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棚の整理をしていたら、娘の生後1週間目から、5ヶ月まで綴っていた育児日記が出てきた。久しぶりに、中を見てみると、ついこの間のことなのに、すっかり忘れている。生後すぐ、娘の夜泣きに、ふらふらになっていた頃の日記に、「なぜ寝ない!!」という、パパの走り書きを見つけ、大笑いした。今でも新米パパとママの私たちであるが、娘が生まれてすぐ、超新米だった私たちは、娘の夜泣きに、とても煮詰まっていたこと思い出した。読んでみると、娘に、おっぱいを1時間もかけて上げていたり、おっぱいが足りないのではと心配して、ミルクを足してみたり・・・本当に、試行錯誤の連続だったこと!!それから、生後1ヶ月の頃、娘がかわいくて、1日に30回以上チューしてること、娘が「おくーん」と言うようになり、そりゃ嬉しかったこと、そんなこともあったっけ、と懐かしく思い出した。娘が、生まれてすぐの頃は、1日1日、もう夢中で娘の世話をし、1日が終わっていった。で、今、振り返ってみると、案外何も覚えていないものなのである。育児日記をつけていたときは、娘の育児を忘れるわけがない、と思っていたのだが。で、この育児日記も生後5ヶ月で終わってしまっている。日記は三日坊主の私にしては、頑張った方だと思う。でも、来年の3月に生まれる2人目は、もう少し長く、育児日記をつけよう・・・と、決意も新たにするのだった。
2003.10.31
・・・というNHK教育の子供番組がある。この番組を見ていると、日本語って本当にいいなぁと思う。野村万斉氏の本物の狂言が見れられるのもまたいい。本物には、本物にしか見られないよさがあると思う。特に、七五語調の昔の言葉に、私は、はまってしまう。中学生の頃、歴史の副読本にちょこっと出ていた、与謝野晶子の「君死に給ふことなかれ」。副読本だし、ほんの少ししか出ていなかったのだが、その切ない言葉と七五調の美しさに、全文を調べて、覚えてしまったこともある。昔の言葉の響きは、私の心の奥底にある、日本人としての魂を揺り動かすのだろうか。今でも「君死に給ふことなかれ」は、時々口ずさむ。言葉の調子のよさ、美しさ・・・現代の言葉にはないものは、心を和ます。言葉は、生き物。現代の言葉も、言葉が新しく変化したもので、それを、言葉の乱れと非難するつもりはないけれど、やはり、美しい言葉を使いたい、そして、娘にも知って欲しいと思い、以前、「声に出して読みたい日本語」という本を購入した。しかし、その時は、娘が小さすぎて、この本を少しでも朗読すると、嫌がられてしまったのであるが、最近では「にほんごであそぼ」で、耳慣れた言葉が出てくる、この本の朗読を、娘からせがんでくることもある。「声に出して読みたい日本語」の著者 齋藤孝氏は、「にほんごであそぼ」の監修もされているため、テレビに出てくるものが、この本にも多数納められているのだ。今は、季節的に、島崎藤村の「初恋」がいい。私が「まだあげ初めし 前髪の・・・」と読むと、娘が「まだ あげしょめし まえがみの~」と続ける。私「林檎のもとに見えしとき・・・」娘「りんごのもとにみえしとき~」私「前にさしたる花櫛の・・・」娘「まえに しゃしたりゅ はなぐしの~」私「花ある君と思ひけり・・・」娘「はなある きみと おもいけり~」娘と「初恋」を朗読すると、ちょっとセンチメンタル(?)な秋を感じる(??)・・・というより、あまりに可愛い口調なので、いろいろ言わせてしまっているのか?!
2003.10.29
妊婦だからだろうか、秋だからだろうか・・・・最近、やけに涙もろい。CMから、ドリカムの曲が聞こえただけで涙がこぼれた。おかあさんといっしょで「地球ねこ」の歌で、滝のように涙がこぼれた。楽天で、ある方の日記を読んで、涙が止らなくなった。焼き芋を見て、母を思い出し、シクシク泣いた。とある掲示板の書き込みを見て、号泣した。テレビで映画を見て、嗚咽した。本屋さんでふと立ち読みした本に、ハラハラと涙がこぼれた。その度に、娘が、「ママ、泣かない泣かない、いい子いい子~。」と、よしよし頭をなでてくれるので、止る涙も止らない。「フェ~ン・・・」と、2歳児に涙を拭いてもらう、情けない母親。ねぇ、ど~して・・・・涙がでちゃうんだろ~(/_;)
2003.10.28
