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長岡で被災している友人に、宅急便で何か必要なものを送りたいと思い、問い合わせをしてみると、「届けられる保証もない」とにべもなく断られた。鬱病で苦しんでいる友達は、とりあえず避難所には行かずにすんでいるよう。でも断水は続いているようだし、薬の副作用で喉が渇くだろう。水だけでも送ってあげたかったのに・・・今のところなんとかなっている、とメールをもらったけれどやっぱり心配。発作を起こしていないだろうか、体調は大丈夫だろうか。テレビで余震のニュースが入る。そのたびに「あぁ・・不安だろうなぁ。」と彼女の安否を案じ、だけど何もできない自分。ドラえもん募金してみた。そのくらいしかできない。個人のできることは限られすぎている。自分自身がPDじゃなかったら、直接現地に行ってあげられるかもしれない。乳児を抱えていなければ、何かしてあげられることがあるのではないか、と日々のニュースを見るにつけ、プチなこの胸が痛む。神戸の震災の時、生き埋めになってその後PDになったという友人がいる。地震という災害、身近な人の死、避難所暮らし・・・すべてが人の心に大きな、癒えることのない傷をつける。あの避難所の状況はあまりにひどい・・・一日中大きな音で放送が流れ、他人と密着した状態でひたすら座るだけ。お風呂もなく、トイレも自由にいけない。食料も飲料水もない。プライバシーの欠片もない中で、健康な人でも疲れ切ってしまうだろう。持病のある人は薬がなくて苦しい思いをする人もいるだろう。あの環境では体だけはなく、今後どんどん心を病んでいく人が増えるだろう。医師だけでなく、カウンセラーや、プロではなくても、彼らの声にもっと真摯に耳を傾ける人がいるといいのだけれど・・・ニュースを見るにつけ、何もできない自分が情けなく思う。
2004.10.28
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今日は赤ちゃん学級。赤ちゃん学級の時間って微妙。朝10時から11時半。その時間って意外と眠くなっちゃったり2回食の月齢なら朝の離乳食の時間。そういう時間に設定されてるのはどうなんだ?と思いつつ結局赤ちゃんなんてその日によって全然違うから、この半年、ご機嫌の悪い日もいい日もあってあんまり時間に関係なかったかも。結局あたし自身がPDで低血圧だから朝は調子悪いし、寝坊して家事や準備が間に合わないから遅れちゃってってことがほとんどだったかも。えへ。そんなわけで、今日も少し遅れちゃった訳なんだけど。本日体操をするってのをすっかり忘れていた!赤ちゃんたちはボランティアの保母さんの卵さんたちが面倒を見ててくれるので、みんなお母さんたち、輪になる。どうこういいわけする暇なくその輪の中に加わってしまった。ひえぇ~~とりあえず最初はストレッチぽい感じだったから参加していたんだけど、途中からエアロビになってきて、結構しんどくなってきて、動悸がしてきたので早めに発作さけるために戦線離脱。薬飲もうと思ってバッグを開けると・・・財布がない!財布は忘れて出かけることはないだろう、と薬入れを持って出かけない時でも絶対に大丈夫なように、財布に頓服を入れてあるのに!出がけにバッグを変えたときに詰め忘れたんだ!すんごい焦る。ヤバイ!ヤバイ!心臓のドキドキが悪化する。プッチだ。完全にきちゃった。怖くてだぁにメールする。「だいじょうぶ。もう少しだからね。」って返事がきたけど、大丈夫かどうかはあたしが決めることだ。ちき。でも電話のつながるところにだぁがいるって思うから、とりあえず落ち着け、落ち着け。そう自分に言い聞かせる。落ち着け、落ち着け、だいじょうぶ。ここで倒れてもどうにかなる。っていうか、倒れるわけないし。平気。平気。そうやってグルングルン回ってるめまいと、こみ上げてくる吐き気を必死に押さえつける。しばらくくらくらしたまま、話しかけられても目が中を泳いでる状態。「久しぶりに運動なんてしたら息あがっちゃってふらふら~」なんてごまかしたりして。チビタは相変わらずの超超マイペース男で、全然あたしの方なんて振り向きもしないで目新しいおもちゃで遊んでいて、みんなに「扱いやすいねー」なんて言われてた。外面はいいのです、家では号泣してますから。虐待?ってほどに。かわいがってます!ホントに愛してるんです!