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出産に関する緊急医療体制への批判が出ています。しかし、一方で親の子殺しや虐待のニュースもたびたび取り上げられます。 少し前のニュースですが 母親が小学生の子供を殺害し、祖母が発見したニュースがありました。このニュースを中央線車内で見ていた(ニュース映像が流れている)女子高生は「かわいそう」 「母親が信じられない」というようなことを言っていました。 先日ぼろぼろの体ながら長男の運動会に行ったとき、パンくい競争のような競技(パンの代わりに自分たちの作ったコップの魚を取る)で長男は友達と同じ魚を取ってしまいどうなるかハラハラしました。結果は友達に譲って別の魚をとってゴールしましたが、結果最下位になりました。 この幼稚園は一番になることよりもこうした行為が褒められるところです。ありがたいことです。 話を戻します。母親が子供を殺すのは本当にかわいそうでしょうか? 殺すことが正しいとは決して言いません。そして殺してしまうのは間違いなく可哀想なことです。しかし、子供を認める・向かい合う基準によっては存在が否定され、生んでしまったこと、生きていること自体に罪悪感を覚えてしまっても仕方の無い事態もあるということは言っておきたい。 SUMAPの「世界に一つの花」があれだけヒットしたのは、常にNo.1を目指すことが自然と強制されている社会への反発と言うよりも「疲れ」がさせたものの様に思います。ゆとり教育をあれだけ叩いて、それに変わるものは結局グダグダです。どこでどういう目的で、どういった結果を想定しているのかまるで見えてこない教育。大学受験のハードルが低くなったら、今度は一定以上の大学に行かないと”落ちコボレ”とされる社会。 子供が正しいわけではないけれど、それ以上に大人がおかしいレールを敷いてしまっている。子供も早期に大人と同じ通勤電車に乗り、体験や痛みを伴わない知識は増大し、”責任回避”すら堂々とするように・・・・。 長男の通う幼稚園は小さいところで、何の変哲も無い(親世代には、ね)幼稚園ですが、子供に自分のことは自分でやらせるなど、当たり前のことを当たり前にやらせてくれるところで、嫁はこの趣旨と、幼稚園の雰囲気に共感して子供を通わせています。 ところが、運動会で親を観察していると皆たいそうなビデオカメラや超望遠のレンズのついたカメラを構えて”レンズ越しに”子供を見ているのです。レンズ越しに自分の子供だけを追っているため、友達との関係や、子供が何を気にしているのかに意識がいっていないのが見て取れました。特に父親。我が家は嫁がビデオを回しているので私はふだん見れない全体的な子供の動向を見ることが出来ました。冒頭の長男の競技では”私が大切だと思う基準の一つ”を園でも長男に大事にさせてくれているのに安心しました。基準は人それぞれでしょうが、どうにも偏った見方が奨励されてしまっているのには辟易します。 親の判断など最後には弱いもので、”人並みに”と言われてしまえばなんとかその程度までは、と願ってしまうところがあります。私も同じです。この「人並み」という基準の圧力は極端に強い。その一つの結論が「人並みになれない子供が生きていくのは可哀想」であったとしても私は驚きません。 親が子供をコントロールできると考えていたのに、つまり基準をみたすと思っていたのにそれから外れてしまえば・・・。 結局は親たちのエゴが子供をコントロールしたがっているのですよ。レンズ越しではない肉眼で見る子供たちは既に一個の自我を持った生命なんですよ。 昨日も韓国の受験に関する報道がありました。後輩が秋葉原の某集団のようなダンスで先輩の受験を応援すると言う『乱痴気騒ぎ』です。”やらせ”であってくれればよいと心から願いますが、 「大学に行かなければ人間じゃないと子供のころから親にも先生にも言われている」(受験生のコメント)・・・。出産を安全に行えるような環境づくりは勿論大切です。しかし、それ以上に生み育てる側の気持ちが問題になっているのだと思います。
