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今日は日本に居た頃のクラスメートの誕生日である。Kさんとでもしておこう。彼女とは、こっちに着いてしばらく文通していたのだが、私がここでの日常のことを語ったら急に便りが途絶えてしまったのである。あまりの違いにびっくりしたらしい。まっ、お誕生日おめでとうである。平和にどこかで生活していることだろう。明日はまた別の日である。一年の半分である。衣替えどころか、グルノーブルでは雪が降っている。スカートで素足なんて、とんでもない。太陽が恋しい。。。また明日。。。
2006年05月31日
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このところ「とっておきの話」が続いて出ているが、ここに載せるのは、これで終わりである。(文章にしたのはこれが最初だと思う。もし以前に書いているとしたら、手紙の中である。。)あとは、そんなに出さずとっておくことにする。以前に一度もうひとつの「とっておき」があったと思うので、これで三つということできりがいいところで止める。しかし他のお話もあるので載せておく。。。(ジャカルタの地震での被害状況を聞いて思い出すのは、やはり1991年の日本の地震である。亡くなられた方、並びにご家族の方々を思うと胸がつまる。)想い出とは不思議なもので、忘れてしまったと思っていても、変な時に想い出してしまうことがある。それは、ふと目にした風景だったり、花の匂いだったり、耳にするリズムだったりする。その時、そのきっかけとともに当時の背景もよみがえるのである。子供の時のこと等を思い出すことがある。誰にも聞かなかった、写真でも写されていなかった記憶がよみがえることがある。それは楽しいこと、つらいこと、悲しいことかは選ることが出来ない。自分が望んでもいない記憶が復活してくることもあれば、完全に忘れていた素晴らしい出来事の記憶が戻ってくることがあるからである。しかし人間の記憶はあいまいであることが多い。特に昔住んでいた場所をよく思い出す場合があっても、実際にそこへ出かけると、別の場所のような気がするものである。記憶の場所は、その時点から変わらないで記憶に残る。ところが実際の場所は変化するからである。しかし記憶している本人の状況も変化するはずである。が、もし全く同じ状況であればどうだろう。つまり記憶の場所の変化が無い場合である。例えば旧東ベルリンでは、当時(壁があった頃)は国がふたつに分けられてからの孤立で、街の状態は殆ど何の変化もなくそのままの状態であった。今となってはちょっと信じられないであろうが、私はそれを1982年に確認してきたのである。華やかだった菩提樹ロードはシンと静まり、商店は一見して商いをしていないのではないかと思わせるくらいの静まりようであった。本屋といっても看板はなく、中を覗いてかろうじて本屋であるとわかるくらいであった。それに誰も歩いていない。ときたま、トラバントという車がガスをはきながら走りすぎるくらいであった。地下鉄の出口は塞がれており、犬の子一匹も見かけなかった。見たのは観光?のタワーの上で兵隊さんがレストランで食事をしているところであった。民間人は見なかった。共産国というのはこういうものか、私にとっては初めての体験であった。当時は貧乏学生だったので、東ベルリンのオペラに行けるような身分ではなく、ただ西側より安い辞書を買いに行っただけである。だから夜になれば、どこからともなく人間がパーティ用の格好をして出て来るのかもしれない。また他の旅行者もいるだろうし。。。よくはわからなかったが、通常は資本主義国の外国人には1日ヴィザしか発行してもらえなかった。 to be continued。。。
2006年05月31日
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南仏の最後の旅:とっておきのお話フランス生活最後の数週間に友人の家を転々としていた頃である。自動車の免許をやっととったが、車を買う余裕もないままフランスを出ることになった。レンタカーでも手配して、ちょっとローマ時代の遺跡を見に出かけようとした。中国人のボーイフレンドを持つ、ブルターニュの血をひくアニ-クが車とアパートを貸してくれるというのである。自分たちは、ヴェニスにでかけるから、その間好きにしていい。ただ、猫殿の面倒を見てくれということだった。ペルシャ猫だった。アパートは旧市内の古びたつくり、車は見事おんぼろであるが、気持ちよく貸してくれたのである。私がレンタカーすると言うと、もったいないと諭された。とにかく、それでお目当ての人里離れた遺跡あとまで出かけた。人っ子ひとり居ない。入り口らしきところで入場料を払うだけである。グラノムという私の好きな遺跡であった。地図を見て始めて自分でドライヴしたのだ。ところが、その感動まださめぬころ、車がパンクした。しかし、パンクしたことさえわからないで走っていた。対向車が教えてくれたのだ。ただでさえ、人気のないところで、パンクである。アニ-クからスペアータイヤのあるところを教えてもらっていたから、ひとまずそれを出した。そして、それを車の横によりかけた時、一台の自転車が停まったのである。当然勝手に自転車は停まらない。人間が乗っていたのである。サイクリストの出で立ちで、「パンクしたの?」と言って「やったげようか」と言うまでもなく、彼はすでに手袋をはずしているではないか。私は横でただ見てるだけ。ジャッキがどこにあるかとか、どうやって使うかとかわかるわけない。きれいなワンピースを着ていたので汚れない様にしただけ。自転車のおじさんは手際よく交換してくれて、「これで下(山だったので)に降りてタイヤを買ったほうがいい。このスペアは本当にちょっとひどいよ。」そして、次のパンクしてる奴はどこだと言わんばかりに、すうーっと立ち去ったのである。私はお礼を言ったくらい。と思う。名前を聞くことも無し。。。別に聞いたところでどうしようと言うのでもない。あの人は私のタイヤを直しに神様がよこしてくれたのか。。。それから25年以上たっている。自分のパンクは自分で交換は出来る。他人のパンクも交換した。それからというもの、サイクリストを見る度、あの時のことを思い出すのである。今日の空も変化が実に激しい。かけたり、はずしたりでサングラスのねじがすっかり緩んでしまった。
2006年05月30日