って言い訳したいほどにひたすら大号泣するのだ。なのに外では滅多に泣かない。そう。こうやって外で発作起こしてしんどいときに泣かれるともっとしんどい。だからホントにいい子でありがたいこっちゃ。そう思って小さい背中を頼もしく眺めているウチに少し落ち着いてきた。と、そのとき、突然思い出したように泣き出すチビタ。まぁ、いいタイミングだ。一応問題なくそのままプッチは収まり、とりあえず無事に終わって帰れることになったのでほっとした。子連れの外出で何が一番困るって、自分が発作起こしたときに子供を巻き沿いにしてしまいそうだってことなんだよね。だからダッコ紐ができない。倒れると大変だから。ベビーカーなら、そのまましゃがみ込めば、倒れても誰かQQ車呼んでくれるだろうしさ。っていうか、呼ばれても困るんだけどねーパニック発作は死ねないからさ。子供に迷惑かけられないっていう意識が、PDを克服するきっかけになる人も多いのだろうけれど、あたしはまだまだ「母は強し」からはほど遠いようだ。ち。未熟者め。
2004.10.26
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ウチでまったりチビタに乳をやっているときに地震がきた。最初はめまいかと思ったけど(これ、得意技)カーテンやチビタのメリー、ペンダントライトも揺れていたからめまいじゃないってわかった。(早くわかれよ。)関東は元々地震の多い土地だし、そのときはあまり深刻に考えていなかった。でも買い物から帰ってきただぁりんとテレビをつけてみると、全チャンネルで地震のニュース。震源地は長岡?!新潟にはメンタル系の友達がたくさんいる。新潟市内と糸魚川の友達にはわりと早く連絡がとれ無事が確認できたんだけれど、長岡の友人と連絡が取れずに心配した。やっととれたものの、水とガスが止まっているらしく、火事も起こっていたりするのでとても不安気だ。そりゃそうだ。彼女の飲んでいる薬の副作用で、ひたすら喉が渇くってのがあるので水が止まっているのがしんぱい。陸路も寸断されていると、隅々まで食料や飲料水が行き渡るのは時間がかかるだろうし、一般的な人が「喉が渇いた」っていうのと、薬の副作用がある人では我慢できるレベルが違う。宅急便で水や食料送れないかと確認したけれど、配達できる保証がない、と断られてしまった。そりゃそうだろうけれど・・・なにもできない自分がもどかしい。自然災害は遠慮なく弱者をターゲットにする。子供、お年寄り、病人。2ヶ月の赤ちゃんがショック死した、という切ないニュースには胸が痛んだ。両親は子供を守ろうと、車に乗せ、チャイルドシートに固定したのだろう。生まれたての、おそらくせいぜい5~6キロの命。10ヶ月胎内ではぐくみ、やっと腕に抱いた小さい命。それなのに、地震でいとも簡単に奪われた両親の悲しみは計り知れない。でも、同時に「自分じゃなくてよかった」と思ってしまうエゴイストなあたしもいる。チビタを奪われたら?!気が狂って死ぬかもしれない。当たり前の生活のありがたさは、それが当たり前じゃなくなったときにしか気づくことができない。早く、少しでも早く、地震が終息し、当たり前の生活に戻れることを祈っている。でも、大切な家族を失った人の心の悲しみには、終息は訪れない。
2004.10.23
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ネット生活の短いあたしがかなり初期の方に知り合ってずっとずっとおつきあいを続けているお友達がとある南の島から本土初上陸を果たすことになり、是非に、と会うことになった。最寄り駅まで来てくれたので、お散歩がてら近所一周してその後ウチに来てもらってのんびりまったりお話して過ごした。チビタは元々人見知る子じゃないんだけど、それにしてもすんごいなつきようで、自分から彼女に向かってポテポテと歩いていって、ダッコしてもらってニコニコしていた。きっと抱かれ心地がよかったんだね。豊満な胸だからかしら。ゴメンねー貧乳ママでさ。ちき。それにしても、ホントにここのところパソコンで知り合った人とこうやってお顔を見てお話する機会があるんだけどやっぱり書き込みや日記の雰囲気と、実際の人となりって重なる。もちろん日記や書き込みだからはっきり自分の気持ちかける部分もあるし実際に会うとそんなに辛口には話せなかったり、てれちゃったり口べたになっちゃったりもするんだけどでもやっぱりその人の空気感っていうのかな、その人らしさが感じられるっておもった。PS 私信ですが・・・病ケツの方(謎笑)今回は残念でしたが近々OFFしましょう。
