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昨日から千葉に出張していました。今日は肌寒いほどの雨降りでしたがエアコンのない教会での御用だったので助かりました。留守の教会は妻と信徒さんたちが守りました。ありがとう。
2007年09月30日
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今日一日、何をするかよりもどこに心を向けているかその方が大切
2007年09月29日
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「ヨシュアは兵士全員、すべての勇士を率いてギルガルから出陣した。主はヨシュアに言われた。「彼らを恐れてはならない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は一人もいない。」」ヨシュア記10章7~8(新共同訳聖書より)素直に読むと「聖戦」を遂行せよとの命令と読めます。ヨシュア記は「戦記物語」でもあります。キリスト信徒は、新約の光を照らして(新約の濾紙で濾して)読まなければ、解釈を間違えます。ボクたちの心の中にある「敵」怠け心、長く心に持ち越してきた恨み辛(つら)み、神に背を向ける心の闇、そんなものを、ボクたちの内なる「敵」と見なします。そんなものがあると、神様の御顔をしっかり仰げないから。「恐れるな」敵と見なすなら、 「もう神が勝利をあなたの手に渡している。 打ち破って、光の中を突き進め」と進軍を命じておられのです。そんなふうに解釈して読めば、ヨシュア記が好きになります。そうでなければヨシュア記が嫌いなります。
2007年09月28日
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パスカルは、黄門様の印籠をもっているのだ。いざとなればそれを出す。えへんボクだって持っているぞ。
2007年09月27日
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(駒ヶ根で)やんだと思ったらまた降ってきたそばにいた女性に「ぶた汁に雨が降っていますよ」「恵みの雨だから大丈夫です」
2007年09月26日
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福田新内閣発足おめでとうございます。神様がこれを祝福してくださいますように。2つの政党という大きな流れがある。政権のバトンが行き来する時代が、ようやく来たような気がする。野党の談話には、おざなりで冷たく、日本は「心の内戦状態」にあるのかと悲しくなる。「私たちもあなたがたを陰でささえます」と相手にエールを送ってほしいと思った。そして本当に日本国の同士として協力し合ってほしい。そうすれば民主党に政権が来ること、いっそう間近い。ボクたちの愛する国が愛と平和で一つになりますように。
2007年09月25日
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自分の心の闇を告白して友に祈ってもらった友の目の涙を見た
2007年09月25日
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リンゴ畑の上からすず風が吹いてくる。網戸も開けると手や足に吹いてくる。
2007年09月24日
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「人間はひとくきの葦に過ぎない。自然の中で最も弱いものである。」「だがそれは考える葦である。だがわれわれの尊厳のすべては、考える事の中にある。」(パンセ347)ひとくきの葦~それは弱さを表す言葉だろう。しかし考える事によって、強靱な葦になりうる。これこそ、パスカルが言わんとしたことだ。パスカルは神に心を傾けている。「考え」は必ずそこに向かう。風になびく弱い葦をも守られる神、神の御手に握られた葦は、モーセの手にある杖のように力強く働くようになるのだ。 「傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。」イザヤ書42章3節
2007年09月23日
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「警句を良く吐く人、悪い性格」46「私は次のような挨拶を聞くと、いやな気がする。 『たいへんご苦労さまでした』 『ご迷惑をおかけしないかと心配です』 『あまり長くなりはしないかと心配です』こんなことを言う人は、まさにそのとおりだと思わせるか、私たちをいらだたせるか、どっちかである。」57「『反乱のたいまつを消去する』あまりにけばけばしすぎる」59 パスカル『パンセ』 第1章・精神と文体とに関する思想よりパスカルの心は幼子のようにシンプルだ。それが魅力だ。きっと「言葉」は道具のようにあやつるものではなく、心の率直な表白のためにあるのものなんだな。
2007年09月22日
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「イエスは、ユダのうちに敵意を見ず、かえって自分の愛する神の命令を見、それを言いあらわされる。なぜなら、ユダを友とお呼びになったから。」パスカル著『パンセ』【553】(中公文庫版)パスカルは39歳で亡くなっています。パスカルよりも20年も長生きしてしまったよ。
2007年09月21日
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『パンセ』を読みました。心躍るような言葉に出会えました。「キリスト者は、自分が神に結ばれていると信じていながら、いかに高慢でないことか。自分を虫けらに比べていながら、いかに卑屈でないことか! 生と死と、幸いと不幸を受ける何という麗しい態度。」【538】(中公文庫版より)言葉に酔わされそれで終わりたくないものです!
2007年09月20日
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祈りの会を持ちました。そこでお互いのために祈り合いました。信仰の友との交わりは何と慕わしい事でしょう。この輪が広がりますように!
