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この世には、貧困に成らなければ豊かさが分からず、病気にならなくては健康は分からないという法則が存在します。 豊かさというものがどういうものか知りたかったら貧乏にならなければ、その豊かさの感覚と大きさというものを知れませんし、病気にならなければ、健康とはどういう事を言うのかが分からないのです。 特に普通に暮らしている人には健康というものが分かりません。人は、当たり前に感じているものには価値を感じないのです。健康状態とはどういうものか、それはどれくらいの大きさのものかを知る為には病気を知る必要があるのです。 貧しさと豊かさ、病気と豊かさ、人はどちらか片方のみを求める事は出来ません。貧しさを感じる為には豊かさの感覚が、豊かさを感じる為には貧しさの感覚が必要です。両方必要なものを片方だけ求めるという訳にはいかないのです。
2018.11.21
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今、hontoでは、書籍一生分(約100万円分ポイント)プレゼント企画をやっているようです。 面白い。こういう企画は沢山やって欲しいですね。
2018.11.16
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今、考えてみるとバシャールのチャネラーの一人として有名な関野あやこさんの考え方は、少しバシャールや他の宇宙存在の考え方と比較すると少しズレがあったように思います。それは、高い意識になり、幸せになることで幸せになろうとした側面があった為です。 つまり「なろう」とか、「到達しよう」と考えている事自体が到達していない事や不幸な事を意味しており、幸せになる事が必要なくなる方向性でなければ人は幸せにはなれないのだと思います。 幸せになり、意識が高くなり、人生が開けるのではなく、幸せになって、「終わり」でなければいけなかったのだと思います。 では、その方法論はというと、やはりこの三次元世界のニ極を超えるという道しか方法がなかったのではないかと私は思います。 我々は常に傾いています。「何かが良い」「何かがダメだ」「これが欲しい」「これが要らない」と思ってしまいます。これを乗り越えていくしか本当は幸せに到達する道(本当は幸せの反対は不幸であり、どちらも切り離せず、どちらも求める必要があるので「自分に到達する道」が正解)はなかったのだと今では思います。 しかし、関野あやこさんの高次の意識に至ると原因→結果という因果律が無くなってしまうという考え方はまさにその通りで、物事が上手いった時というのは、その因果関係がよく分からないことがよくあり、逆にうまくいかない時は、原因は何かと因果律を探そうとする傾向が人間にはあるのだと思います。
2018.11.16
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日本には、秋山眞人さん以上にUFOと宇宙人について詳細な情報発信している人は居ないですね(詳しい人はもっと他に居るのかも知れないけど)。秋山眞人さんは、子どもの頃、超能力者として有名になったそうなのですが、超能力者としてもてはやされた人は、やはり思考が違いますね。考えている事や見ている世界が全く違います。実は、ROSSCOさんも、かつてUFOに出会ったり、超能力者としてもてはやされた時期があったそうです。こういう人は考えている事が普通の人と全く違います。極めて宇宙人的です。二元論を超える事の大切さを唱えています。秋山さんによれば、人がこの世に生まれてくる意味は、あの世の世界では何でも自由で可能だが、唯一出来ないのは、自分を客観的に見つめる事で、自由が制限される物質界に生まれる事で、初めで霊界の自由が自覚できるのだそうです。そして、自由と不自由という二元世界から脱出する訓練を今、人類はしており、それを乗り越えると、別の宇宙に移行するのだそうです。
2018.11.13
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ミロスによれば、外側の世界と自分は一つです。外側に映って見える出来事は自分の内面の心を表しています。自分と他人は二つで一つとも言え、自分と他人はそれぞれ一つの極です。外側に起こる出来事(隠れている本当の自分の心)と自分が一つになると、最早、自我(エゴ)が消滅してしまい「私」が無くなってしまう(本当の私だけになる)のです。
2018.11.12
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2018.11.08
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心屋仁之助さんの最近のポッドキャスト『ホント自分を見つけるラジオ 第127回「なんか知らんけど」でいい!』は、とても面白い内容です。心屋さんが好きな事にお金を使うと収入が増えると言っている事に対して、主婦の方が「お金が無くなりそうです怖いです。その原理を教えて下さい」と質問しているのに対して、教えられないと答えています。「なんか知らんけどそうなる」ので、心屋さん自身も原理が分からず教えられないそうなのです。この感覚が私にも良く分かります。私にも同じように好きな事にお金を使っても減るどころが増えた経験がありますが、原理を説明しようと思っても難しいです。ただ、幸せに生きていれば、それの障害になるものが自然と消えていき、お金によってそれが妨げられているなら、経済状況も改善されるようです。そこにある世界は、お金を獲得する事で自由を獲得しようとする世界ではなく、自由で幸せなので、自由になる(自由を阻害するものがなくなる)世界です。お金が少なくなれば不自由になり、お金が多くなれば自由になれると考えている人とは全く違う世界がそこにあります。お金は幸せの手段ではなく、障害でもありません。幸せ(本当の自分)を妨げるものは、本当は何もないのです。
2018.11.06
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ミロスアカデミーでは、プラス思考こそが人間を不幸にしてきたと考えています。プラス思考は、マイナス思考を支えとして生まれるもので、マイナス思考や不安等が強い人であればあるほどプラス思考に傾く事が出来ます。強いプラス思考に傾く為には、同じだけの大きさのマイナス思考が必要で、永遠にマイナス思考は打ち消す事が出来ません。マイナス思考が心から消えているように見えて、それは必ず同じ大きさで奥底に潜在しています。どこまでいってもプラス思考には到れないし、プラス思考を肯定する事は、同時にマイナス思考も肯定する事に他なりません。また、逆に言えば、強いマイナス思考の人は、土台にプラス思考があるからこそ、自由に不安や恐怖を想像する事が出来るのです。心のどこかでプラス思考(理性)によってそれに耐えられると思っているから、不安や恐怖をどこまでも募らせる事も出来るのです。不安や恐怖抱く事によって、自分の中のプラス思考が何処まで大きいのかを確かめていると言う事も出来ましょう。不安や恐怖を感じる事が出来るのは、潜在する大きなプラス思考のお陰なんですね。どこまで行ってもプラス思考には到れないし、マイナス思考に到ってもその裏にはプラス思考が控えている。だとしたら、プラスとマイナスを比較してプラスに向かいましょうという考え方は、特に意味がないもののように思います。プラス思考は、果たして人間に、価値と幸福をもたらして来たと言えるのでしょうか?