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日曜日はブリュッセル20キロメートルマラソンの日であった。20キロだからマラソンではないが。。。うちの近くを通るので応援に、日光浴に出かけた。始まるのは午後3時であるので、約半分のところだと1時間くらいでトップが見える。私はちょうど12キロの地点にいたので、その先頭からあと1時間ほど見ていた。雨は何とか降らなかったが、寒かったのでそれ以上突っ立っているのは辛かった。友人が通過すればあとは帰宅しようとしたが、次々にやってくる人並を見ていると、何だか気の毒に思えて少し残っていた。関係無い人、つまり見知らぬ人でも前を走れば、私は手をたたいて応援してしまう。手が勝手にたたくとでも言おうか、である。ところが、私のまわりに居た人たちは、顔見知りの人が通過するまでじっと立っているだけで、他の人には全く知らん顔であった。用事がすんだら、さっさと引き上げていくのである。もちろん好きで走っているのだから、他人が縁もゆかりも無い者が応援することもないであろう。しかし、がんばれよ~とくらい声をかけても損はしないのではないだろうか。昔大阪でマラソンではないが、オーストラリアから来たチャンピオンが近所の公園での競争で走っていたとき、回りの日本人は皆声をあげて、手を振って応援していたものである。母と妹たちと一緒に応援したのを覚えている。私は関係無い人でも、応援するものだと思っていた。ということはドイツでのワールド杯では、日本人チームは、日本人が応援しに行かなければならないということなのか。今回、私の応援に応えて手を振る人もいて、しっかりやらなくてはと、反対にはげまされてしまったくらいである。観覧するのは初めてではないが、毎回同じような思いをするのである。他人は他人であるから、私は私で手をたたいて走る人をはげますのである。その時にこりとする。それはその人のためだけでなく、自分にも良いのである。けれどひっきりなしにやってくる顔を見極めるのは大変疲れる。太陽が出てるとまぶしいし、曇りだとよく見えない。けれど1時間はがんばるのである。国際色豊かで、多くの人種が混じっているのがわかる。それに、足が長くても、短くても、皆が一生懸命にひとつのことをしているのである。滅多に見れるものではない。北のほうから低気圧が来ていて、これが今週も雨の多い天気になる要因であるという。となれば、日曜日に走った人たちは運がよかったのだ。
2006年05月29日
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石楠花のお話:(とっておきのお話)とあるヨーロッパのひとつの美しい街で、ひとりのまだ若い女がぶらぶらしていた。時は2月で寒いが、天気はよかった。これっと言って何もする事が無い。有名な湖のほとりの散歩である。これから先にする事もわからない。どうなるか全然わからない。でも彼女の心に不安は無かった。ただ、時間をつぶすためにそうしていた。いたって治安の良いその町の人影の少ないところまで出た。すると、ひとりの浮浪者(豊かだと言われる国ではあるが)が近づいてきた;ここではスタインベックの「怒りの葡萄」の中の主人公がパンを買うような場面にも出会う。皆が皆金持ちではないのである。ただ、観光客の目には触れないだけ。「お嬢さん、ここはね、5月になれば最高にきれいなんだよ。」と、うしろの茂みを指して言うのである。よく見れば公園の入り口だった。(これはあとでわかったのだが)5月に咲く石楠花のことを言っているのだった。まるで5月にもう一度来いとでも言うような口ぶりだった。しかし彼女には、3ヶ月先のことなんてまるで人事である。予定も希望も目的も無い。あんまりそのおじさんが一生懸命になって言うので、きっと自分は相当しょげていた風体だったのだ、と、そして彼は自分を励ましてくれたのだと思った。あとはただ、その緑の茂みを眺めていた。その時、彼女はぼんやりと花が咲いたのを見ようとした。しかしもとから花に縁の無い人間である。想像しようにも悲しいかな想像出来ない。その年の5月に自分がまだそこに居ようとは、誰が言えたのだろうか。そう、彼女はその公園に改めて足を踏み入れた。が、あのおじさんの姿は見えなかった。それから石楠花は彼女にとって大事な花となった。25年たった今も。明日は祝日である。この日は木曜日と決まっているので金曜日も休んで、休養する。旅行に出かける人たちもいる。私は一年の疲れがどっと出る時である。無理をしないように、お休み。ということで日記も月曜日までお休み。それまでお体大切に。。。
2006年05月24日
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昨日のおかずに人参を入れたのを忘れていた。 充分に柔らかくするためにニンニクと一緒に入れたのだった。 これからは夏の野菜が店頭にお目見えする。 といっても最近は一年中キュウリが出ている。リンゴも冬だけでなく、地球の裏側で 出来たものが回ってくる。確かに値段は張るが、入手可能である。 みかんは冬以外には見ないようであるが、オレンジやグレープフルーツが無いわけで はない。しかし何と言っても葡萄や桃、ネクタリン、パインナップル、メロンなど、 など。。。がこれからの主役である。 どこでも野外市場、マルシェ(=市場)は広場が必要である。私の行くのは区役所広 場のあるところで、教会の広場でも行われるし、パリの中央市場のようにアル(と呼 ばれる)場所でもある。その卸市場の近所には必ずと言っていいほど、朝早くから飲 食店が一軒や二軒は開いていて、暖かいスープやほかほかのバターが滴り落ちるクロ ワッサンが食べれるのである。これは都会に住む者の特権のようなものである。 この種の広い空間はヨーロッパでは良く見かける。スイスなどではそこで政治を行っ ていたという。人々が集まって意見を交わすところとでも言おうか。 あまり意見を交わすことのない日本では必要ないのかもしれない。 ただ広い場所を与えられても、使い道がわからなく途方にくれるだけだろう。
2006年05月23日
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日曜日のマルシェでアンティチョークを見つけた。普段は、食べるところの異常に少ない、メディチ家のお姫様が、フランスに伝えたというこの野菜を買うことはない。しかし何となく、八百屋のイタリアンのおじさんの口調につられてしまった。ブルターニュのよりも小さめである。が同じように茹でてから、葉っぱを剥いていかねばならない。途中で面倒くさくなったのと、なんだかもったいなくなったのとで包丁で堅いところをカットした。そして縦半分にして、更に半分に。毛をとってそのままを南仏風の野菜の煮込みに使った。まずなべにオリーブオイルを十分に暖めてから、ニンニクとアーティチョークの切ったのを十分にいためて、そこへズッキーニをひらひらに切っていれトマトも放り込み、ハーブをどんと投げ入れ玉葱のブイヨンも入れ、レンコンの粉(マクロビ)と少しの寒天をふりかけて、水をかけてぐつぐつ煮るのであるが、そこへ、白花豆(白いんげん豆)を戻したものを入れてじっくりと私は煮た。なんだか雑なようだが、それだけで十分に味のついたおいしいものが出来上がった。ご飯が残ってたので、チンをして出来たおかずを添えて食べるという非常に簡単そのものである。もっと手をこませれば品の好いものが出来るのかもしれない。でも朝鮮アザミとインゲン豆を片付けられただけでも上等。上等。。
2006年05月22日
