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なんだか会話のクラスの雲行きがちょっと怪しい。ことの発端は先週の会話のクラスでのディスカッション。先週のとある日、会話のクラスの中で、生まれてくる子供の性を選んでもいいか?というようなトピックでディスカッションをしていたところ、なぜかいつのまにか、中国人が「米国の傲慢」みたいなことを批判し始め、クラスの雰囲気が非常に怪しくなった。これにはわたしも「は?」って感じだったけど、クラスにいた米国人のおばちゃんなんかは相当カチンときた様子。しかも、この発言をした中国人の男性2人、スペイン語があまりうまくないこともあり、発言がストレートかつ同じことを何度も繰り返し言うので、おのずと発言が強烈になる。このときは、一発触発のところを先生が適当に話題をそらしてとりもったんだけど。今日は、ノーベル平和賞受賞者に関するディスカッションで、中国人がまた問題発言。課題は、プリントに書いてある3人のノーベル平和賞受賞者(グアテマラの人権活動家メンチュ、キッシンジャー、シュバイツァー)の中で、自分が最も支持できる受賞者を選び、同じ意見をもつクラスメートを探して、その受賞者を支持する理由をまとめなさいというもの。驚いたことに中国人6人全員がキッシンジャー支持にまわり、他はほとんどがメンチュ。誰を選ぶかはどうでもよく、それがおかしいとかなんとかいうクラスではないのに、これまた中国人2人が興奮して、他のグループの支持意見まで批判し始めた。今日だけならまだしも先週の今日だし、さらにこいつら普段はおとなしいのに、片方が話し始めると、我も我もと突然競って意見を述べ始める。すっごい下手なスペイン語で。。。しかも冷静に話さない。更に今日は会話の前の文法の授業で、中国人が質問をし続けたせいで新しい分野に入れず(多くの生徒は飽きてた)結構寒かったところに、この追い討ち。中国人男性二人とアメリカ人のおばちゃん(またこのおばちゃんが、ウーマンリブ活動でもしてそうななんか教育ママめがねをかけていて、格好はCWニコラスみたいな山登りルックで、なんだかちょっと近寄り難い)が白熱し、ヨーロッパ娘たちはあきらかに白けた顔。コソボ娘は、ブーイングのジェスチャーまでし始めた。ああ、ああ。授業の後にも、廊下でヨーロッパ娘たちが、彼ら怖い、怖い、言ってるし。。。まあ、いい奴らなんだけどなあ。ご飯誘ってくれたし。(ってしつこいか)彼らも言葉ができないストレスとかがああいう形で不器用な態度にでるんだけど思うんだけど、まあ、彼らもなあもう少し冷静に意見を述べればいいんだけど。この状況、今後ますます影響大になること必至。ちょっと目が離せません。(笑い事でなく結構怖いけど)
2004年03月29日
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今日は金曜日。金曜日は普通の日と違い、芸術と歴史の授業があります。歴史の先生は、オーがナイズ機能がないけど、コースのオーガナイザーを兼務している男。ああ、久々にこいつの授業でたら、きつかった。「ずんずんっ」「じゃじゃんっ」とか子供だましの効果音言葉を多用する。時々異常にテンションが高い。はあ~疲れる。あたしたち、小学生じゃないんだからさ、もっと淡々と授業進めろよって感じ。一方、芸術のほうは、なかなか高級な授業内容です。日本語でもできないのに絵画の分析とかしないといけなくて、スペインの絵を分析するにはやっぱり宗教の知識とかもないと難しくて、これはなかなか大変。でも、この大変さがなかなか心地よいけど。さらに今学期はピカソ、ゴヤ、ダリをやるっていうんで、なかなか楽しみです。
2004年03月26日
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夕飯にグリーンタイカレーを作った。前回作ったときは我ながらよくできたので、また作ってみようと思ったのでした。しかし、肝心のココナッツミルクがなく、悩んだ末に牛乳で代替することに。玉ねぎは飴色になるまでよく炒めて、途中までは相当おいしそうにできていました。牛乳入れたときも、まあ、色的に似た感じになり、いい感じ。でも、最後に味見したときに、コクがなんだか足りなかったので白ワインを加えてみたところ・・・牛乳が分離・・・タイカレーペーストの緑色がかったスープと、牛乳の固形物の分離した様子は、それはそれはおぞましい光景だった。。。でも、匂いはいつものタイカレーのにおいだったし、マーケットで買った新鮮なチキンも入れたし、玉ねぎもあんなに念入りに炒めたし・・・もったいないので頑張って食べました。カレーを食べた後、なんだかイマイチ胃が重かったので、カレーを忘れるために、さらに白いご飯をおかわりしてみたりして。そして、30分後。全部でちゃいました。(汚い話ですみません。。。)自分の料理でもどすなんて。ショック。。。ココナッツミルクの偉大さ思い知った夜でした。
2004年03月25日
