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きっと寝ぼけていたのか、何かで起こされたのかだろう。 高い木の上の巣なので、猫はやって来ないはずではあるが。。 やっぱり、生の鳥の声が心地いい。 先日朝(西洋)カラス(=コルネイユ)が意味ありげな鳴声を遠くに送っているのに 気がついた。 一匹(一羽)が屋根の上で「カアー」の5回を二度すると、しばらくして遠くで同じ ものが返ってくる。そして今度は3回の二度である。同じように向こうから返事が 戻ってきてから始まるのである。あんまり大きく「カアー」とやるので、屋根から 落っこちかけたのもいるくらいである。見ていてはらはらした。 次の日も同じだった。滅多にないので耳を澄ませてしまった。でもその次は終わり だった。彼らの言葉がわかったら面白いだろうなぁ。カラス語とか、燕語とかであ る。 何かを連絡しているのだろう。他の小鳥でも鳴きながら、歌いながら離れた仲間と連 絡をとっているようである。 い「えろぅあつうなってきまひぃたなぁ」 ろ「ほんまにでんな」 い「お宅らぁ、仕事したはるさかいにえろぅおまっしゃろ」 ろ「ほんまにでんなぁ」 い「わて、ちょっとひまあるんやけど、ちょっとそこでお茶でも飲みまへんか」 ろ「ほんまにでんなぁ、誘うてもろぅておおきにぃ、なんやけど、これから行かなあ きまへんのや」 い「へぇ、精がでまんなぁ、」 ろ「ほんまにでんなぁ」 なんてことはまさか鳥でも言っとらんでしょね。大体鳥のはリズムが大阪系じゃない と感じる。 で、また金曜がやってきた。 実は今年は私にとって三重(みえでなくて、さんじゅう)の記念の年である。 内容は個人情報に関わるので公開はしない。 しかしこのトリプル記念年にこうしてブログ発信をやっていられるのもラッキーなの かもしれない。 去年はもうひとつの記念年であったし、今年も意味が深い。 凡人には、目の前の運が見えない。 非凡人には、それが見える。 もうちょっと非凡人なら、それをつかむことが出来る。 とかいう意味のことを目にしたことがあるが、私も凡人なかなか見えない。 目を凝らしていれば、いつかは見えてくるだろう。 見えるというのは、気がつくという意味。 チャンスは「今だ」。であって「未だ」ではない。 我々は常にチャンスに囲まれているのである。 それをどう使うかは、至極自由である。 何となくまた、まじめ人間になってしまったが、これでとにかく前半戦終了である。 (7月・8月は、「お休みモード」) BON WEEKEND!
2006年06月30日
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木曜日であるが、この日が休みならもっと一週間が楽になるのではないかと感じる。つまり、月、火、水曜と活動して、木曜に休んで金、土曜に再活動、日曜日が休みという風にである。そのほうが効率が上がるのではないだろうか。もちろん仕事にもよりけりではあるが、人間のリズムとしてそのほうが好いような~どうでも良いようなことを考え出してきた。仕事によっては、休みの無い=休んでいられない仕事もある。そういう場合には、その仕事の中でうまく休むしかないであろう。休むというのは、怠けるのでなくて、仕事をしないことである。それが怠けることになるのであれば、ヨーロッパの資本主義者の大半が怠け者である。私の半分以上がこちらのモードに変換されているので、やはり休みたい。何もしないでぼんやりと空を眺めていたい。が、日頃掃除がいいかげんなので、住処の片付けがある。たまには、電車で遠くに行きたい。買い物したい。おいしいもの食べたい。とかで空の雲はひとりで流れていくばかりである。ボランティアの仕事も無いではないが、失業中でもないのだから、せっかくの休みに働くなんて~とずるこい気分になってしまう。休みの時間は私のものなのだから、何と使っても自由である。しかし問題はその自由をどれほど使いこなせるかである。まっ、難しいこと抜きに楽しもう。7月からお休みモードにはいる。つまり毎日の発信はせずに、本当に気のむいたときだけ発信でいく。アクセスが増えなくっても構わない。そのためにやってるのではないから。とはいえ、結構増えて内心安心。いろいろなブログに行きたいので、この夏ちょっと出かけてみようとする。そうだ、スイスのお友達の誕生日が明日である。彼女のご主人はオランダ人で息子が当然スイスとオランダ両方人である。彼らは一年中をスイスとオランダとフランスの間を車で、飛行機で電車で行き来している、まさに国際家族である。
2006年06月29日