Nov 16, 2008
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女性の背後からケータイで尻撮影は「卑猥」 最高裁初判断(産経新聞より) スーパー内で女性のあとを40メートルつけ、背後から尻をカメラ付き携帯電話で撮影する行為は卑猥か否か-。北海道迷惑防止条例違反に問われた旭川市の男性自衛官(31)の上告審で最高裁第3小法廷は、服の上からの撮影でも条例違反になるとの初判断を示し、被告側の上告を棄却する決定をした。1審無罪判決を破棄し、罰金30万円の逆転有罪判決を言い渡した2審札幌高裁判決が確定する。決定は10日付。 同小法廷は条例の中にある「卑猥な言動」という言葉を「社会通念上、性的道義的観念に反する下品でみだらな言語または動作」と初めて定義。その上で「ズボンの上からの撮影も、下品でみだらな動作であることは明らか。撮影されたことを知った被害者を羞恥させ、不安を覚えさせる」と指摘した。5人の裁判官のうち、田原睦夫裁判官は反対意見を述べた。 田原裁判官は、ズボンをはいた臀部はだれでも見られるとの前提で、臀部を見る行為について、(1)性的興味から見る(2)ラインの美しさを愛でる(3)スポーツ選手の鍛えられた筋肉に見とれる-などと分類。その動機は客観的には認定できないなどとして、見る行為自体に卑猥性はないとした。 撮影についても「一眼レフカメラで近接して撮影するような場合は『卑猥性』が肯定されることもある」としたが、カメラ付き携帯電話の場合は、撮影していることが分かりにくく、撮影行為自体に卑猥性は認められないとした。 何でも基準を決めなければならないのは判例として後に影響力があるから・・・ 分かってはいるんですけど、滑稽ですよね。こんなことにまじめにあーでもないこーでもないと・・。どうぞメイドカフェででもやっていてくださいって感じがします。 見ず知らずの男性に尾行されていきなりバックショットとられたらそれが一眼レフだろうがなんだろうが女性は恐怖を感じるんじゃないですか? 恐怖を感じないにしても気持ち悪いでしょう。ましてこの写真を別角度から顔も取られてネットにでも流されでもすれば充分「肖像権」に触れるんじゃないですか? 痴漢やセクハラでは被害者心理(主に女性側が弱い立場であると言う通念)が重視されるのに、どこを論点にしているんだか。 この場合『尾行して撮影する』行為が問題で、その上で (2)ラインの美しさを愛でる (3)スポーツ選手の鍛えられた筋肉に見とれる-の可能性を上げているこの裁判官は自分も心当たりがあるのでは? しかも被告は自衛官ですよ・・・。 私もほぼ同年齢の男性ですから被告の気持ちは分かりますよ。気持ちはね。 しかし、動かぬ証拠(写真)があって認めないって。彼のパソコンの中身を証拠として確認すればさらに動かぬ証拠がたんまりと・・・ レッドカーペットで『天津向』という芸人が出ることがあります。彼を見て何が『卑猥性』か勉強すればよいと思います。別に天津向を逮捕しろとかは言いませんけど。 蛇足: 裁判員制度のCMがおおっぴらに流されていますが、こんな内容で最高裁まで争うような世界に『特別な理由』とやらが認められなければ強制参加させられる制度って・・・。まずもって1審で無罪が出たことが大問題なのであって、裁判の制度改革には制度的な問題よりも『専門家(この場合裁判官)の資質』の問題の方が大きいのではないかと思ってしまいます。 天津木村のエロ詩吟、吟じます。天津木村 詩吟扇子天津向はなかったのでとりあえず合い方のエロで・・・
Nov 13, 2008
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昨日の「きわめて素人の経済観」の最後で何気なく思い出して使ったエディ・ゲレロのキャッチコピー「Lie Cheat and Steal!(ズルして騙して盗み取れ)」 記憶違いだと嫌なので調べたら、2005年11月13日早朝、遠征先のミネアポリスのホテルで急逝。38歳という若さであった。死因は動脈硬化性疾患。(Wiki) 偶然だったのですけど、もう3年たつんですね・・・。 WWE/WWE ノー・ウェイ・アウト2004WWE ジャッジメントデイ 2004 DVD
