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メドックの各付けにおいて一級を冠したシャトーは全部で5つ。Ch.ラトゥール、Ch.ラフィット・ロートシルト、Ch.マルゴー、Ch.オー・ブリオン、そしてCh.ムートン・ロートシルト。 このムートン・ロートシルト、ボルドーの一級ワインと言うだけでなく、毎年ラベルが変わることでも有名です。主に採用されるアーティストはその年々の新進気鋭の画家が多いのですが、そのモチーフも様々です。 Ch.ムートンの「ムートンmouton=羊」に絡んで、羊のデザインも多く用いられました。1965年Drothea Tannning,1966年Pierre Alechinsky,他。1989年Georg Baselitzの手によるラベルにも2頭の羊が描かれていますが、共にひっくり返った姿。これはその年、東西を隔てていたドイツのベルリンの壁が崩れ、東ドイツと西ドイツが統合された事を表しています。 その他、1994年Karel Appel「テレビの画面」を題材にした物、また、1981年Arman「壊れた楽器(バイオリン)」をモチーフにした物などもあります。 変わったところでは「漢字」をあしらっているものもあります。1996年中国系の抽象画家「古汗(グ・ガン)」作のラベルです。この1996年のラベルには「心」という文字が水墨画のように4箇所描かれています。「心即心」つまり、ハート・トゥ・ハート、心が通じ合う事を表現しています。 また、同年に2種類のラベルが作製される事もありました。1978年Jean-Paul Riopelleのラベルは、幾何学的な円形が描かれているのですが、それぞれのバランスの違う2種類のラベルがあります。ラベルのデザインが二種類あるというのは1978年だけでなく、この他に1993年Balthusのラベルがあります。この年のラベルには少年の裸像が描かれており、幼児虐待を連想させることから、アメリカに輸出される仕様のボトルには背景のみの無地のラベルが貼られました。Balthusはその妻がSetsukoであり1991年ラベルの作者でもあります。-------------------------------------------------------------------- このCh.ムートン・ロートシルト、その価格も格付けと同じく「1級」ですので簡単に我々の口に入るものではありません。しかし、その事実はまた、我々に勤勉の貴さを教えてくれる一面でもあるのです。すなわち、もっと、うんと、労働しろ! ともっとうんとろうどうしろとモウトンロードシロトムートン・ロートシルト…
Aug 31, 2005
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今日、8月29日は全国で「ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート呼称資格認定試験」が開催されました。 JSA、日本ソムリエ協会のHPを開いてみると、なんと、今日出題された問題が掲載されています。私がソムリエ資格に合格したのは1998年と、もう7年も前になりますが、その当時はまだまだインターネットの普及さえまだまだ及びませんでしたので、当日に問題を見直すなどという事は出来ませんでした。自分の記憶に頼っての自己採点です。 今宵、「ああ、こんな時にドラえもんがいたらなぁ…」と考えている受験生は数知れません。日本各地のあちらこちらからため息が聞こえてきそうです。 私は、過去3回ソムリエ試験を受けました。熱心ですね。 初年度はワインブームも来る前で、ソムリエの受験者も少なかったため、合格発表の通知は翌日か、あるいは2、3日後には到着していました。午前中に試験を行って、午後には採点を始めていたようですね。 あらかじめソムリエの先輩に話を聞いておりました。「合格やったら、二次試験の案内が入っているから、封筒がちょっと分厚いねん。もしペラペラの封筒やったらそれこそ不合格の証や。」ですって。ソムリエ試験の翌日、郵便箱を恐る恐る覗いてみると、「JSA」と印刷された封筒が。手にとってみると、ペッラペラ…ガーン。封筒を開けるまでも無く不合格と思われました。いや、今年に限っては経費節約のため、薄ーいラップみたいな紙に「合格」の文字が書かれているかも知れないと思い、一縷の望みを託して封筒を開いてみました。、「不合格」の文字、、、ま、分かってましたけどね。 さて、今年の問題をざっと見てみると、結構基本的というか10年くらい前の感じに戻っているような気がします。一時期ドイツワインなどは、ワインブームの影に隠れてしまったため、問題数が減っていたのですが今年は9問ほどあります。 フランスがざっと20点、ドイツとイタリアが10点づつ、スペイン、アメリカ・カルフォルニア、オーストラリアとニュージーランドが各6~7点と割合いはものすごく基本的です。フランスはボルドーが多いかな。あ、今年も出てますね、「白のミュジニー」 と、いう事はやはり私の言ったとおり、この1、2ヶ月の追い込みは過去問題集の徹底的な復習にあった様です。ねっ! …え、いつ言ったかって? 友人のバーで飲んでる時に、たまたま隣に座ったおっちゃンに語った記憶があります。 おーい、誰かあの人探してきて証言さしてぇ~
Aug 29, 2005
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このブログもやはり全国の方にご覧頂いているみたいで、その他の地域(多分東京とか)の方などからは「関西人って面白いですね。」とのお声も頂いております。どうもありがとうございます。 しかし、こう見えても正直、関西人というのは結構、全国区や東京人相手になるとどうも弱いんですね。 毎年、全国でサーヴィスコンクールや、ソムリエコンクールなどが開催されています。最近ではソムリエ協会も地方の例会などで、盛んにコンクール挑戦を勧めたりしているのですが、いかんせん東京勢が強い。 もちろん、圧倒的な店鋪の多さや、情報量の違いがあるのですが、関西も含めて、なかなか地方になるとそういう部分に関しては弱そうです。 とあるサーヴィスマンのコンクールでの事。そのコンクールはフランス料理に携わるサ-ヴィスマンが対象のものなんですが、私も何度か挑戦致しました。 いくつか競技項目が細かく分けられており、筆記予選を通過した選手は、さらに様々な審査に挑み、そして順位が決まります。 デクパージュのテクニック、ワインのテイスティングなど、諸々レストランの業務に関わる審査があって、そのうちのひとつが「テーブル審査」です。 「テーブル審査」と呼ばれる項目は、審査員がお客様に扮して、レストランの営業に近い形でサーヴィステクニックなど審査されます。テーブルのセッティングから審査は始まり、セッティングの美しさ、用意したナイフ、フォークの数、当日提供される料理の把握など多項目に渡ります。 ミ・ザン・プラス(準備)が終わるといよいよお客様を迎えます。テーブルの着位置、お客様の上下関係も設定されていますので料理の供出順など間違えないよう注意しなければなりませんし、デクパージュ(客席での切り分け)などを行いながら、料理の進行も円滑に進めなければなりません。 前年、私はこの「テーブル審査」に臨んだ際、随分と舞い上がってしまい、結果は惨澹たるものでした。今年こそはと意気込んで、毎日寝る前にはイメージトレーニングを欠かさず、毎朝目覚めれば朝日に手を合わせ、いざ審査に臨みました。「いらっしゃいませ。今年はですね、昨年失敗したんは、どうも関西弁のせいでアカンかったんとちゃうかなぁ、と思いまして、結構東京弁を練習してきたんですわぁ」「キミ、関西だからってそんなに卑下しなくていいんだよ。審査には影響しないから頑張りなさい。」うーん、なんて優しいお言葉……って、ちがいますってぇ~!そこは、「ぜんぜんっ、関西弁治ってへんやん!」ってツッコミ入れるトコですやん。またまた掴みで不発。以降、積極策に出る事が出来ずその年もいまイチで終わってしまいました。
Aug 28, 2005
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先日、テレビを見ているとあるお肉屋さんが出てました。「ウチで扱ってる牛は穀物しか食べさせていませんから安全です。」 ええっ、それって売り文句になるのぉ? 肉骨粉とか化学物質とか使って無いという意味では安全なんでしょうが、穀物しか食べさせていないって事は、草を食べていないって事なんですよね。 牛を飼う、雌牛はCOW、ってことを、よく広い牧場で草をモシャモシャ食べてる様子を想像するんですが、肉牛、得に和牛に関してはそうじゃぁ無いんですよね。 いろいろと支障があるかも知れませんので、ちょっと専門的な用語も使って誤魔化しますが、、、 日本の和牛、大変高級な食材なんですが、日本各地で飼われているブランド牛に関してはほとんどテロワールというものの関連はありません。というのも、何処の土地で育てるかというより、血統のいい牛を選別してきて、何をどんな風に食べさせるかで品質が決まるのです。人工的による品質の良さということです。 九州や中国地方で生まれた仔牛は、雄雌を選別され、雌だけがブランド牛生産地各地へ送られます。その後、牛舎に入れられ一頭あたり10畳くらいのスペースで一生を過ごします。多分、雨にあたる事さえほとんど無いです。餌はカロリーの高い穀物が中心、大麦、小麦、トウモロコシなどでこの配合によって牛の肉質が決まってきます。それ以外は食べさせてません。緑の草を食べることはまずありません。 というのも、実は、草を食べると脂が黄色くなるからです。牛は羊や山羊と違って体内で緑黄色野菜に含まれる成分、カロテンを分解できませんから、カロテンは黄色い色となって脂にも現れます。これはフロマージュにも現れてまして、シェーブルがバッシュに比べて白いのは体内でシェーブルはカロテンを吸収してるからなんですね。バッシュの場合は吸収できないから乳の中に現れて黄色みがかかります。 フィレ肉なんかでも、白いサシがいっぱい入ったものが上質とされるんですが、フィレというのは背骨の内側にある筋肉ですから、野生の牛では筋肉中に脂が入るはずのない場所でもあるんですね。ここに脂を入れようとすると、ビタミンの一種を摂取するのを極力減らせば出来るのですが、そのため欠乏症になると脚気や失明を起こしてしまいますので、最低限は穀物飼料の中に加えられているそうです。 