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きのう「聖霊降臨日」の礼拝、「受洗者歓迎会」を終え、最後に母と洗礼を受けた弟を見送った。気分転換に駐車場の草取りでもしようと思い、雑草の入れ物を手にしたら、一人の見慣れない若者がたたずんでいた。普通ではない顔色、沈んだ物腰、外のベンチに一緒に座ってお話を聴いていたら、雨が降り出した。じゃあ、中で話そうか、と言って教会の中に招き、続いてお話を聴いた。お昼の残りがあったので、二人で食べることにした。一緒に食べながら「こんなこと生まれて初めて」と彼は言った。彼はまた自分の境遇を話した。その言葉が事実とすれば、こんな悲しい星の下に生まれた人間は滅多にないと思った。今度はボクが話す番となった。災いを転じて福とする道が必ずあること、今からでも遅くはない、神様がキミを愛しているから、神の愛を受けるべきことを、思わずまくし立ててしまった。そして教会の案内をして、聖書を出して、聖書の一節を一緒に読み、そこに印を付けて彼に渡した。見送るときに、妻を呼び、2人でお送りした。妻が言った「あの人の顔色、来た時と変わった」
2004年05月31日
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みなさんおはようございます。今日は「聖霊降臨日」キリスト教の3大祭の一つです。キリスト様が十字架にかかり、3日後に復活なさり、40日のあと天にお帰りになり、それからキリストの様の代わりに天から聖霊が降りました。キリストが十字架にかかられた日から数えて、約50日。今日は、キリスト教会の誕生記念日でもあります。そうそう、ボクの弟が今日、洗礼を受けます。考えるだけで胸が熱くなります。きのうからここに来て泊まっています。------------お祈りありがとう。ボクの弟が50歳になって洗礼を受けました。洗礼式の時、泣いて下さっている信徒さんを見てボクも泣いてしまいました。皆さんから祝福を受けて、うれしそうに250CCのスクーターに乗って東京に帰っていきました。来るときは5時間ほどかかったそうです。
2004年05月30日
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「自衛隊が多国籍軍に参加を検討」という見出しが1面トップを飾っている。ここまで来たのだな、と思う。私たち日本国民の基本法(憲法です)は、海外派兵を禁じている。明文化されて禁じられているのに、平気でなし崩しにされていくことが、空恐ろしい。「集団的独裁政治?」なんて、変な方にイメージが膨らんでしまう。国際社会と歩調を合わせるのなら、憲法論議をし、憲法を変更し、その上で堂々と多国籍軍に加わったら良い。それまでは、自分たちが承認している憲法の心を大切にすべきだ。たとえ、他国に笑われてもだ。ボクは国への愛とはそういうものだと信じている。
2004年05月28日
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ベートーベンのピアノ協奏曲第4番の始めの方をイメージすると、下記のようになるんです。-------------------------------------------------ピアニストは、オーケストラに説得されて、やっとの思いで、ピアノの前に座ります。とても、はにかみやさんです。オーケストラさんは言います。「ほんの少し、弾き始めるだけで良いからね! あとはボクたちに委せて。」ピアニストは、恥ずかしそうに、ソロを始める。まるでリサイタルのように。会場は静まりかえっている。約束通り、そっと、わずかのメロディを奏でると、オーケストラがやさしく同じメロディをなぞります。そして勢いよく歌い始めるのです。それから、改めて、喜びにあふれて、飛び跳ねるように、ピアノ独奏が帰ってくるのです。
2004年05月27日
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きのう出先から伯母に電話し、伯母の家に立ち寄った。会話の中で「ひでは、世間知らずで、お坊っちゃんなんだから・・・・」そばで聴いていた伯母のご主人が「そんなことないぞ、ひでは苦労人だよ、よく出来てると思う」夫婦のそんな会話がおかしかった。夕食を頂いて、帰ろうとすると、伯母が駅まで送るという。話しながら駅まで15分、駅の近くのスーパーに寄って、おみやげを買ってくださった。「これがいいかしら」といって手にしたのは、箱入りのぶどう。3800円と書いてあった。「あ、それ要りません、こっちがいい」といって、バナナ一房、値引きになったイチゴ、サマーオレンジを手に取った。じき80歳になる伯母さんありがとう。大好きです。
2004年05月26日
