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山ぶきさんからミュージックバトンというものを渡されました。先日M Saitoさんのブログでもそれについて答えていて、詳しい説明もあり、「ふ~ん、そんなのがはやってるんだ~」と眺めていたけど他のルートで回ってくるとは思いも寄らなかった!音楽に関する簡単な質問に答えるもので人それぞれの音楽の嗜好が垣間見れて面白いものだけど私はダンスやってる割には、普段さほど音楽をかけていないなあ。Q1、コンピューターに入っている音楽ファイルの容量まったく入っていません。せっかく容量の大きい新しいPCにしたんだからなんか使わないともったいないですね・・Q2、今聞いている曲パソコンやってるときは何も聞きません。料理するとき(たまに)、何か手作業するとき、気持ちが疲れてるとき、マッサージチェアでマッサージするとき、寝たいのに寝れないとき、むくむく気力がわいてきて踊りたいとき、に音楽を聞きます。Q3、最後に買ったCDアストール・ピアソラの「タンゴ:ゼロ・アワー」Q4、良く聞く、または特別な思い入れのある5曲好きな曲はたくさんあるから困りますね~、年代にもよるし。ここ数年の好きな曲を中心にピックアップすると1.ピアソラ「スール(Sur:Regresso Al Amor)」タンゴの革命児ピアソラのどの曲かで、そのうち(絶対)踊りたいです。血が騒ぎます。2.ジプシーキングス「A Mi Manera」原曲はシナトラで有名な「My Way」です。ギターとハスキーなスペイン語で元気になれます。布施明がスペイン語でギター弾きながら歌ってたときもあります。3.ビル・エバンス「Autumn Leaves」シャンソンで有名な「枯葉」をビル・エバンスがJazzにするとこんな!ライブで「Autumn Leaves」踊りましたが、ピアニストさんのタイプも関係あって結局はオーソドックスなジャズアレンジにおさまりました。4.ベット・ミドラー「Wind Beneath My Wing」いい曲です。歌詞もいいです。青春の思い出の曲でもあります。5.友人のKちゃん作「ごちゃごちゃになっちゃった」・・・って言っても誰も知らない(^^;)しかも譜面にもなってない。Kちゃんが入院中につくった曲と歌詞で、私はとても気に入って、編曲を任された。編曲なんてやったことないけど原曲の譜面くらいはテープ聞いてなんとか書けると思う。頭の中ではこの曲が、ベースとブラスとドラムスが入って完成形になってよくぐるぐる回ってる・・・とっても楽しい曲!Kちゃんがボーカルで、Kちゃんのだんなさまがベースで、私と別な友人がバックダンサー。アレンジャーデビューできる日はいつか来るであろうか?!・・・音楽をやってる人からしたらなめまくった発言をしてしまった。私の場合、音楽は外から聞くものでもあるけれどいつも自分の中にリズムが流れてる気がする。みんなそんなことないのかな・・みんなそうなのかな?前に、なにげなくステップを踏んでいて、友人に「なんの曲を聞いて踊ってるの?」と聞かれ「自分の中に流れるリズムだよ」と答えたら、笑われた。そんなにヘンなのかなあ?今でも帰りの駅で電車待ちしてるときによく、音楽はなくても自分の中に流れるリズムにのって踊り出したくなる。ミュージカルが不自然で嫌いだという人にはこういう感覚わからないんだろうなあって思う。ずいぶん脱線してしまった。いわゆる音楽好きな方とはちょっと違った関わりかな?
