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そりゃあ、良いものが売れます。商品そのものがよい、だけで売れるか?って言ったら話は違いますが。良いもの、って宣伝や、評判や、需要に合うとか、そういうことも含めてですよ。「この練炭、ものっすごく性能がいいんですよ。従来のものにくらべて、燃焼時間2倍、有毒ガスの発生が半分以下です」なんて商品があったら。現代の日本で売れると思います?公共インフラが、未整備の場所なら需要があると思いますが、今の日本ではなかなか利用する方はいないでしょう。だいたい、練炭を入れて使うものって七輪しかイメージにないのではないでしょうか?子どもの頃、室内で使う火鉢とかいろいろありましたね。今思うと、あぶねえ代物ですが。障子の部屋でなきゃ使えたものではありません。需要にあうもの、宣伝がいいもの。価格はどうか。これも「良さ」の基準です。場合によっちゃあ「看板」に魅力を感じる場合もあります。季節の贈答品の百貨店の包装紙とか(ほんとにあるんですよ。その百貨店の包装紙であるというステータスが)商品そのもの、技術や性能が「よい」から、というだけで売れるわけではない。南極でも快適に走れる車があったとして、雪も降らない地域で、近所のスーパーへの買い物が中心、という用途のためにそんなクルマを買おうとはしないでしょう。まあ、いるかもしれませんが、多分少数。多くの人が良いもの、と認めるけれど、売れないということは、買おうという気にはならない、ということです。逆に、必要のないものでも複数で買うものがある。びっくりまんチョコ買ったことがある人なら、身に覚えがあるはず(笑)賛否両論を呼ぶものは、必要と思う人と不要と思う人がいる、ということです。ジャニーズとAKBって、あれだけ叩くひとがいて、あれだけお金を出す人を集められるってすごいですよ。かつて吉田拓郎のコンサートに「帰れ!」って言いにきたお客さんがいたっていう話に通じます。金出して「帰れ!」って言いに来るんですよ(笑)そのパワーたるや、アンチの鏡です。先日、ちょっと話に出しましたが、私が高校生くらいの頃に「アナーキー」というバンドがありまして、松山千春さんを曲の中でdisっておりました。その頃のインタビューに答えて、作詞したボーカルの方が「俺は、松山千春のアルバムを全部買って全部聞いて、それでもって批判してる、適当にやってるわけじゃねえ」という事を言ってました。売上枚数の中に、アンチもいたわけですね。アンチを生み出す、影響力の強さ。オトナが、子どもが欲しがるものに対して「そんなくだらないもの」って思う時、こどもにとってはくだらなくはない、ってことなんです。いいものかどうか、それはいいものであるにこしたことはない。ただ、「選ぶ」という行動をする時に、理由の中のひとつでしかないんです。何が売れているのか、その物差しによっても変わってきます。せまいコミュニティの中だけで売れているものが、そのコミュニティの中だけにいると、他でも売れているんじゃないかと思い込んでいないか。あるいは、違う目盛りで計ろうとしていないか。長さを測らなければならないところを重さを量ってくらべていないか?たとえばですけど、視聴率とかってそうではないでしょうか?録画視聴率、というのが出てくるまでは、その視聴率は「テレビの前に座れる人」の確率も関係してしまいます。あるいは、その目盛りの基準は合っているのか?売れている、というのは何をもっていうのか?営業が続けられるほど、利益はだせているのか。よいものが売れるべき、ではありますが、ほしい、という気持ちを呼び起こすことができるかどうかについては、買う側の問題ではありません。かわいい男の子に夢中になっている女の子に、ほれぼれするほどの歌唱力が必要かどうかは、グリコのおまけ程度の扱いかもしれないのですから。グリコのおまけのほうが、本体のお菓子に勝ってしまうこともあるかもしれないけれど(笑)
2015.01.31
