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◇ 10月29日(日曜日):旧長月八日(辛卯); 福岡香椎宮秋季例祭。1969年の10月29日、ソニーと松下電器が家庭用ビデオテープレコーダーの家庭用規格を発表したというので、今日は「ホームビデオ記念日」なのだそうだ。今からもう37年も前のことである。ソニーはベータ方式、松下はVHS方式で、互いに熾烈なシェア獲得競争を繰り広げたが、使用できるソフトの数において松下が勝った所為で市場を制し、画質が良いとの評価が高かったソニーは敗退した。「良いものは売れない。市場での勝敗を左右するのは戦略とマーケティングだ。」というのは、歴史の新しい市場分野では黄金律である。MacとWindows、ロータリーエンジンとレシプロカルエンジン、任天堂とPS2、ブルートゥースと無線LAN、ブルーレイとHD DVD、などなど、枚挙に暇は無い。一時のネットバブルの時の狂騒や、最近のホリエモンビジネスなども、前段の「良いもの」を忘れて、後段のみに走ったと云う点で、この同類である。要するにビジネスモデルという奴だ。当社は、海外製のソフトウェアを販売することを創業の基点としている。自慢じゃないがどれも優れものである。しかし、これらを単に販売するだけでは、(仕入価格と販売価格の差 × 販売数)という単純な算数でしかない。これだけでは、資金力も販売力もある大手各社に、弱小のベンチャーが勝てるわけは無い。だから、上記の数式に追加して + (派生ビジネス × 継続期間) + ・・・・・という公式を発明し、その実行案を練る必要がある。これなども、「問題を発展させて、解法の方針を示す」ということなのだな。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『うる覚え』 - 色々な事を売るほど沢山覚えたのだけれど、売れてしまったので殆ど記憶に残っていない。【対応する日本語】 - うろ覚え。
2006.10.29
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◇ 10月28日(土曜日):旧長月七日(庚寅); 速記記念日。問題を与えれば期限までに解答を持ってくる。これは当然のことだと思っていた。中にはかなりエレガントな解法を持ってくるのもいて、そういう創意に満ちた解法にはこちらも触発されるものがあって、心を洗われるようなすがすがしい気分になれる。もっと凄いのは、与えられた問題を解くのみならず、それを新しい問題に発展させて、解法の方針を添えて持ってくるものがいる。これにはこちらも興奮して、「よし!挑戦してみようじゃないか!」という気分になれる。学問の話ではない。仕事の話だ。問題を与えても一人では解けないのもいる。ヒントを与え、過程々々でアドバイスを与えてやっと解答を持ってくる。しかし、こういう人間でも、同様の問題が出た時に自分で解けるようになれば、未だ救いがある。何れは信頼できる同僚になる可能性もあろうかと期待もできる。ところが、ヒントを与え、アドバイスをしても、自分で正しいと思い込んでいる解法に固執し、期限が過ぎてもちっとも答えを出してこない者もいる。こういうのは往々にしてプライドが高いから厄介である。「現実に答えが出ていないじゃないか。」といっても、豪も動じるものではない。挙句の果てに問題が悪いなどと云いだす。最初は傲慢に始まり、最後は言い訳と自己正当化に終わる。こういう輩は、要するに人からものを教わるとか、人の意見をどんどん取り入れて自分で工夫をしてみるという発想が薄い。要するに自らを客観化する能力が欠けているのである。このテには人間的にも面白くないものが多い。ユーモアのセンスや「人間力」は、「自らを客観化できる能力」に依るからである。問題を与えても、与えられたことが分からないというのもいるが、最早こういうのは論外である。再び学校の話ではない。仕事の話なのである。NEETが社会問題になっているが、彼らは良く「自分」という言葉を使うのだそうだ。「自分に合っていない。」、「自分らしく・・・。」、「自分探しに・・・。」本来「自分」などと云うものは、他者の鏡として存在するものである。他者と没交渉の状況に自分などと云うものが構成されるはずはない。これも自己客観化能力の欠如だとも云える。総体的にこういう連中は生命力が弱いのだ。又こういう連中を生み出す社会も「生命力」が弱っているといえる。こういう連中を啓発し、教育し、社会に編入するために給料を支払い、国税を費やすのは、組織と云うものをどちら側から見るかという選択に依る。情も大いに絡む。辛いところである。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『浮き実を訳す』 - 汁物などに浮いている浮き実の正体を見極めてあれこれ説明すること。つまり、無益なことに夢中になること。【対応する日本語】 - 憂き身をやつす。
2006.10.28
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◇ 10月27日(金曜日):旧長月六日(己丑); 読書週間始まる。 この頃コスモスの美しい写真を何度か眼にした。コスモスは日本では「秋桜」などと書かれ、すっかり日本の秋の光景として親しまれている。嫁ぐ前日の母娘の情景を唄った歌の詞にもなっている。しかし、じゃぁ日本固有の花なのかと云うと、この花は元々メキシコ原産なのだそうだ。18世紀にスペイン軍が母国に帰還するときに持ち帰り、マドリッドの植物園でコスモスと名付けられた。同形の八枚の花弁がお行儀よく並んだ花の様子が実にすっきりと端正である。それで、「秩序」とか「整然と美しい」という意味の「コスモス」が名前になったのだそうだ。コスモス(Cosmos)は又「宇宙」と云う意味でもある。わが国には、明治の中頃にヨーロッパから持ち込まれたのだそうだ。「秋桜」が咲き乱れ風に揺れる有様は、琴の音が似合いそうなのだ。しかし、本来彼らは風の渡るメキシコの高原で、マリアッチを聴いていたのである。花が太陽を追う「向日性」という性質は向日葵が有名だが、コスモスは向日性どころか、秋の嵐に吹き倒されても、茎から根を出し、花を咲かせるという「抗重力性」の性質を持っている。流石メキシカン根性である。中国では「秋英」と書くそうだが、最近は「可思莫思花」とも書くのだそうだ。後者は「可口可楽」(コカコーラ)と同じく、発音に当て字をしたものである。コスモスの 晴れといはばや 嵐あと - 水原秋桜子♪♪今回の厚木語辞書♪♪『色の白いは質なんか来ず』 - 色白は古来我国では美人の尺度とされた。従って色白の女性は、人気があり、金銭的に困窮しても色々な男にも助けられて、質屋なんかには来る必要が無い。【対応する日本語】 - 色の白いは七難隠す。
2006.10.27