一方、健康にいい、体にいいという理由で大々的に宣伝をされる商品もあります。 とあるワインの輸入業者さんは「無農薬、有機栽培」の商品だけにこだわってられるのですが、ちょっと極端で、「体に良いものだったら、美味しく無くても良いのです。無農薬、有機栽培であることが大事です。」と、訴えていらっしゃいました。 いくら体に良くても、美味しく食べられなくっちゃ不健康ですよね。だったらアルコールなんか摂取しなければいいのに。 先日のニュースで、森 元総理のけなしたチーズが実は高級品だった。小泉総理は喜んで食べたという記事が出ていました。フランスのミモレットというの事なんですが、高級品だったから森 元総理は味の分からない人とされたんでしょうか。でも、このミモレット、本当に手作りなので、何年も洞窟みたいな所に寝かされます。何年も置いてあるので、外側に気泡みたいに穴が出来てるんですが、これって虫の喰った後なんですね。でもこれが、「自然」な形。 日本の食材で言っても、馴染みの深いカツオブシは表面にカビが取り付くことによって、あれだけ堅くなるのです。ボトリティス=シレネアに近い種類の菌だそうで、このカビが表面に取り付いて急激に水分を吸い取ってはじめてカツオブシになるのです。 もともと食文化とはこういったものだと思います。自然であるという事は、無菌室で安全に栽培されることでは無いのです。 もちろん近年ではアレルゲンなどの問題も多々出てきてはいますので、安全である事は大事です。しかし、虫眼鏡式に「体にいい」とされる成分だけを謳う事や、ことさらに危険をあおって、料理を美味しく楽しくいただけないのなら、それもまた不健康であると私は考えます。
Aug 27, 2005
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行って来ました~。テーブル・マナー講習会。「お務め、ご苦労様です。」…違うって、私が出所したのでは無いです。 当日は小雨の振る中、会場へと向かいました。ロビーで厚生課の課長と待ち合わせです。 しばらくすると、課長が現れて今日のマナー講習の段取りを打ち合わせしました。最初に20分程テーブル・マナーの概要を説明して、その後食事に進みますので、食事の進行に合わせてのお話を。 で、その時初めて聞いたのですが、今日講習を受けられるのは現在警察学校で訓練を受けられている生徒の方々。この春に高校や大学を卒業されて警察学校に入学。今日は警察署の各施設を見学に回っている間の昼食の時間をフルコースのランチに充てて、そこでテーブル・マナーを同時に学ぶという行程だそうです。 現役の方は同席されないとの事で、若い方々ばかりになります。正直、緊張感も和らいで、少々ホッともしたのですが、逆に用意してきた講習の内容ではやや重たいかも。 いよいよ会場に案内されました。会場の皆さんは私以上に緊張のご様子。進行の方に私を紹介頂き、講習会が始まりました。 「皆さん、こんにちは。今日は、テーブルマナーの講師としてこちらの会場にお招き頂きました。普段、あまり大勢の方の前でお話することもありませんので、少々緊張していますが、さらに、皆さんが警察官に成られるということもあって、私の過去の悪事が暴かれないか、それも緊張を高めてるんです。」 しーん。すべりました。「今朝もウチの母に警察へ講習に行ってくると話したら、『警察に講習って、何をしでかしたん?このバカ息子』と叱られてしまったんですけどね。」 不発。。。掴みはNGです。 気を取り直して、最初の概要は「プロトコールとテーブルマナー」と「レディ・ファースト」の2点に絞ってお話しました。 テーブル・マナーとして現在に残るものの多くに、本来の謀反や暗殺を阻止するための目的で設けられたものが多々あります。皆さんが庶民の安全を守る職業に就かれている、という事もあってフンフンとうなずかれる様子。 また、レディー・ファーストに関しては中世の騎士道の精神から来ているのですが、警察官の方々にも中世の騎士が元祖になっているものがあります。 それが、「敬礼」の仕草。額に手をかざすあの仕草なのですが、これは中世の騎士がお互い対峙した時に、自らの兜のマスクを上げてお互いの顔を確認したことから始まります。この時の手の形が、現在でも警察官に限らず、各国の軍隊や、消防官の方々などの「敬礼」の仕草として残っています。 などなど、こんな感じで、フランス料理の業界との多少なりとも接点があれば印象に残るかなぁ、と考えたのですが。 食事が始まると、やはりナウなヤング達ですので、初めてフルコースでの食事という様子も見受けられます。警察学校という所は非常に厳しい訓練をされる所でもあるので、「行儀」という点ではかなり指導されていると感じます。しかし、もちろん不慣れなこともあってなかなか格好よくはいかなさそうです。 講習が終わって、最初にお話した課長とあらためてお話を伺うと、昔は警察署でテーブル・マナー講習などを行うことなどは無かったそうです。しかし、多様化して行く社会において、やはり警察官であっても他の社会人が身に着けているであろうことはちゃんと知っておいて欲しいとの要望からでした。もちろん、知らないことに悪意があることではありませんが、知らなかったばかりに気付かなかったところで「マナー違反」を犯してしまう。そのための教養を身に着けさせたいとの事でした。 このブログと相互リンクして頂いている「笑う女将のレストラン」では、このことを「お里がしれていましますよ」と表されています。まさに意を得たりで、誰もが自分の「お里」の中だけで過ごしていれば気付かないまま終わってしまうことがたくさんあるものですよね。
Aug 25, 2005
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三宮の生田神社の隣の雑居ビルのB1にそのバーはあります。 バーのマスターは、神戸Pホテルがグランドオープンした時期にバーテンダーを勤められた方で、現在は独立されてバーを経営されてます。 そのバーは、特色が2つあります。ひとつはマスターがシガーを大変好み、知る人ぞ知る「シガーバー」である事。もうひとつは、長年神戸の有名なラガーマン達と交友がある事。 神戸にはラグビーに関わった事のある者なら、知らぬ者は無い「神戸製鋼」があります。 実は私も高校生の時代、ラガーマンでした。ポジションはプロップ。まぁ、いささか地味なポジションではあったのですが。 初めてそのバーを訪れた日のことです。その日、私はサーヴィスの先輩に連れられて、そのバーに向かいました。向かう道すがら、そのバーには、神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネージャー、また元ラグビー日本代表監督、平尾誠二さんもよく来られているという話を聞いていました。 平尾さんといえば、日本の『ミスター・ラグビー』高校を卒業してから、ラグビーをする機会はもう十年あまりありませんでしたが、そりゃラグビーに携わった者にとっては神様みたいな人です。 いつも吸われる葉巻きの銘柄は「モンテクリストNo2」だそうです。 「モンテクリストNo2」しっかりとした味わいの、トルペド型のシガー。トルペドとは大砲の弾の形状を成し、先はすぼまっていますがボディは重厚感のある太さ。シブイなぁ~~~。く~~っ、カッコイイ! バーに到着し、扉を開けました。 偶然!そこに「ミスター・ラグビー」がいらっしゃるじゃありませんか! 手に握られているのは、まごうことなき、「モンテクリストNo2」「うわっ!平尾だぁ!」…大変失礼いたしました。驚きと興奮のあまり、大声で、しかも呼び捨てで叫んでしましまいました。穴があったら入りたい。いえ、「ミスター・ラグビー」に見事なまでのタックルを決められて、そのまま失神してしましたい気分です。 他のお客様もご一緒でしたが、あまりに憧れの人だったので、一言だけ挨拶させて頂きました。「お、お、お目にかかれて光栄です。ずっと憧れの人でした。私もシガーは好きなんです。なぜなら出身が『滋賀ー』県。。。」…何言ってんだか。
Aug 23, 2005
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先日相互リンクして頂いた「笑う女将のレストラン 裏ガイド」のページを訪問して来ました。このHPがとても素晴らしい!私のページをほめて頂いているのですが、含蓄に富んだお話にあらためて頭が下がります。女性の眼から見た「男性のカッコ良さとは?」というテーマが秀逸です!うーん、先に知っていればなぁ↓こちらですhttp://warauokami.exblog.jp/ さて、いよいよ「テーブル・マナー講座」の日も迫ってきました。何日かに渡って書きためてきたモノをあらためて見直してみると、なんとか退屈して頂かなくて済みそうです。 そろそろまとめに入らねばなりません。とはいえ、上手く出来るかどうか心配です。 実は今回のマナー講習の「お客様」は警察官の皆様です。国家が国民の安全を保障するというのは、最も根本的なサーヴィスといえます。対して我々の職業は豊かな社会における付加価値としてのサーヴィスです。 職業上の性格としては私どもの職業とは最もかけ離れた皆様かもしれませんので、上手くお話が伝わるかどうか、緊張感も一層です。緊張のあまりか、ときどき悪夢を見ます。「先生、ご足労頂いてありがとうございます。さ、どうぞこちらへ」「…エッ?ここって取調室?ここでテーブル・マナーかぁ!?」「お前も疲れたろう?里のお母さんは病気だそうじゃないか?」「テーブルについたら椅子には姿勢を正して腰かけてください。また、病気などの暗い話題は避けた方が良いでしょう。」「一服するか?」「煙草はデザートが出るまでは控えましょう。また、周りの方に対する配慮も忘れずに。」「ところで、凶器のナイフはどこに隠した?」「ナイフは落しても自分で拾ってはいけません。サーヴィスマンが拾ってくれます。」「腹減ってるだろ?好なんか食うか?」「メニューは右側から手渡されます。また、女性には値段無しのメニューが渡されるかもしれません。」「好きなもん、頼んでいいぞ。」「…ってか、カツ丼しか載ってないやんか~」ハッ!と目が覚めました。 警察官の方が「テーブル・マナー」と聞いてもしかして訝しがられる方もいらっしゃるかもしれません。「警官がフランス料理?えっ、また税金の無駄使い?」と。 しかし、そうではありません。