全24件 (24件中 1-24件目)
1
これは人により様々な判断があろうが、今映画館で映画上映の前に流れるCMでおもしろいのがある。普通の学生みたいな女の子がコーラの自動販売機に近づく。コインを入れてコーラを買う。そして、それをうしろのバックに入れようとしているところに、もうひとりの同じような女の子が来る。このふたりの違いはあとから来た彼女がタバコをくわえていることだ。今度も同じようにコインを入れてコーラを求めるのだが、出てこないのである。どうかしたのか覗き込む。しかし何も落ちない。仕方なしにそこを立ち去ろうとすると、最初の女性が自分のコーラを差し出す。「いいから、持ってって。。」とでも言わんばかりのしぐさ。そして立ち去る。もらったほうの彼女はなんだかわけがわからないという風にたたずむ。そこで、画面が変わり、“タバコを吸う人はあなたより長くは生きる事が出来ません。優しくいたわりましょう。“という文字が出るのである。いかがであろうか。ちょっときつかったかもしれないが、久しぶりに愉快だった。30年以上昔のテレビのCMには、なるほどとうなさせるほどいい出来のが多かったらしい。しかし今回のは、スモーカーを煙にまいたような出来である。というところで、私も煙をまいて火曜日まで(メーデーは休み)さいなら、さいなら、さいなら。。。
2006年04月28日
コメント(2)
今週の書き込みがちょっと堅くなっていたので、ついでに付け加えて閉じることにしよう。留学や海外滞在にあこがれている人の気持ちをつぶしてしまうかもしれないので、夢のままいたい人は読まないこと。日本は海に囲まれているので、外国というと海外になる。あたりまえだが、これが良く判っていない場合がある。つまり海に四方を守られているのである。そしておまけに温暖な気候である。経済的にも上位である。まだ鍵をかけないで、家を留守に出来るところがある。等等。海外はもっと風あたりがきつい。人種の違いが一杯あって言葉も違う。歴史も、文化も。。。生活は決して容易くない。お金が一杯あれば、何でも出来る世の中であるが、そうは行かないこともあるし、楽しくないこともある。まず、日本で独立していない人は容易く留学など考えないほうがいい。しかしどうしても日本を出たい人は、帰るところがない人にとっては論ずるところではない。親のお金で少しだけ遊ぶのはいいかもしれない、だが、そのあとのことを言っているのである。もちろん留学するには、金銭的な証明を求められるので、一銭なしには不可能である。では普通に滞在するには、仕事というか収入が必要である。日本より比較的安く生活出来るところが多いようだから、貯金をはたけばなんとかなるだろう。皿洗いをするなんて想像もしないほうがいい。しかし、そのあとである。精神的にひとりでやっていけない人には無理である。家族で駐在している邦人もいるが、まわりに溶け込む前に、自己の確立が肝要なのである。でないと精神病になる恐れもある。ということで、文句のある人はコメントしてください。昔、日本の友人にフランスでの生活の日常の出来事をちょっと書いただけで彼女にはショックだったようで、以後何の音沙汰もないのです。私は平気で毎日を送っているのですが、私が些細な事だと思うことでも温室育ちのお嬢さんにはきつかったようです。だから、あえて以上のような事を書くのです。昔は海外に出る時は家族と水盃を交わしました。今はあまりにも手軽に旅行出来るので何も考えないで行動する人がたくさんいます。もっと気を引き締めてくださいね。ブリュッセルの藤の花はまだです。でも八重桜がきれいになってます。そしてマロニエと少しずつ5月。。。
2006年04月28日
コメント(4)
かんずりたくなる味のかんずりをご存知だろうか。柚子の味がする。薬味としては最高の類に入るのではないだろうか。新潟のものというが、あそこのおいしい地酒でやると良いのではないだろうか。美味しいお米をふっくら炊いて、少しのせても、野菜のさっと湯通ししたものにつけてもいい。ブラッド・オレンジのフレーバーアイスといい、レモン丸ごとのアイスといい、どうやら私はかんきつ類が好きのようである。果物は日本の柿が大好きである。こちらではブルーベリーである。250グラムであろうが、500グラムであろうが親子して大好きなのである。ただ、色が見事につくので注意がいる。
2006年04月27日
コメント(8)