Nov 13, 2008
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信用取引の縮小と言うのは1個人の立場で見た時、例えば車のローンを組む時に『何を信用の根拠にするか』という問題が発生します。信用取引ではこの時に『正社員で月々x円の収入があるからこれを根拠に、yヶ月の支払いで返済が可能』 単純取引: 購入者 販売者 信用取引: 1.購入者+将来の債務 将来の債権 販売者という内容が発生し、これにリスクとサービス提供から支払い完了までの時間的ロスに対する金利を上乗せした金額の支払いが成立します。 つまり、信用取引があるから手持ち資金が少ないものでも高額の商品を購入することが出来るのです。これ恩恵部分。 これが信用取引の市場が縮小した時にはこのリスクとロスの引き受け手がいても、金融商品化できなければその引き受け手のリスクを分散する手段が無くなり、この引き受け手の商売に限って言えば未収リスクは非常に大きな問題になります。 私も公共料金に含まれる(正確には違うのですが・・・)ものの回収業務も一部かんでいるのですが、未納金の回収コストが収益を圧迫しているのを感じます。人件費や諸雑費、回収までの期間を考えると・・・。NHKの受信料や給食費等々・・・。世間でサービスの受益しながら不払いになるケースは多々あり、その結果としてサービスを悪化、もしくは価格の上昇を招いたりしています。 リスクの引き受け手がいなくなる原因はこの最初の代金回収が上手くいかない点であることを見逃すことが出来ません。 本来金融商品化した段階で債権の回収については権利が移りそうなものですが、ローンの場合でも支払先はその先の金融商品がどう流れようと関係ありません。同じところに支払います。つまり、代金回収はローンの引き受け手が行い、その収入によって金融商品の引き受け手に配当されるわけです。とすればこの代金回収が滞れば金融商品も紙屑に。しかも今回のサブプライムローンのように回収不能額が大きくなれば当初引き受けてのローン会社は回収不能による責任がどのような契約になっているかにもよりますが、金融商品の購入された時点で「自分のところに入る資金」は回収済みです。しかしその先のどこかで紙屑になっているわけですからその後のリスクの引き受け手を失ってしまいます。結果とすればリスクをロスの引き受け手が縮小されますのでリスクに対応して上がる金利は極大化されます。 簡単に言ってしまえば 諸個人(法人)が支払い義務を果たさないと、リスク回避のために金融商品化は進む。 そうでなければ,もしくはそれが出来なければいつもニコニコ現金払いでなければ取引が出来ない という事です。 今回も金融危機の際に証券の現金化、資金の回収が進んで市場が一気に悪化したのはそのせいです。 支払い能力に見合わないローンの設定は勿論大問題なのですが、身の丈にあわない購買行動は同じレベルで問題です。日本でもカード破産などが一時期新聞紙面を賑わせましたが、『信用力に見合わない購買能力』をカードが与えていたと同時に『信用力に見合わない購買行動』を実施しているわけです。 よく支払い延期を求める方でこういうことを言って凄む方がいます。「俺が○○までには払うって言っているんだから、それまで待てよっ!! 俺の言うことが信用できないって言うのかっ!!!」 残念ながら何度も未納を繰り返す方では信用できかねます。前述の給食費だとか受信料は結局正直に払っているものの負担になっているわけです。それがサービスの低下か価格の上昇で現れるかはサービスの提供側の判断ですが・・・。結局「社会」という共同体で安心できるサービスを享受しようとしたら 誰かが『ズルして騙して盗み取れ!』というのはいけないってことです
Nov 12, 2008
