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婚家でのこの生活も、あとひと月、を切りました。本当の意味での独立を決心したのはほんの3週間ほど前。私の人生が大きく動くときはいつもいつもガラッと急展開だなあ、他人事のように暦をこねくり回しつつ思う、でもほんとーうに、そうなんだよねー。今回夫は吉方位を取って越してきたのに、どうしてまた出ることになったんだろう。一瞬思った。そこでよくよく暦を紐解いてみるとー、ここに越してきたとき平成21年節、方位西には七赤が廻座、その底に沈むは震宮の暗示。七赤は金気なので土気を持つ夫にとっては吉方、事象としては秋の収穫や金運、レジャー、休息、引退など。そして震宮の事象は活動の春、朝日、顕現、発展、新規など。ようするにこれ、逆なんだよね。これが息子に引き取られる老母ならいいわけ、引退が始まるから。ところが、私たちはそうじゃない。収穫はすなわち淘汰、つよい取捨選択の一面を持つ。ここで収穫した大切なものを持ってさあ、出発ー!これがここに来た意味だったんだろうということ。なるべくしてなった自然の法則、吉方の事象と照らし合わせてその意味を知る、これで、いいのだ。
2010.05.31
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最近気づいたんだけど、私は整理整頓とか、掃除とか、身の回りを整えることに対してちょっと不自然なところがある。どうも恨みにも似た負の感情、当てつけるようなね、見てろよみたいな、そういう力みがある。誰への当てつけかといえばまっすぐに、実母。もう独立もすっかりしたことだし、いい加減こういうのはいいだろうと自分でも思うんだけどねー。あの人とはちがう、あんなふうにはなるまいならない、あんな家の娘の汚名をぜったいに返上せねば。身ぎれいに暮らすその奥に沈む大きな、わだかまり。せっかくのキレイを楽しめてない気がする、使えてないというか、上の空で、ちっともここにいられてない気もする。もう、誰もくらべてないよ。私の背後にはもう親はいない、はず、なのに、ねー。でも、仕方ないんだと思う。ハタチも越えれば一切は自分の責任と思ってきたけど、親からの影響はどうしたって土台に練りこまれてるわけだし。お手本としてだろうと、反面教師でだろうと、逃れようもなく存在する親というもの。抵抗をすればするほど熱が出て、痕は残り、重く固まり流れが止まってしまう。見ないふり、見なかったことにして、目の前にあるもの以外信じないでいこう。時間は、無限じゃない。
2010.05.30
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寄席。浅草演芸ホールへ。葵丸進に開店と同時に滑り込み天丼をかっ込む、うんめえ!かき揚げ丼と迷ったんだけどメニューに「時間がかかります」書いてあったからふつうのにしたのに、後ろの席の人に運ばれてきたのはかき揚げ、なーぜー。でも、看板メニューの天丼で後悔するはずもなく、次は頼むぞー、この先の楽しみができたのでよかった。五月下席、昼の部。11時半には着いたのに8割以上席が埋まってて!危ないところだったなあ。いざ始まると、怒涛の芸人技の連続で過呼吸寸前!笑いがおさまらないうちにまた笑わされ、いやー、いいもんだねー、笑うって。見知らぬ人と同時に笑う、これ以上の平和はないと思う。そして、寄席経験これで3度めだけど、ここ浅草のお客の反応がピカイチな気がする。すばやくてノリがいい、だから余計笑っちゃうんだよね。落語のすごいところは、すっかりおんなじ話でも面白い、何回聞いてもやっぱり、面白い。それに、ポンとそこへ座っただけでいーろんな世界をみせてくれる落語家、芸人よ。人間てすごいもんだな、私も同じ人間だったな、自分の可能性にさえうっかり期待しちゃえるほどの研ぎ澄まされた芸、ということ。三遊亭圓歌という人に笑わされながら、絶句する。
2010.05.29
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バナナの観察が始まった、新鮮な朝。人生でこれほどまでにバナナを近しく思ったことはないだろう、バナナバナナ、これからどんな表情を見せてくれるのかバナナ。皮の黄色を凝視してると、なんだか生き物みたいに見えてくる。ワニとかね、ああいう恐竜の親戚っぽいような、暑くてじっとりした風が流れてるよう、な。毎朝5時30分起床、基礎体温を測りトイレをし、カーテンを開け、寝巻きから部屋着になり、冷水を浴びるように洗顔し化粧水、うがい、寝ぐせを整え、洗濯機をまわし階下へ、朝食の支度5時50分。6時50分、すべての片付けを済ました洗濯物を干す前に、ツイートしようと思う。なんとなく毎日決まった時間のほうがいいような気がするからねー、せっかくの機会だし、できるかぎり丁寧に行ってみよう。1日目、さすがにまだ変化は見られない。吉方バナナのほうは先端に向かって黄味がだんだんつよくなってる、なんか眉毛濃いー感じ、くっきりとした存在感。凶方バナナは、のぺーとした感じ、眉毛はきっと八の字だろう。個性があるなあ。
2010.05.28