2018.11.06
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ROSSCO氏によれば、アセンションとは、二極の世界から人々が逃れようとしなければ、人々が生きられなくなる時代になる(なった)という考え方のようです。一般的なアセンションの説明では、アセンションは次元上昇と言われ、人々の意識が変わる事を意味しますが、ROSSCO氏によれば、ニ極の世界に生きる人間の終わりを意味するようです。なんとなく分かる気がします。スモール・ステップ法(小さな事から努力する)、自己実現法、イメージ法、感謝法、言霊法、引き寄せの法則等が頭打ちになり、それでは人は救われないと人々は分かり始めているのではないでしょうか。プラスを「求めて」本当にプラスに到れますか?と今、精神世界は問われているのでは、と私は思います。
2018.11.06
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ミロスアカデミーの理論を理解すると「幸せでなければ幸せにはなれない」という事がよく分かります。豊かでなければ豊かになれませんし、健康でなければ健康になれません。ゴールしていなければゴールできませんし、スタートしてもスタートしている内は一向にゴールには辿り着けない事が分かります。「幸せでなければ幸せにはなれない」という考え方は、バシャールも言っているのですが、そこに到達する方法論を詳しく語ってくれる方が今まで居なかった為に、この概念がよく理解されない事が多かったように思います。普通、人は、不幸から幸福へ、貧乏から豊かさへ、病気から健康へと向かおうとするのですが、それは、表裏一対のものを切り離そうとする行為で、無理なのだとミロスでは説明しています。幸福になろうとすれば、不幸も同時に付いてきてしまうのです。不幸という実感がないと幸福は感じ取れず、不幸というコンプレックスをバネとしないと幸福には到達できない為です。もちろん、不幸をバネとして幸福に到ろうとする事は自然な事で、不幸が大きかった分、幸福に到る力も大きいものになりますが、幸福に到ったとしても現実はまた、直ぐに不幸へと転落してしまうのです。それは、幸福と不幸が同じ大きさで出来た裏表であり、片方だけでは存在できない為です。幸福と不幸は、容易に反転してしまうのです。常に、裏の隠れた側面が表に現れてしまうのです。そうすると、幸福を求めても不幸が同時に潜行していきますから、一向に人間は常住の幸せに到れないという事なのです。これが事実だとすると、幸福を求める事を止め、豊かさを求める事を止め、健康を求める事を止める必要性が人間には出てきます。つまり、プラスを求める事を止める事で、マイナスの発生も同時に止まってしまうのです。こうなると、残るのは幸せでも、豊かさでも、健康でもない「あるがままの自分」だけが残る事になります。すべての人が求めても止まなかった「本来のあるべき自分」です。これ以外の喜びや宝は無くなってしまうのですね。そうすると、もう、幸福も豊かさも健康も求める必要がなくなってしまう訳です。そして、「あるがままの自分」という最高の喜びは、周りの人からみても「そうあって欲しいあなた」ですから、誰からも妨げられるものではないのです。完全なオリジナリティーなあなたそのものであり、そこに嫉妬というような感情も発生し得ません。「最高のあなた」は、周りの人から見ても「そうあって欲しいあなた」なんですね。こうなると、人生は変わっていきますし、自己実現はスムーズに進むとミロスでは考えているようです。しかし、理解する事は難しいかも知れません。今までの精神世界では、「幸福は素晴らしい」「豊かさは素晴らしい」「健康は素晴らしい」と教えてきましたからね。
2018.11.06
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今まで、精神世界で「豊かさと貧しさは同じものである」「病気と健康は同じものである」なんて考え方は無かったと言えます。ほとんどの宗教や思想は「いかに豊かになるか」「いかに健康になるか」ばかりを教えてきたと言えます。「豊かな事」「健康な事」はいい事だ、「貧しい事」「病気な事」はまずい事だと教えてきたのです。それは、表裏一体である豊かさと貧しさをいかに切り離すか、健康と病気をいかに切り離すかを教えてきたと言えます。切離す事など出来無いのに。仏教は中道を教えてきましたが、それは、ちょうど中間がいい、程々がいいという教えであって、ニ極を超えるという考え方ではありませんでした。老荘思想は、二極を超える道を示しては居ますが、それを理解している道教徒がどれだけ居られるかは不明です。老子(実在したかは不明)の語り自体が曖昧な表現の為、言っている内容がとても分かり辛いのです。その点、ミロスアカデミーのニ極を超える考え方は理論が明確であり、分かり易いのです。そして、それは画期的だと言えます。豊かさや健康を求めるのは止めにしましょう、幸福を求めるのは止めにしましょうと語っているのですから。歴史にはほとんど存在しなかった思想がここにはあると言っても過言ではないでしょうか。