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朝の情報番組で、生歌披露でした。いやー。お世辞にも上手ではないですね(笑)正直、歌がうまいグループは他にもたくさんあるでしょう。ももクロよりうまいアマチュアなんて、そんなにさがさなくても存在してると思います。ダンスもうまくなったなあ、って過去の映像と比べると思うけれど(笑)でも、見たいのは歌がうまいグループではなく、ダンスのうまいグループでもなく、ももクロなんですよね。これがエンターテイメント、ってことでしょうか。見たいと思わせる、お金を出したいと思わせる。プロフェッショナルとはそういうことでしょう。私が子どもの頃、ピンクレディとキャンディーズというアイドルが大人気でした。テレビの歌番組とかバラエティで目にしましたね。今のももクロ人気なんて目じゃないくらい大人気でした。だって、学校で女の子たちはピンクレディ踊ってたもん。全員ではなかったかもしれないけど、踊っていない子を探すほうが難しいくらい踊ってましたよ。でも、私の親は、グループの存在は知っていても、個人の名前まではしりませんでした。まだ、一家に一台のテレビ、の時代です。つまり、子どもがテレビを見ていたら、いっしょにみている確率は高かった時代でも、興味がなければ名前は知っている、という程度なのでした。つまり、グループの名前を知られているだけでも、これは結構すごいことなのだと思います。先日、職場で、まったくアイドルに興味のない同僚と話をしていました。AKBは知ってる、ももクロも知ってる。人数多いのがAKBで、色分けされた変な衣装着てるのがももクロ。間違ってはいない(笑)で、話しながらふと、思ったんですね。この感覚って、どこかで感じたことがある…私が子どもの頃の男の子って、総じてウルトラマン、あるいは仮面ライダー、五色の戦隊ヒーローとかのオタクではないでしょうか?私のこども世代だと、ポケモンオタク、今の子だと妖怪ウォッチになるのかな?ウルトラマンの見分けがついて、怪獣の名前が言えるっての当たり前でした。50歳ちょっと超えたくらいの世代の人に、ウルトラマンの怪獣の名前ってどれくらい言えるか聞いてみてください。仮面ライダー派の場合は仮面ライダーの怪人の名前でもいいと思います。そりゃもう、今二十歳ちょっと超えたくらいの人がポケモンの名前をあげていくくらいは出てくると思います。でも、親からすると、全部ウルトラマンで、敵は全部怪獣なんです。子どもにしてみたら、どんなハリウッドスターより、どんな芸術家より、ウルトラマンのきぐるみショーは最高のエンターテイメントです。プロフェッショナルのエンターテイメントの答えって、ここにあるような気がしますこどもが夢中になるウルトラマンショーは、ウルトラマンでなければだめなんです。本物の格闘家がでてきて本当の技術や実力を見せられても、喜ばないでしょ。ただ、ウルトラマンショーが、ウルトラマンが大好きな子ども以外を満足させられるか?というとまた別の話です。どんなコンテンツにもターゲットとする客層はあります。ターゲットが、見ようとしてくれるかどうかは別の話ですが。また、毎回同じだったら、飽きてきます。新しいものを提供し続けなければならない。また、エンターテイメントのコンテンツは、多分、見ている側も卒業していきます。固定ファン層というのは確保できるでしょうけれど…ただ、食材で言えばお豆腐みたいになってしまうかもしれません。なくてはならないけれど、ちょっとメニューを変えると「いつもの料理で出してよ~」みたいな。味噌汁で食べたいお豆腐、つまり新しいメニューを出しても喜んでもらえない、みたいな(笑)あるいは、素材はいいし、うまいんだけど、わざわざ注文してまで食べたいとは思わない、みたいな食材もあります。ずーっと見続けてもらうためには、上達や成長は欠かせません。へたなまんまでいいわけがない見てるほうも成長してしまうからさ。ウルトラマンだって、必殺技や画面の効果とか、技術力はあがってくるわけですから。学芸会は、身内だけが喜んでみてくれます。そのパフォーマンスを見たい、と思わせられることがエンターテイメントの条件だと思うのですね。