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ベビーカーで出かけるとなんだか『スミマセン』ばっかり。「スミマセン(ぶつかりそうになる)」「スミマセン(邪魔だ!通らせろ)」「スミマセン(ドア開けてもらった。ありがとう)」親切にしてもらったり、意地悪(無神経?)されたり、迷惑をかけたり。もちろん混雑してるとこでは迷惑なのは承知してるから、できるだけそういう時間や場所は避けてるし(ま、これはあたしの病気のこともあるんだけどさ)どうしてもそういう場面に遭遇した場合でも気を遣ってるつもり。全体的に親切にしてくれるのは男の人とおばあさんが多い。なぜだ?少し前に子育てして同じ苦労を味わったはずの中年女性はかなり意地悪というか、無神経で嫌な思いをすることが多い。集団で大声でしゃべっていて道をふさいでいても気がつかないし、買い物に行っても平気でベビーカーにぶつかってきて謝りもせずあたしを睨んだりするのは大体中年女性だ。なんでなんだろうねぇ。ちょっと悲しい。子育てしにくい社会だっていうのは覚悟していたけど、同じく子育てした女性が不親切だってのは納得がいかないなぁ。
2004.01.29
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だぁ出張につき、あたしはチビタを連れて実家へ。ベビーカーを押して荷物抱えてしかもPD抱えて電車。かなり恐怖だ。前の日に電車で発作を起こす夢をみた。こりゃだめだってなわけで、ままりんにお迎えを頼んだ。駅まで来てもらって一緒に電車に乗る。電車は混んでいた。昼なので空いてると思ったのに。乗る前から勇気がそがれる。キツイ・・・でも吹きっさらしの駅のホームでチビタを寒気にさらせない。『母は強し』って言い聞かせながら、ホントに強いあたしのままりん頼りで乗り込む。ベビーカーをのぞき込みながら必死に耐えること20分。実家の最寄りに到着。無事でした・・・ところで、最近ベビーカーで外に出る事が多いんだけれど今まで全然気にもならなかった道の小さい凸凹やタイルの亀裂歩道と車道の境目などに車輪がとられる。バスや電車の乗り降りもかなり苦労したし、もたもたして周りの人に迷惑を掛けてしまう。駅や建物の中のエレベーターがなくてエスカレーターや階段をベビーカーと大きい荷物抱えて苦労する。日本はまだまだバリヤフリー後進国だなぁと実感。ベビーカーは一時的な事だし、乗ってるのも子供。重いって言ってもたかが知れてるし、すぐに成長する。でも車いすの方や、お年寄りはどんなに生きづらいだろ。日本の障害者の人が海外の人に比べて寝たきりになったり外出できずに閉じこもりがちになってしまう気持ちがよくわかる。ボランティアや家族の問題ではなく、社会環境が大きく影響するよね。どんな肉体的な条件の人でももっと暮らしやすく、行動しやすい社会になって欲しいなぁって思う。必要以上に甘やかす事はないけれど、やっぱり健常者だけのための社会を作ってはいけない。個人の出来る事は限界がある。もっと行政が頑張ってくれないとね。こんなに高い税金巻き上げてるんだからさ。自分たちだけがいい思いして、足りなくなったら自分たちのお金の使い方棚に上げてすぐ増税するのは勘弁してくれ。国家予算をやりくり上手の節約主婦に組ませてみろって感じ。
2004.01.26
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保健婦さんが来てチビの体重とか量ってくれた。なんだか一応相談事というか、するみたいなんだけど、あたしってあんまり悩んでないからなぁ。お金がないんですって相談してみるか(笑) チビタは元気で順調に成長している、ということで無事終了した。う~ん・・珍しくさっぱり短い日記だ(笑)昨日の追記だぁが珍しくびっくりするくらい早く帰ってきた。無理に外出を作って直帰したらしい。しかも薄紫のバラの花束を持って!だぁから花をプレゼントされたのは初めてなので嬉しかった。紫のバラの人だ(笑/懐) あーガラスの仮面懐かしいなぁ。紅天女はどっちがやったんだ?もとい、ご飯は寿司をとってくれた。高い割には量が少なくて、大食漢のあたしたちには足りなかったけど、満足でした。バースディケーキは昨日ママリンが持ってきてくれていた。「帰りが遅くなって買ってこれないと思って。ケーキのない誕生日なんて寂しいもんね。」って。お母さん、ありがとう(TヘT) んまかった~。そして最後に毎年恒例の・・・ままりんの歌。ウチのままりんはあたしが結婚して家を出て以来、必ず誕生日には電話口で「はーっぴばーすでーとぅーゆぅー」とステキな(?)歌声のプレゼントしてくれるのだ。(かなり音痴だ。)前なんて携帯の留守電に入ってたことあったし。会社で仕事中に大爆笑しちゃったし。なんにせよ、あの歌で改めて「あー誕生日じゃ。」と思うのである。