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北京に注目すべき!米国だけに追従するな―ドイツ(Record Chinaより) 独メディアが「アメリカ大統領の指し示す方向だけに着目するのではなく、北京の動向にも注目すべきだ」と主張している。自国と肩を並べる存在に成長した中国を経済的パートナーとすべきだというとの論調だ。 2008年11月11日、華西都市報によると、ドイツのメディアが「アメリカだけに注目し追随するという考え方を捨て、北京の動向観察を習慣とすべきだ」と報道したという。 上海証券報が報じたところによると、国家統計局の馬建堂(マー・ジエンタン)局長は9日、第2回アジア太平洋経済金融フォーラムで「改革開放以来30年間、わが国の経済は年平均9.8%の成長率を見せた」とした。金融危機の影響はあるものの、「今年にはドイツを超えることができる」と語った。 こうした状況を受け、独メディアは「アメリカがくしゃみをすれば、ヨーロッパが風邪をひく」という考え方を持つ投資家などが多いが、すでにその時代は終わったという。今後、経済的パートナーとすべきは中国。直接投資や貿易においてはアメリカやドイツとは肩を並べる存在だ」とした。 そのため、「ドイツは米大統領が指し示す方向だけに従うということをやめなければならない。目を覚まし、世界経済を牽引しうる立場にある中国に注目し、特に北京の動向に目を見張ることに慣れなければならない」と結んだ。 今回のサブプライムローンを端緒とするショックが現れるまで、海外でアメリカ後の経済牽引車としてインド、中国が上げられていました。根拠は現状の人口と経済成長の伸び率+伸びしろせす。実際両国の経済成長はすさまじい勢いで伸びてきています。 非常に残念なのは、今回の事態を受けても問題の中心やその周辺に位置した経済学者やエコノミストから「これまでのアメリカ型の経済モデルは終わりを告げた」と口にしながら、やっていることは「第2のアメリカモデル」、即ちアメリカの後に別の国(記事では中国)を当てはめただけの発言があることです。 資産活用に失敗した(ライブドアショックの余波で先物が・・・・)ものの目から見ると、問題は実体経済から乖離し、代金の未収リスクを避けるために債権を細分化・金融商品化し格付けのリスクが見え難い抱き合わせによってリスクに見合わない信用取引が拡大したということです。この金融商品の取引は各国政府の管理が見えない状態の取引が日々拡大しており、こうしたリスクに見合わない状態になるととたんに破綻を引き起こす性質を持つにいたっています。そして金融商品の取引がグローバル化し、日本の市場でも海外投資家の動向というのは影響力が非常に強いものになっています。 この状態で国家レベルで「中国に注目すべき」とはいっても、取引の第一段階「モノ(サービス)と代金の交換」という実体経済の部分では正解です。が、代金の回収を別途債権化した段階から債権を売り渡した側はリスク分を差し引いた金額を受け取らなければならないはずですが額面価格のほかに相場価格が存在することで”リスク”は不明確になります。 株式においてもそうなのですが、本来の意味合いで言えば株式の”相場”が意味合いをおかしくしています。株式は企業が「広く大きな資金を調達するための手段」です。株の引き受け側は企業倒産などによる株の償還不能に陥るリスクを背負って、その代わり企業の利益からの分配金(配当など)と企業経営に対する発言権を得るというものです。そう認識して取引しているトレーダーってどれくらいいるんでしょう? この性質から行けば株取引は 額面価格と配当の分配金の譲渡権(配当時までの所有機関による按分)で事足りるはずです。リーマンブラザースなどが”ハゲタカ”と言われて忌み嫌われていましたが、本来的な意味合いから言えば正しいのは”株主の権利を最大化する”という主張の彼らの方です。彼らが間違っているのは言葉とは裏腹に「株式自体の価値上昇による購入価格と売却価格の差益」が狙いだからです。株主の権利は配当の方にあるのであって、企業の経営を不安定にさせることは株式の本来の意味からは程遠いものです。 