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◇2月4日(土曜日)晴れ; 旧睦月七日 甲子; 立春、旧七草、水沢黒石寺裸祭節分の夜が明けて立春になったら途端に寒くなった。予報によると今日は東京も冬日だという。何しろ風が強い。家を出るときも、近くの欅の頂きを揺らせて風の渡るごうごうという音が聞こえた。「立春っていったって、あまくは無いぞ。本当は今が冬のピークなんだぞ。」と釘をさされたようなお天気だ。「根岸の里のわび住まい」という俳句の台座のような言葉がある。この言葉の上に、適当な五音をくっつければ、それなりの俳句が出来上がってしまうのだ。「初雪や 根岸の里のわび住まい」、「草芽吹く 根岸の里のわび住まい」、「初節句 根岸の里のわび住まい」、「鳥啼くや 根岸の里のわび住まい」・・・と何でもござれである。根岸といえば、上野公園の北の端、科学博物館や都立美術館を通り過ぎてどん詰まりの国立博物館の裏手辺りの一体である。谷中の墓地や入谷の鬼子母神などがご近所にある町だ。今では面影も無いが昔は、江戸近郊では有数の米作地であった。又、首都の中心からさほどの距離でも無いところに広がる長閑な農村風景が好まれた所為か、文人墨客の仮寓居も多くあったそうだ。さてそこにビジネスのシーズが生じる。農家は出荷できない割れ米や粉米(こごめ)を使って、餅を作り、餡をくるんで菓子とする。文人墨客はこれを街中の係累や友人への手土産にする。それで、根岸の里には餅菓子の老舗が多いのである。今日は、大学時代の友人が何人か夕方に集まる事になっている。折りしも立春だ。ただ集まって呑んだくれるだけでは芸が無いから、風流人としては、春の菓子でも手土産にぶら下げていこうと、根岸の里の竹隆庵岡埜に桜餅を買いに行ったのである。さりとて本店に行くのは億劫だったから、秋葉原にある支店である。それなら会社に出るにもさほどの寄り道にならない。こし餡と味噌餡の桜餅を適当に混ぜて人数分。それからこのお店の名物のこごめ大福を二個追加。これは、本来お休みなのに、我々だけのために不承不承ながらもお店を明けて下さる小料理屋の女主人への懐柔策である。二個というとけち臭いようだが、この大福は、大人のこぶしほどの大きさがあって、中々食べ甲斐があるから、二個以上買うと「太らせるつもりでしょう」と責められて逆効果になる。岡埜のこごめ大福は餡の甘味も癖が無くてあっさりしているから、どんどん食べられるのだ。白状すると僕自身は甘いものが苦手で、昔から餡子を食べると頭痛がしてくる性質である。それが「おいしい」と思えるのだから、中々のものだと思うのだ。それでもこの大きさでは、茶席には下品で向かないだろうな。桜餅は、東京では向島の長命寺が有名だ。ここの桜餅は、一個のお餅を三枚の桜の葉っぱで包む。餅そのものではなく妙なところに贅沢をするものだと思っていたら、好きな人は葉っぱをむしゃむしゃ食べてしまうのだそうだから、それなら納得はできる。岡埜の桜餅は、一枚の葉っぱしか使わないからごく普通の姿をしている。しかし、餡はこし餡の他に味噌餡もある。この味噌餡は、元々は関東独特のものらしく、以前父親が久しぶりに上京した折、湯島天神下の和菓子屋の店先に味噌餡の柏餅を見つけて、無闇と喜んでいた事を覚えている。さてさて今夕は、春の香りの桜餅をぶら下げて、「花餅や 根岸の里のわび住まい」などと洒落てみよう。それに、のっけに甘いものを食わせてしまえば、呑み代も廉く上げられるかもしれない。
2006.02.04