● 朝、寝ていた娘を起こしたときの一言。 「かれん、眠くなっちゃった。もう少し寝かせて・・・・。」 もう少し寝かせてって、そんなこと、もちろんパパ言わないし、私ゃ、目覚まし時計なしで、朝5時半には起きられる、超朝型体内時計を持つ女。もう少し、寝たくても寝られない。娘よ、いつの間に覚えた、そのセリフ。● 私の問いに対し、返事もしないパパに対し、娘の一言。「パパ!!お口で言わなきゃ、分からないでしょ!!」その通り!!よく言ったぞ、娘!!ったく、パパは、言葉が少ないにも程がある!!で、娘よ、そんなセリフ、いつ覚えた?● 禁煙していたが、最近ちょっとタバコを吸うパパを見て一言「パパが煙草吸うと、かれん悲しくなっちゃう、クスン。」(明らかな泣き真似つき)パパは、私に対して「お前、変なこと仕込むなよ。」と怒るが、天地神明に誓って、私何も教えていません!!娘よ、いつの間に覚えた、そのセリフ&泣き真似。 ● おもちゃの携帯電話にて「もしも~し、○○(←我が家の苗字)でしゅ~。いえ、いえ、そんな、とんでもないでしゅ~!!アハハハハ~!!(←手で口を押さえて笑う)はい、以上でしゅ、よろしくお願いしまぁしゅ!!はぁい、はぁい、それでは~!!」私の電話、聞いているのね・・・・。
2003.10.27
先週でテストも終わり、遊びたくてうずうずしていたパパ。天気もいいので、動物園に出かけることにした。以前、動物園に行ったときは、娘は動物を怖がり、パパに抱っこしたまんまだったが、今回も、やっぱり、娘に成長はなく、パパにずっと抱っこしたまま。自分が、動物園に行くと言った手前、文句の言えないパパ。娘を抱っこし通しで、さすがに疲れたよう。しかも、娘は動物見ても、ちっとも喜ばない。「い~や~!!あっち行く~~~!!」と言ってばかり。パパの疲れも増すばかり。園内を一周回って、さすがに疲れ、正面玄関の脇で、ベンチに座って休む3人。そういえば、2時から、今年生まれたばかりのアムール虎の赤ちゃん、その名も「シマジロウ」くんが、正面玄関でお散歩する、という告知を思い出した。あと、30分ほどあるので、帰らず、シマジロウを待つことに。私は、シマジロウがお散歩する付近の、最前列の場所取りに余念はなかった。さぁ、2時も近づき、他の場所で遊んでいた娘とパパをその場所に呼び寄せ、シマジロウの出番を今か今かと待っていたら、なんと、シマジロウは、私たちのすぐ後ろからやってきた。飼育係に首縄をつけられ、のっしのっしと歩いてきたのだ。のっしのっし!!??そう、シマジロウは、まだ生後4ヶ月のはずなのに、既に体長は、1メートルほど。かわいいと言うより、怖い。私は、かわいい子猫のような虎を想像していたのだが、それは、あくまでちっこい虎だった。すでに獰猛。案の定、娘が、「い゛~や゛~!!どら゛ごわ゛い゛~!!!」と、絶叫した。そうだよね・・・・檻の中にいる動物を怖がるくらいだもの、こんな近くで見たら、絶叫するわなぁ・・・・私は、娘を抱っこして、シマジロウの人垣から外に出た。「よし、よし、大丈夫、大丈夫。もう虎見えないよ~~。」と娘を慰める。「ごわ゛い゛~~!!」と、娘は、まだ私にしがみついて泣いている。ふと、パパがいないことに気づき、人垣に目をやると、その最前列で、少年のように目をキラキラとさせ、虎の写真を撮りまくっていた・・・。そして、シマジロウが帰っていくときには、パパの横を通っていたため、虎にタッチまでしていた。あぁ、なぜか、非常に喜んだパパ。そして、哀れ娘は、シマジロウに泣いた。
2003.10.26
いつものように、食後に寝転がっていたパパに、乗っかって遊ぶ娘。腰や背中に登って、嬉しそうにはしゃいでいる。その間、私は台所で夕飯の片付けをしていたのだが。その時、いつもとは明らかに違う、パパの苦痛の叫びが!!悶絶の叫びになっている。何をされたのかと、片付けの手を休め、居間を覗いてみたら・・・そこには、横たわるパパの顔を、嬉しそうにギュウギュウと、絶妙なバランスで踏みつけている娘の姿が!!パパは、あまりの痛みに、白目をむいて、「ンギョアヘ~~~!!」と、言葉にならない悲鳴を上げていた。 娘よ、パパの頭のデカさを、心配しての荒行か!?安上がりのフェイシャルリフォームだねぇ・・・。 そして、何事もなかったかのように、片付けに戻る私であった。イヒヒヒとこみ上げる笑いをかみ殺して(鬼!!)。
2003.10.25
来年1月から始まる月9(フジテレビ月曜9時のドラマ枠)、キムタクと坂口憲二と竹内結子が出るって言うじゃないの!!しかも、キムタクと坂口憲二が、アイスホッケーの選手で、竹内結子との三角関係のドラマだって言うんだから、キャー!!アイスホッケーのユニホーム、普通の人が着ても、あのドデカイ肩パットで、それなりに見えてしまう代物。それを、ただでさえカッコイイ2人が着て、氷の上をシャーシャーと華麗なスケイティングなんてされたら、あなた!!鼻血が滴り落ちてしまいます。自他共に認める、超メンクイの私。キムタクと坂口憲二が同時に見られるなんて、アワビに松茸載せて食べるくらいの贅沢ですわ!!今から、永久保存用の録画ビデオ用意しようかと思うくらい、気合が入ってしまいます。しかし、問題が1つ。最終回放映予定日頃が、私の出産予定日付近・・・。陣痛にもがいていたって、このドラマの最終回は、分娩室にテレビ持ち込んででも見るわよ!!(意気込み強し!!)