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本日は易者的にむちゃくちゃ特別な日でして、だいぶ前から待ち構えていたんでして。というのも、年・月・日の盤がすっかり重なる今年最後の日。吉方位も凶方位も3枚重ねな「超絶最強最大吉方」ないし「超絶最強最大凶方」となーる、わけ。なのでね、実験を行うことにしました。どういう実験かというと、すっかり同じものを吉方と凶方両方で買ってその経過を観察するやり方。その差異でもって方位現象を検証しよう、というもの。分かりやすいほうがいいから、対象物はバナナで。偶然、おなじスーパーが吉方にも凶方にもあったので、すっかり同じ銘柄のをそろえることができました。うおー、ラッキー。というかまずだいたいからして、凶方には1本98円のが数本しかなく、吉方には3本で198円が盛りだくさんあってさんざ選ぶことができた、という。そして、観察開始前にそれぞれを試食してみるとー。吉方位のは皮がバキっと割れ、かなり酸っぱくてさっぱり、若い味。ねっちりとした食感。凶方位のは皮はスルッとむけ、うすぼんやりした味。ほぼ無味。パサついた食感。夫いわくは、前者は味が濃く、後者は味が薄い、とのことでした。平たくいえば、吉方位のは美味しく、凶方位はまっずかった。これ、気のせいじゃ、ない。日々の観察の模様は、Twitter、にて。
2010.05.27
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バイト先のお中元商戦。今年は「ザ・お中元」という感じにはせず、「おいしいものをお取り寄せ、ご自分へのご褒美にもどうぞ」というあり方でいくそう。まんまとハマる。婚家には魚の煮たやつ、実家には濃縮飲料にちゃっちゃと決定し、さーて、どうしましょうかねえ、たしかにそそるものばっかりだわあ。桃太郎トマトゼリーね、ミカドコーヒーのゼリー、マンゴーパフェや各種アイスクリーム、オムレットにタルトにスフレ、ああ、罪、はあー、たまらない。さんざ迷ったあげく、試食してバカうまだった「あいすプリン」と、評判が良すぎる「治一郎のバウムクーヘン」ということに、しました。いやー、「あいすプリン」。試食は冷凍のままで食べてたんだけど、上んとこの焦がしたカラメルのほろ苦さがまたすばらしいアクセントになっててねえ、その下はこっくりとものすごく濃厚なお味、かつ口どけのいいシャリ感のハーモニー、もう勘弁してください、という感じ。解凍した食感が新感覚のようなので、ひたすらに楽しみであります。とろっうま!
2010.05.26
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「きれいなものを見たらいいんじゃない?って思った。」これから何をしていこうか考えた学友の日記より、これは、名言だと思う。きれいなものを、見に、きた。そうか、私は、きれいなものを見にきたんだ。それで見事にぜーんぶ、説明がついちゃう感じ。ストンとしっくり腑に落ちて、スイーーーッといい風が吹き通る。ただ、きれいなものを。人知れず野に咲く花々をね、誰のためでもなく色とりどりに咲き誇る花たちをさ、ただただ、そういうものを見て愛でよう、震えよう。もちろんお花や景色だけでなく、笑顔も、こころも、この世のきれいをすべて、追って、味わって。そういうあり方で生きようと思った、学友に便乗して。人生の目的は、きれいなものを見ること、でした。そして、いつか体から出るときに「はあー、きれいだったー」ってね、たーくさんのきれいを両手いっぱいに持っていけたらいいと思う。こう記憶を辿っても、一生忘れられないシーンには「きれい」がかならずあるもんなあ。そうかー、そうだったんだー。
2010.05.25
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そういえば、と思い立ち、山田ズーニーを借りる。そうだそうそう、本気で買おうと思ってた本も借りていいんだよな。なーんか頭のなかで別個にしちゃってた感じ、まったくもってどこまでも便利な図書館なのだった。と、そのまえに、Lesson492 守ってあげたい、を読む。それを言っちゃあおしめえよ!ちっがーう、ちっがうと思うよズーニー。いちいちその通り真に受けてどうすんだ、まっすぐ過ぎるよズーニー。「きみを守る」具体的にというならば、はっきりいって言葉遊びだと思う。その暗黙のお遊びを、実際にできるできないじゃない、その行為というかそのやり取り、その一芝居こそが、大事なんだと思う、私は。守れないよ、守れるわけないじゃん。それでもだからこそ、言ってくれるその気持ちだけでうれしいってあるじゃん。だけっていうか、せめて言うことしかできない、だよね。「家族を守ることが僕の人生の目標」を言い換えると、「家族を自分のよりどころとして生きるのが目標」になるのかな。すんごい勝手に表明しちゃってるけどね。あ、そう、よしもとばななが「人生って?」でいいこと言ってたんだよ、えーと、孤独についての話のなかでー、たとえひとりで道に倒れて死んでいくにしても、ああ、あの人がこういう目に遭わなくてよかった、私でよかった、みたいに思えれば、その人の人生はちっとも孤独じゃなかったみたいな、そんなようなこと。そういうあくまで気持ちのうえでの言葉「守る」だと、私は思う。ズーニーいわく「一生きみを守る」と言われたら、「具体的にはどんなことをしてくれるの?」とたずねてみよう。・・俺だったらこういう女はいやだね。かわいくねえ!
