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初めての朝。ゆうべ給湯器のスイッチを切り忘れたことにいきなり気づき、あー、新しい家なんだなー、と思う。ほんのつい昨日までやっていた手順すべてが完全に去り、このキッチンでの動線がしなやかに浮かび上がってくる。うねりに似た「ここ」が持っているリズム、私がくる前にあった景色に「これからよろしく」の挨拶、ていねいに作業を始める。大家さんとご近所に配る洗濯石鹸を用意したり、おしんこや納豆、晩ご飯の材料などを調達。初めから終わりまでぜーんぶ通ってるというか、水がザーーーーーッいきおいよく流れてる感じ、透き通る水、波しぶき、ひんやりしたいい風。ああ、また立ち上がって私、動き出したんだ。生理中でもないのにすーごく落ち着いて、安定した気持ちでこまかーい作業をこなしていく。自分のペース、かー。そういえば私の動きってこういうのだった、ゆーーーっくり進む、止まらないけどゆっくり、一定の速度。低血圧特有なのかもしれないけどね、そうそう、これが私のリズム。私の、生き、方。何かできるとしたらたぶんこれからだろう、私が私を満たしてから、話はそれからだ。満たす、開始。
2010.06.30
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引越し。ハンガー吊るしの服たちをそのまーんまそれ専用に作られた収納ケースに一瞬で吊るしがえられるなんて、すごい。しかもオール段ボール製ー。プロの仕事をそっと見守ること2時間、組んでらっしゃるおふたりの的確な声かけが心地よく、すっかりあたたい気持ちになる。お互いがお互いのことを真剣に思いやると、ふたりの気配がシャボン玉みたいにくっついてるようにみえる。それでいて、しんとした安定感、暑くて疲れてもぜったいに粗くなったりしなかった。ほんとーうに、危険と隣り合わせだもんねー。重たい家具の階段移動なんて手に汗握る、すばらしい職人技でした。お二方とも近寄るとシュワシュワしてたから、きっとものすごい分量の「気」が出てたと思う。あー、気功もひさびさに受けたいな。やがて、迅速かつ安全に完了。冷えたポカリスエットをお礼に出すと「お客さんのとこ冷房効かしてもらってやりやすかったです」と笑顔で言ってもらった。わざわざ言葉にしてくれたものの背景に広がる、広大な、なんていうか体温くらいの温かさ。授けて、受けて、渡して受けて、この世はこの循環でできている。なんか、よかった。
2010.06.29
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あっという間に、引越し前日。もうだいぶ荷物はまとめ終わってるはずなのに、気持ちばっかりあわあわでどーーーにも落ち着かない、ま、無理もないだろう。ましてや夕方に新居のほうで家具などの配送受取があったりして、その関係で晩ごはんは外食に決定してたりして、ねー。とりあえず、トイレをぴかぴかに磨きまくる。うまい具合にお日様ギンギンになったので、マットからスリッパから洗濯してぜーーーんぶすっかり乾いたのでよかった。いつもしていたことを順々にこなし、夕方までの時間をコツコツと過ごす。流し磨き、ほこり取り、掃除機かけ、モップかけ、アイロンかけなどの合間に「穂高養生園の週末ごはん」を注文したり、いきおいづいてお気に入り下着ブランドのポイント10倍にのったりしてるうち、わわわ、もう時間。トイレの隅っちょに「ありがとう」とささやく。ここに這いつくばった視線の記憶が妙に濃く、あー、こういうの写真撮っとけばいいのかー、この目線をスイッチに、一発で正気に戻る自信があるぞ。と、何はともあれ私なりの、お世話になりました。自分なりの満足いくお礼が、巣立ちが、できたように思う。
2010.06.28
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あんまり人に教えたくない場所なんで多くは語りませんがね、つくづくもって素晴らしすぎるわけです。3年の間にとんでもなくさらに飛躍を遂げてましてねー、ここ。いやー、ほぼ日もびっくりな成長、更新、体温なわけです。今回、満を持して夫を連れていき、とっても気に入ってもらったようなのでうれしい気持ち。結婚まえのことを受け入れてもらうって、しかも共感とともによろこんでもらえるのってきっと、そうはないことだろうと思う。さすが晩婚、しなやかな夫に感謝、という感じ。お試しの駆け足一泊だったわりに、したかったことは全部できたし、心身ともに十分ゆっくりできました。今度は二泊、さらには連泊、これからは夫婦でここに来られるんだなあ、うーん、夢のようとはこのことなり。新しくできたキトヒトホールで、両足を空中にぶらつかせながら、しばしぼんやり。具体的に足が地面に着いてない状態は意外と爽快で、逆に「いま」でいられるものなのかもしれない。必ずしも「これから」は「いままで」と同じではない。あくまでも「いままで」は参考なんであって、縛るものではまったくない。自由、拡大、選択。私にとって、振り返るのは前に進むため、いろんなものを見て感じるため。生きる、ということ。