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吉田さんがこれを流行らせたころは、欧州でも長髪の挑発がお盛んであった。女性は髪を伸ばしてもよく、男性は伸ばす必要がないようなことをどこかのドグマで読んだような気がするが、現在は男のほうが長い髪をなびかせている。しかし清潔に保って欲しい。うちの愚息も私よりも長く、移動するところに必ず髪の毛を残すというまるで動物の習性を持っている。自分の毛でなく、床に落ちた息子の髪の毛を掃除するとは。。。これも挑発の一種である。昔、というか中学校の頃は、私は男子の長髪に反対であった。それも父が武道をしているせいもあった。男は丸坊主、もしくは極短くするというのが好みであった。しかし今ここでは、坊主頭だと極右になってしまうのである。人種の問題が日本では想像もつかないだろうが、最近事件が増加しているので、ファッションに関しても無神経にはおれない。確かにレゲーを歌うお兄ちゃんのスポンジのような長い太い髪の毛や、コンフー映画の昔の武士のなびく長髪などは魅力的ではあるが、男の人がブラッシングしているのを見るとどうしても一種の違和感がぬぐえないのである。まぁ、そのうち慣れるさ~~イェイェェ
2006年05月22日
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20度まで気温があがったので、スカートをはいて素足で外出したら、なんとまた17度にも満たないといういつものパターンである。「やぁ、またよく降るね」「本当ね。」「今度の休暇はどこ?」「まだ決めてない」「でも太陽のあるとこ。。」というのがベルギーやオランダでのお決まりの会話の始めである。空模様のことからなんて、まるで日本や中国の会話のようである。これが、毎日飽きるほど空の青い南仏だとこうはいかない。ここは北フランスよりも北であって、この時期はもうマイナスには下がらないが、素足だと風邪をひくのである。いくら野外で音楽を奏でても、踊っても、走っても、歌っても、暴れても、食事しても空の事情は芳しくはない。が、ここでは雨が降らない限りは良い天気なのである。例えば今夜から始まるジャズマラソンでは、演奏者たちは、舞台があって屋根があるが、観客はアノラックなどで濡れないようにする。傘はあまりささない。また、子供の遠足も雨が降ったからと言って中止になどならないで決行されることが結構ある。第一5月の週末の数は決まっているので、どんどん行事を消化していかねばならない。と前置きが長くなったが、青空(ならぬ曇り空)ブロカント、つまり蚤の市、フリーマーケットも開催される時期である。物は古くなったからと言って捨てないで修理する。どこかの豊かな国では、傷んでもいない物をさっさと捨てて新しい物を買うが、ヨーロッパではなるべく修繕して更に使うのである。いいかげんな物は買わないというか、、、そこいらへんはここでは触れないが、とにかくリサイクルがお盛んである。5月は休みが多い。来週は木曜日が休みで、金曜日に虹の橋をかけてしまうので4連休となりブログもお休み。また、来週。。。
2006年05月19日
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歯の麻酔である。しかし新しい詰め物が違和感。。それよりも痛い。上も治した下も全体が痛い。あんまり痛いので、(治療後5時間半経過)痛み止めを服用した。そしてそれがやっと今効いてきた。(実況中継)普段は痛み止めにしろ、何にしろ薬と名のつくものは服用しない私なのだが、今回は折れた。がまんしすぎても、あほらしいだけである。何事もほどほどに。。。歯を白くする歯磨きがあるようだが、軽くブラッシングするだけで汚れが落ち白くなるので、決して擦りこまないことである。歯石等なら普段の歯磨きで十分に落ちる。私は水のシャワーをかけて間のものをとる。歯だけは良くしとかないと、美味しいものが味わえなくなるのである。玄米も歯が悪いとどうにもならない。最近は(現代人は)柔らかいものばかり食べるので、顎の発達が弱く顔の形が変わってきたという。
2006年05月18日
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アロマの大御所ヤスミンさまに気ついてもらったのですが、今週はベルギーの春便りになってます。それで続けますが、前の週末はレデュというおとぎ話にでも出てくるようなアルデンヌ地方の小さな村で、ブックフェアーが開催されました。毎年この時期にあるのです。もとからレデュには、本に関係のある人たちが集まっています。殆ど全村人と言っていいほど(古)本屋さん、製本やさん、作家さんとかで、知人の装丁屋さんもここで仕事してました。本屋の中は小さいので外にテントをはって、即席カフェーが出来てそこで夜までぶらつけるようになってます。簡単な食事やレストランでの食事も可能で、本を目当てに来た人だけでなく、家族みんなが楽しめるようになってます。村中が参加しています。本屋にはポスターや絵葉書もあって、海の事を集めた本屋さんでブルターニュの漁夫シャツというのを買いました。今でも着てますが、ポケットが内側についているのです。生地がしっかりしていて肌さわりがたまらなく好いです。色は緑と青とテラコッタがあって、私はテラコッタのです。また明日に続けます。今朝は医者に行って、詰め物をやり直してくれたのですが、その時の麻酔がまだ効いていて、うまく口が動かない気がするのです。言葉がちゃんとしゃべれないし(特にフランス語)、食事が出来ない(堅いものは避けてと言われたけれど、軟らかくても)しなんですが、これで当分は安心です。この歯医者さんのこともまた書きますね。非常に興味深い人なんですよ。
2006年05月18日
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野外コンサートが、変わりやすい今のお天気に無関係で街のあちこちで開催されるということは先日触れた。この時期は学生にとっては試験勉強の時期でもあるのだ。6月が試験月で、新学期は9月以降、夏の二ヶ月はお休み。ヴァカンス。何を隠そう私は昔~~~~昔その昔、南仏のある田舎町で試験の準備が始まる頃に外が賑やかになるのが理解できなかった。「勉強でけへんやんか~」と叫びたかった。更にあんまり勉強派でないマルセイユ人のイザベルが、モビィレットで毎日のように私を外に引っ張りにやってくる。(モビィレットは超軽二輪車のこと)しかも殆どのコンサートはタダだった。6月の公式国際フェスティヴァルの前に無料の演奏会が観賞できるのだ。当時はクラシックや教会音楽がメーンでロックはなかったように思う。ちっちゃな町のあちこちの広場や教会を利用して行われる。教会の演奏会は拍手してはいけないというのを教わったのがその時であった。とはいえ、今ではゴスペルのコンサートがあれば、構内に響き渡る声援で満ちあふれる。この機会に生まれて初めて中世音楽なるものに出会った。堺の芥子餅の菓子箱に紐をかけたような楽器やパイプオルガンのミニチュアサイズのような笛等不思議な音色のものばかりであった。特に、しかも皆格好のいいお兄ちゃんたちが緩やかな袖の白いブラウスを着てやってるのだ。場所は中世に建った教会の前でプラタナスの木が木陰をつくり、私はすっかり魅了されてしまった。思わず身を乗り出すというのは、こういう感覚であると感じた。実に楽しい音を奏でるのである。時々掛け声もはいって楽しい。これぞ音楽である。クラシック映画「ロミオとジュリエット」で運命の二人が踊るシーンがあるが、その時の音楽と思ってもらえばいい。クラシック映画といっても私の好きなのは、カラー版で、そうオリビア・ハッシーが可愛かった分である。ベッドから手前に出る時ちらっと裸が見れた。どきっとしたの覚えている。彼女が布施明さんの奥さんになるなんて。。。これもドキッ。あぁ、シックラメン。
