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2002年11月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 ヘルマン・ヘッセの『デミアン』を読んでいる。他のはかなり読んだのに読んだ記憶がない。10歳のシンクレールは不良少年のフランツ・クローマーとの関わりから話は始まる。彼や彼の仲間と関わっていることで息の詰まるような思いがする。父が彼らとの交際を禁止することがわかっているからではなく、フランツ自身を恐れているからである。シンクレールは自分が属している世界とフランスの世界が違うことを知っている。身なりやしつけが違い、自分が異分子であることを知っている。「私は黙っていたが、まさに黙っていることで目立ち、クローマーの怒りを自分に向けることになるのではないか、と恐れた」そこでシンクレールはありもしない泥棒の話を創作して話して聞かせる。にらまれたくないために作った心にもない嘘が不幸な事件を招く。その苦境からシンクレールを救うのが「デミアン」なのだが、この小説の最初の方のドイツ語は僕にはむずかしくて遅々として進まず、今ようやく話が進もうとしているところで早くも挫折しそうである。
 読んでいてふと小学校の時のことを思い出した。クラスにいじめられている女の子がいた。ボス的な存在の同級生がいて、彼がにらみをきかせていたので彼に嫌われたくなければその子をいじめるしかなかった。もしもかばったり、あるいは、いじめに加担しなければお前はあいつに気があるんだろう、というようなことをいわれた。僕はどうしたのだろう。一緒になっていじめた記憶はないのだが都合よく忘れているのかもしれない。習字で使う墨を顔に塗るか飲ませるというような陰湿ないじめだった。お前はあいつに気があるんだろうというようなことをいわれたことは覚えている。でも、積極的にやめろといわなかったこともはっきり覚えている。黙ってると目立つというヘッセの小説の言葉を読んで忘れていた記憶が突如としてよみがえった。
 ひとたびこんなふうにクラスが暴走を始めた時(担任の先生はこのことを知っていたのかは今となってはわからない)誰も止められないというところに問題がある。考えを異にすることが他者に何か実質的な迷惑、被害をもたらさないのであれば個々人の信条の自由として尊重されてしかるべきだが、この小学校の時のようなことがあった時は決して放置してはいけない。世の中の多くのことの多くは、歯止めをかけないといけない場面で誰もが手をこまねいて傍観し、本人の意志を尊重していいことについてはいわば人の課題であるのに土足で進入し妨害しているように思える。





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最終更新日  2002年11月03日 17時49分58秒
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