2003.10.24
私のパソコンのスクリーンセーバーは、以前自作したもので、6ヶ月頃の娘の写真のスライドショーになっている。やっとこさソファにもたれかかって、こっちを見つめる娘の小さいこと。ふと、部屋中駆け巡って遊んでいる、今の娘を見て、大きくなったもんだ。と思う反面、でも、まだまだ小さい。2歳かぁ・・・・・。もう2歳、だけどまだ2歳。
2003.10.23
日曜日、東京に行ったときに、とてもかわいい娘のパンツを買っていた。NEXTという外国の洋服ブランドのもので、5枚一組で、花柄がいっぱいついていて、キラキラしたかわいいポーチに入っている。さすが外国製だけあって、股上浅め、ハイレグ気味で、ちょっとだけセクシー(?)。私ご愛用の妊婦パンツと比べると、大きさは10分の1。私の住んでいる田舎では、絶対に手に入らない、可愛いものだ。「かわいい~パンツ買ったからね。オムツやめて、パンツにしようね~。だから、オシッコ教えてね。」と、娘にパンツ入りポーチを見せびらかしては、言っていた。そして、月曜日。娘が、パンツを履きたがったので、オムツの替わりにパンツにしてみたのだけど・・・豪快に、絨毯に水たまりを作っただけだった。それも2回。プーさんのぬいぐるみも、静かに濡れそぼっていた・・・。仕方なく諦めて、やっぱりオムツに戻った娘。そして今日。娘が、またもや「新しいパンツはいきたい~!!」と言い出したので、「今度は、トイレ教えてよ。」と言いつつも、何の期待もせずに、娘にパンツを履かせた。ズボンは濡らすだろうからと、パンツ一丁にさせておいたのだ。下半身は、靴下にパンツ一丁で、ちょっとだけ変態チックな娘。そして、お夕飯の支度をしている私のところへ「ママ、おしっこ出る~。」と、娘が申告してきたのだ!!「本当に?!」と、慌ててトイレに連れて行くと、確かに、ちょろちょろと出てくるオシッコ。私には、黄金の水に見えた。「やった~~~~!!!!やれば出来るじゃん!!!かれん、すご~~~~~~いぃぃ!!」と、狂喜乱舞。娘も「やった~~~!!」と喜んでいる。狭いトイレで、手に手を取り合い、喜ぶ親子。その後、また、教えてくれるかなとの私の心配もよそに、30分に1度くらいのトイレ申告。慌しくトイレに行くと、必ずおしっこをする。パンツを濡らすことも、水溜りを作ることもなかった。かわいいパンツで、乙女心くすぐり作戦、なかなかの成功を収めたようである。こんなにあっけなく取れるもんなんだなぁ・・・・。明日からも、パンツで頑張ろう、娘よ。あとは、ウンチが、トイレで出来るかだ。とりあえず、トイレトレーニング90%くらい達成かな。(残り10%、ウンチ達成にて完了)
2003.10.22
3人で夕飯を食べるとき、娘は私の隣に座っているのだが、ふと見ると、娘がいない。あれ?と思い、パパのほうを見たら、何と、パパに肩車していた(!)。「コラ!!パパ、仕事で疲れて帰って来てるのに、かわいそうでしょ!!」と、娘を肩車から引きずり下ろしたが、「イ~~~ヤ~~~!!」と、娘は、またパパの肩によじ登ってしまう。パパは、文句も言わず、娘を肩車したまま、黙々とご飯を食べ続けている。しかも、何だか少しだけ、嬉しそうな顔をしている。娘は、肩車で、おサルのようにはしゃいでいた。食事が終わり、パパが半分寝そべりながら、夕刊を眺めていると、娘は、そんなパパにも容赦なく上り、体の上で、ジャンプしている。「う、ぅ、ぅ・・・痛いよ・・・・かれん・・・」と、パパは言うものの、顔はなぜだか少し嬉しそう。さっきの肩車といい、今といい、娘に、いくらいじめられても、こんな嬉しそうなんて、この人、もしかして、M(マゾ)の気が・・・!?試しに、私もパパのお尻を踏んづけてみた。「何するんだ!!バカヤロウ!!!」と、怒られた。よかった。どうやら正常なようである。
2003.10.21
人は、綺麗と言われ続ければ、綺麗になるし、不細工と言われ続ければ不細工になってしまうもの。うちの夫は、おすぎとピーコもびっくりの辛口コメンテイター。付き合っていた頃を含めても、「かわいいね。」「その洋服に合うよ。」「料理上手だね。」「君は、薔薇より美しい・・・」等々の褒め言葉を、一切頂いたことがない。むしろ、「不細工。」「アホ。」「バカ。」「マヌケ。」と、そんなことばっかり言われている。でも、夫の言葉にあまり傷つかない私。素直に褒められても、嬉しくない、私は私で天邪鬼かもしれない。自分の顔については、十人並の平凡な顔ではあるが、愛嬌たっぷりだと思っているし、「アホ、バカ、マヌケ」だけど、それなりの面白さを発揮していると、自画自賛している。夫もそのうち分かってくれるだろう。で、逆に、私は夫を褒めちぎっている。「坂口憲二にそっくり~。」「きゃぁ~、すてき!!」「かっこいいよくて見とれちゃった!!」「しびれちゃう!!」(古!!)「キムタクなんか屁でもないはね。」等々。なんか、最近、うちの夫、かっこよくなってきたぞ(嬉!!)。でも、見せてあげないもんね~~~♪
2003.10.20