昭和の初期において車が贅沢貧であったものが、現代では20歳くらいになれば多くの人が車の免許を持っているように、会食におけるテーブル・マナーの教養を身につけることは、社会人としての必要性があると認識されたということでしょう。 警察官、公務員の方に限りません。私の知人のあるレストラン・サーヴィスに勤める方は医療関係、福祉関係、また家電製造業においても「サーヴィス」についてお話をされてきています。 既存の商品の品質が一様に向上している時代にあって、さらに付加価値を求めるのであれば、無形の商品「サーヴィス」を向上させる他ありません。 そういう時代がやってきているのです 私自身も、今回テーブルマナーではテキストを棒読みだけして帰ってくるつもりもありません。参加者の方を「お客様」ととらえ、テーブル・マナーを通じて「サーヴィス」を知って頂きたいのです。 我々の「レストラン・サーヴィス」だけでなくあらゆる職業において、人と人との関わりは発生しています。警察官は職務を通じて、医療関係者は病室で、行政は窓口で、人との接触があります。人と人とが対峙するときには必ず「心」が介在します。それに伴った行為を「サーヴィス」と呼ぶか否かの違いでしかないのです。「人は見たいものしか見ようとしない。」とは、2000年前のユリウス・カエサルの言葉です。 レストランは感動を与える場所と、我々は自負しますが、では他の職業では感動は与えていないのでしょうか?飲食業界の中だけ、あるいはその他、多くの事を学ばずに、オンリ-・ワンでよかれとして自店の中の内輪の話だけに終始してはいないでしょうか? 「レストラン・サーヴィス」がサーヴィス業の魁であるならば、サーヴィステクニックをフィードバックできるのは何も飲食業界だけではありません。社会全体のサーヴィス度が高まれば「サーヴィス」を主力商品として扱う「レストラン・サーヴィス」はさらに高い水準を求められ、仕事に対しての誇りを保つ事に繋がると私は考えます。 お客様のほとんどは店の先輩でもなければ、同業者でもありません。他の業種に就かれている方々です。 他の業種の方々にに還元できることこそが「レストラン・サーヴィス」の目的なら、他の方々が混在する「社会」をもっと知る必要もあると思います。 で、あるならば我々サーヴィスマンにとって「最も偉大な教師」は日々レストランにお越しになる「お客様」に他なりません。 今回、私は講師を勤める事になって、「教えること」をいろいろと探って来ましたが、本当は参加されているお客様に「学び」に行くのです。
Aug 21, 2005
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いやぁ~なんだかなぁ。 ご訪問頂いた皆様ありがとうございます。 このブログも書きためた日記が50件を越えてしまいました。 アクセス数も1日平均が35くらいでしょうか。決して多い数字では無いと思うんですが、けっこういろんな方に見てもらえているみたいです。 そもそも私がブログを始めたきっかけは、フランス料理店における「サーヴィス」のデータベースとして持っておきたかった、というのが第一の理由。ですから、あんまり日記という感じがあてはまりにくいかも知れません。 こちらの他にも私が作成しているHPがあるのですが、もともとそちらに食材に関するコラムを書いていたんです。しかし、ページの更新がなかなか億劫になってたところもあったので、最近流行りのブログだったら続けられるかな、と思って。 自分の性格は熱しやすく冷めやすく、根っからの飽き性だったところもありますので、気ままに記事を残せておければ後でまとめりゃいいんじゃないかと。 サーヴィスのデータ‐ベース化は主に、若いサーヴィスマンの方向けとしてです。まあ、現在実際に現場に勤めるサーヴィスマンの方々が、お客様との会話のネタにして頂けるんではないかと。そのため、諸々の内容に多少正確さに欠ける部分はあるかも知れません。話を聞いた時に面白いように私が脚色してる部分もありますから。 いづれは私の所属しているサービスの団体においてのメソッド・テキストとして活用できればいいかなぁと思っております。あ、そのときはもちろん変な駄洒落とかは削除して真面目な文章にするつもりですが。 もう少し文書を増やして中に上手にリンクを貼れれば、本の様にあっちを探したり、こっちを探したりしなくて済む様いろいろと試行錯誤中です。ワインや、チーズとか、食材に関してもわからない語句とか、行きつ戻りつできるようになれば知識が断片的で無く、繋がりあえば実用的だと思いますので。 まぁ、フランス料理に特化しているので、有用なのはごく一部の方になっちゃうかもしれないという懸念があるのですが、、、 しかし、もちろんフランス料理店のサーヴィスマンの方だけで無く、いろんな方に見ていただいていると分かるだけに、面白くなきゃいけないと思うわけです。関西人のサーヴィス精神ってのはこういう所で発揮されてしまいます。真面目にサーヴィスのテクニックも残したいし、訪問して下さる方を笑かしてもみたいし、、、続けて書き続ける事に対して最近はへんな脅迫観念が湧いてしまってきてます。まさに今は「ランニング・ハイ」の状態。 元々、シェフになりたくてこの業界に入ってきましたから、料理人の方が見て下さってると非常にうれしいです。高校を卒業して調理師学校に通って、最初に入った店で一年あまり調理場におりました。もひとつ上手く行きませんでしたね。っていうか、調理場で焦ってパニックになるばっかりで、今思い出しながら新人の若い子とか見てるとどうしても自分と重ねちゃいますよね。叱ったりしてはみるものの、心の中では「俺はもっとどんくさかった。」って思ったり。 他にもブログのアクセスを見てみると、私のページは結構、楽天会員以外の方も多いようなんです。楽天でログインされる方は、ログインネームで残ります。しかし、どうも、この人って知ってる方じゃないかなと思う人も時々アクセスされているようなのです。楽天会員以外の方はドメインだけが足跡として残っているだけなんですが、ドメインに心当たりがある。これって、銀座の○○!?、まさかね、って思っていたら、他のブログから辿っていって、存じ上げている方のブログに辿りついた時です。「関西の人って面白いわぁ」との記事。内容を見るとコレってもしかしてココのこととちゃうん?マズイっ!、、、OIOIはマルイっ!ちゅうか、恥かしっ。どないしましょう!? みなさんは、知ってる人だったりした場合はどうされてますか?私の場合なんだか変なネタとかも書いてるもんで言い出しにくいデス。 また、正直、コメントを頂いたり、トラックバックしてもらったりして頂いてる方への返事をどう書くのかとかまだよく分かってません。とにかく失礼の無いようにしたいと思っているですが。 楽しく読んでもらってるかな?とか、参考になってるかな?とか非常に気になりますねぇ。結構小心者ですが、これもサーヴィスマンの性分でしょうか?
Aug 20, 2005
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何ヶ月か前のニュースです。フランス軍外人部隊に所属する日本人兵士がイラクで捕えられるという事件が起こりました。 フランス共和国には現代にも傭兵の制度が残ります。この「外人部隊」は世界各地から戦いを望む人々が集まります。 ニュースが流れた当時、日本のマスコミはこぞってこのニュースを取り上げました。外人部隊の報酬が高額であったことも報じられました。しかし、外人部隊の報酬はいくら高額であれ、命を賭して見あうものではありません。第一、部隊に所属してしまえば使う所などありません。ましてや、非常に厳しい訓練と本物の戦争です。 必ずしもフランスの自国人が命を落とす身代わりにされているのでは無いと思います。また、外人部隊にはフランスという国を守るという大儀名分もありません。フランスに守るべき家族も持たない人がほとんどです。 それでも、その部隊は、最も危険とされる最前線に派遣されます。何故でしょうか。 それは彼らが最も強いからなのです。フランスという国の文化は理論と証明を好みます。その国が傭兵が最も強い部隊であることを認めているのです。 なぜ強くなるのか、それは本人たちが戦うことを望んで志願してきたからなのです。命を落とすことになったとしても、体を鍛え、戦略を練り、命をかけて戦う事を職業としていたかったからです。 日本の格言でいうと、「好きこそものの上手なれ」ということでしょうか。 料理人の世界も、レストランでサーヴィスに携わる事も決して楽なことではありません。 しかし、良い料理を作りたければ料理が好きでないと生まれないのです。良いサーヴィスを行いたければサーヴィスが好きでないと提供できないのです。 ベルナール・エップ氏(国際メートル・ド・テル連盟名誉会長)の言葉に次のようなものがありました。「兵士が国に奉仕するように、聖職者が神に奉仕するように、我々はお客様に奉仕する。」私の好きな言葉のひとつでもあります。
Aug 19, 2005
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さて、テーブルマナーの発展形です。エレガントさを加えてみましょう。 「エレガント」に、というと男性諸氏にはちょっととっつきにくい言葉かもしれません。かと言って、あまり適当な言葉が見当たらないですねぇ、、、パォ~~ン! …それはエレファント うーん、「粋」に食事するというか、かっこう良く見せるちょっとしたコツでしょうか。 食事中の姿勢は、腰を支点にしたやや前傾姿勢を取ります。和食でも何でも猫背はいづれにしてもよくありません。ただ、これも自然と目の前のお相手の話に熱中したり、卓上の料理に神経が向かえば人は前屈みになるものです。 食卓では何か明るい話題を用意しておくこともマナーのひとつです。宗教、スポーツ、政治、病気、悪口など個々意見の分かれる話題や、暗い話題は避けることも心遣いであるともいえます。 卓上のフォークナイフは「ごく普通に」握ってみて下さい。例えばドライバーや、ペンを握るのと同じように。 お皿の上でナイフ・フォークを使用することは「細かい作業」でもありますので、人差し指を添えると安定がよくなりますし、また、フォーク・ナイフはなるべくお尻に近いほうを握るほうが、フォーク・ナイフのラインが長く見えて綺麗です。 ナイフは脇を締めて前後に動かすだけで、近頃の料理は簡単に切れやすくなっています、しかし、あらかじめ細かく切ってしまうのはせっかく中に蓄えられた肉汁などが流れ出てしまうことから、一口分づつ切って口に運ぶ方が美味しく召し上がって頂けます。 