2006年05月17日
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5月になると花が咲いたようにカフェーやレストランのテラスが人で埋まる。直陽でも平気でビールを飲みフリッツをつまんでいる。店内ががらすきになる。パリのカフェーではテラスと中側で値段が違うことがある。また座る座らないでも違うのが、ベルギーでは均一である。この外で食べたり、飲んだりするのは、日本人が桜の木の下で弁当を広げるのよりもずっと自然な行為のようである。しかし、有害な紫外線から肌をまもらなければならない。庭のある人は庭の木陰で、ヴェランダのある人はパラソルの下でヒンヤリ冷えた麦茶を飲むっというのはいかが。そして夜はなぜか焼き鳥をつまみたい。。。山椒をちょっとまぶして、あとは深蒸茶を。。。
2006年05月16日
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5月15日が過ぎたので、もうヴェランダ(ベランダ)に花を出しても大丈夫である。気温も最高が20度あたりで、確かにもう零下に下がることはないだろう。もう確実に春である。この夜9時半に日が沈む頃、野外の活動が盛んになり庭ではバーベキューのにおいが立ち始めるのである。これから夏にかけて人々が集まる時期である。まだ夕方は肌寒いが、野外で食べるのがお好きなようだ。スーパーでもその為の肉がパックされている。7時頃集まって、アペリティフ(食前酒)から始まって、子供たちにはジュースが出され、早めに子供だけで食事を済ませる。大人たちはゆっくりと時間をおしゃべりして楽しむのである。火を熾すのはホストの役で、男たちが集まる。すると自然に女たちが台所に集まっておしゃべりに花を咲かせるのである。日が沈むと家の中に入り、音楽をかけて食事を続ける。そしておしゃべり。。。お酒が出て、サラダとチーズ(サラダやチーズは食事のあと)、そしてコーヒー、ブランデーなどのきつい酒が出て、、もう真夜中。「あらっ、もうこんな時間。。」子供たちは遊びつかれて別に寝かされている。大人たちは帰る準備をして、皆にあいさつをして、子供たちを起こしてかついで家路につくのである。「今度は私たちのとこでね。」「明日電話するわ。」何故か、女性だけがしゃべるのである。夏に外では蚊がいることがあるので、心配な人は虫除けを持参しておくこと。また、夕陽が落ちたら寒くなるので、セーターやカーディガンをお忘れなく。
2006年05月15日
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チャンスの前髪をつかめ=早めにつかめチャンスの女神さまの髪の毛は、前にだけしかついていないので、後ろからはつかめないということです。女性であるので、一応羞恥心があるだろから、髪のないうしろを見られたくないからさっさと逃げ去って行くのでしょう。私はまだ目撃しておりません。ここでのチャンスって幸運のことです。ちんたらちんたらしないで、さっさとつかめということでしょう。こういう考えかたもいいですね。でも髪の毛つかまれたら痛いのではないでしょうか。まあ、困った時の神頼みですか。。。そういうわけでもないのですが、最近書きたい気持ちが溢れてきて、目が血走ってます。このままだとどうなることかわからないので、少し投稿を控えます。もっと短くわかりやすくするつもりです。うまく行きますように。。。さもないと延々と続いてしまうのです。もとからおしゃべりな私ですが、ここで自分の言いたいことを遠慮なく発表出来るので収拾がつかなくなってます。では、また来週。。。こちらでは週は月曜日から始まります。日本では日曜日からですよね。今窓の外では小鳥が気持ちよくさえずってます。時々西洋カラスが、、お昼過ぎから雨になりそうな空です。幸せの雨が一杯降りますように
2006年05月12日
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http://homepage1.nifty.com/moritake/ongaku/nanatunoko.HTMhttp://www.sogogakushu.gr.jp/kosen/jissen_2_54nanatsu.html私のお気に入りの「迷いの窓」でカラスの興味深い話が出ていた。そこを読んではっとしたのが、「七つの子」である。カラスは七つも卵を産まないらしい。また、七歳というのもおかしい。今まで何の疑問にも思ってみたこともないことなのだが、どういうのだろうか。子供の時はちょうど七歳あたりに、この歌をよく歌ったものである。カラスの親は子供恋しくて啼くのか~と。また、当時は子供カラスが七匹いるとも思っていた。いずれにせよ、山のまた山に行けばその答えは見つかるのだろう。ということで、暇をつくって検索してみるとなんとマリアカラスの歌がたくさん出てきた。鳥のカラスのほうについてのサイトをふたつ上にセレクトしてみた。興味のある方は覗いてみられたらどうだろうか。ついでではないが、もうすぐ母の日である。台湾では8月8日が父の日という。つまり父はパパなので、中国語の発音に似ているからである。ちなみにカーネーションは、オランダ石竹とも言うらしい。意味は神の花。ところが、舞台俳優には贈っては不吉な花となる。途中で折れるからだという。一体父の日には何を添えるのか。私の父はもうこの世の人ではないのであるが、彼の好きだったピンクのバラでも添えようか。。。
2006年05月12日
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とか日々是好日とか言うが、といって緊張しなくてもいい。言わずとも、毎日は素晴らしいのである。それを認めるために反対の価値をもってきて強調しているのである。例えば不幸というのは、幸福を目立たすためにある、いわゆる方便である。ところが、その不幸のほうへ関心が行き、メーンの幸福をおろそかにしてしまうとネガネガの生活になってくる。目線を上に向けるだけでも世間の見方が違ってくるのだ。一度上を向かれてはどうだろう。涙がこぼれるのを防ぐためでも何でもない。そうすることで顎が自由になる。口の下が開くのである。すると肺が広がり横隔膜も下がり背骨のゆがみも取れてしゃんとする。気分がよくなるのである。頭の上には空があることがわかるだろう。不幸そうにしている人は姿勢が悪い。まず、肩をほぐしてみることだ。専門家のところへ行かなくても自分で出来る。薬を飲まなくても、頭痛はなおる。今の瞬間が積み重なってなる一日は、気楽に迎えればいい。なまけて無駄にするのと、気楽にするのとではニュアンスが違う。気を楽にする。とはその瞬間瞬間を気で満たすということである。気を抜く時は自然に抜く。無理はしない。ところが、ちょっと、もうちょっとやるといつの間にか結果的に無理した場合と似たようなところに落ち着くのである。