人生航路師匠こと我が夫(10/14日記参照のこと)、寒くなってくると、外出時、ウェスタンブーツを履く。なぜかこだわりを持っているのだ。初めて出会った時のこと。やはり、このウェスタンブーツに驚き、もしやと思い、見てみたら、ベルトのバックルも、カウボーイ並のこだわりで、水牛の頭をかたどったものだった(驚!!)。じゃぁ、車はきっとブルルンってエンジンが響くやつだろうと想像していたら、真っ赤なアメ車で、フロントに馬のマークがついていた。まさに、カウボーイ。ただ、頭が大きくて、帽子は似合わないので、テンガロンハットは、愛用していないが。そんな訳で、今回の東京行きは、今季初ウェスタンブーツでの外出となった。人生航路師匠、ぼやき漫才のくせに、なぜウェスタンにこだわるのか?結婚してもうすぐ3年になる妻の私にも、その謎は、いまだ解明できていない。さて、そのこだわりのウェスタンブーツを履き、東京へ、いざ出陣!!娘は、初新幹線となったわけだが、3人掛けの真ん中にちょこんと座り、おにぎり、煎餅、みかんにお茶と、最初から最後まで、ずっと食べ通し。騒ぐ暇もなく、新しく出来た品川駅に降り立った。ここで、おのぼり丸出しの私、右左をキョロキョロしつつ「へ~~~、すごいねぇ!!これ駅じゃないよ、空港みたい!!あ~~~!!スターバックスがある!!きゃぁ、コーヒー飲みたぁい!!いやぁ、昔の品川駅の面影がないねぇ。で、どっちが改札?!山手線はどこ?!」なんて、一人興奮するも無視され、渋谷に向かった。その山手線の中でも、テレビで常に広告が流れているし、どっちの扉が開くのかも、テレビが教えてくれる。いやぁ、ほんの3年ほど東京に来ないだけで、東京は、SF小説に出てくる近未来都市の様になっていた。もう、驚きっぱなしである。そして、渋谷のハチ公口では、ビル自体がテレビになっていて、CMやら音楽が流れていて、おのぼりさんは、もう、ノックアウト状態だった。パパは、そこから、ブーツのかかと鳴らして試験会場に向かい、私と娘は、憧れの地、自由が丘へ!!自由が丘には、学生時代に友人が住んでおり、何度も足を運んだことがあったが、それも10年以上も前のこと。いやぁ~、まったく別の街じゃないかと思うくらい、激変していた。私の10年前の土地勘も、まったく役には立たず、ネットで場所をチェックし、地図を用意しなければ、どこのお店にもいけなかったと思う。どうにか、お目当てのお店にだけは行け、かれんの洋服もいっぱい買うことが出来、おまけに、私のバッグまで買ってしまい、もう、超ご機嫌に自由が丘を満喫することが出来た。帰りは、やはり渋谷でパパと待ち合わせをした。が、パパを待っている間、あまりの人の多さに、かれんが「怖いよ~~~!!」と泣き出してしまった。さすが、田舎の子。お祭りにだって、こんな人ごみ見たことなく、あまりの人の多さに、怖くなってしまったらしい。パパを待つ十数分の間、重い買い物荷物と、かれんを抱っこして、じっと待つ私。妊婦ではあるが、案外平気なものである。ようやく、パパと合流でき、今日の試験結果を聞くと、あまり出来がよくなかったらしい。あんなに勉強したんだから大丈夫!!と慰め、試験ご苦労さん会をしようとするも、渋谷の人ごみで、右も左も分からず、とりあえず、振り出しに戻ろう(?)と、東京駅に戻ることにした。とはいえ、ここでも何が何だかわからず、新しく出来た丸ビルもどこだか分からず、仕方なく、大丸のレストラン街で、ラーメンで祝杯という、何だかちょっと寂しい夕飯になってしまったが、それもまた、おのぼりさん夫婦では仕方のないこと。長かった一日が終わり、帰路についたのだった。もちろん、帰りはおのぼりさん丸出しで、新幹線のホームで、記念撮影も忘れなかった。おのぼりさん東京ツアー、これにて終幕。 新幹線の中にて後ろに少し横顔がみえるのが、本邦初公開、人生航路師匠(夫)でございます。 自由が丘の戦利品たち。真ん中のバッグ、かれんみたいな顔が気に入り買いました。
2003.10.19
今朝から、私の鼻歌は、ずっと・・・♪東京ブギ・ウギ リズムうきうき 心ずきずき ワクワク~♪ウヲホホホホ~イちょっと、そこのあなた!!古い鼻歌、この人、本当に33歳?なんて疑問差し挟まない!!なぜ、私、こんなに浮かれているかと申しますと・・・・♪海を渡り響くは 東京 ブギウギ~♪いやぁ、嬉しくて、また唄っちゃった♪ウフフフ・・・ジャ~ン!!私たち一家、明日、東京に参りますの!!!!娘は、初新幹線、初東京。私は、3年ぶりの東京です・・・あぁ、待ち遠しい日々でした、この日が来るのが!!なぜ、東京に行くかと申しますと、夫が、青山学院大学で資格試験を受験するので、私と娘は、それにくっついて東京に上京すると言う訳。夫が、試験で四苦八苦している間、私、娘と共に、自由が丘散策!!あ~、夢にまで見た自由が丘です。自由が丘に行くのなんて、10年ぶり!!きっと、めちゃくちゃ変わってるんだろうなぁ・・・・明日、渋谷・自由が丘近辺で、顔も体型もスヌーピーによく似た妊婦が、2歳くらいの女の子を連れて、挙動不審にキョロキョロ、おのぼりさん丸出しで歩いていたら、それは、きっと私です。親切なそこのあなた!!どうぞ、道を教えてやってくださいまし m(__)m。 それから緊急募集渋谷近辺の美味しいお店を、是非教えてください!!
