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パパに、文句言ってやる!!と、意気込んでものを言っても、「・・・はい、すみませんでした・・・」と、最後は私が謝って終わる。なぜだ、なぜなんだ!!私の中では、100%パパが悪いと思ったことなのに。私が、感情的にぶつける文句を、やすやすと理論武装で交わし、最終的には、私が悪いということで終わってしまう。自慢じゃないが、理論的ということがもっとも苦手だ。頭が悪いので、理論が組み立てられない。組み立てても、穴だらけで、すぐ敵に弱点を衝かれてしまう・・・というか、弱点をさらけ出したような理論しか組み立てられないのだ。それに、うちの旦那様は、自分にえらく自信があり、自分が悪いということを、天と地がひっくり返っても認めないタイプで、私は、自分に自信がなく、すぐに、アッ私が悪いかも・・・と思ってしまうタイプだ。性格的にも、すでに負けているのかもしれない。・・・という訳で、夫婦喧嘩は、けんかになる前に、私の謝罪で幕を閉じてしまう。あぁ、理路整然と、完璧な苦情を、パパの耳に突っ込んでみたいものです・・・。
2003.04.30
私が免許証の更新をしなければならないため、義母と義父にかれんを見ていてもらった。従姉妹のかのんちゃん(2歳8ヶ月)も一緒だったので、たいそう楽しく、娘は過ごせたようだ。免許証の更新が終わりて帰ってくると、義母が、「かれんちゃんは、おませな口ばかりきいてビックリしちゃったよ。」と驚いていた。「こんなことがあってね・・・・。」と、義母が話してくれたのは、義母が、かがんだ拍子に、プッとおならが出てしまったそうなのだが、かれんが、「ばあば、あっち行って!!」と、義母に怒ったそうなのである。義母は、おかしくて笑いが止まらなかったそうであるが。義母に向かって、そんなこと言えるとは。私は、おかしいと言うよりはむしろ、我が娘に、少し尊敬のまなざしを注いでしまったのであった・・・。
2003.04.28
娘を産んで、1日目。おっぱい大きくなんないなー・・・と思っていた。2日目。胸が痛くて仕方がなく、見てみたら、叶姉妹か?!(過剰デフォルメ)と思うほど腫れあがっていた。その日以来、娘を預けて買い物に行っても、3時間が限度で、それを過ぎると、胸がパンパンのコチコチ、乳首がいびつに変形して、じわじわ母乳があふれ出ていた。買い物に出かけ、帰ってきてハッと見ると、Tシャツに母乳のにじみが2つできていることもしばしばだった。こんな所を2つ輪染みを作って、そ知らぬ顔で歩いていたなんて、男の人が、社会の窓から、ワイシャツはみ出しているようなものだ。なんて恥ずかしい・・・。しかし、最近では、そんな胸の張りもトンと無くなり叶姉妹(過剰デフォルメ)も、シオシオノパ~。すっかり空気の抜けた風船のようになっている。胸が張るというのは、何とかと言うホルモン(忘れた)の働きで、そのホルモンは、だんだん分泌量が減って、胸が張るという感覚がなくなるのだそうだ。なので、母乳、出てるのか?と疑いたくなるが、これでも飲んでいる限りは出てくるらしい。最近、娘が、喉をゴクゴク鳴らしておっぱいに吸い付いている姿を見ていると、私のおっぱいから、何が出てんのよ?喉が鳴るほど、何を飲んでいるの?と思ってしまう。(母乳しか出てないのだが)このぺっしゃんこ風船は、今も、地道に母乳生産をしているらしい。不思議だ。
2003.04.27
パパが会社の人と飲んで帰ってくる。御本人、酔っ払って上機嫌。外で飲んでも、必ず夕飯は食べる。私も、帰ってくるのを待って、一緒に食べている。娘も起きていると、娘もなぜか2度目の夕飯となる。時間的には、遅くても8時くらいなので、そんなに遅い時間ではないのだが、パパには、やっぱり早く帰ってきて欲しいものである。しかも、私は、娘の夕飯、パパの夕飯と2度も付き合わなければならない。しかし、ここでぐちぐちと愚痴を言っても、仕方のないこと。「パパ~~♪」と、パパが帰ってきて、超ご機嫌な娘。「何だい~~~?」お酒が入って上機嫌な上に、娘に呼ばれて、なお機嫌のよいパパ。「かれんちゃん、パパ、かれんちゃんにチユ~して欲しいって。」と、私が言うと、かれんは、とことこパパのところに歩いていって、パパの(なぜか)鼻の頭にチユ~をする。ここで、チェックポイントが一つ。食事中の娘の口の周りは、あらゆる食べ物、その汁、その他(?)がいっぱい付着しているのだ。そういった、付着物は、チユーしたパパの鼻の頭に自然に移動することになる。鼻の頭に、ご飯粒のっけて嬉しそうに目を細めるパパ。酔っ払いっているので、鼻の頭の上に神経が行かないらしい。プププププ~~~~~ッと笑いをこらえる私。ささやかなる仕返しだ。
2003.04.25