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勝つとは思っていなかったのは、私だけでなくフランスのほうでもらしく、それが幸 したのか、彼らにプレッシャーは無かったようである。だから勝てたのかもしれな い。それこそ親に見離された子供のように、がんばったのだろう。 今度はブラジルである。ここもやっと調子が出てきたようだから、手強いのは間違い ない。また暑くなる。 ブリュッセルにもどって、、、何度も登場の日曜市(マルシェ=市場)、なじみのイ タリア人パオロのところで熟れたメロンとアプリコット、サクランボウ、トマトを 買った。 このサクランボウ、よく熟していておいしい。食べ過ぎたのかトイレに急行してし まった。 アプリコのほうは、実がしまっているので急いで食べなくてもいい。メロンは熟れに 熟れているので冷蔵庫に入れた。 他にもまだ苺が出ているし、桃も出ている。キーウィやリンゴ、オレンジ、梨、すい か…とあるが、やはり北部である。南仏のマルシェの輝きは無い。その太陽サンサン のマルシェでは苺はスコップですくって新聞紙まがいの紙を丸めてそこに入れ、その ままを計りに乗せて籠に入れてくれる。箱など無い。∴つぶさない様にしないとなら ない。しかし籠から出した時には半分はもうくずれていて、赤い色で紙、籠までが染 まっている。それをあちらでは、洗わずにそのまま砂糖をかけて食べていた。洗え ば、風味が無くなるというのである。然り、最初からはそのまま食べれないようで、 慣れるまでには年月がかかるものである。 北上すれば、苺も大人しくなるみたいで、プラスティックの容器に一応は入れてあ る。が、やはり皆さん、洗わないで食べるようである。サラダ葉にしても、すすぐ場 合は虫や土などをとる場合であって、人的のきたないとかいう理由ではないようであ る。私は塩をふるか、酢をかけてゆすぐことがあるが、最近は食べる直前に水につけ ているくらいである。 一度南仏でサラダ菜についていた一匹アブラムシと対面したことがある。彼は私を じっと見つめた。私も見かえしてやった。しばらくそのままであった。そして体の大 きい私は彼の上から水をかけて流れてもらったのである。養うには責任が重すぎたの である。敬意を表してそのまま食べてやってもよかったのかもしれない。 それにしても気がつくのは、スーパーで購入の野菜に虫など見かけないことだ。土も 無い。汚れていないがしなれたものが多い。本当に生きているのか、と問いたくな る。
2006年06月28日
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6月もこれが最期の週となった。グランプラスや他の広場での野外無料コンサートやブロカントが終了した。あとは夏まっしぐらである。夏には暑いところに太陽を求めて出かけるか、涼しさを求めるかである。私は涼しいところが良いのだが、ヨーロッパはそんなに暑くないので、無理に出かけなくてもいいと私は納まってしまいそう。しかしながら、オランダの北にふらりと出かける予定をつけた。レンブラントの生誕400年を祝っているので、レイデンのほうへ出かけようかとも思ったが、アムステルダムで充分だろうとも思うので辞めた。よって今回は、アムス経由で北(マタハリの故郷)に行くことにする。それよりもパリである。マリヤ-ジュのお茶を買いに行く。ヒマラヤの方の青茶とやらが入ったそうである。以前はしょっちゅうパリに出かけていたのが、何故か最近ずっとご無沙汰してしまった。今度のお目当てはエッフェル塔の近くにオープンした博物館である。ブリュッセルはちょうどパリとアムステルダムの真中ほどで、超特急が走ってるので便利である。ケルンまでも更に近いので、短時間で飛行機よりも楽に移動できる。と、品よく考えていたが、パリについては、ついさっきのうちのオフィスに来るクーリエ配達人のおっちゃん(彼はカンボジア人であるが、中国の血も混じっている)とのおしゃべりで、パリの13区中国街に行くことにした。そこでは大きなショッピングセンターがあって、何でも買えるし食べれるということである。中国のDVDをあさりに行こう。まだ足を踏み入れていないのである。エッフェル塔の博物館を早く切り上げて、ベルギーに戻るまでチャイナタウンで過ごすのである。青茶はそこでも買えるだろう。と言いながらも、もう青茶も白茶もどうでもいい、直接飲茶(ヤムチャ)して、食事して、買い物してと目が輝いてきたのである。アムステルダムでもチャイナタウンはあるのだが、パリのほうがもっともっと中国らしいニオイがしそうである。あぁ、揚げごま団子、鴨、エビシュウマイ、酸っぱくて辛いスープと粥を一挙に食べたいが、しまった、ホテルの予約をしていない。タリスで一時間半ということで日帰り切符を買ったのだが、これじゃ時間が足らない。また出直しするしかない。安い切符は2ヶ月前に購入しないとならない。次は秋になる。誰が割引なしでパリに行くものですかいな~である。タリフは3倍も違うのである。この前には、直ぐに売り切れたが、往復20ユーロの激安セールをやっていた。普段の安いのは50ユーロである。タリス10周年なので片道10ユーロという嘘みたいな本当のタリフ。しかし安いアンパンみたいに皆に飛びつかれてしもうた、ということである。街にはむなしく広告のポスターがはためいているのである。
2006年06月27日