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◇2月3日(金曜日); 旧睦月六日 癸亥; 節分せつぶんと入力して漢字変換したら、先ず最初に「拙文」が出てきた。失敬なパソコンだ。今日は本来四つある節分の生き残り、「春の節分」である。東洋の暦では、明日から春ということになるが、西洋では冬至を冬の始めとし、春分までを冬とする。つまり立春は冬の極まるところだと考えるのだ。体感上はむしろ西洋の考え方の方が実際に有っているのだが、それでも立春と聞くと何やらほっとした気持ちになるのは、我々東洋の民族は季節の移ろいを微分の感覚でとらえるからである。この何日か恵方巻きという幟を、コンビニやスーパーでやたら目にする。一体なんだろうと思ったら、海苔巻きの太いの、つまり太巻きだ。これを節分の日に恵方(今年は南南東だそうだ)を向いて食べると、良いことに恵まれるのだという。大坂や中部地方の習慣だということだが、岐阜出身の僕自身、そんな変な習慣など聞いた事がない。バレンタインのチョコと同じく、どうせどこかの商工組合か何かの陰謀だろう。そういえば春の節分は、方々の神社で華やかに鬼打ち豆をまいて賑やかではあるけれど、この日に食べるのは炒り豆くらいで、春分にまつわる料理というものは特にない。炒り豆だけでは乾物屋さんくらいしか繁盛しないから、そこに目をつけて太巻きを売り込めば、海苔を商う乾物屋さん以外にも、お米屋さん、お酢屋さん(?)、卵屋さん、魚屋さんなど幅広く需要を喚起できる。なるほど、そういう作戦だったのか・・・・というのは考えすぎだろうな。昔関西(大阪?)の色町で、この日芸者が願掛けして太巻きを食べたら願いが叶った、というのがどうも恵方巻きのルーツらしい。そういう極めてニッチな風習が、どうして急に方々に広まったのかは謎だ。僕などは、今年になるまで全く知らなかった。この辺に何者かの商魂が見え隠れする。それにしても、今年は東京では恵方巻きの幟やポスターをイヤというほど目にするのだから、我が日本人の流行りもの好きも大したものである。この恵方巻きは切らずに、巻き簾で巻いた太長いのを、そのまま丸かじりするのだそうだ。それも食べ始めから食べきるまで、ものも言わずにひたすらかじり続けるのが正式の「作法」だという。色町の芸者がルーツであるにしては甚だ下品だ。今夕日本全国津々浦々で大勢の人間が、無言のまま同じ方向を向いて太巻きを丸かじりしている図を想像すると、なにやら不気味である。こんな風習、これからも根付いて続くのだろうか?しかし、考えてみればこうして食べ物と絡ませることで、季節の節目が忘失されるのを防げるのなら、それはそれで結構なことだ。それならいっそ他の三つの節分にも復活願って、それぞれに因んだ食べ物絡みの習慣を作ってしまってはどうか?夏の節分は、こどもの日とカブルからちょっと新工夫は難しいかもしれない。秋の節分は夏の盛りだから、恵方を向いての「素麺の一気食い」だな。そして冬の節分はやはり恵方を向いての「焼芋の丸かじり」、或いは「秋刀魚の一本食い」・・・・なんだかどうも芸がないな。とても流行りそうにない。誰か流行りそうなアイデアを考えないものだろうか?
2006.02.03
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◇2月2日(木曜日); 旧睦月五日 壬戌ブログを随分サボっていたから、日付を遡って旧正月元日から埋めていったのだけれど、段々実際の暦に追いついてきた。何となく嬉しい。昔の人は「もの言わぬは腹膨るるわざ」とおっしゃったけれど、僕の場合も同じらしい。一定のピッチで何かを外に向かって発信していないと、色々澱のようなものが心に溜まっていってしまうのだと思う。話をするのは相手がいることだから、ものを言っても必ずしも澱が流れてすっきり、結果満足とはなりがたい。会話において意気投合、至極満足というのは、関心の分野、知識の水準、思考の傾向・深度、人品の如何などにおいて、相互に一致する必要はないけれど、組み合わせの相性がうまくないと実現しない。そんな相手は求めても中々いるものではないから、いつも多かれ少なかれ「腹膨るる」気持ちは残るのだ。それに較べてブログは、読む相手が予め分かっていないから、自らの好きな事を自らの好きな水準で遠慮なく文章に綴ることができる。ブログそのものの作成画面は、編集機能はないし、文章の全体像が「見え」ない。文章は、文字と単語の羅列だけではない。