日曜日の朝市に、ときたま珍しいジャムを売りに来るおばさんがいる。彼女はベルギー人で、普段はどっかの事務所に勤めているようである。彼女のジャムは少々高めであるが、変わった組み合わせのがあるので、いつも同じジャムに厭きた私は一応顧客となっている。ところが、彼女は毎週とか毎月とか決まっては絶対にやって来ない。気のむくままである。空の入れ物を返すといくらか引いてくれるのだが、彼女のほうから空き瓶は持ってきてくれと言うから、来るであろう日に重いのだが持参するといないのである。携帯電話の番号を教えてくれたが、いちいちかけていられない。さらに、極め付きが4月の復活祭の日曜日であった。3月最初に一度ふらっと現れたので、予定表が一応プリントしてあるのをくれるように言ったら、「まだ、プリントしていない。」「でも、復活祭の時は必ず来る。」と前を通りかかる人に何度も何度も言っていた。そして、その月の最週の日もやってきて、まるで念を押すように「復活祭。。。」と言うのである。これが嘘であった。みごと私はだまされた。しかし、自分がばかでつい笑ってしまった。私だけではあるまい。他にもしげしげと空き壜を持って来る人もいよう。彼らはもっと気短であろう。私は彼女は来ることはあるまい、しかし来たら今度はどのジャムを買おうか、なんていう気で出かけたのであった。この世に必ずという事は無い。絶対に絶対はない。確かな事が無いという事は確かだ。なんとでも言えるが、こういうものである。復活祭もすぎて、次の連休が近づいているが、彼女は来るのだろうか。もし日曜日に来なくても、9月に開催される秋のジャムと蜂蜜市と12月のクリスマス・マーケットには欠かさず姿を見せるので、その時に出かけるからいいのだ。でも、来ないなら、どうしてわからないと言っておかないのだろう。信じて来る人に対して礼を欠くし、顧客を失くしていくだろう。まあ、どうでもいいのだろう。一見さんだけでいいのだろう。いいかげんな話である。とまれ、ここのかんきつ類のジャムが美味しいのである。赤ピーマンのジェリーも少しぴりっとして美味しい。
2006年04月27日
コメント(2)
春のなずなではないが、噂に聞くニンニクの花なるものを生まれて初めて口にするというチャンスに恵まれた。葉っぱも食べたが、やはり辛かった。しかし、昔近所の何でもかんでも食べて味見をしていた頃の、あのなつかしい草の味がよみがえった。これはさっと茹でてサラダ風がよさそう。タンポポとイラクサも入手出来たのだが、オムレツとスープにそれぞれ使おう。毎週野菜ポタージュをつくるが、それにイラクサを入れてみよう。フランスの南では、野生のアスパラをつんで食べたことがある。生でなくて、ゆがいてからである。たいして食べるところは少ないのに、しっかりとアスパラだった。ほんの少しでも野生のものは効くのである。ほどほどに、である。
2006年04月26日
コメント(4)
毎朝すっきりと目覚められることが一番の幸せである。またこの日から始まるのである。平等にある24時間を使い果たしたら、また次の24時間が始まるのである。一日をしかっりと生きることが大切である。もう一度登場してもらうが、"Today is the first day of the rest of your life."今日というこの日を無駄にしないことである。休憩(ポーズ)時に日本のプリッツを食べた。これはグリコーゲンから社名をとったところのメーカーさんのものである。ブリュッセルの中華食材店で手に入るプリッツは日本のライセンスを持った中国、上海で作られるものである。この名前が良いので紹介しておく。「百力滋」:プリッツ(製品名)「格力高」:グリコ(社名)更に、コカコーラは「可口可楽」ロッテは「楽天」(コアラの形のビスケットも中国で製造されて販売されている、その中のコアラはお箸を持っているのもある)他にもたくさんの中国語訳があるが、非常におもしろい。今日を無駄にしないように心かけよう。
2006年04月26日
コメント(2)
昨日の日記には、ちとハードな内容だったようで、ここで少し継ぎ足しておく。30年前にボルドーについた私は、「ここは中世だ。」と感じた。ボルドーもブリュッセルも同じようなものだ。日本では物事の変化のスピードが非常に早い。しかしここヨーロッパでは非常にゆっくりと流れる。中国語の教師が語っていたが、中国の変化は一瞬にして起こるという。一度政府がここにダムを作るというと、本当にそれからいにしえの山村が水で満たされるまでにそんなにかからないという。そして誰も反抗する者もない。と彼女は言った。(本当なのか?)日本ではどうだろうか。似たようなものである。公の力が強いのである。ヨーロッパはアメリカと同じ合衆国のようなものである。違う民族、意見が集まっただけである。そこでは日本では想像もつかないほど、皆が皆違うのだ。教育レベルも違う。