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昨日日曜日には、マルシェのあとお昼を食べて、珍しく街に出た。ダウンタウンの賑 やかな地区に行くと日曜でも開いた店が何件かあって、カフェーもやっている。空は 土曜日とは打って変わったように雨がしきりに降り、雷も響くという感じであった が、びしょ濡れになりながらも出かけたのである。目的は土曜日に目をつけたスカー トを求めてであったが、店を出た時にはブラウスを買っていた。 日本では日曜日に多くの店舗が営業するが、こちらでは日曜日は休みのところが多い ので、よく計画をたてておかないと何も買えないで困ることがある。日曜日は家族そ ろって休む日であって、仕事はしない。商売もしないのが普通である。最近はよく日 曜日でも営業するところが増えてはいるが、まだまだ生活の中には溶け込んでいな い。 つまり土曜日が買い物にとても混む日である。 ベルギーにおいては、開店時刻は衣服関係なら大体10時頃で、18時まで。食品店なら 9時から18時か19時まで。大きなスーパーでは閉店が幾分遅くて19時か20時という ところ。レストランは、まともなところではお昼の時間12時から14時までと19時から 22時あたりである。人々は決まった時間に買い物したり食事したりするのである。が これも近年はナイトショップなどが出来て、従来のリズムを無くしている。 しかし24時間いつでも買い物が出来て、食べ物やが開いているような習慣がついてい ると今度はそうでないところに来ると、まるっきり困ってしまうものである。 自分は買い物をしたい、でも店が閉まっている。と文句を言う前に、店をやっている 人も同じ人間である。家族もいるのである。彼らも買い物をしたいのであるというこ とを忘れてはならない。食べたい時に食事が出きるということは、それを用意してく れる人がいるからである。もちろん、職業であるからそれは当然のことかもしれない が、常に供給者を忘れないことがポイントではある。 と、月曜からまじめな内容になってしまった。。。
2006年06月26日
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ついに金曜日である。今日もまた、あのアイス屋さんにしげしげと出かけるのである。最近は暑いのでたくさん食べられるのだが、店は混んでいるのでおじさんの機嫌が悪い。彼は私に気を使ってくれているようで、帰り際に帰路用のぺろぺろするアイスをサービスしてくれる。先週などは、混んでいたので遠慮して注文しなかったコーヒーを出してくれた。特に試験の勉強をしていたせいで、彼は彼なりに私を励ましてくれたのである。彼によると、私は注文の多い客ということである。味の感想を率直に言い、何らかの変化があったらすぐにチェックするからだ。つまりうるさい客である。が、今まで塩を撒かれもしないで、サービスまでしてくれているのである。私だって、もし嫌な顔をされて、歓迎されないなら、あえてあそこまで出かけない。思ったことを言って嫌がられるのは普通であり、他人の機嫌をとっているわけではないのだから。。。それでもしゃべらない限り相手には通じないのだ。(「不立文字」ではないが、本質はとうてい言葉で表現が出来ないからこそ、言葉で出来る限り表現するのである。言葉はそのためにある。)私は無愛想かもしれないが、嘘はつけない人間である。相手もこっちを客と思わずに、思ったことを言ってくれるとほっとするのである。幸いにそこはフランス人だ。遠慮なく言ってくる。がもちろんお互いに礼儀はわきまえているのである。だから、続くのである。BON WEEKEND!
2006年06月23日
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サッカーの話題から離れてみようとは思うのだが、やはりテレビが気になる。 日本の野球ほどの人気があって、サッカー人口は野球のそれを上回る。 今回はドイツのチームには若い活きの良いのが揃っていて、どんどん勝ちぬいてい る。 地元でもあってか強いようである。 さて、もう木曜日であるが、つまり明日が金曜日なのであるが、先週に比べて時間の 経つのが違うようである。試験に追い詰められていたからかもしれない。 時間は使いようで、長くも短くもなり、切り刻むことが出来て、持ったり無くした り、自由に伸ばしたり、縮めたり、けちったり、割ったり、貸したり借りたり、消え たり、増えたり、無駄になったり、有効に使う事も出来る万能選手である。 時間って何だろう? と考える時間を持つのも無駄ではないであろう。 時間がなくなる前にその考える時間を持つことである。 躊躇している間に時間はどんどん過ぎていく。 追いかけてもなかなか掴まらないのが時間である。
2006年06月22日
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サッカー、それともこの暑さのせい!?? 先日はかりの上に立ったら、なんと3キロ減っているではないか? 体重計のメモリ(目盛り)を調べ、ひっくら返して異常がないかチェックした。 (ひっくり返ったのは体重計) 暑さで食欲が減っているからであって、試験もサッカーも終わった時にはまた食べ始 めるのである。そしたら今すかすかのスカートもきつくなるだろう。 7月のバーゲンでも買い物は禁物。うかつに買ってあと着れなくなってしまう。 (1月と7月にバーゲンがある。) と幾分喜んでいたのが、翌日秤の上に乗ったら、また逆戻りしている。 あれは何だったんだろう。かげろう(陽炎)だったのか。。。 追記:サッカー観戦も後半にはいり、夜9時からの試合が重なっている。まずどちら かひとつが放送されて、そのあともうひとつのが放送になるのだが、私はファンでも ないのでふたつめはレジュメ(ダイジェスト版)だけで済ませる。つまり、何だかん だ言ってちゃんと見ているのである。よく厭きないものだ。しかしやはりドイツが有 望である。