はじめまして、ウォルドルフ人形の花ちゃんです。娘ができたら、自分でお人形を作ってあげようと決めていました。かれんも、お人形に興味を持ち始め、そろそろ作ってあげようかなぁ、と思ったのは数ヶ月前。それから、いろいろな人形の本を見たり、ネットで検索しても、なかなか思い描いている人形に巡り会えず・・・そんなこんなで月日ばかりが流れていたのですが。いろんなお人形を探している中に、ウォルドルフ人形もありました。でも、このウォルドルフ人形は、ちょっと特殊で、中綿に羊毛を使っていたり、髪の毛に使う毛糸は、草木染めの羊毛だったりと、なかなか手に入りそうもない素材だったので、すっかり諦めていました。そして、先日、絵本と木のおもちゃのお店の百町森を再訪した際、このウォルドルフ人形のキットを見つけてしまったのです。まさか、キットが売っているなんて、夢にも思わなかったので、ビックリ。そして、見本においてあった、出来上がりのウォルドルフ人形にうっとり。素朴な表情、そして、本当の赤ちゃんのようなフカフカな触り心地、そして、程よい重量感。これは、中綿に羊毛が使われているからなんですね。化繊の綿では、この感じは出せないだろうと、実物を見て実感しました。・・・で、お店の人には、「初めてお作りになる場合、C体(体長40cmのウォルドルフ人形のこと)は、ちょっと難しいです。講習会を受けた方がいいですよ。」とアドバイスをいただいたが、娘を預けて講習会を受けることは不可能なので、「自分でがんばって見ます。」と言い切り、ウォルドルフ人形のキットのほか、作り方の本、糸、まち針など、お店の方に教えていただいた材料を一式購入しました。そして、娘の昼寝時間、夜の睡眠時間を削って製作すること4日あまり、ついに完成したのでした。肌色のジャージをミシンで縫うのに苦労し、羊毛を詰めるのは、かなりの力仕事だったり、人形用の長い縫い針になれず、何度も指をさしたりと、本当に、血と汗と涙の結晶です。よく見ると、がたがたな縫い目だったりしますが、学校での家庭科の知識と、小学校時代大高輝美さんのフェルトマスコットを作った程度の手芸経験の私にも何とか出来上がったのです。出来上がりの感触は、百町森の店頭で見た、あのウォルドルフ人形と同じです。とても素朴なお人形なので、名前も、花ちゃんとしてみました。かれんも、喜んで花ちゃんのお世話をしています。人形作りに疲れて、花ちゃんの洋服は、少々簡素になってしまいましたが、これから、ふりふりのワンピースでも作ろうかと思っています。ウォルドルフ人形に関しては、これから、ページの方に詳しく作っていきたいと思います。とても素晴らしいお人形なので、興味をもたれた方は、是非、作っていただきたいなと思いました。売っているお人形とは、まったく違う、素朴なお人形ですが、それだけに、子供の想像力を刺激します。小さな目や口は、子供が嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて見えるためだそうです。いつも笑っている人形では、子供の本当の友達にはなれませんものね。この人形は、子供が悲しいときは、一緒に泣いてくれるのです。この人形作りに、かなりはまってしまったので、今度は、講習会を受けて、正統派の作り方を学びたいと思いました。
2003.04.24
最近、某国営放送で「日本語で遊ぼう」という番組が始まった。そのコーナーのひとつに「寿限無、寿限無、ごこうのすりきれ・・・」と、寿限無の名前を最後まで言うコーナーがある。見ていて、ふと、どうでもいいことを思い出した。学生時代の友人(男)に「ぶら」というあだ名の子がいた。まじめなタイプで、第一印象は、「博士君のような人」だった。浮いたうわさ一つ無く、まじめだけど、とても親しみにあるいいやつだった。その子が、なぜ、「ぶら」と呼ばれていたのか。男の仲間にそう呼ばれていたので、「ぶら」なんて、大した意味も無いだろうと追求もしなかった。それに、「ぶら」なんて微妙なあだ名、変ないわれがあったら聞いて失礼にあたってもまずい・・・なんて思っていたのだが。今ごろになって、その真相に気がついた。「寿限無」の一説を聞いたときのこと。「・・・・やーぶらこうじの、ぶらこうじ・・・・」そうだ!!あの子、「こうじっ」て名前だった。「『ぶらこうじ』の『ぶら』だ!!」10年来の謎が、今ごろ解けた。変な謂れじゃなかったのね。それにしても、「寿限無」からきたあだ名とは渋い。だけど、「ぶら」なんて、人から呼ばれたくないわね・・・なんて思ったりして。それにつけても、どうでもいいことだ・・・そうそう、最近ゲストさん(※注 ゲストさんとは楽天にホームページ持っていない人のこと)の訪問が、急に増え出した。楽天のシステムで、『ランダム』機能がある。私のようなホームページの場合(くだらない日記以外、たいしたコンテンツが無い)ランダム機能で、楽天の方々が巡って来ていただくのは分かるが、どうしてゲストの方々が来て頂けるのかわからない。20人来るか来ないかの吹けば飛ぶようなホームページだったのに、70人以上訪問者がいる日も多くなってきた。私、どこかにWANTEDでもされているのか?!なぜか、後向きな考えしか浮かばないのだが・・・ま、これも、どうでもいいことにひとつで。そういえば、かれんの落書き用のホワイトボードに、「さしみがすき」と、へたくそな字で、いたずら書きされていた。パパの仕業だが、なぜに「さしみがすき」?・・・これもどうでもいいことだ。どうでもいいようなことを日記に書いてしまうほど、ああ、とても暇だ。
