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まだこちらは10月最後の日です。今夕食を済ませました。 夕方もすっかり暗くなってさっさと帰宅を急ぐ人並みの中、私はデザートにマルコ ニーリでチョコレートの小さいケーキを買いました。(デルヴォ-、ジャバ、アリ バ) まるで服のコレクションみたいな秋冬のコレクションのカタログみたいのを高くつい ているだろう黒い紙袋に入れてくれました。一個500円ほどです。 アイスクリームもありましたが、ここのは甘みが少なすぎて私には物足りないので す。 チョコレートも甘くないのです。色気がないったら。。。 本店が5分のところにあるので、センターのにぎやかなサブロン広場の店より行き易 いのです。もちろんしょっちゅうは行きません。そういうところは、きちっとした格 好をしていないと普通は入らないのです。ラフな格好の私は本当に滅多に行きませ ん。 でも今日は誕生日にケーキを食べてなかったので、どうしても欲しかったのです。 けれど、大きなケーキは無く、小さなケーキだけでした。 なぜか買った三つは三つともチョコレートがたっぷりのでした。それしか残っていな かったのです。そこでは今回欲しかった大きなケーキ(3000円くらいから)は予約し ておかないとないということです。小さなケーキでも予約するということです。支店 やセンターのアトリエのほうにはサロンデュテーもあって、他のケーキもあります が。。。 店に入ると、口をもぐもぐさせた足の長いお姉さんか出てきました。彼女の接待態度 とかはパスします。とてもベルギー的だったのです。 女性って、ちょっとはニコッとしてもいいのではないでしょうか。
2006年10月31日
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走行ラインの最初の駅の次から、21時半にメトロに乗ろうとしましたら、プラットフォームに地下鉄が滑り込んできました。10人近くが待っていました。夜は4両編成が多く、前のほうに居ないと乗れないのです。昼間は8両ちかくある。ところが、この時は地下鉄が止まるのを忘れて、そのまま行きかけてしまいました。皆は呆然としてしまいました。映画では見たことありますが、自分の前を素通りするメトロなんて初めてです。が、運転士は気がついたらしくなんとか止まりました。かろうじて2両近くはプラットフォームについています。数メートルの行き過ぎならバックするのでしょうが、うんともすんとも動きません。おそるおそる近づいて、私たちはドアーを開けようとガチャガチャしました。こちらは自分で動かさないと開きません。運転士もどうしたらいいのか迷っているみたいでした。そして結局開けてくれました。しかしなかなか発車しません。しばらくして、運転士が出て車体をチェックしているみたいでした。そして、まるで何事も無かったように「さあ、行こか」って具合に前部に戻っていくのでした。やっと発車です。あとはちゃんと各駅に止まりました。先日、日本の電車はちゃんと指定されたところに停まるという話をしていたところでした。ここのところ、トラムもバスもメトロも皆異常に遅れてます。原因が線路が錆びたとか、皆ばかげたことが多いようで。。。す。タクシーだってなかなかつかまりません。というか、タクシーが空車のランプをつけて停まっているので、乗ろうとしたのですが、誰もいません。カフェー・レストランの前なので、中をのぞいてみたら、誰かがごそごそしてました。がいくら待っても出てきません。寒くなかったのでもう少し待つと、(他に停まっていなかった)やっと運転士が出てきました。食事をするところだったというのですが、それならランプ消しとけばいいのにと思いました。まっ、日本の様にはいきませんね。
2006年10月31日
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先週は「モンゴリアン・ピンポン」という英題、中国語題が「緑草地」の映画を観て きた。 モンゴルの草原を描いた作品はこれで三本目である。最初の二作はモンゴルの映画 で、今回のは中国の映画。 見渡す限りがステップのただ広い景色を眺めていると、なんとなく平和になる。 ストーリー自体はどこかで聞いたようなものであるが、いつもの彼らのテントや羊た ちが出てきて、なつかしかった。 特にアメリカ製のコーヒーセット一式が羊一頭、コーヒーだけなら子羊一頭とか、す べて養っている動物で決まるのである。 今回も子供が主役で、鑑賞していて純真な心のタッチが迫ってくる。 ちなみにいつも私の映画が、商業的にマイナーであることは既に記したが、今回は私 を入れて客は4人だった。100人は軽く入るところで4人だけ。前のほうは大抵誰 もやって来ないので、私は一人でゆったりとして鑑賞したのである。
2006年10月30日