普段使い慣れているお箸にみられる角度は、体の正面から見て横方向に向いています。フォークを同様な角度で持ってしまうと、いざ口に運ぶ時についつい顔が横を向いてしまいます。正直、テレビのレポーターの方なんかでもいちいちフォークを口に運ぶ時に首をかしげるような仕草になるのをよく見かけますので、「フォークは縦方向に口に運ぶ」というのがちょっとしたポイントです。 フォークを右手に持ちかえるのはマナー違反ではありません。切る必要の無い細かいものなどは右手に持ち変えたほうが上手くすくえます。例えば「豆類」。すくいにくいものなどはフォークの背で一旦つぶしたものをすくうというのが食べやすい方法です。 ライスも同様ですね。なぜか「ご飯」が「ライス」と呼ばれると急に洋風な感じになってしまう。ヨーロッパで流通しているお米やフランス料理で使われるお米は日本の「ジャポニカ米」でなく、パラパラとほぐれる「インディカ米」ですので豆と同じ様な食し方が適しています。 右手のナイフで左手のフォークの背に盛るという行為は、逆に日本人の器用さから来ています。実際、この技術はなかなか欧米人にマネ出来るものではありませんでした。 とあるNASAの技術者が日本を訪れた際に、日本人が器用にライスを食べるのを見たことから、日本人の技術はやはり優れていると感じて、スペースシャトルの多くの部品に日本の技術者が作った製品が使用されるようになった、、、って言うのは私の作り話です。スイマセン。 料理の献立のうちでグリーンサラダなどは比較的食べにくいかもしれません。軽いために、葉が逃げてしまうためです。こういった場合は右手にフォークを持ち替えて、左手に持ったパンで軽く押さえるというのもひとつの方法です。 スープの場合はスープスプーンを45度くらいの角度で口に持ってくるのが綺麗とされます。取っ手のついた食器、ブイヨンカップは以前は持ち上げて食べてよいこととされていましたが、最近は持ち上げず、手前か向うへ傾けて最後までは食べることが多いようです。やはり、スープも食べるという観点からすする音は嫌われます。 バターは多くの場合卓上にある程度の大きさで提供されます。普通こちらで2~4名様分があるのでバターナイフで自分の分だけパン皿に取ります。 パンは一口づつ手でちぎって下さい。通常はパンをバターナイフで切ることはしません。また、パンは基本的に無くなったらどんどんおかわりを持ってきてくれますが、メインディッシュの前にお腹が一杯になってしまわないようご注意を。 パンの追加がいらない場合やワインの注ぎ足しがいらない場合は、サービスに来た際に器の上に軽く手をかざしてください。これが「おかわりは結構です」という合図になります。 骨付きの食材などが供される場合一緒に出てくるのがフィンガーボウル。銀製品の小ぶりな深い器で中に水かぬるいお湯が入っています。食材に骨が付いているので、手でつまんでもらった時に指先を洗うために出される食器です。とはいえ、なるべくなら使わずに済む方が良いというのが現代的な考えです。 左手側に添えられますので使用する時、骨を掴むのは左手のみを使用するのが原則です。グラスなどに跡が付くことから右手を汚してしまう事は避けられます。そのため両手を一度にフィンガーボウルの中に入れる事は行儀の悪いこととされています。
Aug 18, 2005
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フランス料理店のテーブルへ着くと卓上に様々な食器(什器)が並んでいます。ナイフ、フォーク、スプーン、グラス、見せ皿、パン皿などなど。レストランは「ハレ」の場ですのであえて銀製品などの非日常的な「道具」を使っているのも確かです。 そのため、「使いにくそうだ」とか「どうしてよいのか分からない」とこれがフランス料理店の扉を開ける時に二の足を踏む要因となっていることも事実です。 まあ、そういった思いを打破しようじゃないかという目的もあって、こういった形での「テーブルマナー講習会」が開かれて、まぁ私のような者でもお呼ばれに預かったりするのですが、、、 レストランでは一皿ごとに、ナイフ・フォークのシルバー類が交換されます。オードヴルにはオードブル用の小ぶりなナイフ・フォーク、スープにはスープ用のスプーン、魚料理には魚用のナイフ・フォーク、お肉料理には肉用の大きめのナイフ・フォークが用意されます。 これは、とりもなおさず、個人の技量に関わらずとも、道具を変えることによって、料理を食べやすくするという目的があったからなのです。 先にも述べましたように、「テーブルマナー」は外交上の食事儀礼、「プロトコール」がその基本となっています。と、いうことは歴史、風習、価値観の違う人どおしが食卓を囲むにあたって、いろんな人が存在することを大前提に誰もが食事できるように変遷を重ねてきた結果なのです。 日本ではお箸をみんなが使えますが、お箸を扱う事は結構技術のいることなのです。でも「みんな」できるから、と日本人が考える事に対して、西洋ではヨーロッパもアメリカもイスラムも含めての「みんな」がもともと一緒で無い事から思考は出発するのです。 西洋の文化で言う「みんな」とは、日本で言う「世間一般」では無くて、「社会全体」であったからです。 テーブルにナフキンが置いてあるというのも、人が食事をすると手や口元を汚してしまうのは当たり前である、という発想からです。歴史を遡ると、もともとは全員で囲んだテーブルのクロスで口元を拭いていたものが、個人用に分かれてナフキンになりました。 ナフキンはふたつ折りにして使用します。以前は折り山を手前側にして膝に置いたのですが、最近ではもう少し簡略化されて山側を向こう側にして置くことが主流です。いづれの場合も拭くのは裏側で。他の人に汚れた部分が見えないようにします。 卓上のナイフ・フォークの類の提供のされ方はレストランによって変わってくることがあります。一皿ごとにナイフフォークを入れ替える形式と、宴会時のようにあらかじめ使用するものが決まっている場合などは何種類かのフォークナイフが並べられている場合とがあります。 いくつかのナイフ・フォークが並べられている場合は外側から使用します。 えっ?オードヴル、魚料理、肉料理と進むにしたがって、だんだんお皿が大きくなってきますので内側から使って場所を空けるんじゃないの?、、、というのはマチガイ。 お皿を下げた時の卓上が間伸びした感じにならない様に、と、まだこの後もお料理が続きますよ。という合図のため大きなナイフ・フォークは最後まで残るようにされているのです。 さて、卓上に配置されているこのナイフというものは、現代では形状が、昔に比べて雰囲気が随分変わったようですが、本来は獲物を取る時に使用する非常に危険な道具でした。本来が危険な道具であったことから、その取り扱いに注意をしていた事がテーブル上のマナーとして現代も残っています。 ナイフを卓上で立てるような仕草は挑発的な野蛮な行為のためしてはいけない事となっています。また、落した場合自分で拾っちゃいけないのは、テーブルに隠れてよからぬ事をさせないためでした。 実際にナイフ・フォークを落としても、間違っても、さりげなくサーヴィスマンが交換してくれます。予備のシルバー類は飲食店ができる程あるはずなのですから。 眼の前に並べられたグラスは、右側から順に使います。いちばん左手にあるグラスが水の注がれるグラスとなっていますので、先に飲むであろうと考えられる飲料のグラスが右側に配置されています。 さて、飲料が注がれる時はグラスを持ち上げないで下さい。お客様の話を中断したりしないようにサーヴィスマンは気を使っておりますので、お客様にグラスを持たせるのは、サーヴィスマンがお客様に気を使わせている事になるからです。…どうぞお気づかい無く。お客様には気を使って頂くよりも、お金を使って頂く方がお店にとっては嬉しいのですから。
Aug 16, 2005
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ここ何日かお話している「テーブルマナー」なんですが、来週、あつかましくも私が講師として行く事になっています。早くも、一週間後に迫ってきちゃいました。講習先の皆様が割と男性の方が多いと聞いていますので、男性の方向けのマナーを書いているつもりです。 正直、あらためて自分自身勉強し直さないといけないなあと感じる部分も多くあって、私自身が始めてレストランに食事に行った時の事など思い出しながらブログをしたためております。--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- さて、テーブルマナー実践編です。 席まで案内されて、椅子に着席するのは左側からです。もし椅子を引いてくれる人がいなかった場合、右手で椅子を引くことになるので、椅子の左側から出入りするということになるのです。実際にそういった場に居合わせる事は少ないでしょうが、一列に並んだ食卓に同時に腰かけるような場合はいづれかに決めておくことによって衝突を防ぐことが出来ます。 着席されたら、自分のお腹とテーブルの間隔を握り拳一個分、約10センチほど空るような感じに腰掛けて下さい。もちろんお腹の出具合によって多少差はありますので、自然に苦しくない間隔をとってもらうのがベストです。 椅子は深く腰かけ顎を引き姿勢を正します。フランス料理店のほとんどの椅子には背もたれが付いていますが、あまりもたれない姿勢のほうがきれいにみえます。ここで姿勢を正すというと、それだけで堅苦しく感じられますが、背筋が伸びてまっすぐに見える座り方のほうがごく自然であるといえます。背もたれに横柄にもたれたり、脚を組んだりしてしまう仕草は、逆に緊張感の表れともとれますし、他人から見てあまりキレイとはいえません。 柔道の型において最も強いといわれる構えは「自然体」なのですから。 さて、席に着くとディナーなら先に食前酒を伺われます。これは、それこそ日本の居酒屋の感覚となんら変わりありません。喉の渇きを潤し、食欲を増す働きがあります。種類は様々にありますのでお店のドリンク担当者、まぁソムリエという役職の人が伺いに来る事が多いのですが、相談していただくのもよいと思われます。 もちろん、アルコールが苦手な方はその旨を伝えて頂いて、お水でも全然構いません。ソムリエもある意味レストランの「営業マン」ですから仕事としていろいろとお勧めしてくることはありますが。 続いてメニューが渡されます。