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今日は、文法と会話のクラスのクラスメートについて書きたいと思います。今回のクラスは人数が多くて14人。14人ともなると会話とかはっきりいってほとんど発言の機会を得るのが難しい。で、本題。まずクラスのマジョリティーは中国人。なんと中国人が6人!男3人、女3人。今までのクラスの中国人と違って、学校さぼらないのはえらいし、みんな比較的勉強熱心なのはいいけど、でも、でも、やっぱり発音が下手。。。特に2人の男性が。一人は一学期からずっと一緒で、以前夕飯に招いてくれたり、いい奴なのはわかってるんだけど、でもなあ、その発音どうにかならないのかなあ。しかも、文法もあんまりできないしなあ。まあ、でもクラスの足並みを乱すわけではないのでいいけど。女の子は、1人は結構仲良くなって、休み時間には時々お茶したりもしてます。もう1人は、先学期に商業スペイン語のコースで一緒で、しかもシミュレーションのクラスでペアワークさせられてた相手なんだけど、ま、今回はペアワークするわけではないんで、たいしたストレスは感じてません。でも、時々会話のクラスで顔赤くして興奮して発言してるのみると「どうどう」とか思うけど。もう一人がすっごいまじめ。すっごい細かい質問する。ちょっとしつこすぎ。あと、隣に座ると人のノートしょっちゅうのぞきこむのがすごい気になる。わたしだって先生の発言一言一句メモってるわけじゃないし、自分なりにノートとってたりするし、前に「普通じゃない」って言われたくらい字が汚いんで、覗き込まれるの、嫌なんだよねー。しかも、「これ違うよ」とか余計なこというんだよね。違わないのに。(違ってたところでどうでもいいのです)あとねえ、彼女の声不思議。発音じゃなくて声。かえるが首絞められて声出してるのか?って感じの、のどの奥からきゅ~って感じの声だすんだよねえ。気になる。中国人はこれくらいにして、あとは、日本人はほかに一人だけ。今までのクラスの中でもっとも日本人比率低いです。ま、どうでもいいけど。ほかは、デンマーク人の女の子、アメリカ人の若い女の子、アメリカ人のおばちゃん、ドイツ人のおばちゃん、コソボ人の女の子、スウェーデン人の女の子。このコソボ人がすっごいかわいい。目が限りなく透明に近い緑色ですっごい綺麗。すいこまれそうになる。しかし、コソボって初めて聞いたときは、「え?あの内戦やってたコソボ?」とか思ったけど、でも、そのへんはあんまり聞いていいのかわかんないんで、まだ聞いてません。結構わがままそうな感じもあり、お嬢様なのかなあとか勝手に思ってます。あと、デンマーク人の女の子もなかなかかわいらしくて、しかも言葉がすごいうまい。1学期に一緒だったデンマーク人の男の子の友達はすごい強いアクセントがあったけど、彼女はあまりなく、しかもすごいうまい。語彙も豊富だし、表現も達者だし、意見もしっかりしている。なのにまだ大学入学前だというから、やっぱり外国の子はしっかりしてるなあとか(まあ言い切ってはいけないけど)思ったりしました。って感じで、相当バラエティーに富んだクラス構成になってます。
2004年03月24日
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今日はリスボン旅行最終日。もうリスボン市内はだいたい見たので、今日は特に目的は決めずぷらぷら。月曜ということでお店も開いているので買い物もちょっとしたりして。お店は相当スペインのお店が進出していて、値段もほぼ同じ。でも、スペインにはなくてこっちにはある外国のブランド(高級なのじゃなくて)とかもあったりして、そういうのを覗いたりしながらぷらぷらぷらぷら。坂道はきついけど、小道がいっぱいのリスボン市内はぷらぷら散策するには楽しい町です。人もおだやかだし、言葉も、英語かスペイン語が通じるし、食べ物もうまいしっていうんで、前回の南ポルトガル旅行と同様いい印象をもって帰ってきました。日本からはあんまり旅行場所としてメジャーじゃないですけど、お勧めです。ポルトガル。
2004年03月22日
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今日は友達夫妻と別れて単独行動。今日はまずリスボン名物の路面電車、中でも、もっとも特徴的、車体が古いのとすっごい細いまがりくねった坂道を通る路線である28番線にのる。始発駅には案の定(?)観光客多し。しかし、これはよかった。本当にすっごい細い道、坂道を古い路面電車が車体をがたがた揺らせながら、止め方の悪い路駐の車をこすりながら、がんがん進んでいく。すごい印象的です。おもしろいです。リスボンにいったら何は見なくても、何はしなくても、これだけは是非体験してほしいという超お勧めスポットです。そのあとは、適当なお店に入って、ずっと食べたかった「いわしの塩焼き」を注文。当然というかなんというか、うまい。こういう普通のものが食べたかったんだよねえって感じ。あとは、しょうゆと大根おろしがあれば最高なんだけど。それから腹ごなしに今度はさっき路面電車で通りぬけた坂道を徒歩で。なるほど相当きついです。路面電車遅いし、たいした距離進まないけど、歩いてみるとなるほど便利なことがわかります。坂をのぼりきったところに城(跡)が。リスボン市内が見渡せていい眺めです。でも、お城はもう壁が少し残るばかりで建物的面白さは残念ながら残ってません。
2004年03月21日