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◇ 10月23日(月曜日):旧長月二日(乙酉); 霜降、電信電話記念日。近くの地下鉄の駅と我が社の事務所を結ぶ道路沿いに、暫く前にレトロ調の「洋食屋」ができた。「昭和30年代の洋食を」と謳い、店内にはその頃の東京の町並みの写真が飾られ、電気器具なども棚の上に並べてある。要するに、中高年の郷愁をくすぐろうという狙いだが、味は・・・まぁフツーだな。でもお店はお昼時に行列が出来るほど賑わっている様子なのは、他所ごとながらご同慶の至りではある。今日、出先から戻るときこのお店の前を通ったら、お昼時を過ぎ、空席がちらほらする店内の窓際に近いところで、二十歳代後半と見える女性が一人で食事をなさっていた。それが、ミニスカートから長々と伸びた足を組んでご飯を召し上がっていらっしゃる。驚いた。足を組んで食事をする作法というのは、一体どこの世界にあるんだろう?少なくとも、いっぱしの文明国には絶対に無いはずだ。手掴みで摂るハンバーガーや居酒屋の焼鳥などの「餌」や「肴」とは違う。箸だかフォークだかは見なかったが、要するにちゃんとした「食器」を使っての食事である。「おいおい、足なんか組んでメシ食うかよ!」思わず口に出そうになった。もっと驚いた。このご令嬢は頬杖をついていらっしゃるのだ。正確には、テーブルの上に左の肘をついて、掌は左耳の辺りにある。最初は、ケータイで電話しながら食事をしているのか、まさか!と思ったが、流石にそうではなかった。要するに足を組んで頬杖(耳杖)をついて、右手だけで食べ物をつついていらっしゃるのだ。ご本人は、けだるげに都会の午後のアンニュイを表現されているのかもしれないが、これ、マナーにうるさい欧米ならずとも、日本だってまともな人間がやる事じゃないだろうに。Prostituteと間違えられるぞ!いや、Prostituteだって、もうちょっとお行儀がいいんじゃないか。どうもひどく殺伐とした光景であった。あぁいうのは、どんどんPKOにでも出してしまった方がいいと思う。ところで、今日は二十四気の「霜降」である。太陽の黄経は210°。霜降は旧暦九月の「中気」である。霜降の期間の七十二候(ほぼ五日ごとに区切った期間)を「要約」すると、今日から(1) 霜が初めて降り、(2) 小雨が時々降り、(3) 紅葉や蔦が色づく頃である。これからどんどん秋が深まっていく。上高地の辺りでは、山のてっぺん辺りは雪の白、中腹までは紅葉・黄葉、麓は緑と、色づいているようだ。次の二十四気は最早「立冬」である。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『あつもの、にこごり、なますにふぐ(羹、煮凝り、膾に河豚)』 - 別に工夫する事も無く、何となく出来上がってしまった、無節操な会席料理のこと。「熟年のご夫婦にお徳用の秋のグルメコース!」などと謳ってキャンペーンを張る温泉旅館の食事などでよく出てくる。【対応する日本語】 - 羹に懲りて膾を吹く。
2006.10.23
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◇ 10月22日(日曜日):旧長月一日(甲申);朔、京都平安神宮時代祭、京都鞍馬の火祭り。土曜日はここのところずっと会社に出て仕事をしている。真面目に頭を使って、明日や明後日より少し先の事を考えるためには、静かな土曜日は必須である。昨日は、しかし秋の好天に誘われて、早々に(といっても午後三時過ぎだが)オフィスワークを切り上げ、近隣を散歩することに決めた。東京は狭い街である。東京を広いと思うのは、出稼ぎの田舎者の錯覚である。東京、というより本来の江戸は、実は狭い。要するに東京で生まれ東京で育った根っからの東京人は、歩く道筋や(昔の)都電の路線など、地上の目標物を中心に面として位置関係を把握しているのに対して、我々のような新参の外様大名は、地下鉄の路線図や山手線の駅の位置関係など、点と線というレベルでしか東京の街を分かっていない。タクシーに乗っても、携帯電話で連絡しながらとか、仕事の資料を読みながらだから、地上の光景なんか殆ど見てはいない。だから我々の「土地勘」なんてものは、どうしてもいびつなものになってしまうのだ。例えば、「神田神保町から大手町まで20分程度で歩ける!」などと云うことを「発見」して感動してしまったりするのである。昨日は有楽町に用事があって、事務所のある神田錦町から学士会館の脇を抜けて平河門に至り、内堀通り沿いに皇居外苑を進み、有楽町方面に行こうと云う作戦であった。これだって、歩行距離にしてみれば3キロも無いのだ。歩き出してみたら、皇居の平河門までは事ほど左様に予想より遥かに近く、すぐに着いてしまった。このまま行けば有楽町界隈の喫茶店に入り、美味くも無いのに馬鹿馬鹿しいくらいの値段を取られるコーヒーでも啜りながら時間を潰さざるを得なくなる。そしたら大手門の辺りに人の出入りが盛んなのに目が付いた。立て札を見たら、「皇居東御苑。午後四時まで。入場無料。」と書いてある。江戸城は西郷隆盛と勝海舟の会談によって無血開城が決し、1868年(明治元年)天皇が行宮(あんぐう)として入城して以来、(正式遷都は翌1869年)皇居と呼ばれている。その所為かどうかは知らず、旧江戸城は全て天皇のお住まいであって、民草には開かれていないものだと思い込んでいた。勿論旧北の丸の一帯が公園として開放されていることは承知していた。しかし、それでも江戸城=皇居というイメージは維持されたままであった。これは僕だけの特殊事情なのだろうか?実際には今の皇居は昔の江戸城のごく一角を占めているに過ぎない。内堀に対して坂下門、桜田門、半蔵門で括られた、旧西の丸の一帯を宮内庁の施設や今上天皇の御所やお住まいが占有しているのである。内堀で囲まれた他の領域では、旧北の丸が公園になっているのは周知の事実だが、北桔梗門、平河門、大手門、桔梗門で囲まれた一帯も、東御苑と称して公開されているのである。(但し、桔梗門の近辺は、皇宮警察などの施設があるため、入ることは出来ない。)東御苑には、旧二の丸、三の丸が含まれる。のみならず本丸も含まれているのだ。つまりは、旧江戸城の将軍の常住の場所や大奥を含む領域は、今上のやんごとなき辺りの禁域ではなく、旧天守台に至るまで我々民草が直に目にし、足で踏みしめ、手で触れることが出来るのだ。これは皆知っているのだろうか?少なくとも、東京界隈に徘徊して既に30余年の僕は知らなかった。今回は、何も知らずに時間つぶしの積りで入り込んだので、事前知識は何も無かった。何より、こんなに簡単に「旧江戸城の中」に入り込めるなどとは知らなかった。それで大手門をくぐって百人番所を過ぎ、二の丸、三の丸と歩いて、段々興味が募って来た辺りで、時間が足りなくなり、そのまま又大手門から出てきてしまった。中は流石に良く整備されているし、ゆっくり歩いてみると中々面白そうだ。何より天守台跡に行く事が出来なかったのは残念だった。東京にはそこかしこに江戸が残っている。その代表格がこんなに近くにあるのを知らなかったのは迂闊である。今度はじっくり歩き回ってみようと思っている。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『秋の日は鶴瓶落とし』 - 秋の日は寂しくて、あの賑やかな笑福亭鶴瓶ですら落ち込ませてしまうほどだ。【対応する日本語】 - 秋の日は釣瓶落とし。