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今朝から空は幾分晴れ気味で気持ちいい。今朝はマルシェの日。カキ(KAKI)を見つけた。こちらでカキと言うと、渋くて十二分に熟したものをスプーンで食べるのがやり方だったが、最近カキリンゴというのが出てきて、そのままでも食べられるのである。味はまさに普通の日本の柿である。形はちょっととがっていて、とにかく大きい。小さいものは、つまり日本で売っている平たい小さな柿はシャロンと言ってイスラエルから来ている。ここヨーロッパでカキを見たのは、モンペリエという南仏で、たくさんぶら下がっていて、とる気になればいくらでも取れたのに誰もとらない。人の家のでなく、道端の木であり、さくらんぼうなら皆掴み取っている姿が見られるのに、柿はだれも見向きもしない。これは渋柿である。道端でなく、マルシェで買った柿(そのころ仏語ではkaki でなく別名だった)をむいて割り箸につきさして、麻紐でひっかけてベランダの日当たりの良いところにかけて干したものである。南仏でも私の居たところの冬は、確かに太陽はあたるが、空気がピンと耳がたつくらい冷えていて風もきついとことで理想郷であった。出来は最高であったが、うまくいくかわからなかったので3個だけだったのだ。その次の冬はもっと東の日当たりがよくないところだった。最初で最後の干し柿つくりだった。そしてnashiである。これは洋ナシと洋リンゴをかけ合わせたもので、長十郎である。温州みかんはタンジリンと呼ばれ、冬になったら出てくる。まだなので、今朝は小さな葉っぱのついたクレマンティンを購入した。あとはスープ用の野菜と卵などである。手がちぎれるくらい大きなかごに満載で帰宅、掃除機をかけて、チョコレートパイの準備をしてパソコンにむかい。。。平和な日曜日である。冬時間で一時間儲かった?!せいか、それだけゆっくり出来た日曜の朝。
2006年10月29日
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久しぶりというか、先週の金曜日は行けなかったのでこの金曜日はちゃんとアイス屋さんに出かけてきた。この日のフレーバーは蜂蜜、アカシアのハニーであった。それと胡椒三種である。今度は定番の(ミルク)紅茶と茶葉の入った緑茶を作るらしい。少し前にパリの食品サロンに出かけて、いろいろとヒントを授かったらしいので楽しみ。。。ふと前日は誕生日だったんだよ、と言ってしまったら、勘定がただになってしまった。10月の末から11月にはいる頃は万聖節の休暇といって、日本のお盆みたいなことをする。お墓参りやハロウィンにちなんだお祭りとかである。盆踊りなどないが、最近は暗くなった街頭にかぼちゃのランプが照らされることがある。アイス屋さんは休まず営業だというが、夏のように行列が出来ることはないだろう。そのほうがおじさんにとってはいいらしい。ゆっくり客と話せる…とか。ここのところの気温は最高が18℃あたりで、夜はかなり冷え込む。しかし今年は幾分温かく、南仏では地元の人が夏のように泳いでいる光景がテレビで映されている。一週間の休暇をとって太陽の存在感の高いところにでかける人が多い。冬時間まであと一日である。
2006年10月29日
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昨日の天道虫で天井にはりついていたのが、今朝もそこから動いてないようです。窓際のはひっくら返って本当にあの世に旅立ったようです。床にも転がっているのがあります。先日は「アダムのりんご」という新しいデンマークの映画を観ました。そこで、りんごの木にカラスがたかるエピソードがありますが、そのカラスを追い払うと、次は虫がリンゴを食い荒らすのです。なぜか、オフィスの天道虫の群れと同じような気がしました。夏時間最後の金曜日です。先週はインターネット接続のためのキットを地の果ての郵便倉庫まで雨の中をとりに行かねばならなかったので、アイスクリーム食べてません。今日は出かけます。そうなんです、郵便配達の人の中には(全員とは思いたくないけれども)不在時には、通過しましたという紙を郵便受けに放り込んでからベルを押して逃げるように去っていくのです。第一郵便物は基本的に郵便受けに入れなければなりません。が、小さすぎる場合には、郵便局まで持って帰るのですが、また、書留などはサイン(日本では判子)がいるし、本人に手渡ししなくてはならないので、時間の節約に玄関ベル(ブザー)の押し逃げや、全く押さないでそのまま行っちゃうのとかよくあります。郵便物にもよりますが、いくら在宅してても留守と同じです。近所のデポでなく最低一時間は片道かかるデポの場合は、それこそ半日仕事です。車で行くにしても混みますから週末に取りに行きたいところが、日曜日は閉まってますし、土曜日は朝だけ受付です。日本の宅配システムはありません。あれば非常に高くつくので、一部の階級の人たちのみの利用になります。それに取り扱いがとても荒いです。昔、友人が誕生日のプレゼントにオードトワレのセットを送ってくれましたが、郵便局のデポから内容が蒸発して軽くなった箱を持って帰ったこと覚えています。ときおり抜け荷の被害に会うこともあります。そしてクレームをつけても、手ごたえがありません。だからと言って黙っていては無視されます。「無私」したくなかったら、「虫」殺しの目に会いたくなかったら、いくらでも「蒸し」かえしてやりましょう。「ひつこい」性格が望まれます。では、BON WEEKEND!