2004.10.22
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実家にいます。また、います。だって、だぁりん、出張ですゆえ。急遽金曜日に決まり土曜日からきております。かえり?いつになるやら。多分来週半ばと思われます。今日は天気がいいのでのちほどお散歩に行く予定です。徒歩10分の駅前まで。それにしても、天気がいいのは今日までらしいっすね。某島からやってくるお友達は台風の影響を受けないかどうかが最近の心配事です。
2004.10.18
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チビタ、歩けるようになって随分になります。家の中では自由にあちこち歩き回り、平気でどこへでも行けるようになり、「おいで」というとにこにこと笑顔とよだれを振りまいてポテポテっと千鳥足で歩いてやってきます。歩幅はおそらく3センチ程度だと思われますが。歩けるようになって以来、遊ぶ時もたって遊ぶことが増えてきました。座ればいいのに、って思うような所でも、いつまでもいつまでも。起きてる時間の半分くらいは立ってます。残りの半分はダッコですが。そう、それだけ歩くのがうまくなったのに、どうやっても外では歩こうとしないのです。どうも靴下を履かせて靴を履いた感覚がイヤみたい。チビタ、ファッション性と防寒用で、生後3ヵ月くらいから靴は履いてるの。だから靴には慣れてるはずなんだけどね。だけどどうしてもそれで立って歩くっていうのは違うみたいで、靴を履いている状態だと立つだけ。歩こうとしないのです。なんだかなー。履いている靴に躓いたりするし。もっと上手に歩くようになれば、靴はいても歩けるのかな。せっかくアディダスの可愛いヤツ買ったのにさ。(13センチなので、いわゆるファーストシューズはサイズがない。ばかの大足ですか?!)秋になったから天気のいい日には家族で手をつないで散歩とかおべんと持って港の周辺の公園の芝生で食べたりしようなんていうじゃなぁ~い?寒くて無理ですから!秋雨晴れてすでに冬!斬り!・・・最近気になります。ギター侍。っていうか、顔、キモイんですが。
2004.10.17
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ずーっと天気が悪くて久しぶりに晴れたのでお散歩に出た。アスファルトは黒く湿っているけど、雨上がりの空気がとてもすがすがしくて、気持ちいい。こんなに気持ちいい天気は久しぶりだなぁって、歩いていると甘いいい匂いがしてきた。キンモクセイ。懐かしい。去年、妊娠していて、具合が悪くてどうにもならない時この匂いだけは心地よく感じたんだったっけ。去年の日記を見てみると、もう少し早くキンモクセイの日記を書いてた。今年は天気が悪くて外出もできなかったから、花は咲いていたけど気づかなかったんだなぁ。それにしても一年は早い。そして去年と今年の状況の激変ぶりに改めて驚く。だって、去年はお腹大きかったんだよ!お腹の中で蠢いていた命が、今は足下にまとわりついてヤイヤイ言ってます(笑)キンモクセイが香る季節になるたびに、あの妊娠生活を思い出すのかもしれないな。
2004.10.15
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今日はだぁの誕生日。知り合ったときに22歳だった彼。大卒ほやほやの新入社員だった。(フレッシュさはなかったけど)ついいつまでも小僧扱いしてるけど、いつの間にか三十路に突入だ。ちょっと変な気分。っていうか、自分がさらに年取った気分・・・あたし、自分が10代後半~20代半ばくらいまで、30代の男の人がかっこいいって思っていた。そして最近自分が年をとったせいか、30代はまだまだ修行中で、40代、50代のかっこいいオヤジになっていくための大事な鍛錬の時期なんだなぁって思うようになった。仕事の面では『社会人として』プライベートでも『夫として』『父親として』って責任がついて回るようになって、その重責(笑)を負いながら、一人前に成長するための大事な30代。