女性のお客様や、明らかに支払いがどなたか分かっている場合は、お手元に渡されるメニューに値段が入っていない事もあります。 お店のスタイルは様々ですので料理名もいろいろな付け方をされてます。ア・ラ・カルトとコースメニューが用意されている事がほとんどです。コースはいろいろな料理を楽しみたい時、ア・ラ・カルトは自分の好みの料理をしっかり食べたい時にお勧めです。しかし、ほとんどのお店の場合、ア・ラ・カルトは一品の量が結構多めに設定されています。 分からない用語だとか、食べられない食材などはどんどん尋ねていただいて結構です。ご質問にお答えできることがサーヴィスマンの仕事ですし、また、お客様との会話を楽しみたいと思うのもサーヴィスマンの本音でもありますから。 料理の品数は同伴者どうしで合わせていただいた方がよいかも知れません。というのも、一方のお客様が先に終わった皿がずっと残っているという状態が続くと、どうしても心理的に早く食べようとする、あるいは料理を待ってしまうという意識が働く為です。もし、同席されている方が接待などで目上の方だとしたら、接待する側はお客様のペースに合わせるという意味でやや早めに一皿を食べ終えた方がよいかもしれません。 最初の料理が運ばれてきたころに合わせて、あらためて、ソムリエなどがワインの注文を伺いに来ます。大体、あくまでも目安としての話ですが、ワインの値段は料理にかかる金額の1/2から1/3くらいと言われています。二人の食事代が20000円だったら6000円から10000円くらいといったところでしょうか。 味の好みなど相談して頂いて、「この辺りで」とワインリストの値段をそっと指し示せば見合ったワインをソムリエが用意してくれます。 さて、いよいよ料理が運ばれてきます。卓上にはナイフ・フォーク、グラスなどが揃えられています。それぞれの使い方のコツなどは次回あらためて… テーブルマナーの話はもうちょっと続きます。
Aug 15, 2005
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ヨーロッパにおける中世の騎士道の精神から「レディファースト」は生まれたと言われています。 レディファーストを重んじないのは日本、中国、韓国くらいと言われ、欧米のレストランでは不評を買うことさえあるということです。 そもそもレディファーストとは、「女性はか弱き存在、守ってあげないといけない存在」とする観点から生まれてきました。 まずレストランに到着して、玄関の扉を開けるのは男性の役目です。未知の場所へ女性を先に進ませる事は出来ません。メートル・ド・テルが迎え入れをして初めて女性を先に歩ませます。席に着くときも女性から。男性は女性が席に着いたことを確認して、椅子に掛けます。メニューのオーダーは男性が「彼女は××と××、私は××と××」と注文してあげるのです。 ワインを選ぶのも男性の役目、続いてのホストテイスティングも男性が行いますが、注いでいくのは女性からです。料理は女性から提供されます。お支払いも当然男性の役割。いざ退店の際はクロークで女性のコートは男性に手渡されますので、預かったコートを連れの女性に着せてあげてから、男性は店のサーヴィスマンにコートをを羽織らせてもらうのです。 裏を返せばレディファーストとは男性の強さを顕示しようとする姿勢でもあったのです。「強さは優しさである」ことを示すためにも女性を大事にしようとするのです。 このことから日本男性がレディーファーストが不得意なことに対して、「日本人男性って女性に優しくないのね」 ではなく「ノン、ノン、ノン。男性として強くないのね」という意味でヒンシュクを買ってしまったと言えるでしょう。 昨今では賛否両論があります。レディファーストの習慣は女性を子供扱い、男性の所有物扱いすることから、自立した欧米のキャリアウーマンなどは敬遠する向きもあるようです。 対して イタリアによく足を運ぶ友人にイタリアでの「レディファースト」の様子を尋ねると、イタリア男性は大変女性には優しいそうです。それは「マンマ信仰」があるからだと答えました。「マンマ信仰」とは母というものに対する敬意だそうです。女の人は尊敬されねばならぬ存在であるそうです。 なぜなら、「私もあなたも女性から生まれているのだから。」と、いうことでした。 中国、韓国における男女観はよく知らないのですが、日本男性はもともと「レディファースト」が不得手です。日本男性の「女は半歩下がって付いて来い」的な姿勢は、女性が「付いていく」という女性自身のすでに自立した意識に支えられているとも言えます。男の人が背を向けている間に、こっそり逃げることも出来るからです。 考えてみれば日本において「水商売」と呼ばれるもののほとんどが「弱い男を立てて上げる」ことで商売が成り立っています。クラブ、スナック、ラウンジ、、、みんな男性がお金を払って「男を立てて」もらいに行く場所でもあるということです。 日本人の男性は、私も含めてみんなさほど「強く」はなかったのです。 我々サーヴィスマンの側においてはある意味、「レディファースト」とは、目上の方を招待される時や、会社の接待を行う場合のお客様への接し方に準じてくると考えています。 レストランを利用される場合の多くは、お店とお客様という双方向へのサーヴィスだけでなく、サーヴィスマン、ホスト、ゲストの3方向の関係で成り立っています。ホストの方がゲストの方へ気遣いをされるのを、サーヴィスマンはお手伝いする役割を持っています。 そのためサーヴィスマンは、職務上常にテーブルを囲む方々の上下関係を意識しています。どなたから先にお料理をお出しするか、どなたが最後の会計の際にお支払いされるのか。 もちろん男女2人のお客様なら女性のほうが目上であるようにサーヴィスマンも接客致します。 せっかくそういったシチュエーションを演出出来るように整っているのですから、「レディファースト=男性が強く・優しく」振舞っていただくのも、レストランの利用法のひとつであるとも思います。
Aug 14, 2005
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「テーブルマナー」の一番基本的な原則は他人に不愉快な思いをさせないという事にあります。 中世の古いマナー書には「ナイフで歯をせせらない」「食事中には寝そべったりしない」「テーブルクロスで鼻をかまない」とありました。実際にありえなさそうな事柄なのですが、文書が残っていることから見て食卓でそのような行為があった事は間違い無いことと思われます。 現代の社会における「テーブルマナー」ではさすがに上記のような行為はわざわざ示されませんが、やはり他人に不快感を与える行為は慎むべきです。平たく言えばどのように振舞えば「カッコいいか。美しくみえるか」ということでもあるでしょう。それは何も西洋のテーブルマナーに限った事でなく、日本食において、また家庭における食事の「行儀」にあたるものです。 「行儀がよい」とされるのは、人間が人間であるための最も根本的な部分にあります。「食べる」という行為はあらゆる動物が本能的に持って生まれて来るものです。しかし、人間が「ケモノ」と違う事を証明するために「文化的」に食事を取ろうとしました。この時基準になるのが「他の人間がどのように感じるか」です。人間が不快感を覚えるとは、他人が人間もケモノのうちの一つである事を露呈してしまう時なのです。 いかなる食事においても、だらしない姿勢で椅子に腰掛けたらそれは「行儀の悪い」事ですし、口に物をいれたまま話をするのは「行儀の悪い」事です。もちろん「イヌ喰い」という言葉にも動物の名前が付けられているように、「文化的」な食事の仕方ではないといえます。 また、グラスに残った唇の跡も他人のグラスとはいえなんとなく気にかかります。さりげなく拭き取ることも他人に対する心遣いであります。 また、昨今ではレストランのホールなどでの携帯電話の使用も他人を不快にさせる要因のひとつになってしまいました。 さて、食事中に音を立てて食べることも、はしたない事とされています。が、静かに食べないといけないということではありません。おしゃべりの声はフランスの星付きのレストランにおいても華やかです。 クチャクチャと音を立てて咀嚼したり、ズルズルとすする事によって出る音を嫌うのです。実はこれはヨーロッパにおいて、手づかみで食事を取る時代が長く続いた事の名残です。 一例を挙げると、マルコポーロの時代に麺類はシルクロードを渡ってヨーロッパにもたらされたといわれています。後にこの麺類はパスタと呼ばれるようになるのですが、この時代は人々にフォークはまだ普及していませんでしたから、当然長いパスタも手で丸めるようにしてつまんだものを口を上に向けて垂らすように食べていたそうです。これでは、音を立てたくても立てられないというものです。 日本を中心とするいくつかの国では、うどんやそばに代表されるような、たっぷりのスープの中に入った麺類を食します。「すする」という時に発する音が他の国の方々には少々品の無い音ととられます。 と、いうのも普段何気なく行っている「熱いものをすする、熱いものを熱いまま口に放り込める」というのは日本人など一部の民族のある意味特殊な技能だったのです。 マナーとは「10人中7~8人がよしとするもの」という観点からすると、この「すする」という行為は残念ながら国際社会ではマイノリティになってしまうのです。それも、手づかみで食べていた習慣に起因しています。手で食事を取る以上、手で掴めない温度のものは必然的に口に運べなかった事にあるからです。 古い歴史の中でも洋の東西の文化の違いは取り沙汰されてきました。イソップの寓話の中に「キツネとツル」という物語があります。キツネがツルを食事に招きました。出したのは、平たい皿に入れたスープ。ツルの長くて細いくちばしでは、味さえもわかりません。キツネはその前で、美味しそうにそのスープを、なめてしまいました。今度は、ツルがキツネを食事に招きました。キツネが行ってみると、出てきたのは口の細いつぼにつまった豆でした。キツネはお腹をすかせたまま、ツルがくちばしを突っ込んでお腹いっぱい食べるのを見ているだけでした。 イソップという人物は紀元前6世紀の古代ギリシア、サモス島の哲学者クサントゥスの奴隷でした。数々の伝説があり、その物語のいくつかも後世においてイソップの名で創作されたものも多いようです。その中で、この寓話は「意地悪したら、仕返しされる」という教訓をもって使われることが多いようですが、実は、食文化における西洋と東洋の差異を表しているのではないでしょうか。
Aug 13, 2005