2005.06.30
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梅雨だから雨降りの心配をしてたけど、運送業者のお兄さんたちもユニフォームが汗でびしょぬれ!なほどの、今年一番の暑さになった。昨夜遅くまで引越し準備したけど、やっぱり今日はばたばたしてしまった。家の引越しも大変だけど、会社の引越しってほんと大変!午前中ぎりぎりまでは仕事してお昼から運送業者のお兄さんたちが入り、トラック2回分運んでもらった。新事務所にばんばんダンボールが運び込まれるので私も負けじとばんばん置く場所を指示する。なんか私、えらい人みたい・・始まってしまうと案外早く、3時くらいには運び終えた。これなら、なんとかパソコンを設置したり、片付けをしたりしたら夕方までに通常業務に戻れるかも!と思ったがそう甘くなかった。今回、ADSLから光に乗り換えたのが、うまくインターネットにつながらない!結局明日あちこち問い合わせしてつなぐことになり、会社でお疲れ様のちらし弁当をいただいて、引越し前日よりは早く帰れた。それでもぐったり疲れてしまい、(ちょっと腰も痛いし)うちへ帰れるのが、ものすご~く嬉しく感じた・・・おふろにゆったり入って寝よう・・・引越しまではなんだか落ち着かなくて、早く引越しを済ませたい!と思ってたけど明日は新事務所に出勤。なんだかまだ実感がわかないな~。
2005.06.28
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残業で遅刻しながらも行ってきました。西荻のライブハウス「奇聞屋」。Yは朗読、Nちゃんは琵琶の弾き語り、A子はシャンソンその他。演劇学校のときの同期と後輩、ダンスでも一緒だったりした仲間だ。芝居をずっと続け、今では演劇講師の仕事もやっている、友人Yは、今回は時折、生ピアノをBGMにしながら太宰治の「葉桜と魔笛」という短編を朗読した。太宰はけっこう好きなのだが、この話は読んだことがない。使われる言葉はいかにも太宰らしいのだが、話自体は、ちょっと私の思い込んでる太宰とはちょっと違って刺激を受けた。朗読によってそう感じたのかもしれない。今度読んでみたいなあと思った。後輩のNちゃんは、もうほとんど後輩って感じじゃないけど芝居やダンスでの顔は知ってても琵琶は初めて聴く。わくわく。曲を弾くだけかと思ってたら、ちゃんと「平家物語」の壇ノ浦の巻を弾き語ってくれた。琵琶っていろんな技法でいろんな音が出せるんだ!とびっくり。Nちゃんの琵琶法師の顔に初めて触れ、興味がむくむくわきっぱなし。いや~興味深いなあ。最後にシャンソンシンガーのA子が、シャンソンその他、おしゃべりを交えながら歌った。彼女は以前、私と、もうひとり加えて3人で一緒にステージをやっていた仲間なのだがいろいろあってユニットは解散し、それ以来数回しか歌は聴いていない。でも歌はよりうまくなっていた。ダンサーでもあるのだが、ダンスもうまくなっていることだろう。一時期、親しい友人たちにさえ顔をあわせなかった時期がある。彼女たちが悪いのではない。私の生きる世界が変わってしまったのだ。私が以前泥沼からもがいて上昇しようとして失敗したときに彼女たちのあたたかい労わりを憎み、拒否したときもあった。今もすっかり以前の交流を取り戻したとは言いがたいけれど、久々にライブに出かけていって、ゆったり楽しい懐かしい時間を食んだ。友人たちはなぜこう、いつもあたたかいのだろう?演劇学校で、同じダンスの先生のもとで、または自分たちのユニットで、そして友人として、仲間として、お互いの家で遊んだり舞台に恋に将来に生活に悩んだり励ましあったり、ときにはぶつかったり。いろんな場所でたくさんの時間と思い出を共有してきた仲間。今、それぞれがそれぞれの場所で。私は私の場所で。グラスの中の氷は溶ける。溶けない氷はない。溶けてゆるやかになるのを疎ましく感じる自分もいたが、新しい自分で新しい水になれるのであれば、そうありたい。
2005.06.23