2006年10月27日
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午後のオフィスに天道虫の群が迷い込んできました。こんなことは初めてです。少し開いた窓に張り付くようになって、いくら払っても動きません。払い落とすと、まるで死んだようになってしまいます。大きな窓なので上部に手が届かず、払うことができず、なかなか窓を閉じることが出来ませんでした。色は黒と赤の二色。点は大きい点から小さな点からたくさんあるもの、少しのものといろいろです。どうしたのでしょうか?トンボや小鳥や天道虫と、次は何でしょうかね。
2006年10月27日
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おかげさまで26日は無事に結構楽しく過ごせました。 よく言う、人生の分岐点を越したという具合に、私も今までと同じ分生きるとは思い ません。でももしかしたら、そうなるかも。。。 我々は一日普通24時間しかないので、三分の一づつ分けてます。8時間を仕事、8時 間を睡眠、あと8時間をどう生きるかによって違いが出てくるのですね。 まだまだ有意義に生きること出来ます。最後まであきらめないことです。
2006年10月26日
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日本の時刻では26日ですね。 よって私がこの世に出てきた日です。 いつかはまたあの世に帰ることになります。 それまでよろしくおつきあい願います。 破傷風の注射も無事終わりました。ジフテリアのと一緒でした。 前のときは腰(お尻の上)にしたので、今度もそうだと思って脱ぎかけたら、腕でし た。次は10年後です。どこに居るでしょうかね。 帰宅するとMさんからのうっとりするような和風ストラップと、ふと口に入れたくな るようなお香がつきました。それに、(請求したみたいでしたが)中村やのゲッペイ たちも入ってました。ここでお礼を言いますね。 もし自分の魂がこの私を選んで生まれてきたのなら、それなりに期待にこたえましょ う。確かに山あり谷ありの人生ですが、決してつまらない人生ではありません。私は 野山に咲く八重山吹です。実はならなくても決して悲しくはありません。八重なんと かというのは、単のが突然変異でなったのだと思います。そうです、私は突然変異な のです。オニオン(たまねぎ)はオニオンでそのままそっとしといてください。切れ ば泣けますから。。。 ありがとうございます。
2006年10月25日
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今日は破傷風の注射をしてもらう。10年たったのだ。10年前、私は丘の見晴らしの好いところで一緒に夕陽が沈むのを見ませんか、という誘いをかけた人に出会った。その人はしょっちゅう山歩きしたりするから、破傷風の予防だけはしとかないとだめだよ、と言った。だからというのでもないが、そのときが初回の注射であった。正確に言うと11年前になる。この年には私の人生にも区切りがついた時だった。破傷風は恐ろしい病気なので、こちらに住むなら是非やっておくべきである。南仏にいるときも現地の人に勧められたものである。別に汚いというのでなく、土に触れる機会が多いのである。森を散歩して落ち葉を拾ったりすることや、きのこ狩もよくするので注意するに越したことはない。一度しておけば、あとは10年に一回で好いので楽である。あれよあれよという間に10年は過ぎた。注射だけでなく、トレッキング用の靴をその後購入したものの、肝心の前述のパートナーがパリへ転任で去ってしまった。そうよ、あれから10年たったのだ。
2006年10月25日