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今日は偶然にもパリにいる友達(日本人)がリスボンに来ることがわかっていたので、再会をかねつつ、レンタカーしてリスボン郊外にいくという友達夫妻に便乗して、ヨーロッパ大陸最西端の町、ロカ岬にいってきました!ロカ岬はすごかった。すごいがけで、しかも、なんの柵もない。天気はよかったものの強風が吹きまくってて、ちょっと足滑らせたりしたら、すぐおっこちそうな勢い。これで雨降ってたら、完全に「火曜ワイドサスペンス」とかにでてきそうな風景。ロカ岬自体は別に何があるわけでもないのですが、ま、大陸の最西端にいってきたっていうその事実がなんだかうれしくって満足です。そのあとは、海沿いに南下してリスボンからちょっと離れた海辺のリゾート地に。品のある落ち着いた雰囲気のリゾート地でした。これはいい。カナリアより全然いい。今はまだ泳いだりできない時期なので、それほどお客はいなかったけど、でも、少しサイクリングなんか楽しんでる家族連れとかがいて、いい雰囲気でした。でも、リゾートマンションを建設しまくっていて、これもきっとドイツ人かイギリス人あたりに売り出されるであろうことを想像すると、夏のピークシーズンはカナリアばりに外国になっちゃうのかなあと思うとなんだかちょっともったいない気がした。それから海辺にある高級シーフードレストランでランチ。なのに、わたしは意気揚々と前菜に頼んだカキにあたったらしく、申し訳なきも食事の途中にトイレへ。。。でも、カキがいなくなったら俄然おなかすいてきて、メインの白身魚(さばににてた)の塩釜焼きなんてとっても美味しくてぺろっと食べられました。しかし、一体なにをやっているんだか。以後カキには気をつけたいと思います。その後はリスボン方面に戻り、世界遺産にも登録されているカテドラルと、バスコダガマの像などがあるべレンというエリアに。なるほど世界遺産ね。このカテドラルはでかくてなんだかすごかった。でも、でも、基本的にわたしはもうカテドラルにはおなか一杯なんで、友人夫妻ほどは感動してませんでした。ぶっちゃけ。ガマ像とか、発見の塔とか、べレンの塔とかは、まあ、よかったです。でも、これも感動は薄かったなあ。その歴史の事実と、これらのモニュメントとの関連性がよくわかんないっていうか実感として感じられないということもあり、まあ、はい、こんなもんですかね、ってかんかスタンプラリーでスタンプ押す喜びににたものを感じました。でも、それはさておき、このあたりに広がっている公園の雰囲気はとってもよかった。天気のいい休日に家族連れなんかがサッカーやってたり、犬と遊んでたり、すごいほのぼのしたいい雰囲気。隣の国だけどやっぱり相当違う。落ち着いてていいところです。ポルトガル。でも、それと表裏を一体にしてるっていうか、逆になんだか勢いのない国って感じも受けました。観光の中心地なのに、突然廃墟、廃屋?みたいなのがでかでかとあったり、なんかさびれていく町って感じが強かったです。夜は、ガイドブックにのってたアロスデマリスコス(シーフードリゾット)が超美味しいという下町エリアにあるお店に。確かに飾り気のない店って書いてあったけど、相当飾り気なかった。店間違えた?ってくらい。でも、多国語メニューを用意してたり、まあ、なんか有名な店感はあり。で、お味は・・・これは、ふむ、よかったです。美味しかった。でも、食事の途中、薬中っぽいやつが店にはいってこようとしているのをマスターがとめてたり(ドアにかぎかけた!)して、結構こわかった。リスボン治安比較的いいって聞いてたけど、エリアによってはよくないところもあるみたいで、やっぱり夜の外出はちょっと要注意です。
2004年03月20日
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今日はスペインは父の日で休日。(なぜだろう。。。)ということで、週末を含めてリスボンに行ってきました。ポルトガルには以前南のほうにいったことがあって、食べ物がすごくおいしかったのと、海が綺麗だったのと、人がやさしかったので、すごいいい印象を持っていて、スペインに来たときから早いうちにまたポルトガル遊びに行きたいなあと思っていたのです。それを漸く実行に移すことができました。今日は午後からリスボンにいったんだけど、基本的には食べてばっか。ポルトガルといえばシーフードにビニョベルデ(微発泡性の若い白ワイン)ということでシーフード、シーフード、シーフード。これがこのあと3日間続くんだけど。。。今日は、カキと、あさりと、白身魚のフライト、たこいりライスなんかを食べて、美味しかったっす。あ、あと、今日ランチにタクシーでいったら、帰りはタクシーが捕まえられなくて、目の前にあった電車に何気なく乗ってみたらただで終点までいけました。いけないことですが、ちょっと不思議な得した(?)体験なので、追記。
2004年03月19日