2004.01.22
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今日で32歳。年齢なんていい加減なもんだ。若いころ、ふけ顔だったあたしはずっと3~5歳年上に見られていた。でも25歳くらいからかな。年相応に見られるようになってきて、最近では3~5歳年下に見られる。よく年齢聞かれてもこたえない女性がいるけど、あたしはいつも堂々と自分の年齢を答えてきた。それは自分の生きてきた歴史だから。年をとることが恥ずかしいことではない。年齢に見合った成熟をしていないことが恥ずかしいのだ。あたしは自分が未熟だってこと、よくわかってるけど、それでも毎日毎日自分の生存記録を更新してるわけだし、年をとっていくことはとても大変で、すばらしいことなんだと思う。もちろん一日一日、死へ近づいているわけだけど・・・まだ目前に現れないのでそんなことが言えるのかもしれないけれど。それでもやっぱり、「まだ」とか「もう」とかつけずに「○才です。」って言いたい。それが今を大事にするって事なんじゃないかな。10年位前、30歳になるとかっこいい大人の女になると思ってた。でもそれって努力しないとなれないんだよね(笑) 当たり前だけど、30歳になったときのあたしは思い描いていたかっこいい大人じゃなかった。それは2年経った今でも、あんまり変わっていない。相変わらず大人げなく気が短いし、すぐイライラしたりふて腐れたりするし。でも今の自分は10年前の自分よりも好き。自分の弱さや欠点を認めることで、少し自分のこと「まんざら悪いヤツでもないんじゃん?」って思ってあげられるようになったからかな。次なる目標はかっこいい40歳なのだ。40歳になったらチビタも小学生になってる。(想像もできない・・どんな子になってるんだろ)そしてあたしはさらにシミもシワも増え、白髪も出て肌もたるんで・・・だけどそれでも常に背筋を伸ばし、潔い大人になっていたいと思う。衰えていく肉体に反比例し、心を肥やしていけるといいと思う。逆はサイアクだよね。肥える体、脆弱な脳みそ・・・ そんなこと思っていても、努力したつもりでいても、実際に40歳になったら今と同じ気持ちになるのだろうと思う。「まだまだ未熟だ。変わってない・・・体は年なのに・・」って。でも毎日毎日の積み重ねが心に蓄積されていくのだから、一日一日の過ごし方が自分のベクトルを決める。いつもそんなこと考えて生きてくのは無理だけど、誕生日にくらいはふとそんなこと思い出して、ちょっと姿勢を正してみるのもいいかもしれない。おめでとうメール下さった方、ありがとうございます。そんな皆さんの暖かい思いやりに包まれて成長していくのです。感謝です。
2004.01.21
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あたしもだぁも髪の毛が多い。あたしのイヤになるほどの直毛で三つ編み(イマドキしないけど)はまるで注連縄。だぁは太くてくせっ毛なので髪が伸びると頭が大きくなってくる。気の毒だ・・・しかしチビタは可哀想にだぁのくせっ毛に似てしまった。う~ん・・・さらさらヘアーには縁がなさそうだ。とにかくそんな二人の子なので、産まれた時からチビタの髪は他の赤ちゃんよりもやたらに髪が黒々していた。そして2ヶ月経った今、耳にかぶってうっとおしい感じになってる。前髪なんてくせっ毛のせいでタコ八郎(懐かしい・・・若者は知らないんだろうね)みたいなくりんっていうCライン。切ってやるか、ってことになったんだけど、こっちがビビリながらやってるもんだから、その緊張感が伝わるらしく、号泣。仕方ないのでおっぱいを吸わせて落ち着かせてからあたしが抱いたままだぁが切ることになったんだけど・・・へたくそ!すっかりハゲ作っちゃって、不細工な可哀想なもみ上げになってしまったのだ。結局残りはあたしがやることに。左のもみ上げだけ変になっちゃって悲しいよー。これからも絶対だぁには頼まない!ところで、チビタの頭蓋骨はすっかり変形してしまっている。これ、ホントに治るんだろうか。個人的には男の子の丸坊主が好き。だからもう少し大きくなったら坊主にしてやろうって思っていたのに、こんな頭の形じゃ可哀想で出来ない。桶谷式の助産婦さんは「頭の形も母乳をあげれば治ります」って(@_@;) なんでそんなことまで治るのかってナゾだ。(不信)
