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伊賀にすむ生物展/さかなのモビールづくり が旧小田小学校でおこなわれています。三重県伊賀地方に生息する身近な生き物をテーマにした展示会で、伊賀市にある廃校になった小学校の校舎を活用して開かれています。伊賀市中心部にあった旧小田小学校は明治14年に建てられた古い木造校舎が地域の展示施設として活用されていて、展示会は地元に昔からいる在来種の生き物を知ってもらおうと開かれました。小田小学校は明治8年(1875)8月に創設され児童数が増加したので明治14年(1881)、現存の校舎を新築し啓迪学校と名付けられた。現存する県下小学校校舎の最古の建物。寄棟造の主屋部に西側正面中央部、切妻屋根の玄関部突き出している。玄関ホーチ上部のバルコニーなどに素朴な擬洋風意匠が見られる。昭和50年(1975)に三重県文化財に指定されています。平成2年(1990)から平成6年にかけて保護事業として保存修理工事が6800万円かけておこなわれ太鼓楼が復元されました。
2016年11月28日
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増埜井碑と増田神社これまで何度も探しに行きましたが見つけられなかった増田神社が同じ会員の発表で見付けることが出来ました。見付けられなかった筈で駐車場を横切って行った場所に在りました。増埜井碑 増田嘉兵衛が生家跡に母を偲び建立しました。碑文 今横濱氏に豪紳たる増田嘉兵衛 翁は昔この地に生まれこの井をうぶ湯 とせし人なり孝情老いて弥切にこの 地に帰りこの井に来る毎(ごと)に低回 去るゝと能(あた)はずときゝて あみそめしよにも かへりてたらちねを したふこゝろや ますのゐのみづ大正五年四月十六日御歌所寄人従五位勲五等 坂正臣しるす増田嘉兵衛は伊賀出身の幕末から大正時代にかけての大実業家で横浜で成功しました。増埜井碑、こちらに碑文が書かれていて「霜の夜に思いそいつのぬれ衣 ぬいて着せたる人の心を」と刻まれています。増田神社生家跡の豊川稲荷を祀る老松神社がもとになっています。はなのこみち?はなのこみちを目印に探していたのでかえって見付けにくくなっていたようです。
2016年11月07日
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