2006年06月21日
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日曜のマルシェでどうしてもサッカーが生理的に嫌いと言う人と出会った。彼女はとにかくがまんがならないほど嫌だと言う。私だって好きなわけじゃない。しかし、世界杯では国と国との戦いのようで興味深いのである。例えば、フランスのチームを見ればわかる。平均年齢はとても上であり、引退宣言をしたジダンや動きが鈍くなったキーパーのバルテースというヴェテランではあるが、アフリカ出身者が大半のチームと、試合の始まる前から終わるまで、終わってもずっと歓声を張り上げて応援していたスタミナ満々の韓国のチームの対照は意味が深かった。勝った国も負けた国も皆ごくろうさまである。45分やって15分休み45分続けるというのが規則正しいようで好きである。ルールもさほど難しくはないようである。今回の試合はどれも重ならないように行われるので、昼すぎの3時から夜遅くまで、何も用事がない場合にはテレビの前に居座ることになる。(15時、18時と21時から)私は日本とフランス、スイスくらいは関心があったので見たが、あとは点けっ放しで食事をしたり、勉強したりであった。点いていると安心するのである。巷ではこの機会に薄型のテレビがよく売れたそうであるが、聞くところによると、薄型の機能を十分に体験することは今の段階では不可能であり、分厚い画面のほうが技術的に美しい画面で見れるということ。いずれにせよ、オリンピックでも国と国との戦いを身近に見るためにこの種の画面は今後どんどん売れていくだろう。人だけでなく、テレビ、カメラも平たくなっていく。。。
2006年06月20日
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筆記だけだと思っていたのに、ヒアリングがあって、その結果はさんざん。最初の年に全く会話、ヒアリングをさせてもらってないので、今でもその方は弱いのです。この夏に録音を聞いて力をつけないとなりません。結果報告が24日にあって、それで今年度は終わります。とにかく終わってくれてホッとしてます。これから一杯溜まっている事をひとつひとつ片付けて行きます。さてさて、この季節に思い出すのは真っ赤なトマトである。子供の時、従姉妹のところに誘われた私をトマトで母が私をひきとめたことがあった。真っ赤な、トマトの匂いのする小粒のトマトがサラダボールに積まれていた。それを母は私に見せて、「欲しいかぇ、持ってはいけないよ」と食べ物に弱い私の気持ちを見事に操作したのであった。あの土の匂いのする熟れたトマトが大好きであった私は、そのヘタの緑も好きだった。真っ赤なトマトに緑のヘタ、私の緑ひいきはそこいら辺から来ているのであろう。それとともに、あの頃はよく母の操作通りになっていたものである。何時の間にか、外に出るのがきらいになっていたのが、母のせいであるとは、今の今まで気がつかなかった。私は長女であったために、よく子守りをさせられた。と言っても「おしん」のようにではない。ただ、母の留守中に赤ん坊を見張っているだけである。一度つたい歩きし出した妹がテレビの前でひっくり返ったかで、私はどうしていいかわからなくなって、台風の外に出てみたものの、全く途方にくれていたことがある。そこにお米屋のお兄ちゃんが声をかけてくれて、母が足止めをくっている市場まで乗せてもらったのである。着くと、母がのそりのそりと行き付けの手芸屋から出て来たところだった。5歳か6歳までだったように思う。赤いトマトからそんなことを思い出した。そんな母でも、父と家族みんなでどこかに出かける時に私が嫌な態度でも示すとうるさかった。きっと彼女も知らない間に、私はオタクになっていたのだ。今でも結構出るのが面倒くさい。もう親の呪縛から解かれてもいいだろう。
2006年06月19日
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明日の朝、中国語の筆記試験がある。こういうのは普段の勉強がものをいうのであって、詰め込んで成果があがるはずもない。とはいえ、この一週間の暑さとサッカーのおかげで身があまりはいらない復習期間であった。今週は溶け出したチョコレートのようにだらしない日記が続いた。玉葱も腐りかけていたのかもしれない。いや、乾燥しているので干からびてきたというほうがいいかも。。。でも青い芽をうんと伸ばしてきているのである。来週からはまた気持ちを入れ替えてみよう。気温も雨のおかげで落ち着いてきたようだ。昨日夕方バスの中で妙なものを見た。藤色のランドセルである。ここはブリュッセルで、日本人家族が多く駐在員とともに住んでいる。日本の小学校もあるのだが、学校では服装は自由なのだ。しかし小学校生はランドセルをかついでいるところを見ると、抑制されない規制なのか。。。まぁ、緑のランドセルというのは聞いたことも、見たこともあるが、藤色のは生まれて初めてである。他にもオレンジ色とか褐色とかあるのだろうか?通学子女は親たちの自家用車の送迎が殆どなので実情は知らないが、なんせドキッとした。ベルギーで10年ほど前に鮮やかなカラシ色の車を見た時のショックのようであった。日本人の頭が金髪になったのを見た時のショックと言えばわかるだろうか。。 Bon weekend!