2010.06.27
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養生をしに穂高へ、実に3年ぶりの来園となる。わあー、ここはちっとも変わってない。おおう、元気だったかい「ここにいるときの私」よ。でもさほどひさびさな気がしないよね、という感じ。そうそう、ここに寝そべってるときに、愛犬ラッキーの永眠を知ったんだった。愛猫チーのあとを追うように、そうだ、あの年はそういう別れの年だったなあ。そして、その入れ違いみたいにして、夫と知り合った年でもあった。考えてみれば、節目どきはいつもここにいる気がする、ちょっといったん立ち止まれるからね、リセットというか。あっ、わが易者脳が運勢の流れでみてもそうだと言っている、そうそうそう、そう、なんでした。この3年、人生初の引越しも数回したし、なにより苗字が変わった、何もかもガラリと変わった。でも、ここへきてあらためて感じる、思ったより私、変わってないみたい。自然体でいられてる、これまで立ち戻ってきた場所はそのままに、ただ目先の景色だけが移ろっている。私の個性、持って生まれたもの。自分の核にきゅーっと焦点が合っていく、「辛抱どころ」と「無理する」はおなじではない。「鍛える」と「壊す」のバランス。なにもかもが、なるように、なって、いく。
2010.06.26
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引越し準備、梱包作業など。おおー、いよいよという感じがしてきたー。かーとーきっ、かーとーきっ、えっさほいさひとり張り切っての上下運動ですぐさま腰にくる、身体って正直だわー。実家から厳選して持参したはずの読みものや音が、なんとなーく色褪せて見えるのは、やっぱり自分が変わってきたからだろう。変わらないもの、変わっていくもの。そんななか、ほぼ日関連の本だけはまだまだ「生きてる」んだよねー。止まってないからだろうな、彼らは。そもそも、私が日記を毎日書くことにしたのは、ほぼ日の今日のダーリンによる影響がかなりあってー。「ほぼ」といいながら毎日書く、書くことがむずかしいときは書くことがむずかしいと書く、そういう感じで、かなり意識してつづけてたりする。考えてみれば、毎日する、ってそうむずかしいことじゃないように思うんだよね。身体自体が、毎日する、なわけだし。気が向いたらとかほどほどとかって、私にはかえってむずかしい。まあこれは、ちゃんとしようと思ったこと限定のたとえだけど、ねー。心臓みたいにつねに動いていること、循環すること、淘汰すること、あたたかい、こと。やわらかいこと、しなやかな、こと。この身体とおなじように骨があって筋肉があって、こういう心であれよ、と。身体が自然が、いっている。
2010.06.25
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きたきた、きました、Love+LOVET。まずパッケージで十分やられ、説明書きを手に取る。もうなーんて丁寧なのー、シャツ着るまえから真綿でくるまれたような気分になる。こういうことこそが、人から人のさ、手から手、ぬくもりからぬくもりへのやりとり、というものだろう。顔が見えるというか、笑顔が見えたもん。素敵だなー、こういうあり方で生きたいし、関わってもいきたいと思った。夫が帰宅してからわが家でも開催「おさわり会」、あっ、へえー、ほおっ、すごーい、ほぼ日乗組員さんの反応はやっぱりけっして大げさでなかった、ホーントぽわぽわ。もっとガーゼのような頼りなさを想像してたんだけどね、繊細で、それがいい意味でまるっきり裏切られてびっくり。すんごい、しっかり、してんの。これだったら、評判のとおり、洗濯するたびいい味が出てくると思うよ。色も、ウェブサイトよりもこうして手に取ったときのほうがかえって好みだった。そして、着てみると、なにこれーー!!なんかじーんとしちゃうんですけど・・、この言葉ではないメッセージ。ものづくりって、すごい。こういう心のこめ方ができるなん、て。私、秋に出る<CLASSIC ロンT>を、大人買いします。
2010.06.24
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しかし、「いつも主人がお世話になっております」などと言う日が、わが人生にこようとはなあ。ほーんと結婚て不思議なもの、なるようになるの最たるものだとすーごく思う。晩婚にしては別段結婚したいでも、するもんかでもなかったせいか、するるー流されてここまできた気がする。いい塩梅のどうでもよさ、というか。本日は夫の仕事がらみのパーティーデビュー、お初ということである程度の注目を浴びつつ、とにかくやたらめったら笑顔、ひたすら笑顔、終始笑顔の会話、けっこう有効なんだよねー、これ。つまるところ、超浅瀬での交流場において何しゃべろうがうなずこうが、まずは笑うしかないわけで。うん、いい勉強になった。なにしろ大半が60代の女性という世界だもんで濃いーの濃くないの「あらー!こちらが奥さん?んまー!写真よりずっといいじゃない、あの写真はちょっとねえ、え?だってそうじゃないの、あなたもっといい写真出さなきゃー」えー、夫が会報に載せた私の写真のこと言ってるんだけども、おばさん3人くらいの圧がぐわあああああーときて思わず後ずさり、夫のうしろに隠れてかわす。ほ、ほめられてるよ、ね?たまーになら、こういう小気味いいのもわるくない、基本的にきらいじゃないと思いまし、た。