2018.11.02
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ROSSCO氏は、プラスとマイナスは同じ大きさであり、裏と表で同価値である、豊かさと貧しさは同じものの裏表で同価値である、健康と病気は同じものの裏表で同価値であると語っているのですが、さらに衝撃的な発言をしています。それは、プラスとマイナスは同じものの裏表なのだから、入れ替えても一向に構わないと発言している事です。皆さんは、豊かさと貧しさが同じものだと思いますか?豊かさは、とても幸せなものだと感じますし、貧しさはとても苦しみが伴うもののように感じます。また、健康はとても幸せなもののように思いますし、病気はとても苦しく不幸なもののように感じます。しかし、考えてみて欲しいのです。白が存在できるのは、黒の存在のおかげであり、黒が存在できるのは、白が存在しているおかげではないでしょうか。実は、貧しさが存在できるのも豊かさの土台がある為であり、病気が存在できるのも、健康の土台がある為です。世の中には、とても苦しい借金苦の中で暮らしている人が居るのですが、そのような人は日々多額の利息を払うような人生を生きています。ROSSCO氏も富豪から転落して、月300万円の利息を払っていた時期があったそうなのですが、とても貧しく苦しいのにその人が生きていけるのは何故でしょうか?それは、その人の内に豊かさが隠れている為なのではないでしょうか。豊かな暮らしをしている富豪と貧しい中で借金を返済している人、どちらも同じだけの豊かさがそこには存在すると思いませんか。また、世の中にはとても苦しい病気に耐えている人々が居るのですが、その人が病気に耐えていけているのも、内に大きな健康が控えているからに他ならないのではないでしょうか。その人が病気になっても生きられるのは、内に健康が存在している為です。健康でありながらも不摂生を続ける人と病気に耐え続けながら健康に気を使う人、どちらが真に健康なのかは分かりません。貧乏も病気も、この世だからこそ体験できる概念であって、あの世にはお金も肉体もないのですから、この世でなければ体験できない感覚がそこにはあって、人は豊かさを支えに「貧しさという体験」を、健康を支えに「病気という体験」をする為にこの世に生まれて来ているのかもしれません。世の中には、引きこもっている方もいらっしゃいますが、弱いから引きこもっているという見方と、一人で孤独に耐え続けられるなんてとても強いという見方が出来ます。貧乏に耐え続けられたり、貧しい中にも豊かさを感じられる人を「豊かな人」と見る事が出来ますし、病気に耐え続けられる人は、とてつもない「健康を内に秘めた人」と見る事が出来ます。逆に普通の暮らしをしている人の方が引きこもりの人よりも弱い性格かも知れませんし、豊かな暮らしをしている人を豪華な暮らしをしないと豊かさを感じられない「貧しい人」と見る事が出来ます。また、健康でありながら不摂生な暮らしをしている人を「病気な人」と見る事が出来ます。このように考えていくと、豊かさを貧しさと言い換えてもいいし、貧しさを豊かさと言い換えてもいい。健康を病気と言い換えてもいいし、病気を健康と言い換えていい事になります。豊かさと貧しさを・健康と病気とはそれぞれ全く違う次元の別存在のように感じられますが、実はお互いが裏表として補い合って存在が許されており、色紙の黒と白の違いのレベルでしかなく、全く同じものの裏表に過ぎないのです。ですから、実は「豊かになりたい」を「貧しくなりたい」に置き換えてもいいし、「健康になりたい」を「病気になりたい」に置き換えてもいい事になります。貧しくなれるのは、とてつもない豊かさが内に控えているからですし、病気になれるのも健康というとてつもない内なる支えがあって実現が出来ているのです。ROSSCO氏が言う、プラスとマイナスは入れ替えてもいっこうに構わないというこの概念が理解できると人生は大きく変わってしまうと思います。。
2018.11.02
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