2006年06月16日
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というのが、(サイト)目にはいりました。下のサイトに謂れがのってます。どうぞ、http://www.kitaboshi.com/tokusan/guide/dadacha.htmlでもよく冷えた緑茶にこれを食べることが出来たなら、いいなぁ~ほうじ茶のほうが合うかなぁ。。。
2006年06月15日
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このサイトで下のほうに墨田川の影絵が見れます。どうぞ。。。http://www.c-able.ne.jp/~kagee/minwa/movable.html
2006年06月15日
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もっと暑いところもあって、水も無くて運ぶのに何時間も歩かなければならない人た ちもいるのに、私はぶさぶさと文句を言い詰めています。 何故ベルギーまで来てこんなに暑いのか?なのです。暑いのがいやで南仏からこっち に渡ってきたのにです。 寒くても、自分が好きだから、一切文句は言わんのですよ。 こんな時はどこか温泉でも行きたい。ものです。日本の温泉ですよ。 ここの暑さは異常ですが、すぐにひけるので(=涼しくなる)今だけ文句を言う贅沢 に浸かっていると言ったほうが正しいのかも知れませんね。 それに、あの暑さで大雨が降って被害に遭われた方もおられます。 普段ネガティヴなことは表現しないでおこうとしても、人間たまってくるものです。 インドの聖人でもない限り、世の中はうっとうしいものです。 そんな時、思い切って出すことです。がまんしていると余計しんどいです。病気にな ります。 思いのままに、人を気にせず、言いたいことを言って、すっきりとする。(←希望) 凡人は凡人として凡人らしく生きましょう。 お勉強が全く出来ないでテレビの前で動けない、根無しオニオンの独り言です。
2006年06月15日
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私の暑さに溶けたブログに反応を頂きました。また励まして頂いた方もおられます。ありがとうございます。30℃くらいがなんだ。。。ですね。湿気もないし。。。日本のようなクーラーがないので、冷房病も無いわけです。健康的なのです。今の空は昨日とは打って変わったように曇ってます。ほんの少し風が出てます。私の居る建物の向きが真南なので、特に暑いのです。北側なら楽なのです。でも鳥の心地よい声が次第に高くなってます。また一雨来るのでしょうか。ただ祈ることは、これで夏が終わってしまわないかということです。昔、夏に30℃を越えた日が10日もあれば、それで秋でしたから。。。何が待っているかわからないヨーロッパの空より。。。
2006年06月14日
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昨日はあまりに暑くて、チョコレートが流れてしまった。せっかくのチョコサンドビスケットがビスケットだけの惨めな姿であった。ちなみにエアコンは普段必要性があんまり無いので、扇風機くらいがある程度の室内では、涼しくなるのをじっと堪えなくてはいけない。バス、トラム、メトロはこちらは冬用ばかり。30℃は軽く越していただろうが、この状況では、よほどモチベーションが高くなければ、へたってしまう。水冷のポータブルエアコンというのがあるが、これは水道とつながない限り有益ではない。すぐに水が無くなるので、何度も継ぎ足しに出かけて余計体が暑くなってしまう。そうなのだ。私は暑いのが苦手。といって何とかしのげるのだが、出来ることなら、寒いほうがいい。季節は秋から冬が好き。海水浴より山の谷間の冷水が好き。日本の暑さに比べりゃなんてこと無い。が、ここは湿気が少ない、そして暑いアフリカのほうから少しずつ暑くなってくるという。数百年後には、地中海気候になるそうである。となると、日本あたりは東南アジアの気候になるのだろうか。あぁ、考えただけでも暑くなる。食欲も落ちる。作るのが面倒くさくなってしまう。テレビの前で眠り込んでしまう。だらしない一日であった。雨が降ったらサッカーの試合どうするのだろうか。きっと屋根が出てくるのであろう。しかしこの一週間で18℃から一気に28℃の上昇はすごい。もしかしてまた一気に降下するかも。。。ここは北ヨーロッパですよ。でも抹茶のアイスクリームに小豆あんをかけたのに白玉をのせて、が食べたくなる時である。買いに行っても途中で溶けるので、そういう御茶屋があればいいのじゃが。。。ここはベルギーですよ。
2006年06月14日