2004.01.18
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だぁりんは休日出勤で、またチビタと二人きり。前は独りきりだったから、それよりはずっと楽しい。(余談:一人より独りのほうが寂しさが伝わる感じしませんか?)だぁりんもきっと、もっとあたしたちと一緒にいたいんだろうって思うけれど、どうしても仕事が忙しくて出張ばっかり。会社に行くときも夜も遅くなることが多いし。あたし自身が母子家庭状態(笑・自虐?)で育った。ウチの父親もだぁ以上に忙しくて、海外出張で3ヶ月も帰らないとか土日も出勤とか、平日も早朝に出かけ、終電終わって帰ってきてっていう状態だったので、あたしにとって父親は「たまに日曜日に来る人」だったわけ。だから小さい頃は父に抱かれても人見知りして泣いてばかりいたそうだ。少し大きくなると、お父さんのいる日は嬉しくて仕方なかった。でも父は家でも自室にこもって仕事をしていることも多くあまり遊んでもらった記憶はない。その代わり年に1~2度は一泊程度の旅行に連れて行ってもらった。だから父との記憶は旅先の記憶でもある。そこそこの年になったときには笑い話で済ませていたけど最近になって思った。父は可哀想だったと。親として、子供の成長を身近で見ることができないのはとても寂しく、残念なことだと思う。だぁが忙しくて、チビタの「初めての笑顔」とか「初めての『あー』」とかたくさんの初めてを見そびれている。これからも日々の成長を見そびれて行くんだ。いつの間にか・・・って事ばっかりなんだと思う。あたしはずっとそばにいるから、大変なこともたくさんあるし泣いてるチビを抱いて一緒に泣くこともあったけれどやっぱりそばにいられることが幸せだと感じる。願わくば、体が3つ欲しい。一つは一日中眠りたい。(切実)一つは一日中遊びたい。(切望)そしてもう一つは一日中チビタのそばにいたいのです。あっという間に成長し、変化していくその瞬間瞬間を見逃したくないから。
2004.01.17
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桶谷式のおっぱい指導でおっぱい+どうしても足り無そうなときに60程度っていう指導をされてから一週間。結構頑張って続けてみたんだけど、ミルクをメインにしていたときよりも泣く回数がとても多い。おっぱいだけで完全に満足できないから、こうやって不機嫌になったり泣いてしまうことが多いんだろうな。吸わせれば吸わせただけ出るからって言われて、自分としては乳首切れそうになるほど吸いの強いチビタの食欲に一生懸命対応しているつもり。でも1時間も経たないうちに泣かれたり、左右5分を2Rを終えてもぐずぐずとされるとかなり追い詰められた気持ちになる。2~3時間おとなしくしてくれることもあるけど、今のところまれだ。とりあえず日中はおっぱいだけで頑張ってみて、夕方はご飯の支度なんかあるのでミルクを足す。(60といわず、80から100くらい)夜寝る前もお腹一杯になるまでガツンと飲ますって感じにしてる。基本的に「どうしてもおっぱいだけで」って固執してはいない。そうはいっても日中飲み足りなくてぐずぐず泣いているのを抱いてあやしていてチビタが大きな瞳に涙を一杯浮かべてあたしを見上げると切なくて胸が痛くなる。お腹を満たしてあげるほどおっぱいが出れば・・・・せっかくあやすと笑うようになって、機嫌のいいときはニコニコと一人で遊んでいたり、顔を覗き込むとにっこりしてくれるようになったのに・・・出来る限りおっぱいをあげたい。そんな自己満足のために、自分のこだわりをチビタに押し付けているように思う。それは可哀想なんじゃないかって思う。幸いこの人、哺乳瓶で搾乳した母乳飲ませても、直接おっぱいでも、ミルクでも全然平気でングングって飲み干す。だからそんなにこだわりを持たずにチビタ食欲を満たすために、満腹の幸せそうな笑顔を見るためにミルクをがんがんやったほうがいいのかなーって思う。