2010.06.23
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ズーニー!Lesson495 守ってあげたい 4、を読む。私が「易者になろう」と思い立って学びを開始したのは6年前、そのとき、「自分より、弱っている人を、導きたい。」という思いはなかったかどうか。ただ運命学に関しては、ある日突然、ではなかったんだよね。私は小さい時分からこういうことが好きだった、ものすんごい詳しかった。連続性はどう考えてもある、なー。私が行った小学校の一学年は50人ちょっとだったんだけど、ほぼ全員の誕生日が言えたというか、まだ大方覚えてる。少なくとも何月中旬とかくらいは今でも言えるんだよ、そうだ、私ってそういう人なんだった。やっぱりこれはなるべくしてというか、幼なじみたちはきっと腑には落ちたとは思う。世間的にはちょっと扱いづらいものだから、おおっぴらに触れはしないけどね、ふふ。で、問題なのは、運命学がたまらなく面白いことと、人に対して今はこういうときだよとか言うこと、とはまったくの別物だということ。いや、人に対してというより、弱ってる人に対して、だな。私は、運命学を、参考として、使ってほしい。自らの考えや経験に加えてね、目的を達成するために、昔っからある運命学もみておいてほしい。さらに広い視野から、より多くの情報から納得して、選んで、人生を決定していってほしい。弱ってる人、つまりブレてる人、妄信する人、お告げが欲しい人を導きたくなんかない、です。占いは信じるものではなく、使うものだから。
2010.06.22
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実家、猫デー。梅雨の古城は食欲もたっぷり、早朝に缶詰一缶ぺろりと平らげたらしい。んんー、よきことなり、胸の奥がほっこりとゆるむ。表情としてはまたひとつ老いがすすんだ感じではあるけど、いつもの挨拶もしてくれたし、お水もよく飲んでくれる。そういえば、前に買ってあげた首輪をしてるのはボスだけ。ミーコとクロチビさんはとっくにどっかにやっちゃって、ふたりとも高いところに乗ったりもぐったり、なかなかに活動的。ミーコなんかその次に実家にて買い与えられたのもどっかやっちゃって、ねー。飛んでるハエにジャンプして拍手するみたいに捕まえようとして、でも肉球拍手だから成功はしないのね。ちっさい鼻の穴ふんがふんが膨らまして、何事にも一生懸命で、かわいいかわいいお転婆ミーコ。クロチビさんは昼間はおっとり甘えん坊で、夜になると納戸の隅っこを大げさでなく一晩中!ジイーーー凝視してるそうな。狩りだよね、本能レベルの。それに引きかえボスくんは、暑いのだるいの日がな一日寝そべりっぱなしで目線より上にいたためしがない。あれだけ太ってると飛び上がれないのも無理はないけど、いま1歳になったかならないかくらい、これからが大きく心配だ。どうしてひとりだけ巨漢なのか、それは、みんなの食べ残しをぜーんぶたいらげるから。好ききらいも偏食もない、から。何でも来いなんだよね、ボスくん。私もそうだよ。でもだからって毎日うんこゆるゆるなのは、食べすぎ。
2010.06.21
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引越し準備、買出しデー。綿密にリストアップしたものをあちこちの無印良品大型店舗にて物色、次の住処は、8割以上無印です。いっぱい買ったー、それでもまだ買い足りず、無印良品週間のうちにネットでもショッピンしよう。無印良品週間、ばんざーい!リストアップするときはたしかにあったステンレスの洗い桶が、突如としてネットストアから消えてなくなったので意地になって探す。と、有楽町で在庫切れ、しかも入荷は未定とのことで、銀座まで足を伸ばし、おお、あったよあった。洗い桶をこーんなにいとしく見つめたのは初めてというくらい、大事大事に連れて帰る。圧倒的にモノは大切に使うほうだけどでもやっぱり、自分たちでいいと思って揃えるのと、ありあわせで間に合わすのとではその温度差たるや、天と地。せっかくすっかり好みが同じな夫婦だもの、このへんで楽しまなきゃうそだろう。思いの通りにできることくらいしよう。自分のことを自分でする、こんなことひとつがやたらうれしい。
2010.06.20