2010.05.24
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規則正しさについて、いろいろと思う。5月13日付の「今日のダーリン」でこのあたりのことに触れてあって、ほほーう!膝を打ったもんでねー。糸井さんいわく、「時計の目盛りが表現するものを「命令」のように受けとめて、実行するというのは、「規則正しい」けれど、「正しい」とはちがうぜ、と。」実に、実にその通りだと思う。ぬおー、下っ腹の奥のほうがジュワーン・・響く感じがするー。これ、すーごい面白いときの体感ね。で、季節の巡り方だってそう、そのときそのときでちがって当たり前だし、天候だって体調だって、気分だってね。「そういう変化にも対応できるように、人はやせたり太ったり寝たり起きたり無理したり、抜け目なく生きていく能力を身に付けていたんです。」その微調整というか、うん、調整とまで意識もしてないその連続が人生、大きな意味で「自然」ということなのかもしれない。「自然な生活」、力を抜いて委ねる勇気、謙虚な、気持ち。人間なんてさ、ろくなもんじゃないんだよ、きっと。勘ちがいも甚だしい、単なるぶっ壊し屋、勢いだけの無責任な一発屋なのかも、しれない。人間の都合のいいばっかりになんていかないぜ、私は、愛犬と愛猫から瞳をとおして、くり返しこう教わった。変化に対応するしなやかさ、動体視力、そこを研ぎ澄ませていくことこそが人の成長であり、本当の意味の智慧なんだろうと思う。
2010.05.23
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実家へ。古城の食欲が急速に落ちてきている。急に暑くなったからね、18歳のお誕生日も迎えたところだし、うん、ここは、変わり目だろう。抱っこすると先週より確実に軽く、痩せたのがすぐわかる。大好物のホタテを噛んで手のひらからあげると、申し訳程度ながら食べてくれる。おかかも、手からあげれば口をつけてくれる。まあ食欲がないだけで、歩き回ったりはしてるからね、怒るし、ただ、この夏はものすごくものすごく気をつけて過ごさないと、両親とよーく確認しあう。栄養補給の点滴はマメにしに行ってくれるそうだ。私はー、月に3回戻ってきて、こうやってチューして、撫でて、手のひらから食べ物をあげたり、する。毎日、よき私で、祈る。よき毎日の中でよき状態で、全力で、祈る。古城は冷房がだいっきらいでね、なにがなんでも廊下とかに寝そべって冷を取ろうとするんだよね。冷たい敷物みたいなの買って置いといても不審がって使わないし、常温の水しか飲まないし。なんかイヤだったのが、今日はいやに私の顔というか目を、ジーーーー、と見てたこと。そらしたらいけない、ギッと見返したら、しばらくしてフッとそらした。よし、まだ大丈夫。ギッと返されたら、たぶんそのときなんだと思う。古城の実母は、ギギッと返してその直後に、車のせいで、お別れしたから。
2010.05.22
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図書館より「NHKためしてガッテン流 死なないぞダイエット」を。ほぼ日の糸井さんが手放しで大絶賛しててねー、成果があがってる様子はよく話題にあがってたし、どうもダイエットの話だけじゃなさそうだしで、そりゃあ思わず食指も動こうってもんです。と、著者の北折一さんて私てっきり苗字が北さんなんだと思ってたら、北折さんなんだ!一さんでハジメさん、妙に印象的ですーごい覚えちゃった。こういう「へえ」って忘れにくいよねー。で、さすがガッテンの制作の人だけに、読みやすーい、すらすら読めるのはもちろんそうなんだけど、むちゃくちゃ説得力のある、熱い、意志ある文章で、臨場感ていうかドキドキする読書、という感じ。切実で、痛いほど優しい、うーん、ちょっと泣けてもくるような。防ぐことが可能な病気で「死なない」ための指南書、かー。読み終えたら、夫にも読んでもーらおうっと。
2010.05.21
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あそこのはすっごく甘いから子どもは好き、うちのは甘すぎないから大人が美味しい。というような評判を小耳に挟みつつ、噂のUchi Cafe' SWEETS「プレミアムロールケーキ」を食む。うううううんまーい!うまいうまい!、うますぎでしょうこれはー、衝撃のうまさにしばし呆然、ほっぺを落としつつ、思わずバイト先変えようかな、価値観が合わないし、なんだか欲目も過ぎてる、とまで思ったほど。うちのはねえー、たしかにうまいことはうまいけど、風味がオブラートに包まれちゃってるんだよねえ。嗅覚に突き抜けてこないんですよ、比べちゃうと、知っちゃうと、ねー。やーしかし、伊達じゃないねえモンド!セレクション!やっぱさすがのモンドセレクション2010金賞、というか、モンドセレクションなんて一個も参考にしたことなかったけど、このことで十分に信用したもんね。もうほかの受賞のも試してみたくまでなったり、あー、そういえば、わが地元の「みそだれ」もモンドセレクション金賞とってた気がするぞ。灯台下暗し!ただその店のは食んだことないんだよね、地元はやきとり屋たーくさんあるんで。ちなみにやきとりとはいえ、地元のは鶏でなく「かしら」、ぶた肉なんですよー。歯ごたえあって、にんにく効いてて、とっても男らしい食べ物、なの。