音にした時のリズムや旋律、それに文章の「模様」というか、見た目も重要だ。そう思うから、僕の場合、予めワードを使って文章を綴り推敲したあと、それをブログの作成画面に貼り付けている。そうして、出来上がったブログを自分のページにアップさせるボタンを押す時は、後架で水を流すが如き快感を覚える。・・・・待てよ、後架は禅寺のお便所のことだ。永平寺の後架は水洗だったかしら?ま、何れにしろ自らの排泄物を水の奔流で始末する、あの爽快感である。そんな風だから、僕のブログには読者が増えない。多くの方々のブログのカウンターは五桁や六桁の数字が普通に並んでいて、面白いほど数字が増えていく。僕のブログのカウンターはやっと四桁のまま、遅々として蝸牛の歩みを続けている。排泄物が大人気を博すことなど期待する方が可笑しいから、これはまぁやむを得ない。一介の市井の凡夫でももの書かぬと腹膨るるのだから、皇室の方々のご不自由はまことに察するに余りある。やんごとなきお腹の辺りには、大量の澱が宿便の如くにわだかまっていることであらせられると拝察する。そこへ来て、皇室典範改正を今国会に上程するか否かの議論が又出てきている。もうあんなアホらしい議論はとっくの昔に終わっているのかと思っていたら、未だシコシコ続いていたらしい。以前にもこの場に書いたが、僕は女系天皇には反対である。極めて真っ当な根拠を以って反対なのだが、既に書いたから、くだくだしく繰り返さない。唯二つだけ指摘すると、先ず天皇の継承を論じるに際して、有識者会議なるものに皇族がお一人もメンバーに招かれていらっしゃらないのは、どう考えてもおかしい。次に、皇位の継承を、民草の代表である国会で決するのは筋が通らない。本来皇族ご一統の長たる皇位を云々できるのは、先ずはお身内の方々であるべきだろう。その結果を国民統合の象徴としてどうするかは、これは国会の仕事である。若し我が親族一統の長を決めるのに、議論の間はつんぼ桟敷置かれ、「町内会で決まりましたから、次はお嬢さんになってもらいます」などといわれたらどうする。僕なら怒り狂って「余計なお世話だ!」と切り捨てる。これはごくまともな正論である。そう思っていたら、先日週刊朝日に「雅子妃殿下の離婚の可能性」という記事が出ていた。なるほど、そういう手があったか!妃殿下は外務省キャリアご出身の才媛である。巷のハナちゃんやチエちゃんより、頭の働きは鋭く、世間にも明るくていらっしゃる。海外経験も豊富にお持ちである。それが皇室にお入りになって以来、「皇位継承者を産むための畠」扱いだ。つまりは繁殖牝馬だ。甚だ直裁で失礼な申し上げようだが、宮内庁長官を始め周辺の本音は、外向きの表現をどんなに糊塗しようと、つまりはこれに尽きる。これは、民間ご出身の、頭の涼やかな彼女には如何にも耐え難いことだろうと拝察申し上げる。既に長きに及んでしまっているご病気も中々ご本復は難しかろう。それに国会で継嗣問題が声高に議論されるようなことにでもなったら、人間として居た堪れないお気持ちにおなりであろうことは、容易に想像できる。だったら離婚なさればよろしい。皇室典範の細目に離婚の規定がどのようにあるか、そもそんなものが有るかどうかも知らないが、週刊朝日の記事を見る限り、不可能な事ではないらしい。日本の皇室がお手本にしている英国の皇室には前例が既に山ほどあるじゃないか。それにわが国には、かつて「三年嫁して嗣子無きは去る」という民間ルールもあった。妃殿下が市井の「雅子さん」にお戻りになって、ニューヨークかロンドン辺りで、愛嬢とお暮らしにでもなれば、いっそ新しい境地を開かれて、ご自身にもまた国民にも良い結果が出るのではなかろうか。その上でブログでもなさって、回想や思うところをどんどんアップなされば、大人気を博すこと間違いない。感情のことは置いて、離婚そのものは皇太子殿下にも不名誉にはならない。皇位継承問題はその上で、先ずご一統の方々でご相談なされば宜しかろう。そして、国民、国会の議論とすればよい。個人の不幸と、国体の不都合をない混ぜてあれこれすることはあるまい。どうだろうか?