2006.10.22
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◇ 10月20日(金曜日):旧葉月二十九日(壬午);秋の土用、美智子皇后誕生日、えびす講。この国は幾つもの部族が狭いところに重なるようにして暮らしている。幾つ異なる部族が暮らしているのか?はっきりは解らないが、おそらく十は下らないだろう。それが横に棲み分けるのではなく、縦に積み重なって棲んでいるのだ。特にこの国の都会はそうなってしまった。下のほうに棲んでいる部族は、物理的に上の重みを支えているわけではないけれど、雰囲気としてはやはり圧伏されてしまったような様子で、覇気もなく話し声もこもるようで小声である。動きも鈍い。それに対して上のほうに住んでいる部族は、やたらにあちこち移動しているけれど、下のほうには決して向こうとしない。大きな声で早口で喋っているが、その言葉はこの国で今まで使われてきている言葉とは随分違って聞こえる。自分達だけに通じる方言を作り出して、それでコミュニケーションは取れているらしい。一番上の層に棲んでいる部族は、顔つきまで違う。話している言葉はちゃんと今までこの国で使ってきたものだが、仲間内でしか話をしようとしないのは、他の部族と変わりない。それにしても、こんなに大勢の人間が重なり合っているというのに、全体は極めて静かである。暫く前までは、部族同士の上下動はある程度活発であった。上層は中層に、中層は上層にと結構激しく動き、下層もその上の層に交じり合おうとする様子が見えた。その頃はそれぞれの層が「部族」として固定し、言葉まで違ってしまうようなことは無かった。・・・ように思う。水の流れと一緒なのだ。ニュージーランドの近くには、冬になると鯨が集まってくる場所があるのだそうだ。その頃になるとこの沿岸には強い風が一定方向に吹き付ける。この風が海面を吹き払うと、それに触発されて海の深みから深層の海水が沸き上がってくる。長い間かかって栄養が蓄積された豊かな水だ。それが表面の海水と交じり合うと、爆発するように一挙にプランクトンが発生し、それを食料にする鰯などの小魚が大量に増える。鯨はそれを知っていて、集まってくるのだそうだ。鯨だけではない、海鳥も大挙して集まってきて、一斉に繁殖に入るのだ。ところが、時にこの風が途絶えてしまうことがある。そうすると海水の掻き混ぜは起こらなくなり、海の命は枯渇してしまうのだという。そうなると、再び荒涼とした海が戻り、鯨も離れて行き、子育て中の海鳥も次々に挫折していくのだ。この国には暫く前から、強い風が吹くことが無くなって、深層と上層の水が混じりあわなくなってしまった。そうなると水の層は滞ってしまう。少しばかりの風が吹いても、上層の極薄い水の層をかき回すだけで、本来栄養を蓄積しているはずの下のほうの水は動かない。動かない水は腐るのだ。・・・・・・・・なんだか変な夢だったなぁ。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『あわび今日買い』 - 給料日になるとちょっと贅沢したくなって、海辺の町ではこぞって市場に鮑を飼いに行く。海辺の町でも、高級食材の鮑はめったに庶民の口には入らないものだから、少しでも良いものを廉く買おうと大騒ぎになる。転じて大騒ぎをして、混乱状態になること。【対応する日本語】 - 阿鼻叫喚。
2006.10.20
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◇ 10月19日(木曜日):旧葉月二十八日(辛巳);東京日本橋べったら市、京都建勲神社舟岡祭。このブログの以前には、「二十四気便り」と題し、折々の雑感を文章にして、インターネット上のお知り合いや友人にお送りしていた。二十四気とは、普通には「二十四節気」といわれることが多いが、要するに、啓蟄とか寒露、夏至などといった季節の節目の事である。その所為で結構季節や暦に係る古くからの話題に触れることが出来た。会社を始めて、大いに急がしくなってしまった所為で、プッシュ型の「二十四気便り」の継続が困難になり、このブログを始めたわけだ。しかし、やはり暦や季節感を示す出来事には相変らず関心があり、いつも冒頭には旧暦や、我国のあちこちの伝統行事を並べている。明日の20日はえびす講である。10月は別名神無月といい、日本中の神様が年一回のキックオフ・ミーティングの為に出雲に出張される月である。そうすると巷には神様が居なくなってしまうので無用心だ。しかしそこは神様の事、抜かりの無いようにちゃんと留守番役の神様を置いていかれる。七福神の一人で、商売繁盛の神様であるえびす様も、留守番役のお一人である。それで民草は、神無月の20日には留守神としての恵比寿様をねぎらい、民の竈(かまど)の一年間の無事を感謝申し上げる行事を執り行うのである。これがえびす講である。出雲で行われている神々の集まりが公式全体会議であるとすれば、えびす講はカジュアルな秋祭りを兼ねた民間行事というわけだ。さて、今日の暦の「日本橋べったら市」は、このえびす講の前日に行われるのである。この市の元締めは、東京は日本橋の宝田神社である。この神社は徳川家康以来の由緒ある神社で、この界隈の鎮守様として四百数十年の歴史を持っている。祭神は家康入府の際に賜ったというえびす様なのだ。べったら漬は大根の浅漬けで、皮を剥いた大根を、砂糖と塩を混ぜた甘酒の麹に漬け込む。この皮を剥くというのが東京のべったら漬の必須工程である。甘辛の麹に漬け込まれた大根は、数日もすれば食べごろになる。真っ白な大根の肌と、甘いコリコリした食感は、庶民のお祭の雰囲気にはぴったり合ったのであろう。今日と明日の2日間は、日本橋の宝田神社(日本橋本町)を中心に、近隣の小伝馬町、大伝馬町、人形町界隈の通りにべったら市が開かれて賑わう。散々人手にいじられて、都市化してしまったように思える東京でも、昔の地名や行事はこうして未だ残されているのである。明日あたりは、お近くの方々は、日本橋までえびす様に参詣に出かけ、お土産にべったら漬をお買いになっては如何だろうか?こういう古来の行事だって、訪れる人がいればこそ続いていくのであるから。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『引く手余った』 - 「引く手」が「受け手」より多くなって、受け手が足りなくなり、余ってしまう事。転じて、あるもの(人)に大いに人気があること。【対応する日本語】 - 引く手数多。
2006.10.19