2003.10.18
私のツワリで、この夏から始めたトイレトレーニングも足踏み状態。もう、寒くなってきたし、娘は教える気配はないし、秋風と共に、すっかり諦めムードだったのだが。先日、お風呂に入ったときのこと。湯船に一緒につかっていたら、娘が「おしっこするから出る!!」と言う。まさかぁ。トイレに成功した回数は片手で足りるほどの少なさ。教えるわけがない・・・と思いつつ、半信半疑で、娘を湯船から出してみたら、ジャ~~~と、出始めたおしっこ。「うそぉ!!」と、驚いてしまった。まさか、まぐれよね・・・と思っていたのだが。その後、毎日、必ず、湯船につかると、オシッコを申告するようになった。「ねぇ、お風呂だけじゃなくても、オシッコ教えてよ。」と、娘にお願いしてみたら、「いや!!」との返事。なんでやねん!!ま、トイレトレーニング、10%くらい完了かしらね・・・。
2003.10.17
今日は、レイキを伝授していただいた、ゆみこままりんさんのお宅へ、かれんと一緒にお邪魔をした。私たちのほかにも、楽天でもお付き合いいただいているmie-neeneさん、maigomaigoさんと娘さんの菊華ちゃん、そして、初めてお会いしたひろひろさん、みなさん、ゆみこままりんさんからレイキを伝授していただいた繋がりで、今回、集まって、レイキの練習会ということになった。レイキを伝授して頂いてから、今回、私は、2度目の練習会だったが、いつもいつも、とても楽しく、そして、気持ちよく、あっという間に時が過ぎてしまう。レイキの練習のほかにも、ネガティブエネルギーの抜き方や、瞑想の仕方等々・・・ゆみこままりんさんのお話は多岐にわたり、短い時間ではあったが、本当に、充実していた。レイキもそうだし、エネルギー、イメージワーク的なことは、私が今、一番興味があり、学びたいと思っていることなのだが、2歳の娘を持ち、しかも妊娠5ヶ月という、ヒジョーに身重な時期でありながら、その願望が叶えられるという喜びは、言葉に表せないほど感慨深い。私には実母がないので、気軽に娘を預けられる人もいなければ、娘は、非常に人見知りするタイプなため、一時保育に預けることも難しい。こんな状況下では、勉強できる場に赴くとすら、難しいはずなのに、ゆみこままりんさんのお宅では、子連れでお邪魔しても、他の皆さんが、娘を温かく迎えてくださり、ワークの最中、娘が少し騒いでも、嫌な顔一つされず、ワーク最中に娘が問いかけても、笑顔で答えて下さる。私は、そんな皆さんの好意に甘えさせていただき、自分が学ぶことの出来る場ができたこと、本当に、いくら感謝しても感謝し尽くせない。自分がやりたいと思うことを、娘に負担もかけずそれどころか、娘は菊華ちゃんと遊ぶことが出来、娘も楽しく、そして、もちろん私も楽しくできたことが、本当にうれしい。育児中で妊娠中、でも、勉強することもできる・・・そんなチャンスを下さった、ゆみこままりんさん、今回ご一緒させていただいた皆さん、この場を借りて、もう一度感謝します。本当に、ありがとうございました。
2003.10.15
我が娘は、いまや絶頂期を迎えている。何の絶頂期かというと、お笑いの絶頂期である。娘が、カワイイお尻を、ちょいとフリフリしただけで、観客(私と夫)は、抱腹絶倒、拍手喝采の雨あられ。どんな仕草でも、観客(私と夫)のウケがもらえるとあって、飛ぶ鳥を落とす勢いの若手ホープお笑い芸人、と言っても過言ではない。かたや夫。口数は多くないが、そのボヤキのような一言が、私の笑いのツボをくすぐる。いわば、人生航路師匠のボヤキ漫才(古!!)がごとく、いぶし銀の面白さをかもし出すのが夫なのだ。そんな両雄にはさまれ、私は、一番下っ端、駆け出しのお笑い新人といった所だろうか。銀行に勤めていた頃、仕事中にパートのオバチャンを笑わせては、「mariちゃん、お願いだからもうしゃべらないで、笑いすぎて、仕事にならない・・・」と言わせしめた過去があり、トークに関しては、それなりの自信があったのだが・・・我が家の人生航路師匠(夫)は、笑いにヒジョーに厳しく、私の安易なネタには、鼻すらひくつかせてくれない。若手お笑いホープ(娘)は、私が変な顔するだけで笑うので、笑いの判断基準が甘すぎ、あてにならない。日々、ネタを夫にぶつけては「・・・面白くない。」と、いわれる毎日。下っ端駆け出しお笑い新人の私、お笑い精進の日々は続く・・・・
2003.10.14
風邪の後遺症(?)で、娘の声が、少しはスキーになっている。この声、誰かに似ている。目をつぶってじっくり聞いてみたら・・・・内海桂子師匠の声に似ていた。渋いね。最近、パジャマのズボンをはくときに、座って履くのを嫌がり、なんとか立ったままはこうとする娘。しかし、まだまだ頭のデカイ2歳児に、片足で立って、バランスを取りつつ、ズボンをはくのは難しい。そこで、テレビ台の縁の寄りかかって、ズボンをはくのだが、この台の上に、体重を乗せた悪い姿勢、誰かに似ている・・・・しばらく考えてみたら、「クイズ百人に聞きました」司会の関口宏が、回答者が答えるのを待つ間、やる気なさげに台にもたれかかる姿に似ていた。渋いねpart2。テレビで歌手が唄っているのを見た娘。手にマイクを持つ真似をし、小さなお尻をフリフリしながら唄い始めた。その姿、まさにアイドル歌手。で、私もパパも、小さい頃はおとなしい性格。そんなことする子供ではなかった。娘よ、一体、誰に似た。 ※ 今日の前半2ネタは、30代以上の方じゃないと、ピンと来ませんね。