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新学期が始まりました。これが最後の学期です。ふ~っ。学期の始まりは混乱することが決まっているので、相当ナーバスになってました。また、あいつらと喧嘩しないといけないのかと思うと気が重くって。。。しかし、今回は珍しいことに、わたしに関しては特に間違いなくちゃんと希望通りのコース(文化)になってました。先学期ビジネスコースをとっていて、先学期クラスで一緒だった生徒の何人かには、一緒にビジネス2をとろうといわれたのですが・・・1)ビジネス2が開講される為にはそれなりの人数がまず集まらないとダメで、おそらく集まりそうにないことが容易に想像される2)ビジネス1はそれなりに有意義ではあったとはいえ、他のビジネスも経済も勉強したことない、あるいは、実務経験のない生徒と一緒に勉強するには限度があることを思い知っている3)下手にビジネス2をとりたいといって開講されない場合、勝手にツーリズム(相当くだらなさそうであり、わたしにとっては興味ない(この学校の科目としては)分野)にいれられかねないこともあり、丁重に断ったところ、ま、当然ではありますが、ちゃんと文化のコースになっていたわけです。文化とはいえ、基本はスペイン語でおまけのクラスが文化なわけですが。文法は、わりとよさそうなベテランの先生にあたりました。前回の先生があまりによかったので、ちょっと物足りないところがあることは否定できませんが。会話は、前回の文法の先生でとってもよい。ただしクラスの人数が多すぎてちょっと会話の回数が少ない。残りの文化は、経済といったのに、またも開講されず、映画に。ま、いいや。DVDみてりゃいいだけだから。という感じで一応無難な新学期のスタートを切りました。クラスメートの解説はまた今度。では。
2004年03月16日
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今日はマドリッドから車で1時間ほどのシグエンサという町にドライブにいってきました。いいだしっぺはわたし。マドリッドの日本人の友達を誘って、息抜きというか、足が欲しかったというか。(笑)マドリッドの友達にアルカラまで来てもらって(まだちょっとマドリッドに電車で行く気分がしないので)一路シグエンサへ。シグエンサは、一応カテドラルとマジョール広場が見所。(スペインの小さい村はほとんどみんなそんな感じ)ちょっと違うのはここにはパラドールという国営の素敵な宿があること。昔の司教かなにかの住まいだかお城だかを改造したパラドールで綺麗らしい。パラドールは小さい町のものでも、結構予約が難しいこともあり、今回はバルを利用しただけでしたが、なかなか綺麗でした。今回のメインイベントは、ランチ。それほど有名でもないけど、でも小さい町にしては有名らしいレストランで日本人6人でランチ。ここは子羊が有名らしく男性陣は子羊を。子羊であたった苦い経験のあるわたしを含めた女性陣は牛肉のステーキをメインに。前菜にはいろいろスペインっぽいものを頼んでみましたがどれも美味しかった。そしてメインのステーキは本当に美味しかった。ステーキがこんなに美味しいと思ったのはほとんど初めてに近い。そのあとはぷらぷら町を散策。といってもあまりみるところはないんですが。。。とにかく、ずっと家にいて、新聞とテレビをみて息がつまっていたところだったので、いい気分転換になりました。ちなみにこの後は結局マドリッドの友達の家に集合し、マーボー豆腐、マーボー春雨など日本の(?)懐かしい味を堪能し(自炊)、そのあとには、仲間の一人がもってきた八海山の一升瓶を4人ばかしでほとんど空にしたのでした。。。
2004年03月13日
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翌日になって被害の規模が明らかになってきました。死者192名、けが人1000人以上。なくなったひとの平均年齢は33歳だそうです。仕事に行く人と学校に行く比較的若い命が多く失われたと思うと本当にやりきれないです。今朝はマドリッドに住んでるドイツ人の友達からの電話で起きました。昨晩のうちに「大丈夫だよね?」ってメールを送っておいたので、安心させる為に電話をくれました。幸いにも彼の家族も友達も無事だったとのこと。これまで知人友人には事故に遭遇した人はいないと思っていたのですが今日別の友達の話によれば今通っている学校の先生のうちの一人のいとこがこの事件でなくなったそうです。その後は例によってテレビにかじりつき。朝からずっとニュースです。昨晩ちょっとだけニュースじゃなくて、視聴率ナンバーワンのドラマが放映されたけど、放映直前には白い画面に薄い黒い文字で、「ニュースも大事だけど、そうやって番組構成を変えて一日中テロのニュースをやってることは、テロリストを喜ばせることにもなりかねないので、ドラマをちょっと放映します」との注意書きが流された後、ドラマが始まりました。ただ、ドラマ放映中も画面の右上端には黒いリボンを真ん中につけたスペインの国旗がずっとついてました。新聞も数紙買ってみました。寮の友達が比較的中立から若干左のEl Paisを。わたしは同じく中立から左のABCと、経済紙のCincoDiasを。普段は保守派から若干右のEl Mundoを買うことが多いのですが、El Mundoの表紙の写真はちょっとグロテスクすぎて買えなかった。ほかにLa Razonという新聞もあるのですが、これなんかは裏返しにおいてあって、なんでかなあと手にとって表紙を見てみると、El Mundoよりもどぎつい写真がのっていて、思わずすぐ元にもどしてしまいました。こちらの新聞の写真は日本に比べてかなり過激な映像も写します。死体も、死人の顔も載せます。今回は傷を受けた人の血まみれの写真もあり、かなりショッキングな内容です。数紙みてみましたが、内容は同様で、写真も表紙に使うか使わないかの違いはあれどかなりグロテスクな写真をどの新聞も掲載してました。