要は出来るときにやっとけばいいのである。もうちょっと出来る時にやっとけば。。その積み重ねが知らない間に大きな違いとなってくる。最初誰でも、500メートルをプールで泳ぐのはしんどいだろう。私はしんどい。しかし毎日25メートルを泳いで、出来るときに30メートル泳いで、もっといける時に35メートルやって。。50メートルが何でもなくなる。そしてその調子で100メートル難なくおよげるようになったら、次は200メートルを目指して、そして300メートル。。でも疲れればそこでとどまってもいい。そして再開する。300メートルから400メートルにと。きっと300メートルからがつらくなるだろう。でもあきらめない。毎日続ける。何年かかってもいいじゃないか。そして450メートルが平気になったら、あとの50メートルはあっという間である。歩く時の500メートルはたいしたことないだろうか?五体満足揃っている場合には、どうってことないだろう。しかしそうでない時は泳ぐ時と変わらない。ここでは全く泳げないような状態、動けない状態のことを言ってるのではない。なぜなら泳ぐ力、気持ち、意志があれば500メートルだってクリアー可能なのである。信じることである。邪念を断ち切るのは、それを寄せ付けないこと。500メートル泳ぐのだという目標をまっしぐらに見て他はかえりみないということだ。一度完泳したら、もう一度繰り返す、体はつぎの目標を待っているものである。そこでやめてもいい。ひとつ成し遂げたということがはげみになり、また気力が湧いてくる。このあとでなまけたらそれまでである。常に励むことである。何に励むかは、自然に見えてくる。どれだけ泳いだと言って満足するのが目的ではない。ひとつのきっかけにしてみるのである。辛いのは体なのか、気なのかをよく判断することだ。思い込みでまだまだ動く体を~歳という刑務所に閉じ込めてはいないだろうか。天体には無数の星があるが、太陽が輝くと地球からは他の星が見えなくなる。目がくらむからである。余計な心配や気疲れは、何かに没頭することによって薄くなって、視界から消えていく。年齢とはあんまり関係ない。という文を5月9日の書き込みに追加する。昨夜の帰宅時の月を見てふと思った。ちょっと長くなってしまったけれども。。
2006年05月11日
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月一回上映の中国映画を見てきた。「地下鉄の春」と訳してみようか。 新しい作品で北京が舞台。地方から北京に出て来た若いカップルが、そこでの7年間 の生活に疲れて。。。というストーリー。 会話の端々が何とか聞こえたような気がする。字幕は英語だったが、読んでないと筋 がわからなくなるので、耳のほうは少しいいかげんになってしまった。 帰宅する時には月が出ていたのだが、まだ夜の9時半。 夏時間のせいでまだ明るい。 金のてっぺんを持った裁判所の輪郭がはっきりしている。 空も青い。少し待つと街灯が次々に灯っていく。 そして、次第に空は暗くなる。月が鮮明になってくる。 朝の深霧はすっかり消えた。 夕方の雷も去った。 15分ですっかり夜の帳が下りた。 もう足元の桜の花びらがよく見えない。
2006年05月11日
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(…霧も殆ど晴れたようです。)ちなみにフランス語は趣味でなく本職である。ただし、これだけで生活するのは大変なことなので、私には定職があり、時間の許す時に翻訳や通訳をやるのである。しかし、たまにするといっても遊びではないので、プロと同じ位のレヴェルは常日頃から養っておかねばならない。新聞やニュースに目を通し、世界事情にも通じておかねば、どこでどんな事を求められるかわからないのである。その時に「これは知らない」では通用しないのである。ツーリストのガイドとは違うのである。今の社会のように、情報が迅速に流通する時代は、隼のように目と耳をすませておかねばならないのである。仕事をする時は、プロもアマも無い。特に通訳では真剣勝負の舞台だけである。やり直しはきかない。一発勝負の世界である。その短時間に全てを活用して勝敗が決まるのである。ぞくぞくする世界なのだ。集中力というか、どんな場合にも真剣に生きることが出来るのである。よく暇なときに通訳をやりたいという人がいるが、生半可の気持ちでは無理である。というか、いいかげんな気持ちでやらないほうがいい。本当にそれだけで生活している人に対して迷惑なのである。翻訳であっても、インターネットの時代であるので、仕事の速度は異常に速まっている。言葉を調べるのは速いか遅いかで決まるのである。通訳も然りである。私は中国語をそこまでやることは無く、趣味としてやっているのだが、せっかく大事な自分の時間を費やしているのだから、やるべきところまではやろうと思う。どこまで行きつけるかは今考えない。しかし、辞書でひとつの言葉を調べる時でも、真剣に確実に行っている。決していいかげんにはしないのである。他でも同じ事である。何かするのに、真剣にやる。そのものになりきる。決していいかげんにしない。例えば歌を歌う時、プロの歌手ではないし、それを目指しもしていなくっても歌う限りは真摯に歌うのである。これはかちこちになるというのとは違うのである。ただ「やる」ということである。自分に与えられていることをやる。それだけである。
2006年05月10日
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私は趣味で中国語を習っている。中国語を話さない人たちの中で、中国語を習うので ある。習っても話す機会がない。新聞の記事を拾って勉強するしかない。 もっと実用性のある言葉を習ったほうがいいかも知れない。しかし昔からやりたかっ たのでやってるだけである。やり始めると思ったよりもやっかいな事に気がつく。日 本と同じ漢字を使っているのだから、とは素人の考えであり、同じ字であって使われ 方が違う、背景が違うと、全く別の言語になるのである。 更に、なまじっか日本語が母国語なだけに、その日本語が邪魔になることがある。 中国人は中国の映画を見ていればわかるが、大陸人であり、ヨーロッパ人に近い。日 本人とは違う。なのに私はよく中国人に間違われるのである。日本人には感じない何 かを中国人には感じる。いよいよ前世は中国人ではなかったかと思ってしまう。(何 故なら干し柿が異常に好きであるからだ。) 今ここに来て、中国語をやっているのも何かの縁であろう。とにかくそれによって、 毎日が充実しているのである。最初の年は辞書で字を見つけることが出来ずに時間が かかりすぎて、いらついたこともある。漢和辞典のようにはいかないのである。2年 目でやっと要領がつかめたのである。しかし週に3時間だけでは進展しない。特に今 年度はベルギー人の集団クラスであって、最初の年のように日本人がふたりだけの場 合とは全く勝手が違うのである。それでも復習するのに1週間はすぐに尽きる。もっ と勉強する時間が欲しい。して何をするでもないが、やるだけやってみたい。きっと 意味があるのだろう。だが、これは好きでやっている趣味である。