演出・キャラクターも含めて力のうち。ももクロのリーダー(赤色の子ね)が、昨年のあるライブでの最後のあいさつでの言葉の一部です。「私たちは、私たちに興味のある人しか笑顔を届けられません。だから、みなさんが、まわりのひとたちを笑顔にしてあげてください」われらがももクロメンバーたちは、自分たちのやりたいことと、限界を知っていて、その限界を超えようとしている、と思うのですよ。これ、すごいよね。多分、言った本人は気がついてないだろうけど。「汝の隣人を愛せ」って、イエスキリストが言ったのはこういうことだと思うのです。自分のまわりにいる人を、笑顔にしてあげたい、って、その笑顔になれた人が、またそのまわりの人を笑顔にして上げられたら。笑顔のねずみ講(笑)ものすごく難しいけれど、エンターテイメントって可能性が0ではない、世界平和の方法ですな。
2015.01.29
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今、「国家」の定義とはなんなのでしょう。「独立じゃあ!!」と旗を掲げたら独立国家として認められるわけではない、というのはわかります。周辺含めて他国との公式の外交関係を結ぶこと、つまり、公式に外交関係を結ぶ国があるということは、国家として認めているから成り立つわけです。一番わかりやすいかもしれません。で、認めている国がどれだけあるか、というのは数の問題ということでしょう。独立宣言をした国、あるいは地域と外交関係を結んでしまう、というのは非常に難しい判断だと思います。判断間違ったら、残ったほうとは、必ずしこりが残ります。笑顔で「まあ、なかったことに」なんてわけにはいきません。外交はなめられたら終り。その場では笑顔でも、どこかで落とし前をつけておかなくては、双方とも今後の外交に影響が残ります。落とし前をつけておくことで、初めて「それは過去のこと」とできると思うのですね。…どこかの国みたいに、落とし前をつけたはずが「それはまた別のこと」などとしてしまうようだと、外交的に信用できない国ってことになりますが。有志はじまって以来の国家の成り立ち、ってことを考えると、コミュニティそのものが最優先される「力」を持つ、ということでしょうか。現代でも、個人があって家族があって、統率された仕事とかの組織があって、その組織があつまって大きな組織になり、その組織や個人をコントロールする行政システムが存在する。国家という名の実は絶対的な権力があって、初めて行政システムはコントロールされているわけですね。これができないと、よく内戦状態の国で「支配地域」という言い方がでてきてしまうのでしょう。つまり、コミュニティの中で、言うことを聞かないやつを殴り倒すことから国家はスタートしたのではないかと思うのです。で、全員言うことをきくようになったら、そのコミュニティに対する責任を負うことになっていったと思うのです。簡単に言えば、全員が食えるようになること。その次は、家族ができて子どもが生まれる。当たり前ですが、食い扶持が増えます。戦闘要員ではない、コミュニティのメンバーが増えていきます。会社組織等、人数を恣意的にコントロールできる組織ではありません。つまり、暮らしやすいコミュニティであれば、家族、子どもが増える。長生きできるようになる。食料を確保できるようにしなくちゃならない。結婚相手を確保しなくちゃいけない。(花婿が花嫁を抱き上げる風習は、他コミュニティから女性を拉致した事件の名残です)領土拡大欲云々の前に、現実的に食料を手に入れられるいい土地を手に入れる必要が生まれます。そこに誰もいなければいいけどさ。いたら話し合い等のコミュニケーションをとることになるんです。話し合い?という名のパワーゲームです。習慣も規律もちがっていれば、おまけに人間には個性というやつがあって、どうゆずっても話してる相手をいやな気分にしてるやつもいる。現代でもいるでしょ。自分の主張は正しいから、自分に従うのが当たり前、という感じでしゃべる人。