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◇ 10月18日(水曜日):旧葉月二十七日(庚辰);統計の日、東京靖国神社秋祭、東京浅草観音菊供養。今週の土曜日(21日)は、オリオン座流星群の極大である。流星群が極大というのは、つまりこの日に一番沢山流れ星が飛ぶということだ。流星群には、「しし座」とか「みずがめ座」、「ペルセウス」、「こと座」などと、星座の名前が付けられている。流星群の元は彗星である。彗星は長大な軌道を描きながら太陽を周回しているが、太陽に近付くと強烈な光や、「太陽風」に曝される。太陽からは毎秒100万トンにも及ぶ非常に温度の高い(約100万度もあるのだ!)電離粒子(プラズマ)が宇宙空間に流れ出している。(但しこれは我々が体感する「気温」の意味ではないので、我々自身は驚いても心配する必要は無い。)それを風のようになぞらえて、「太陽風」と云うのである。しかしこの太陽風、地球付近で毎秒450kmもの猛烈な速度を持っており、とても「そよ風」なんて生易しいものではない。宇宙空間をへ巡る彗星にとっては、高温で猛烈な「大暴風」である。数十年おきに太陽に接近する彗星は、熱せられ、暴風に吹かれて、次第にぐずぐずに崩れていく。要するにクッキーが崩れるように、細かい塵状の屑が、彗星の軌道上にばら撒かれていくのである。その軌道を地球が横切る時、このクッキーの屑は地球の引力に引かれて大気圏に突入し、大気との摩擦熱で一瞬のうちにプラズマ化して発光するのである。これがつまり我々が目にし、消えないうちに願い事をしようとする流星の正体なのだ。彗星の軌道は太陽系の中でほぼ同じ位置にあるから、毎年地球が其処に来るのは同じ時期である。従って、その時にその軌道方向に見える星座も一定している。だから、流星群は星座と関連付けて呼ばれることになるのである。実際に流星を観る側からすると、流星は星座を中心にして其処から放射状に飛ぶように見える。流星がそこから飛んでくるように見える中心を「輻射点」と呼ぶ。オリオン座流星群は従って、オリオン座を中心にして、広がるように流星が飛ぶのである。流星群の活動が活発な時に巡りあうと、輻射点を中心に数多くの流れ星がひっきりなしに飛ぶ。それがあたかも光の雨のように見えることから、そういう現象を流星雨というのである。僕自身は未だ流星雨を観る幸運には恵まれていないが、観た人によると地球全体が輻射点の方向にぐぅーっと動いていくような、壮大な眺めなのだそうだ。オリオン座流星群は、かのハレー彗星の「クッキー屑」だ。今年の極大の21日は新月の一日前だ。だから夜空には月は無い。晴れてさえいれば、流星観測には理想的なのだ。但しオリオン座が東の空に昇ってくるのは夜の11時頃である。だから、この日はちょっと夜更かしをして夜空を眺めてみるのをお勧めする。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『魚拓を並べる』 - 魚釣りを趣味にする人間の中で、夕食のおかずにと魚を釣る人は少ない。つまり釣った魚を身体を養う糧にするより、話のタネにしたがるのである。無論、自慢話であるから釣った魚は大きいに越した事は無い。「目の下一尺の鯉がねぇ!」と言いながら広げる腕の幅は一尺どころかその三倍ほどはある。それを実証するために釣った魚の魚拓を作る。これを麗々しく鴨居に飾って、あぁだこうだと自慢話をするのが、釣り人の無常の楽しみなのだ。この事から、あれやこれやと能書きを並べて、人に吹聴する事を「魚拓を並べる」という。ところで、現在ではコンピュータに魚拓を取り込めば、自在に拡大して大型魚の魚拓を作る事など、ごく簡単になってしまった。だから、最近は魚拓を並べても疑いの眼差しを向けられるだけ、ということも多くなったのである。【対応する日本語】 - 御託を並べる。
2006.10.18
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◇ 10月16日(月曜日):旧葉月二十五日(戊寅);愛媛新居浜太鼓祭。北朝鮮がへなちょこ核実験をやらかして以来、この数日間は気持ちの良い秋晴れの日が続いている。別に核実験とは何も関係が無いが、そろそろ北のほうや高地では紅葉・黄葉の季節になった。黒部ダムの辺りは、ロープウェイの高みから紅葉を一望できる名所だが、今は正に綾錦の絶景が楽しめるようだ。・・・あぁ、仕事を放り出してでも行って見たい!紅葉や黄葉は、春から夏にかけて光合成を行い、本体の樹木が生きるためにせっせと糖を作ってきた木々の葉が、その役割を終えて、自ずと枯れ地に落ちて土を肥やす過程だというのが普通の理解である。だから段々冷涼さを増していく空気の中で、華やかではあるものの一抹の寂寥感を催させるのである。ところが先日(といってもかなり前のことだが)テレビで「日本一のブナ」という番組を見たら、ちょっと印象が変わった。実は紅葉も黄葉も、樹木にとっては大変な作業であり、特に北国では紅葉・黄葉から落葉に至る首尾如何は、その木にとって死活問題であるのだそうだ。まず、紅葉・黄葉の仕組みをおさらいしてみよう。秋になって気温が下がってくると、春から夏の間重労働を強いられてきた葉の葉緑体の働きが弱ってくる。そうなると本体の木からすれば、生産効率が下がってくる、つまり「働きが悪くなった」葉っぱに栄養を送り続けるのが負担になる。(葉っぱだって、生きるためには本体から栄養補給を受けなければならないのだ)それで、木は葉柄の付け根の部分にコルク質の層を形成して、葉に養分を取られることを妨げるのである。このコルク層は「離層」と呼ばれ、やがてやってくる落葉の準備でもあるのだ。つまりはリストラである。企業が働きの悪い社員の給与をカットして、レイオフや解雇に向けて準備をしていくのと同じ事を、木々もやっているのである。離層が出来ると葉に養分が行かなくなると共に、葉からも光合成の結果できた糖を本体の木に送ることが出来なくなる。そうすると葉の中の糖は濃縮され、これに秋の日差しが降り注ぐとアントシアンという赤色色素が合成される。これは、崩壊し始めた葉緑体を紫外線から保護し、出来るだけ光合成を長く続けさせようという、いわば兵糧を絶たれた葉の延命策でもある。つまりは労働者の抵抗である。けなげな努力ではないか!しかし、その努力も補給が無ければ長く続くはずも無く、葉緑体は次第に分解されていって、やがてアントシアンの赤い色が葉の全体を染めるようになる。これがカエデなどの紅葉の仕組みなのだ。アントシアンが合成されるためには気温と天候が重要である。1日の最低気温が8℃以下になると紅葉が始まり、5~6℃以下になると紅葉は途端に加速される。鮮やかに紅葉するには、昼夜の気温差が大きいことも必要だ。且つ、上に述べたように、強い日光が葉緑体の分解を促進し、それに対抗してアントシアンの合成が進むのであるから、空気が澄んで葉が充分日光を受けられる「秋晴れ」の日が続くことも重要なのだ。♪秋の夕日に照る山もみじ♪のように、紅葉には晴天が大切な役割を担っているのである。一方銀杏などでは、アントシアンは合成されない。葉の中には葉緑素だけでなく、元来カロチノイドという黄色の色素も含まれている。「緑したたる葉」というのは、葉緑体に含まれる緑色色素(クロロフィル)が、カロチノイドを凌いで大勢を占めているせいなのだ。さて、銀杏であっても、秋が深くなると葉柄の付け根に離層が形成され、葉緑体が破壊されていくことには変わりはない。その過程でアントシアンが合成されないと、今まで目立たなかったカロチノイドの黄色が形勢逆転して大勢を占めるようになる。