でもそれが実際に起こったことなのであって、現実を直視するしかないのかなと思いますが。今回の事件はあまりに近くで起こりすぎて驚いています。普段使う路線で、見慣れた風景の中に、見慣れないショッキングな光景が広がっている。マドリッドに行くには電車以外にバスもあるのですが、スペインの電車はイメージと違ってかなり時間に正確だし、安いし、電車も新しく快適なので、もっぱら電車派でした。その路線がこんなことになるとは。。。今日は各地でテロリズモに対抗するデモが行われました。昼の12時にはアルカラの大学の前でちょっとしたデモがありました。それ以外に政府主導で夜の7時から、マドリッドでは、コロン広場から電車の爆発事件があったアトーチャ駅まで、東京で言うならば銀座の中央通りみたいな通りを歩くデモが計画されました。今まさにテレビで放映されていますが、想像を超える人数が雨にもかかわらず集まり、7時開始のデモは1時間近くたつ今も歩けないでいます。ちなみにこのデモには、アスナル首相のほか、スペイン皇太子の姿も見られます。寮の子によれば、スペインの王室がこういったデモに参加するのは初めてのこととのこと。マドリッド以外の主要都市でもデモが行われています。ちなみにこのマドリッドのデモに参加する人のために、4時から公共の交通機関はただです。夜のニュースによれば、なんと11万人が参加したとか。国民の4分の一です。マドリッドの人口の3倍です。す、すごい。生活はテロの攻撃を受けた路線を含め少しずつ復旧しています。ダイヤは日曜並みで本来15分に一本ある電車が30分に一本程度の頻度で、走っているようです。アトーチャ駅は日本でいう東京駅にあたり、新幹線にあたるAVEの発着もある駅ですが、AVEも今朝から動いています。そんな中、今日の昼にはアトーチャ駅に爆弾を仕掛けたという脅迫電話があったり、若干混乱はあります。(結局なんでもなかったみたいです。)テレビや新聞を読み続けてるとかなり気持ちが落ち込みますが、でも、へこたれてちゃいけないな、と、友達からのメールなどを受け取るたびに思いなおすこのごろです。
2004年03月12日
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今日マドリッドで悲惨な爆弾テロ事件が起こりました。昨日は寮の子達と遅くまで起きていたので、今朝目覚ましで起きたときにはもう少し寝ちゃおうかなあとぼーっと考えているときに、安否確認の電話があり、事件のことを知りました。その後、居間におりていったら、家族から電話をもらって事件を知ったフラットメートが既にテレビをつけて、ニュースをずっと見てました。テレビはどのチャンネルもこの事件一辺倒。でも、どうやら爆弾は一つだけでないらしく、いろんなところからの中継映像が入ってきて、テレビにかじりついてました。わかったところによると、やられた電車は4つ。しかも各電車、爆弾一つだけというわけではなく、一つの電車で数個の車両で爆弾が爆発したりしたらしく、すさまじい映像がテレビで流れてました。この路線は、わたしが時々マドリッドに行くときに使ってる路線です。また、マドリッド郊外に住んでいて、マドリッドに働いている人が、通勤に使う重要な路線です。その路線で、朝の通勤時間に爆弾が爆発したということは、その被害はひどいものです。しかも、爆発のあった二つの電車はわたしの住んでるアルカラが始発で、アルカラでテロリストが乗り込んだ模様であるとのこと。知人の中には、毎朝アルカラ・マドリッド間を通勤している友達もいて、かなり心配しましたが、幸いにもわたしの知人は無事でした。寮のスペイン人たちはそれぞれ家族や友人と安全の確認をとり、落ち着いていますが、今日が誕生日のアメリカ人のフラットメートはショックでしばらく泣きじゃくってました。時々テロ事件の起こるスペインですが、こんなに大きい事件はなかったと、スペイン人も相当驚いてます。スペインは今週の日曜日に総選挙が予定されており、選挙前は事件がおこりやすいとはいってましたが、まさか実際に、しかも身近なところで起こるとは。。。学校は普段はあいてる門を施錠してました。大学や市役所は半旗を掲げてました。学校の先生たちの多くはなぜか事件について話をせず、ただただ深刻な悲しい顔をしてます。普段とは全く違う雰囲気に当惑しています。夕方になり、新聞の号外がでました。テレビもずっとニュースをやっています。死者の数は180人を超えたそうです。どうにもやりきれない気分です。
2004年03月11日
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じゃ~ん!!今日はサンセバスチャン旅行の第一目的の3星レストランArzakへ行く日です!わたしは普段めったにきないジャケットを着て、友達たちもみんなすっかり着飾ってレッツゴー!途中若干道に迷ったものの、時間通りにレストランに到着。ドキドキしながら入ったけど、店員はさすが3星レストラン(?)えらぶるでもなく丁寧に対応してくれる。メニューはいろいろあったけど、あまりよくわからないし、そんなにも食べれないので、プレフィックスメニューにすることに。メニューにない小さいつまみから始まっていろんなものがとにかくでてきます。前菜はフォアグラのマンゴ包み。マンゴのさわやかさと硬さと、中に入っているフォアグラの甘味がほどよくまじあってとっても美味しい。