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「I LOVE EO」って書いてあったんですよ。「すげー、アイラブえろって堂々と書いてる」「…それ、『エコ』じゃないの(ーー;)」…なるほど(^_^;)
2012.01.19
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組織のボスはひとりでなければなりません。マキアベリも言ってます。指揮をするために、優秀な人間を二人送り込むくらいなら、平凡なひとりに指揮をさせたほうがよい。さて。指揮官のない組織など、ただの烏合の衆。逆に言えば、組織には指揮官がいなければならない。何かの目的のための二人以上のグループならば、誰かひとりが意思決定権をもたなければならない。話し合いで決定なんて、誰も責任をとらないし誰も決めない。ま、指揮をするというのは、「自分の出す指示の責任をとる覚悟を持つ」ってことですわな。「話し合いで決める」なんていうバカな組織があったら、そのまんま動かなくなってしまえ、ってなもんで。話し合い無駄だ、っていってるんじゃないですよ。現場に指示が出される前に終わっていなければならないってことです。で、仕事の組織だったら必ず指揮官がいるはずです。たとえば同じ仕事でも、1班、2班、3班ってあったら、それぞれに班長がいるものです。(班長なしで、その班をいくつか集めて長とする場合もあるでしょうが)そうすると通常、1班の班長は2班の指揮をとることはできません。緊急事態ならともかく、自分が責任を取れない指示命令をだすわけにはいかない。越権行為という言い方もできるわけです。で、人間というのは、たとえわかっていても、いや、わかっているからこそ指摘されるのが嫌いなんですね。他のところの仕事に手を出す口を出す、というのは、後で何がおこるかわかったもんんじゃあない。縦割りを防ぐにはどうすればいいか。個人の意識の問題ではなくて、ビジョンと指揮官個人の能力と度量によると思います。つまり、部下となる組織の縦割りを防げるだけの知識と権限、そして能力をその指揮官が持っているか?ってことだと思うのですよ。でね。ある程度、縦割りになっていることは必要なはずです。他部署が不在のときに引継ぎができるくらいはともかくとして、他部署が適当にやっつけ仕事をしていくようじゃたまったもんではありませんもん。
2012.01.15
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テレビでやってましたねえ。私、昭和40年生まれなので、この映画の時代の昭和32年前後は生まれていないのですが、この映画の絵の中のものをものっすごくなつかしく感じます。私の一番古い記憶は、ベビーベッドの中で差し出されたミルクの哺乳瓶を首をふって「いらない」というものです。自分で哺乳瓶を持てたと思うのと、弟の存在がなかったので(弟は42年生まれ)1歳ちょっとの頃の記憶かな?と思うのですが…その次の記憶からは、弟が必ずいるので、2歳以降の記憶ですね。さて。私は、第二次世界大戦中の映像も結構見るのですが、さすがに昭和20年代の映像はなつかしいとは思いません。ところが、30年代になると突然見覚えのあるものが増えてくる。たぶん、私が幼かった頃に家の中にあったものは、その前からあったにしろ昭和30年代から4年代には一般家庭に当たり前に浸透したものだと思うのですね。つまり、スパンとして20年近く、家庭の中でつかわれているものは基本的に変わっていなかったのでしょう。れんたん火鉢とか、セルロイド(?)の洗面器。金属製の金色の金だらいを小さくしたような洗面器もあったなあ。手でぐるぐるとローラーをまわす電気洗濯機の脱水機というより絞り機。後ろに黒い網がついてる冷蔵庫。その中の製氷機は金属製でレバーがついてました。テレビには4本の足がついてて、見たい番組の5分前には電源をいれてた。この辺は40年代前半からかもしれません。そうそう、電話は、ダイヤル式の黒電話。しかも小学4年生くらいまで、家に電話ってなかったし。印象では50年代から生活が変わり始めた気がします。マクドナルドや、プッシュ式の電話。ラジカセやウォークマンで音楽が身近なものになり始めました。VHSのビデオデッキって、20万円したんですよ。でも、各家庭に浸透し始めたのはこの頃です。テレビはリモコン式になっていく。でも、昭和50年代のものって、平成にはなつかしいものになっていたような気がします。ひょっとすると、昭和のものってのは、日本人のDNAのどこかに刷り込まれているのかもしれません。なんだかずっとみていたくなる。その道具のそばにあった日常を、自分の手で感じたくなる。浦沢直樹氏の「20世紀少年」の中で、昭和を復元した町を作った世界大統領。クレヨンしんちゃんの映画で「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」では昭和で時代を止めようとする敵。そして、もし本当にそんな場所があれば、その中にひたってみたい、って思う自分がいるのですね。…うーん。…ちょっと疲れてるなあ。