こう書くと万が一関係者の方が見たら激怒されるかもしれませんが・・・・ 金融取引を正常化させるには金融市場の存在が足枷になっている といえます。開かれた市場でも良いでしょうが、株式でも相場を左右するのが配当と言うことになれば(これが企業業績ですから)相場による信用拡大は必要ありません。それこそ信用力の担保は会社のPL、BSの中身で済むわけです。 私は素人ですので好き勝手書きますが、物事を複雑化すれば余計に外部の目は行き届かなくなり、悪い方向に進んだ時に修正が効き難くなります。金融商品はまさにそうした性質のもので、危険になればなるほど細分化して小さな単位の資金 = 個人の財布狙いに走ります。先物とか案内されたことありませんか? 金融商品を本来の性質に戻さない限り『最初のお金の出し手』は変わっても問題は解決しません。 原点回帰 これこそ必要だと思います。
Nov 12, 2008
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無料トラフィックエクスチェンジ「エクスチェンジドリーム」でアクセスアップしよう 放っておいたら画面が表示されなくなっていて 「あ、エラーかな・・・。もしくは非表示で実質除名されたかも・・・」 で、管理ブログ見たらしっかりと「IEのエラーですので・・・・」と表記あり。あっさり解決。 説明書は困ってから読む!この性分がいけないんでしょうね。
Nov 7, 2008
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最近「美容整形」に関する番組がまた増えてきた気がします。 私は美容整形には基本『反対』。ダイエットとかは否定する気は無いんですが、顔等にメスをいれ変えてしまうことは経年でメンテナンスを要する(要するに追加の手術)のは目に見えていますし、先日放送された韓国の美容整形でふくらはぎの神経の一部を切断することで筋肉を衰えさせ脚を細くするというものは将来的には他の筋肉への負担を増やしたり、歩行能力への障害を招くのではないかと感じます。 「美しさ」の基準というのが普遍であれば確かに「美・醜」による差別や損得というのは大きくなりますが・・・。美しさの基準自体が万人共通のものでは無いですし、差別自体が好ましくないものなのに、ワザワザ自分が差別する側に廻ろうという気持ちがよく分かりません。 また、この人の形態を好きなように造り替えてしまう発想は、クローンや優性遺伝子の組み合わせによる超エリートの創出等と通ずるところがあります。自分の作り出そうとしているものが自分とは分不相応(自分より明らかに優れた存在)で、その成功不成功は「劣ったものの基準」で行うのだから馬鹿げた話だと思うのです。整形して美しくなったと(自己評価)するのは自分ですが、本来の自分ではないという事実は無くなりません。このギャップはコンプレックスでしょう。プチ整形から何度も美容整形を繰り返す人はまさに自分の持つ『分』と不相応な自分のコンプレックスを消したがっている行動に見えます。 広告収入が冷え込む中、こうした番組が増えているのは美容整形の病院がスポンサーになっている所為じゃないかと勘繰っていますが、内面からくる外面の変化の方が人を美しくしたり、醜くしたりすることをもっと意識すべきでは無いでしょうか。自分の顔でも不満を溜め込んでいる時の顔と平常時を見比べてみればどちらがマシか(私だと美しいとかのレベルではありませんのでマシかそうでないかです)。それが長年積もった顔のおぞましさ。 美容整形で自分の容姿に自信がつけば、内面も明るく美しくなるなんて言われるかも知れませんが、それこそ造った美しさに頼っているのですから、疲れた顔でもしていて少しでも「美しくない」と感じてしまえば造った自信も崩れてしまいます。それは長年付き合った自分の容姿と比べて我慢の効くものでは無いでしょう。 韓国民に告ぐ!美容整形大国韓国についても触れられています。日本は美人が少ないって・・・
Nov 7, 2008