2003.04.23
「にんじん食べる~。」と娘が言うので、娘の茶碗のご飯のうえに、肉じゃがのにんじんを入れた。「トマト、食べる~。」と言うので、サラダのトマトを、同じく娘の茶碗のご飯の上に置く。「ふりかけかける~。」と、娘が言うので、ご飯のうえに、おかかふりかけをかけた。「なっとう、食べる~」と、娘が言うので、冷蔵庫から納豆を出して、娘のご飯のうえにのせた。「ごちそうさま~。もういらない~。」と、娘は席を立ってしまう。残されたのは、あらゆる食べ残しと、その汁がしみたご飯が、茶碗に半分。何も気にせず、残飯整理のため、そのご飯を頬張る私。こんなご飯食べられる私は、味覚がおかしいのか、それとも、母は強しなのか・・・・・・
2003.04.22
娘に母乳を上げると、服をめくり上げる関係で、おなかは出しっぱなしになる。娘は、おっぱいを飲みながら、このおなかを、空いている手でもぞもぞと触ってくる。そして、反対の手は、飲んでいない方のおっぱいをまさぐる。「くすぐったいから、やめて~~~~!!」という、私の懇願なぞどこ吹く風。おっぱいを飲み終わると、そのまま私の足元にしゃがみ、おなかを触る続ける。そんなに触り心地がいいのだろうか・・・・と思っていたら一言。「おおきいね~~~。」大きなお世話じゃ!!そしてまた一言。「ぱんぱんね!!」・・・・・ハイ、おっしゃる通りでございます・・・・(泣)
2003.04.19
いつもは車でお出掛けの多い私と娘だが、昨日は、楽天でお友達になったゆみこままりんさんのお宅へ電車で訪問し、かれんが、いたく電車を気に入ってしまった。ということで、今日も電車でお出掛け。この3日ほど、パパが講習会で、静岡まで電車で通っており、今日は講習会の最終日と言うこともあり、終わってから、静岡で夕飯を食べようと言うことで、私もかれんと、電車で静岡に向かった。待ち合わせの時間は、午後4時40分だったが、出発時間は午前10時過ぎ。こんなに早く出発したお目当ては、静岡のデパートめぐり。デパートに買い物に行くのなんて、1年ぶりくらい。なにせ、パパとデパートに買い物に行っても、ゆっくり見せてもらえないし、かといって、私とかれんだけで行くのも、ゆっくり見れそうもないし、と諦めていたのだ。だけど、かれんも、少しお姉さんになったし、ということで、デパートへのお買い物を決行したのだ。電車の中では、かれんは外の景色に夢中で、とても大人しく片道40分の道のりを過ごせた。電車を降り、久しぶりのデパートへGO!!デパート特有の雰囲気にうっとりしつつ、そのまま子供服売り場へ。私の洋服屋さんの前は素通りだ。かわいい洋服が一杯で、「これかわいい!!」と選んでいる私の横で、同じような台詞が。「これかわいいね~、これかわいいね~。」かれんが、洋服を手にとっては、私と同じように言っているのだ。そして・・・である。「これかわいいね~、600円かな~。」と言ったのだ。「ろ、600円?!」という、私の驚きをよそに、かれんは、「これかわいいね~、600えんかな~。これかわいいね~、600円かな~・・・・」をエンドレスで繰り返していた。あなた、一体いつ、「600円かな~」なんて言葉覚えたのよ。しかも、あなたの手にしている洋服は、600円じゃ買えないって。母の心のツッコミをよそに、楽しそうに、600円を言い続けるかれんだった。その後、楽しくお買い物は続き、結局買ったものは、かれんのおままごと用の木の野菜と、かれんのお人形を作るキッドとその本だった。私のものは、何一つない。不思議なものだ。子供が生まれる前は、自分の洋服を買うのが何よりの楽しみだったのに、今は、かれんのものさえ買えれば満足なのだから。長々のお買い物のあと、講習会終了したパパと待ち合わせ、夕食をとり、電車で家路に着いた。電車の中では、さすがにコテンと寝てしまったかれんであるが、家に着くと復活し、飛び回って遊んでいた。私は、ぐったり、遊ぶ気力もない。子供のエネルギーって、無限大なのかしらん。かれん、あなたは、不死身人間なのでしょうか・・・母には、とっても真似できませんわ。
2003.04.18
