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最近わが業界で悩ましい問題のひとつに、「リターナブルびん飲料」の品薄ということがある。「リターナブルびん飲料」というとなんだかいかめしいイメージがあるが、要は主に飲食店などで供される、200mlくらいのコーラ・オレンジジュース・ジンジャエールなどの瓶だ。これが今決定的に不足している。これには原因があって、各方面からの情報を総合するとこんな感じだ。もともとリターナブルびんを製造するメーカーというのは少なく、その中のある大手メーカーが廃業したことに端を発する。そのしわ寄せが業界全体に波及し、すぐに供給不足に陥った、ということだ(あくまで伝聞)。ただこれとは別に、この6月から各メーカーがびん入り飲料の値上げを敢行した。しかもその上げ幅はハンパではなかった。需給バランスの完全に崩れたびん業界が、飲料メーカーに法外な値上げを要求したのかもしれない(あくまで仮説)。ただ飲料メーカーも考えようによっては、「リターナブルびん飲料」をやめたがっているのかもしれない(あくまで予測)。メーカーにとっても瓶の回収・洗ビン・再商品化というのは結構手間の掛かることだからだ。確かに今の時節、「環境にやさしい」というのはメーカー的には何かとメリットもあるかもしれないが、採算が取れなければ元も子もない。みんな瓶からペットに移行してくれれば願ったり叶ったりなんだろう。ここで卸先の飲食店の反応も二つに分かれる。リターナブルびんに見切りをつけて、同じ商品のペットボトルに移行するか、あくまでもリターナブルびんにこだわるか。大きな会場で大量に出すところはペットボトルに移行したところが多いし、小さい店はリターナブルびんにこだわる。要はお客の目の前に瓶のまま出すか否かで分かれるのだ。ちょっと前にはネットなどでも「びんのコーラが飲めなくなるかも!?」みたいな声が錯綜していたが、本当にリターナブルびん飲料は今、曲がり角に来ていると痛切に思う。
2024年06月19日
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鉄道駅の発車メロディー(だいたい都会の駅)に、その土地にゆかりのある人の楽曲が用いられることが、ときどきニュースとして取り上げられる。たいていは好意的なニュースとして報じられるが、私はあまり興味がない。というよりも、ただでさえ騒々しい駅の構内で、さらに音を追加してどうするんだ、という気になってしまう。とはいうものの、好意的に聞いているものも無いではない。近鉄名古屋駅で、特急列車が発車するときに流れるのが『ドナウ川のさざ波』という曲なのだが、これが昔から何となくしっくりとくるように感じているのだ。ルーマニアの作曲家ヨシフ・イヴァノヴィチが1880年に作曲したワルツなのだが、なぜこの曲が近鉄特急と結びつくのか、今もってさっぱり解っていない(笑)
2024年06月12日
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先日のブログで、大河ドラマに触発されて『源氏物語』を読んでみようという気になったということを書いた。そしてそこで書いたように、角田光代さんの訳による作品を購入した。もっとも購入したといっても文庫で全8巻ある中の第1巻のみだが。なるほど、これは確かに読みやすい。とはいえ他の訳者の作品を読んでないのであまりいい加減なことは言えないが、難しい言い回しもないし、何より話し言葉が現代の感覚に非常に近いので、親近感がわくのだ。大河ドラマ『光る君へ』を欠かさず観ているだけに、ここで描かれている風景や風俗も(イコールではないにせよ)何となくリアリティを持って頭に浮かんでくるようだ。そんなこんなで第1巻を読み終えたが、第2巻は購入していない。というか、ここで一旦終わりにしようと思っている。長きにわたって読み継がれてきた作品だけあって、確かにそれなりの面白さはある。ただこれを最後まで読み通す時間を他の用途との秤にかけた場合、私にとってはここで止めるのがベター、という結論が出たまでだ。日頃まとまった読書時間が取れない私にとって、読書はスキマ時間の積み重ねである。そのため第1巻も読み通すのに1か月弱かかった。で、このペースであと7巻読み通そうと思うと年内いっぱいかかる計算になる。そう考えた時、他に読みたい本もゴマンとあるし、さすがにそこまで付き合いきれない、と思った。第2巻以降、展開がどうなるのか分からないから何とも言えないが、少なくとも第1巻で描かれる光源氏にはほとんど共感する余地がなかった、ということもある。様々趣深い場面は多々あったものの、少なくとも主人公として“恵まれ過ぎた境遇”にいるというのがどうしても引っかかったのだ。もっとも決して見限ったわけではない。私の心と時間に余裕ができた時にはいつでも、第2巻から再開する用意はできている。ただ今は『源氏物語』のサワリに触れただけで良しとしよう、そういうことにしておく。
2024年06月05日
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