自分は理路整然と話してるつもりだろうけど、説得力という力の使い方がわかってない。挙句の果てに、理解できないほうが悪い、って事になるわけです。理解させるだけの能力が自分に無いとは考えない。こうなったら殴りあいの開始です。勝った方が強い。少数意見とか関係ない。だって、勝った方が正しいという、実に簡単な話です。いまだと、選挙等になっていますが、どちらにしろ「勝った方が正しい」ということです。つきつめれば、生き残ったほうが正しい。生き残れるだけの手立てを取っていた方が力をもってきたわけです。ま、いうなれば「王家」というのは、その時代、その土地で「一番ケンカが強かったやつの末裔」ってことですよ(笑)時代が下がれば、軍事力や経済力、従う民衆とかにもよりますが、集団が小さかった頃は「あいつは怖いから言うこときいておこう」ってことでしょう。で「あいつはこわいけどみんなでやっちまおう」になって、「あいつの言うとおりしてるとくいっぱぐれがない」になっていったのではないかと。ケンカして強いやつよりも、大きくなる集団を維持、コントロールできる人材のほうが少なかったであろうとは思います。文句いって、壊すところまでできる実力を持つ人は多いでしょうけれど、問題はその先、ですよね。経営ができるかどうか。外敵を蹴散らすか、飲み込んで押さえ込めるか。それだけの力を持つ組織を用意できているか。いきなりなぐりかかってきたやつを、うろたえずに後腐れなく従えさせることができるかどうか。もっといえば、なぐりかかるよりも、言うこと聞いたほうがいいや、って思わせることができるかどうか。そうすれば争いは起こらない。人間は平等であり、思想信条の自由がある。ということは、相容れないものがあるかもしれません。人間はケンカするんです。細かいケンカなんて、そこらじゅうで起こっています。本質、その人間があつまって国家はできるのです。話し合いでできることは解決ではなく、落しどころと落とし前をつける、くらいしかできないのかもしれません。国家が成り立つ、ということは、そうそう簡単なことではなさそうです。
2015.01.27
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人々の命の無事と平和を祈ります。そして、平和と人々の心について、少々考えてみたいと思います。読む人も少ないとは思いますが、でもまあ、不特定多数への発信ではありますので、気をつけながら。「あなたの意見にはまったく同調できないが、あなたがその意見を話す権利については、命をかけて守る」ジュリアス・シーザーが、他の政治家の演説を聞いた後で、その政治家本人に言った言葉だそうです。これ、素敵ですよね。普段の生活や仕事の中でも、この言葉は忘れないようにしています。ま、逆に言えば、あんたは好きに自分の主張をしてくれ、でもこっちの言うことも聞けよ、ってことですが。てめえの権利だけが認めてもらえると思うなよ、って(笑)で、最初に。それについては日本国憲法でも思想信条の自由は保障されていますので、現在の私の基本的考えを書いておきましょう。原則は、ちょいかじった程度ですがマキアベリズムです。理想論は大事だけれど、現実を見据えなくては、ということですね。「力のない正義など何の役にも立たない」「支配者が慈悲深く寛容である必要はないが、そう思われている必要はある」などとぶっちゃけを言い放つ、この中世イタリアのリストラされた国家公務員のおじさんは、現代なら、テレビでコメンテーターをやって、一発目で問題発言、などと言われていたのではないかと思います。でも、大好き。中間管理職をやってますが、なんて参考になるんでしょう。上司と部下にはさまれて、現場で対処、ってことなんですから。理想も慈悲も現実を乗り越えた先に存在するもんさ。でもって、思想的にはいわゆる右寄りだと思います。少なくとも左寄りではございません。真ん中でもない(笑)まちがいなく改憲派です。天皇陛下、と必ず「陛下」をつけるべきだと思ってます。日本という国が存在するためには、皇室がなくてはならない、と思っています。