先進国では教育を受ける権利を皆が持っていて、それを使っている。しかし、そうでないところでは、教育は権利であって、実際に使われていないのである。字が読めない、書けない人たちが多いのである。ましてや敬語などあっても使わない、使えないのである。そして、心のこもった対応などそういう人たちに求めるほうがおかしいのである。国としては雑多の人種をまとめなければならない。邪険にすると人権問題になる。アフリカから命をかけてどれだけの人が毎日ヨーロッパにやってくるかご存知だろうか。以前にアジアのボートピープルにマスコミのライトが照らされたが、そのアフリカ版である。かといって、ソフィスティケートされた人たちばかりとつきあっていると肩がこってしまう。遠慮なくずけずけと物を言うヨーロッパの住民といるほうが、気が楽と言えば楽である。バスや地下鉄には様々な人種や階層の人が乗っている。インテリだって、ホームレスだって大人も子供も乗っている。世界の縮図のようなものだ。人間はまず、生活の保証が必要である。衣食住がかなってから、言葉使いなどの躾である。日本人のように恵まれた国の物質的に恵まれていない人たちよりも、こちらの普通の人たちは恵まれていない気がする。しかし彼らは何とか生きている。その生きることへの欲はひとしおである。テロが盛んなエジプトでも皆がしたたかに生きている。ヨーロッパなどで生きるのは結構厳しい。しかしその厳しさの中に楽しみを見出す喜びがある。ここでは決して温室状態はない。誰も守ってはくれない。自分の身は自分で守るのである。つまり、自分が自分の主となるのである。朝に乗ったバスの運転手の態度がひどかったら、その日1日は辛い。しかしその辛さを楽しみに変える楽しみは格別である。辛ければつらいほど、それを克服する楽しみも大きいからである。今のヨーロッパに刺激を求めて来ても、中世の世の中に迷いこんだようで、ピンと来ないかもしれない。しかし時と共にそれは確実に刺激になる。逆にこちらから日本に行っても別世界に迷い込むというスリルがあって楽しいという。さて、問題のテレビは月曜日に帰宅してつけるとうまくついたのである。何が原因なのかわからない。しかしこういうことはよくある。日常茶飯事である。まわりとのつきあいに疲れるのである。だから夜はソルトアロマバスに入り、コダリーで買った葡萄の種のオイルでマッサージしてから、アロマポットでお気に入りの精油をかいで寝る。そして翌朝は知らん顔して目覚めて新しい1日がまた始まるのである。
2006年04月25日
コメント(6)
誰かと生活を共にするというのは、容易なことではない。先日訪ねた友達のダニエラには、現在7年も続いた彼氏がいる。どちらも結婚はしていない。お互いがお互いの生活を尊重していて、気を使っている。親しき中にも礼儀あり、とは良く言うものである。結婚していても、家族でも、ふたりの人間がつきあうのはなかなかむずかしいことである。一緒に同じ場所に生活することと、つきあうこととは違う。私は自分とうまくつきあっているのだろうか。とふと思った。あと続きます。少し長くなりますけれど、よかったら読んでくださいね。
2006年04月25日
コメント(0)
毎度のことながら、消費者は王でもなんでもない国柄というか、今回有線会社に電話したら、「線がどこかはずれてるに違いないのだ、作業員が出張してそちらのせいだったら(もちろんと言わんばかりに)48ユーロ請求するぞよ。」とはあまりにも情けないではないか。これがヨーロッパの首都と(一応)言われているベルギーの首都かいな。電話会社にしても、有線テレビにしても、郵便局であっても、100%政府の回し者でもないのに、とにかく愛想が悪い。バスの運転手はもっと怖い。行き先を聞いただけなのに、もう二度と乗りたくなくなるほどである。ここ2~3日話題になっているのが、16歳の男子が中央駅のホールでMP3(I-podみたいなの)を奪われて、抵抗したのでぶっすとさされ死亡したという事件である。バスやメトロの運転手もよく暴力されてストするが、だからと言って皆を疑ってかかっていては堪らない。郵便配達の人が自殺したのもある。ところが、電話局や有線テレビの人への暴力というのは聞いたことがない。何が不満なのか、実に不機嫌な人たちだ。有線にいたっては、むこうがヒステリーを起こし、どうにもならなかったので電話を切ったことがある。日本の心の無いマニュアルとおりの声も不気味ではあるが。。。
2006年04月24日
コメント(6)