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前からこの色だけは避けてきたという色、ピンク色。なでしこ色。桃色。。。。の上着を買いました。それも中国風のを。。。秋の雨降る休みの日のチャレンジでした。問題はこれを(「ほんま」に)着るかということです。これも柔らかさ、みかけでもいいから、を出すためです。これで、私はちいとは女性的に見えるでしょうかね。タンスのこやしにしましょうかね。このタンスのこやしというのは、良い物をタンスの中に持つ、つまりタンスを肥やすというところから来ているのです。ピンクのジャケットが良い物か否か知りませんがね。。。そしたら、なんと偶然に画面が桃色一色の中国語のメールが電車で知り合った天津の人から届きました。更にビデオ付です。断っときますが、変な内容ではありませんよ。文章でなく、声とイメージのメッセージということです。そのメッセージが中国語でして、最後と最初がわかるだけ、ナチュラルスピードでしゃべってくれてます。宿題が出来ました。変なことは言ってないと思いますけど。。今日帰ったら息子が拾ってきた栗を食べましょう。何故って、天津甘栗。。。
2006年10月24日
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新しいパソコンでこちらの夜中に投稿したら、日本は(早)朝なんですが、30分くらいでピンとアクセスが飛びました。いつもは、こちらの日中でお昼近くに投稿しますが、ちょぼxちょぼアクセスです。やはり皆さんとバイオリズムを合わせると、相乗効果みたいなのがあってすごいです。でも夜中は寝たほうがいいので、あんまり投稿しませんけど。。。急にリビングルームの中が賑やかになってしまいました。ディジタル時代が我が家に登場、です。テレビもついにデジタルです。時々とびますが。。。カメラと私はまだアナログにとどまってます。映画にがんばって行ってきました。ちょっと意地になってます。またコメントしますね。
2006年10月24日
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昨日の23時に、新しいパソコンからブログへのログインをしようとしてもなかなかうまくいかなかったのです。本日、といっても今は23時ですが、外出して、思い切り歌を歌ってきまして、もう一度トライしてみましたらうまくいきました。ディジタルには弱いのですが、なんでもクッキーとかを受け入れてやるとOKでした。これでこれから週末でもブログを続けることが出来ます。原稿を用意してウィークディーに投稿するのって時間のずれがあって、内容にとってはやっかいだったのです。際限のないおしゃべりが始まりそうですが、暇だからやるのではなくて、これをやることが私のやるべき事なのです。オニオンのブログの全部の更新をしてみようと思いましたが、つまり新しいブログを設ける、このまま続けてみます。よろしくおつきあいのほどを。。。もう遅いしちょっと疲れたのでもう寝ます。あっそうそう、今日歌った歌はゴスペルと黒人霊歌(ゴスペルが生まれる前)いくつかと、アフリカはカメルーンの歌ふたつでした。参加は今までのうちで一番多くて38人でした。場所が狭く感じられました。とにかく楽しい週末を過ごせました。また、久しぶりにフィンランド人とポルトガル人の友達が練習後のコンサートに来てました。二人とも週末レッスンをアフリカダンスとヨガ、それぞれに参加したということです。うまくリフレッシュ出来ました。
2006年10月23日
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ゴスペルのチャリティーコンサートがあった。歌っている一人と演奏している二人を知っているので出かけてきた。場所はなんとカトリックの教会であった。普段はクラシックコンサートやリサイタルを催すところである。殆んどが黒人であり、東洋人は私ひとりであった。つまり、歌っている18人のうち二人だけ白人で、あとは皆黒人である。観客のほうも白人はまばらであった。このグループはプロでなく、同好会みたいなもので、楽しくやっているのである。今月から前にやっていたポリフォニーのレッスンを始めた。特にアフリカの歌を中心にやるので楽しい。意味はよくわからなくても、リズムなどなつかしいのである。仕事のあと歌うとその夜よく眠れるのである。ちなみにこの週末はおなじみゴスペルの講習である。この2ヶ月落ち着いて空を見る暇もないくらいに忙しかった。歌ってたまったストレスを吐き出すことが出来る。気の合った仲間たちと同じことをする。そこにはいじめなど存在しない。Bon weekend!