2006年05月10日
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信念を持つということは、あることを信じ続けるということである。どんなことがあっても決めた目標まで持続することである。これにはエネルギーが要る。底から湧いてくる気である。勇気である。希望を持ち続けることでもある。希望は明るい。暗闇に射した日光である。しかし月光である場合もある。希望のどんな小さな灯でも、絶やさず大事に守り、大きな光明に育てあげていく。それが大事なのだ。あきらめるな、決してあきらめるな。物事は常に変化している。空は刻一刻変化している。どんな状況も変化する。そして、最後に勝利を得た者が微笑むのである。なまけるなよ。命の時間を粗末にするなよ。
2006年05月09日
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昨日からの雨で、ついに壮大な八重桜の花舞台が出来た。まるでピンクのカーペットを敷き詰めたようである。それが新緑とマッチして誠に美しい。花びらも涼しいからか、すぐには枯れないで、ピンク色をとどめている。私はこの時の木が好きだ。満開の時よりも情緒がある。昨日桜吹雪の中を歩いた。散ってはいくが、それはあとの葉っぱのため、木の生存のため。刻々と生きる木。素晴らしいではないか。私の街には八重桜ロードが幾筋もあって、毎年今頃はまさにゴージャスな風景が鑑賞できます。それはそれはすごいのです。普段感動しなくなった人も、これ見りゃびっくりしますよ。昔よく写真撮りましたけれど、何と言っても実物が素晴らしすぎてうまく撮れません。
2006年05月09日
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アイスクリームに季節があるのだろうか?売れるのは確かに夏であるが、お気に入りの店のマスターは冬に来る人こそ本当の顧客であると言って、夏にたかる客を嫌がるのである。そうであろう、寒い時にアイスは普通食べない。ところが、寒い国では、例えばロシアでは暖まるためにアイスを食べるようである。つまり非常に寒いところだからだ。スウェーデンでも同様のようである。さて、このマスターは店が混みだすと文句を言って機嫌が悪くなる。ひどい時は店を閉めてしまうのである。ひとりで大変だと言う。客が少なくても、そのほうが落ち着いて仕事が出来るので良いという。大体、大勢を扱うようなインフラがないのである。お金儲けだけが目的ではさらさらないといったところである。更に、レストラン用に多くの注文も扱っているので本当に忙しいということである。こっちのほうで採算が取れているのだろう。特に先週の金曜日は暑かったせいもあって、私が着いた時にはもう4種類のアイスが残っているだけで、(普段は6種類はある)それも僅かだけ。おじさんは機嫌が非常に悪く、私がいつものように注文して座ろうとしても、ぶつぶつ言ったままだった。他の客が座ろうとすると、断ってしまっていた。そのうちにも次々に人が並んで順番を待っている。だが、次第にそれも最後にはメロンだけになった。それも奥の在庫用の冷凍庫から特別に出したものである。閉店時間までにはまだ30分以上あるにもかかわらず、残っているのはメロンだけ。店の列は全然短くならない。おじさんは更に不機嫌になってしまった。私は早く食べてしまい、いつものコーヒーも飲まずに勘定をすませようとした。しかしお札を出しておつりを待っているのに、なかなかくれないで他の客の相手をするのである。しばらく待っていたが、結局おつりを請求すると、私がまだ払っていないじゃないかと言い出した。そして、茶化そうとするので、私はちょっと怒って、「もう来ないよ」と言った。するとちゃんとおつりを出してくれたのである。彼は非常に疲れていて、もううんざりしていたのである。ホールの客のフォローが全然出来ず、てんてこ舞いしていたのである。これからがアイスの客が増える季節なのに、どうなることやらである。といって、日曜日にもう一度訪れた。今度は比較的涼しくて、客は少なめであった。おじさんもゆっくり接待していた。物作り人であり、商売人では無い彼は客とおしゃべりするのが好きなのだ。それが出来なくなると、ストレスが溜まってしまうのである。彼のアイスはフレンチアイスであることは以前に記した。かたやブリュッセルの老舗(1945年より)のイタリアンアイスの店は商店や住宅地の近くにあって、夏は毎日満席御礼である。ところが、冬場は結構空いている。営業は真冬は休む。コーヒーもあるし、ワッフルもクレープもあるので、いつでも入れるわけであるが、私の行くフレンチのほうはアイスクリームとコーヒーとホットショコラだけである。しかも場所は中心地に近いとは言え幾分ずれている。400以上のフレーヴァ-のうち、いくつ味見出来ただろうか。数えるのは苦手なのであえてしないが、同じフレーヴァ-でもその時によって味が違うのである。それは材料の違いにもよるが、気温や組み合わせによって変化するからだ。味も良いが、そこでおしゃべりするのも良い金曜日のオフである。この前のようにけんかするのもおもしろい。今のお気に入りはチョコレートの「アイスクリーム」である。普段は「シャーベット」しかないのが、たまにアイスクリームを味わえる。これが濃厚で美味しい。最初はシャーベットのほうが良いと感じたが、今やアイスクリームのとりこになってしまった。あぁ、まだまだ楽しみ、アイスの旅。。。
2006年05月08日
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すっかり忘れてました。ミニ人形を出したままなので、、、いつの間に五日になったのか~いつか。柏餅の日ですな。端午の節句なんて言っても通じなくなってきましたね。次々と祝い事や祝日が重なって、母の日が始まる前からもう次のイヴェントにパスしてますね。せわしないったらありゃしない。そんなに急いでどこへ行く。今週の締めくくりとして昔なつかしの歌です。 人間はひとりのほうがいい 失う悲しみを知らなくって済むからとは思わない。失うことを怖れていては何も出来ない。ひとりで居れないから誰かを求めるのである。また、人に笑われたりする恐怖というのもある。私の大根足みたいなものである。昔笑われて傷つけられたことからまだ立ち直っていないだけである。よっぽど深く傷はついているのである。人は思慮なしに他の人を傷つけていることがある。傷ついたことがあるからわかるのである。また、人を傷つけたこともあるから。完全な人間なんて居ない。他人は自分の鏡。しっかり磨いておこう。BON WEEKEND!他人の庭ですが、ひなげし(虞美人草)の蕾が膨らんでました。
2006年05月05日
