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にほんブログ村 岡崎城前にある福山城のマンホール、幾人かの方から、その理由についてのコメントをいただきました。皆さん、岡崎市と福山市が姉妹都市とコメントされていました。コメント、ありがとうございました。文化財散策時、私はFDGのアプリを起動させていました。FDGでは特定のポイントに到達すると登録され、その場所の説明が表示されます。【FDG】 「FDG H.P.」散策時は説明を見ていませんでしたが、この福山城のマンホールも登録されていました。(近視用のメガネをかけていると、近くの文字を読みにくくて・・・・・・。)改めてFDGの説明を読むと、次のように書かれていました。「令和5年に岡崎市下水道事業百周年記念で岡崎市の親善都市とゆかりの街のデザインマンホールの交換を行った」なるほど、皆さんのご指摘どおりでした。謎は無事に解けました。そして皆様のコメントに感謝しつつ、FDGの便利さを改めて感じました。【 ティラミス大福 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.29
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にほんブログ村 週末は寒波の影響も小さく、穏やかな暖かい日となりました。そこで久しぶりに、岡崎城のある岡崎公園を散策しました。岡崎城は徳川家康が生まれた場所。家康の産湯井やえな塚などもあります。改めて見ると石垣も立派です。残念な家康公も、この日はのんびりとひなたぼっこをしていました。本当に良い天気です。まだ正月の気配が、幾分か残っていました。ただ、不思議な点もありました。岡崎公園周辺には、カラー・マンホールもあります。この様な、ご当地のマンホールはわかります。ただ、このマンホールは、なぜ福山城なのでしょうか?野球チームも中日ではなく、広島になっています。岡崎城と福山城の関係は?謎が残る、久しぶりの岡崎公園散策でした。【 岡崎 八丁味噌 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.26
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にほんブログ村 岡山城のお話をもう少し 。岡山城は戦争の空襲で焼け落ちましたが、残った建屋もあります。それが月見櫓(つきみやぐら)です 。月見櫓は1620年代に池田忠雄によって築かれました。月見櫓のそばには銃眼石があります。銃眼石は、内側から鉄砲で狙い撃ちするための穴です。城内の展示では、池田家の揚羽蝶の家紋の品々が印象的でした。岡山城は通路や天守内も移動しやすく、安心して見学できました。多くの人が安心して見学できる城。木造化ばかりが良いことではないと感じました。【 岡山県産 清水白桃ゼリー 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.24
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にほんブログ村 新年から高見彰七の話題が続きましたので、一息ついて話題を変えましょう。大改修を終えた岡山城です。真新しい黒と金の配色が印象的な城です。岡山城は別名「烏城」と呼ばれます。岡山城は、地形に合わせて築城されているため、上空から見ると五角形の城となっています。先ほどの視点では平面的な構造でしたが、別の角度から見ると角ばっています。金箔が使われた屋根瓦のみでなく、シャチホコも金色に輝いています。 石垣も詳しい人が見れば、興味深いものでしょう。画像は大きな鏡石です。城の内部は資料館になっていました。岡山城は木造ではありません。しかしそのおかげで、エレベーターなどがあります。病気で障害がある私には優しいお城でした。【 備前焼 小西陶古 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.22
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にほんブログ村 昨年末、高見彰七作品の新発見のご報告を頂いていました。今回も発見者は「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.]今回の観音像の立地は岩足場が悪く、私では現地確認が困難です。 いくつもの新発見をされているFDG公式さんからのご報告ですから高見観音とみなして良いでしょう。画像もFDG公式さんからお借りしています。【 リンク集2 (No.38) 魚籃観音像 】 ・所在地: 愛知県豊田市 王滝渓谷 古美山園地 ・製作年月: 不明 ・作家銘: なし ・その他: 魚籃観音 ・発見者: FDG公式さん今回の高見観音は、初めての魚籃観音となります、「魚籃観音(ぎょらんかんのん)」 観音菩薩が魚を入れた籠(魚籃)を持つ女性の姿で 現れたとされる三十三観音の一尊。 中国で生まれ、日本でも中世以降に広く信仰された。 この観音像については、もう少し考察してみたいと思います。FDG公式さん、いつもご報告を頂き、ありがとうございました。また記事の掲載が遅れましてすみません。今後もよろしくお願い致します。【 ロイヤルコペンハーゲン フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.19
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第5件目。桃太郎神社で最後の作品紹介です。【 リンク集3 (No.14) 赤鬼 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1970年(昭和45年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会先日の青鬼と対になる作品です。塗装された作品です。頭上に持つのは、鬼達の宝物です。桃太郎神社にも高見彰七作品があったという今回の発見は、高見彰七の認識を大きく変えるきっかけになるかもしれません。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像【 ノリタケ フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.17
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、4件目です。今回と次回は、桃太郎神社での設置年は、先の3作品の8年後になります。【 リンク集3 (No.13) 青鬼 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1970年(昭和45年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会塗装の影響か、実におどけた表情の作品です。私も好きな作品の一つです。記録では、桃太郎神社でのコンクリート像の設置年は、浅野祥雲は1951年頃から1973年、高見彰七は1962年と1970年です。この重複期には、両氏に交流があったはずです。今後は両氏の交流についても、深く考察する必要がありそうです。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 インペリアル フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.15