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テレビで観戦いたしまして、飲みながら、おつまみをつまみながらでございました。 そのあと、つまり試合後、しょんぼりと外に出たら、なんと暑いこと。 風が殆どない夏の空でございました。 サッカーに興味の無い方も多いとは思うのですが、今の話題はサッカーばかりでござ います。 私は酔いが回って眠くなり、トラムの中でサングラスをしてうとんでおりましたら、 私に話しかけて来た人がおりました。しかし暑さと酔いでもやのようなものがかかっ ておりました。 選手の皆様はあの暑さでよくがんばられたのですね。 お疲れ様でございました。 夜は冷えた(中がオレンジ色の)メロンを頂きました。
2006年06月13日
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暑さのせいか、街の中は静まりきっている。 更の熱さを求めて、多くの人々が海岸に出かけた。または、テレビのサッカーの世界 杯を観覧しているかである。今回ベルギーチームは残念ながら、出場出来なかった が、様々な国籍の入り混じったお国柄であるから、それぞれの応援団が控えているの である。 また、テニスのパリオープンではベルギー人(女性)がまた勝ち取っている。 学生たちは試験勉強なので、私も今回は同様であるが、せめて日光浴をカフェーのテ ラスでするといったところか。。。 この中国語の試験であるが、本当に久しぶりに緊張した一時を過ごした。ぞくぞくす るとでも言おうか、楽しい。先週の土曜日が口頭であったが、選んだ問題が苦手なも のであって、何とかやり過ごしたものの、冷やりとした。試験の数時間前にはなぜ か、私の煮立った脳みその経路が、語学口頭路線というのをたどっているせいか、中 国語の言葉の代わりにドイツ語の単語が出てくるのには困った。所持する辞書は日本 語と中国語なので、ドイツ語を日本語に訳すという作業をしなくてはならない。横に 居たフラマン人は私が急にドイツ語をしゃべり出すのでケラケラ笑い出すのであっ た。 たった数分のために、前2週間ほどのストレス満タンの生活であった。今週は筆記で ある。幾分楽に感じるが、これが危ない。しかしこれが終わればあとは夏休みであ る。しばらく開放されるというものである。 といっても仕事は続くのであるが。。。 何故中国語なのかという質問はすでに受けた。このブログでも触れているが、あえて 書くなら、中国語を習うことによって日本語の理解が深まるのである。再認識とでも 言おうか。 日本人でありながら、日本の国籍をあえて選択するようなものである。 今日はこれまで、やはり試験勉強のせいでおしゃべり出来ない。 真夏のブリュッセルにて、
2006年06月12日
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つまり6月9日ですね。私にとってはこの6というか、3の倍数に昔から縁がありまして、常にラッキーナンバーです。だから6日には悪魔どころか、好いことがあるのかと幾分期待しておりましたが。。。nonでした。さて、映画のことをと思っておりましたら、「シンドラーのリスト」のことを思い出しました。日本でも多くの方がご覧になったと思います。スイスに居た時、毎日乗っていたのがシンドラーのリフトでして、更にその国で外国人であるが故にこき使われた時の雇い主が、これまたシンドラーというユダヤ系のポーランド人でした。彼女は私が労働許可書を欲しがっているのを餌に、その立場をうまく利用した「ロシアのメス虎」(私が付けた名前)でした。夜遅くなると元気が出てきて、夜行性でわめきだすのです。この時のことについては、今もまだ傷がうずくのでいつかにしますね。でもポーランド人が、どうしてシンドラーという苗字なのかというのは、スイスでスイス人の金持ちの男と結婚二度、再婚したりして、…とにかく名前と財産だけは確保したのです。とまれ、「シンドラー」のリフトに乗るたびに、この時期のことが嫌でも再現します。私のまん前に展開されるのです。相当インパクトが強かったことはご想像ください。私はなぐさめに?「シンドラー、死んどらー、いや死んどらん」と呪文のように唱えていたのです。もうこの頃はそうすることだけで、精一杯でした。奴隷の心情ってこんなもんじゃないかとも想像出来ました。時は変わって、ここ4~5年くらい前にスイスの真ん中に旅行した時、夏でしたが、とても寒くて1000メートル越すと白いものがちらちらしておりました。「悪魔の山」と呼ばれるリギ山に上り、濃霧で全く何も見えないところを見てから降りるゴンドラ(ケーブルリフト、ロープワゴン)に乗り合わせたのが、なんとユダヤの人、イスラエルから勉強に来ているちょっとひねた学生二人でした。ちょうどいいのでカメラで私の記念撮影のシャッターをきってもらいました。彼らの英語はもちろんのことすらすらでした。会話がはずんで、「何してんの~」というところになって、めがねの兄ちゃんが言うには「シンドラーのリストを調べているんや」と。ちょっと考えて私は、「あぁ、技師さんやんね」。彼「?」「ぼく、研究生やけど。。」「各国のリストを調べとるんやで」。私「そうや有名やん、ベルギーでもあるわ。毎日乗っとるで。」。「???」「!!!」これで、はずんだ会話はストップしてしまいました。死んだような静けさのワゴンを降りて我々は別れていきました。 BON WEEKEND!