今の大事な時期を「まだ若いから」って油断してると腹は出るし油っぽくなるし加齢臭はするし(笑)だらしないただの中年男になってしまう。かつていい男だなぁって思う人はいつも既婚者だった。きれいな奥さんがいて、かわいい子供がいた。口では遊んでるようなこと言っていても、ホントは愛妻家で、子供をかわいがって、家族を大事にしていた。今にして思えば、幸せな結婚して、守るべき家族があって、仕事や趣味に充実しているからいい男なんだなぁって思う。妻が女として手抜きしてたら夫も妻に魅力を感じなくなるだろう。夫が男として手抜きしてたら、妻も同様。どっちが先に手を抜いたのかはわかんないけど、互いに自分のことは棚に上げ、相手を異性と思わずに接するようになっちゃうから、妻はヨン様に走り(?)夫はキャバクラに走る。いや、大げさだけど(笑)お互いに加齢に伴う変化は仕方ないけれど、ただ「どうでもいいやー」的にだらしなく年をとるのはイヤだな。白髪は生えるし皺はできるし肌はたるむし尻も胸もたれるし。でも気持ちを凛としていれば、年をとってもその年なりの、自分なりの生き様の美しさを保つことはできるはず。どっちかだけが努力してたんじゃ意味がないんだよね。お互いのこと、ちゃんと気にかけて、何年経っても、中高年になっても一緒にいてバランスのいい夫婦でいたいなぁって思う。32歳のあたし、30歳になっただぁ。今のあたしたちはどんな夫婦なんだろう。あのころのあたしが今のだぁりんを見て、「かっこいい30代」の男に見えるんだろうか。あたしはそういう男にしてあげられてるんだろうか。ちなみに、あたし、ヨン様の良さって理解できません・・あのぉ・・「ぺ」ですよね?かっこいいですか?あの『いかにも純粋でウブ』な笑顔、苦手です。そんな笑顔でもうんこもするしおならもしますよー。あくどいこと考えたりエロいこと考えたりもしますよー。純粋なわけないじゃないですか!いい年してピュアなんて気持ち悪いっす。同じ『ペ』なら『カトちゃんぺ』の方がいいです。 世の中のヨン様ファンを敵に回しそうです・・・
2004.10.08
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最近、チビタはなんだかいつも独り言を言っています。話しかけてきたりもします。もちろん宇宙語ですから理解なんてできやしませんが、適当に「そうだねー。」なんて言ったりしています。ウチは元々自分たちのことを「お父さん、お母さん」って呼び合う夫婦にはならないと決めているのです。だってあたしのお父さんはお父さんだけだし、あたしはだぁりんのお母さんじゃありませんから。お互いには名前で呼び合っています。んでもって、どうにもこにも赤ちゃん言葉ってのがこっぱずかしくて苦手です。チビタにも名前、もしくは「キミ」って呼びかけています。「まんま」「ねんね」「わんわん」「にゃんにゃん」それ以上思いつきもしないが・・・たまに赤ちゃんのいる人が聞いたこともない赤ちゃん用語を使っていて、「あのぉ・・・それなんですか?」って聞きたくなるほど、全然知りません。ウチの両親も最初から普通に大人に話すように話していたそうで、従ってあたしが赤ちゃん用語を知らないのは無理もなく当然使ってません。だからチビタはなかなか言葉を発することができないのも、もしかしたらチビタのレベルの言語能力を超えた大人用語しか使わないあたしたちに責任があるのでは、と思ったりしていて、それゆえ全然しゃべらないことを気にかけてもいないのです。言葉が遅い子も早い子もそれぞれ個性ですからねー。実際ヤツは「まんまんまんまん~」「だぁ~」「ばばばば~」など、通常赤ちゃんが最初に口にするような音は発しているし、バイバイの時には手旗信号の失敗みたいな仕草をするし抗議するときは「う゛う゛う゛゛~~」とうなり声をあげたり(犬?)ダッコ希望の時は足下にからみつき「んなぁぁ」など(猫?)それなりに自己表現らしき音声を発し、またこちらの言っていることも多少は理解してる様子なので気にかけてもいませんでした。ところが・・・最近気づいたのです!ちいさい声で何かぶつぶつ言いながら椅子を押しているチビタに!「・・ぃしょ!ぃしょ!」これわぁぁぁぁぁっ!どうも「よいしょ」みたいです(TヘT)あたし、確かに重たいチビタを抱えて一日に何度も「よいしょ」って言ってます。もしかしたら抱き上げるたびに「よいしょ」って言ってます。あぁぁぁぁ!最初の一言が「よいしょ!」だなんて。あんまりです。お母さん、お父さんっていきなり言えるわけもなく、そんなことは期待してませんでしたとも。でも、だからといって、なにも、よりにもよって「よいしょ!」って・・・ショック。