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で寝込んでます~。内科でそう診断されたので「風邪ではないんですか?」と聞いたら「風邪っていう病名はないんですよ」と笑われた。でもいわゆる風邪です。2月にインフルエンザのとき行った内科はヤブっぽかったので今回は別な内科に行ったら、なかなかいい先生だった。ふんぞり返ってる先生が多い中、自分で診察室のドアを開けて患者さんを呼び、診察が終わるとドアを開けて見送る。そんな先生、初めてだ。素朴な質問にも馬鹿にせずに、穏やかに答えてくれる。看護士も感じがいい。バリアフリーのつくりの新しい診療所であまりごちゃごちゃと張り紙がしていない。テレビもない。今度から内科はここに来よう。私の場合、会社の引越しを控え、なんだかんだと忙しかったりストレスがひどかったりというのもあるけど最近、気温差や電車の冷房も毎日きついから、みなさんも気をつけてくださいね~。
2005.06.16
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月曜はいつもジムでファンクの日。今月の振りはジャズよりな振りのせいか、いつもは第2週ではやっと振付を覚えられる程度なのだが、今回は音を聴いて、音にのって踊ることができた。頭ではなく体で。今の先生の振りに慣れてきたのもあるかもしれない。踊りがつながって呼吸で踊れると、ダンスは俄然楽しくなる。そういう雰囲気、感覚は多分、先生にも空気で伝わってるように思う。言葉ではなく、ただ、感じる。喜びや理解やつながりを。ダンスは、そういうときってある。そういう感覚をグルーヴっていうのかなあ。その流れは伝染していって踊りにくかった人も踊りやすくなったりするときがある。全体にそれが伝わって盛り上がると、スタジオの空気がいきなり光の粒子でいっぱいになり、みんなのステップがまとまっていくのだ。きっと群舞にはそういう空気とまとまりが必要なんだろうなあ。頭でっかちな私だから、昔は大小の舞台でいくつかの群舞をやったけど振付を頭で追って、それに体でついていくので精一杯だった。いつも踊りがワンテンポ遅かった。ダメ子ちゃんだった。あるいは、自分のことしか考えられなかった。頭ではなく体で踊る。その快感は、ずいぶん後になって感じられるようになった。長くかかった。まだこれからもかかりそう・・いつでもそうできるわけじゃないし。でもこんな瞬間を積み重ねて、その瞬間を自分でつかまえることができるようにがんばろーっ!と思った。
2005.06.13
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なかなか行けないでいたが、やっとベルギー象徴派展を開催中の、渋谷BUNKAMURAへ向かった。以前本で見た絵が印象的だった、クノップフが見たくて。ロップスのかなりエロティックな銅版画集も面白いし、メルリの建物や室内の静謐な絵も、心ひかれるものがあったが、やはり圧巻はクノップフとデルヴィルだった。主な展示作品はこちらクノップフの「アクレイジア」は強烈な魅力を放っている。美しい肢体をさらす彼女は、この時代に大流行したモチーフ、男を破滅させるファム・ファタールそのものだ。髪をかきあげる仕草、あいまいに描かれた目元とわずかにつり上がった片眉、胸から腰への柔らかなライン、まさに誘惑者の甘さと美しさ、そして媚態。背後にあいまいだけれど噴水があり、水を細く噴き上げている。よく見ると白いかすかなしぶきが髪に体に降りかかり、それを避けるためにも腕を頭上にかざしているのかもしれない。薄絹に溶け込ませるように散りばめられた青玉や花や蝶、それらはあまりにかそけく、ほんとに近くで見ないと単なる薄絹の微妙な色彩の陰影としか見えない。しかしそうした淡い色彩が、この絵の夢見るような雰囲気をかもし出しているとも言える。水のイメージが、アクレイジアの女性性やエロティックな要素をより強調しているようだ。それに対し、ブリトマートのほうは、日曜美術館で「男装の麗人」と紹介されていて興味深かったが、期待したほどのエロスは感じられなかった。甲冑に身を固め、長い赤毛をやはりかきあげてはいるものの、えらがはり、かすかにあごが割れ、せいぜい中性的な人物にしか見えない・・画家の性的嗜好が表れている、と解説にあるが、どうだろう?アクレイジアのあいまいな目と対照的に、こちらははしばみ色の、割とくっきりした線と色彩で描かれまっすぐこちらを見つめているが、でもやはり夢見るような表情の目だ。官能はそんなに感じられないが、これはもしかしたら妹マルグリットかも、と思いついたら俄然興味がわいた。