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横浜市立学校、トイレ清掃復活へ/10年度から全校実施/教職員から賛否両論(カナロコより) 横浜市教育委員会が、特別支援学校を除く全市立学校計五百校で、児童・生徒によるトイレ清掃をおよそ三十年ぶりに復活させることが四日、分かった。対象は小学三年生以上の予定。今月中旬以降、モデル校の小中学校十校前後に順次導入し、二〇〇九年度を試行期間と位置付けた上、一〇年四月から全校で本格実施する。教職員からは「身の回りのことを自らできるようになるのは重要」「感染症など衛生面に問題がある」など賛否両論が出ている。 市教委によると、県内の公立学校では、横浜市の児童・生徒だけが全くトイレ清掃をしていない。トイレという共有スペースの便器や床、ドア、ノブなどを掃除することで、物を大切にする心や規範意識を養おうという狙い。少子化の影響からか、個人中心の考え方をしがちな子どもが増えているため、「公共の精神」を育てる目的もあるという。 学校関係者のひとりは「トイレへの落書きや破損を含む暴力行為の件数が、〇五年度に過去最高に達したことも影響しているのではないか」と指摘する。 過去に児童・生徒がトイレ清掃を実施していたこともあったが、一九七〇年代後半以降は「校務員の業務」と位置付けられてきたという。現在、小学校は昼休み、中学校が放課後にトイレを除く掃除を行っており、トイレ清掃もこの時間帯に行う予定。 トイレ清掃の復活は教職員の反応を二分。反対派は「公共心が育つのか疑問」「ノロウイルスやO―157などに感染しない対策が取れるのか」と指摘。賛成派は「トイレをきれいに使うようになる」「身の回りのことを自らできるようになるのは重要」と主張する。 モデル校となった中学校の男性校長は「トイレ清掃を通して、自ら社会を良くしていこうという心を養いたい。衛生面には細心の注意を払っていく」と話している。 世間ではオバマ政権誕生か小室Pの事件、そうでなければ日本シリーズが話題ですが身近な問題をひとつ。 各所の書き込みを見ていると大体(賛成派)・ 清掃費用も税金から出ている。身の回りのことくらいやるべき。・ 自分が汚すんだから掃除するのは当然(綺麗にする人は汚さないことを心がける)(反対派)・ 海外では「勉強をしにきている」のだから掃除はしない。日本だけ。・ 衛生面 で、賛成派優勢というところ。中には先生だけで掃除している学校があるなど30過ぎの私にはにわかに信じがたい現状も書き込まれていました。 各所で指摘されているように(この書き込みが結構ありました) 横浜が財政が豊かではないため経費節減の一環というのが本当のところでしょうが、これ、国会議員に「議員会館、国会議事堂の清掃はご自分で」ということだったらどうなんでしょうね。おそらく国民側から「議員としての本分の仕事をキッチリやってくれ!」という悲鳴にも似た声が上がるんでしょうね。 だとすれば学生は学生の本分である『学習』が行われれば一応の『可』ということになります。 一方で学生自体(私も声に出していっていましたが)から「学校の勉強なんて社会に出て役に立たない」「何のために勉強するのか分からない」という声があります。 『学習』という部分をテストの点という非常に狭義に捉えていることがこれらの言葉の問題点です。学校生活はそれ自体が「集団生活の学習」(相手の好き嫌いに関わらず多数の人間の中に放り込まれる)です。自分の家庭での常識が実は非常識であることを認識したり、複数の人間がいる中で自分の持つ役割を自覚したりするわけです。その中には当然回りに迷惑をかけない(公共のものを大事にするとか、整理整頓し隣人の領域を侵さない等)という意識の醸成も含まれます。 教職員から反対の声が上がっているのは「自分がやりたくないから、指導できないから」「なにか(感染なども含めて)起きた時に責任を問われるから」ってことではないでしょうか。教師の仕事で給食費の滞納を追っかけたりするのは確かに範囲外です。しかし、勉強を教えることが出来るだけで『聖職』とするのはいささか過ぎるのではないでしょうか。