2006年10月20日
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日本の学校でのいじめの記事の中で読んだのだが、教師が太った女の子には(太っているから)豚の漢字を書けと言ったそうな。これは「いじめ」ではないと思う、こちらは「いやがらせ」である。私なら間違わないように豚という字を書き、その下に馬という字も書き、「豚はとんと読みます。馬はまと読みます。共にトンマと読みます。先生の漢字を選ばせてもらいました。」と返してやる。どんな仕返しが待っているかは想像したでけでもぞっとするが、屈していてはいけない。ただ難儀なのは、もっともっと陰湿な性格を持ったものである。世の中がもっとひどくなっても、結果的に自殺を実行することがないような方策を考えるべきである。いじめられたらどうするかでなく、いじめのない環境にもっていくことではないだろうか。何故いじめるのか。もっと社会が積極的になって改善していくしかないのではないだろうか。「むらはちぶ」の問題は奥が深い。学校でもクラスからはぐれる者が常にいる。遊び相手がいなくて、ひとりでポツンとしている。家庭では家族に全く構ってもらえず、自分はもらい子だと言い聞かす。「醜いアヒルの子」で体の色が違って醜かったのなら、世界では、肌の色が違うせいで、しゃべる言葉が違うせいで、りっぱに偏見が存在している。今までにそれで多数の者が差別をうけて殺されているし、自ら命を絶っている。しかし生き残っている者もいるのだ。心しておくことは、いじめられても、決していじめる方になってはならないということである。
2006年10月19日
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つぎ、「いじめたことありますか?」なんだか恐ろしい質問ですね。ただ一言、今の世の中のリズムはちょっと狂ってるようですから、何がいじめで、何がそうでないかをきちんと定義しておくことが大切です。意見を出す時の基本です。まじめな人に告ぐ、自分をいじめちゃいけませんよ。少しはいじめられたい、と思った人もいるでしょう。きっと。
2006年10月18日
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女が子供と一緒に仕事が出来たら、もっと社会進出していくだろう。現状は不可能である。幼児をつれて職場に行くものなら、即解雇であろう。さもなければ邪魔がられる。その昔、女性が外に出る時には子供を「おんぶ」したものだ。あの「ねんねこ」という暖かさは忘れられない。私は長女だったので、あんまりおぶられてはいないかもしれない。しかしいつも妹たちをおぶる母の「ねんねこ」の黒縁の柄を覚えている。それに乳のニオイがしみこんでいた。息子がおぶれるサイズの時に、私はオランダ語を習い始めた。ベルギー、ブリュッセルでは仕事を持たない人は幼児を預けてくれる安いところは入れなかった。職業があって、しかも収入も高くなく、産まれる2ヶ月前に申し込んでいなければならなかった。矛盾しているのは、子供がいるから働けない、しかし養うために働くのであることだ。当時、働くのでなく、オランダ語を習うだけの私は、普通ならどこも見つからないものが、運よく近所に区の経営の託児所を見つけた。朝だけだったが、毎朝通った。そして安心してオランダ語に励んだ。が、始める前には相当な覚悟をしなければならなかった。つまり、子供が病気になったら、である。小さいうちは何やかやと罹るのではないかということである。はしかや水疱瘡、風邪などであるが、私は子供が罹らないように結界を張ったものである。そして、万が一高熱や水疱瘡などの避けて通れないものに罹れば、更にそれが試験の日にであれば、私は子供をおぶってでも試験の日に出席する気でいた。功を奏したのか一遍も大きな病気はしなかった。オランダ語も無事試験に出れた。ただ、一度学校が長い休みの時に水疱瘡にかかり、休み明けの授業に出るために、水疱瘡のあと瘡が背中からなかなか落ちないので、タオルで軽くたたいてはたきおとし、託児所に連れて行った。もちろん高熱などなく元気すこぶるであった。ずっと気を張っていたのである。母親の気をそのまま子供は受けるので、悪い気を発しないようにしただけである。母とはしんどいものであると痛感した。私はおんぶでなく生後六ヶ月まで、息子は前にコアラのように抱き紐で結わいて外出したものである。その後はバギーであった。託児所のあとは働くようになってしまったので、ずっと夕方6時まで見てくれるセクションにまわされた。公式保育園は生後2ヶ月から入れるが、産まれる6~2ヶ月前には登録をすませておかねばならない。託児所は次の幼稚園の前のところで、子供を慣らす(オシメがとれないと幼稚園には行けないので)ところである。今日この頃、「おんぶ」や「だっこ」して歩いている母親はあまり見かけなくなった。父親が乳母車を押している姿がちらりほらり。。。ちなみにアフリカスタイルは幅広い布に子供をまいて体にくくりつけるのである。