今日の公園は、無法地帯だった。ママと子供のグループが10組(いやそれ以上?)も、狭い公園に押しかけていいる。しかも、ママさんたちは、お友達とのおしゃべりに夢中になっていて、子供たちは野放し状態。私とかれんだけが、見知らぬグループにポツンと入っているような感じだった。かれんが、ブランコに乗ると言うので、押して揺らしてあげていると、その前後を、子供が行ったりきたりするので、ブランコにぶつかりやしないかと、冷や冷やする。(母親達はおしゃべりに夢中)そうこうしているうちに、隣のブランコに乗った女の子が「誰か押して~~~!!」と叫びながら、私を横目で見るため、仕方なく「おばちゃんやってあげるよ。」と、その子の背中を押して、ブランコを揺らしてあげた。(母親はおしゃべりに夢中)ブランコで遊んでいるので、かれんのお砂場遊びセットをブランコの脇に置いておいたら、どこかの男の子が、それを持っていこうとするので、「ダメよ~ぼく、それ、この子のだからね。」と、やんわりと阻止する。(母親達はおしゃべりに夢中) おらおら(巻き舌)そこの母親達、公園にきたら子供と遊んでやらんかい!!! おしゃべりしたい気持ちも分かる。だけど、子供に背中向けてるのは・・・ねぇ。これは、ママ友のいない私のひがみなのだろうか・・・。
2003.04.16
私のおなかの上でジャンプする、娘の鬼コーチ振りは以前紹介させていただいたが、鬼コーチの振る舞いは、さらに度を増した。仰向けで寝転がっていた私に、いつものようにおなかの上に乗ってきたのだが、これはいつものこと。今日は、さらに胸の上を歩いてきて、私の首にまたがり、そこで、ピョンピョンとお尻をジャンプさせたのだ。「フエッ、グホッ、ハッ、#$%★○◎?!!!」悲鳴にもならない私の声に、奇声を上げて喜ぶ娘。育児中に、初めて命の危険を感じた一場面であった・・・・(涙)
2003.04.15
昨日の日記にも書いたとおり、理数系が苦手な私が、何の因果か、銀行に就職してしまい、結局、出産の一月前まで働いていた。胎教するのを夢見ていたのに、働きながらの妊娠(?)はとても大変で、帰ってくれば、寝込んでしまうような毎日だったので、胎教らしいことは、あまりできなかった。妊娠中は、穏やかな気持ちどころか、いつも仕事でカリカリしており、周りの人から、「おなの赤ちゃんに悪いよ・・・」と、止められても一人で怒っていた、短気な私。胎教をして、その成果を見るのを楽しみにしていたのに。お母さんが、お腹の赤ちゃんに唄った歌や、本などを、赤ちゃんは覚えていて、それを聞くと笑ったりすると聞き、こりゃ是非試したい、と思っていたのだ。しかし、夢破れて、胎教の成果など見る事は叶わぬこと・・・と諦めていたのだが。先日のこと。郵便局に送金をしに行こうと、通帳を引出しから出してきたのだが、それを見つけた娘の目がキラリンと輝いた。「持っていく~、持って行く~。」と言ってきかないのだ。仕方なく、通帳を渡すと、嬉しそうに中を開いて、「=+*○★$&(翻訳不能)」と、何かつぶやいている。その後も、郵便局のATMの前につくまで通帳を離さず、用を済ませて、そのまま、伯母の家に遊びに行っても、通帳を持ったままだった。そして、伯母の家は美容院を経営しているのだが、その美容院のお店の中を、通帳を持ってうろうろしていたのだ。お店のお客さんからは、「あら、通帳すきなのねぇ。」と言われていた。とにかく、通帳を手放さないのだ。そのうちに、通帳を開いて、カレンダーを見上げて、何かブツブツ言い始めたので、もう驚いてしまった。何だか、働いているの時の私の姿そのままではないか。通帳とカレンダーは、銀行に勤めていた頃は、1日何十回と見ていた。事務方の仕事をしていたので、期日の管理で、担保保管していた通帳を、毎日カレンダーでチェックしていたのだ。・・・げに恐ろしや、胎教の威力。娘の胎教の効果は、通帳好きとなって現れたのだった。胎教は、確かに効果があるようだ・・・・。でも、通帳好きでも、世の中のお役には、ちっとも立たない。それどころか、娘が通帳を開いて歩くことで、我が家の貧相な家計が白日の下にさらされてしまう。ということで、当分、通帳は、娘の手の届かない所に厳重保管と相成ったのだった。
2003.04.14