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正式契約完了。本日より新居マンション出入り自由につき、大掃除デー。われわれは自他共に認める、小うるさ夫婦。前回のあまりの小うるさいやりとりで学習した業者さんが、よっぽど懲りたかしっかりと掃除してくれ直してくれて、とーてもありがたいことでした。それでもするけどね、掃除は。すべての床を水拭いて、隅の隅まで鼻頭つく勢いで拭きたおす、ドアなども拭く。その間、夫はスイッチボードを好みのものに付け替える作業。拭くのが終わると、夫による仕上げのワックスがけで終了、すーごいピーッカピカーになった。このマンションの床は本物の木だからいい、手間をかける気になるし、かければかけるほど表情が出てくる感じ。これも、そうじゃないのを知ってるからこそ、だよなー、うんうん。とどめに廃墟臭を除去する機械を稼動させ、ほんとーうに無臭になったのを確認して大満足する。と、張り切りまくったそう若くない夫婦はその後、熱中症とおぼしき症状に悶絶しー、あったま痛いしムカムカするし、身体の内部が熱くて火照ってたいへんに参りましたとさ。そーんなに暑くなかったし、風も通って過ごしやすかったんだよ。それでもなるんだ、熱中症。掃除が終わったあとで、ポカリ飲んだりクーラーに当たってもちょっともう遅いってことか。油断は禁物。
2010.06.19
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引越し準備、指先もかるくいろいろとネットショッピン。もはやこれのない生活は考えられない「なっとうの友」を忘れないうちに購入する。なっとうの、友・・。この歌舞伎文字で強調された「友」に目がいって仕方がない、私が友子だもんでね。やっぱ自分の名前にある漢字って思いのほか反応しちゃうものなんだなー。で、「糸引き抜群 なっとうの友」。なんだこりゃから生活必需品になるまでそう時間はかからなかった優れもの、こっちきて初めて出会ったんだけどねー。新しい世界、出会いは人ばかりではありません、という感じ。もともと納豆は好物だったけど、いっそう飛躍的に食べるようになったもん、というかまあ、婚家の習慣が根付いただけというのもあるけどー、いずれにしても美味しくってとってもいいのでした。だましだまし使ってたスカートハンガーを一新したり、フェイスタオルを買い足したり、このほーんの小さなストレスが振り返ると山のようになって、いる。心地をないがしろにしない、欠けた視野を作らない、まっすぐにまっすぐに次の段階に入っていく超過渡期を過ごす。そろそろと、足裏を大地につけて。
2010.06.18
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暑すぎて危険。朝、水撒きしたそばから蒸発していくさまを、ななめに立って朦朧と眺める、ボーーー。即座にお湯以上になっていく水が、わが身体から失われる水分のイメージと重なってくらくらしてきた。店長、水撒き手当てをください!これじゃあ、通勤で帽子とサングラスちゃんとしてたってほとーんど意味がないだろう。世の現場系の皆々様、お疲れさまです。ほんとーうに心中お察ししますですよ、はい。あらゆる角度からあらためて、土木は偉大だ、と思った。私なんかまだまだいいほうだ、こういう考え方は好きじゃないけど、落としどころが敬意ならば、それもいいだろうとも思った。真のやさしさは想像力から、想像力は実体験から、基本的に人生の幅は各人なりの経験値と比例するんじゃないか、なー。ついに明日販売開始の、ほぼ日「Love+LOVE」Tシャツ。さんざこねくりまわして考えた結果、私は<CLASSIC>のクールグレーSSに、夫には同じく<CLASSIC>のハーブグリーンLとラベンダーLを、もしかしてリピートしちゃうかもだけどね、当座これで決定としま、した。あはー、楽しみがあるっていい。
2010.06.17
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学校。月に一度の集中日、バシバシと独壇場で質問を繰り出す。バナナの実験のこともしっかり報告し、先生と経験者でないと知りえない感覚を分かち合う。めずらしく素な眼差しで面白がられ、今度は五黄を突いてみなよとか、逆に頂きものの方位はとか、さらなる応用も教えてもらった。先生だってこうしてこうやって長ーいこと自分で実際に試してきたから、今があるんだもんね。説得力は、実体験からしか生まれない。とにかくコツコツやって積み重ねていくしかない。振り返ればきっと、何かしらはこの手に残ることだろう。結局、ゼミの誰一人として実験してなかったなあ。一年に数回しかない機会なんだからやればいいのに、やればもっと面白いのに、単純にもったいない。それと、家相についての考え方もざっくり教えてもらう。と、私の認識でほぼまちがいないことが確認できたのでよかった。ただ「欠け」は思ってたより危険みたいでびっくり、家を建てるときは気をつけよう。家をね、新築はもちろん建て替えたり、増築したり、あとでっかい木を切ったりね、塀をいじったり、また隣が切ったりいじったりね。気をつけた方がいいです、こういうこと。いまはどこに気が偏ってるのか、澱んでるのか、避けるべきはどこか。わかってさえいれば、大難を小難にできる。たとえ知ったところで変えられなくとも、難は難なんだけどでもいくらかは、軽減できるはず。そういうふうに是非、使って。
2010.06.16
