2007年
明けましておめでとうございます

(私の散歩道:孫娘ことねと)
私の歩いてきた道
大きな戦争が終結して
みんなが貧しく食べるものも十分でなかった幼なかった日々
電話は
村に一軒しかなかったし、
急用は、いつも電報だった時代。
真夜中に「デンポウですよ、デンポウですよ」と
どんどんと雨戸をたたく配達夫の声に
家中のものが起きて来て
心配顔で電文をのぞきこんだ夜があった。
あれから半世紀
電話は
一人ひとりが携帯し
インターネットのウェブに乗って
世界の果まで
その情報や私信は瞬時にかけめぐる。
幼い日々に
このような日々があると予想できたか。
大晦日には
新しい肌着、新しいセーター、新しいズボンなど
すべてを新しくしいのがうれしくって
枕元に置いて寝た
幼かった日々。
元旦の早朝は
真新しい服を着て
お参りして、家族全員で
お雑煮を食べた
「おめでとう」
と口々に言い合って。
お正月の料理は
祖母や母が
前日から準備して作ったもの
ごぼう、さといも、くろまめ、金時豆、
さつまいも、だいこん、にんじん、れんこん
冬の畑の作物だけ
それぞれ湯がいてから煮締めたもの
クチナシの実で色づけたサツマイモのきんとん
動物蛋白質といったら
卵、ぶりの煮つけ、たつくりの炒り煮ぐらい
お雑煮は
家でついたお餅に
もち菜を青々といっぱい入れて。
ただそれだけのシンプルなお雑煮。
これら全てを女達が、
もくもくと準備して作ったお正月。
お正月三が日は
女たちは台所に立たなくてもいいように
大量に作り置いた。
これが私達の幼い日々の
貧しい
お正月であった。
(お正月の床の間には、よく寒椿が活けられていた)
お正月が来ると
その祖母や母の作った田舎の煮物の味を
私も
レンコンをサトイモをゴボウを
しこしこともくもくと
再現しようとする。
おせち料理は
お重にいれて、1万、2万円でデパートでスーパーで売られている。
お餅もパックにいれて売られている
外食ですべてが済むお正月。
これでいいのか。
幼い子のいる家庭は、若者のいる家庭は
せめてお正月だけでも、
田畑の作物を、家庭の手で調理して、
ゴボウのニンジンのサトイモのレンコンの味を
飽くほどに食べてみるのもいいのでは、
こんなお正月は古臭くみんなの笑いものなのだろうか。
私の歩いた半世紀余りの道
この移り変わりの落差は、
人の心をも大きく変えている。
孫娘ことねの生きる
半世紀後の社会は
もっと激しい転変があるに違いない。
時代は大きく変ろうとしている。
PR
キーワードサーチ
カテゴリ
フリーページ
コメント新着
New!
USM1さん