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今朝は昨日の眠気を吹き飛ばす意味で交通機関を使用しないで、歩いて通勤した。1時間半ほどゆっくりと歩いた。早く歩けば1時間15分かかるだけでつく。バスなどに乗れば乗り継ぎ事情が最悪なこの国では、1時間半以上かかることもある。つまり遅刻間違いなしである。自分でリズムを考えながら、自然を眺めて朝の空気を吸うのは最高である。もっとしょっちゅう歩けばいいのだが、雨が降っていたり、夜が遅くなったり、寒すぎた日々が続いていて億劫になっていた。今日は昨日から準備して、朝ちょっと眠い目を開けてスタートした。ご褒美は、ニンニクの花を見つけたことだ。嘘みたいに私の目の前に咲いていた。公園の花は採ってはいけないが、そこは公園ではないので少しだけ頂いた。そして、事務所につく前にポルトガル人のカフェーに入ってモーニングコーヒーをとった。顔が真っ赤(歩いたから)だったので、おばさんが、「あんたも花粉症なの?」と。「違うて、熱いんやがねぇ」と私。いや結構花粉の問題があるようで。。。私は玉葱皮茶と香酢で免れているみたいだけれど、今度ははと麦と蓬を毎朝摂ってみることにする。なんせ気分の良いお外のこれからは、街路樹の美しくなる季節である。プラタナスやマロニエが女王のように見事なアヴェニューを色つけてくれる。他の木々の中でも菩提樹は香りが良い。モクレンも花の女王と言えるが、咲いた花はきれいなので人々は賞賛するが、一度散ったら平気で踏みにじるのである。同じ咲くなら、特に美しくなくってもいい。そのほうが、踏みつけられてもどうってことないからだ。雑草のように生きるとは、そういうことを言うのだろうか。私は野に咲く花である。誰にも摘み取られたりしないで自由に咲いて、自由に散っていく。八重山吹には実がない。香りもない。しかしいつの間にか咲き、いつの間にか散っていく。ちょっと格好つけましたかしら。。。
2006年05月05日
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12.本棚から取り出した絵本のページを何気なく開いてみると、そこには恐ろしい魔女の姿が…。この魔女はどんな性格で、どんな魔法を使うのでしょう。詳しく説明してください。 -みかけは恐いが、心はとても優しい。彼女の特技は人間を動物の姿に変えること。つまりその人間の性格の動物にすること。13.この魔女が住む城の地下には、人が閉じ込められています。何人くらいのひとが囚われているでしょうか。 -本当は誰もいない。人でなく、動物になったもと人間だけ。14.この人達は、いったいどんな理由で閉じ込められているのでしょうか。 -悪いことばかりしてきた本当に悪い奴らだから。15.この絵本の最後で、魔女は自分の行いを悔い改めます。さて、どんな出来事がきっかけだったでしょう。 -ある夜、夢で「物のあわれ」を感じたから。愚かな奴らは、愚かなままであることに気がついて、以後余計なおせっかいはしなくなった。愛想をつかした。12.があなたが認めたくない自分自身の性格13.が目の前から消えて欲しいと思っている人の数14.があなたが人に対して敵意を持つ理由15.があなたの支えとなるもの以上でテスト終わりです。正直なところちょっとしんどかったです。こういうのに答える余裕を持ってないとか、私向きのテストではなかったのではないかと思います。自分で勝手に借りてきたテストでした。ゴールデンウィークだから、ちょっと遊んでみました。
2006年05月05日
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http://www.rakuten.co.jp/onion/このサイトはたまねぎやさんのサイトです。ここから届くメールをちらちら読んでると。。。最近は牛乳を飲まなくなったということが載ってました。お釈迦様が悟りを開いて飲んだのが牛乳だと言うのを聞いたことあります。みなさん、牛乳をもっと飲みましょうね。イチゴミルクとかいう飴は、まだあるのでしょうか?ぺろぺろ出来ずに、すぐかんでしまいましたっけね。そのイチゴはオランダ経由で日本に伝わってきたということも書いてありました。イチゴはバラ科なんですって。あぁ、最近やっと気温があがってきて、お昼すぎには睡魔が襲ってきます。朝起きれないのは、夜お勉強をするからで、悪循環が続いてるみたいです。夜の11時半から2時あたりは「魔の時間」とか言って何もしないほうがいいんですって。つまり就寝しろということ。しかしやることがつまっていたら寝てられませんよねぇ。イチゴならずアップルパイを昨夜焼いたので、アイスクリームを上に乗せてデザートにしよう。全然仕事に身が入ってません。ウ~~ッ、データの数字で目が真っ赤っか。。。最後の一語。
2006年05月04日
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8.あなたは、大切な人にプレゼントを買うために街へ出かけます。家から街へつくまでは、どんな道のりですか。 -家々が立ち並ぶ普通の町並み、トラムでちんちん、でも地下鉄に乗ると真っ暗。9.街につき、あなたは人形を買うことにしました。あなたが手にした人形を見て「それが欲しい!」と言っている人がいます。それは何歳くらいの人ですか。 -大体、人形なんて買わない。どうしてもというなら買いに行くが、よくわからない。でも私のものを欲しがるのは20代前半。10.あなたは人形をあきらめて、手作りのケーキを作ることにしました。一生懸命つくりました。さあ、出来上がったケーキを見た感想を言ってください。 -心をこめて作ったのだからこれでいい。11.相手にプレゼントをあげようと、あなたはタクシーに乗ろうとしています。手を上げると、そのタクシーは乗車拒否をしました。去っていくタクシーに一言、言ってください。 -タクシーにはタクシーの事情があるだろが、「今度乗ってくれと言っても乗らんよ。」日本のタクシーは愛想が悪いのしか印象ないので乗りません。(これは日本でということなのでしょうか?)8.があなたの青春時代9.があなたの精神年齢10.があなたの初体験の感想11.がふられたときに言う言葉今ちょっと眠くなってしまったのでもうちょっと追加しておきます。明日、最後まで載せてみますにゃむにゃむにゃ。。
2006年05月04日
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4.あなたは今、ダイヤモンドを一つ持っています。それはどれくらいの大きさで、どんなダイヤモンドですか。なるべく詳しく、具体的に書いてください。 -これは女性対象のテストなんでしょうか?私はダイヤモンドには一切興味ないのでわかりません。でも小さくても本物の上質がいいのではないでしょうか。5.あなたのダイヤモンドを盗もうと、誰かが後ろからこっそりと覗いています。さて、それはいったい誰ですか。 -そういう人に盗られるようなものは持ちたくないので、わかりませんが、欲しけりゃ持ってけ~です。6.あなたはそのダイヤモンドをもっと磨いてみることにしました。さて磨いた結果はどうでしたか。今までよりも美しくなりましたか。それともあまり変わりませんか。 -素人がみがくと、かえってだめになってしまうので、もしあっても手はつけません。専門家にまかせます。そんな面倒なものは持たんて~7.あなたはあまりにも美しいそのダイヤモンドに名前を付けることにしました。さあ、どんな名前を付けますか。 -要らんて~4.が自分自身の評価。5.があなたを脅かす人、つまり目上のたんこぶ。6.自分の才能に対するあなたの評価。7.自分に対して呼んでほしい愛称。となってまして、私とはあんまり縁のないテストでした。ダイヤモンドの好きな人用でしたね。。。でもまだ続きます。