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ナノケアが、いい。本当に効果が感じられるからする気にもなるし、なにより飽きない。手軽だしね、前準備なしですぐ開始できるし、使い終わったあとだって残った水を捨てるだけ、まったくすごい機械があるもんだ。文明ってすばらしい。機械本体のこともさることながら、人の心理のようなものをもきっちり勘定にいれてるところに体温を感じるよね、人が人のために、個人が個人として、ねー。3つあるコースのうち、私はクリア肌コースかハリ/弾力コースを、夫は皮脂ケアコースを使用。ほっこりした余韻がいいときは、温スチームで終わるクリア肌コース。きりっと締めたいときは冷ミストで終わるハリ/弾力コース。その後のヘチマコロンもぐんぐん吸い込んで、その次のエバメールゲルクリームもサーーッと潤ってすーごく気持ちがいい、あー、あとロゼットのクレンジングも大当たりだった。それなりに、肌がふわふわになります。我が家の洗面台には夫の使うMARKS&WEBと、ロゼットやヘチマコロン、エバメールが隣あって並んで、まるで年ごろの娘さんと婆ちゃんみたいなことになってますが。ババくささ、万歳。
2010.06.15
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梅雨入りだそうで。まあ無理もなかろう、6月だし、あじさいだって満開だし。ということは、ほぼ日Tシャツ2010、「Love+LOVE」!とうとうこの季節がやってまいりましたー。まだ一枚も買ってないのが自分でも首をかしげるほど大好きな企画、ドキドキしながら読んでみる、とー。なっぬうーー!無地ですと、無地だって、やっりぶーー!素晴らしすぎます「いい無地」。基本的にワンポイントもの、柄物が着られない性質だもんで、無地はほんとーうにうれしい、もしかして私のため?手に入れた暁には感謝のメールを送ってみようか、ああー、本当にうれしい。今年こそ、手に入れるぞ。ひと足お先に試したほぼ日乗組員さんたちの感嘆の声だけ聞くと「ぽわぽわ」「とぅるん」とか「着てない感じ」とかもう罪でしょう、これはー。吊り編み機なんてのがあるんだね、1時間にたった1メートルだって、こういうものを日常的に着ることで調っていく何か、ぜったいにあると思う。その、クラシックの方を買おう。Tシャツが大好きな夫の分も買おう。何色がいいかなー、紹介してる動画もまた素敵なんだこれが。
2010.06.14
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四十九日法要、夫の祖母の。でも、94歳大往生だと何事も穏やかでいい。周りもおのずと長命なもんだから全体的に雰囲気として静かというか、慣れというか、そつなく粛々とこなされていく感じ。こうして結婚でもしなかったら知りえなかったかもしれない、おだやかーな老衰の世界よ、ほそーーーく・・ながーーーーく・・。それにひきかえ私の血は、太くっ!短くっ!さんざっぱらそれぞれ濃厚に存在したのち、母方の祖母のときなんてもう阿鼻叫喚だったもんなあ。人生初の身内の死が、交通事故で。これは、そうでない人にくらべればやっぱり、多かれ少なかれどうしたって拭いきれない何かがあると思う、私の中には。ま、それも大きな財産にはちがいないけどね。考えてみれば、うちの母は35で母親を亡くしたんだなー。私はいま39、35のときかー、さぞ心細かったろうな。あーあああ、あの日、泣いてた、帰りの車の中で「これからいったい誰に相談すればいいのおおおおおう」慟哭してた。で、父が「俺に相談すればいいじゃないか」って言ったら「頼りないんだもおおおん」一蹴されてた。
2010.06.13
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実家へ、午前10時過ぎ。古城は今日まだ何も口にしてないというので、生ホタテをよーく噛んであげたら「美味しいかも」でっかいのを二つも食べてくれた。一気に食べて吐かないか心配したけど大丈夫、よかったー。どうか栄養に、少しずつでも食を維持しておくれね。古城が食べ残したものをボスがすかさず舐めとってしまうので、まったく困ったもんだ。老猫用のやわやわな缶詰なんてボスにかかれば一瞬だもんなあ。少し食べて休んで、気が向いたらまたつまんで、みたいにしたいだろうに古城、共同生活というのは誰にとってもいかんせんままならないものである。そのうちに生き生きしてきて、母に「お腹の上に寝そべりたいので横になってほしい」と訴えその通り、満足げにくつろいでいた。さっとやってきては膝の上に乗って身体全体をこちらにあずけてしまうチビクロさん、視線を独り占めする天才だ。天性の甘え上手で、ぬっとドアップで登場し、人の頬に肉球を添えたり、チューしてくれたりと小技も効いて、その息の生臭さも吹き飛ぶ可愛さ。ボスはトロい上に鈍く、まったくの甘え下手でねえ。精一杯の甘えたちゃんポーズ「仰向けになってぶるんぶるん腹をゆする」をしたところで、この季節暑苦しいだけだったりして、気の毒だなあとは思う。ミーコの場合は、甘え方といっても、せいぜいこちらの足とかにわざとかすっていくくらい。キャハ☆と笑って一瞬コロンとするくらいで、撫でようとしてもすり抜けて走ってってしまうつれない女児、まあそれでこそ猫、なんだけど。