2004.10.07
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ちょっと考えてみてばかりいる昨日今日なのである。それというのも雨だから。それにしても、そもそも平等っていったいなんなんだ?生まれついて人は平等ではない。美しく生まれる人もいれば、不細工な人もいる。お金持ちの家に生まれる人もいれば、貧乏な人もいる。非凡な人もいれば、平凡な人もいる。五体満足である人も、障害のある人もいる。それなのにすべて平等に生きていくことなんて不可能なんだってあたしは思っている。子供の頃、あたし、両親に「差別はしてはいけない」と教えられた。同時に差別と区別は違うとも教えられた。差別と区別。すんごい難しい課題だ。こっちは区別してるつもりでも、相手は差別されていると感じるかもしれない。障害者だからって謙虚である必要はないし、卑屈になる必要もない。健常者と同じように、それぞれ個性があって、性格もそれぞれだと思う。もちろんあたしはPDだとはいえ、体には障害はないからそういう人たちの苦悩は理解できない。他人のことなんて、どんなに身近な家族でも完全に理解することなんてできるわけないって思ってるし、理解してあげる、なんて傲慢な態度だって思ってる。お互いに理解したような気になってるだけ。親しくなってくると、経験則から相手の状況や気持ちが憶測できるようになってくるだけ。あたし、前に働いていた会社の最寄り駅でよく暴走電動車いすに轢かれそうになったもんだ。その男の人は通勤客で混雑している歩道橋をものすごい勢いで(原チャリ並み)びゅんびゅんと人にぶつかる勢いで走り、ぶつかりそうになるたびにものすごい目でにらむのだ。一度なんておばあさんが引っかけられて転んでしまったところを見たことがあるけれど、その車いす男は見向きもせずにとっとと歩道橋のエレベーターに割り込んで乗っていった。障害者の人は苦労があるかもしれない。でもそれでも与えられた環境の中で平和に幸せに暮らしている人もたくさんいると思うし、卑屈にならずに受け入れて頑張っている人がほとんどなんだと思う。自分は障害者で苦労してるんだから、人が自分に親切にするのは当然で、道を譲らせるのは当たり前で、感謝する必要はないっていうような「お前らに俺の苦しみがわかるのか?」的なその車いす青年の態度は、健常者に対する逆差別を感じてしまう。っていうか、健常者だって苦労はあるんだぞ。苦労の形は人それぞれだけど、苦労してない人なんてそんなにいないと思われる。あたしは障害に同情はしない。そういう風に生まれてしまった、そういう風になってしまったことに対して。自分自身もPDで、人生は普通の人よりもずいぶん生き辛いものだけれど、同情されるのはイヤだし、病気だからといって不幸なことばかりじゃない。いい友達もたくさんいるし、いい夫、子供にも恵まれた。できないこともたくさんあるけど幸せなこともたくさんある。病気になったからこそ、見えたものもたくさんあるって思う。ホントの友情や愛情がそうだ。理解もできない同情もしないってーと冷たいって言う人もいるかもしれないけど、あたしはそうは思わない。できることまでも手を出してやってあげようってのはよけいなお世話だと思うのだ。あたしは155センチの自分の背の高さで見える世界しか知らない。すごく背の高い人や、車いすで過ごす人の世界も、あたしは知らない。目が見えない人や耳の聞こえない人の世界はあたしにとっては『恐怖』だ。だけど、苦労を思いやって手伝ってあげることはできるだろう。でもなにを必要としているのかわからない。相手がどの程度のヘルプを必要としているのか、どうしてあげれば相手に不快な思いをさせずに手を貸してあげられるのかわからない。「手伝えることがあればしてあげたい」って思う人は多いはずだよ。だからハンディキャップを持っている人は声を出して、「こうしてください」って言ってくれていいんだと思う。卑屈にならないでいいのだ。そして手伝ってもらったときには「当然だ」と思わずにいて欲しい。そして周りの人はそれに対して気持ちよく自分のできる範囲のことをすればいいし、「めんどくさい」とか「してやった」みたいな気持ちにならないで欲しいのだ。