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第49回広島いけばな代表作家展 於 福屋百貨店 前期大作は 御家元 様 後期大作は 大下正風 私が出瓶させて頂きました。 活けこみの日と展示3日間 …4日間 会場へ毎日…お花へ水やり等 体力のいることです。 私の出瓶日の初日(10月18日)は日曜日で多くの人だったと次女は言っていました。 沢山の入場券を受け持ちしたので、ご無沙汰している知人達に招待しました。 元気でお役を無事果せた事を悦ぶ今夜です。明日からは早朝のお出掛けもなく… 期間中はお花がどうぞ無事で…と祈りながら…出かける 2日目には花屋へ電話をして、補充しておき…少し華やかになったと… 毎回勉強です!
2009年10月27日
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1576年(天正4年)尾張熱田の宮大工、岡部又衛門は織田信長から、 近江安土に五重の天守閣を持つ城の設計・建設を命ぜられた。 「天高くそびえ立つ、天下一の城を作れ」 その城は、五重七階の天主と、キリスト教の大聖堂のような吹き抜けの 構造を内側に持つ大城郭であった。 信長は、伊丹長秀を築城奉行としながら、設計及び現場の総棟梁を熱田の 宮番匠・岡部又右衛門に一任する。 又右衛門は、今川義元との戦以来、十数年に渡って才気を評価していた男だった。 金閣寺を建立した京の池上家、奈良の大仏殿を造った中井一門らとの 図面争いを勝ち抜いた又右衛門は、妻・田鶴や娘・凛、門下の番匠らに 支えられながら、築城を進めていく。 しかし又右衛門は難問にぶっかる。 巨大な城を支える主柱として、これまでになく大きな檜が必要だった。 理想の木材は木曽上松にあると考えた又右衛門は、信長の敵・武田勝頼の 領国に危険を顧みず分け入っていく。 そのころ国元では新たな戦乱の暗雲が立ち込め、田鶴には病魔が迫っていた。 さらに又右衛門を、悲劇的な争いや仲間の死が襲う。 それでも又右衛門は信長の野心を実現するため、檜を獲得しょうと尽力する。 ★立ちはだかる難問を岡部と周囲の人物たちの知恵と協力によって克服し、 「安土城」として完成 ●機械化している現代では、考えられない…一人ひとりの手で作る どのような難問にも努力してやり遂げる… 涙して観て…何事も諦めないで成し遂げる…私の心に響いた!
2009年10月18日
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心の森を旅するとき 栞は枝折(しおり) 山道で、枝を折って道標(みちしるべ)にしたいというのが語源のようです。 ~吉野山 去年(こぞ)の枝折の 道かえて まだ見ぬかたの 花をたずねん~ 去年、せっかく道標に枝を折っていたのに、今年は道を変えて、 まだ見ぬ花を訪ねようというのです。 西行の有名な歌ですね! 「栞」という漢字は、切るという意味の「幵」と、木から成る形成文字で、 やはり、木の枝を折って道標にするという意味かあるようです。 読書の際の栞が一般的になったのは、江戸時代の頃。 それまでは夾算と呼ばれる、竹や木を薄く削ったものを使っていたようです。 本は、果てしない言葉の森。栞という言葉を、本を読むときの目じるしに 置きかえたのもよくわかります。 心ゆくまで本の森をさまよってみましょう! 旅行で屋久杉の香りの良い栞を親しき人におみやげにさしあげました。 私も屋久杉のかおりを聴きながら、本のページをすすめています!
2009年10月11日
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