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日本人の味覚は世界一。 か、どうかはともかく、味覚が優れていることが問われ、少なくとも世間の人々からそうだろうなくらいに思われている職業に「ソムリエ」があります。 私もソムリエのバッジを着けて業務にあたっていると、お客様からは「ソムリエさんなんですね!すごいですね~」などとお声を掛けられたりします。 私も褒められて伸びるタイプですから悪い気はしませんが、あらためて何が、どうすごいのかとなると返答に窮してしまうこともままあります。 おそらく、お客様、もちろん世間の多くの方々には「ソムリエ」なる人々は、味にうるさく、そのため大変「味覚」が優れているに違いないと想像をかき立てるのでしょう。 しかしながら、ソムリエという名の人、皆が皆味覚、また味覚を感知する舌という体の器官が優れているとも限りません。 体の器官としての舌の良し悪しは、かなり主観的なものであり、比較のしようが無いことと、また舌という「器官」が他の人よりよく出来ているからと言って、ソムリエとして優秀かどうかの基準とはなりえません。 例えば、美しい絵画を例に挙げても、視力が良いからといって、鑑賞した際の心の動き具合が変わるものでもないでしょうし、ましてや人様に感動を与える絵画の表現を作成するにおいては、眼球の視力の優劣によるところでも無さそうです。 サービスに携わる若い方々に、また、ソムリエ志望のスタッフにちょっと意地悪してこんな質問をしてみることがあります。 「何ぃ、食べたことがないから分からない!?飲んだことが無いから伝えられない!?なるほど、じゃあ練習がてら、少なくとも一度は飲んだことがあるであろう”コーラ”の味を説明してごらん。」 これは難しいですね。 「発泡の具合ははつらつと強くて、強い甘味を緩和している。加えて酸味の度合いが、、、」 かようにソムリエという職業においては、特に自分の体を持って感知した経験を、自分ではない誰かに伝える、ワインを表現するというアウトプットのほうが困難で、かつ重要でもあります。 味覚のために少々舌が優れていても、記憶するのは脳であり、そこからアウトプットするのもまた、脳の働きによるものなんですね。 「あか」と聞いて何を連想しますか? こんな駄文をここまでも読み薦めて下さっている方は、同業の方か飲食に興味をお持ちの方でしょうから「赤ワイン」でしょうか。 「あか」と聞いて「黒」いものを想像される方。先ずはお風呂に入ることをおすすめします。「あかはアカン!白にしろ!」とか思い出す方は関西人の血が濃いですね。 「あか」といっても色々です。味覚は主観的なものですから、見える化するために色彩を例に挙げてみました。 似ているようで、違う。赤系統の色チャートをいくつか並べてみました。 いかがでしょう。並べられた色彩チャートから、違いは分かるものの、それぞれの差異を言い表わせるでしょうか。黒っぽい感じ。紫がかった。明るい。赤と言うよりピンク。などなどですね。 表現がやはり主観的になりますので、基準を数値をに置き換えてみましょう。印刷に用いられるCMYKカラーモデルというやつです。 C=シアン・青色系統 M=マゼンタ・赤色系統 Y=イエロー・黄色系統 K=クロ 以外にも一番左はKは使われていませんね。対して一番右は赤系統とはいえYが100使用されています。 「このワインにはカベルネ ソーヴィニヨンが〇〇%、メルローが〇〇%、、、」 とか 「××年の気候において、どこどこの畑で、何某が手がけて、、、」 などセパージュやブレンドに伴う「個性」とも呼ばれる、 ワインの構造をを語るのに似ています。 数値は正確にその色の構造を表しています。 しかしながら、まごうことなく「見えている」のものは、私もあなたも同じものを見、違っているはずはありません。 誰もが知覚はします。知覚とは光を網膜が捕らえ、神経を伝って脳に届く、そのプロセスです。 料理やワインを口に含んだ時、味覚も同じ働きで、舌で捕らえた味を脳まで伝える。知覚のプロセスは五感と呼ばれるものは同じくの経過を辿ります。 では、各々で異なるのは何か? それが「認知」と呼ばれるものですね。脳に届いた信号は、経験と記憶に基づいた複雑な「解釈」が行われ、想像力の源泉となるのです。 実は赤系統の色を五つ、これはあてずっぽうに拾ってきたものではありませんでした。規格のある色彩群の中に「日本の古代色」というカテゴリーがあって、その中から選んできました。 あずき、あかね、べに、あか、しゅ。古の日本人の身の回りにあった「色」を定義して命名された「色の名前」です。 新たに発見した事象が記憶となり、どうでしょう、名前があったことで漠然とCがいくつ、Mがいくつとあった数値で表された「色彩」しかなかったものが、意味を持った「色:に変わっていませんか。 色は匂えど散りぬるを、、、色が匂う、と表現した古代日本人の記憶と、現代に生きる私たちの経験が繋がっていることに気付くこともまた「創造力」ですよね。 だから、チャートの順番を入れ替えたとしても、認知が生まれてていることから、どの色が「なに色」か紐付け易いのではないでしょうか。 味に置き換えてみても、「好き」「嫌い」、「美味しい」「美味しくない」という主観的な味の検地能力だけでなく、プロであるならば、尚、「分かる」「伝える」そして「語れる」、やっぱりアウトプットが必要とされるのです。 もちろん、違いが分かるようになる為にも、多くの「美味い」食事を口にし、多くの方々に愛されるワインをたくさん飲んで、経験と知識を増やしていかなければなりません。 極論かもしれませんが、「優れた味覚」とは、他ならぬ「脳に蓄えられた記憶」と、自身のあらゆる経験を「関連付ける力」にその源泉があると私は考えます。 先に述べた、「コーラの味を表現する」という難問においても、まぁ私くらいになると様々な手法で表現することが出来るようになります。 例えば、色彩のチャートを用いて、「コカ・コーラ」の味を表現すると、、、 こんな感じ ・・・そのうち、どっかから叱られますね。