我が家の定番子守唄は、ねんねんころり~よ~おこ~ろり~よ♪(題名不詳)私の母が、私に歌ってくれていたもので、私の父も、母親(私の祖母)にこの歌を唄ってもらっていたそうだ。私は、幼い頃、この歌を母に唄ってもらうと、よく泣いていたものだ。「坊やのお守は、どこ行った~、あの山越えて里へ行った~」と言う所を聞くと、何だか自分の母親がどこかに行ってしまうような気がして幼心に悲しくなってしまったのだ。この子守唄を、唄ってもらっていた父も、幼い頃、この歌で泣いていたのだそうだ。さすが、親子。変なところが似るものである。で、私の子守唄のレパートリーも、幼い頃に聞いていたこの曲しかないので、かれんの寝かしつけるときによく唄っている。かれんは、さすがにまだ歌詞の意味はわからないので、泣いたりはしないのだけど。最近、子守唄を覚えて、私といっしょに歌い始めた。たどたどしいが、ちゃんと唄えている。今日は、ベッドに入ると、私が歌うよりも先に唄い始めた。賢くなったもんだ、と感動し、私も声を合わせて歌い始めたら、「自分でやる~、ママいいの~。」などと言うのだ。「いいよ、自分で唄って、寝なさいよ。」と言い返したら、本当に、自分で唄いながら寝てしまった。自分で子守唄を歌いながら、寝付く赤ん坊って一体・・・。
2003.04.13
昨日の日記を読んでいただけば分かるが、私は、理系の教科には、滅法弱かった。数学が苦手なため、化学物理も考え方についていけなかった。数学なんか、足し引き掛け割り算ができれば、人間生きていける、微分積分なんて覚えたって、無用の長物じゃい!!と、できないことを棚に上げて、無用説を掲げていた。スーパーで買い物するには、足し引き算ができれば事足りる。丸いケーキを家族で等分にするには、割り算ができればいい。まさか、今日は魚を、微分に切ろうとか、ジャガイモを、積分を使って茹でよう・・・(意味不明)なんて、するわけがない。微分積分なんて、数学者とか数学の先生が分かっていればいいのだ・・・・と思っていたのだけど。数年前、ラジオを聞いていたら、こんなことを言っていた。数学とは、考え方を学ぶものなのだ。高度な数学は、理論的に考える思考を養う・・・のだそうだ。なるほど、と思った。確かに、生きていくには、必要はない高度な数学ではあるが、それを考えることで、高度な理論的思考を養えると思う。高校時代、数学のできる人は、本当に頭の切れる人だった。それは、そういう、理論的思考が優れていたからなのかもしれないと、納得した。・・・・というわけで、高校時代、勝手な考え違いをし、理系の教科を、ぶった切ってしまった私は、理論的な考え方を養うこともなく、感情的に物事を考える、普通のオバサンとなってしまった。娘が、数学を習う頃、もう一度復習しても、もう無駄かしら・・・と思いつつ、一度挫折した高校の数学に、少しだけリベンジしたい、今日この頃・・・・・微分積分のできるオバサンって、何だか素敵ではないか!!
2003.04.12
家の物置を整理したら、懐かしいノートが出てきた。高校時代に、友人3人と交換日記していたノートだ。私も友人も、およそ交換日記の似合わないタイプなのに、なぜ、当時、交換日記なぞ始めたのか?ちっとも記憶にないのだが、とりあえず出てきたノートの内容が、あまりにも面白いので、交換日記をしていた友人の一人に、貸すことにした。それが3日ほど前のこと。その後、その友人からメールが入った。「Åって、なんて読むか分かる?」と言うものだった。はて?私にはちっとも分からない。そこで、友人に電話をしてみることに。「何、あのAの上に、ちっこい丸がついたマークは?あゆ(浜崎あゆみ)の新しいマークか?」と聞いた所、「オングストロームだよ。オングストロームを、携帯で変換したら、あの文字が出てきた。」と言うのだ。オングストロームという言葉が、例のノートに書かれていたと言うのである。「な、なんか、聞いたことある、オングストローム・・・でも何?」と友人に尋ねても、「知らん。聞き覚えだけはある。」との返事。私も、聞き覚えだけはある。「なんだろう、単位?1オングストロームは、1センチの100万分の1とか?それとも、オングストロームの公式?オングストロームの定理?・・・・あ~わかんない。16年前には、分かっていたことなのにねぇ。」友人も、ちっとも思い当たるものがなく、結局、オングストロームは、数学か化学か物理で使われていたものだろう・・・という推測しかできなかった。そういえば、先日、テレビのチャンネルを回していたら、教育テレビの、三角形の1辺の長さを求める問題の解説で、「・・・これは、タンジェントを使って、求める問題ですね。」と言っていた。その時も、タンジェントって何~?聞いた覚えだけはある・・・。と思ったのだった。他にも、すいへーりーべーぼくのふね、なーまがりしっぷす、くらーくが・・・と、元素記号おぼえたが、最初の「すい」が水素だってこと以外覚えてないし、英語で、くじら構文というのを覚えた記憶があるが、何がくじらだったのか、私の記憶の中には、すでに知る由もない。私の中で、高校時代に学んだものは、ほとんど風化してしまい、残骸しか残っていない。それ聞いたことある・・・くらいの残骸だ。そして、今も、その残骸は、役立つことなく、さりとて、思い出すこともなく、あ~~~~~~、思い出せない~~~~~!!という、気持ち悪さだけを私に与えてくれる・・・。それにつけても、オングストロームって何?!
