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ヨブの友人は病者となったヨブを見舞いに来て、その余りにも悲惨な姿に7日間話しかけることも出来ませんでした。先に言葉を出したのはヨブです。ありったけの言葉で、苦しみを神にぶちまけ始めます。「わたしの生まれた日は消えうせよ」ヨブ記3:3驚いたのは友人たちです。あの信心深いヨブがこんな言葉で訴えようとは。そしてヨブを諫め始めるのです。ヨブは耳を傾けず、相変わらず「もうたくさんだ、いつまでも生きていたくない」同、7:16こんな会話が延々と続くのがヨブ記です。結末はまたあした!
2003年04月30日
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ユダヤ人が捕囚の時代の時代、ペルシャ王の王妃になったエステルの物語。エステルって絶世の美女だったらしい。「雅歌」は、エステルとクセルクセス王の恋愛歌だったかも?ユダヤ人絶滅の企ては、エステルの身を捨てたとりなしで、逆にユダヤ人の歓喜の結末に変わる。これを読む度に思うのは、ナチスのユダヤ人虐殺のこと。エステル記のようには行かなかった歴史の恐ろしさ。
2003年04月25日
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あなたはわたしの心をときめかす。あなたのひと目も、首飾りのひとつの玉もそれだけで、わたしの心をときめかす。わたしの妹、花嫁よ、あなたの愛は美しくぶどう酒よりもあなたの愛は快い。あなたの香油はどんな香り草よりもかぐわしい。 雅歌(旧約聖書・新共同訳)
2003年04月23日
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女性(ご高齢者)のお宅を訪ねた。90歳になろうとしているお姉さんがおられて、お姉さんの方はボクの教会のメンバーだが、ただ今入院中。亡きご主人の昔話、お姉さんと一緒に暮らす苦労話など聴かせて頂いているうちに、いつの間にか、小1時間たってしまった。すると、テーブルの脇にじっとうずくまっていた猫が、立ち上がって、ボクの前に来て、「にゃぁ」と一言。すると、その女性がゆったりとした声で、「ダメよ、そんなこと言っちゃ、失礼よ」昔、猫語を話せるという人が教会に来ていたことを思い出した。
2003年04月22日
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ゴルゴダの丘のそばの「園の墓」は、キリスト様が死から命へ復活なさった所。この時から、墓は永遠の眠りの場所ではなく、仮の宿となった。彼の復活は、私たちの復活の「手付け」だという。イエス様と共に生きる信者も、イエス様のように復活する保証として。だから、行く末は、墓ではなく天である。ボクたちも、やがて墓を破り、天に登るのだ。
2003年04月21日
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イエス様のご遺体に塗る香油を手に、女性たちは墓の中に入ろうとした。葬りの支度のため、ご遺体に香油を塗るのは、しきたりだった。しかしそこに置かれたはずのご遺体が見あたらない。せっかく買い求め、大切に持ってきた香油も、もういらない。 「婦人たちはひどく驚いた」(聖書) 驚くのは無理もないが、一方では、この率直な驚きには、後世の人々から疑いの目が向けられるのだから気の毒だな。 女性たちは卒倒しかねない様子だっただろう。 「逃げ去った」「震え上がり」「正気を失っていた」と。 顔からは血の気が引いていた? 二人のマリアとサロメは、墓から逃げながらも、持参した香油のことが気になったかも知れない。「あなた香油は?」「何言ってるの? ご遺体がないんだもの、もういらないわ」 この出来事こそ、最初のイースター(復活祭)の朝の出来事だった。ここが私たちの「キリスト教」が始まった正真正銘の場所である。 さて、マグダラのマリアは、あわててどこかにホカしてきた香料を、探しに行かなければなるまい。主がよみがえられて、帰ってこられるのだから。ステキな予感がよぎる。 ホラ! またイエス様の御足に注ぐんでしょ?