以前本で、この画家は妹マルグリットと近親相姦的な愛情で結ばれていたと読んだことがあるが、これはマルグリットではないか。「私は私自身に対してドアを閉ざす」という、妹を描いた、ちょっと異様で目が離せない絵があるが、自閉症か何かで精神を病んでいたと書いてあったような・・・(記憶違いでしたらごめんなさい)すると、このブリトマートという妖精の着ている甲冑は自己を閉じ込め、守り、容易には人を入れない妹マルグリットを象徴するのにぴったりではないだろうか。そして、内面だけでなく身体的なエロスを閉じ込めることで、より屈折した兄弟間の愛情があったのではないだろうか。アクレイジアは、目元はあいまいで、体のほうが前面に押し出され、わかりやすいくらい「官能」を表出しているのに対し、ブリトマートのほうは、禁断の、屈折したエロスと愛情、あるいは、そのはっきりとこちらへ向けられたまなざしから精神的な愛情を、表現しているのかもしれない。ブリトマートのほうは噴水も水しぶきもなく、足元に緑の草が生い茂っている。草は何を象徴しているのだろう?緑の草は中性的なるもの、性を超えているものを表しているのだろうか?それとも・・・ずっと前に映画「ブロンテ姉妹」を見たときの、エミリー・ブロンテ(男装するのが好きでこのときも男装していた)が妹のつんだ花を乱暴に踏みしだき、「花はすぐに色あせる恋、緑はずっと変わらぬ友情」、というようなことを言っていたのが印象的だった。このエミリー・ブロンテも自署「嵐が丘」の世界さながらに実の兄と双生児的な、強い結びつきがあったらしいことも思い出される。ブリトマートの草は、そのような精神的な結びつきを象徴しているのだろうか?ちなみにこのアクレイジアとブリトマートの対になった2双の絵の間には「孤独」という絵が製作される予定だったらしい。ファム・ファタールと、禁断の愛情を持つ妹、そのはざまに挟まれて成就しえない愛情に苦しむが故に孤独なのか、孤独だから美しい快楽の女にも、近親の妹にも愛情を向け求めてしまうのか・・・いろいろなことを勝手に想像してしまう。まあ、「妖精の女王」という出典通り、単なる妖精の絵とも言えるが・・何度でも見に戻った。まったく飽きない2双の絵だった。デルヴィルは、「死せるオルフェウス」がチラシにもありずいぶん幻想的で美しい絵だと思っていたが、実物も素晴らしかった。荒々しい巫女たちによって殺された琴の名手オルフェウスの首が琴にのせられて、水を漂う神秘的な絵だ。琴の見事な装飾にまず目を奪われた。とりどりの宝石のちりばめられた様子が、まるで本当に凹凸があるように見え、思わず近づいて見てしまった。並みのまにまに頭上の星がうつっているのか、真珠が漂い輝いているのか、白い玉が幻想的に浮いて、彼の首を取り囲んでいる。まるで祭壇のろうそくがわりのようだ。そしてオルフェウスの死に顔の美しさ。背景も顔も、全体が青ざめた色調の絵だが、顔には淡い黄緑や紫色がほどこされ、死に顔の冷え切った透明感をかもし出している。青い唇が固そうでいて、でも今にも動き出して蘇生しそうな感じもする。目元は淡く白く描かれ、そこに光が当たっているように見える。これだけ見てもじゅうぶん楽しめるが、同じ画家とは思えないほど対照的な死に顔(?)の「赤死病の仮面」と見比べると、さらに面白い。赤死病で死んだ者の死に顔なのか、それに基づく仮面なのかわからないが、ベージュの紙に木炭やパステルのあらい黒と赤とで描かれた残酷な死に顔。やせ衰え、血を流し、だーだーと黒の荒い縦線で全体が描かれている。暗く、不吉で陰惨である。オルフェウスの白く光るまぶたと正反対に、かっと目を見開き正面を見据えている。猫科のけものじみた目。悪魔的な目。頭上にターバンのように見える白いものは時計の文字盤である。それが途中で避けているようにも見えるし、イメージ的にコラージュしたものかもしれない。時計を配したというのは、人生の短さ、有限の時間を思わせる。オルフェウスの背景の青く寄せくる波は永遠を暗示させるが、そういった点でも対照的に感じられる。美しい神話的な聖的な死と、悲痛で現世的な陰惨な死。・・・あとで調べたら、「赤死病の仮面」というエドガー・アラン・ポーの小説や映画があるそうですね!話を知ってたら、もっと違った見方ができたかもしれない・・内容も後で調べてみよう。また、今回レオン・スピリアールトという画家を初めて知ったのが収穫だった。