2003.04.11
友人と近所のおしゃれなお店でランチをしていた時のこと。食後のコーヒーと一緒に、角砂糖が数個小さな器に盛られてきた。それを見たかれんは、「食べる~。」と言う。「オイオイ、角砂糖は、おいしくないよ~。」という私の制止も、かれんの耳には届かず、食べる食べるの大騒ぎ。他のお客さんにも迷惑になるし、食べれば、甘すぎておいしくないことに気づくだろう・・・と、一つ口の中に入れてやったのだが。2~3回口をモグモグさせると、「もっと~。」と、言うではないか。「おいしいの?」と聞くと、「おいし~。」と、とても嬉しそう。「もっと~、もっと~、もっと食べる~。」と、騒ぐので、仕方なくまた角砂糖を口に放り込んでやったのだが。それを見ていた友人が「なんかさ~、角砂糖上げるのって、どこかで見たことある・・・」と言ってきた。私はすかさず、「調教師みたいだよね・・・」と言った。友人は、「そうそう、芸ができた動物に、角砂糖上げてるよね。よ~し、よしって。」と言い笑った。ある意味、私は、かれんの調教師かもしれない?ご褒美に角砂糖は、虫歯のことを考えて、今後は控えることにするけれど・・・。
2003.04.10
まだ、言葉がはっきりしていない頃、かれんのブームは、「だりだり」だった。何かにつけ「だりだり~。」と言っていたのだが。最近では、「だりだり」が息をひそめ、別のブームが現れた。「抱っこ、ま~ん。」「もっと、ま~ん。」「自分でやる、ま~ん。」なぜか、最後に「ま~ん。」が付くのだ。「ま~ん」と言うより、「men」の発音に近い。「Hey、men!!」と言わせて見たくなる発音だ。しかし、どこで覚えたのだろう。我が家の近所に、「Hey、men!!」と言うようなブラザーはいないのだけど・・・・。、
2003.04.08

おままごと道具を買ってから、おままごと道一筋の娘。常に、お椀におはじきを入れて、グルグルかき混ぜている。そして、私とパパを、そのお料理(?)を、「おいしいね~。」と言って、食べてあげなければならないのであるが。さて、そこまで夢中になっていると、親としては、いろいろと揃えてやりたくなってくるが、おままごと用品は、ちょっと値が張る。鍋やフライパンなど、ミニチュアでテフロン加工もないくせに本物以上の値段がする。小さなガス台だって、5,000円以上するし、ミニチュアなシステムキッチンは、ン万円もするので、ホイホイと買うわけにもいかない。そんなある日、100円ショップを歩いていると、私の創作意欲を掻き立てる鍋敷きと出会ってしまったのだ。その形が、なんともガスの五徳を思わせる。そこで、いろいろと材料を買い集め、おままごと収納ボックス兼ガスコンロを作り上げた。それが、これ。本体の籐の箱は、雑貨店で1,200円の大枚をはたいたが、その他の部品は、すべて100円ショップで揃えた。後ろの飾りの鳥は、庭に刺しておく棒のついたもので、その棒を折ってくっつけてみた。コンロの五徳は、これを作るきっかけにもなった鍋敷き。麻紐で、蓋にくくりつけてある。コンロのつまみは、木製のだるま落しの真ん中に穴の開いた駒を、木製ビーズを穴止めにして、ヘアゴムでとめた。(これらも全部100円)ゴムでとめたので、クルクル回って、かれんも喜んだ。予想を上回る出来に、母は大満足している。材料費は、合計で2,000円。収納力抜群だし、かわいい出来だし、何より安上がりなのが嬉しい。ただ、素人の手作りゆえ、壊れやすいのが難点ではあるのだが・・・。かれんの椅子の上に載せて、こんな風に遊ぶ。中に収納できます。
2003.04.07
【本当に娘がカワイイのか?と疑う瞬間】私がお風呂に入っていても、「かれんがうんこした。」と報告に来るパパ。「頑張っておむつ交換してよ。」と言ったら、「かれん、頑張って、ママが出るのを待ってようね~。」と、訳のわからない言い聞かせを娘にしていた。【本当に娘がカワイイのか?と疑う瞬間 その2】パパが新聞を読んでいると、必ずと言っていいほど、かれんは、新聞の上にのって、パパが読む邪魔をする。そればかりか、破り始めてしまうこともある。「まだ読んでないのに・・・」と言いつつ、パパは、立ち上がり、何をするのかと思いきや、かれんの一番お気に入りの絵本を、クッションの後ろに隠したのだ。ったく、大人気ない。【本当に娘がカワイイのか?と疑う瞬間 その3】かれんが、パパが怒らないのをいいことに、おもちゃを、グイグイとパパの顔に押し付けて遊んでいる。