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一般社会で言う「職制」とは違う意味で、教会は「職制」を持っています。教会の組織のことです。いくつかの教会が集まって、教団を作り、一つの職制の中で、互いに助け合いながら教会形成を営んでいます。ひとつの教会の中では、信徒の代表者たちを「役員(執事、長老)」と呼びます。彼らは普通、選挙で選ばれますが、牧師が任命する所もまれにあります。彼らは教会の様々な奉仕を分担しますが、牧師と共に教会の信仰を守る役割も持ちます。イエスさまは12人の特別な弟子を持っていましたが、他にも弟子が大勢いたようです。新約聖書も終わりの方になると、「長老」とか「執事」とかの名前がはっきり出てくるのです。「牧師」は訓練期間を経て、審査を受けてから任職されるのが普通です。人間としてのバランス、信仰に偏りがないか、祈りの人であるか、人を愛し赦すたまものが与えられているか、牧師としての資質が、それなりに問われるのです。こういう職制は、教会の「カルト化」への防護壁にもなるのです。いつの時代にも教会は自己内部に「カルト化」の危険をはらむものです。間違った教理を信徒に押しつけたり、「神懸かり」的な牧師が出現するときに、それをはじき出すのが、職制の力です。しかし現実は、そう甘くありません。世界的にキリスト教の退潮、信徒の減少が言われています。しかし逆に、普通の教会がカルト化していく時代、しかもそういう教会にたくさんの人々が集まっているのが現実です。
2004年05月25日
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小泉首相が旅立った。首尾を心から祈ります。首相の姿に、失われた1匹の羊を探しに行くイエスさまのお姿が合わさりました。「対立の時代から協力の時代へ変わるために」と空港で語られた言葉。日朝関係の改善が、朝鮮半島が一つになるためにも、きっと役に立てるでしょう。
2004年05月22日
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きのうは勉強会に出た。ウェスレーという18世紀イギリスの説教者が残した53の説教を、一つずつ回り読みして、学び合うというもの。発表をした人が、「最初はむずかしかったが、最近はやさしくなった」と言っていた。こつこつと学び続けることの力を、まのあたりに。
2004年05月21日
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神様を信じている。でも教会に行きたくない!教会の人たち会いたくない。「ずいぶん、久しぶりだな~」「何していたの?」「聖書読んでいた?」なんて、言われそう。「クリスチャンは奉仕するのは当たり前よ」「伝道しなければ、一人前ではないんだ」そういわれるのは、しんどいんだ。
2004年05月18日
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呼び鈴が鳴った。ボクほどの年齢の男性がドアから顔を出した。笑顔を作りながら恥ずかしそうに、「何か食べるもの、ありませんか?」プロのホームレスではなさそうだった。牧師館に駆け上がり、あり合わせのものをかき集める。袋に入った乾パン、封を切った南京豆、ロールパンがあった。「こんなものしかなくて失礼ですが、どうぞ」と差し出すと、受け取って出ていった。思わず「またいらっしゃいね」と言ってしまい、これは言わなくて良かったかと反省。こういう人が時々来る。大変な世の中だと思う。
2004年05月16日
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ボクは神を信じるだから、人間も信じる
2004年05月15日
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生まれた時から、刷り込まれて行くものがあるおだやかにそれを受け入れ自分自身のものを紡いでいくそれがボクたちの短い一生だ
2004年05月14日
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お葬式の司式のために、3日間横浜に出向いた。納棺、出棺、前夜式、葬儀、火葬、その一部始終を遺族の悲しみに寄り添った。聖書を読む時も、祈りをする時も、式辞を語る時も、歌う時も、「慰めを届けてください、悲しみに打ちひしがれている心の襞に触れて、癒しをもたらしてください」と、心に念じ続けた。故人の思い出を語って下さったり、遺族への癒しのため、多くの人が関わってくださった。あとはただ、時を待つしかない。時こそが、悲しみの多くを昇華させ、慰めをもたらす神の使いなのだ。3日に渡る儀式は瞬く間に終わりを告げ、ボクは帰路についた。妻と語り合い、そして部屋に入り、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番をかけた。何という安らぎだろう! 音楽は、疲れ切った心への神の使いだった。
2004年05月13日
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人が生きるのは、どんな時にも自己責任。だれをパートナーに選ぶか。どんな思想に生きるか。子供を産むか産まないか。学校をサボるかサボらないか。酒におぼれるか薬におぼれるか。外国でどんな活動をするか。最後に、生きるも死ぬも。自分の選択の実は、自分で刈り取るようになっている。国家、組織、そして教会の自己責任は、どんなものか。その責任とは、自分たちが作った法律や規則どおりに歩むこと。そこには、理性の役割が大きい。規則は、ヒステリックな感情論を押さえる。感情が高ぶった時こそ、規則を読むべきだ。不都合なことが起きたら、法律を変えてから、改めて法律通りに進む。法律を変え得ないなら、不都合を忍ぶ。