2010.05.20
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学校。この立春から今年の方位および毎月の方位をばっちり作成して、この過渡期に転ばぬよう気をつけている。夫も私も運気の変化線にずばり乗っていてしかも、夫は歳破、私は暗剣、年齢からいってももっとも大きく揺れるときだからねー。もう本当に慎重、けっこう真顔で日々使うよう心がけている。八方位の神社仏閣公園病院を思いつくかぎり網羅したり、方位など動のリズムだけでなく運気の流れの静のリズムも見やすくしたのも作ったり、それなりに時間をかけて腕をふるいまくったすごいのが、わが家にはあるです。わが家専用、便利暦2010!旅行計画担当の夫には、それらをクリアフォルダーに入れてしっかり渡してあります。と、それを今日うっかり学友に見せびらかしてたら、「先生、めのさんがエライです」みたいなことになり、先生に見てもらうことに。あちゃー、先生こういうの褒めないんだけどなー、と思ったら案の定、当然という感じで「うん、じゃ日盤と刻盤もな」さらっと立ち去る先生。ぬおー、なんとなくそれも作ったほうがいいような雰囲気むんむんな、だってでもそれすんごいすんごい大変なん、ですけ、ど・・・。でも先生は毎年やってることだし、一回作っちゃえばあとはかなり楽なのもわかる。やるんだろうな、私。先生がやってきたこと全部なぞって自分のものにしようとしてる。ずっとこうやってしずかーに私、燃えてるんだなああああ。
2010.05.19
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サンシャイン牧場につづき、うっかり「はじめようマイ・バー」なるアプリを始めてしまい大変に楽しい。自分のバーを経営していくゲームなんだけど、人様との差異がたまらなく新鮮で、性格や好みもかなり出るからすーごく面白い。それぞれ実にその人っぽい雰囲気になってるもんなー。ちなみに、私のとこは周りに比べて圧倒的に殺風景、だろうなとは思ったけど案の定そうで、われながらまったく遊ぶのが下手なんだよねえ。訳もなくいっちゃん最初に与えられたものを生かそうとするというか、冒険しないというかできない守りの人。あ、単にケチというのもある。同じお金なら内装より材料を買いたいみたいな、だから店内すーごくシンプル、すっきりしすぎちゃうんだよねー。友だちと手持ちの材料を交換できるのもすごくよくて、お互いに持ってないものを交換しあえて、ウィンウィンの関係、になれるのが気持ちよくて仕方がない。今の時代、楽しいものがありすぎて困っちゃう。どっかり座って長時間ボーーー画面眺めてるだけで、何かしたような気になってるもんなあ。
2010.05.18
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来月、夫婦で行ってきます、穂高養生園。久しぶりー、何年ぶりだろう。えーと前回はー、2007年9月のデトックスプログラム。ほう、そうか、それほど前でもないのかー、ここ数年いろいろとあったから遥か昔な気がしたなあ。そして、忘れもしないこのプログラムの最中に、愛犬ラッキーの永眠があったのでした。何となく足が遠のいたのはそのせいもあったかな、あらためて今になって気づいたりして。愛犬ラッキーはポインター、鉄砲の音で足がすくむ猟犬、とろけそうなくらい優しい優しい男でした。野良猫のためにご飯を残したり、お水も残して出入り自由にさせてたり、愛猫古城とは仲が良くてよく鼻の頭をくっつけあってたっけ。私がしゃがむとちょうど同じくらいの大きさでね、両肩に手を回して抱きしめるみたいにすると、ガクーーーン容赦なく身体の力を一気に抜いちゃうんだよね。で、あっという間に仰向けになっちゃう。こちらがパッと立ち上がると、ラッちゃんも大慌てで立ち上がる。またしゃがむと、ラッちゃんもしゃがむ。犬ってそうなんだよね、私は生まれたときから犬も家族で暮らしてきたからもう本当に空気みたいで、あの当たり前がこーんなにも愛しいものだったなんて、ねー。あの手触り、あのぬくもり、なぜかお腹痛くなってトイレにこもってるときにかならず思い出す。安心の、感触。
2010.05.17
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ほぼ日の糸井さんがついにツイッターを始めたらしい。ほぼ日、も始めたらしい。夫も会社の公式ツイッターを始めたりして、私としてもちょっと恋しい今日この頃。いや、でも、私はよしたほうがいいの。向いてないの。一回やってみてもうわかったし、また始めたら最後ほぼまちがいなく日記が止まってしまーう。ただ、写真だけとか、今日の運勢だけとか、そういう考えは実はあって、この日記をツイートしてるだけのアカウントは実は持ってたりもして、ます。優れたものほど、どう使うかによって毒にも薬にもなるその振り幅が、ものすごく大きいものだと思う。うっかりすると簡単にツイッター中毒になって、一日のうちいくらだってずうっと眺めちゃう。どうしたってフォロワーの反応を待っちゃうし、現実をどうツイートするかばっかり、こころ現実にあらずみたいな。やー、でも面白いからねえ、本当に。そういえば、私も日記始めた頃はコメントが気になって一日に何度見たか、書いたものだってもう気になって気になって覚えるほど読み直して。それが、今なんか書きっぱなしだもんなああああ!