かれんが飽きるまで、大人しくさせておくのだが、飽きて、他のことをし始めると、かれんのホッペを、指でつんつく押している。ささやかなる仕返しのつもりらしい。【この人不思議と思う瞬間】かれんとパパがお絵かきで遊んでいる時のこと。お絵かき帳をふと覗き込むと、パパが書いた、アンパンマンに似てはいるが、パンの真ん中がへこんだ顔をしており、胸には「こし」の文字が書かれた奇妙なものが。「何これ?」と聞くと、「こしあんぱんまん」と答えた。変な新キャラを作らないで欲しい。【やっぱり娘は、かわいいのねと思う瞬間】二人でベッドに寝ているとき。かれんは大の字。パパは、端に追いやられ、足が半分ベッドから落ちている。そんなパパのほうへ、かれんは容赦なく寝返りをし、さらにパパの寝るスペースを奪う。パパは、寝返りするかれんの手に打たれながらも、寝言一つ言わないし、かれんを、押し戻したりしない。えっ?私だったら、どうするかって?そりゃ、もちろん、かれんをゴロゴロと押し戻して、自分の寝る場所を確保いたしますわよ。
2003.04.06
絵本と木のおもちゃで、全国的に有名な「百町森」というお店がある。育児に熱心なお母さん方の掲示板などで、必ず目にするお店の名前なのだが、私は、そういうお店は、東京にあるもんだ・・・と決め付けていたら、なんと、静岡にあった。私の住んでいる所から、車で1時間弱ほどで行けてしまう。それを知ったのは、つい最近のこと。そして、今日、とうとう憧れの百町森へ、足を運ぶことが出来たのだ。お目当ては、かれんのおままごと道具。まだまだ早いと思っていたのだが、先日、小さなざるに豆を入れて、箸を一緒に渡した所、飽きずに、ずーっとかき混ぜたり、器を移したりして遊んでいた。もう、ままごとをするくらいに成長したのかぁ、と驚いた。で、家には、ままごと道具が何もないので、これはちょうどよい機会と、百町森まで出向くことにしたのだ。百町森につくと、運転手のパパは、疲れて、車内で寝ていると言う。私は、パパがいないほうがゆっくり見られるので、いやっほーいと思いつつ、仕方ないわね、いいわよ・・・と口では言った。かれんを抱えて、いよいよ百町森に足を踏み入れる。店内は、少し落としたやさしい照明と、時折、シロフォンが鳴ったり、木がカチカチとぶつかる音がする程度。人がいないわけではない。親子連れが何組かいたのだが、子供は静かに遊んでいる。おもちゃ屋さんとは思えない静かな空間だった。いるだけで癒されてしまいそうだ。それに、入っただけで、大人の私が胸がワクワクしてくる。入り口付近には、絵本が並んでいるのだが、絵本の背表紙が、どれも「面白いよ~」と私に訴えかけてくるし、奥に並ぶおもちゃは、どれも素敵な木のおもちゃで、手にとって見たい衝動に駆られる。かれんは、見本においていあった、木でできたシンクで、早速おままごとを始めていた。そのおかげで、私は、ゆっくりと店内を見ることが出来たのだった。どのおもちゃも、本当に素敵で、私が子供だったら、どんなに欲しかっただろうと思うものばかり。積み木などは、大人の私が遊んでも楽しそうなデザインに飛んだものばかりだ。いつまでも、おもちゃを吟味していたい気分だったが、車の中で寝ているパパがやっぱり気になり、かれんのおままごと用に、ちいさなホーローの両手鍋、木の器を2つ、器に入れるおはじきを2つ、かき混ぜる木べらを1つ購入した。本格的なセットは、いろいろと検討して買いたいので、今日は、おままごとが出来る最低限のものにとどめた。それから「いもうとのにゅういん」という絵本。いろいろな本屋さんを探したが、どこにも置いてなかったものだ。さすが、絵本の品揃えも半端ではない。思いっきり後ろ髪を引かれつつ、百町森を後にしたのだが、帰りの車を運転しながら(運転手は、完全熟睡してしまったので)いろいろと考えた。今のおもちゃは、子供は侮り過ぎてないだろうか?派手な色合い、電子音、キャラクターを付けて、子供の気を引き、すぐに壊すのだから、プラスチックで安く大量生産して、壊れたら買い換えればいい・・・本当に、子供は、そういうものがなければ、おもちゃに興味を持たないのか?壊れてもいい、安いプラスチックでいいのか?そんなおもちゃばかりが、煌々と照らされた照明の下にどーんと並んだおもちゃ屋は、騒々しいばかりで、疲れてしまう。子供は、そういうおもちゃ屋で喜んでいるとばかり思っていたが、本当は、子供もあんな環境にいたら、大人と同じく疲れてしまうはず。百町森のような静かな空間に並べられた木のおもちゃ。派手な色や電子音、キャラクターもついていないが、かれんは、飽きずにずっと遊んでいた。そういうものが付いていなければ、子供は飽きる・・・・と言うのは、大人の勝手な子供への押し付けであって、子供も、本当は、こういう静かの空間の、静かなおもちゃで、じっくり遊びたいのではないだろうか・・・一つ一つ丁寧に作られたおもちゃにこそ、大切にしようと言う心が芽生えるものだ。壊れることを前提に作った、大量生産のおもちゃは、なんと薄っぺらで魅力のないものであろう。それにしても、素敵な所だった。車で行けば、案外近いし。これから、私のほうが、かれんよりも夢中になってしまうかもしれない。