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みなさんは「自転車」に乗れますか? 私も乗ることは普通にできます。さて、自転車に乗ってる時って乗りこなす事を一生懸命考えながら乗ってるのでしょうか?タイヤと地面の接地面積がいくらで、進行速度に対して何キロのスピードで漕げば倒れずに、曲がる時は重心を移動して傾いたら倒れない様に遠心力を利用して…なんて考えながら走ってませんよね。 でも、自転車には乗れる。何ヶ月か何年か、乗る機会が無かったとしても大体自転車の乗り方を忘れることはない。ちょっとしたコツと言うか、体の感覚というか。でも想像してみて下さい。自転車って車輪2つしかないんですよね。人間が乗ってないと倒れてしまうような代物です。最初に頭の中で考えた人はスゴイ! しかし、誰も最初は乗れなかったはずです。思い出してみて下さい。自転車に乗れるようになったのはいつからでしょうか?世界の中野選手も橋本聖子も最初は乗れなかったはずですよね。幼少のころは。 どうして自転車に乗りたかったのですか?遠くへ行く必要があったから?乗れないとお友達にバカにされるから? どうしてこんなお話をするかというと、「テーブルマナー」って「自転車に乗る」ようなものだからです。最初は少々練習が必要かもしれません。初めて自転車に乗れた頃のように。 「テーブルマナー」は確かに少々厄介です。でも一度身に付いてしまえば多分一生忘れません。頭で覚える事は忘れますが、身につく感覚は忘れません。 日本人の多くはグローバルスタンダードとされる西洋式のテーブルマナーにたまたま触れる機会が少なかったと言えるでしょう。多分一度身に付いてしまえば、「なんとなく」できるようになるものですよね。 テーブルマナーを厄介なルールとして避けようとする方もいます。ところが、多くの人の中にはテーブルマナーを知りたい、学びたい方もいらっしゃいます。サーヴィスの仕事に就く者の教養としてかもしれません。接待の仕事で使う必要性があるからかも知れません。好奇心からかもしれません。好奇心、そう、自転車に乗れれば歩いている時よりもっと遠くにいけるかも知れないと想像するように。 マナーを知ればレストランをもっと楽しむこともできるのです。 テーブルマナーを知った上での究極のマナーは、「テーブルマナー」を忘れて楽しめること。にあります。----------------------------------------------------- …実は、再来週「テーブルマナー講習」に行く事になりました。恥かしながら、受講生では無く私が講師なのです。もともと、私の先輩に依頼があった話なのですが、先輩のスケジュールが合わなくて急遽代役です。今回、聞けば人数は70~80名様になるということ。受講されるお客様の多くは公務員の方だそうです。 その先輩からのレクチャーは昨日行って頂きました。しかし、すでにかなり緊張しており、眠れない毎日です。あ、昨日からですが。 ホントの事を言うとですねぇ、このブログを使って講習でお話させていただくつもりのことをイメージトレーニングさせていただこうかと…話すつもりの事を復習してみて、受講される方が退屈されないように、話を組み立てて持っていくつもりでいます。あとは、会場に着いたら緊張して舞いあがらないように、手のひらに「入」って書いて、ゴっクン。。。ああ~っ!いかんっ、間違えたやんかぁ!「入る」やなくて、「人」やがな!
Aug 12, 2005
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フランス料理店を訪れるとどうしても気になるのが「テーブルマナー」この「テーブルマナー」がどうしても苦手、というお客様もいらっしゃるのは確かで、フランス料理を肩肘が張って敬遠されてしまうものにしている要因のひとつであるかも知れません。 「マナー」や「エチケット」は社会においてお互いが気持ちよく生活するための暗黙のルールです。「エチケット」はどちらかというと生理的に不快な感じを与えないという意味合いが主でしょうか。例えば、道路につばを吐かないとか、話をしてる時に頭をボリボリ掻かないとかですね。 ルール、というと規制を掛けるという意味ですので、人間誰しも規制は嫌います。しかし、重要なのはその前の「お互いが気持ちよく」の語句で自分自身も気持ちよく、更には自分以外の人も気持ちよく。そのための行為という事です。 さて、良く似た意味の言葉で「プロトコール」という語句があって、辞書などを引くと「国際儀礼」とあります。「プロトコール」とは本来、国家間の儀礼上のルールでもありました。今日では世界的な情報の流れが早くなっていますので、企業、個人どうしでも国籍の違う者の交際のルールとして定着しています。 プロトコールは、国家間で晩餐会などが開かれる時に、お互い歴史や価値観が違うわけですから、食事の際の習慣も当然違ってきます。そこで食事および宴席がスムーズに進むよう取り決めを行う事が「プロトコール」でした。 あるトーク番組に皇室の儀典長が出演されていました。儀典長という役職は、皇室のメートル・ド・テル、つまりは天皇陛下に替わって宴席を取り仕切る役割の仕事の意です。で、儀典長がおっしゃるには、「プロトコールとは、食事の席ではこうしておきましょうね。と、あらかじめ決めておく事によって、その決めごとだけ覚えて食事の席に臨んでいただければ、お互いの慣習が違う事に差異を感じないで済みます。そのために用意されたもので、このように振る舞わないといけないという『規則』では無いのです。」 プロトコールには「たったひとつの正解」はありません。「いろんな人がいる」という事がそもそも大前提なのですから、10人中なら7~8人くらいがよしとする意見が判断の基準となります。そのため、左利きの人ももちろんいるのですが右利きの人が大勢を占めることからテーブルセッティングは右側にグラスを並べて置いたり、右手側にナイフ、左手側にフォークが並べて置かれています。この、プロトコールに基づいているのが「テーブルマナー」なのです。 国交での取り決めという大層なものをレストランの食事に反映しようとするのですから、そりゃ肩が凝るわな。と、思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかし、「プロトコール」と「テーブルマナー」の関係は「パリ・コレのオートクチュール」と「プレタ・ポルテ」の関係に例えられると思います。デザイナーが手作りの特製品として発表した物が、既製品となり皆の流行となり、流行に乗り遅れると「カッコ悪い」と感じる事に似ているのではないでしょうか。 「テーブルマナー」とは、国籍や歴史、価値観などいろいろ人には違いがある事を基に、「他の人が見て不快に感じないように」と「その事柄だけ知っていれば自分自身が気持ちよく食事をとる事ができる」という2つの視点から作られています。それは決してレストラン側の都合で、堅苦しくお客様を縛るための「規則」ではありません。
Aug 11, 2005
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フランス語では「ロッチルド」英語では「ロスチャイルド」そしてドイツ語の読みで「ロートシルト」ボルドー、メドックの格付けにおける1級のシャトー、5つのうちのの2つにロートシルトの名が刻まれています。「シャトー ラフィット・ロートシルト」と「シャトー ムートン・ロートシルト」です。 ロートシルトは世界に進出するようになる頃作られた苗字です。過去の歴史において世界の多くの人々は苗字を持っていません。コミュニティが小さいうちはそれで充分構わなかったのです。だれだれの息子の誰それだとか。あるいは貴族は自らの領地の地名を名乗ったりします。シノンと呼ばれるもので、日本の天皇家が住まいの場所を取って~宮家と名乗るのに似ています。 苗字は聖職者や地方の有力者などから付けてもらうことが多かった様です。裕福な家系ではゴールドマンやゴールドバーグ(金の山)、ローゼンタール(薔薇の谷)というような縁起のよい名前をもらいました。そうでない家系は「いしっころ」というような苗字しかもらえません。「いしっころ」とは、ドイツ語のアイン=一つの、シュタイン=石。つまり「アインシュタイン」です。 ロートシルト家の始祖マイヤー・アムシェルは一族の紋章を苗字としました。それが「ロートシルト」Roth=赤い、Schild=シールド(楯)、です。この「赤い楯」の一族が世界の様々な分野に進出して行きます。 マイヤー・アムシェルには5人の息子がいました。我々に身近なもので言えば、現代でもロートシルト家系のワインには「R」の周囲を囲むように5本の矢が描かれています。このシンボルマークの矢がマイヤー・アムシェルの5人の息子を表しています。 父のマイヤーは5人の息子を世界の各大都市へ送りこみます。それぞれの国で危機に陥ってもその他の国で築いた財産を維持できるようリスクの回避を目的とした計画です。 長兄アムシェルはフランクフルトの本家で、次兄ソロモンはウィーン、ネイサンはロンドン、カールはナポリへ、そしてジェイムズはパリで。パリのジェイムズの子孫はその後、「シャトー ラフィット・ロートシルト」の所有者となります。ロンドンのロートシルト家は1853年に「シャトー ムートン」を購入、「シャトー ムートン・ロートシルト」の誕生です。 また、レバノンにおいてもワイン作りを持ちこんだ人物がいます。ロートシルトの一族、エドモンド・ロートシルトでした。 ロートシルト家は金融、不動産の他様々な文化事業にも進出します。ワインに続きブランデーを、またそのブランデーと共に販売する目的でキューバのシガー産業にも進出し、新たなサイズの葉巻を製造させます。しっかりとしたボリュームのある太さに短時間で吸いきれる長さをもった新しい葉巻。 現代ではロブストと呼ばれることが多いこのサイズ、またの名称を「クラシックロスチャイルド」と呼びます。
Aug 10, 2005