May 18, 2016
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しばらく前に家でTVを見ていると、ラーメンなどの麺がすすれない人が増加しているのだとか。 関西ローカルの情報番組の中でも採り上げられていたのだが、若い人で、また女性であるほどその率は高く、麺をすすれない若い女子は4人に1人、25%の割合にも及ぶらしい。 識者いわく、「すすると言う行為が出来ないと、味わいが減少してもったいない」のだそうだ。「すすることによって麺類をよりおいしく味わえる。」。 この「啜る・すする」という動作をやや難しく定義すると、「空気と共に吸い込んだ液体や食べ物を口腔内にとどめつつ、空気だけを気管に送り込む」ということであって、吸い込んだ空気が喉の奥から鼻に抜ける際に、香りを纏った空気が抜け鼻腔の粘膜から認知される。 口へ運んだ食べ物を空気と一緒に吸い込む。そのまま食道へ送るのだが、同時に吸い込んだ空気は鼻へ抜く。これが「すする」という行為における体の動きでもある。 鼻を通じて得られる臭い、噛んだ際の歯ごたえ、温度に関わる熱を感知することも人間が「美味しい」と感じる要素であり、特に嗅覚においては、味を左右する影響はかなり大きい。 フルーツ味のお菓子がフルーツと認識されるにあたっては、使用される香料によるもので、試しにバナナを鼻をつまんで食してみると味らしいものがひどくボンヤリしたものに感じられる。 香りが味を形成する要素であり、味覚で味を感じると共に、香りを嗅覚で聴くことは、「味わい」を増幅させる事に他ならない。 私も含めて、日本にもソムリエと称する方が多くみられるが、ソムリエに関わりのある方なら思い浮かぶシーンがあるだろう。 ソムリエがテイスティングを行うときに、ヒュルリラ、ヒュルロロと口をすぼめて空気を吸い込むあのしぐさの事である。 テイスティングは、ワインを判断する、学ぶと言う点において、広く遍く世界中で行われている。 食事中、音を立ててはいけない、とされる西洋諸国においては、非常に不可思議に映る所作ではあるが、「味わいの鑑定をする」には、有用な所作なのであろう。 ただ、私もソムリエの資格を得てから、既に20年になるが、あの行為のことを何と呼ぶのか知らない。 かように行儀の悪く見えるところも手伝って、一つの単語で表されることは無かったのであるまいか。 これを機に、「ススリング」などと命名することを提唱したい。 ラーメンや、うどん、ソバなどの麺類をすすれることに慣れた日本人は、このススリングも容易であると思われる。諸外国のソムリエはおそらく少しばかりの練習も積んだことに違いない。 では、なぜ、日本人の多くがこの「すする」芸当を身につけたのか。 それは他でも無い、「箸」存在にある。 日本において箸は、最古の書物「古事記」の中にも、「スサノオノミコトがヤマタノオロチ退治に出かけ、川のほとりを歩いていると上流から箸が流れてきた・・・」との記述があることから、2000年以上の歴史があることが窺える。 一方、東アジアを除く世界のほとんどは主に「手」で食事を取る、「手づかみ」文化である。現代、ヨーロッパの食習慣文化が入ってきて久しいが、日本人にとって難しいとされる「ナイフ・フォーク」も普及してから300年あまりの歴史でしかない。 ちなみに、世界でマナーとされている「音を立てない」文化は、この「手食」のために。そもそも音がしないことに派生する。 箸は日本、中国、台湾、シンガポール、ベトナム、タイなどの東アジアの国々で日常的に使われてきた道具である 日本が東アジアの箸文化圏から見ても特異な点のひとつは、主に箸のみで食事を採ることで、中国や朝鮮では匙(さじ:スプーン)を主に使用する匙主箸従型であり、またその他諸国では麺類を食べる時だけに箸を用い手食も多い。また、もうひとつには椀などの食器を持って口に運ぶのも、日本独特とされている点である。 箸の使用がもたらしたものは、 「熱い」食べ物を口に運ぶことが出来るということである。 手で食事を摂る文化ではこうはいかない。手で掴める温度の食物でないと、口へは運ばない。 外国人に猫舌の人が多いように見えるが、そもそも掴んで火傷するような熱い食物を口にする文化が無かったのだ。 日本人であっても、西洋人であっても哺乳類として舌という器官で得られる味の大小の差がそう大きいとも思えない。 日本料理が西洋料理と比べて薄味だから繊細、と言えるものではなく、食事の方法が特殊なことによって薄い味付けでも、味わいを増幅させているのではないか。 箸を使い、器と手に取る習慣を身につけた日本人は、同時に口に運んだ食物を瞬時に冷ますテクニック、つまり外気を共に吸い込む、という「すする」という味覚を磨く技術が根付いている。 古来からある「メン食い」という賞賛される言葉は、きっと「味覚に優れた人」という意味が隠されているに違いない。
May 9, 2016
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