仮に皇室がなくなったとしたら、それはもう日本という名前であっても、日本ではないとまで思います。賛否両論あるでしょうけど。生まれを問うな、行いを問え、なんですけど、生まれも行いも問う必要が無い、と思っています。で、まず始めに。これからいきましょう。サザンオールスターズ桑田圭祐氏の、ライブの演出の問題から。勲章オークション演出の根っこ、ミュージシャンの反戦意見について。勲章をオークションにかけるような演出だったそうですが、ありゃあ、どう考えてもまずい。私の思想云々の問題ではありません。本人は演出のつもりだったのかもしれませんが、勲章とかメダルとかは、他にも受け取ってる方々がいるわけなので、他の受賞者の方々の心情を傷つけることになります。愛と平和、思いやりを歌い、主張するのであればなおさら、他者を尊重するという気持ちの演出は必要だと思います。勲章を尊重するというよりも、そこに込められた思いを尊重するという意味でも受け取った以上、尊重するべきでしょう。話はずれるかもしれませんが、私、左翼系の人たちの話を聞いてるときに不快になるのことが多いんです。自分たちと相対する意見を持つ人たちに対しての尊重が感じられないことが多いからなのですね。つまり、自分たちの主張と異なる意見に対して、賛成している人も多数いるはずなんです。名前出してしまいますが、社民党、共産党議員がいるということは、両党に票を投じた人がいるわけです。自民党議員がいる、ということは自民党に票を投じた人がいる、ということですね。つまり、それらの票を投じた国民の気持ちに対する尊重が感じられない。志井委員長の話し方とかは結構好きなんですけど…極悪非道の安倍政権みたいな言い方する方、結構多いですよね。あれは、票を投じた方々をないがしろにしている、ということでもあると思うのです。で、桑田氏の問題ですけど、私なりに分析するところはあります。自分の過去も鑑みて、なんですけどね。私、中学高校生の頃、音楽少年でございました。毎日、学校から帰ってきたらご飯食べる時間以外はギター弾いてた、みたいなタイプです。なんせ、当時はネットもゲームもございません。没頭を邪魔するものなどありませんでした。これが、思想信条に影響するわけです。なぜか。ギターの練習本には、まだまだ反戦フォークがたくさん載ってました。てえことは、その歌を歌ってた歌手やグループの皆さんのインタビューとかも読むわけですよ。そりゃもう、反戦は当然、9条は守るべきもの。自衛隊の存在意義とかまで、まあ、私たちは平和を大事にしているという意見が多かったわけですね。…今思えば私、完全に左に寄ってました(笑)ただのギター好きの、大人に近づいてるつもりの生意気なガキですからね。その主義主張の根拠を自分なりに調べてみる、というところまで頭がまわっていません。第二次世界大戦中の日本人ってひどいやつばっかりだったんだあ、って思ってたんじゃないかな(汗)みんなが武器を持たなければ、戦争なんて起こらない、なんて本気で思ってました。銃が無ければ撃ち合いは起こらない。なんて。ちょっと考えればわかるんですよ。銃が無い時代は、斬りあいしてて、それがなければ殴り合いするだけなんだって。で、勝ったやつが権力を握る、って、それはいまだに変わってないでしょう。でも、当時はわからなかった。ということで、実は政治的発言で、影響力を持ったミュージシャンって人がいるわけです。人気が高ければ支持者は多い。特に、アイドル的人気を持ってれば、なにがなんでも彼らは正しい、って思ってくれる人も増えるわけです。ビートルズ、ですね。とりあえず襟無しスーツで、アイドル人気爆発の間は、マネージャーのブライアンエプスタインに「政治的発言はするな」と止められていたそうです。リンゴはともかく(偏見かも?)他の3人はしゃべりたくてうずうずしてた、ということのようで。アメリカはベトナム戦争真っ只中で、ボブディランとかPPMとか、政治的発言をしていたと思います。(この当たり、詳しくないのでなんとなく記憶で書いてます)後に、特にジョンレノンは反戦思想の象徴みたいになってた気もします。