2006年05月04日
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作曲家の名前は音楽家と同様に、普段呼び捨てにされる。バッハはバッハで、ベートーヴェン、ヨーヨーマー、イザイとなって、さんとか氏とかは滅多につけないのである。と思い、ちょっと女性の場合はどうなのか考えてみた。まず、女性の作曲家が少ないことに気がついた。でもクララ(シューマン)がいた。しかし彼女はもうこの世の人ではないので呼び捨てにするのであろう。まぁ、そんなことはどうでもいいが、音楽界は結構マッチョなのかも知れない。そのクララはドイツマルクの最後のお札に使われた。他に実在した女性が使われていたのは、マリー・キュリーさんでフランスフラン最後のお札の中に登場していた。日本でも女性が登場してくるようになった。アーティストで女性はなぜかジャズやブルース、ゴスペル、スピリチュアルによくみられ、オペラでのカラスは特に有名である。ときに、(「げげげの鬼太郎」のお友達の)カラスは自分の子供を守るためにカアカアなくそうである。不吉な鳥と嫌われてはいるようであるが、カラスがごみを処理しなくなると大変なことになるのではなかろうかぁ。とにかく女性万歳、である。
2006年05月04日
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これはヤスミンさんから借りてきました。いくらやっても答え(意味するもの)を見ながらでは役にたたないと思いますが、あえてやってみます。ただ、ヤスミンさんみたいに正直になれるかが?です。長いので数問ずつにしますね。1.あなたは知人から一冊の本をもらいました。それは有名な童話のようですが、あなたの知らない物語です。 この本はどんな内容の物語だと思いますか? -子供一人で世界中を旅しながら、結局は自分の居るところが一番好いと悟る話。旅行が終わった時にはもう大人になっている。冒険もあり、怪物みたいなのもありで波乱万丈で楽しい。2.本をめくっていくと一枚だけ色の違うページがありました。それは全体のどの部分にあると思いますか。 -半分。3.物語の結末は、どうなったと思いますか。 -もと居た所には帰らないのでわからないが、家人は皆亡くなっているか、どこかで便りを聞く程度。最後はひとりでなく、気のぴったりあった人と知り合って、その人のところでずっと長く暮らす。そして、またふらりと出ることは無い。という答えです。1が「あなたがこう行きたいという願望」2が「あなたに転機が訪れる年齢」3が「あなたの人生の結末」ですって。まだまだ続きます。
2006年05月03日
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この朝のコーヒーはウィークディーと違い、ポルトガル人のカフェーではなく、ブリュッセルの裁判所の近くのカフェーに入る。そこのコーヒーは二通りあって、マシーンでいれたのと、そうでないのとで、私は後者のほうを飲む。このカフェーは昔地区の住民が熱いお湯を買いに来たところである。店内にはその当時の写真があって、さらに片隅にはサモワールみたいなステンレスの湯沸しみたいなのが、何も言わずに存在している。その横で朝食や昼食、更には夕食もとれるのである。2階で夜にはちょっとだけキャバレーみたいにミュージシャンがやってきて、ライフ演奏が楽しめるようになっている。とにかくここのコーヒーもおいしいのである。おいしいものを求める気持ちがあると、美味しい物にめぐり合えるのである。朝はオーナーのマダムだけがホールで、昼や夜は他の従業員が加わるのである。一度だけ、お昼の時間に入ったことがあるが、殆ど満席であった。出されたものは気持ち良く、美味しかった。お値段もそこそこである。多くがフラマン人であるが、フランス語も耳に入るのである。いつのまにか、ここは私のお気に入りになってしまった。
2006年05月03日
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偶然に目の前、この前ミスったあのジャムおばさんがジャムを並べて立っていたのである。向こうもびっくりしたようで、「今日は暇だったからやって来たの。」と言いつくろいをした。このマルシェは家の近くのとは全然違うマルシェである。まさに偶然であり、「私たちは何かで結ばれているのねぇ」とは、よく言うよ。ちょうど、うちの在庫が切れていたところなのでさっそくふたつ購入した。プリントした予定表をもらったが、本当に、いい加減なんだから…買ったのはグレープフルーツ二種とみかんとレモンを掛け合わせたフルーツである。大好きなカシスがあったが高かったので今回パス。(このフレーバーはアイスで先週に満喫した。)ブルーベリーもあったが、そんなにたくさん買ってられない!ちなみに来週はイチゴと山椒だって。。。いつの来週~~まっ、今日買いに行く手間が省けたというもの、である。
2006年05月02日
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日本人やアジア人独特の低い鼻を持つ人は、なんとしても高くなりたいらしい。しかし、ヨーロッパの人の中には、なんとしても低くしたい人もいるのである。土曜日の午後、トラムに見慣れぬ日本人妻と白人夫のカップルが子供ふたりを連れて乗ってきた。子供は上が5歳あたりで、下が6ヶ月あたりで父親の背中にかつがれていた。フランス語で子供がぐずぐず言うのを聞いて、私はベルギーでなくフランスからやってきていると判断した。彼らはベルギー、ブリュッセルの雰囲気ではなかったからである。とまれ、車中は混んでいたのである。子供はなんとしても座りたいらしく、母親が最初はフランス語であとは日本語であやしていた。赤ん坊のほうは、ニッコリともせず、まさにそのままであった。目は一重でつるんとした顔である。全然可愛くない、と私は感じた。ところが、私の向かい側の12歳ぐらいのブリュッセル地元の男の子が、私の前の彼のお兄さんのところに回ってきて、「見て、この子キュートだよ。」と告げたのだ。何がキュートだ。この子、目がおかしいのとちゃうかいな、とは思ったものの、価値観が違うのでそういうものだろう、と捨て置いた。以前にフランスでも試着室から出てきた私のお尻をなでるようにながめて、「うらやましいわねぇ、このキュートなお尻。」と言われたことがある。つまり、突き出ていない日本人の典型的な尻である。よって日本人が言うキュートでもなんでもない。しかし、こういう調子でいっても、大根足は「あらっ、太い足ね。なんて太いの。」となる。太い足の恐怖は相当奥深い。結局先日スカートを買ってしまったが、なるべく長めのにした。最近の形は形にならない形が出ていて、まともな形ではうけないのである。よって、なるべく形にはなっていない形を選んだ。
2006年05月02日
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