「――ミラネーゼ(ミラノ人)のぼくにとって、シチリアはイタリアの中でもっとも遠い場所だった。いや、世界中でもっとも遠い島かもしれない。若いころはとかく人間は、自分から一番離れた世界に行きたがる」 「シチリアは、そんなに異質なのか?」 「半島に住むイタリア人がシチリアに対していだく感情は、とても複雑だ。それは北に行けば行くほど強烈になる。差別意識だけにこりかたまっていられる人間は、むしろ幸福なのかもしれない。シチリアーノ(シチリア人)以外のイタリア人は、常にシチリアには苛立たされる……そして、多かれ少なかれ贖罪意識をもたないではいられない。同情もある。同時に恐れ、忌み嫌ってもいる。だが、シチリアは一面で、イタリアそのものだ。イタリア以上にイタリアだ。イタリア人である以上、シチリアにこだわり、愛し、郷愁をもたずにはいられない」 「……」 「わかるかい?」 「……いや、その――」 マレーは口ごもった。 「悪いが、ぼくには、さっぱり……」 ヴィスコンティはやさしく笑った。 「つまり、ゲーテは正しいのさ――Italien ohne Sizilien macht gar kein Bild in der Seele……」