2006年10月18日
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年末に発送するクリスマスカードが先週末に事務所に届いた。つまり、注文した分が届いたのである。ユニセフのカードである。子供たちが絵の中に出ている。今年もあと2ヶ月半もない。いや、2ヶ月以上あるのだ。月末には冬時間に戻る。あぁ、終わりの美を飾ろう。
2006年10月17日
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中秋の名月を見れなかった。曇っていたのである。そしてゲッペイも食べれなかった。忙しくて買いに行けなかったのである。こちらでは中国本場のゲッペイが買えるのである。(ちなみにインドネシアのテンペも買える)昔は日本の「中村や」のゲッペイが大好きであった。なぜかあの感触が好きだった。一人で一個以上食べたかったが、妹弟も同じように食べたがった。包まれているあのセロファンを開く音が心地よい。ヨーロッパの人にとっては、満月だからといって特別なものは何も無く、月が見たいといえば、「おまえは狼になるのか」など言う。なぜあそこにウサギが二羽餅つきをしているのか、いつから居るのか、誰も知らない。そして、月の光は汚れをとってくれるなんて、あんまり知らないだろう。太陽なら見ると目に星がきらつくが、月ならどうなのだろうか。私は一生懸命に月を眺め、太陽も夕陽をじっと見つめたことがある。見続けていると、表面の細かい模様が見えてくるような気がしたものだ。目は痛まなかった。しかし人には勧めない。そういえば、子供の頃学校で作ったうさぎの餅つきのクレヨンの臭いが忘れられない。あのころはクレパスといった。ブリュッセルの文房具やで見つけたので、思わず買ってしまった。桜の花の商標がなつかしい。そういえば、その昔、「ホルベイン」だったか油絵のセットを高島屋で貯金をはたいて買った。美術部に入って初めての作品を上出来の「アブストラクト」であると言われてから二度と筆はとっていない。私はあくまでも写生したのだった。このセットは京都のお友達に預けてきた。亡き父もその昔は油絵セットをそろえたようである。水入れも上等のものがあった。それと同じものを購入した時、私の心は振るえた。きれいに保存されている筆やナイフなどもあったのを、木の大きな蒼い箱に入っているのを一度だけ見たが、その後どうしたのだろう。デザイナーになろうと思えば、「普通科にしときなさい」と言われてから、私の道は絵の世界から遠ざかった。そして、建築家になろうと思えば、「あれは製図画いて目を悪くするよ」といわれ線引きからも遠ざかった。習字も習っていたが、お寺の息子ばかり字がうまいので嫌になった。コーラスではソプラノの下になるメゾソプラノにがまんできなくて、いつのまにか出かけなくなった。もし絵もかけて、線もひけて、字もうまくて、ソプラノだったら、今とは違う自分なのだろうか。どうなのだろうかわからないが、もし足が人並みに細くてブーツがすんなり入っていたら、きっと人生変わっていただろう。惜しいことを残すのもまた良し、であると思う。後悔とは違うのである。気持ちをある時点から糸を引いて現在まで、そしてこの先を生き続けるのに必要ではないだろうか。なんせ想像するだけでも楽しいではないか。足の太さを気にすることもなく、いつもうまい字が書けて、見事なデッサンを描いて、(マリア)カラスなみに歌っていたら、おまけに頭も良かったら、今の私は居ないだろう。必要以上に物事にこだわり、絵も字も下手でメゾソプラノ、寒い冬でもブーツを履かない、まさに玉葱の如く着重ねをする今の私、この世にたった一人しか居ない個性的な私は存在しないだろう。
2006年10月17日
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今さっき、オフィスに一羽の小鳥が迷い込んできましたが、あまりにも見事に去っていったので舞のようでした。一瞬の出来事でした。トンボの時は窓を大きく開けて出てもらうという余裕がありましたけど。。。ようやくなんとか落ち着きかけてます。そろそろブログ発信再開しますね。夏の写真が出来ました。ここには載せられそうもないので、希望者の方は私書箱にアドレス残してください。グランプラスのフラワーカーペット、北オランダの海岸と静かな港街、アムステルダムの運河(アンネの家のところ)、ベルギー人のジャズをやってる女友達ミシェッルです。どれも素人の写真ですし、グランプラスではアングルがうまくとれなかったのでいまいちですが、実際に現場に行った証拠みたいなものです。なお、私はどこにも出てきません。では、また。