2003年04月20日
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A大統領に身をささげた兵士はB大統領に身をささげた兵士と戦う尊い命をささげ合っての聖なる戦いでは戦闘は厳しいからあまり考えてはいけない恐れと不安はそれでもある兵士の心によぎった思い 英雄となっても もう国へは帰れないだろう 遺骨のほかは
2003年04月19日
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キリストの暦で「聖金曜日」と呼びます。「受難日」とも「受苦日」とも。今日はキリスト様が十字架にかかった記念日なのです。エルサレムの郊外の刑場「どくろの丘」(ゴルゴダ)で。イエスを真ん中に、両側に他の死刑囚が。イエスが十字架の上で叫ばれ、祈られたお言葉が7つ、聖書に記されています。第1「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」ルカ23章34節 第2「イエスは言われた、よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう。」ルカ23章43節第3「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。ヨハネ19章26、27節第4「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(わが神わが神、どうしてわたしをおみすてになったのですか)第5 そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。ヨハネ19章28節第6「すべてが終わった」ヨハネ19章30節第7「父よ、わたしの霊を御手に委ねます」ルカ23章46節
2003年04月18日
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三島駅に降り立ったのは、夕方6時前まだ空が青々と澄み切っているこんなに日が高くなっていたんだ夕暮れの淡い光に包まれている町生まれたばかりの町のようにそうだ 町は毎日生まれ直しているんだ手元の切符に目を移した回数券には発行日の刻印があった3月××日過ぎ去った月への懐かしさが心にあふれてきた
2003年04月17日
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女衆の鼻歌を聴いていて大発見。A歌とB歌の間にメロディや歌詞の共通点があると、そこからスムーズに歌が移行するのだ。向こうがC歌を歌っているとき、ボクはD歌で攻撃をしかけた。いつもならボクのD歌に吸収されるのだが、敵は動じないでC歌を歌っている。そして笑った「アハハ、二人で別々の歌をうたっているわ」
2003年04月16日
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BSテレビでフランス・ルーを見ていたら、フランスでは脱獄が多発しているという。「脱獄者には、ごほうびに、捕まえないようにしたらどうだろう」と言ったら、だれも賛成しなかった。脱獄できたら、うれしくて、もう犯罪から足を洗うと思う。ボクならそうなんだが。
2003年04月15日
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そこはボクの家から車で30分ほどです。開館したばかりの「木村圭吾さくら美術館」へ行きました。愛鷹山麓の駿東郡長泉町スルガ平あります。木村さんは日本画を中心に屏風絵や本の装丁など、幅広く活躍されているようです。桜を題材とした絵がたくさんあり、綺麗です。シンプルで感じのいい美術館でした。このエリアには、クレマチスガーデン、カフェ、ビュフェ美術館、井上靖文学館、自然公園などがあります。皆さんをご案内しましょうか?
2003年04月10日
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生えっぱなしの草を見て「だらしなく見えて、まずいぞ」と言いながら、朝やってきて駐車場の草を取ってくれた。午後も地面に座り込んで、草を抜いてくれた。信者さんはありがたい。(去年のお話デス)
2003年04月07日
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春は暖かく、荒々しい春の嵐が来て枝は翻弄される試練に身を委ねても一夜が明ければ日が輝き花も輝く
2003年04月06日
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周りをヤキモキさせながらも卒業にこぎつけた息子が、初出勤。あいにくの春の嵐。「父さん、送ってくれないか」「いいよ」お店の100Mほど手前で、「ここで降ろして」雨の中を跳んでお店に入っていく。初めての社会人、どんな気持ちで入って行くのだろう。シャッターが半開きで、大きな、ぴかぴかのバイクが並べてある。
2003年04月05日
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駐車場で、水道検針人と出合った。「ぶっそうな世の中なので、こわいですわ」と言う。「神様のお守りがありますように、お祈りしますね」と言ったら、「わはは」と笑い飛ばして行ってしまった。
2003年04月04日
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ひと月ほど前の夜、子に電話しました。「駅に着いたから迎えに来て」歩いて15分ほどです。「いけない」との返事。半月ほど経って、同じことを頼みました。「いいよ、いくよ」家に着いてから言ってくれました。「親を助けるのはあたりまえ」前のことが頭に残っていたんだと思います。
2003年04月03日
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ぜったい落とすぞ、と目を付けていたオークション。書類づくりに熱中していたら、いつの間にか時間が経ってしまった。そうだ、神様が忘れさせて下さったんだ。神様ありがとう!
2003年04月02日
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