これが黄葉のしくみなのだ。つまり黄葉する木は、宿命に抵抗することなく諦念を以て自らの亡びを受容するという、かなり禅僧に近い性格を持っているといえそうである。さて、北国の落葉樹である。彼らは、春から夏にかけて生命維持の源である日光を求めて、互いに争うように枝を伸ばし、葉を茂らせる。他の木々を制して如何に多くの日光を捉えるかは、正に彼らの「命を懸けた闘い」であるのだ。そうして夏が過ぎて秋になる。そうなると上に述べたように、個々の葉に離層を形成せねばならない。これは、何でもないように見えて、実は木にとっては相当のエネルギーを消費しなければならない一大作業なのだそうだ。しかも、すべての葉にほぼ一斉に離層を作ってやらなければならないのだ。ある程度の大きさの木で、一本辺り数十万枚、大木になると百万枚を超える葉が付いているそうだから、確かに想像するだに大変な労力であろう。何故そんなにまでして、落葉を急がねばならないのか?それは、やがて来る雪の所為だ。つまり、初冠雪がやって来るまでに全ての葉を落としておかないと、枝に積もる雪の重さは、裸の枝の場合と較べて倍して違うのだそうだ。そうなると、雪の重みを支えきれず枝が折れてしまう。つまり、翌年茂らせる葉の数は激減し、充分な糖を合成できなくなってその木は生存の危機に直面せざるを得なくなるのである。我々は黄葉や紅葉を眺めて喜び、「もみじ狩」などと呑気な事を云っているが、木々は「早く色づけ!早く散れ!」と大いに焦っているのである。文字通り命を懸けて葉を散らそうとしているのである。一方で紅葉する木では、一枚一枚の葉は、先ほど書いたように、これまた必死に抵抗している。つまりは、見た目には美しい紅葉・黄葉は、生存をかけた壮絶な闘いの証でもあるのである。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『こうこをしのぐ』 - 「こうこ」とは「お新香」の方言である。つまりは漬物。漬物の中でも、高級なものは「こうこ」とは呼ばない。大抵の場合、「こうこ」と云えば、まっ黄色に着色された大根の漬物のことであるようだ。「こうこを凌ぐ」は、この「こうこ」だけをおかずとして、粥を食べるだけで飢えを凌ぐような貧しい暮らしをしている事である。【対応する日本語】 - 糊口をしのぐ。
2006.10.16
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◇ 10月15日(日曜日):旧葉月二十四日(丁丑);新宮熊野速玉大社祭、姫路県下祭。先日気がついた。最近通勤電車の中で新聞を読んでいる人を見かける事が随分少なくなった。どうしてなんだろう?以前は、込み合った電車の中で、窮屈そうに新聞を読む人を何人も見かけたものだ。満員電車の中で、他人に干渉することなく新聞を読むのには高度なテクニックを身に付けなければいけない。新聞の一つの面を真中から縦に折り、更にもう一度折り、縦に細長くなったところで、これを上下に半分に畳む。そうすると横十数センチ、立て三十センチあまりの矩形になる。昔の貴族が儀式に臨んで右手に持って威儀を正した笏(しゃく)の、ちょっと大型のようなものが出来上がるのだ。これを目の前に掲げて、一区画を読み終えると畳み直して次へ読み進んでいくのである。僕はこれが出来なかった。笏もどきまでは出来るのだが、「ページめくり」ができない。どうしても、ばさばさと、両隣に座った人の顔前にまで広がってしまって収拾がつかなくなってしまうのである。それで、ついに車内で新聞を読むのを諦めて、文庫やハードカバーに切り替えてしまった。あの頃、車内で器用に新聞を読める人は、僕にとって憧れの対象であった。それが、最近「憧れの君」を見かけることが少なくなった。その代りに圧倒的多数を占めるのがケータイ族だ。これだと、笏より遥かに小さいから、満員電車の中でもお隣さんへの干渉を気にする必要は無い。最近のケータイは、メールは勿論の事、交通情報や、地図情報も取ることが出来る。勿論ニュースも読める。それも前日の真夜中近くに入稿締め切りとなる新聞のニュースと較べれば、即時性において遥かに優れている。何処かで地震があったり、事故があって電車が遅延したりすれば、凡そ十分くらいでニュースとなって流れてくる。株価情報も最新のものが流れている。だから、忙しい都会のビジネスマンにとって見れば、新聞より遥かに情報リッチなメディアだといえる。・・・・筈だ。ところが、真剣な顔でケータイのキーを操っている人の手元を、ちょいと覗いてみると、何の事は無い、実際にはゲームをやって遊んでいるのだ。そうでなければ、友達(?)同士でのメールのやり取りだ。つまり、事実は「新聞がケータイに取って代わられた」のではなく、単に人が怠惰に、情報に対して鈍感あるいは不感症になっただけなのかもしれない。こうして人が新聞を読まなくなると、第二の渡辺淳一君なども出にくくなるのであろう。かつては、日経新聞に連載された「失楽園」を電車の中で読んで、顔を紅潮させているキャリアウーマンが大勢いらして、そのキャリアウーマンを眺めて喜んでいるオジサンも大勢いたものであったのだが。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『後架の憂え』 - スカトロジー(scatology)という言葉があって、糞尿愛好趣味とか糞尿譚などと訳されている。「汚い!」と眉をおひそめになってはいけない。生来人間は自らの体から生産された糞便に愛着心を持っているもので、これを「汚いもの」、「臭いもの」と忌避するのは、長じるに及んでの教育の賜物である。その証拠に頑是無い幼子は、水洗トイレで自らの産物が轟然と流れていくのを見て、「バイバーイ」と名残惜しげに挨拶を送ったりするのである。「後架」とは禅宗の言葉で、僧堂の後ろに板を掛け渡した洗面所、早い話が便所の事である。禅僧は、この後架に跨って用をお足しになる。そして、他の生き物より戴いた食物が、その役を果たして土に返るさまに無常を感じ、スカトロジストならずとも、転変極まりない世の儚さを深く憂えるのである。即ち「後架の憂え」は元来の、糞便への愛惜を感じる意味から、やがて転じて「後腐れ」とか、「過去への心残り」という意味に使われるようになった。(用)「後架の憂えもなく、新天地へと旅立った」=「糞切り良く、すっきりした気持ちで、新天地へ・・・」【対応する日本語】 - 後顧の憂え。
2006.10.15