休み明けの週が終わってリズムが戻りかけた日曜日の夜、いつものようにテレビをつけた。ところが、何の画像もでない。有線放送なので、接続がないのである。何かのせいで接続が途絶えたのである。良く写らなかったことは何度もあるが、全然写らないのは初めてである。ちゃんと費用は払っているのにである。月曜日に電話するしかないのである。急にテレビがなくなると、タルトを焼いたり、中国語の勉強をしたり、何度も見たDVDをもう一度見たりする。そして、このブログの原稿をつくるのである。一番先に咲いた桜の花が散って緑の葉が目立つようになった。他のも花びらが下に散って淡いピンクの絨毯が敷かれて美しい。ここで日本の桜と呼ばれている八重桜は、まだである。とかくこの時期にはさまざまな花が開き散歩が楽しくなる。しかし白樺も咲き始め、アレルギーの場合は気をつけなければならない時になる。そして、来月には新緑(深緑)の季節となる。冬の色から連翹やミモザ、箒草、山吹、水仙、タンポポの黄色の花を経て、ピンクの花が春を告げる。そして、赤い色や青い色の花のオンパレード、深緑の季節となっていく。自然はきっかりめぐっている。一刻も休まずに、動き続けているのである。ゴールデンウィークには、こちらでは5月1日が月曜なので日曜日と月曜日の連休だけだが、あと25日がある。いつもこの25日の祝日は木曜日と決まっているので、私は金曜日に梯子をかけて土曜日と日曜日の4連休にするのである。この頃には、私の1年の疲れというか、春の疲れが出てくるものなので、ゆっくりと休養することにしている。以前によくこの休日に食中りを起こしている。それも私だけが具合が悪くなるというもので、現在ではおとなしくしている。食神に憑かれるというのは、楽しい事ばかりではない。が、何を食べてもすぐに反応するので、つまり愛想がいいので(食)神様に好かれるのであろう。5月5日の節句には、粽に菖蒲の風呂である。と言ってもこちらではパス。
2006年04月24日
コメント(4)
今回世話になったのは30年来の友、というか姉のようなダニエラのところである。途中は彼女のお友達の海の方の家であった。ボルドーのダニエラの家の庭には、無花果の樹があって、まだだがあれでジャムをするか、鴨と食べればおいしい。更にカメリアが見事に咲いていたが、これが牡丹のようなカメリアだった。また、テラスにはレモンや金柑の樹もあった。八重山吹、藤の花、桜、水仙、チューリップとにぎやかに咲いていた。ミモザは海のほうで見た。ミモザはミモザアカシアというらしく、「アカシアの雨にうたれて…」のアカシアの樹と同じような葉っぱである。食べ物の話で恐縮だが、海の家でえびの塩焼きにレモンをかけたのや、新鮮なヒラメや牡蛎をご馳走になったのである。また、水が湧くらしく近所まで汲みに行った水でお茶とコーヒーを飲んだ。市場で地元の乾燥プルーンも買って食べた。ホワイトアスパラガスやフランスの苺も食べた。そして、最後の昼食は近くの中華のバイキングでとった。今回利用したのは、TGV:超特急電車である。距離が相当あるので結構しんどかった。列車が圧力かかっているせいか、長く乗っていると疲れる。といってもパリから南仏行きに比べたらまだましである。マルセイユ行きのは非常に車内がコンパクトで窮屈である。まあストや学生による阻止は無く、空いた帰りの電車では存分に寝た。おみやげはもちろんワインであったが、それとフォアグラや合わせるジャムをと思ったが結局荷物の関係で無理だった。ベルギーでも買えないことはないからいい。それよりももっと素敵な想い出を持って帰った。そしてベルギーに入って、いやでももとにもどる。傘をしてても防ぎようが無い雨。霧のような緑豆のような春雨。でも桜は咲いている。今から次々に開いていく。と言っても、アーモンドの木や西洋スモモ、梨の木に姫りんごとよく似たのが一斉に咲くので、どれが桜なのかわかりにくい。ようやくここでも八重山吹が開きかけた。最終日に窓拭きには最高の天気をむかえた。どんよりした空である。他の掃除は出来なかった。荷物で一杯の家中である。捨てていくしかない。もったいない。でもいつか役に立つと言いつつ、いいかげんにしなくてはならない。*リクエストのあった方に写真数枚送りました。なんとか無事ついてるようです。私が写ってるのです。遠めですけれど、確かに私です。サングラスをかけてないのは写りが良くないのでパスです。もっと春らしいながめがあるのかと期待された方は残念でした。でも、あと海を臨むものとぶどう畑、そして幸子さんのも送りますね。*こういうことをするのは、初めてなので結果的にうまく全部送れて見れないようでした。今から繕います。他の方も、ご希望ならお送りいたしますよ。まあ、来週になりますけれど、よろしく。Bon weekend!