2007年09月19日
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お昼に近隣教会の牧師たちが集まり、お楽しみ会を開きました。ホスト教会の牧師さんが、サンマを焼き、皆さんに振る舞いました。この方は近々後任者を迎え、一線を退かれる予定です。ほかに60歳代が2人、ボクはまだ1年ある。70代が1人、40代が1人。小さな病は抱えつつも、皆さんは比較的お元気です。アルバイトをなさったり、民生委員とか、属している教団の役員をなさっていたり、教派的な背景もまちまちですが、皆さんは自分の歩みを見つめながら、受容なさっているんだなと思いました。地方の教会の牧師とは、どっしりと腰を据えて何十年、こんな風に生きて来たのです。
2007年09月18日
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昨日は「召天者記念礼拝」を持ちました。キリスト教暦では、他に「諸聖徒の日」が11月にあるようですがボクの所は、秋のお彼岸に合わせています。名古屋方面や、東京からも、召天者のご遺族が参加して下さいました。礼拝が終わると、信徒さんたちが腕をふるって作ってくださった「ちらし寿司」が振る舞われます。お客様たちのお土産も、さっそくテーブルに。それから記念会となります。召天者めいめいの写真を飾ります。賛美とお祈りの後、70名近くの召天者の御名前を読み上げます。ただ読み上げるだけのつもりが読み上げながら、一人一人の思い出を思わず話してしまって、たくさんの時間を取ってしまいました。3時頃になり、隣町の納骨堂にでかけます。納骨堂でも写真を飾り、花を献げ、賛美を歌い、またお祈りしました。
2007年09月17日
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ゴスペルアワーゴスペルの本場で学んだかたをお招きします!共にゴスペルを聞き、共にゴスペルの心を味わいあなたと、ゴスペルの喜びを共にしたいです。10月14日(日) 午後1時半~3時ごろまで会場・三島西キリスト教会講師・岩田峰親"LoveHim"プログラム前半 ゴスペルアワー 後半 山口牧師のショート・メッセージ無料【講師・プロフィール】~~~岩田峰親"LoveHim" ニックネーム”LoveHim”は聖書に由来し「あなたの主である神を愛せよ」と言う意味を持つ。20代からライブハウスなどで演奏活動を始め、ゴスペルクワイアやワークショップに参加。2002年洗礼を受けクリスチャンとなり、2003年よりクワイアを指導。フロリダで行われたアメリカ最大規模のワークショップGMWAではソリストを担当し、現在東海地方を中心に各地でクワイア指導にあたっている。クワイアのホームページ→http://www.geocities.jp/lhfgospel/ ~~~~~~~~~~~~お問い合わせ→三島西キリスト教会 三島市西若町7-8電話 055-972-1963
2007年09月16日
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「どんなことにも、感謝しなさい」(テサロニケの信徒への手紙1/5:18)火事の火元になり、命だけは助かったから感謝いたしますそう口にしたら、周りの批判を受けたそんな事を耳にしたことがある感謝もむずかしいことがあるあのかたのご指導である大切なことでもすぐに、文字通りに行うことはむずかしい事が多い一人よがりではだめなんだ自分一人で、人知れず感謝していなければならないこともある「今は感謝はできないのですでも、巡り巡って、最後は感謝できるようになるでしょう」これならば、大丈夫かな?ローマの信徒への手紙8章28節の聖句にもかなっている「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」(口語訳)
2007年09月15日
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~抜けるような青空に~ほら秋晴れがあったんだよ新聞に「今年は、厳しい夏から いつもの秋が抜けて 厳しい冬になります」と書いてあるのを読んで暗い顔をしていました日本の秋が来た稲穂の垂れる秋が来た今朝はくしゃみを連発
2007年09月14日
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辛い時にも喜んでいること損した時も感謝していること折々に天を仰いで祝福を祈り続けること「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」テサロニケの信徒への手紙1 5:16-18(新共同訳聖書)
2007年09月13日
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死は消え去ることではなく、立ち去ること。今、見失うことがあろうとも、次には天の人たちと共に、あのかたの所に見いだすことになる。
2007年09月12日
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「キリスト教には律法がありますか?」という質問の電話がありました。「あります」と答えました。律法のない世界は、どこにもない。あったとしたら、きっと天国くらいだろう。キリストの律法それはすばらしいものだと信じます。キリストに生かされたお互いが天国を目指して前進するための目標なのです。キリスト様の山上の教えやサマリア人のたとえを通して語られた愛の教えそれからパウロの愛の教えこれらが、キリスト教の律法なのです。その質問を下さったのは90歳を越えてなお道を求め続けておられるおじ様。祝福がありますように。
2007年09月11日
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苦しみを通して倒れ伏す人があり、苦しみを糧として建てあげる人もある。神はその人に耐えられないほどの試練は与えないと、ものの本に書かれてあり。