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◇ 10月14日(土曜日):旧葉月二十三日(丙子);鉄道の日、釜石船曳祭。最寄の駅を降りて、踏み切りを渡り家に向う道は、日中は途切れることなく車が往来し随分賑やかだ。先日夜遅くに帰宅する途中、ここでタヌキを見かけた。人気の無い道を歩いていると、何やら近くに生き物の気配がして目を向けると、普通の犬位の生き物が並んでこちらを見ている。直ぐに狸君だと分かった。「へぇー、こんなところにも居るんだ。」と思った。黒っぽい、丸い体つきで、お尻の辺りがなんだかプリプリして愛嬌がある。二匹揃ってこちらを見ている様子は、猫のように狷介で無く、犬のようにへつらう雰囲気も無い。ただいきなり出会ってしまって、挨拶をしたものかどうか戸惑っている雰囲気である。家の直ぐ近くで狸を見かけても特に仰天することも無かったのは、とぼけたようなその様子のせいだったろう。暫くしたら、向こう様も興味をなくしたのか、二匹揃って家と家の間の闇にそそくさと消えていった。僕の父方曽祖父は群馬県の館林の辺りの出身だと、ずっと昔に父親から聞いた記憶がある。館林と言えば茂林寺。これは曹洞宗のお寺で、茂林寺は文福茶釜の伝説のあるお寺だ。つまりはだから、僕自身狸君とは何処かで血縁である可能性もあるのだ。狸と言えばタヌキ汁を思い出す。タヌキ汁は童話などではごく普通に出てくるが、恐らくはこれを食べた事がある人となると殆ど居ないのではなかろうか。無論僕自身も食べた経験が無い。ところが、このタヌキ汁を食べられるところがあって、それは奈良の宝蔵院という槍術で有名な、日蓮宗のお寺である。しかし、狸君の肉は非常に獣臭く、そのままではとても食べられたものではないそうだ。臭みを消すために肉を稲藁で包んで1週間ほど土中に埋め、その後掘り出した肉を更に2時間ほど流水に晒す必要がある。更に更に、料理の段階でも、酒で煮たり、生姜や大蒜を使ったりと色々工夫しなければならない。タヌキ汁も臭みを消すため、味噌味にするのである。地方によっては「タヌキ」といえば、アナグマのことを指す。アナグマはネコ目イタチ科の動物である。アナグマを「タヌキ」と呼ぶ地方では、イヌ科の狸のことは「ムジナ」と呼ぶのだそうだ。栃木県のある猟師が、偶然狸が獲れたので、土地の老人にタヌキ汁の作り方を聞いて作ってみたが非常に不味い。翌日老人に文句を言ったところ、「これは『ムジナ』でねえか。タヌキ汁は『タヌキ』の肉で作らんと、食えるわけねぇべ!」と言われたという話がある。つまり、どうも「美味しいタヌキ汁」は実は「アナグマ汁」であるようなのだ。しかし、この飽食の時代に、手間隙かけて無理してタヌキやアナグマの肉など食べることもない。奈良の「宝蔵院流タヌキ汁」も、昔は狸肉(アナグマ肉?)を使用していたけれど、やがて歯ごたえが似ている(??)蒟蒻を狸肉に見たて、野菜などを入れて味噌仕立ての精進料理へと変化したそうだ。つまりは、「タヌキ汁」は「コンニャク汁」に化けてしまったのだ。まぁ、そういうことで先ほど見かけた狸君も、うっかり人間に食われてしまう気遣いは無いのである。狸君は、一度配偶者と出会うと、終生一緒に暮らすという見上げた倫理観の律義者なのだそうだ。件の狸君も二匹が一緒だった。東京のベッドタウンに居を構えた狸夫妻には、何となく「頑張れよ」と云ってやりたい気持ちである。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『産まず弛(たる)まず』 -出産は女性にとって大変な事業であり、どうしても事後体形に影響が出てしまう。それを避けるために、出産することなく、のみならず加齢しても体の諸方が重力に屈服して弛まないように、様々な不断の努力を重ねること。その後、女性だけでなく男性についても、努力を継続することをこう云うようになった。【対応する日本語】 - 倦まず弛(たゆ)まず。
2006.10.14
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◇ 10月8日(日曜):旧葉月十七日(庚午);寒露、阿寒マリモ祭。 昨日は関東沿岸に大雨を降らせた低気圧が北に去った所為で、東京地方は「台風一過」のような良いお天気になった。仕事を片付けに出社したのだが、帰りがてら聖橋まで坂を登っていったら、秋葉原の電気街のビルの上に「十六夜の満月」が、のっと出ていた。見事な満月だった。昨日、東京の街路は臭かった。東京には銀杏並木が方々にあるのだが、銀杏の実が熟し始めているのである。一昨日の強風と大雨で幾つもの実が地上に落ち、その果皮が崩れはがれて匂っているのだ。金木犀と較べれば好悪は反転するが、どちらも東京のような都会にも秋の訪れを告げてくれる臭いである。イチョウは漢字では公孫樹、又は銀杏と書く。最近どんどん派手な格好になっていく恐竜君たちが繁栄した、中生代ジュラ紀に、他の多くの被子植物と共に、今の中国の地に出現した植物である。約1億数千年前のことだそうだ。葉は小鳥のような形に広がっているが、葉脈は葉軸から並行に伸びており、分類は針葉樹である。わが国には仏教と共に伝来したのだそうだ。イチョウの実は、あの臭い樹皮を取り去って出てくる種子の、硬い殻の中に入っている。新物の銀杏を乾煎りにして粗塩をちょっと付けていただく。翡翠のような深い緑の実は、もっちりと歯にあたり、ほのかな香りが鼻腔に満ちる。秋の味だ。僕は銀杏が大好きだが、これはあまり食べると体に良くない。銀杏の実に微量含まれる4-O-メチルピロドキシン(MPN)という、ビタミンB6に酷似した成分によって、食後数時間経過後、ビタミンB6欠乏症を起こすことがあるのだ。ビタミンB6は、補酵素として人体内の様々な化学反応における酵素の働きを助ける栄養素であるが、MPNという「よく似た偽者」が体内に増える所為で、体から本物のビタミンB6が不足してしまうのだ。このこと自体は、未だなんでもないのだが、ビタミンB6の欠乏により、典型的には、抑制性神経伝達物質の一つとして知られるγアミノ酪酸、つまりGABAの生合成が阻害される。その結果痙攣などを引き起こし、時に意識喪失にも陥ることがあるのだ。銀杏中毒症である。銀杏中毒症は、先の大戦の前後に多発したそうだ。国のみならず国民の多くが窮乏した状況で、食生活が貧しく、且つ栄養が偏っていた。既に体がビタミンB6欠乏気味だったところに、銀杏を食べることでMPNが余計に増加した。そういうことのようである。飽食の現代では、あまり心配する必要は無さそうだが、それでも銀杏は、幼児には食べさせない方が良い。大人でも毎日採り続けてはいけないし、一時に20個も食べると危険だそうだ。しかし、一方では、喘息の咳を抑えたり、去痰効果もあるから、まぁ、何事もほどほどにというのは、秋の味覚銀杏にも当てはまるのだ。今日は二十四気の「寒露」。この日、太陽の黄経は195度になった。春分に起点を置く二十四気の暦も過半に入ったのである。寒露とは「空気が冷たくなり、梅雨を結ぶようになる候」という意味である。寒露の期間の七十二候によると、これからの15日間で、雁などの冬鳥が日本に渡来し始め、菊の花が咲き、キリギリスが戸口の辺りで鳴くのだそうだ。いよいよ秋は深まっていく。 公園を歩いていたら、銀杏の林の脇に、白い花が沢山咲いているのを見つけた。地面からすっと細い茎が立ち上がり、その頂きに小ぶりのワイングラスのような花がついている。白い六弁の花は如何にも清楚で、人の手が丹精した結果のように見えるが、よく見れば如何にも雑然と生えているので、どうもそうではないらしい。調べたら玉簾(タマスダレ)という花だった。明治の御世に南米から渡来した花だそうで、彼岸花科に属する。日本の彼岸花は、今まで何もなかったようなところに、いきなりにょきっと生え出て、真紅のもじゃもじゃした花を茎の先に咲かせる。花の形こそ大いに異なるけれど、氏が同じなら振舞いもよく似ているのだ。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『お角違い』 -間違った場所に行ってしまうこと。角を間違えるととんでもないところに云ってしまって、目的を果たすことが出来ない。【対応する日本語】 - お門違い。