2006年04月21日
コメント(6)
さて、葡萄畑から離れて大西洋に出てみよう。 と言っても最初はガロンヌ河の河口(例のヌーディスト海岸の近く)にある灯台が見 たかった私は、今回はもうひとつのアーカッションのほうの灯台を訪れた。先の灯台 は絵葉書でがまんすることにして、次回は是非行く。 アーカッションは入り江というか浦であり、牡蛎の養殖がさかんであり、パリからも 観光客がたくさんやってくる。外海に比べて波が少ないので安心して泳げる。今度私 が三日過ごしたのもこの浦である。海岸に出ると松の木が見事な容姿で立っている。 まだ観光時期には遠いので人はまばらだが、これが夏だと浜は一杯になるという。今 は漁師が船を出したりしているのが見れて平和である。 そうなのだ、ボルドーと大西洋の間にはランドと呼ばれる松林がある。その昔(ナポ レオンの時代)に一帯の湿地帯に植林が始められ現在に至るのである。ドライブする と松の香りがする。このアロマは健康にもいいらしい。今では年々増える家々で一杯 である。 あと続く。。。
2006年04月21日
コメント(4)
ついでと言えば、ついでだが、葡萄の恩恵はワインだけではない。実はあの搾った後のかすと種がこれまた美容健康に良いのである。ボルドーのちょっと郊外のとある葡萄畑に出かけた。これはワインのためではなく、化粧品で名の通ったコダリーというメーカーの経営するホテルとレストラン、並びに美容健康サロンの視察である。コダリーというのは、ワインを飲んだあと口に残る酒度とでも言おうか、その単位のことである。このセンターは広々とした葡萄畑の中に突如飛び出したような、まるで中世の建物のようである。とにかくきれいに整った、素晴らしいところである。私たちは車を止めてうろうろしてみた。この日は天気が良く風も心地良かった。お金が一杯あったら、ここで1週間ほど滞在してゆったりする。そんな私も受け付けのスタンドでボディーオイルを買ってしまった。試供のオイルがあまりにも香り高いので、勧められるままに支払ってしまった。レストランには、地元のおいしいものがぎっしり載っていた。見ているだけでうずうずしてしまう。お金を貯めて来よう。このシリーズは明日で終わります。
2006年04月20日
コメント(2)
口に入れるほうはちょっと横において、ボルドーならではのワインのことをちょっと。。。こちらは鼻で感ずるほうである。もちろん味も大切なのだが、香りが官能をくすぐるのである。私は「のんべえ」ではない。ワインのアロマが好いのだ。先日テレビのニュースでフランス、まさにボルドーでは今度から木のくず(おがくずみたいなの)をワインを作る時に正式に使ってもよいという許可がおりたというのである。これによって、安く木のアロマ(木についた様々なアロマ)がつけられてただでさえの経済難を幾分しのぐことが出来るというのである。でなければ、上質の木の樽が必要であり、時間もかかるので非常に不経済である。まっ、それはさておき、今回私が出かけたのは、メドックである。初めてではないが、ポイアックの街を訪れたのは初めてだった。ここは港町である。ここから昔ワインだけでなく数々の商品が長い旅から開放されたのである。この地方の羊(特に子羊)は有名である。=おいしいのである。そもそもメドックというのは、水の真ん中という意味である。中学か高校の時の地図帳を開いてもらえばわかるが、ボルドーと大西洋をつなぐガロンヌ河の真ん中あたりにある。あえて載せないが、有名なポイヤックのワインのシャトーはたくさんこの河岸に並んでいる。楽天さんのサイトでも買えるが、このボルドーのワインはブルゴーニュ産と違い旅行に耐えることが出来る。つまりそれが故に世界中の人に飲まれているのである。ここのブドウ畑は非常になだらかな丘のようなところに広がっており、見渡すかぎりがその畑である。今は土を人々が整えている最中である。そして最高のワインが出来るように心を込めて枝の手入れをしている姿が見られる。葡萄畑はガロンヌ河が眺められるところでなくてはいけないらしい。そう聞くと、確かに近くの一番有名なそして高価なシャトーも、そうでないシャトーも皆ガロンヌ河が望める。ついでにマルゴーのほうもちょっこと行ってきた。ここは滅多に中にはいれないが、周りをうろうろ車で作業場みたいなところまでタイヤを進ませてもらった。作業をしている人たちは、そんな我々にお構いなくせっせと動いていた。写真は数枚とったのだが、アナログであり、ネットで載せるテクニックを知らないのでもしご希望なら添付ファイルかなんかにして送付可能なので遠慮なくどうぞ。