2010.06.12
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すっごい美味しいみたいなんだよね、治一郎のバウムクーヘン。7月上旬に「あいすプリン」とともに新居にね、届くことになってるんだけどー、うん、自分たちながらこれは名案だったなと思う。このタイミングでこれらが新居に届く、こう思うだけでむちゃくちゃにうれしいもんね、ああー、この胸の奥のほっこり感、温かいのがじんわり響く、今日と明日をつなぐ糸、という感じ。美味しいもので未来が明るくなるなんて、これ以上の健全はないよね。みんな調子がいまひとつのときはさ、美味しいもの食べればいいんだよ。大好物を少し食べて、お花を飾って深呼吸してごろーん、これしかないと私は思う。命と直結する、方法。「ほんっと初めてな感じっすよ」「びっくりしますよ」あいすプリンの焦がしキャラメリゼを語らいあった人が大大大の大絶賛してた、バウムクーヘン。ふつうはどうしてもパッサリ感のあるバームクーヘンが、しっとりはもちろんそうなんだけどもうジュワッ!という感じだって言うわけよ。ジュワッ?!バウムクーヘンがジュワッとかありえないよねえ、本当なのかな、くおー、楽しみすぎるぞ。
2010.06.11
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今日は、アリとキリギリスの話をひっくり返したり横から見たりくるくるっと丸めたりというようなことをしょっちゅう考える、脳内活動活発な一日を過ごす。要するに、私の内面には保守的なアリと奔放なキリギリスが同居していて、というお話。だからおのずと、保守派と奔放派それぞれの友だちができる、というお楽しみもあるんだけどねー。私の表向きは保守、二黒土気。従順、大地、平坦、温厚、持続性。10年というか気学では9年、先のことを考えて、今やるべきことを無駄なく確実に、手堅さの権化という面を持つ。もったいないを合言葉によかれあしかれ出し惜しむ、準備や保険といえば聞こえはいいけど、もしかすると未来のすべてを信じない気持ちが大きいのかもしれない、ふと考える。反面、本音は奔放、三碧木気。発展、雷、奮起、驚き、積極性。とりあえずやってみようを合言葉に、あえて丸腰で未来に飛び込んでいくような、ノリ最優先でぶつ切りででも生きていく、生きていける、ようなところがある。未来のすべてを信じてる、その素直で頭からっぽだからこそ持てる勇気、つよさ、ねー。私は長いこと、収入につながらない資格や習い事ができなかった、もったいなくて、バカバカしくて。それが最近は、つながらないものほど、バカバカしいことほど実は凄いんだ、ということが体感としてわかってきた感じがする。本音寄りで生きつつあるのかなあ、でも、それでいい気がするんだよね。私のように表と本音の気が尅し合う人は、こういったアリとキリギリスなことになりがち。両方いるから揺れるし迷う、このことの伸びしろはきっと無限大と思う、よ。
2010.06.10
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激烈な腹痛に見舞われ、かるく人生がリセットする。激痛のなかくっきりと両親の顔が浮かび「ごめんなさい」と思う、すーごく思う。どの件に関してのごめんなのか自分でもよくわかんないけど、自分は真っ先にあやまるんだなあ、どこか冷静に考えてたりして。いやー、しかし、怖かった、ここまで痛いのはひさびさだったわー。もう、恐怖以外の何ものでもないよね、痛みってね。20代なんでひとり暮らししなかったかって理由の大方は、腹が痛いのが怖い、だったもん。あの頃ひどい便秘症で出すたんび悶絶してからなー。いつだって痛みとともに焼きついた光景はやけに生々しい、便所は三途の川のかわっぺり、生と死の交わる孤独世界そのものだと思う。結局、いつもの生理前うんこ緩まる病がこじれたような、いつもののひどいやつという感じで、まもなく治まるだろうと踏んでたらそのとおり治まった、ので、まあ生理の影響だろう、ということに落ち着く。最近はわりと規則正しく出せてて溜まってないはずなのになあ、下腹もめったに張らなくなってるのに、むーん。
2010.06.09
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ズーニー!Lesson494 守ってあげたい 3、を読む。「守る」の定義は人によって恐ろしいほど違っている。まったくだ!こーんなにちがうなんて本当にびっくりした。守れるわけないと断言した私は、守る、を精神面限定として捉えてたんだわあ。それも「孤独から」という意味合いにものすごーく勝手に重きを置いてね。いろいろとハッとした。この、耳に心地よく酔いやすく、「言葉の意味を相手にたずねるのは無粋な行為だ」と思わせる言葉の、罪深さにふるえる。そんなつもりで言ったんじゃない、が交流においてもっとも切ないことだもんなあ。そういえば、私は扶養に入るのが夢だった。男女とは何かという価値観において、私の立ち位置はあくまで、男は狩りに出て女は家で待つ。女が狩りに出る場合でも狩りに行った先で待つことをするというか、何しろ、男女はまったく違うと思ってるんだよね。脳だって、身体だって実際そうなんだし。で、単純にその力において女は男に守られるべきだと思う。女は守られようとすればいいし、男は守ろうとすればいい。それは、ふつうに自然なことだと思う。