2006.10.08
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◇ 10月6日(金曜日):旧葉月十五日(戊辰);十五夜、国際文通週間。今日は旧八月十五日、十五夜である。この日のお月様をを「仲秋の名月」といって、お団子や里芋など丸い食べ物をお供えして、薄の穂を飾り、眺めて愛でるのが古来我国の慣わしであった。「仲秋」」または「中秋」は、旧暦八月の別称でもある。しかし、折柄日本の紀伊半島付近に発達中の低気圧の所為で、東北から東日本の太平洋側では今朝から大雨である。今朝は仕事の用事で、大森にまで出張ったけれど、道端の其処此処には水溜りが溢れているわ、強風に傘は煽られるわで、革靴の中は足湯ならぬ足水状態になった。これじゃ靴じゃなくって「グズ」だ。昨晩折角整えておいたズボンも、折り目のない筒っぽうになってしまった。これじゃズボンではなく「ズッボン」だ。東京付近では今日だけで降雨量は250ミリほどにもなるのだそうだ。わが社の喫煙コーナーは、屋外の非常階段の一角に設けてあり、今日のような吹き降りだと、横からは雨のしぶきが飛んでくるし、上方からは水滴の攻撃を受けて、マイナスイオンだけは豊富だろうけれど、どうかするとずぶ濡れになる。それでも我慢して、雨空を眺めていると、まぁ実に後から後から絶え間なく雨が降ってくる。「これで、250ミリもの雨が降ったら、一体どれくらいの水が空に浮いていたことになるのだろうか?」ふとそう思った。そうなると気になって計算してみたら、一坪の広さに800リットル以上の水が注がれることになる。ペットボトルが400本以上だ。つまりは、わが社のオフィスのある千代田区(面積=11.64平方キロ)の上空には約300万トンもの水が浮いていたことになるのだ。わぉ!そんなに多量の重い水が上空に浮いているなんて、大丈夫なんだろうか?なるほど、だから大雨のことを「天が抜けたような雨」と云うんだな。際限もなく雨滴が落ちてくる空を眺めながら、心配になってしまう.仲秋の名月の日に大雨とは間の悪い話だけれど、実は気象庁による最近17年間の記録だと、この日の晩に晴れたのは、東京地方ではたったの2日だというから、この日はむしろ雨の特異日だと云ったほうが良いかもしれない.ところで、月齢を見ると今日は満月ではない。「望」は明日(7日)の12時頃になっている。お天気は、今夜半を過ぎれば徐々に回復しそうだから、明日の晩は「十六夜の満月」を楽しむことができるかもしれない。明日はお月見の為に里芋の煮っ転がしでも作るかな。ついでに書くと、里芋は料亭風に煮ようとすると、「六角形に剥く」ということをしなければならない。随分手間が係るものだし、剥いた里芋を煮るとあの独特の粘りが抜けてしまう。越前は大野市では、掘り出してきた里芋を、そのまま「芋水車」に入れて皮を剥くのだそうだ。芋水車というのは一抱えほどの羽車の軸の部分を太くし、これを中空に作って、そこに里芋を放り込んで、道端の疎水の流れに渡して、水の勢いでくるくる回すのである。そうするとやがて里芋の外側の皮だけが綺麗に剥ける。包丁で剥いたのとは違って、薄皮が残るのである。これで煮っ転がしを作ると、粘りは抜けず、実に「里芋」らしい味がするのだそうだ。家庭でこれを再現するには、料理用のアルミホイルを1メートルくらい使って、即席のたわしを作り、これで皮を剥く。後は出汁、醤油、味醂の合わせたのをひたひたに芋に被せて、落し蓋をして煮るだけだ。験しにやってみたら、お芋の「野性味」というべき味が良くして、実に結構であった。料亭の里芋が、しつけの行き届いた学習院の生徒だとすれば、こちらの里芋は山家そだちの、土の匂いがするガキどもだ。どっちが好きだと聞かれれば、僕の場合はガキ芋だな。だって、昔母親の煮てくれた里芋の味を思い出すことができるのだ。皆さんも是非お試しあれ。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『火の無いところで足腰立たぬ』 - 暖まる火が無いようなところでは、寒くて動きたくない。 類似の地口として、「毛のないところに寝癖は立たぬ」【対応する日本語】 - 火の無いところに煙は立たぬ。
2006.10.06
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◇ 10月1日(日曜日):旧葉月十日(癸亥);北海道で鳥獣狩猟解禁、秋の共同募金、東京都民の日、法の日。金木犀の香りは、急にやってきて、いつの間にか去って行ってしまう。今年の9月も金木犀の香りと一緒に行ってしまった。久しぶりに土曜日ゆっくり出来て、体がびっくりしたのか、とんでもない時間に目が覚めてしまい、そのまま思い立ってブログを書き始めたのだけれど、網戸にして開け放った窓の外の虫の音も、この頃心なしか少しずつ細くなってきている。今年も後三ヶ月しかないものなぁ・・・。毎年この日になると、中学時代(だったと思う)に読んだ、フレッド・ホイルの「10月1日では遅すぎる」と云う本を思い出す。時間というものをテーマしにしたSFである。フレッド・ホイルはイギリスの天文学者で、大勢に反して「定常宇宙論」を唱え続けた人だ。「定常宇宙論」は「我々の宇宙の始まりにはビッグバンはなかった!」というもので、「宇宙が膨張していくのは、常に新しい物質が作られ、供給されているからだ」というのである。彼は恒星の内部での元素合成過程を明らかにするという、立派な仕事をなさったのだけれど、どういうわけだかその業績は「忘れられ」、別の学者(ファウラーとチャンドラセカール)に、この一件でノーベル賞が授与されてしまった。それに、実はビッグバンという言葉を最初に使ったのはフレッド・ホイルその人なのだ。期せずして自分が反対した理論の名付け親になってしまった訳だ。こうしてみると、ホイル君には是非お会いしたくなるのだけれど、もう5年ほども前にお亡くなりになってしまったから、これは難しい。確かに「何もないところからいきなり宇宙が始まった」というビッグバン理論より、悠久流転を感じさせる定常宇宙論の方が東洋的で、なんとなく安心できる。しかし、最近の物理学は「普通にイメージし易い」理論など大抵間違っているとされてしまう。今の物理学の最先端は、純粋に数学的思考で「イメージ」しないと「誤解」に至るような、高度に抽象的なものになってしまってつまらない。この本、もうとっくに絶版になっていると思っていたら、ハヤカワ文庫に未だあるのだそうだ。最近どうでも良いような本ばかり沢山出てきて、昔読んで感動した本を、改めて読んでみようと探してみると絶版になっていることが多いから、ちょっと嬉しい。そういう意味では「10月1日も遅すぎはしない」のだ。