そのあとはポーチドエッグのお料理とかとにかくいろいろでてくる。シェフの友達は入念にメモと写真をとっているけど、こっちはもっぱら食うばかり。時々、この店の有名シェフと、その娘さん(これまた有名シェフ)がテーブルにでてきて、各テーブルの様子を伺う。お客さんの何組かは知り合いらしく、親しげに話をしていく。そういう人だけに対してかと思ったら、私たち普通の客にも声をかけてくれて、シェフの友達はなにかのきっかけにともってきた「柚子胡椒」をばっちり手渡すことができたのでした。その後も料理はたくさんでてきます。スペイン料理にしては量は少なめだったけど、でも、相当おなかいっぱいになり、悲しいかなメインのフォアグラ(とろけそうなほどにやわらかくてすっごく美味しかったのに)全部食べ切れなかった。。。お店の人にも「お口にあいませんでしたか?他のお肉料理もってきましょうか?」なんていわれちゃって。いや、美味しいんだけど、申し訳ないけど、ちょっと量が多くて食べきれない。本当にごめんなさい、ひらに謝る。本当にもったいないし申し訳ないと思う。そのあと、チーズが来て、デザート。散々おなか一杯っていったくせにこれらは食べた私。ゲンキン。ちなみにチーズの前だか後だかに、ダメ元で厨房見学を頼んだところ、快く受け入れてくれ、シェフの友達は大感激。調理場からなにから結構おくまで見せてくれて意外。さらに修行にきてる日本人シェフもいたりして、シェフの友達は本当に満足。わたしたちも厨房見せてもらうのは相当おもしろかったので、案内役のお姉さんの説明に耳を傾けつつ、厨房見学を堪能。今回ほどスペイン語はなせてよかったなあって思ったことなかったです。まだ完璧ではないとはいえ、それなりに話せるし、友達はぺらぺらだし、シェフ夫妻もだいたい話せる。全員がスペイン語話せる日本人の客も珍しかったと見え、心なしかむこうの対応もいいように見える。結局ランチは3時間にも及び大満足のまま帰路についたのでした。帰路は往路と違って天気は快晴で運転も快調。4時間半くらいでマドリッドにつきました。わたしはそこから電車でアルカラまで。本当スペインは地方色豊かで奥が深い。もっともっと国内旅行もしなくちゃ、と思った次第です。 (完)
2004年03月07日
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今朝は日本から出張に来ていた友達からの電話で起こされました。電話の後も友達はまだ寝ていたし、集合時間にはまだまだ時間があったので、久々のお風呂。寮には悲しいことにシャワーしかないので、久々にバスタブにお湯をためてゆっくりお湯に浸かれるのは相当幸せ。体も気持ちもすっきりした後、昼のサンセバスチャンの町へいざ。最初は、友達のお気に入りだった喫茶店みたいなところで朝ごはんと思っていたのに、残念ながらお店が閉まっていた。というわけで、急遽昼からピンチョスに計画変更。バスク地方はグルメで有名なところです。シーフードをはじめ、とにかく飯がうまい!と。サンセバスチャンはグルメで有名なところです。 基本はピンチョス(一切れのフランスパンの上に具がのっているものと、つまようじにつまみがささってるものとあり)。バルのカウンターにいろんな種類のピンチョスが山ほどのっていて、それを店にもよりますが、基本的には食べたいだけ勝手に食べる。で、自己申告制で何個食べたか伝えてお会計をしてもらうという、なかなかスペインでありえなさそうなシステム。やっぱりバスクだからなんでしょうか。これをつまみながら、チャッコリと呼ばれる現地名産の発泡性白ワインがまたいける。このワインそれ自体若干発泡してるみたいなんですが、さらに空気を含ませるために、注ぐときにもなるべくグラスから離れた高いところからワインを注ぎいれます。そのせいか、グラスもいわゆるワイングラスではなく、口の広いコップ。さらになんでかしらないけど、ガラスはとっても薄い。このほかに、シドラと呼ばれるりんごのお酒もあります。これは、日本やイギリスやフランスのシードルと違って甘くありません。つまみと一緒に飲むにはこの辛さがいい感じです。でもわたしはチャッコリのほうが好きなんだけど。で、昼から、いきなりチャッコリ&ピンチョスが始まりました。昨日大して食べてなかったこともあり、最初のお店からがつがつ食べちゃいました。美味しかったなあ。アーティチョークと酢漬けのかたくちいわしとバスク名産の青唐辛子(といってもほとんど辛くない)の酢漬けのピンチョスとか、マッシュルームの炒めたの(これはピンにはささってなくて別注文)とか、たこのピンチョスとか。いきなりここでピンチョス5個くらい食べたかな。すきっ腹にチャッコリだし。ま、とにかくいきなりご機嫌で町をふらふら。次は教会をちらっと見に行ったら、なんと教会の前に一見ごくごく普通のおじさんたちが集まって、指揮者までいて、歌っている。これがまた相当うまい。あんまりよくわかんなかったけど、どうもバスク語で歌ってたらしく、ところどころに地名がでてきたらしいところをみると、民族関連の歌らしい。多分、バルセロナの教会の前で日曜日におこなわれるサウダージというカタラン民族の踊りと同じような意味をもつものかと思うんだけど、とにかくおじさんたちうまくて感動。さらに、歌が終わったら、まるで何事もなかったかのように三々五々に帰っていく。普通なら寄付でも募ってもよさそうなものを。