2010.06.08
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こないだからコツコツ行っていた方位現象の検証、「超絶最強最大吉方バナナ」と「超絶最強最大凶方バナナ」の観察が無事終わりまして。最後の最後にもう一回試食したかったので、まだかろうじて食べられそうなギリ10日目、そこで実験終了ということにしてみました。1日目、変化なし。2日目、吉バナナだけにくっきりした黒点発生。3日目、吉バナナ黒点拡がり凶バナナ淡い黒点いきなり広い範囲。4日目、吉バナくっきり黒の拡散凶バナうっすらと黒拡散。5日目、吉バナ黒点のみならず皮の黄色もメリハリ濃く凶バナ青ざめさらに薄れゆく存在感。6日目、吉凶そのままワントーン濃く。7日目、黒点濃さ揃うも輪郭に差異ありで吉バナくっきり凶バナぼんやり。8日目、吉バナの黄色はまだ生き生きと。9日目、さすがに疲れ。10日目、もう限界。食べてみました。吉バナナは味濃ー厚ー、実もしっかりしてねっちり感変わらず。凶バナナは皮むいたら実がパサッと折れちゃって味はほぼ無味。要するに、吉凶とも開始時とまったく同じ感触だった。まあ、やっぱりなー、という感じ。吉は濃い、凶は薄い。特に今回の凶は不足の暗剣殺だったしね。えーと、だからどうした。いえいえ、やることに意味が、ある。
2010.06.07
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ここのところのズーニーはあくまで私的にね、守るだのなんだの言って精彩を欠いてたんだけども、いやー、やっぱすごいわ。カフェでおんおん泣かされてしまった、Lesson262 連鎖、悪意は連鎖する。「できない我慢はするな」これは私がこの婚家に入るとき、実家の父から言われた言葉なんだけどね。これ、けっして娘だけ可愛さから出た言葉じゃなかったんだ。ここの家全体目線で、その影響を思って言ってくれてたんだなあ。娘、いま初めてわかっちゃった。そう、私はすぐ自分の力を過信して、まさに「できない我慢」をしてしまう。去年だって、友人でもあるセラピストから「自分は思ったほど強くない」懇々と諭されわんわん泣いたし、見る人が見れば私なんかもうどこから見たってすんごい頑張っちゃってる人なんだよねー。しかも悪いことに、別にそれでいいじゃないか、と思ってもきた。自分で消化できるとぐっとがまんした、しました。最悪のカタチで発散してしまった、私の退職はいつも突然で少し暴力的です。悪意は、ストレスは、哀しみは、ねじれは、連鎖する。世の犯罪は、すべてと言っても過言ではない、この連鎖によるものだろうと思う。もしかすると病気もね、そういうことなのかもしれない。自分がしっかり持てるだけの分量を知ること、持ちきれてないときはどうなるか、そのときはどうすればいいか、こういう循環をたったひとりでできるかどうか、これが「おとなになる」ということだと思う。
2010.06.06
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和尚は言う。たとえば、苦手なものを食べちゃったとする。私なら迷わずパクチー、「ぐぶわあ、食べちゃたまっずうーい、ガラゴロガラゴロコワーッペッ、がーまずい、ごえーまだ味がする、うえうえー、なーんで食べちゃったんだろ、まだ臭う、まだ残ってる。」これは、煩悩を捨てよ煩悩はいけない、考えることを考えない考えない、煩悩よ、無くなれーい、におんなじだ、と。変わって、真言密教のあり方は、「パクチー食べちゃった、まずい、まずいけどまあいいそれどころじゃない、だってここに大好きなふきのとうがあるんだから、食べよう食べよう大好物のふきのとう、うん、美味い!え、パクチー?ふきのとうがうますぎてどっかいっちゃったよ」ということ。美味しくてやまない大好物で苦手な風味を吹き飛ばす、前を向け、押し拡げろ、その先を求め続けろ。これが、真言密教における五大願のひとつ「福智は無辺なり、誓って集めんことを願う。」なんだそうな。真言密教はぜーんぶこの考え方です、見事に。ガラスのランプに埃が積もってる、真言密教は「ああいけない、埃を取ろう」じゃないの。「ランプの火を燃せ燃やせ、よーしよしよし、燃やすことに集中だ、埃?ああ、あったのかもしれないけど、火のことしか考えてなかったからなあ、気づかなかった」目的は何か、ということ。そこだけがっちりわかっていればあとは逆算、寄り道かそうじゃないかがおのずと見えてくる。目的のためにやるべきことを、やる、毎日。
2010.06.05