【閑話休題】ウチは出来て未だやっと二年半の小さなベンチャー企業だが、ドイツの会社とお付き合いしているせいで、一ヶ月ほど前からドイツ人の「インターンシップ」を受け入れている。二十歳代後半の紅毛碧眼の青年でクリス君という。クリス君は、下町の安アパートに住んで、会社まで毎日一時間ほどの時間をかけて電車で通勤してくる。無論日本は彼にとって初めての東洋の国である。先日お昼を一緒にした際、「日本に来て一番不思議に思ったことは何だい?」と聞いたら、暫く考えた後で、「電車を待っている人たちが、ちゃんと列を作って並んでいること。」との答えが返ってきた。ドイツ人は整然と隊列を組み一糸乱れず行進して行く、規律正しい「カタイ国民」というイメージが何となく我々には染み付いている。しかし、実際には雑然とたむろしているところに電車がやってくると、乗り口にわらわらと殺到するもののようである。これにはちょっと「へぇー」であった。しかし強制されたわけでもないのに、見ず知らずの人同士が自然に粛然と行列を作って電車を待っているというのも(電車だけではない、銀行のATMの前もそうですな)考えてみれば気味の悪い話ではないか。この「習慣」、そんなに古いことでもないと記憶する。僕が東京都内に仕事を得た頃(もう30年以上も前のことだ)は、未だ押しなべて皆「ドイツ流」だった。その内こういう習慣が徐々に普及してきたのだが、それは未だ東京だけの話で、当時名古屋に出張した際、名鉄電車に乗る時にこの「ドイツ流」に巻き込まれて、「このド田舎モノめらが!」と内心激怒したことを覚えている。飛行機の搭乗口にチェックインする際には、カウンターの直ぐ傍に立つことは出来ない。少し離れた場所でカウンターが空くのを待つのだが、昔そういう時に空いたカウンターに駆け寄っていって、おっかないオバサンに「あんたじゃないでしょ!あんたより前の人が居るでしょ!」と叱られていたのは、大抵日本人だった。列を作るのを英語で「align」というが、順序を無視して我先にチェックインカウンターに駆け寄る同胞を目にして、「日本人はalignmentを取れないのだから」と恥ずかしい思いをしたものだ。(しかし、何を隠そう僕自身も同じことをやって周囲の顰蹙を買った経験が2度ほどある。)こうして思うと、alignmentをとるという動作は、人間としての本質的なものに反する行動なのだろう。倫理的な内発行動や、「紳士淑女としてのモラル」から出た動作などではなく、他から矯正された結果だと思う。実際、野道や草原を歩く時、人々は自然に三々五々群れて歩くものである。決して一列では歩かない。そういう時でもきちんと整列して歩くのは分裂病(今は統合失調症と云うんだっけ?)患者に特徴的なのだそうだ。つまりは電車を待つのに粛然と整列するようになったのは、日本人に海外渡航者が急増した(そして、方々の空港でおっかないオバちゃんに叱られた経験者が増えた)時期と一致するのではないだろうか?それと東京のように、人間が高密度にひしめき合う異常な環境で、見ず知らずの他人との軋轢を避けてストレスを緩和しようとする自己規制が働いたせいであろうと思うのだが、どうだろうか?黙然と電車を待っている人の列。他人と体を接しあうほど混み合っているのに異常に静かな電車内。クリス君を感動させたそういう光景を改めて見直してみると、日本人(特に東京人)の生物的活力は相当弱まっているのだという気がしてくる。台湾や中国などに行けば、人々は実におおらかで、道路を隔てても平気で大声で話をし合っている。信号で停車する車の前後左右はたちまち二輪車で埋め尽くされてしまうし、道路を渡るときでも青信号など待たない。車が来なければ渡るだけだ。時には車が来ていたって、堂々と渡ってしまう。電車だろうが食堂だろうが、行列して順番待ちすることなど気にもしない。すべて「早い者勝ち」が大原則である。既に生物的には弱体化してしまった僕としては、こういう環境に巻き込まれると圧倒され、辟易して、疲れてしまうのだ。日本人は確かにこんな面でも弱くなってしまったのかもしれない。【閑閑話休休題】クリス君を日本に来させたインターンシップというのは、研修と勤労を一緒にやるというようなものである。わが国では、中国や東南アジアなどからの受け入れが多いようで、町場の工場などでは「廉い労働力」を調達できる方便のようになっていると聞く。この方式で外国の若者を受け入れているわが国の企業がどれほどあるのか、又何人くらいの外国人がこの方式で来日滞在しているのか良く知らないが、今回クリス君のお蔭で初めて経験した日本の入国管理制度や、所得税法は、決してわが国がこのインターンシップの受け入れに積極的であるとは感じさせない。又、日本の若者がインターンとして積極的に海外に出て行くという話も聞かない。一方でNEETや30歳代の被雇用人口の多さ(10~8年ほど前の「就職冬の時代」が原因なのだそうだ)は、今大きな社会問題になっている。この際、政府は何らかの優遇措置を講じて、こうした若者達の海外向けインターンシップをどんどん推進したらどうか。国内に就職先もなく、希望を失って覇気もなく、若老人化しつつあるだけの若者達をどんどん海外に出して、勤労経験と共に「世界の広さ」を体験させるのである。僕自身が海外に仕事で「放り出された」のは28歳の時だったが、その時の体験や感動は今でも鮮烈で色褪せない。当時は色々大変で泣きそうになった(実際にも泣いた)こともあるが、その後は、そういう体験を与えてくれた「冷たい」会社に大いに感謝している。「明日は、カセットコンロを買って、スパゲティを作ります。“カセットコンロ”って、発音は“car-set con-raw”ですか?それにしても日本のトマトはどうしてあんなに高いのでしょう?え、缶詰がそんなに廉く買えるのですか?生より缶詰が廉いのはどうしてでしょう?」と屈託もなく話しかけてくるクリス君を見ると、本当にそう思うのである。【閑閑閑話休休休題】10月1日は、わが国でも色々な記念日になっているが、中国ではこの日は国慶節(建国記念日)である。但し、これはPRC、つまり中華人民共和国の話で、ROC、中華民国(=台湾)のそれは10月10日である。PRCでは、毛沢東が1949年に天安門で建国宣言をしたのを記念しての国慶節であり、ROCでは1911年の10月10日に辛亥革命が始まったことに由来する。「10」がぞろ目で並ぶから、こちらは「双十国慶節」ともいう。何れにしても、10月の始めは中国の人たちにとっては「ゴールデンウィーク」であるのだ。♪♪今回の厚木語辞書♪♪『ショッピング・ピンク』 - 時々厚木は言語上独立国にしても良いかもしれないと思える。「ショッピング・ピンク」は日本語の「ショッキング・ピンク」に由来するのだと思うが、実際どんな色なのかは判然としない。厚木語にはこういうような言葉が多く、たとえば他にも「くすむったい」(くすぐったい)、「しゃごむ」(しゃがむ)などと云うのがある。ひょっとしたら厚木人には、聴覚上の特異性があるのではないかとも思われる。【対応する日本語】 - 自明である。
2006.10.01
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