2006年04月20日
コメント(4)
帽子のあとは、パッサ-ジを出て、ガンベッタ広場のカフェーでどちらかというとアメリカン・コーヒー数杯、そしてグラッパでなんとか胃の消化を促進させた。この日は翌朝になってやっと何か食べたくなったというところであった。この世に何百万という子供たちが、飢えで毎日死亡しているというのに、私は脂肪しているという実におそまつ…であった。あぁ、食い意地がはっているというか、いつも食べ物でつられる私である。四柱推命では食神がついているということであるが、これは一生食うに困らないということなのだとポジ解釈している。一度アラビアのコーヒーと言うのに釣られて、まるで人参をぶらさげられたロバのように誘われるままになりかけたことがある。誘ったほうがあまりに簡単に引っ掛かったので、びっくりしていた。これは実に昔のことだが、今もよく似たようなもの。ところが、そのコーヒーが無いとわかるとすぐに踵をかえしたのである。もし本格的ヒマラヤの極上の青茶を飲ませてやるよ、と言って乙女を誘ったなら、先にちゃんと飲ませてやってくれ、さもなければ、もっとましな言葉でつることである。またおいしいケーキでも私を釣ることが出来る。ましてや、新鮮なお造りとか、鴨つくしとかおいしいレストランとか、であって結局この「おいしい」ということばでどこへでも行くのである。しかし嘘ならすぐに引き返す。これは本能みたいである。
2006年04月19日
コメント(0)
休み前のお花情報であるが、ボルドーについてなんとミモザがあちこちで目に付い た。 あの黄色い花が一杯咲いていて、海岸に近づくほど多くの樹が目だった。 南仏だけではなかったのだ。そして、連翹も一生懸命に咲いていた。桜は盛りきりで あった。やはり暖かいのだ。当日は太陽がまぶしく、少し暑いぐらいであった。しか し往来の人は皆コートをかついでいた。やはり寒かったのだ。 初日の夜に幸子さんに会って、おしゃべりに徹した。夕方からお茶を飲んではぺちゃ ぺちゃと、ちょっと買い物してはぺちゃらぺちゃら、またカフェーに入ってはぺちょ ぺちょととにかくチャットしたのである。そのうち紅茶からカフェーにグラッパに、 お昼に食べ過ぎた私は(電車の中で御弁当のおにぎりを食べていたのだが、更につい てからまた遅めの昼食を迎えに来てくれたお友達のダニエラと食べたので、しんどい くらい食べたのである)お茶が精一杯。幸い幸子さんも本当にお腹は空いていないと いうことで、おしゃべりをつまみにお茶をがぶがぶ飲んだのである。 ボルドーの街の中心にある、ちょっとパリのパッサ-ジみたいなところに素敵な ティーラウンジがある。世界中のおいしいお茶が飲めて、買うことも出来、おいしい ケーキもおいてある。入り口のウィンドーにあって、「食べてねぇ」と誘っているよ うである。 私はケニアの紅茶で元気をつけ、幸子さんは白茶の初体験をした。 ここは私が前に来た時に見つけたところであるが、今回もちゃんと待っていてくれ た。 ボルドーに住んでいる人をボルドーに案内したのである。更に、その店を出て二軒隣 にあった、というか前に出してあったある帽子に釘つけになってしまって、吸い付け られるようにその小さな帽子店に見入った。帽子は顔が丸いので被らない。はずだっ たのであるが、その帽子はそこで、私と幸子さんを行儀良く待っていてくれたのであ る。試しに被っていると、中の客が私を覗き込んでニコニコしている。中から覗き込 まれるのである。ちょっと気持ち悪いので、後ろを見たり、周りを見たが、どうやら 私を見ているのであった。なんと帽子と私が合体しているようで、つまりぴったっと 似合っていると言いたいようであった。ご要望に応えてというでもなく、私は被った まま中に入った。オーナーは自分の母親がこれを作ったのだと言い、ついている値段 でなく、もっと安い価格だよとも教えてくれた。といって売りつけてやるという根性 さらさら無く、他の帽子も被ってみたが、ぴたりと来るものは無かった。 つまるところ、それを被ってその店をあとにすることになったのである。その間幸子 さんは中が人で混んでいるので、ずっと外で待っててくれたのである。 どんな形であるとかは写真でもなければわかるまい。ご想像にまかせよう。とにかく 確かに似合っているのである。ボルドーではずっと着用していた。帰りの時も自宅に 着くまで被っていた。