「雲」や「猛禽」─人間の女が雲や鳥の化身となったかのようなモノクロ作品は具象から抽象に踊り出ようとしている作品で、非常に興味深い。画家にとって、女が雲や鳥に見えたのか、雲や鳥が女に見えたのか。謎めいている。そこに宿るエッセンスを取り出して単純化して描いている。「待つ女」も具象的なのに抽象的だ。抑えた色彩と単純化された構成は、ホイッスラーを思い起こさせる。塗り残した服の白が際立ち、まるで暗い画面の中で輝く氷山のようにも見える。「オステンドの夕べ」という街角のモノトーンの絵などは写真のようだ。部屋に飾りたいくらい素敵な作品だ。心を落ち着かせるような静けさが漂っている。これも離れてみると、白と黒の抽象絵画とも見える。私も抽象的でありたい、と強く思った。具象にひそんでいるエッセンスをぐわっと取り出して、見る人に感じさせることができたら、素晴らしい。今回の展覧会はとても有意義だったなあ。会場も混みすぎず、ソファもあるし、ほどよい広さと回りやすい順路だし。ショップで、象徴派の特集ではないけれど「エロスの美術と物語」を買って一気に読んでしまった。帰りの電車で読むのはちょっと恥ずかしい表紙だけどね(*^^*)
2005.06.11
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5月後半から、ほんっとにずっと体調悪かった。仕事の疲れとストレスと、土日は予定がつまっていて休まらなかったからだろう。疲れてしまい、あまりジムへ行けなかった。気づくといつも目覚ましの音が鳴っている。ついさっき起きて会社へ行ったのに、また起きて会社へ行かなければならないのか、とデジャブのように感じる。一日一日が、目覚ましの音と音のはざまに埋もれている。そんな日々。でもそんなふうにストレスのあるときほど、ほんとはダンスが必要なのだ。体がのびやかになり、頭も真っ白になりストレスが吹き飛んで、とても前向きな気持ちになれるから。肩はいつも凝っているけど、先日とうとう、顔の右半分が異様に凝っているのを自覚した。鼻わきの左右それぞれの皮膚を手でむに~っと上に押し上げると左は鼻もつられて上にむに~っと動くが、右の鼻は断固としてその位置を動かない。右頬は指で押すと、痛い。右の頭も目の奥も痛みがあるのは、凝りがひどかったからだろう。久々に顔のマッサージをゆっくりして(その昔何を血迷ったのか、一時期エステティシャンだった私・・・)マッサージ椅子にかかって肩や背中もほぐした。軽くストレッチもした。そしてや~っと少し体力が戻ってきたのもあって、先週の金曜はバレエの初級クラスに、月曜はファンクに出た。今日は残業でHIPHOPにもヨガにも間に合わなかったけどジムには行ってストレッチとマシントレーニングを再開した。ダンスでよく一緒になる子が話しかけてきてくれたりもしてダンスのことを話すのが楽しかった。やっぱりダンスはいいなあ。前も書いたけれど、楽しくのびやかにダンスをやり、体が喜んでるときってときどき無性に泣きたくなる。体が解放されると、心も解放され感情的に無防備になるんだろうな・・・自由への鍵、とも言える。どんなにつたないダンスでも、現実に押しつぶされないために、おおげさに言えば生きるために私にはダンスが必要。
2005.06.08
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2~3ヶ月前だったろうか、昼休みに会社の近くのTSUTAYAで1つの映像に釘付けになった。アマゾンのような舞台装置、本物のホワイトタイガー、首に大きな黄色い生きたヘビをはわせ、しなやかな体と、ちょっと挑発的な目で、歌い踊る女性アーティスト。それはブリトニー・スピアーズだった。その名前は知っていたし、雑誌などで顔も見ていたけどあまりのすごさにそこで立ち止まって何度も見てしまった。最近の海外アーティストにはまったく疎かったけれど踊れるアーティストには興味がわく。そのDVDを全部見たいな、と思ったけれどそのままになっていた。先日思い出して、DVDをネットで注文して今日届いた。さっそく喜び勇んで見てみた。かっこいい~~っ!ダンスうまいしスタイルいいし、ものすごい存在感がある。でも歌自体はそんなに好みではない・・かも。日本での発売は最近でも、もともとは2001年の作品だから、もう4年も経っている。今はさらにダンスは進化してるんだろうな・・先日ダンスライブへ向けての初会合をやってだいぶ自分が舞台から離れていたので体を鍛えたり、感覚を取り戻さなければと痛感していた。振付はモダンっぽい方向へ行くと思うけどこうしたプロモーションビデオも意欲を掻き立てられて、いい。ブリトニーが歌い踊る、ペプシのCMも収録されていてとても楽しいナンバーになってるので、今はその曲が頭をずっと流れてます♪Britney:The Videos