2006年06月09日
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今週のテーマの映画とは何の関係も無いのですが、昨日の晩に帆立貝を食べました。スーパーで見たら、もう堪らなくなってしまいました。バター炒めなんて思いながら、家路につき、韮だと思っていた、ただの葱をカットしてフライパンのオリーブ油が暖まったので放り込んでると、急に細切れフライドニンニクとしょうがの一切れを追加してしまいまして、そこに帆立貝を6~7個入れて炒めました。あとは、バター炒めどころではなくなったので、焦げ目がついたところに醤油をかけて水を足し、そのままぐらつかせてしまいました。結果、おいしかったのです。今回は赤いちょっとドキッとするところは無しで、貝柱だけでした。スーパーで11ユーロほどで売ってました。クリーム煮にしてもおいしいのですね。あぁ、貝類好きです。あぁ、そうかい、って。。。
2006年06月08日
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好きな映画として、個人的な選択。。。 アメリカの「ウェストサイド・ストーリー」、初回は父と一緒で次回は三回たて続け に見た。朝から夕方まで映画館に座ったまま。それから何度見ただろうか。 皆格好いい、音楽がいい、エネルギーが一杯。このあとのミュージカルでは、これを 越すものがない。 フランスのは「ヘッドライト」という邦題であるが、原題は全く違う。 J.ギャバンが主演である。憎い中年の男役がたまらない。 地味であるが、フランスっぽい出来。 イタリアなら「道」、J.マッシナの演技が最高であり、A.クイーンは私が西ベル リンで一緒に見た友人のお気に入りである。あの最後の男泣きに彼は感心していた。 しかしせっかくのフェリーニ監督の作品をドイツ語で始められては、台無しであっ た。 どこの映画も原語、それもイタリアならイタリア語で鑑賞すべきである。一度、ブ リュッセルのイタリアの文化センターでイタリア映画祭があって、いそいそと出かけ たが、その日の映画は、係の人の手違いで字幕無しのテープであった。一度は見てい る映画なので、筋はわかるとはいうものの、2時間近く、イタリアに居るような雰囲 気であった。他の観客もそのまま見ていたのだが、彼らは理解出来たのだろうか? きっとイタリア人が多かったのだろう。日本人は私ひとりであったようである。 原語で聞くということは、その雰囲気になるということで、字幕はやはり不可欠であ る。どう訳されているか読むだけでもおもしろい。ど近視の私は眼鏡が離せない。 せりふと字幕の両方を理解するのは難儀である。 ここ10年の新しい映画で、印象に残っているものはあんまり無いのである。それだ け古い映画を繰り返し繰り返し見ているということなのかもしれない。 日本の古い映画では「赤線地帯」だったか、フランスのテレビ放送で見たのが、傑作 であったように思う。原語で字幕つき。庶民の社会的に醜い部分にカメラが入った一 品である。 話題の「ダヴィンチ・コード」は、こちらでの批評が酷かったので、少ししてから見 に行こう。でも本を読んでからにしようか。。。 日本でモナリザの声を再生したそうであるが、ダヴィンチのほうはうまくいかなかっ たということ。おのヒゲが邪魔なそうな。
2006年06月07日
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いよいよ中国語の勉強をしなくてはならないのだが、気持ちは映画館のほうに向く。 昨日の映画はアルパチーノ様を見に行ったのであって、映画の事はあんまりよく見な かった。いつからか、この俳優さんが好きなのである。小柄ではあるが、うまい。渋 い。舞台役者である。その点はダスティンホフマンと似ているかもしれないが、ホフ マンのほうはコメディーのほうもやる非常に幅広い役者である。二人ともよく体つき が似ているので、D.ホフマンと混同していた。特に「マラソンマン」ではわからな かった。 今では何と言ってもアル様が光る。特に悪役に合う。思い通りにならないちょっと しょぼくれた感じで終わるところが最高である。 役者をしていない時の生活はわからないが、ひとつの役に身を打ち込んでいるところ が素晴らしい。真剣な目が美しい。美男ではないのかも知れないが、関係ない。惚れ 惚れするのである。それに比べりゃ、K.コスナ-様はスタイルが格好いいだけ。 他にもお気に入りの役者はいるが、女性なら大柄のかつての大女優ソフィア・ローレ ンである。あの目がたまらない。イタリアの庶民の生活映画の彼女の映画は全て見 た。特に「二人の女」が好きだ。アメリカ人ならシャーリー・マクレーン、今も破格 のおばあちゃん役で出てくるが美女ではない。彼女はダンサーだったせいか、姿勢が きれいし、足がいい。「走り来る人々」では少しデリケートな頭の女性を演じている のが好き。もっと古くはラナ・ターナー「マダムX」がよかった。 みんなこれらはクラシック映画である。私が学校の宿題もせずに一生懸命に見たもの ばかり。 そうそう「ヴェニスの商人」は、やはりアメリカさんの映画、せっかくヴェニスなん だから、イタリア語でやってくれればいいのに。。。特にアル様のイタリア語が聞き たかったのに。。。 映画の内容については、まだご覧になるかたもあろう。あえて触れないでおく。 この前には、ベルギーの映画を2本見に行ったが、簡単に批評出来ない。面白い映画 ではない。社会問題に関するものである。また中国映画「最好的時光」(原題)も一 本。オムニバス形式で、同じカップルが三世代の愛のかたちを描いている。 日本の映画が来ていないと思っていたら、今村昌平(確かこの字?!)監督が亡くな られた。ちょうどカンヌ映画祭の最中であったので、式典で報告があった。日本人で 二度も受賞しているのである。その一本の「楢山節考」では坂本スミ子さんが出てい るが、彼女は亡くなった叔母のクラスメートであり、その時の学校の担任が、私の担 任でもあったという縁がある。 映画のことは好きなので、きりがない。また、明日少しだけ続ける。 ちなみに「ミッションIII」は評判が良くない。「XメンIII」は面白そうだから、他 に何も無いとき見てみよう。