2003.10.13
最近、娘の話している口調を聞くたび、こやつ、外見は2歳児ながら、その実態は!?と思ってしまう。娘の体の後ろに、秘密のチャックがついていて、そこを、開いて見ると、ちょっとそそっかしくて、大売出しといい男に滅法弱い、気が短くて、力持ち、主婦33才・・・・が、出てくるんじゃなかろうか・・・・・つまり、私にそっくりってことなんだけど。
2003.10.12
娘の発熱、私は以前から勉強していたレイキを使ってみた。レイキとは、と説明するとうまく説明できないので、私が日記リンクしているゆみこままりんさんのページを見ていただければ、一番分かりやすいと思う。一言で言うと、日本に昔から伝わる、手当て法といったものだろうか。このレイキを、娘の背中をなでる手にこめてみた。何度も、何度も。その甲斐あってか、朝方にはすっかり平熱に下がり、いつもの元気な娘に戻っていた。今まで、娘は、一旦、熱が下がっても、また夕方になると熱が上がる、というのを繰り返すタイプなので、また熱が上がらないかと心配していたのだが、そういったこともなかった。あんな高熱が、こうもスッパリ、下がったきりになったのは初めてのことだ。 私は、今までの病気に対して、いろいろな経験をしてきた。自分自身は、幼い時から、毎月、扁桃腺炎による高熱を出すほど体が弱かった。そして、父親を癌で、母親を、難病と言われる病気で看病してきた。病気と闘うため、あらゆる本を読んで、情報を集めた。しかし、その甲斐なく、父も母も救うことができなかった。そのためか、未だに、病気に関するいろいろな情報を集めることを止められない。こうすれば、父は助かったかも知れない、母は、発病しなかったかもしれないと、いつも思ってしまう。そして、いろいろ病気に関する情報を集めて思うことは、医者と薬は、なるべく避けよう、ということ。医者と薬をすべて否定するわけではない。人間とは、本来、病気は自分で治せるものなのだと思う。だから、他人の手をわざわざ煩わせなくとも、病気くらい、自分で治してしまえばいいと考える。そんな私には、レイキはピッタリの方法なのだ。なんてったって、自分の手一つで出来るのだから、ずぼらな性格の私には本当に、ピッタリの方法だ・・・。
2003.10.10
午前中までは、いつもと変わらず元気だった娘が、午後から元気がなくなり、熱が出始めた。熱はどんどん高くなり、午後5時の時点で39度4分。ホッペはりんごのように真っ赤で、体中熱くなっている。ぐったりとした娘を抱っこして様子を見ていたが、そろそろ、夕飯の支度にもとりかからなければならない。娘を、そっと布団に寝かしつけ、「ママ、お夕飯の支度をしてくるから、一人でねんね出来る?」と、娘に聞くと、「うん、一人でねんねする。」と言う。娘も、成長したもんだと感激しつつ「そう、じゃぁ、何かあったら、ママを呼んでね。」と言い、部屋を出た。しかし、3歩も歩かないうちに、「ママぁ~~~、来てぇ~、うわ~~~ん!!」との帰還要請。おいおい、まだ、たったの3歩しか歩いてないって・・・。でも、2歳児、熱が出て、一人で大人しく寝てられるわけないもんなぁ・・・。仕方なく、娘を抱き上げ、暫し考えた。このままでは、夕飯の支度が出来ない。「ねぇ、かれん、おんぶでもいい?」と聞くと、「うん、おんぶする。」と言う。そこで、押入れの奥にしまい込んであった、おんぶ紐を取り出して、娘に装着してみたのだが・・・・。このおんぶ紐、今どきのもので、前がバッテンにならず、リュックの紐のようになっていて、子供を背負う。そのため、子供の胸周りを固定する紐があるのだが、既に成長しすぎた娘、その紐が、もうきつくなっていた。無理やりはめてみたら「ぐる゛じ~~~~!!」と、娘からクレームがつく。「いや、大丈夫だって。」との母の慰めも、胸に食い込む紐に、ごまかしようがなかった。このおんぶ紐は、却下。昔の前バッテンのおんぶ紐だったら、どんなに大きくなっても、おんぶできるのに・・・・と悔やんでみても、もう遅い。次の手立てを考えなければ。パパが帰ってくる時間は、刻々と迫ってきている。そこで、思いついたのが、娘が新生児の頃使っていた、ベビースリング。布製のハンモックみたいな作りで、たすきのように斜めがけにして赤ちゃんを、横抱きしたり、立て抱きしたりするのに使う。うまく使えば、大きな子供でも、後ろでおんぶのようにできたはず、と、思い出し、これまた、押入れの更に奥深くから引っ張り出してみた。長さを調節し、斜めにたすき掛けし、娘を後ろにおんぶのようにさせてみた。おっ、これならいけるぞ。と、12キロの娘を、後ろに背負いながらの夕飯の支度。妊婦は、重いものを持ってはいけないなんて言うけれど、2人目は、そんなこと言っちゃぁいられない。