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第3件目です。本神社からの高見彰七作品の登録は、本神社神主ご子息の当時のメモ書きの情報に基づいています。今回は桃太郎神社の高見彰七作品で、最も見落としやすい作品です。【 リンク集3 (No.12) 桃太郎誕生 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会この作品は、拝殿の向かって左奥にあります。拝殿より奥に進まないと見ることができません。しかも未塗装で小さな作品です。この作品は豊田市 観音院の座像と表情がよく似ています。「観音院の座像」観音院の座像が高見彰七作品であるという裏付けにもなるでしょう。高見彰七作品らしい素朴な座像です。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像【 ヘレンド フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.13
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第2件目です。この神社の高見彰七作品で、最も製作の難易度が高かったであろう作品。それがこちらです。【 リンク集3 (No.11) 餅つき 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会神社内の有料ゾーン入り口にある餅つきの像は、参拝者は誰もが目にすることでしょう。どちらかと言えば破損を恐れて保守的な造形が多い高見彰七作品。その点、この餅つきはかなり意欲的な作品です。前かがみの姿勢も造形が難しく思えます。杵が頭に付いているのは補強の意味もあるでしょう。塗装されいることもあり、高見彰七作品の特徴が把握できません。根拠となる記録がなければ、作家の特定は難しかったことでしょう。塗装がコンクリート像の印象を変えることを、あらためてこの作品で実感しました。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 ヘレンド フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.11
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にほんブログ村 愛知県犬山市の桃太郎神社に高見彰七作品がある。この情報を見つけた時、私は本当に驚きました。桃太郎神社には、浅野祥雲作以外のコンクリート像もある。この件は、私も以前にブログでご紹介しました。【以前の記事】 「桃太郎神社の浅野祥雲以外の作品] しかし、まさかこの内の5件が製作年も裏付けのある高見彰七作品とは予想もしていませんでした。情報については、犬山日本一桃太郎会の方に確認して、神社関係者のメモ書きながら、記録があることを確認しています。今回、高見彰七作品と確認できた作品。まずは次の作品があります。【 リンク集3 (No.10) 悪運はサル 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会桃太郎神社でも、特に印象的な「悪運はサル」。あまりにダイナミックな作風は、これが高見彰七作品かの判定さえも困難とさせます。桃太郎神社に浅野祥雲と高見彰七両氏の作品があることは重要な意味を持つと思います。少なくとも、両氏がともに桃太郎神社に作品を設置していた1962~1970年には、両氏に交流があったことは間違いありません。以前から、浅野祥雲,高見彰七の両氏の交流を推定させる事例はいくつかありました。今回の桃太郎神社での発見は、両氏の交流を裏付ける点で私にとってはとても大きな発見となりました。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 ARABIA フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.09
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にほんブログ村 まずは、高見彰七作品、新発見のご報告から。発見者は「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」こちらの観音像、一目で高見観音とわかります。【 リンク集2 (No.37) 観音菩薩像 】 ・所在地: 愛知県刈谷市井ヶ谷町 長善寺 ・製作年月: 不明 ・作家銘: なし ・その他: 顔にひび割れあり ・発見者: FDG公式さん実は長善寺には、以前に2回ご訪問しています。特に2回目は、この観音像も5枚撮影しています。今回の記事では、その時の写真を利用しています。それでもこの観音像は私の記憶から消えていました。その理由は、おそらく隣の乃木希典の石像にあります。当時、私は由来の明確な文化財に関心を持っていました。一方で無銘の仏像の作家を推定する力がありませんでした。乃木希典の石像には、民家からの移設などの情報が記されています。その結果、乃木希典の石像には強い関心を持ち、観音像の数倍の16枚もの写真を撮影しています。見ていても、よく理解しなければ忘れてしまう。長善寺の観音像の発見は、良い教訓になる事例でした。長善寺には木彫りの観音像が多くありますが、これらは当時のご住職が作成されたという情報もあります。高見観音は観音像好きのご住職のコレクションだったのかもしれません。FDG公式さん、いつもご報告を頂き、ありがとうございました。また記事の掲載が遅れましてすみません。今後もよろしくお願い致します。【 干支だるま 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.06
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にほんブログ村 旧年中はお世話になりました。2026年もよろしくお願いします。年末年始の時間を利用して、ブログ記事やリンクの整備も進みました。今年は多忙な年になりますが、体調に配慮しつつ、ブログなども進めたいと思いますので、よろしくお願いします。【 相馬焼 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.01
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