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フランス料理のメインディッシュには様々な肉類が登場します。日本で最もポピュラーであったのがやはり牛肉ですが、昨今のBSEの騒ぎもあってその他の肉類にも注目が集まるようになりました。 仔羊、鴨、鳩あたりは通年を通してレストランで提供されているようです。羊は最近になってアミノ酸の一種「カルニチン」を多く含む事がTVでも取り上げられ、東京圏ではジンギスカン料理店が次々とオープンしているとか。しかしフランス料理店で使用するのは主として生後若い仔羊の方です。脂身もまだ白くてジューシーなものの背肉をローストなどで提供していることが多いです。 私がこの業界に入った15年前くらいの当時でも、お客様がチョイスされるのは圧倒的に牛肉の希望が多く、折角入荷した羊、鴨なども上手く出ない事も多くありました。 飲食業界で「鴨」と呼んでいるものは、本来は飼い馴らされていますので、一般に、例えば動物園や図鑑では家鴨またはアヒルと称されているものです。動物学的に言うと「鴨」とは野鴨を指し真鴨や小鴨・オナガガモ等野生種の総称だそうです。 フランスで飼育されている一般的な品種はバルバリー種(Canard de barbarie)とナント種(Canard de nantais)があり、この2種で市場の大半を占めます。またミュラール(Canard de mulard)と呼ばれる種類は先述のバルバリー種と家鴨(中国産白色ペキン種)をかけ合わせたものです。この鴨の品種は主にフォア・グラを採るために飼育され、その胸肉のフィレがマグレ・ド・カナール(Magret de Canard)の名で流通されています。 レストランのメニューに「マグレ鴨のロースト」などの名称があったら、それはフォア・グラを採るために太らせて脂の乗った胸肉の部分のローストという意味です。たまたま上手く焼き上がったので「まぐれ」の意味ではありません。 バルバリー種は英語ではマスコビー・ダック(Muscovy Duck)の名称で結構広く使われています。日本では以前は「バリケン」とも呼ばれていました。 広く世界中に親しまれている様ですが、バルバリー種の原産は実は南アメリカです。コロンブスがアメリカ大陸を発見する以前はポピュラーな物では無かったのです。 「バルバリー」とは南米から輸入する際、旧フランス領、西アフリカのセネガルのバルバリー沿岸を寄港地としたために、バルバリーの名で呼ばれるようになりました。バルバリーはラリーのパリ・ダカールのゴール地ダカールの近くの港町でもあります。 フランスでは冬になると専らジビエ(野生の鳥獣類)料理が重宝されるため、パリの市場にもジビエ専門肉料理店があります。でも、ジビエは冬の時期の特産品。夏の時期は何を販売しているかというと、鴨肉の中でもこのバルバリー種、そしてホロホロ鳥です。 バルバリー種もホロホロ鳥も発祥が南半球という事で、肥える時期が北半球の鳥とは季節が逆だからというのがその理由だからだそうです。 近年ではレストランに限らず、大手の百貨店でもこういった食材を置いている所もあります。あ、でもご注意を、「みなみはんきゅう」と言っても大阪のミナミには阪急百貨店はありませんので…
Aug 8, 2005
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現代におけるフランス料理の小難しく感じられる「マナー」と呼ばれる行為で、貴族社会が不穏な空気を持っていた時代の慣習からその由来を探ることが出来るものが実は多くあります。 ナイフ・フォークが床に落ちたら自らが拾ってはいけません。テーブルクロスの下でよからぬことが企てられるかも知れないからです。乾杯でグラスとグラスを合わせるのは、ちゃぷんと中のワインがお互いに混ざりあって、毒が含まれていないことを確認するためです。同様のことが現代に残るワインのホストテイスティングに表れます。食器什器の類いに銀が多く使用されているのは豪華さだけを競うのが目的ではありませんでした。当時銀は毒物に反応して変色すると言われていたからです。 では優雅に見える「フランス料理」の歴史において、実際に毒殺などの厄介な事はたびたびあったのでしょうか? ルネッサンスと後世になって呼ばれる時代のことです。ルネッサンスとは再び生まれるの意、いろいろな解釈もあるのですが、暗黒の時代といわれる中世が終りを告げ、古代ギリシア・ローマの文化的な姿にヨーロッパが帰ろうとした時代の事といわれています。 いつの時代も変化が起きる時には多くの儀性が付いてまわります。西暦1500年を前後とするルネッサンス期、文化の興隆とともに、芸術的とも称される「暗殺術」が発達しました。食物の中に毒薬を含ませ、徐々に死に追いやるのです。 毒薬は政治的に微妙な問題の解決策として用いられました。解剖や検死などの医術がさほど発達している時代の話ではありませんので、密かに、また長期に渡って毒を盛っていくという手法が主です。代表的な薬が「ヒ素」であり、他にヘムロック(毒ニンジン)ヘレボルス(クリスマスローズ)などがありました。 最も策謀が盛んだったと記述されているのが、イタリア、ヴェネチア共和国です。後世までその名を残すヴェネチアのボルジア家はローマ法王に一族のアレッサンドロ6世を輩出します。その息子チェザーレ・ボルジアとともにそれ以前の中世の時代に権威を失った各地の教皇領を回復していきます。 ボルジア家の策は巧妙でした。各地の諸侯や富豪を教皇の権力をもって司教や枢機卿に任命します。そして、アレッサンドロ6世は度々自宅で祝宴に招いた上、饗宴の食事に密かに毒を盛っていったのです。 司教や枢機卿が亡くなるとその土地、財産は教会に帰属して教皇のものとなる、という規約が存在していたからです。こうしてボルジア家はローマ・カトリック教皇領を復活させていきました。 ヴェネチア共和国が栄華を極める頃、イタリア内のフィレンツェでは1533年、のちにフランス国王徒なるアンリ2世とカテリーナ・ディ・メディチ、フランス語でカトリーヌ・ド・メディシスが婚姻関係を結びました。フィレンツェの富豪であったメディチ家の女性です。 この時フォークを含むイタリアの洗練されたテーブルマナー、また、フランスでは生まれていなかったシャーベットを製造する技術などがフランスへもたらされたことは有名です。また、現代に続くフランス料理の系譜の始まりとも言われていますが、ともに食卓へもたらされたのは洗練されたテーブルマナーだけでなく、毒による暗殺術もあったことは想像に難くありません。カトリーヌ・ド・メディシス。実は現代において非常に身近なものにメディチ家の名は残っています。それが「メディスン(薬)」です。
Aug 7, 2005
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夏の京都で鴨川の橋の上に立ち、夕刻川べりを眺めていると、何組ものアベックがきれいに等間隔に並んで座っているのを目にすることが出来ます。また、空いている電車のなかでベンチシートに座る時、自然に人は間隔を空けようとします。近年では7人がけの椅子に6人しか座れなくなってしまうことを各鉄道会社も嫌い、丁寧に中央には1人分の座席に色違いのスペースを設け対策を講じているようです。 野性の動物、例えばサバンナのライオンとか、距離を保って遠目に観察しているうちはそんなにこちらを意識しないものです。無視できる空間の距離です。少し近づいてみるとどうでしょう、ほとんどの動物は逃げるという行為で、気にならない空間まで移動しようとします。さらにもっと近づいてみると、自分の身を守る為に攻撃してこようとします。では、さらに距離を縮めてみるとどうでしょう、安心できることが分かると初めて親愛の姿勢を見せるそうです。 実は人間も動物の一種ですから、おなじような「パーソナルスペース」確保しようとするのです。お客様へのアプローチに関しても同様の順序で距離感は縮まっていくと言っても間違いではありません。 もちろん、眼の向いている前方と後ろ方向では違いがでるのですが、このパーソナルスペースを物理的な距離で測ると、大体気にならない、無視できる距離と言うのは身長の約3倍近く。意識して避けようとしだすのがほぼ身長と同じくらいの距離、攻撃的な姿勢になるのが片手を伸ばした長さ、そして親密な者にはそれ以下の距離でも心を許すといいます。なんとなく心当たりがありませんか?電車の長椅子、鴨川の川べり、レストランの客席も意識して配置しないと他のお客様が気になって仕方なくなりますよね。「無視」の距離、「逃避」の距離、「攻撃」距離と、「親愛」距離。多分、心理学用語ではもっとちゃんとした言葉が有るのでしょうが、分かりやすくするため私が勝手に決めました。 物理的な距離感だけで無く、心理的にもこの距離感は存在します。心理的な距離感を知る事はレストランサーヴィスにおいても有効です。 まず、「無視」の距離感。例えば食後のおしゃべりに華が咲いている時。あるいは恋人どうしで来店されてムードが盛り上がっている時。お会計など何かあったらいけませんからホールに誰か存在する必要はありますが、気にならない距離を保たねばなりません。 「逃避」距離。お客様が高級店、フランス料理店と名の付く所に足を運ぶ時、何となく敷居が高く感じられる気がすることがままあります。心理的な距離感が「逃避」の位置にあるからです。また、サーヴィスマンの雰囲気、店内のしつらえなども「逃避」の距離感を持つ要素になる事もあります。 「攻撃」の距離。心根の優しいサーヴィスマンなのに何となくお客様のウケが悪い。と、いう場合。よくありがちな話です。人間というより動物の心理の中にそういった距離・空間がある事を認識してもう一歩踏み込んだサーヴィスができれば、お客様に与える印象が変わるはずです。 「親愛」の距離間。評判のよいサーヴィスマン、接客とはこのお客様の懐への入り方が上手なのだとも言えます。親愛のゾーンの手前には、攻撃のゾーンがありますのでいかにこの距離を上手くくぐり抜けるかが技術と言えます。それぞれの距離間における具体的な対応についてはまたいづれ紹介しようとも思いますが、私はこの理論を、「だるまさんがころんだ理論」と名付けようと思います。「お前ぇ!関西人やから『坊さんが屁をこいた』とちゃうんかい!」と指摘される向きもあるでしょうが、またまた私が勝手に決めたからいいのです。 誰もが幼少の頃に一度は遊んだ事があると思います。鬼になってしまった方のドキドキ感。我々は俊足と駆け引きを駆使して近付いてきます。上手に近付いて、その背にタッチできれば我々の勝ちなのです。 我々サーヴィスマンは、もっと「サーヴィス」を楽しまねばなりません。我々が楽しく無いのに、お客様は楽しませられないのです。
Aug 5, 2005