2012.01.13
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そういやあ、下の双子は今日が成人式だって言ってたな。高校生まで過ごしたところで成人式に参加する、って言ってましたが…女の子と違って、成人式にお祝いなどいたしません。だいたい、高校の入学・卒業式も行ってないのに、もちろん大学の入学式なんざ「あったのか?」ってなもんで。この父親が成人式は出てないわ、大学の卒業式は行ってないわ、という(笑)片づけをしないことを除いては、概ねうまく育ったうちの息子3人は、これで全員成人式を迎えました。小学校・中学校の頃は、成績表に3ばっかりならんでじつに真ん中あたりだったことを覚えています。中学2年くらいからかな?塾の先生が、勉強と一緒に勉強の仕方を教えてくれた、ということでしょう。急に成績が伸びてくれました。長男も同じ伸び方をしたので、我が家の息子たちにはぴったりだったのでしょう。高校は、長男・双子とも地元トップの公立進学校に入学しました。受験生の子どもを持つ方から「3人ともあの高校にいくなんてすごい」とうらやましがられました。高校生のときは、3人集めてマージャン(笑)さすがに大学受験の1週間前は「一応俺たちは受験生なんだが」と言われて断られましたが(爆)うるせー、洗濯して米はたいておけ。受験ごときでピリピリしてるようじゃ、社会でやってけないぞ。と、ムリヤリ卓を囲もうとしましたが無理でした(笑)(長男は、大学入試直前に、双子の片方が買ってきて「兄貴が入試終わるまでは、気が散らないようにやらないでおこう」としまっておいたゲームを、買ってきた当人より先にクリアしていた大馬鹿ヤロー)今、3人とも同じ大学に通っています。同じ大学を目指してしまった以上、全員が普通に合格してくれたのは、ほっとする出来事でもありました。私立にいかなかったのはなかなか親孝行なやつらだし。幼稚園・小学校の頃は、おとなしくて物静かな子どもたちでした。やっと二十歳まで育ちました。さあて。ここまで育ててもらった恩義に対して、貢物をもってきてもらわんとなっ。
2012.01.08
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久々に休日。しばし解放。事業所のボスという立場になってまだ10年経っていませんが、最近になって得た経験則があります。「話せばわかる」わけではない(笑)どっちかというと「話せばわかる人も時々いる」ってところでしょうか。10個の話をしたら、たぶん覚えてるのは一つだけ、とか。えっとね。「自分が正しい」って思うのはいいんです。「自分だけが正しい」ってのは困る。立場や状況によって、何が正しいかってのは変わります。自分にとっては重要な事でも、他人から見れば「知った事か」ってな場合は往々にしてあります。「恋人とデート」ってのは、自分にとっては重要だけど、他人からすれば「それがどうした」ってなもんでしょ。「私にとって重要な事は、他人にとっても重要だ」ってのは「私の考え方はせまい」って宣言してるようなものです。「自分が正しい」「でも、他にも意見があるという事はわかる」これならまだ「今回はほかの意見に従うように」という指示が通じるんですよね。少々頑固でも従うわけですし、プレゼンして説得してみい、ってな事にもつながります。「自分だけが正しい」ってのがねえ。相手の話を聞いてないですからね(笑)自分と違う意見があることを認めたくないもんだから、負けそうになると別の論点をひっぱり出してきて負けそうなところから離れようとする。そこで逃げきれると「敗北体験」をせずに済みますから始末が悪い。指揮官をやっていると、この手のタイプは困るんです。自分だけが正しいと思ってるから、こちらの指示を聞かない場合がある。たとえて言うなら戦場最前線で「左翼突撃~」って言われてるのに「この作戦は間違ってるから動かない」って、左翼にいて違うことしてたりするのに似ています。一人がきちんと動かないだけで全滅する可能性があるんですから。このタイプ、文句も多いのです(笑)ま、その「文句」が出てくるのを待ってるんですけど。結論から言うと「ボスである私が一番正しい」(爆)
2012.01.03
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