どうやったら上手に自分と違う人たちと接していけばいいのかって難しいなぁって思う。それは健康であっても病気であっても、障害があっても、それぞれが個性だって思える心の持ち方なんだろうなぁ。ホント、難しいなぁって思うのでした。なんでこんな日記を昨日、今日と書いているかというと、先日手首から先のない赤ちゃんとお母さんとお話する機会があって、その子がなんの不自由もなく上手におもちゃで遊んでいるのを見たから。周りの子供もなんにも気にせず一緒に遊んでいるのを見たから。もちろん大人としては「聞いちゃいけないこと」だから触れていなかったけれど、それが障害だってこと、その子本人も周りの赤ちゃんたちも認識していないことを思い、「いつから障害者になるのだろう」と思ったからなのであった。雨の日はなんとなく物思いにふけりすぎてしまう。早く秋晴れの空、ベビーカー押してお散歩したいなぁ。
2004.10.05
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子供を持つお母さんから「子供特別好きじゃない」っていう反響をいただいたので改めて考えてみた。あたしにとって赤ちゃんてのは無条件で誰の子でもかわいく感じる。いや、顔じゃなくて、その小ささとか、誰かの手を確実に必要としているはかなさとか、同時に恐ろしいほどの生命のパワーとかがいとおしいのだと思う。ただ、子供となるとどうなんだ?人混みでわめく子、思い通りにならないと暴れる子、やたら生意気な口たたく子はっきり言って自分が子供を持つ今となってもやっぱりむかつく。事情は理解できるときもあるけど、親が叱らないことに対してむかつく。「この野郎!あたしが親も子も同時に叱ってやる!」って思ったりする。まぁ、そんなこんな、いろいろあるんだけど・・子供が苦手な理由、それはたぶん『通用しない』からだ。大人になら『通用する』ことでも子供には理解できず、「なんで?どうして?」になる。大人なら「どうしてなんでしょうねぇ・・」なんてごまかしが聞くことでも、子供にはいい加減な返事が通用しない。子供は自分の納得できる答えが返ってくるまで「なんで?どうして?」なのだ。それに答えるほどの知識も独創性もあたしにはない。だから途方に暮れてしまうので疲れる。子供はその純粋さ故に時として残酷だ。奇異なるものに対する興味や偏見を、そのままさらけ出してしまう。子供は体に障害があったり顔かたちの少し違う人に対して「なんで?どうして?」って興味を持つのだ。見て見ぬふりはできない。しかしそれもまた人間の本性でもある。自分にとって初めてのもの、見慣れないものに興味を持って見入るのはおかしいことじゃない。それは時として非常に残酷で、それを理由に差別したりいじめたりすることもあるだろう。でも大人は「見たらいけない」とか「失礼だから」とかって目を背けたり、見て見ぬふりをしたりする。それが今の社会では『してはいけないこと』で『平等に』扱うべきだから。理性がそうさせるのだ。当然子供にはそれが通用しないのだ。興味の対象は奇異なるものなのだ。それはしかたない事実。自分が『人と違う』とか『見られたくない』という意識がある人、心に何か抱えるものがある人は、特にそういう子供の純粋なまっすぐな視線が苦手だったりするんじゃないかなぁって思った。っていうか、自分がそうだけど。
2004.10.04
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チビタがコードをかじったりひっぱったりマウスをいたずらしたりするので無線LANを購入したのだけれどこれがまたえらく調子が悪い。つながったりつながらなかったり、つながっても「表示できません」とかでちゃうし。昨日も更新したのに書き込みの時点で接続不可になり結局消えてしまって怒り心頭。ったく・・・どうすりゃいいのかね。週末だぁりんにやってもらおう。そんなわけであちこち定期的に見せていただいている日記やHPも全然みれないわけで、書き込もうとしてもできないわけでったく、ホントにいらいらする。パソコンが言うとおりにならないのってなによりもむかつくのはあたしだけ?
2004.10.01
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