2006.02.02
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◇ 2月1日(水曜日); 旧睦月四日 辛酉; 越前永平寺涅槃会摂心摂心とは禅の言葉で、「心を集中させる」という意味である。転じて坐禅。雪深い越前の永平寺では、今日から七日までの一週間、坐禅三昧になるのだそうだ。こちら俗人は、亡き父の御霊を永代供養にお預けした名刹の摂心であっても、せいぜい越前蕎麦を思い出して唾を飲み込む程度の信心者だから、若き修行僧の真摯さを思えば畏れ多いことではある。最近符牒を合せたように、規則を軽んじて営利に走った企業の失態が幾つも注目を集めている。何はともあれ一番目は、自らの企業価値を高く見せ過ぎてしまって、資本の逆流現象を起こさせた方である。この御仁は今や小部屋に留め置かれて、それまでの贅とは打って変わった質素なお食事に、それでも健啖ぶりを発揮されていらっしゃる様子。今やかつてとは違う形でのマスコミの食い扶持をせっせと提供なさっている。しかし質素な食事と規則正しい生活は、かの御仁の体形の改善には効果があるのではなかろうか。そうなれば、彼の健康のためにご同慶の至りではある。二番目は、お上からお墨付きを戴いたら、もうそれで用は済んだとばかりに、どんどん改造を進めてお金を産む部屋を増設してしまったビジネスホテルの社長さん。この方のインタビューは僕には面白かった。悪びれる風も無く、「済みません。条例違反をしました!・・・まぁ、時速60キロ制限の道路を67~68キロくらい出しても良いかなって、走っちゃいました!・・・」白状すると、僕はこのおじさんの発言はなんだか江戸っ子の開き直りみたいで好きだ。そうしたら、どうもこの発言が大顰蹙を買ってしまった。ある身障者の方が、「この社長は自分が車椅子生活になった時に、自分のホテルに泊まれないとなったら、どう思うのでしょうか?聞いていて憤りを通り越して悲しくなりました。」とおっしゃった。時々足に発作を起こして、俄か身障者になってしまう僕としては、お気持ちはよく分かる。実際公共の施設のおためごかしの対策は、ちっとも親切などというものではない。しかし、この社長は、自分が車椅子に厄介になるようになったら、さっさと自分のための施設を作ってしまうのだろうな。「わが身に降りかからなければ、人の痛みは分からない。」何の事は無い、ごくフツーの御仁なのだと思う。そしたら天下の大新聞のコラムにも、「この身障者の方の言葉は重く、それに較べてこの社長の言葉はいかにも軽い。」という主旨の文章が書かれていた。あたかもこの社長のおじさんが、軽佻浮薄、倫理にもとり弱者をないがしろにする悪玉の如きである。そうかなぁ。ただこのおじさんは正直過ぎただけだと思うのだけど。制限速度の話はまさに良い例で、あのおじさんの発言に、或は善人ぶって声高に糾弾する、或は柳眉をお逆立てになる、我国のドライバー男女諸君の一体何パーセントが制限速度通りに走っている事だろうか。又一方で軽微な条例違反だからと、心に言い訳しながら隙あらば犯し、卑近にはシルバーシートを占拠して寝たふりを決め込んでいるような連中(つまりは僕を含む殆ど全ての我が同胞たち)が、事他人の落ち度が明らかになると途端に賢しらだって雷同糾弾する。これは、多数を頼んだ卑怯というものだろう。それにあのおじさんは、「二ヶ月以内にちゃんと条例に沿った形に直します。」ともお約束なさった。「反省すべきは反省し、正すべきは正します。」つまりは、普通の日本語に翻訳すると「何もしない」という意思表明でお茶を濁してしまう某政治家たちより、よほど潔いではないか?三番目は、廉い住処を提供しますと言って、ヤワな建物を作ってしまった会社の社長さん。このおじさんは、最初に議員諸侯の列するお白州に引き出された時には、強面で怒鳴ったりなさっていたのが、改めてのお白州では、一転ヘアスタイルまで変えてしまい、やたら気弱な健忘症に大変身なさった。僕なぞ最初の内は同一人物だと気が付かなかった位だ。この方は、当初の大言壮語の反動で会社は破産申告を求められ、自己資産は¥7千6百万何がしと、インタビューにも哀れを留める。しかし、一方で、構造欠陥を通してしまった行政相手に訴訟を起こしてもいらっしゃる。そしたら所管大臣である弱小与党政党出身の御仁の曰く、「住民の皆さんの心情を思えば、訴訟なんてやってどうするのだ。訴訟の印紙税だって高いのに。そんな金があるのなら補償に回すべきだろう。」そうかなぁ。行政府の長たる大臣がそんな事を云っていいのかなぁ?大臣としてその発言は無いだろう。これは言い換えれば、「ズルをしたのだから、罪深き身としては何も発言権は無い。ただひたすら腰を低くして罪を償っていれば良いのだ。」ということだ。しかし、凡そ特殊な場合を除いて、世の中は白黒、善悪を単純に決する事ができるのは稀である。ズルをしたのは悪いが、ズルを見逃してしまった方にも責任はある。「あの時ちゃんと法に照らして止めてくれれば、あんな事はしなかったのに。」というのは、盗人の遠吠えだとしても、訴訟によって本質に立ち返って黒白を争う事で、法制度の欠陥もあるとすれば明らかになる可能性が生じる。それに何より、訴訟を起こすのは万人の基本的な権利である。そう考えるとこの大臣の発言は、極めて品格に欠ける。いっそ大衆にひたすらおもねる危険思想とすら云える。そうではないか?とまぁ、最近どうも色々引っかかる事が多い。特に社会の運営に際して大所高所から見識と責任を持っているはずの大臣、そして「世論」というものに責任と権威を持つべきマスコミの発言には、耳を疑ったり、愕然としたりする内容が急増しているように思うのだが。それとも、僕自身が本格的に「小言こうべぇ」になりつつあるに過ぎないということなのだろうか?
2006.02.01
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