2006年04月19日
コメント(2)
今までのように投稿出来ない。いやらしいやっちゃ~~である。せっかくお花情報をと思ったのに。。。またね。
2006年04月18日
コメント(8)
…と書き出したのだが、新しいエディタとかが出て、何度トライしても投稿出来ない。この忙しい時になんてことだ、である。何が原因なのかわからない。表示されているのが不明解である。よって続きは、また後日になる。
2006年04月18日
コメント(0)
リニューアル完了。久しぶりのボルドーであった。やるべきことは、というか予定の事は殆ど済ませたが、もっと時間があればもっと色々出来たのに…である。連休明けもあって、皆様の日記を訪れて遅れた分を補いたい。今週は軽くコメントをして、来週あたりから本格的に再開する。ではでは、またそのうちに!
2006年04月18日
コメント(2)
~の春休みなのであるが、昨夜久しぶりに(ケヴィン)コスナー様のちょっと古い映画を見てしまって、そのいつもの白いパンツが最高、であった。海や街中を走り回るところがあって、いやでもあのルックスが堪能出来たのだ。お題は「NO WAY OUT」である。あの人は本当に白い姿が似合う役者だ。目がまぶしいほどである。(←個人的会見)ちなみに最後のおちが良かった。それはさておき、明日から(何度も)春休みなので、日記の更新はお休み。また再開したらよろしくお引き立てのほどを。。。さて、さて、心のリニューアルである。(西ヨーロッパでは、)春には大掃除をするのである。この時期に、心の埃もはらってみてはどうだろう。感動しなくなった自分に気がついたら、危険信号である。鳥の声がうとくなったら、心地よく耳に入らなくなったら。今朝、窓を開けると(開けるまでもないが)実に気持ちの良い小鳥の歌声が聞こえてきた。あぁ、しあわせ。。。である。今回は旅行が予定に入っているが、それだけでなく、窓掃除や住処の掃除もするのである。特に窓は外側が汚れている。4階だから、下に落ちないように気をつけて洗うのである。誰か下から見たら、きっとおかしな格好をしてやっているので、笑ってしまうだろう。なんせ、自分の背と同じ位の大きさの窓にこべりついているのだから。。。時々そういう自分の姿を想像しては一人でケケケとやる。やもりがケケケでは、けったい(奇妙)であろう。ではではイースター明けの4月18日にお会いしましょう。まだ寒いのでご自愛くださいませ。
2006年04月05日
コメント(8)
生化学者の早石修氏(86歳)の「私の履歴書」の中から借りることにする。Today is the first day of the rest of your life.人生はこれからだ。今日からまたがんばればいい。いかがだろうか。~歳だからもう遅いとは言わずに、いつでもリニューアル出来るパワーがあれば何でも出来る。東洋でいう気である。その気も張り過ぎれば、いざという時にしぼんでしまう。この言葉を見つけた私は幸せである。ことばの栄養はいくらとっても太らないとは言わない。消化が悪ければ、下痢をしたりする。堅すぎれば便秘したりもする。食物と同じようによ~~く咀嚼することである。
2006年04月04日
コメント(6)
サチコさんから電話があった。ベルギーのおみやげはチョコレートとスぺキュロースが欲しいという。ボルドーはフランス人のご主人が寒いというので、数年後にはハワイに戻るかもしれないという。ハワイなら白人が優位でないので、アメリカ本土よりも生活しやすいらしい。それに親戚や知人もいる。第一彼らが知り合ったのはハワイであった。気温も年中暖かい。幸子さんのガイドでボルドーを観光希望の方は今のうちである。そのあとはハワイ観光には是非幸子さんをご指定あれ。そろそろ旅仕度をとは思っているが、なかなか時間がとれない。今度は久しぶりの春旅行である。このブログも思い切って6日(木曜日)から17日(月曜日)までお休みする。ただ気になるのはフランスの国内事情である。鉄道運行阻止があれば、どうしよう~まあ、なるようにさるさ。ケセラセラ…ではある。
2006年04月04日
コメント(4)