2010.05.16
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夫の厄除け、お加持を受けに定泉寺へ。これで後厄の厄月五月の除け、正五九加持、の五まで済ませたことになーる。ついにあと残すところ九月のみかー、こうしてきっかり受けてみるとひとつひとつ指差し確認で大事に過ごせてきたような気がすーごくして、大変に気分がいいだす。いいよーやると、厄を除ける。今の暦でいう正月・五月・九月は、旧暦でいうとひと月前、十二月・四月・八月のことなんだけど、これ一年でもっとも体調もろもろ不安定になるときなんだよね。だから、新暦でいう正五九月は厄月とされてて、厄年の厄月にはお加持を受けましょう、という感じなわけ。和尚のお加持はいつもの通り冴えに冴え、ただ見てるだけなのに、身体の皮膚の表面が炭酸シュワシュワみたいな感覚になる。このシュワシュワは気功を受けてるときの感覚とすっかりおんなじだからきっとそうなんだろう。というか、むしろこっちの方こそが強力なはずだよね。念ずる力、祈る力、見えないけど「ある」感覚。この空気はそういう波を、見えないけど水みたいに波を運ぶ役割もあって、われわれは影響しあいっこしてるんだろう、と思う。
2010.05.15
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実家へ。今日届くようにしておいた例のものが届く。「もー、いーのにー」と言いつつすーごく喜んでもらえてうれしかった。とにかく無類の花好きなもんで、とりあえずお花贈っとけばまちがいなし。母方の祖母もお花がなにしろ好きであげく戒名にまで入ったもんなあ、遺伝なんだよね。私もこれ遺伝だろう、かなり好きです。さっそくちょこん飾られたブリザーブドフラワー、うはー、かわいい。まるくてぽこんとしたものが、透明ケースの中に大事に入れられてる様は、心とか想いとかそんな言葉がとてもよく似合って。送り主である私の祈りが、きっとこれからお花を通してあの家を照らしていくだろう、枯れること、なく。18歳を迎えた古城は元気いっぱいなのはいいんだけど、極度の威張りんぼうがさらにエスカレート。ボスが通っただけで「ッッファーーーッ!!」ミーが隣に座っただけで前足「ブツよー!」のポーズ、チビクロは察して近寄らないからそういう場面は見なかったけど、うーん。ボスクロミーコは気にはしてないみたいだけど、一瞬こらえるような表情になるのが切ない。まあ古城と、古城の姉である故チーの仲もむちゃくちゃ犬猿だったしね、と、そういえば、古城の歯むいて怒って超攻撃的な顔を今回でたぶん初めて見たと思う。古城は、姉である故チーにどーんなに理不尽なことされてもああいう顔はただの一度もしなかったんだ、なあ。
2010.05.14
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母の日といえば。こないだ、バイト先のかわいこちゃんがパート全員に「母の日」のブーケをくれたんだけどね、私にも。パートで母じゃないのは私ひとり。これけっこうチャレンジャーだと思うんだよね、ある意味。それを超えてくれたんだとしてもうれしいし、一切よぎらずくれたんでもうれしい、全体的にどうもありがとうという話ではあるんだけど、やっぱ自分のことはちょっと観察してみちゃうよね、いい機会だし、ねー。で、よーく感じて探ってみると、まったく「う」とはなってなかった。しずかにさらさら流れてる感じ、つっかかっても、止まってもない感触。うん、大丈夫、なんだか自分がものすごく頼もしく思えた。私は、ほんとーうに、子供ができようとできまいとどっちでもいい、と思ってる。一方づいた考えがひとかけも頭にない、まっさらな状態にいる。けっして努力してそうなわけじゃないし、嫌悪もない、逃げもない、まったくもってニュートラルな状態、でした。38歳と8ヶ月、人智の範疇で描く未来、私の目の前でつづく人生。今日と明日はちがう日だけど、今日のつづきは明日だということ。なるように、なる。
2010.05.13
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こないだ間に合わなかった母の日のお花、本日やっとこ手配した。やー、迷ってるうちにうっかりしちゃってねー、多方面からかんがみた結果ブリザーブドフラワーに決定。枯れないお花ブリザーブドフラワー、本当に枯れない!結婚するときの電報でこれのもらったんだけどいまだ美しく咲き誇ってるもん、なんで・・?玄関とかにいいよね、どこまでも放っておける。透明ドームに入ってるから埃にならないし、サイズもいい具合にコンパクトでこれなら邪魔にならないだろう、ちっちゃくてかわいい真っ赤なバラのにしてみた。で、今日注文してなんとあさってには届いちゃうみたいなんだよね、すごーい。ちょうどあさって実家に行くから手渡しできる格好になる、うおー、なんて便利なんだ。送料だって交通費考えればむしろ安いし、手持ちよりずっと外装とか状態もいいし、ネットショップに足向けて寝れませんよ、ありがたすぎる。いい時代になったなあ、ほーんと。