湾岸戦争の時だっけ?「イマジン」が放送されなくなってたんではなかったかな?余談。基本的に超喧嘩っ早くて、口より先にぶん殴っちまえ、という絵に書いたような乱暴者問題児だったジョンレノンの「平和主義」について、子ども時代の関係者は「あいつが平和主義?」と苦笑いだったそうな。とりあえず、ビートルズの反戦意見は、私の知る限り「戦争反対」「ラブ&ピース」だったと思います。背景もへったくれもありません。どちらか一方に加担する意見を言ってたという覚えがあまりありません。私が知らないだけかもしれませんが。とにかく、ビートルズから影響を受けるということは、その反戦思想からも影響を受けないわけがない、とも思います。そしてもうひとつ。桑田氏の、勲章オークション演出にまつわる話です。私が思うに、これもビートルズが絡んでる気がするのですね。結構有名な話ですが、ビートルズもイギリスで勲章をもらっています。MBE勲章です。で、これも結構有名な話で、ジョンレノンは、この勲章を受けるのを嫌がってた、という話もあります。(実際、ジョンだけ後に返上しています)それまでにこれを受賞されていた方々も、ビートルズがこの勲章を受けることに対して猛反発していました。実際に返上された方もいたんじゃなかったかな?そりゃ、今となれば、反発する気持ちも理解できます。当時のビートルズは、長髪(当時の基準で)で、やかましいエレキをかき鳴らし、女の子がキャーキャーわめいてる、若者に悪影響を与えるとしか思われていない、まあ、イギリスの社会現象だったわけです。言うならば、20代半ばのアイドルPOPグループの若造に贈られる程度の勲章をもらって私は喜んでいたのか、って腹も立ちますわな。特にご老人は。「俺たちは年寄りのすることを見逃してやるけれど、年寄りは俺たちのすることを見逃さない」ジョンレノンで、この時の騒ぎに対してジョンレノンは「今まで勲章をもらったやつらは、戦争で人を殺してもらったんだろう。俺たちは音楽で人を幸せにしてるんだ」言い放っています。ネットがあったら大炎上間違い無しの発言です。ちなみに、MBE勲章そのものは、戦争への功績というよりも、スポーツ・文化・経済等への貢献をされた方を中心に贈られてるようなので、ジョンレノンのこの発言はちょっと的外れかもしれません。このMBE勲章についてのエピソードには、もうひとつあります。マスコミのインタビューで「勲章はどこにありますか?」という質問に対して、机の上のコースターを持ち上げ「ここにあるよ」とヒラヒラやってみせた、というものです。これはポールだったかな?バカにした話ですよね。でも、これらのエピソードを子どもの頃の私は「かっこいい」と思っていました。反体制とか反抗、というのは若い時はかっこよく見えるものです。制服はきちっと着るより崩して着る方がかっこいい。規則は破るためにある。みたいな、ね。これがかっこよく見えたとしても、実は「正規」が存在してこそ、このかっこよさが存在します。敵対してこそ、かっこよさが映える、ということはあるでしょう。敵がいなければ、存在意義をアピールできない、というのは実は非常にかっこ悪い。自分の中に柱を持たない、ということでもあります。ただ、ビートルズの攻撃的とも言えるエピソードについては、イギリスの社会的背景等もあり、本国ではさほど問題にされていなかったのではないかと思います。もっとも、いわゆる「炎上」した発言もあって、ジョンレノンは「今や我々はキリストより有名だ」とやってしまい、世界中で排斥運動になったこともあります。(イスラム教徒が攻撃的なイメージがあるかもしれませんが、キリスト教も歴史的にはかなり攻撃的です。「コーランか死か」で戦いを始めた、といわれるイスラム教徒ですが、「汝の隣人を愛せ」と言ったキリスト教の「汝の隣人」はキリスト教徒に限るんですから)桑田氏は、ビートルズをまねてみたかったのかもしれません。なんてのはうがった見方でしょうか?
2015.01.27
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