2006年06月06日
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今月は祝日が多いのです。それに夏までまだまだあるから、疲れが出てきたようで。。。ここでの疲れはあくまでも仕事疲れや家事疲れにすぎず、皆さん元気で旅立っていきます。私の予定はまだまだ余裕があるので、もしこちらに来られる方いらしましたら、是非メールでもくださいね。観光ガイドいたします。バイト料はブログ割引させていただきますのでご安心を。早い目に連絡してください。日本へは当分帰りませんので。。。こちらでお目にかかればいいですね~ただ、グループの旅行は時間的にお会いすることは無理ですから、単独でやってこられる方に限ります。さて、以下は私の話し言葉です。ちょっとわかりつらいかもしれませんね。話すのを聞くのと、読むのでは全く違うものになってしまいますから。。。アクセントをつけないと意味が通じなくなりますので気をつけてくりゃしゃんせ。先週の木曜日は、一度復活しはったキリストはんが、また天に帰りはったということで、金曜日に梯子かけて休めるように木曜日。今度の月曜日は、他のぎょうさん居たはるお弟子さんらが、師匠のあとに続いて天のほうに昇って行かはる日曜日の次の日。つまりメーンの祝日は日曜で、その翌日はおまけみたいなもん。けどフランスなんかでは休まはれへんとこもあって、決まってへん。とにかくうちはこないだ連休したみたいに、今度もブログ休みまっさ。またよろしゅう読んでくれはったらええのやけど。。。ほなら火曜日。。。さいなら最近中国語に没頭していた私は、完全にこの週末のハードゴスペルの講習のことを忘れていた。月曜日が休みでなくとも思いっきり歌ったあとは、一日休まなければ何も出来ないのである。また映画のほうも、そろそろと興味をそそるものが出てきたようなので月曜日はゆっくりと観賞に行ってみよう。特にアル・パチーノ様の「ヴェニスの商人」は~~~ええ、ええ。祝日なので、(この映画館では)月曜日だけの割引が利かないがタンピ(しゃあない)!皆様、BON WEEKEND!!!
2006年06月02日
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昨日の続き。。 私と友人は、犬がいなけりゃ猫でもと、裏道に足をさらに踏み込んで、工事現場を 囲っているような木の塀の節穴から数軒の昔の建物を見た。まるで、タイムマシンに 乗ったみたいであった。そこにあったのは、数10年ほどそのままになった教会と美術 館らしき物があった。放置されているのである。のち壁がなくなってから一度戻って 確認したが、その時は見事に金がきらめく教会と美術館に変身していた。それだけで はなく、菩提樹ロードは資本主義国のデパートが建てられて、古びた建物も磨かれ て、日本の引越し会社のトラックが目の前を通るという様であった。 冒し難い沈黙はもうどこにも残ってはいなかった。 東だけでなく、西ベルリンの変化も激しいものがあった。クーダムと呼ばれる当時の 中央通りで銀座のようなところは、菩提樹ロードのほうへ移行しつつあるようで、ほ おばしいビスケットにうんとアイスクリームを盛ってくれる有名だった店をいくら捜 しても見つからなかった。そればかりか、通行人に道を聞いても、「ベルリン人じゃ ないから、知らない」と素っ気なくあしらわれるだけであった。当時はベルリン村の ようであって、みんながベルリン人であったのだ。 不思議な大きい時計も消えていた。誰に聞いてもわからない。幾分失望して、当時は 手の届かなかった高級デパートの最上階に行った。(当時は草むらの中にぽつんと 建っているような感じだったのが、ちゃんと道並みが整っていた。ただ、クレーンが 林立していたので、美しくはなかった。)最上階のリフトを出てびっくりしたのは、 世界中の高級食べ物が集結されていたことだ。もとより、高級グルメで有名なところ であったが、これではロンドンの高級デパートの1階の様ではないか。。。 記念 に、まず当時はなかった日本のコーナーの寿司バーに座った。日本人が握っていてお いしい。値段もお高いが当然である。資本主義のにおいがぷんぷんした。ついでに、 シェフとおしゃべりしてみた。日本語がスラスラ出てきた。彼は昔からベルリンにい たそうで、あの時計のことをうっすら覚えていた。しかしどこかに移動されたのでは ないかということだけだった。彼はこの街の変化と共に生活しているが、タイムマシ ンから降り立った私には少し悲しいような、哀れなような気持ちがした。もうあの街 は消えた。私の思い出も一緒に消えたのだった。私は去った。もう二度と来ないだろ うって。。。あの時私の残していったものは、壁と一緒に消えてしまったのだった。 あとに残っていた友人もどこかに消えてしまったのだ。 結局、当時のベルリンはもう見ることが出来なかったが、西側のもうひとつの半分壊 れた教会はそのままであった。(わざと今も残されている。)大戦のあとを偲ばせる ものはこれくらいであろう。ベルリンのシンボルマークのひとつである。 古くなれば、壊してしまうほうがいいのか、そのまま残すほうがいいのか、事情によ りけりである。
2006年06月01日
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