2005.06.04
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仕事から帰ると、実家の母から手紙が届いていた。GWのときの写真やらいただきものの食事券やら入っている。手紙も読んでみると、長々と書かれており、その内容は、私にとっては大きな出来事だった。「すぐ電話をちょうだい」とあったので、すぐ電話した。姉にも相談の電話をかけた。それからずっとそのことを考え続けている。それは不動産の話だった。姉も妹も不動産を持っているけれど、ジプシーの私には、これまでまったく考えたことのない話。いや、たった一度不動産の話が持ち上がったときがあり、「これが年貢の納め時か~」と思ったものである。そのときは、なんとか免れた。縁がなかったのだろう。あ~、よかった。しかし、今回は違う。ジプシーな私が最近考えてることがあった。今後のこと、仕事のこと、生きていく場所、やっていくこと、経済的なこと、そして人との関係のあり方・・・意外でびっくりもしたけれど、何かタイミングがあったのか、なぜか今回の話は、悪い話ではない、と思えたのだ。けれど、姉に相談すると現実的にマイナス要因や、見極めの難しさなどいろいろ指摘された。オーストラリアで長年不動産を複数所有してきた姉はなかなか手厳しい。まだどうするかは迷っているけれど、なるべく今月中には田舎へ帰って、見て来ようと思っている。前からゆかりがあり、何度か行ったことのある古~い家だ。我ながらこんな展開になるなんて不思議な気がする。土地に縛られるなんて、考えられない!と思っていたのに・・・しかし、そこにすぐ住むわけではないし、また家賃収入で食っていこうというのでもない。(それができたら、それもいいけど)いろんなしがらみとゆかりと、不安材料のある不動産なのだ。でも、こんな話でもない限り、小心者で堅実すぎる私にはふんぎりがつかないだろう。私なりのメリットもある。借金もしなくていい。凶と出るか、吉と出るか。千々に心悩まされる。3年前に大きな転換があった。あと数年したら自分にはまた大きな波が来るだろうと予測していた。それはまだもう少し先のことだと勝手に思っていたのだが、このことだろうか?いや、多分3年後くらいにもっともっと大きな波が来る。それはおそらく仕事にまつわることで、そこから派生して人間関係にも影響を与えるだろう。人生がまたひっくり返るかもしれない。その一歩手前の出来事として、今回のことがあるような気がする。これによって何かを準備するような。こわいような気もするし、来るべきときに来ただけのような気もする。不確かな暗号を心で必死で感じ取り、理性で読み解いていこうとするけれどまだまだ見えない。私の向かおうとしているところ。
2005.06.02
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怖い夢を見た。怖い予感のする夢といったほうが正しいだろうか。おぼろげではっきりしないが、パビリオンか美術館のような場所にいる。会場の、あるところに恐ろしい場所がある。奈落のような真っ黒なイメージの。そこに行かなければならないが、そこへ行くこと、そこを通ることにはひどい恐怖と緊張があることがわかっている。しかし明日そこへ行く、と決断する自分がいる。その恐ろしい黒い場を思い浮かべながら今日は下見みたいな感じでパビリオンか美術館の回廊を歩き回っている夢。美術館のイメージは、先日ラ・トゥール展を見に行ったことと関係していると思う。しかし、恐怖の予感は何を由来としているのか、判然としない。ただ、恐怖を感じながらもそこへ向かおうとする、しんとした自分の勇気に、我ながら感じるものがある。今自分はどんな精神状況にいるんだろう。なぜそんな夢を見たんだろう。夢はいつも無意識の自分を指し示すようで、興味深い。
2005.06.01
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