(続き)このアメリカン・アイスの思い出をひとつだけご披露しよう。昔宝塚のファミリーランドでバイトしていた時、店の冷蔵庫に販売用以外の個人のアイスクリームもいれていたことがあった。それがアメリカン・アイスであった。大きな紙の樽みたいな容器で、スプーンでそのまま豪快にすくって食べるやつである。販売用のアイスがその底にあるので、それを取り出すためにアメリカンを中から出して、用を済ませたあと、すっかり自分のアイスのことを忘れてしまい、完全に溶けてしまったことがある。真夏のことである。忙しかったからだが、あれはつらかった。溶けてても飲んでやろうと思ったが、おばちゃんが辞めるように私に言うのでしぶしぶ辞めたのである。ちなみに、私のバイトしていたお店は今だから言うが、たこ焼きとおでんのスタンド(店)であった。たこ焼きを作るスピードは結構早かった。夏はかき氷、アイスクリームと冷たい飲み物があった。このファミリーランド、もう過去の話である。春の夜桜や通りぬけが過ぎて夏になると「ゲゲゲの鬼太郎」の催しがあって、只で行けるのだが、なかなかおばちゃんたちが行かせてくれなかった。駅の近くのすし屋でわさびの利いたお鮨を、またはちょっとおしゃれなレストランでグラタンなどを奢ってもらって帰るのが楽しみだった。あのあたりは結構良い店があったものだ。あぁ、また脱線してしまったので、今日はこれまで。。。
2006年04月03日
コメント(7)
先週は梨とラベンダーという極普通のフレーバ-であった。と言っても材料選択にはこだわり続けるのであるが。。。帰りがけにはパイナップルというリバイバル。今週は何が待っているか。インスピレーションが今あまり湧かないらしい。でもまだブラッドオレンジがあったらまた食べたい。それとスペキュロースもいいかも。。。5リットル買うなら特別に希望のフレーバーで作ってくれると言う。(6ユーロ×10=60ユーロ、約7500円)蓬のフレーバーってのは、いかがでしょうか。どなたか半分ほど=2.5リットル分食べてくれません?うちの冷凍庫には入りきれませんので。。。と言っていたら、今週は(=金曜日)ピーナッツのフレーバーであった。それとジャスミン・ジンジャーを合わせて、帰り際には、勧められるままにチョコレートのフレーバーであった。ここでは何故かチョコレートはいつもシャーベットでしか存在しなかったのが、今回初めてのアイスクリームであった。理由はシャーベットだと、チョコレートの油分を控えた上でチョコレートのパワーが充分に味わえるというものである。つまり、シャーベットとアイスクリームは内容が違うのである。更にイタリアン・アイスとフレンチ・アイスがあって、内容も作り方も違うのである。アメリカン・アイスは日本でもよくお馴染みのものがあるのでここでは省くが、こってりとしたものである。フレンチのほうは、イタリアンとアメリカンの間と言えばよくわかるであろう。その昔、シチリアの山に雪が積もっていたのをアラブ人がすくって食べていた。それを見たイタリア人がそこにフルーツやシロップを混ぜてグラニ-タとして、つまり氷の飲み物として、アイスの原型として作り出して、いつの間にか世界中で食べられるようになった。というのが、シシリアのイタリア人の知人の語るところであった。おそらく、これがアメリカに渡って、当地の味になって出来たのが、アメリカン・アイスであると想像はつく。フランスには、彼のメディチ家の姫様がおフランスに嫁いだ際に、イタリアから連れて行ったおかかえのフィレンッツェのアイス職人がフレンチ・アイスのもとをつくったのであろう。 イタリアン・アイスはもともと涼を求めるためのもので、日本のかき氷的存在であり、フレンチ・アイスはもそっと手のこんだものである。こちらは、お気に入りのアイス屋さんのお話であるが、詳しい話をここに載せると誰も読まないだろうから省くことにする。さて、太るのが気になる人はシャーベットは避けたほうがいい。というのは舌の感覚が冷たいために鈍ってしまっているから、砂糖が多いのがわからないからである。普通はアイスクリームよりも砂糖分が多い。ところが、アイスクリームのほうが脂肪分が多い。どちらをとるかである。アメリカンがコチコチになるのは、糖分だけでなく、脂肪分が多いせいでもある。
2006年04月03日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1

![]()