2007年09月10日
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今日は日曜派遣の神学生が、礼拝で説教をとりつぎました。ヨハネ福音書21章から、復活された主イエスとペトロとの対話の所です。クリスチャンなら、みんなが大好きな箇所でしょう。ボクも楽しみに聴きました。主がペトロに「わたしを愛するか」と問われます。(アガペーの愛でわたしを愛するか)ペトロは「あなたをお愛しします」と答えます。(心からの友愛であなたをお愛しします)同じ問いが繰り返され、3度目に主は「わたしを愛するか」と問われます。(心からの友愛でわたしを愛するか)ペトロ「はい、もちろん(友愛で)あなたを・・・・」主はどうしてお言葉を変えられたのでしょうか?人がアガペーの愛(神の愛)を持つことの難しさを主が知っておられたからではないでしょうか?しかし、そんなペトロもそれを知る時が間もなく来ることも。主と同じ愛を天から備えられるその愛を主と人々を愛するために与えられるその道を・・・・そんなことを考え巡らしながら、説教を聴きました。
2007年09月09日
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アブラハムは子供を授かる約束を、神様から与えられましたが、いくら待っても実現しなかったので、下女に子供をはらませました。約束の子は、そのあとになって、約束通り生まれました。約束の子供(イサク)は大きくなりました。再び神様からお声がかかり、「その子を生け贄として神様にささげなさい」と。その子から、イスラエル民族が増え広がると、約束が付いていたのですが、アブラハムは、神様のお言葉通り山に登り、祭壇を作って、そこに子供を横たえました。子供の体を引き裂いて、血を注いで、神様へのいけにえとするのです。刀を振り上げたアブラハムの顔は、苦痛に歪み、脂汗と涙が混じっていたでしょう。振り下ろそうとしたときに、神様の御声が響きました。「わかった、アブラハム、もうわかった、やめなさい」そう、イスラエルの宗教に「ひとみごくう」は、ないのですから。こうして神様の厳しいテストに、アブラハムは合格。失敗は2度としませんでした。
2007年09月08日
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朝起きるのがつらく、久々に朝寝をしていました。食後またごろりとなり、血圧を測りました。妻がやってきて彼女も計りました。彼女は超低血圧。ほうって置くと目を閉じるので、無理に起きて体を動かし始めると、血圧が上がって来るというのが、本人の考えです。「はやく天国に行くのは構わないけれど 生かされている間は、健康でいたいよね」これには意見が一致。二人でストレッチ体操を始めました。あれれ、腕立て伏せ、1回しかできない。妻は1回もできない・・・・
2007年09月07日
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居間の東側に出窓があり、風雨の直撃に激しくさらされています。「ヒュッ」という不気味な音と一緒に突風が窓に体当たりします。建物が揺れて、思わず肩を潜めます。からからと何かが転がる音。建物の何かがはがれそうな激しい音。風の笛、クレッシェンドスフォルザンドどんどん どんどん風がティンパニを乱打まるで風は悪魔!やつらは壮大なシンフォニーを奏でているのか?ボクたちはただ通り過ぎるのを祈り心で待つしかないのです。
2007年09月06日
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山中湖で持たれた、神学生たちとのお泊まり会(リトリート)に参加させていただきました。昨晩から時折強くなる雨脚に不安を感じつつも、皆さんと「信仰」を学んでいたら、そんな心配は消えていきました。篭坂峠は連続雨量250ミリを越えると、峠越えが出来なくなるのですが帰る頃には風雨も小さくなり、無事に越えて帰りました。太平洋から上ってきた台風は、どうも伊豆半島の辺りに上陸する気配です。今の時刻は、この辺りもすでに暴風雨圏内にあります。直撃はめずらしいです。ああ新聞配達人たちにこの風雨から守らせたまえ!
2007年09月06日
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「ウェスレー学習会」では、昨晩、年に一度のイベントを持ちました。今年はジョンの弟、チャールスの生誕300年ということでその記念礼拝の中で「チャールス・ウェスレーとその生涯」と題された講演を聴きました。チャールスはその一生のうち賛美歌を5000曲以上作ったと言われています。神様の愛をたたえる歌が際だって多いと教えられました。 わがたましいを 愛するイエスよ 波はさかまき 風ふきあれて 沈むばかりの この身を守り 天のみなとに みちびきたまえ (讃美歌273)何と言っても、この賛美歌くらい繰り返し繰り返し歌った賛美歌はほかにないでしょう。
2007年09月04日
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白んできた空を見て山の朝を思った鳥の囀りが聞こえてきたような気がする山は春夏秋冬の衣をまとっているだろうもう夏の衣はたたんでいるか初秋の衣は似合っているか
2007年09月03日
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二階の窓辺に立ち涼風に吹かれていたいつまでもここに居てもいいと思った犬の散歩を終えて妻が上ってきた「けっこう暑いわ、外は」
2007年09月01日
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穂が垂れるのを見て「こういう風に謙虚でなければならない」と自戒するのは哲人農民は空を見上げるだろう
2007年09月01日
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