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実家、古城。ゆうべは化膿した皮膚炎の処置で病院へ行ったそう、食欲もなく点滴、飲み薬を処方されたそうな。古城はお薬飲むのかすーごく上手で助かるよ、母が何度もそう話しかける。私も、ゆっくり撫でながら、古城の名前をくり返す。結局、誰かのためにできることって、「その人の名前をくり返す」しかないんじゃないかな。君のためを思ってとかね、言ってあげてるとか、こうしたほうがいいよとか、そんなんよりよっぽど、ねえ。前のときよりまだまだ元気だけど、もっともっとまだ、古城に会いたい。クロチビさんは会うごとに人間に近づいてる気がする、ふと交差する眼差しなんかもうほぼ人だろう。高いところにいるクロチビさんに「届かないよう」と手を伸ばすと、その仕草、真似するもんね・・。さらに「届かなーい」哀しい顔をしてみると、もうたまらないというような表情でこちらに降りてくる。届くところまでくるとまっすぐこちらを見てにっこり、抱き上げる前から身体の力ぜーんぶ抜いちゃう。「ニャ、ニャ」と言うと、同じくちゃんと2回「ニャ、ニャ」。目をしっかり見て遠隔でくすぐると、ゴロンゴロン盛大に喉を鳴らして仰向けになっておどける。通じるのはクロチビだけ、ボスミー兄妹にはまったく露ほども通じないのがおかしい。
2010.06.04
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久しぶりにひとり昼食。おねぎとにんじんを刻んでダシをうんときかせた玉子焼きを作ったです、おいしー。自分のためだけに刻む野菜、その、時間。すーごいこれ贅沢なことだな、と思った。ほぼ瞑想というかね、ここをないがしろにしちゃいけない、腹の底で納得した感触。自分を大事にすることは、家族を、とりまくすべての人を、世界を、宇宙を、大事にすることとけっして大げさでなく同義だと思う。人生は手間だ、手間を惜しんだら、じゃあ生きてるってなんなのというか、惜しんで何すんのというか、その意味が消えてなくなるとさえ思う。来月からは基本ひとり昼食、あらためてこのあたりを確認できたとってもいい時間だった。きれいなものを見て美味しいものを食べる、そのために生まれてきた、やっぱりそう思う。美味しいものを食べるにはまず空腹、お腹がちゃんと空くことだろう。おのずとちゃんと空くくらいの規則正しさ、自制の効き、ストレスの塩梅ね。私の場合、美味しいものはひとりで食べたい派だから、人と一緒にどうってのはあんまない。ただ、食事のそのあとに同じものを食べた夫と感想を述べ合うのはなかなかに楽しい時間と思う、一度で二度美味しい、みたいな。
2010.06.03
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そして、今度こそ私はどうか。私の場合においてのキーワードは一白、穴、潜る、隠れる、限定、集中、計画など。このあたりのことが九紫で乾宮相生だよ、というわけ。九紫の事象のはっきりする、わかるは、にょきにょき出てきてわかるんじゃなくて、パッと照らされて「あった!」みたいな、ずっとそこにあったのに暗くって見えなくってというようなわかりかたなんだよね。自分でも気づいてなかったことが明るみに出る、私の隠れていたもの、絞り込んだ何かが、いい意味での裏。九紫は鋭さ、ひらめき、まぶしさをともなった気高さ、いやおうなしに目立ち注目される表。そう、一白が九紫になる、は、裏が表になる、印象としてはもーのすごいギャップが読めますな。それが、乾宮相生「よし、これだ」ということ。ほー、なんか新居での暮らしぶりがありありと見えるようだなあ。ずっと家にいそうだよね、気分よく家でひとり料理したり、勉強したり、古い友だちとじっくり遊びそう。いま持ってるものをこのまま深めていく感じ、それでいいし、それがいい、気学が言っている。
2010.06.02
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で、肝心の未来、動く先はどうかといいますとー。今回は夫だけでなく私にとっても吉方位、よ、よかった・・。平成22年節、方位西北には九紫が廻座、その底に沈むは乾宮の暗示。九紫は火気なので土気を持つわれわれ夫婦にとっては吉方、事象としては自然にたとえると火、世界がぐっと濃くくっきりする夏、鋭さ、智慧、名誉など。そして乾宮の事象は自然で言えば天、支配者、決断力、完全、充実など。ぬおー、忙しくなりそうだぞー!九紫使うと目立つよね、まず。夫なんか本質のところでも九紫持ってるからますますもって目立つ。悪目立ちというのもあるけど、夫の場合は気が相生してるからうまーく使いこなせるはずなんだよね。沈む乾宮ともばっちり相生、乾は「よし、これだ」という感じ。夫が今の会社に入ったのは乾のときで、まさに「これだ」。この会社に入ってすべての歯車がかみ合ったようで、これまたうまく使いこなせてるんだよね。キーワードは七赤、金回りや飲食、美しさ、淘汰もそう。ああ、淘汰というかこの場合は節約だな。これはお金の話だけじゃなく、おのずと物を増やさないとかいうことにもなるだろう。片付け掃除もしやすく、美しい。このあたりを大事にね、気学が言っている。
2010.06.01
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