生徒の模範であるからこそ教師という名が与えられているはずです。 自分の中学時代が特殊だったのかもしれませんが、教師が率先して清掃活動を行うようなところでした。 部活動で雨で活動できない時に部員50名弱を引き連れて体育館の一斉清掃(勿論トイレ含む、女子トイレは男子だけの部なので除く)をし、便器まで光り輝くまで(!)やりました・・・。 他の男性教師は男子生徒のぼやきに「お前らも今は親がやってくれるけど、結婚したり一人暮らしになればトイレや風呂の掃除することになるんだから」といっていました。当時結婚して半年経過していた教師です。実感がありました。先生の目があることでサボる奴もいなかったし、自分たちで綺麗にしている学校は家庭に近い生活空間と感じました。 教師の仕事をこれ以上増やすことが難しいというのは本当でも、「教師がやるべき仕事」をキチンと切り分ければ、清掃活動を一緒に行うことは生徒の生活態度等を知る上でも「教師がやるべき仕事」であると考えます。 ただし、根本的に「家庭で自分のやったことの始末は自分でつける」教育を意識することが前提です。子供を持つと身にしみて分かりますが、玩具でもお菓子でも自分のやったことを片付ける(始末する)習慣が無いと・・・。そして教師がこうしたことに後ろ向きになる原因は親や教師の権威を安易に貶める報道や取り巻く環境に問題があります。モンスターペアレント等といわれる様に、何でも自分の不利益部分をあげつらい、それが通るということであればそれこそ「弱肉強食」が真理であると子供心に感じるでしょう。自分の不都合を他人に押し付けているのですからこうした方々が最も「始末しない人種」です。こうした意見を排除して教師が一緒に清掃していて叱るべき時に叱ることが出来る存在であったなら清掃活動を子供たちが行う意味は大きく向上します。 最後にまた他所からのコピペで恐縮なんですが気になった書き込みを・・・。233. 2008年11月06日 06:42なんか、もっともらしい意見がたくさんあるが、ここの投稿をよく見ればわかるように、「掃除をさぼる」人が少なくないのも事実です。では、その人達のさぼった分は誰が掃除をするのでしょう?そして、一人で掃除したという投稿もあるように、さぼる人が半数以下とは限りません。世の中の厳しさ、弱肉強食の意味を教えるという意味では正しい教育かもしれません。しかし、そんな教育では心の捻じ曲がった子供が多くできてしまうように思う。子供のうちは、せめて平等の教育にした方がいいと思う。そして、みなさん素晴らしいシステムと言ってる割には、大人になったらみんな清掃員任せです。予算だって、雇用を増やすためという見方をすれば全く悪い事ではない。短時間で高給をもらっている緑のおばさんの方がよっぽど無駄遣いです。>232>そんな昔のこと忘れたこの意見が大人の意見の真実だと思います。そして、時間がたてば嫌な事もいい思い出に変化してしまうものです。ここでは、掃除をしない国は馬鹿だといってる投稿が多いですが、アメリカにいいように搾取されてそれに気づいてない日本人の方がよっぽど頭が悪い。掃除をさせる教育は、洗脳教育にはいいかもしれませんね。牛乳は体に良い、フロンガスはオゾン層を破壊する、二酸化炭素は地球を温暖化させる等々、全部根拠のないウソです。どれだけ国にだまされれば、人は満足するのでしょう? 個人的には業者清掃になったところで学校生活は平等にはならない = 子供個々の差は存在するのですから、その中でも「協調」して物事を行う訓練は必要だと思います。掃除などは日常的に発生するのですからうってつけだというだけです。 こうした意見が発生するのもわかるくらいサボっている生徒がいようが強く当たれない教師の現状も理解できます。教師が子供に深く接するのが難しくはなっていますから(親が・・・、世間体が・・・)。こうしたことからも教師の権威付けと自覚が必要だと思います。
Nov 6, 2008
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