2010.05.12
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煮物が楽しい。こーんなに簡単で失敗もしにくく、それなりにちゃんと美味しいなんてなあ。さつま揚げみたいなのをぐつぐつするだけでもう立派な一品になるもんね、楽しいんだー、お料理って。遅咲きだからこそ味わえる新鮮、至福、という感じ。そしてまあ、美味しい言ってもらえるに越したことはないけど、基本的に、自分が美味しければ、うまくいったと思えれば、それでもうかなり満足らしいんだよねどうも。やり切ったと思えるかどうか、そこがとにかく大事というか、実はそれが目的なのかもしれない。これはここ最近でさらによくわかったことのひとつ、自分でさえ、自分とでさえ、分かり合うのは大変だ。ひとつひとつ物事にあたって砕けてやってみて、湧いてくる感情をきっかけに知っていく自分、つくづく人生は自分探しの旅、だよねー。今よく眺めて楽しんでるのがクックパッド、いやー、いい時代になったもんですよ。さつま揚げひとつとっても、みぞれ煮とか、もやしとも合うのかとか、にんじんと一緒にサラダとか、ほんとーうに視野が広がって楽しくて仕方ない。今は諸般の事情でできにくいけど、いつか作りたいものを一所懸命に作って、成功してよろこばれたり、失敗して勘弁してもらったりして、自分の道をザクザクと切り開いて、生きたい。
2010.05.11
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数ヶ月ぶりのヨーガ学院院長によるレッスン、やっぱり院長でないと、院長だからできることがあまりにありすぎて、もう絶句という感じ。私も先生みたいになりたい、あーんな素敵になれたらいいなあ。これからあと25年後くらい、すべては自分次第だ。目指せる方がいることの至福だね、友だちとランチしながらしみじみとうなずき合う。今日の先生のお話も琴線にビンビンくる深ーいものだった。水は環境によって姿を変える。水からお湯になり、沸騰して水蒸気になり、雨となって水に戻り、冷えれば氷になる。だけど、水は水。本来の姿は水なんだけど環境によって変幻自在、だけど、水は水。これを人間に置き換えると、環境はすなわち「縁」となる。さまざまなご縁によって私は作られている、ということ。縁によって姿を変え、一定の条件下でのみの姿であり、それも自分ではあるけれど、かならずしもそれが本来の姿とは限らない。だけど、私は私。この、私であることに立ち戻るのがヨーガの行法だ、というようなお話だったと思う。ご縁かー、じゃあ今の私はご縁でたまたまこうなってるだけなんだ。たとえ終わりが氷でも、水蒸気でも、それはただその一時のことで、水であることには変わりない。まっさらな私、に立ち返る。いつでもどこにいても、誰、でも、私は、私。
2010.05.10
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とってもいいお天気、というか暑い。こーんなにまだ暑くなくていいんですけどー、のー、今年もまた夏がくるのかー、恒例の滝行を思えば待ち遠しくもなるけど、基本的にやっぱり私、秋が好きです。春もこの頃は好きになってきたなあ、ふきのとう、たらの芽、万歳、四季!まあ何しろ、季節はどこまでも順々に巡る、淡々として、けっして止まることはない。夫の用事に徒歩で同行、なんかこういうの久しぶりだったなあ。前はよく近所をぶらぶら散歩したものだった。ひとりでも、天気がいいと外に飛び出して、空とか花とか写真たくさん撮ってね。お昼にゼルコバのパン買ってきて食いかけ撮ってみたり、よくしてたっけなあ。最近になって初めて気づいたんだけど、私は散歩が好きみたいだ。婚家に入ってから何となく控えてるのは、もちろん禁止されてるわけじゃなくて、なーんかほれご近所の目ってやつがね、かすかーな圧になるんだなあ。ほんとーうに言葉にならないレベルの、ただ視線を受けるだけでも人は消耗するものなんだ、ねえ。目と目を合わせるのは意外と気力が要る、脚色しすぎで話すのも、話すことが見つからないから話さないのも、うんしょってくらい力が要る。まだきっと、人間だらけの世界に慣れきってないんだろう、なー。ずっと気になってたお花の名前がわかった、バーベナ・ピンクパフェ。すーごいかわいいねってツンツンしたら、キャハッ、笑った気がした。
2010.05.09