やっぱり主旨が違うんだろうな。この歌の後は、古樽をテーブルがわりに使ってる雰囲気のいい感じの別のバルに。今度はシドラを頼み、ちょっとつまみを頼む。さすがに前のお店でおなかは満たされていたので、もっぱらシドラを飲む。で、これからどうしようかねえ、なんて、近隣の町に行ってみるーとかなんとかだらだらしゃべってたら、地名を聞きつけた、現地のおじちゃんが、「ああ、それはねえ、ここから20kmくらいかな。ああやってこうやって・・・」と行き方を教えてくれる。で、そのままなんとはない話を続けていたところ、おっちゃんが「別のところでシドラもう一杯どう?」と。こういうパターンって地球の歩き方なんかにのってる一番危険なパターンかと思い、わたしは最初ちょっと警戒したんだけど、おじちゃん(っていうかおじいちゃん)すごいよさそうな人だし、さすがにこっちも4人だし、最悪どうにかなるだろう、と、おっちゃんを信じてついていってみることに。行先は、なんと、秘密美食倶楽部。こういうとちょっと豪勢なものを想像しちゃいますが、別に豪勢というわけではないです。ただ、会員になってる人だけが使える、調理場&食堂です。飲み物はチャッコリとシドラが、食材はちょっとしたものが冷蔵庫に入っています。当然持ち込みも可能で、飲んだり使ったりした分だけ、既に材料と値段が印刷されている紙に数量を記載して、この紙と一緒にお金を箱に払っていきます。これまた、すごい性善説にもとづいたシステム。かなり驚きました。この日はこのおじちゃんの友達が既に2人来てました。おじちゃんたちは持ち込んだチーズとサラミをつまみに、チャッコリをその場でワインクーラーで冷やしながら飲んでました。で、若者つれてきたってんで、なんだか仲間にいれてもらって、いやあ、あけるはあけるは。一体何本あけたかなあ。チャッコリ。なんだかこれもスペイン人らしくないんだけど、チャッコリはちょっとでもボトルがあいてくると、すぐに次のを冷やすべくワインクーラーに足していきます。要は今のボトルがあいたときに、すぐ次のが飲めるように。これを誰がやるでもなく気づいた人がやっている。おじさんたちにチャッコリってのはね、こうやって泡が立ってないとね、おいしくないんだよ、とか、シドラはね、作りたての最初の数週間は甘いんだ。それはそれで美味しいけど、それは別の飲み物。しばらく寝かせて甘みがなくなったのが本当のシドラだよ、みたいなことをいろいろ教わりながら、ああだこうだいろいろしゃべる。でも途中で、ふと、あ、このおじさんシドラ飲みたいって言ってたなあ、そもそも、わたしたちに声をかけたのも、珍しい(サンセバスチャンではアジア人ほとんど一人もみなかった)日本人の若者が4人でシドラを飲んでいたことが興味深かったらしいし、で、「おじさんシドラも飲みたいなあ」っていったら、「あ、シドラのンでもいいの?」なんておじさんすっかり控え目に、でも、とってもうれしそうにシドラもってきました。わざわざグラスは変えないものの、おじさんたちチャッコリを飲んだグラスはしっかりワインクーラーの水でゆすぐ。なんだかここもあんまりスペインっぽくないなあ。で、相当ふらふらになった感じで、おっちゃんが「次、行こう」って言うんで、ついてく。面白いところがあるよっていうんで、一体どんなところかと思ったら、なるほどシドラの注ぎ方が面白い。固定式の水鉄砲みたいなところから勢いよくシドラがでてきて、遠くに持ったグラスに勢いよく注いでくれる。町でも有名なお店らしく、店もなかなかにぎわっている。おじさん、ここのコロッケがお勧めっていうんで、もう相当おなかいっぱいだったけど、有難く頂く。うん。うまい。っていうかもう酔っ払っててあんまり覚えてないけど。ちなみにこのお店は後で見たらガイドブックにもしっかり乗ってました。Bar Aralar(住所C/ Puerto 10, Parte Vieja)おやじが宣伝しろってちょっとうるさかった。でもせっかくだから書いておこう。そのあともおっちゃんがもう一軒いこう、もう一軒行こうって、まさにはしご状態で、おっちゃんおすすめのお店にいったんだけど、既に時間は4時近く。おじさんの行きたかったお店は全て閉店間近、もしくは、閉店。おじさんも相当酔っ払ってたし、わたしたち(とくにわたし・・・)も酔っ払ってたしってことで、おじさんに丁寧にお礼をいってさよならしました。その後は、サンセバスチャンの一番の見所のひとつである二つの丘の一つに車で行く。サンセバスチャンの一番の見所は海。帆立貝の形をしたビーチがとても綺麗なんだけど、で、ビーチを囲むように二つの丘があります。海に面して左の丘はケーブルカーで登ることができ、右の丘の上には、キリストの像がたっています。(大船観音みたいな感じ)こっちは徒歩でしか上れません。で、車で左の丘につれてってもらう。この間、たいした時間ではないとはいえ、のみすけ爆睡。揺り動かされるまでまるで動かず。。。その丘の上からの景色は・・・確かにすばらしい景色でした。丘の上からみると、その帆立貝の形がくっきりみえて。ああ、綺麗。酔っ払いに丘の上の風が心地よい。景色を堪能後は、夜の徘徊に備えて一度ホテルに戻り、就寝。これまた爆睡。約束の時間近く、友達に起こされてもぐずるのみすけ。嗚呼。夜は、さっきのおじさんが連れて行きたがっていたお店を中心にはしご。最初に入ったお店は、Bar La Cepa(住所 C/ 31 de Agosto 7, Parte Vieja)これもあとでみたらガイドブックにしっかりのってました。