2006年10月16日
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先日バスに乗り合わせた矍鑠とした85歳の女性が下り際に私に言い捨てたことばは、「犬の住む屋根は皆心配しているが、人間さまがホームレスになっても、誰もさほど興味を示さない世の中だね。」道中、と言ってもほんの5分にも満たない間に我々は一杯おしゃべりした。高齢ではあってもくどい台詞は一切なく、楽しいひと時を過ごした。彼女はまた、「昔は今よりお金は無かったけれども、もっと働きたくて、働くことが喜びだったね。私は72歳まで働いたよ。」彼女の手や顔は、言うまでも無く輝いていた。この夏には30分くらいの間の電車の中で一生懸命中国人と会話した。あともメール交換やっている。長年つきあってもひとことも交わさない人もあるというのに。。。今週は技術的な都合によりまして、ブログお休みいたします。また来週からよろしく、お楽しみに。。。
2006年10月09日
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トチノミが落っこちて、クリノミも落っこちて、あたれば痛い秋の雨こんなに寒いのにうちの屋根には鳥が巣を設けました。西洋カラスの空き巣をカササギが使っています。どちらにしても周りが汚れるのには変わりはありませんね。でも頭の上に落ちてきたら、えらいことですよ。海のほうではカモメがよく落としていきますね。歩道にもフランスほどはなくても犬のフンがそのままです。あれは、こちらでは踏めば「運がつく」と言います。日本語じゃないのでしょうかね?靴のまま家にあがりますが、そういう靴はちゃんと脱ぐか、汚れを落としてからにします。ここ数日新しい靴をはいて足をならしてますが、ずっと立ってると疲れますね。お気に入りのフランスのある種(“arche”)です。以前よく靴を失くして、あちこち捜す夢をみたものですが、今はもう見なくなりました。BON WEEKEND!(はい、金曜日ですから、アイス屋さんへ出かけます。)
2006年10月06日
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今年は毎月はっきりと気候の変化がみられる。7月はあの猛暑で、8月はいやに涼しい夏となり、9月はこれまた暖かい日和が続いたかと思うと、10月にはいって急に寒くなった。マロニエも褐色になっているところが目立つ。トチノミ(マロニエの実)が一杯落ちてくる。私の窓際のハッピーバンブーは、もう2年以上になるが、たくさんの根っこと葉が出てきている。特にボルドーのワインのボトルに入れた分は居心地が好いのか、どんどん中でのびている。流行の色や形は結構地味なものが出ている。流行がどうであれ、季節は間違いなく変化する。
2006年10月05日
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馬刺しではないが、アントワーペンの中央に馬の肉を出すところがある。一度母をつれて行ったが、量が多くて食べきれず、私が手伝ったかたちに終わった。記念撮影だけはしてきた。大阪の中央にも父と行きそびれたところがあって、そこは馬刺しでもなんでも食べれるそうであった。あいにく、その日は定休日であった。スーパーでも売っているから買えるのであるが、今ひとつその気にならない。ダチョウやカンガルーならOKなのだが。。。まあ、涼しくなったからチョコレートを日本に送ろうと思ったので、そろそろ買いに出かけるが、ベルギーにはスペキュロースというビスケットもある。湿度が多い(日本の)夏が終わったのでこのビスケットもいい。甘さもそこそこで、コーヒーと合う。私は送る箱の中にチョコレート等詰める時、ヌガーやチーズの形をした石鹸も入れることがある。一度そのヌガーを送った時、そのまま送ったので、受け取り人は一瞬以上食べれるのか、否か迷ったそうである。つまり、ヌガーにしてもサイズが大きいということが彼女を躊躇させたのだ。正解である。常に用心深く、あらゆる変動に注意を払うことである。とはいえ、最近は「食べるな」と書くようにしている。ところが、石鹸に似たろうそくも送ることがあり、送られた人はひもがついてないか調べるのである。石鹸もろうそくも誠もってよく似ている。使うと消えてしまうのでいつまでも邪魔にならないだろうという配慮なのだが。。。体についた脂肪もどこかに送って消えていくというシステムはないものだろうか?