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実家へ、猫まみれ。私はいつも婚家を7時半に出発して実家到着は10時ちょい前くらい、で、14時半すぎに出発して婚家到着は17時すぎなんだけど、その私が実家にいる時間帯って、実は、みんなのお昼寝タイムなんだって。これまではやっぱり普段はいない人ということで、サービス精神なのか好奇心なのか、みっちり相手してもらえるのがうれしいのか、あ、マッサージが気持ちいいからかも、そーんなに寝っぱなしってことはなかったんだけどねー。しかし今日は寝てた、ほぼ全員とろ~んのぽや~ん、全体の7割は寝てた。気候もちょうどよかったし、私にももう本当の意味で慣れたのかもしれない。それはそれで、良きことです。古城も絶好調、気に入らないことがあればきちんと「ッフーーー!!」意思表示、そうやってしっかりストレス発散してるみたい。ミーコは相変わらずいたずらばっかりして母に切れられ、そのたんび愛くるしさをアピールして許されている。クロちゃんは一度抱っこしたらぜったいに自分からは降りず、抱っこで外を眺めるのが何より好きみたい。楽しげに外を見ては、すぐそばにある私の顔を舐めてくれる。ボスは誰よりも重いのにいちばん甘えっこで、だいたい必ず誰かしらの肩などに顎とか乗せて眠るんだけど、今日はクロちゃん同じことをされていた、しかも腹に。苦悶の表情に爆笑、うなされてるのかヘンないびきをかきつつ、でも起きない。ざまあみろ、かつ、可愛くて仕方がない。
2010.05.08
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さて、エバメールの発注は済んだものの、その切れた間つけるものがない。ついでにクレンジングも見直したい。ということで、さらにもう一歩、基礎化粧と私、について考える。クチコミも参考にしつつ、あー、そういえば8年だか前にもこういうブームがあったなー。ひたすらチープコスメに凝りまくって地味だけどかなりな大革命があって、たしかあれで、固形石鹸派、になったんだわ。ねば塾!いろいろ失敗もしたっけなあ、仕事に支障が出るほどの強面になって皮膚科へ急行、しばらくスッピンでの生活を余儀なくされたりね。たしかすーごい腫れて、真っ赤で、やがて目のまわりだけ残ったりして。会社の人とか平気で目とか合わせてくれなかったもんな、貴重な体験だった。今でこそ、実は顔面限定ながら肌が敏感気味なのがわかってるけど、あのときはわかってなかったんだよねー。で、いろいろと考え合わせたうえ、化粧水は「ヘチマコロン」を採用。クレンジングは、少し前までずっとミルクの方を使ってた、ロゼット洗わない洗顔シリーズのクレンジングクリームの方を。こうなったら古きよき方針でいくぞ、いずれ「蜂乳」そして「うぐいすの粉」までいってみるつもりー。
2010.05.07
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jaaja来日。共通のお友だち宅に居候中とのことで私も便乗、プチ居候へ。思いっきり癒されまくり、初対面なのにためらいもせず甘え、猛烈にお世話になりました。上げ膳!据え膳!もっともそのありがたさがわかる状況でのご好意にもう白旗という感じで、たらふく美味しいものをいただき、可愛い子らと慣れ、遊び、jaajaとまったり話し込む。いい時間だったなあ、本当に。あの居心地のよさは罪、いけない場所を知ってしまったわ、ムフフ。あとね、ごまかしのきかないものたちと首っ引きで生きる、を見せてもらってね。なんかビビビときた、そして、私に必要なのはやっぱり速度だ、と思った。超個性的な人びとのなかで、自分の特徴が浮き彫りになったのも楽しかったし、一目置く人びととの交流は、つまるところ手がかりの多い自己対話なんだろう。澱まなさと速度の関係、コツコツ結果を出しつづけ追わないこと、大きなヒントがいっぱい、いろいろとよーくわかった。しかしながら、うつくしく美味しいお料理が次々に出てきて魔法のようだったなあ。あそこにいると、何もかもが妙に清清しいんだよねー。
2010.05.06
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遅ればせながら「アバター」を鑑賞す。DVDでね、早く家事を切り上げて、お風呂だけ残して。諸般の事情で飲み物は飲めないけど、隠し持つスナック菓子でもつまみながら至福のときをー、と思ったら、とーんでもなかった。あまりに面白く!存在すべてを持っていかれ、尿意すら気づけなかったほどの。ふえー、びっくらこいた。さっき晩ごはんで欠けた歯が、観てるうちまたさらに砕けたもん、歯食いしばったんだね、無意識にねー。でも、あの世界は、たぶんそっくりこのままこの世界なんだろう。観終わって現実に戻ったときすぐに、そう思った。死をああして悼んだり、契りを結んだり、選び選ばれ、平等で。この世界だって、なにもかもすべて連動してるし、どこにも関係がない単独なんてのはありえない。この世をわかりやすくしたのがパンドラなんだ、と思った。私は人よりも犬猫などと近しく育ったせいか、動物もちろん木とか花とかにも話しかける癖があるんだけど、パンドラの世界を観て、なんかすーごく通じるものがあってうれしかったなあ。このまま進もう、自然と向き合う自分を拡げていけばいいんだ。
2010.05.05