ただ、おっぱいに吸い付いているチビタを抱いている時間って、とても幸せというか母親の実感を一番感じられるときなんだと思うんだ。だぁは「このままじゃお前が倒れちゃうからミルク足したほうがいいんじゃない?」って言う。確かにミルクメインにしていたときには夜中もずいぶん長く寝ていたから、あたしもゆっくり寝れたので割りと体力回復してきていたけど、この一週間はフラフラに戻ってしまった。母乳は血液だから、貧血のあたしは母乳が出にくいみたい。しかも冬の寒さのなか、冷え性で血行が悪いとますます出にくくなるらしい。う~ん・・・難しいな。まずは体質改善??無理だと思う・・・桶谷式を完璧にすると、3時間置きに昼夜問わず乳をあげなくちゃいけない。断乳までの1年余り継続して夜中でもアラームをかけて起きて授乳するそうだ。それはあたしの体力じゃ無理。とりあえず自分を追い詰めない程度におっぱいあげてみて、乳首の痛いときや(かなり痛いのだ・・)体力的にやばいときはミルクにすればいいんだよね。チビタ、ゴメンね。出来る限りの努力はするよ。でもあたしも未熟なわけだ。勘弁しておくれ。そうやってお互いに成長していくのだ。
2004.01.16
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先輩ママさんに、おっぱいは張らなくても出るんだよって教えてもらったけど、不安でついついミルク足しちゃってた。桶谷式でもそういわれて、ミルク足しすぎてミルク太りになると体の脂肪細胞が増えすぎちゃうからダメよって言われた。病院によっては生まれてからすぐに母子同室で、完全母乳にすべく一切ミルクをくれないとこもあるらしい。それはあまりにもキツイが、せめてもう少し真剣に母乳の仕組み教えてほしかったなぁって思った。お産に関しては満足できた病院だったんだけどね。最初はソフトボールみたいにおっぱいがパンパンになってプチ叶姉妹みたいだったからわかりやすかった。少し落ち着いてきてからも、寝起きに布団が濡れるほど出た。おっぱいあげてるともう片方からぽたぽたと垂れるほど出た。けど吸いの強いチビタのせいで乳首が切れて、おっぱい出てるのにあげなくなっちゃって、搾乳して哺乳瓶で授乳してるうちに張らなくなったから出なくなったと思って、ミルクメインでぐずったときの最終兵器でおっぱいにしてたのだ。でも母乳をやってるときってなんとも言えない幸福感がある。それにくわえて、外野のうるさいこと。「母乳は出るの?」「愛情があれば出るはず」「ミルクじゃ可哀想」ちょっとした一言でむっとしてしまうことがある。たとえば飲ませてしばらくして泣き出すと「母乳足りないんじゃないの?」ミルクをあげようとすると「やっぱり母乳じゃなくちゃ」ミルクあげてるって言ったら「母乳でないの?」世の中の母乳信仰のすごいことったら!どうでもいいじゃん?って思うときがある。こういうのに追い詰められて、あたしの友達はノイローゼになってしまった。しまいには赤ちゃんがおっぱい吸ってくれなくなって乳首を「んべ」って舌で突き出すようになったらしい。(そりゃ確かに相当凹みそうだ・・・)母乳には確かに免疫など子供に必要なものが含まれているんだろ。それはわかってる。でも出ない人ってのもいるじゃん?っていうか、「出ないおっぱいはない」っていう言い方も結構でない人にはキツいよね。「足りない」って言われると、自分自身が母親として不完全だって言われてるような気持ちになった。持病もあるし、薬も飲まなくちゃいけないこともあるから「どうしても母乳で!」って気持ちがあるわけじゃないこんなあたしでさえ、なんとなく追い詰められ、責められてる気持ちになるんだから「絶対母乳で育てたい」って思ってるお母さんにとってはかなり致命的な言葉だよな。だけど自分に出来る範囲でいいんじゃない?もし無理して倒れたり自分自身が・・・ってなっちゃったら(・・・はナニ?)子供を育てる人はいなくなっちゃう。お母さんが健康であってこそ、子供の世話してあげれるんだもん。母乳じゃなくても哺乳瓶でもお母さんの愛情はちゃんと子供に伝わるのだ。おっぱいあげてても、そっぽ向いて携帯でメールしながらだったら?テレビ観ながら、とか電話しながら、とかだったら?そんなふうにするよりも、哺乳瓶でもちゃんと赤ちゃん抱いて顔を見ながらあげてれば十分愛情って伝わるじゃん?ってことで、これからお母さんになる人、その周囲の人、「母乳が全てじゃないのよーー!」お母さんを追い詰めないであげてくださいね。