2004年05月12日
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たいそうな箱をみつけた近寄ってみると、書いてある「大義名分」中を開けのぞいてみた石ころが一つ
2004年05月11日
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今年から社会保険に切り替えて。この前、教会会計さんの所へ行ったらちょうど、給料の計算をしておられた(汗)。社会保険と厚生年金の差引分を数えて、おられて「え~っ、先生のお給料こんなに減っちゃうんですか! これじゃあ・・・・」と言って嘆いている。これで、子供を3人育ててきたよぅ。おまけに20歳を過ぎたら、学生でも国民年金をはらうんだよぅ。国会議員の年金未納など、大目に見てあげたら? という気持ち半分。いや! 庶民の苦労を知らないっ と怒る気持ち半分。あ~あ、でももう追求やめて、イラクの平和のために一緒に神様に祈ろうよ
2004年05月09日
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拉致問題について、首相が「二国間問題」と方針転換したのは良いことだと思います。きっと粘り強く交渉しようと言う姿勢なのでしょう。当事者の方々の、「一日も早く」という思いは理解できないわけではありません。一方的な非が相手であっても、なお相手の立場をも尊重して、ねばり強く交渉することが、結局「圧力」より早いのだと思います。人の心のありようは、どこでもだれでも、どこの国でも変わらないのでは?キム・ジョンイル将軍様、あなたの一言できっとただちに解決し、新しい交わりが生まれ始めるのに・・・・。早く先へ進みましょう。世界はどんどん変わっていきます。乗り遅れないように!
2004年05月08日
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まだ学生の頃、弟と山歩きをしました。 スケジュールが狂ってしまって、すっかり暗くなってしまった山道を下山するはめに。 あった! 懐中電灯。 懐中電灯を持っていなければ、道にしゃがみこんで朝を待たなければならなかった。 振り返るとストレスで、弱いボクは心がくもらされる時が多かった。でも大丈夫だったのは、イエスがボクの懐中電灯だったから「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗やみの中を歩かず、命の光を持つ。」~ヨハネ福音書8章12節
2004年05月06日
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旧約聖書の登場人物で、好きな人は誰かと問われるに、ヨブ、エレミヤ、モーセの3人をあげるだろう。苦難に耐えて使命を全うした人々。ボクのように、のほほんと苦難らしい苦難もなくここまで来た人間が、おかしいとは思うが。サムソンなども好き。女性に弱いところは自分も似ている。でも躓きながらも、神様に選ばれ信任されて、つとめを果たしているところが惹かれる。神様の懐の大きさを感じる。安心するのだ。聖書が面白いのは、偉人伝のように書かれていないこと。大人物がいないのだ。こと細かに、弱点が記されているので、だれにでも近親感を持ってしまう。
2004年05月05日
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「横たわるときも、自分の心と語り そして沈黙に入れ」 詩編4:5----------------------------- 自分の心と向き合え、との勧め。 沈黙して、考え巡らせば 自分の心を励ましたり、 心にブレーキをかけたりできるということか。 自分が、自分を教え導ければ、自立した人と言えるだろう。 (今朝読んだ聖書)
2004年05月04日
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映画「パッション」が話題ですね。ボクは見に行く予定はありません。だって聖書を読めばキリスト様の十字架の死もその意味も、全部書いてあるもの。その刑場のあとには、今は教会が建っています。
2004年05月03日
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5月さん、明けましておめでとう。何とおだやかな朝だろう。うれしいことが、たくさん起きてくる予感!--------------朝は光が満ちていた夜は、光が閉ざされている外からの光が閉ざされれば内なる光が灯るはずなのにそうはいかない「これが人生のいい所」と開き直るほかはないまもなく日付が変わるというのに明日のための準備が進まない 22:20
2004年05月01日
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