2003.04.05
お風呂場の天井のカビ取りを試みようと、天井にカビ取り剤を吹きかけたとき、それがポタリと落ちてきて、目にでも入ったら、失明の危機だ。5枚100円の油揚げを買ってきて、熱湯で油抜きをして刻んで冷凍し、いつでも使える状態にしておくのだが。熱湯をかけた油揚げほどたちの悪いものはない。熱くて押さえ難いし、押さえるたびに熱湯がぶしゅぶしゅ出てきて、なかなかうまく切れない。指先は、火傷しそうだし、うまく油揚げが切れず、指を切ってしまうこともある。イカの入った炒め物を、電子レンジでチンすると、ボン!!!と轟音(?)をたててイカが爆発する。非常に心臓によろしくない。天ぷらを揚げるとき、間違って、菜ばしの先から、水が油に落ちたら、噴水ショーのように油が跳ね上がる。「アチー、アチー、アタタタタター!!!」私の叫び声は、外から聞けば、ブルースリーの物まねにしか聞こえないだろーなーなんて、思いつつ、油から逃げ惑う。・・・・で、何が言いたいかと言うと、専業主婦といえば、のほほんと三食昼ね付きで暮らしているようではあるが、その実、危険と隣り合わせの、結構ハードな毎日を過ごしているのだ。実は、仮面ライダーのスタントマンくらいハードな職業かもしれない。・・・だが、こうして書き出してみると、単に私が、おっちょこちょいなだけな気が・・・
2003.04.04
台所の仕事をしていると、必ず抱っこをせがむかれん。今まではおんぶしていたが、何だかそれも面倒臭くなった。抱っこしていては仕事にならないし。そもそも、どうして抱っこをせがむのか考えてみると、私が、何をしているのか見たいのではないか?かれんの背丈では、シンクの上で、何が繰り広げられているのか、見る事は出来ない。そこで、椅子を持ってきて、水道の所にたたせたところ、大喜びしている。やはり、何をしているのか見たくて抱っこをせがんでいたようだ。椅子の上で大満足して、今度は、水遊びを始めてしまったのだ。あっちの器から、こっちの器へ水をうつして遊んでいる。時々、蛇口から水を出せと、催促はするが、大人しくしていたので、そのまま水遊びをさせ、私は、料理に集中していたら・・・ハッと気がついたときには、すでに手遅れ。かれんの前面はもうびしょびしょ。椅子の上の座布団もびしょびしょ。その下の床は、大洪水。あぁ・・・、大人しく遊んでいるときって、こうなるものなのよね。この間は、急須の中にお茶っ葉、全部入れられていたし。その後、子供部屋では、たんすから洋服が全部出されていたし。そして、今日は水浸し。母の学習能力に低さが、この惨事を招いてしまったのだ。教訓 ~ 気をつけよう、静かなかれんは、何かしでかしている。 ~
2003.04.02
「自分でやる~!!」は、最近のかれんの口癖だ。確かに、自分でやるのは、大切なことだ。しかし、まだかれんは1歳9ヶ月。出来ないことの方が、出来ることよりも断然に多いのだ。1.着替えを自分でやりたがるのは、えらい。よいことだ。 しかし、ズボンを履くのは分かるが、 シャツやチョッキまで履いてしまうのは、いかがなものかと思う。2.納豆を自分で食べる、という気持ちは、大いに汲んであげたい。 しかしだ。納豆を、フォークにのせ、糸を切ろうとして振り回してばら撒き、 やっと口に入れたと思いきや、 「まじ~~。」 と言って、吐き出すな。 もう、見たくもない惨状が繰り広げられることとなるのだ。3.オムツを、自分で換えるという、心意気は、買おう。 自分で換えられるくらいなら、トイレで済ませてくれ。4.あなたの大好きな胡瓜の糠漬けを、包丁で切ろうとしている母に、 「自分でやる~!!」 と言うかれん。 1歳9ヶ月で、包丁で胡瓜が切れたら、テレビに出てもらうぞ。
2003.04.01
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