2004.01.15
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ったく、いつもながらどういうタイトルなんだ・・・実は最近乳の出がすっかり悪くなって、ミルクに頼っていた。「断乳すべきかどうか悩んでるんだよねー」って、たまたま電話くれた友達に話していたら、彼女は全然出なくて悩んだ挙句にマッサージに行ったらしくその助産院を紹介してくれるというので行ってみることにした。桶谷式っていう乳のマッサージらしい。母に話したら「あら。創始者の桶谷さんにやってもらったわ」とのことで、歴史があるのねーってちょっとびっくり。その道では有名ってものが世の中にはたくさんあるんだな。ま、そんなわけで行くことにしたんだけど・・・電車を2本乗り継いでの通院なのでちょっと不安。しかも健康状態とかどのくらい飲めるかとかみるのでチビタもつれてきて、というのだ。ベビーカー押して駅の階段上り下りしてPDの天敵でもある電車に乗って見知らぬ町へ行く。考えるだけでかなり恐怖だ。ということで週末にだぁ同伴で行くことにした。ま、とりあえず無事に行ってきたわけなんだけど部屋には男子禁制。だってベッドに乳丸出しで助産婦さんに揉みしだかれてるんだもん。一応ベッドヘッドが衝立になって見えづらくはなってるけど、見ようと思わなくても見えます。乳お預けのだぁには刺激的です(ナゾ/笑)ということでだぁはお散歩。(このクソ寒いのに気の毒だ・・)ミルク太りにならないように、ミルク缶に書いてある分量をそのままたっぷりあげちゃいけないそうだ。おっぱいは吸われれば吸われるだけ出るようになってくるので出来るだけ泣いたときには吸わせることって言われた。乳首切れそうなんだけどね。それにしても痛くない程度に外側から乳首に向けてモニモニされるだけなんだけど、乳がどんどん溢れて脇に垂れる。乳首をきゅっと絞ると40センチくらいぴゅーっと噴水のように噴出した。ふと横を見ると壁にたくさんの他人の乳が飛び散った痕もある。いやぁ、驚いた。せっせと乳吸わせてがんばろっと。結果・・だぁがいても電車はキツイっす。ていうか、帰りのバスはもっとツライっす。バスだと助産院の最寄り駅から自宅近所まですごく近かったからだぁが乗ろうって。でも・・・バスは電車よりもっと苦手なのだ。ちき。
2004.01.10
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今朝、オムツを換えようとして顔を覗き込んで「おはよう」って声をかけたらはっきりと笑顔で応えた。笑顔らしき形をすることは増えていて、一人でにこにこ(?)しながら手足をばたつかせて遊んでいることはあるんだけど、呼びかけに対して明らかな笑顔で応えたのは初めてだった。気のせいかと思って時間をあけてまた声をかけてみたら、やっぱり笑っていた。そっか。進化し続けているんだな。そういや、最初は「あっ」「うっ」ってうっかり出ちゃった?て感じだった声も、最近は「あうー」とか「うがー」とか組み合わさった長音になってきた。う~ん、赤ちゃん恐るべし。あたしたち大人は昨日できなかったことが突然できるようになったり、毎日出来ることが増えたりしないもんね。(だんだんできなくなることはあるかも・・・それにしても、笑顔を見せてくれると幸せな気持ちになるなぁ。・・・妊娠中に笑顔を失っていたあたしに、だぁが言った言葉を思い出した。「笑顔がみたい」って。今、こうやってチビタとだぁと3人で笑顔で暮らせてること、ホントに幸せなんだなぁって思う。ずっと笑顔を失わずに生きて行きたいね。
2004.01.06
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相変わらず怪しいタイトルだ。年末あたりからチビタはおしゃぶりを始めた。どうも「ぼくって右手があるんだ!」って発見したみたい(笑)しかしそのしゃぶり方はどうなの?右手、拳骨握ったまんまちゅぱちゅぱ音を立ててしゃぶる。抱っこしててなんかくさいなぁ、なんだろ。オヤジの足の裏か?っていうような臭いでさ。「え?あたし?」ってちょっと焦って確認しちゃいました。でもいくらなんでもチビタじゃないだろって思ったけど念のためあちこちクンクン嗅いでみた。よく犬って耳臭いから、耳も確認。でも違う。足、もちろん違う。オムツじゃない。頭でもない。そのとき嫌がってあたしの顔を払いのけようとするチビタの手が・・・うぉぉ!発見したての右手だ!まだ親指だけしゃぶるっていう高等技術(?)が身についてないので丸ごとしゃぶられているチビタの右手には埃や汗のみならず唾液もミルクゲロも握り締められていて、それがすごく臭かった(@_@;)う~ん・・子供でもこんな臭いを発するのね。まだウンコすらヨーグルト臭なのに。危険だ・・・