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西暦の奇数年にはフランスのボルドーにてVINEXPO(ヴィネスポ)が開催されます。ヴィネスポとはワインの国際博覧会で2005年である今年も6月の末にボルドーで開催されました。 去る2002年には世界的なワインブームの余韻もあり、東京でアジア=パシフィック地域のヴィネスポが開催され好評を得たそうです。 で、その際にフランスで作られたパンフレットのいくつかを入手しています。ボルドーワイン委員会作成のパンフレットは、日本人の田崎真也氏のインタビューや、ボルドーの様々なシャトーの紹介もあり、写真などは非常に綺麗でセンスの良いものが溢れています。…しかし、この冊子の表紙には「ボノレドー ヴアソ」の文字が! …ぼのれどー う″あそ?おそらく、というか間違い無く「ボルドー ヴァン」と書きたかったのでしょう。 表紙の下部には6月を表したかったのか、「水無月」の文字。さらに、内部のページには韓国語には一切触れていないにも関わらず、ハングルらしき文字も。 このハングルさえ正しく表記されているのかどうか分かりません。 ボルドー市だったら、誰か日本人くらいおったやろうに… あるいは今ドキのコギャルが添削したかでしょうね。
Aug 4, 2005
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現代では古くからの形式に囚われることなく、レストランによって様々なサーヴィスのスタイルが提案されています。料理は左から出して右から下げるというのは、古くからの基本でもありますが、現代では様々な方法を取ることもあります。 あるレストランでは、料理を提供するときに、メートル・ド・テル他のサーヴィススタッフが右手と左手にそれぞれ1枚づつ、料理の乗ったお皿を持ちます。その状態で2人づつのお客様の間に立って、両方のお皿を同時に下ろして料理を提供するというものです。 下げる時も同様にお客様の間に立って右手と左手で左右のお客様の皿を掴み、2枚の皿を同時に下げる。 我々から見ても非常に横着なような気もします。しかし、このサーヴィススタイルはパリ16区のレストラン、「アストランス」において行われているサーヴィスのスタイルです。アストランスのシェフ、パスカル・バルボはアラン・パッサールのレストラン「アルページュ」にてスー・シェフを勤め、現在パリのレストランでは最も予約を取るのが難しいレストランと言われ、ミシュランにおいても一ツ星を獲得しています。 このサーヴィスの模様はパスカル・バルボシェフが来日してフェアを開催した際に見たものです。シェフと一緒に訪れていたメートル・ドテル、クリストフ・ロワール氏に尋ねてみたところ、お客様は平等だから同時に料理を出すのだということ。もうひとつの理由は新進気鋭のレストランの個性を打ちだすための演出を心掛けているという事でした。 これとはまた対照的なのが、パリの三ツ星レストラン「タイユヴァン」。サーヴィスの質の高さは世界一を誇ると言われ、日本でも名を馳せるレストランです。 タイユヴァンではお客様のテーブルから下げるお皿は一回に一枚づつと決められています。左手に何枚も重ねたり、両手が塞がるような下げ方はしないとの事。 例えば4名様のお客様がテーブルを囲んでいるとして、メインが終わるとメインのお皿を片付けます。上席のお客様のお皿から一枚ひいて、サイドテーブルへ運び、次のお客様のお皿を一枚ひいてサイドテーブルへ運ぶ。最後のパン皿まで必ず一枚づつ下げることを徹底されているそうです。サーヴィスのスタッフはテーブルとサイドテーブルの間を何往復もすることになります。 私の先輩がパリの星付きのレストランへ訪れた時の話です。食事を終えて一服しようと食後のシガーを注文しました。星付きのレストランですから当然シガーも豊富に揃えています。シガーは高級レストランではサーヴィスマンが点火して渡してくれます。シガーは吸い口をカットし、マッチで点火するのですが、シガーの保管はよい状態を保つため、ワインと同じく70%から80%の湿度に保たれています。そのためなかなか火が着きにくい事もあります。 吸い口はお客様がこの後口をつけられるので、サーヴィスマンが口をつけたものを渡す訳にはいきません。あるサーヴィス方法では、確実に着火するためにシガーを振って風を送ったり、点火した面をふうふう吹いたりするのはよくないサーヴィスと言われることもあります。じっくりと先端だけにマッチの炎をあててシガーを回転させながら均一に点火する。 その時のサーヴィスマンは、点火口に軽く火を着けると、おもむろに火の着いた先端ををパクッとくわえたそうです。そして息を吹き込んでフゥ‐。口から取りだした葉巻は見事に着火されていました。「シルブプレー、ムッシュー」…シルブプレー、っていわれてもなぁ。。。
Aug 3, 2005
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そこそこのフランス料理店などになると、料理を出し下げする方向などにも決まりがあるように思われます。新しくアルバイトを雇ったりすると、「料理は左から出した方がいいのでしょうか?右からの方がいいのでしょうか?」尋ねてくるスタッフもいます。 「どっちでもいい」ように思えます。「どっちでもいい」といえばどっちでもいい事です。 しかし、若いスタッフに教育する際にはプロの仕事において「どっちでもいい」はありえない事を伝えます。第一に安全であること、第二に見た目にスマートであることは心掛けねばならないと。 これがサーヴィスのコンクールや、レストランサーヴィスの検定試験ともなると、ちゃんとした規定を設けています。 ドリンクのサーヴィスはお客様の右側から右手で、料理を出す時は左手を用いてお客様の左側から出す。料理を下げる時はお客様の右側から右手で下げる。 と、あります。実は古くからのレストランサーヴィスにおいて、この方法が安全かつスマートであり、規定を設けなければならない必然性があったからなのです。 古来の貴族社会の会食や、フランス革命後のブルジョアの食卓において、列席者が一列に並んで会食すると言うスタイルはまま見られます。さらに、ブルジョアですからお客様一人に、一人のサーヴィスマンが付くというような贅沢も行われます。そうなると、料理を一度に出す場合、お客様の後ろに全員が立ち並んで一斉に出すわけですから、どちらかの方向に決めておかねば隣同士のお客様の皿が目の前で激突するとなりかねません。まずこれが左右のいづれかに決めた第一の理由。 お客様のほとんど、人間は圧倒的に右利きの人が多いのも確かです。では、ワインなどのグラスを持つ時は?右手で持ちますのでグラスは必然的にお客様の右側に位置します。ここへワインを注ぐわけですからドリンクは右側から注ぎます。 注意せねばならないのはボトルの口が通る位置です。何かの拍子に口から雫が垂れた時に、お客様のお召し物を汚してしまう位置を通っていませんでしょうか?また、料理の真上を通っていないでしょうか?1滴でも雫が垂れたら、そのお皿ごと替えて新しい料理をお出しする覚悟が必要です。 ドリンクが右側からサーヴィスされていますので、料理は左側から提供します。左側から提供するのでこの時は左手で皿を持ちます。右手で左側から入ると、お客様に背を向ける格好になるからです。サーヴィスマンも実際には右利きが多いですから、少々練習が必要ですが、左手で出すことによって体の正面はお客様の方向を向いたまま、「抱きかかえるように」料理をお出しすることができるのです。 さて、下げる時は右側から右手です。今回は右手で結構です。お客様の方向を向いていますから。右側から下げるのは、お客様の使用したシルバー類、ナイフ・フォークが食事を終えて揃えられる時に、お客様も右利きですから右側に揃えられることが多いからです。ナイフ・フォークを食事の終わりの合図に揃えることはお客様にとってのマナーのように捕らえられがちですが、宴席を潤滑に進めるためのサーヴィスマンと列席者の暗黙の了解でもあったのです。 料理は左から出して、右側から下げる。昔からあるルールだからといって、若いスタッフに押し付けるのはあまり好きではありません。そういったルールが出来上がってきたいきさつにはいろんな意味があるのです。 第一に考えられたのは安全であることでした。物騒な社会では安全に食事出来ることがサーヴィスでもあったのです。 グラスにワインを注ぎます。さて、雫が垂れたとしても雫が落ちるのはクロスの上だけでしょうか?お皿を下げた時に、ナイフが滑って落ちた時にお客様の上では無いでしょうか?「安全」であることも、サーヴィスのひとつです。人気blogランキングへ
Aug 2, 2005
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レストランを利用されるお客様は、記念日などのお祝の目的で来店される方も多い。また、記念の日と限らずとも観光されてるうちの一回の食事だとか、カップルのデートだとか、、、当店に来店されたこと自体が記念になれば尚更いいんですけどね。 さて、そうなると度々あるのが、記念写真。テーブルで食事の最中だとか、玄関の扉の前に立って、とか。お客様のカメラをお預かりしてシャッターを押すのをお手伝いをします。「はぁい、いいですかあ。お撮りしまぁす。はい、チーズ。」 毎回思うのだが、この「チーズ」他に言葉が思いつかないので使い続けているが、何となくいいかげん野暮ったく感じている。せっかくフランス料理店に来店されているので「はい、フロマージュ!」と言ってみたところで何のことやら分からない。「チーズ」の意味は「チーズ」と言葉に出すと、口角が左右に引っ張られて自然と笑顔に見える顔になるかららしい。 最近の欧米では「ウィスキー」と言うのもアリだそうだ。また、韓流ブームに乗ってか、「キムチィー」とやってる奥様方をお見かけしたこともある。とにかく「イー!」の発音をさせればどうも笑顔になるらしい。こんなのはどうだろう。「はい、撮りますよぅ。A、B、C、D、」「イー!」こんなのとか「亭主元気で留守が、」「イー!」とか、「ショッカー軍団!」「イー!」…分かる世代の人しか分からんな「1足す1は!」「ニ-!」ってのも良く使われるらしい、高級店だったらもうちょっとひねりを入れて「4332÷12×55-19853は!」「…… 」2なんですけども、、、どなたか何か気の効いたかけ声はご存知ないものか?ま、でもこれだけネタを振ってりゃ、自然にお客様も笑顔になるだろうけれど。
Aug 1, 2005
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