斜めに胃の所に食い込むスリングに、何だか吐き気を催しつつ(いまだつわり中のため)、私の背中で、料理をしている手元が気になるらしく、右に左に動く娘に、「動くなっちゅうに!!落ちちゃうよっ!!」と声をかけ(なかば、悲鳴)、超手抜き料理の寄せ鍋を仕込み、総料理時間30分もかからなかったのに、終わった時には、何だか、フルマラソンを終えた気分だった。さて、娘を背中から降ろし、ホッと一息ついて、娘を抱っこしながら様子を見ていた。鼻水で鼻がつまり、口で息をしているため、唇がカサカサになり、ところどころひび割れている。そこが痛いといって、今度は泣き始めた。あまりにも、何度も泣くので、パパの携帯に連絡を入れ、かれんが、熱が出て、唇が荒れて痛がるので、帰りにリップクリームを買ってきてと伝えた。私は、確か、リップクリームを買ってきて、とだけ伝えたはずなのに、会社から帰って来たパパの手には、大きなスーパーのビニール袋が一つぶら下がっていた。中を見れば、ゼリー、ヨーグルト、ジュースになぜかパパのカミソリ、そして、娘ご所望のリップクリーム(ベビー用)、レシートを見ると、総額2,000円少々・・・2,000円って!!私、しつこいようだが、リップクリームを買ってきて、とだけお願いしたはず。可愛い、娘の発熱と聞いて、あらまぁ、こんなにもお土産買ってきたのね。だけど、レシートが入っていたと言うことは、このお金、自分のお小遣いからではなく、家計から請求するつもりらしい。あぁ、男の人の買い物って、無駄とか全然気にしちゃぁいないんだから・・・まぁ、娘かわいさの無駄遣いだから、今回は大目に見ることにしてあげよう。熱で、元気のない娘だったが、夕飯はいつも通りにぺろりと平らげ、あとは、うつらうつらと抱っこされて寝ていた。食欲もあるし、もう少し様子を見てみよう。
2003.10.09
日記を書き始めて、早1年以上。読んで笑える日記をモットーに、日々の出来事を綴っている。人に笑っていただけるのが、何よりも嬉しい。もう、この感覚は、お笑い芸人に近いかもしれない。昨日の日記に書いたが、私には、育児中にありそうな悩みもストレスも、あまりない。それって、この日記の効用が大きいのではないか??と、思えてきた。例えば、以前、娘がトイレ掃除のタワシを、ブンブン振り回して、廊下を渡り歩くという事件(昨年11/3の日記)が発生した。廊下は、タワシからのしずくが、たらたらと流れ、めまいが起きそうな惨状になったのだが、そんなどん底状態で、私は、これ日記に使える!!と、面白く日記に書くために、この事件を、いろいろな角度から捉え、最も笑える草稿を、頭で練り始めていた。そうなると、こんな事件も、笑える日記が書けるとなると、嬉しい事態に変わってくる。自然に、顔がにやけてくる。これって、お笑い芸人が、死にそうな事態に巻き込まれつつも、これ、ネタに使えるやん!!と、笑いがこぼれるのと、似ている。日々、育児につきものの、泣きたくなる様な事件も、転んでも、タダでは起きないお笑い芸人のように、私にとっては、珠玉の出来事に変わってしまうのだ。だから、育児ストレスも悩みも、溜まらないのかもしれない。だけど、これって、芸人のように、身内の恥を売り物にしているのね・・・ゴメンよ、娘。ゴメンよ、パパ。だけど、日記はやめないよ・・・・。
2003.10.08
今日も1日終わり、疲れて帰ってきたパパに、娘が、今日一日の報告をする。「今日はね、公園行ってぇ~、三輪車乗る練習したの。お馬のブランコにも乗ったのぉ~!!ぶどうのパンも買ったし~、おもちゃ屋さんも行ったよ♪」「よかったなぁ・・・」と、最近、大きな仕事をしていて、少々、お疲れ気味のパパ。さて、私と娘、パパが着替える間、その隣で「茶、茶、つぼ、茶つぼ、茶つぼにゃ蓋がない、底とって蓋にしろ♪ワハハハハハ~~~~~!!」と、楽しく手遊び歌で遊んでいたら、パパが一言。「お前たち、悩みなさそうで、いいなぁ・・・・」パパ、相当、お疲れの模様。「・・・確かに、悩み、ないかも・・・・。」言われてみれば、悩みもストレスもない、のほほんとした毎日。働いていた頃は、悩みとストレスまみれで、頭が休まる暇もなかった。それが今では、娘と遊んでいればいいだけの毎日。「いやん、パパが毎日頑張ってくれるから、私たち、遊んでられるのよねぇ!!」「ねぇ~~~~!!」と、娘も分かっているのかいないのか、相づちを打つ。「・・・・あ、そ。」「パパ、ありがと~~~~~~!!」娘と私の心からの感謝、パパに通じただろうか・・・・
2003.10.07