2004.01.05
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今日も天気がよかったので近所の神社に初詣に行ってみた。神社の境内に上がる階段が心配だったんだけど今まで気付かなかったけど駐車場を通っていくとそのままスロープをあがってベビーカーを押して鳥居まで行けたのでラクチンだった。ここ、チビタのお宮参りにきたとこなんだけど、同時にあたし、妊娠中にお散歩がてらよく来ていた。ちゃんと分裂(笑)してチビタを連れて来れるようになってよかったなぁってシミジミ思っちゃった。それにしても、境内の玉砂利はベビーカーの敵だったな。初詣とかって露天が楽しみだったりするんだけど最近の屋台って国際色豊かになってるよね。昔は典型的に日本のお祭り事って感じで、綿菓子とかお好み焼きとかたこ焼きとかのイメージでしょ。いかにもって感じの濃い顔の中東の人がシシカバブとか売ってたり(ちゃんと肉の塊をぶら下げてたよ!)韓国人がテャプチェやチヂミ売ってたりするの。変わっちゃったなーって思いながら、それはそれで楽しい。そのうち肉まんとかジェラート(寒いけど)なんてのもできるのかな。
2004.01.04
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今年の一番の仕事はチビタの新春初ウンコのオムツ換えだったかおりんです。こんにちは。今日はとても暖かかったので、思い切ってチビタを外に連れ出してみました。がっちりと固太りのチビタなので、まだ1ヶ月3週間だけどベビーカーに乗せてもイケル感じだったので、一番フラットにしてヘッドガードをつけて乗せてみたんだけど微妙にきつそうなのはデブだから?(笑)ともあれはじめてのお散歩はトイザらス。もちろん店内はやたら滅多に混んでいるのでお外でだぁと待機でしたが。ベビーカーにつけて荷物をかけるやつとか、ひざ掛けが落ちないようにするやつが欲しかったんだ。買いたいものが買えたし、混んでる店内でもプチ発作もクリアできたので(あたしにとって久々、チビタにとっては初めての)お出かけは大成功だった。ところで、冬の寒空の下の焼き芋ってやたらに魅力的じゃない?たいていとても高いので横目で見ながら匂いだけ愉しむのがいつものことなんだけど、今日の焼き芋屋さんはとても良心的だった。だって、でかでかと「小100円 大200円 お茶50円(紙コップ)」って書いてあるんだもの。思わず2個お買い上げ。しかもチビタの顔を覗き込んで、「1個おまけ」って、小を3つも入れてくれたんだ。小って言っても結構大きくて、一つ食べたらお腹一杯。芋自体はホクホクとは言いがたかったけど、ねっとりと甘くてまぁまぁ。っていうか、100円なら文句なしだよね。それにしてもチビタはなかなか図太い?15分くらいかけてトイザらスに行き、帰ってくるまでずーっと寝てました。う~ん。手がかかんなくていいか。車なしの我が家なので電車で出歩くことになるし、こうやっておとなしく寝ててくれるのが一番だな。
2004.01.02
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激動の一年が過ぎ新しい年になりました。毎年年末には「今年も後○日だよー。早かったねー。」ってテレビ観ながら話したりしていたもんですが、去年は「今年はとっても長かったねー。」ていうのが夫婦揃っての感想でした。何はともあれ、無事に家族3人になって新年を迎えられたこと心から幸せだなぁ、と幸せをかみ締めています。(寝不足の目をこすりながら・・・)今年もマイペースでぼちぼち更新していきますので暖かく見守ってください。
2004.01.01
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