ここはハムが有名らしいのですが、われわれはハム以外のつまみを頼みました。美味しかったし、ウェイターのおじさんの対応もすごくよくて、お店のディスプレイとかかざりも趣があって、おすすめのお店です。そのあとは、おじさんが薦めたお店で、座って食事。んー、ここは、メニュー次第。メニューによって美味しいのと、そうでないのとありましたが、スープはとってもおいしかった。サンセバスチャン結構寒いので、冷えた体にスープがとっても美味しかったです。その後はビーチ沿いに歩いて、ビーチに面したバルで一杯飲んで、ご機嫌で歩いてホテルに帰ったのでした。いやあ、満喫したなあ。すっごいよかった。おじさんの秘密倶楽部にもつれってもらえたし、ピンチョスもおいしかったし、海は綺麗だし。で、大満足で、寝ようかとベッドに入った後、ふとしたことから、友達とのおしゃべりが盛り上がりまくる。まるで修学旅行状態。おしゃべりはますます熱をおびるばかりで、結局寝たのは5時近くでした。。。ったく。(笑)
2004年03月06日
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今週マドリッドの日本食やに友達と行った時、偶然友達の友達と会いました。友達の友達は、日本人夫婦です。年齢はほぼ私たちと一緒。奥さんがちょっと(いや、結構か(泣))若いけど。で、この旦那さんのほうはコックさんで、この夫妻はグルメには金を惜しみません。で、わたしの友達は以前サンセバスチャンに住んでいて、日本に帰る前にサンセバスチャンに行きたい&サンセバスチャンにある有名な3星レストランに行きたいと前々から思っていました。で、意気投合したわれわれは「じゃあ、今週末行こうよ!」って話になり、そうはいってもレストランの予約がとれるかどうかわからないので、予約を夫妻に託し、予約がもしできたら行っちゃおう!ということになっていたのです。このレストラン、その名はArzakといい、超有名なレストラン(らしい)です。実際夏は、週末の予約は1ヶ月待ちが当たり前というほど。そんなレストランですが、今回なんと幸いにも日曜日のランチの予約ができました。スペインではランチのほうが夕食より重要なくらいですから、これは全く望むところ。というわけで、予約もとれたし、行くべし!となったわけです。サンセバスチャンはスペイン北部フランス国境にほど近い海沿いの町です。この地方はバスク地方と呼ばれ、いわゆるスペインの他の地方とは言葉も文化も相当違います。バスク人は相当古い昔からこの地域にいた民族らしのですが、その起源や言葉の起源もわかっていません。ただフランコ時代の言語統制もあり、今は日常生活ではいわゆるスペイン語が使われていますが、20%程度の人はバスク語も話せるらしいです。店の名前などにはバスク語がちらほら見られ、また、道路標識などは両方表記されています。ここサンセバスチャンはマドリッドから500km。そこを車で週末旅行しようというのですから、やっぱり金曜日の夜に出発したことがよかろうということで、金曜夜出発。マドリッドはイベリア半島内陸部にあり、その途中スキーもできるような山脈も越えないと行けません。実際、車にのっていても、耳がつーんとしたりして、かなりの高低差があることが感じられます。幸いにして、今週末は暖かく雪にはなりませんでしたが、途中雨も降り出し、かなりおっかな緊張感あるドライブでしたが、わたしのもっていった日本のポップスCD(サザンとか、もう王道って感じのところの音楽)も聞いて、5時間近いドライブどうにかのりきりました。到着したサンセバスチャンは要所要所がライトアップ(ヨーロッパによくあるオレンジのライト。すごい綺麗)されていて、相当綺麗でした。建物もすごく綺麗。スペインっていうよりパリっぽいというか、色使いも落ち着いていてエレガント。やっぱりここはバスクなんだなあ、内陸部とは違うんだなあって感じました。友達がサンセバスチャンの夜は長いですよっていうんで、信じて夜の町に徒歩で繰り出しました。小雨が降りそぼる中ビーチ沿いを歩きながら。なのに、なのに・・・さすがに夜中の2時にはもう食事を提供するバルはあいてなく、あいてるのは混みまくりのディスコのみ。あれじゃあ、ビール買うにも一体いつ順番がまわってくるやらって感じ。。。おなかがすいて、明らかに不機嫌な私をみて、友達もあせっている。ああ、でもなんでやさしい言葉のひとつかけてやれなかったかなあ、のみすけ!ごめんね。でも結局ファーストフードみたいなもんですが、夜中にもあいてるお店をみつけ、そこでわたしはホットドッグを購入。シェフの友達がどっかしらからビールも仕入れてきてくれて。ああ~、ホットドッグがこんなに美味しいと思ったの、初めてかもしれない。(涙)本当はバスク地方名物のピンチョスを楽しみにしていたのに、人間ゲンキンです。おなかがみたされればこの際なんでもいいってことで、とりあえず満足。そうこうしてるうちに時間は3時。クラブも閉まり始めたららしく、町にいても仕方ないのでタクシーでホテルに戻りました。そもそも初日なんてたどり着くだけでよかったわけで、ホテルではすぐ深い眠りについたのでした。
2004年03月05日
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