娘と動物のたくさん描かれているパズルをしているとき、娘がゾウさんの描かれたパズルのピースを見ながら、「ママ~、ゾウさんだよ。ゾウさんには乗れるの?」と聞いてきた。私が、「乗れるよ。タイに行けば乗れる。タイはね、食べるものも美味しいし、 首長族の村にも行きたいわぁ~。ママとタイでゾウに乗ろうね~。」と、言うと、「うん!!行こうね~。」と、娘も嬉しそう。次に、娘が手にしたのは、ライオンの描かれたピース。「かれん、ライオンさんは、ケニアのサバンナにいるんだよ。ママと一緒に、ケニアをジープで走って、ライオンさん見に行こうねぇ~。」と、私が言うと、やはり娘は「うん!!ライオンさん見に行こうね~!!」と、喜んでいる。さて、先日、世界遺産のビデオ集の広告が新聞にはいってきた。私が、それに見入っていると、娘が覗き込んできた。「ママ、なぁに、これ?」「これはねぇ、マチュピチュって言ってね、ペルーにあってね・・・(説明中・・・・中略)そうそう、やっとの思いで着いたマチュピチュは、そりゃきれいで、ママはね・・・(説明中・・・後略)あぁ、ママと絶対マチュピチュに行こうね!!!」と、2歳児相手に熱く語ってしまったが、娘も目をキラキラさせて、「マチュチュチュ(舌が回らない)、行こうね~!!」と、言ってくれた。その後、同じく世界遺産のピラミッドの写真を見つけて「ピラミッドも、行こうね、かれん!!」「かれん、ピラミッドも行く~~~!!」目下、娘との世界冒険旅行計画、着々と進行中。まずは、洗脳から・・・・
2003.10.06
伯母の体調不良が、なかなか治らず、病院やあちこちを転々としていた。で、最終的にいろいろなところを行き歩いた結果、冷えが原因であると言うことに行き着いたらしい。伯母は、冷えなどと無縁な感じのタイプだ。夏は冷房大好き、冷たいものはどんどん取り、靴下なんて暑くて履けない、冬でも、足元はそんなに冷えを感じなかったと言う。銀座にあるという冷え専門の病院で診察を受け、そこの指導により、靴下6枚重ね履き、レッグウォーマーにズボン下、もう、下半身はブクブクに着膨れ状態になって帰ってきたのだが、不思議と不快感がないのだそうだ。やっぱり体は冷えていたのだと、実感したそうだ。さて、私は妊婦で、周りから口が酸っぱくなるほど「体を冷やすな!」と言われていたが、自分自身、冷えなど感じていなかったので、靴下もはかないし、下着も薄着で気にもしなかったのだが、この伯母の話を聞いて反省した。体は、知らぬ間に冷えている。で、早速、靴下重ね履きを実践してみることに。この靴下の重ね履きは、まず一番最初に、絹の5本指ソックスを履く。その上に、綿の靴下、その上に絹、その上に綿・・・と交互に履いて、6枚重ね履きするという。素材は、混ざり物のない100%素材がいいらしい。さすがに6枚は履けないので、私は3枚ほど重ね履きしてみた。これが、なかなか心地よい。よく、冬場寒くなると、厚手のウールのソックスを履くのだが、足先が、冷たくなったりする。厚手なため、蒸れて汗をかき、それが蒸発せず足先を冷たくするという感じだ。この重ね履きだと、そういう感じがない。何だか指先からホカホカとする。それから、下着の上に、五分丈の長パンツ(?)も履くようにした。おなかも大きいので、LLサイズ。暖かかくて、まこと調子よいのだが、洗濯物で干すと、関取のパンツが風にたなびいているようで・・・冷え解消とおしゃれは両立しないものですなぁ・・・。
2003.10.05
今日は、待ちに待っていた、イッセー尾形さんの一人芝居ライブの日♪いや~、最高に笑わさせていただいた。見させていただいたのは、全部で6ネタ。一番最初は、42歳、N響にてコントラバスの演奏担当マザコン独身男性。母親が亡くなったので、結婚しようかと考え、結婚相談所を訪れ、その相談員と会話すると言う設定。2つ目は、高齢などこかの会社役員。趣味はバイオリン。出来損ないの部下との会話。3つ目、実直真面目なサラリーマン。出張の待ち合わせをしている、新幹線のホームでの会話。4つ目、屋上ビアホールで演奏している、ハワイアンバンドに憧れ、無理やりオーデションに押しかけた、年増の(たぶん独身)看護婦と、ハワイアンバンドとの会話。5つ目、会社でも家族にも、自分の意見が言えない男の温泉への家族旅行での1コマ。6つ目、絶対売れそうにもない歌を唄う、新人若手演歌歌手の健康センターでの営業場面。イッセー尾形さんの一人芝居は、演じている本人の会話しか分からないのに、周りで会話しているであろう人々が、容易に想像できてしまう。そして、イッセーさんが演じている人が、どんな人となりなのか、まったく説明はないのだが、性格や社会的地位、周りからどんな風に見られているかまで、何だか想像できてしまう。一人芝居とは思えない奥行きがある。その奥行きが、笑いを何倍にも相乗するのだ。いやぁ、本当に笑った。最初の方は、くすくす笑いの起こるようなネタ、そして、どんどん笑いが盛り上がり、最後のネタでは、笑いのスイッチが入りっぱなしになって、もう、戻らなくなってしまったかのように、会場中が、ドッカンドッカン、笑いの大爆発だった。芝居の中で使われていた、「もう、忘れよっ!」や「トークです」などの笑いを起こさせた台詞を思い出しては、また笑ってしまう。この先1週間ほど、思い出し笑いで楽しめそうだ。 笑うことほど健康によいことはない。おなかの赤ちゃんにも、最高の胎教になったと思う。イッセー尾形さんの一人芝居は、本当にお薦め。最高の笑いを楽しめます。お近くで芝居があったら、是非是非、ご覧下さいませ♪
2003.10.03
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