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年中行事5/4、横浜中華街 重慶飯店でランチコース。お祖父ちゃんの命日に美味しいものを食べよう、というこの企画は今回で6回目、私は、今回で2回目の参加となーる。しかし、つくづく美味しい。メニューは、四種前菜の盛り合わせ、豚肉と野菜の唐辛子炒め、白身魚と銀杏の塩味炒め、三種具入りフカヒレスープ、芝海老のマヨネーズ炒め、鶏肉の黒豆入り蒸し物、冬瓜と蟹肉の玉子あんかけ、五目入りチャーハン、ライチ入りアンニントウフ、以上。もちろんぜーんぶ美味しかったけど、なかでも「鶏肉の黒豆入り蒸し物」がダントツ美味。先に口に入れた夫の「ふぉおっ」という反応に、ある程度覚悟したものの、まさしく「ふぉおおおっ」予想遥か超えの美味しさに絶句、すんごい美味しかった。夫とは味覚が基本的にすっかり同じなんだけど、やっぱそうそう、あらためて確認したという感じ。美味しいものが同じなだけで、意外と土台というか、やたら信頼度が高まったりするから不思議だ。顔や雰囲気だけでなく、食に関してもかなり近い。われら、そっくり夫婦。あ、そういえば「芝海老のマヨネーズ炒め」も最高だった、けど、痛風発作が抜けきれらない夫には禁断の食べ物・・、お気の毒さま。よかった、女で。
2010.05.04
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よしもとばなな「人生って?」を読む。言葉、表現のあまりの適切さに、思わず身を伏せよけるほどの、やっぱすごいやー、目次を見ただけでずっしりとした凄みを感じる。「ほんとうの優しさ」や「軽い恋愛」「淋しい」など、言葉にできそうでものすごーくできにくいことを、どうやって何と答えるの、と思うんだけどねー。もうそれはそれは真摯に、現時点でのばななさんなりの結論がズバズバ書いてある。きっと何度も何度もくりかえし向き合ってきたんだろうな、無音でうす暗く、一瞬ものすごく寒い明け方の気配がたちこめてるような感じがする。かといって読後感はとても明るく、本当のことを言われることで、かえって気持ちが安定する感じ。見通しがよくなることで得られる安心というか。「これは」と思う箇所に付箋をしておいて、手帳に書き写す作業が妙に大好き。なんか自分で考えたみたいだしさ、今の自分がどういうものに反応してるかわかるのが、何より今後の手がかりになり得る、とも思う。ちなみに、今回もっとも響いた言葉は「ぐちれる幸せに甘えたくない」。
2010.05.03
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ひじょーーーうに残念ながら、お肌がわりとズタボロな感じに。認めざるをえないところまで湿疹がこじれ、見事なざらざらほっぺの完成となーる、うむー、かゆい!使用を中断し、別メーカーのサンプルで様子を見るも、まさしく即座に収まっていく肌荒れ、やはりか・・。さよなら、雰囲気のいい基礎化粧。短い間でしたがお世話になりました、あなたと過ごした数日はとても気分が女子だった・・。残った分は夫にそのまま託すことに、こじゃれたオジサンになるそうです、いーなー。夫のほうが皮膚は弱いはずなのになあ、意外と私、面の皮だけは敏感みたいなんだよね、そういえば。で、どうしましょう。これはー、しずかに元に戻ったほうがよさそう、だわなーあ。どんなにババくさかろうも、おのが肌に合うものを使うがいいに決まってる。どんなに見た目で萎えようとも、顔が荒れちゃ本末転倒だ、そうだ、ババで何がわるい、ババで結構、ヘイカモン、ババ!エバメールでソンバーユ、あなたの実力はわかった。どうか許して、もう浮気なんてしない、たぶん。
2010.05.02
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瑜伽会。今日はお洞窟が先日のひどい雨で水浸し、数年通って記念すべき2回目の本堂坐禅となーる。前回初回の本堂坐禅はたしか真夏で、思い出しただけでもおぞましい灼熱地獄・・。今回は天候、人数ともにかなり快適で、本堂坐禅の思い出がうまく上書きされたのでよかった。座相を正して、阿を、叫ぶ。ほんの一瞬、阿の響きと自分のうねりが一致したときのあの安定感、あれが、今の私が感知できる「無」なのかもしれない。和尚いわく、無の状態とは「回ってるコマ」だ、と。無とは有が生み出すもの、有が一所懸命になったその状態が、無、なんだって。集中して時間があっという間に過ぎたとき、あーれが無なんだなー。坐禅は回ってるコマになること、そして、われわれの修行の場である日常でもってその状態に入れるよう、その練習ということ。目指すからには理由があるんだろうけど、無になる、かー。無になると怖くない、無になるとー、自立する、ああ、ヨーガって、実際に回ってるコマになってみよう!なんだね。
2010.05.01
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