方ない」と許してしまうから、今でも生放送の長寿番組として愛されるのだと思う。ただし・・・彼女を悪く言うつもりもないし、嫌いでもないが。台本のない生放送を楽しめるレベルでは、なくなっている。話を聞く相手を“持て余す”姿なんか、見たくない。“部屋”をリフォームするか、思い切って解体するか・・・考えるべき時が来てる気がした。★ ★ ★ ★ ★今日のちょっと長めのひとこと。「ピコ太郎のブログにうるっとした。私もそれは”奇跡”だと感じる。」
2018.10.03
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おごらず人と比べずただ面白がって平気で生きればいい。自分の命を使いきって死にたい。先日亡くなった樹木希林さんの遺した言葉の中から印象的なふたつを。“全身癌”と共存することを決めた晩年の潔さは、彼女の愛した男よりロックでカッコいいものだった。荼毘に付されてもなお、毎日のように彼女の生き様や死生観はメディアで数多く流され、もう充分観たからと思いつつもつい観てしまい、また新たな“気づき”をして、その度に己の“今“と”これから”についてあれこれ考える。「おまえも死ぬぞ」マンガの主人公の決め台詞ではない。岐阜県にある願蓮寺そこの掲示板に書かれた言葉が、鋭くて深い。“釈尊“と添えられていると知ると、より一層重みを感じる。お釈迦様の言葉をこの寺の書き手が、わずか7文字に凝縮した想い・・・それは結局、女優・樹木希林のメッセージと同じだと解る。大学の授業で、Carpe diem(カルペ・ディエム)という言葉と出合い、とても気に入り当時から心に留めている。その時の先生が私達に説明してくれたのは「今を生きろ」という解釈だった。もとは古代ローマの詩人ホラティウスの『歌集』の一節らしいが、日本語訳は様々あるので、別の想いを抱いている人もいるだろうが、私にとっては先生の解釈が自分にぴったりときた。 Wikipediaを拝借すると詩の中では、 神々がどのような死を我々にいつ与えるかは 知ることは出来ず、知ろうと苦しむよりも、 どのような死でも受け容れるほうがよりよいこと、短い人生の中の未来に希望を求めるよりもその日その日を有効に使い楽しむほうが賢明であること という内容が歌われているらしい。今をどう生きるか。Carpe diemを知った日から、常々考えてその都度イメージして行動したつもりではあるが、若い頃はそれ程、実感がなかった。病弱で生まれてすぐ何度も死にかけた私だが、死にそうになったことを覚えてはないから、若い頃はいい加減に過ごした時間の方がたぶん多い。それでも、30代40代・・・と歳を重ねるにつれ実父をはじめ大切な人人の死を経験して、消え入りそうな灯火のように明日をも知れぬ命を精一杯生きている実母や姑と向き合う時間を前にして、もっと日々を大事に生きなければ、と思い直した。親戚の和尚に、実父の法事の席で聞いた話が忘れられない。「人間は生きてるうちは、徳を積む修行をしている。その勤めが終わった者から順番にあの世に行く」と。だから、まだまだ修行が足りない。もっと丁寧に生きてくのが目標。とは言うものの。今日、精一杯生きているか?と聞かれれば、今朝起きて早速「あー、ダルい。何もしたくない」と後ろ向きになってるくらいだから、胸は張れない。今日の私は、テンションが下がりめ。でもせっかく、空がこんなにも気持ちよく晴れたのだし、この重々しい気持ちをなんとか振り切って、自分の力になること、人のためになることをひとつでもいいから、今日のうちに遣り遂げよう。そして、希林さんのように面白がって今日一日が終えられるように。地に足つけて、腹に力を入れて生きる喜びを確かめながら感謝しながら、今を生きねば。 嵐の去った朝。太陽の向こう側に光るのは・・・。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「台風24号の被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。」
2018.10.01
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