2006年10月04日
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と言っても競馬ファンではない。ただ、馬ごとながらわざわざフランスまでやってきてレースするというところがいいではないか。堂々3位なんだからいいじゃん。もし優勝してたらそれはえらいことですよ~~である。馬だけじゃなく、その他の要員もあり、それは大変だったろう。馬にしても慣れるのには楽ではなかっただろう。ブリジット・バルドーが「馬の肉をいいかげんに食べるのやめて!」とまた訴えている。最後の落下の画面でカメラが彼女を上向きにとらえたルイ・マル監督の「私生活」を見てふと思った。
2006年10月03日
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また銀杏を買ってきた。今度は焼け目をつけてお酒でやろうと思ったのだが、その前に焼き飯の具として使った。ワインと合うかしら、とも思ったのでワインも買ってきたが、私の好みのマルゴーが安くスーパーで見つかった。もちろんマルゴー村のであって、あのシャトーマルゴーではないが。。。もう一本はペッサク(ボルドーの近郊)のワインである。白のシャトーブリオンが有名だが、こちらはその赤版。以前この近くに友達が住んでいて、そこへ行くたびにその葡萄畑の横を通ったので、ただ一度味見をしようということである。白よりも赤が好きなので、あえて赤二本である。というと、飲兵衛みたいだが、私はほんの少しで出来あがってしまう。ワイングラスに一杯、食事とやるだけなので、健康に良いだけである。秋にはやはり(ボルドー)赤ワインである。今年のはまた格別にうまいのが出きるらしい。じりじりの暑さで葡萄が実ったからである。量は少ないらしいが、質が最高だということである。先日知人と下町のタイランドの料理屋に出掛けた。最初は中国料理と考えていたのだが、雰囲気がタイのほうがよかったのである。最近またその周りには新しくアジア系のレストランが出来ている。その多くが観光客相手のようであるが、中にはまともなものもある。ブリュッセルの自由大学の近くには安いヴェトナム料理屋も結構ある。パリやロンドンほどではないが、世界各国のレストランがあって楽しい。日本料理屋というのは本当に高価であって、稼ぎのいい階級の人だけが通う。その点中国系料理はピンからキリまであるが、多くの人が味わえる。銀杏だって、中華食材店で買うのである。日本食材屋では見たことないが、あれば4倍くらい高い。日本の人は中国のは臭いとか、変な味がするとか言うが、確かにアジアのニオイには一種独特のものがある。しかし、一度慣れれば日本の方が変な味になるのではないだろうか?菓子類は和菓子をとれば尽くされた味や嗜好ではあるが、どこか野性味が欠けているような気がする。海外生活も長くなると、趣向も変わってくるのだろう。
2006年10月03日
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チャレンジが続いた9月が去って、いよいよ今年も後半に入った。ここベルギーでは先月はずっと天気が良く、気温も20℃はあったので半そで、素足で外に出れた。前にも記したが、ここでは衣替えなどしない。空模様によって暦の上の季節は気にしないで自由に衣服をまとうのである。しかし流行もいくらかは影響するようで、寒くてもおへそを出している女性たちが去年のように多いだろう。スカートにしてもパンツにしてもウエストからずっと下がったものである。下着をわざと出すのであるが、若い子ならまだ見れるが、そうでもないのが出しているのを見ると、下品かセクシーのどちらかであり、大抵は前者であり、だらしなく見える。そうなのだ、下着はちらつかせるものになったのだ。ベルギーのシュール画家マグリットは、大きなリンゴを紳士の顔の前に描いていながら、彼が描いたのは(隠れた)顔だと言っている。見えるものと、見せたいものが違うと言う事を言っているのだが、ちらつかせる下着にどこか似てはいないだろうか。
2006年10月02日
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