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9時頃から年越しそばをいただきます。10半から「除夜祈祷会」を持ちます。昨年は4人で持ちました。今夜は冷たい風が吹き荒れているのでお出でになるのが大変かな?御言葉を読み、この1年いただいた恵みを紹介し合いお祈りをしながら、日付が変わるのを待ちます。明日は元日。11時から「元旦礼拝」を持ちます。礼拝の後は「おしるこ」をいただくのが恒例です。今、女衆が小豆を煮ています。2日は水曜日なので、「祈り会」が午前10時45分からあります。そろそろそばを茹でる湯を沸かさないと・・・・
2007年12月31日
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ありのままに生きることそれがただ一つの願いキリスト様や教会に出会ったこと人々や風景と出合うように自然なことだったボクが進む道のどん詰まりには新しい扉がきっとあるみなさん良いお年をお迎え下さいたくさんのお言葉をありがとう!
2007年12月31日
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フリーページの中の「迷子の羊」の中に誤った記述がありました。お詫びいたします。ボクの誤った言葉に傷ついた人があったと思います。どうぞおゆるしください。誤りがありましたら、遠慮無くここでご指摘ください。
2007年12月30日
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幸せとは、神様に結ばれていること。それ以外には、この地上で見い出しにくい。健康であるから幸せ家庭があるから幸せ若いから幸せ恋人がいるから幸せそう思うのは自由だけれどそれは幸せではない。健康でなくても幸せ家庭が無くても幸せ若くなくても幸せ(死ぬ1秒前でも幸せ)恋人と別れても幸せどんな時にも神様を仰ぐとそこに幸せがある。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。」ヨハネによる福音書14章27節「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。」同16章33節「イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」同20章26節--------------------------------------------------聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会Executive Committee of The Common Bible Translation(c)日本聖書協会Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 -------------------------------------------------
2007年12月30日
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明日はクリスマス第2礼拝を神様におささげします。巷ではすでにクリスマスの飾りはありません。(しまっていなければ、笑われるかな?)うちでは堂々と飾っています。クリスマスの黙想は、1月の6日(顕現日)まで。降誕節を過ごせばすぐに受難節となります。キリスト様のご誕生と十字架は近接しています。バッハの「クリスマスオラトリオ」を聴くと主のご受難を示すメロディーが聴かれます。よろしかったら、フリーページの「箱と棒」という小さなメッセージをお読み下さいませ。
2007年12月29日
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夕食後、「今年のビッグ・ニュースは何だったか」と問われるので、「じゃぁ10大ニュースを挙げますか」とメモ用紙を取って、それぞれに書いてみた。同じものもあった!
2007年12月28日
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ご高齢や病のためクリスマス礼拝に来られなかった信徒さんたちを回りました。お訪ねし、プレゼントをお渡ししお祈りは短くして、おいとまします。4軒目を回る頃、暗くなりました。国道沿いの和風食堂に入りました。ファミレスではありません。教会の皆さんからクリスマス・プレゼントをいただいたばかりなのでちょっと張り込みました。「家に帰って食べよう」という妻の言葉を遮ります。断固とした顔で、駐車場に車を入れます。店の中に入ります。外食は年に何回もないボクたちですがボクはウナギで妻は刺身で舌鼓を打ちました。
2007年12月27日
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メインのディスクトップPCに光回線をつなぎました。午後ずっと取りかかっていました。XPを2つのパーテーションに別々に入れてしまったりその苦労は、「光に接続したことは失敗」と思わずつぶやいたほどです。LANのドライバが見つけられなかったことが原因です。XPを4回ほどクリーンインストールして見ました。それでもLANのドライバが現れません。結局、中古で買ったこのPCに付いてきたCDにドライバがあることを発見できました。やはりマニュアルが不備の中古PCは危険ですね。待避させたファイルを元に戻しマイクロ・オフィス、一太郎、Jバイブルメールソフト手裏剣、ロータス123、Palmディスクトップなどをインストールしました。それからLANにつないで、ウインドウズアップデート最後にメディアプレーヤーをVer11にアップデート今終わりましたぁ!
2007年12月26日
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クリスマスの朝が明けたいつもと変わらない曇天でちょっとは陽が差すいつもの空いつもの中に神様の愛がこめられいる何が起きてもキリスト様の愛と結ぶ今日もキリスト様がそこの道から曲がってこられる
2007年12月25日
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メリー・クリスマス飼葉桶の光主の御降誕に栄光が輝きますように闇が追い出される朝を待ち望みます「希望はあきらめよ」「否、希望を持ち続けよ」一つの心の中で2つの力がせめぎ合いますメリークリスマスは声高にメリークリスマスだから「希望は失望に終わらない」と
2007年12月24日
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「クリスマスとプレゼント」 ヨハネ福音書1章1~18節 クリスマス礼拝---------------------クリスマスおめでとうございます!「冬至」を昨日に過ごし、今日から、陽が伸び始め、季節は光に向かい始めました。 みんな光が好き。神様が天地をお作りになる時に、まず最初に光をお造りになられたから?初めに造られた光は、私たちの心の世界を照らす心の光だと思う。この光は「幸せ」を私たちの心に運ぶ光。<私たちの心の闇>京都清水寺が募集した今年の漢字は「偽」。偽りが目立った世の中でした。私たちの心の闇は濃い。欲望は深く、留まることを知らず、深い闇が潜んでいます。その迷宮の中に入り込んで行くと、簡単には抜け出すことができないのです。私たちは、寂しさや、満たされない心を紛らわすために、何かに熱中しなければならない。それが無くては生きられなくなります。お猿の赤ちゃんのそばに、猿のお母さんの形をしたフィギアを置く実験があります。お猿の赤ちゃんは、段々とその模型に近づき、最後はすがりついて甘えるようになるのです。人間の赤ちゃんが、フィギアの母親にすがっている絵を想像すると恐ろしくなります。それは現代の人間の姿です。人形には、愛情がない。やさしい微笑みもない。そんなものにすがりついているかわいそうなお猿さん、そして私たち。それが心の親である神様を見失ってしまった私たちの姿。本物でない代用品に育てられた人間は、冷たく愛のないフィギアのような人間に成長するでしょう。代用品は危ない! それに手を出してはなりません。どんなに熱中しても満たされず、ついにアブノーマルな世界にさえのめり込んでいき、大切な人生を破滅させます。その先は滅びです。<真実の神を知る>大丈夫、クリスマスがあるから。ここに本物があります。神様の愛が、私たちを満たして下さいます。神様の愛が私たちに本当の満足を与えて下さいまさす。イエス様が神様の愛を運んできて下さいました。このかたが、代用品にすがりついて苦しんでいる私たちの元に来て下さり、うずくまっている私たちの肩に手を触れて下さり、「泣かないでいなさい。私が来たからもう大丈夫。あなたの手を差し伸べて、私の手と合わせなさい」とお語り下さるのです。そして「あなたがたが私を選んだのではない。私があなた方を選んだ」と言って下さいます。それから、私たちを立ち上がらせて下さり、「行って実を結びなさい」と私たちに新しい命を与えて、遣わして下さいます。 私たちはこの世界の初めから、神様と共に生きるように造られています。だから天の神様は、心の孤児になった私たちを、元に戻すために、神様の独り子イエス・キリスト様を、この地上にお送りになりました。それがクリスマス。 「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。」ヨハネ1:9 私たちの心に喜びと希望と幸せをもたらす光が、私たちの世界に生まれた日。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」ヨハネ1:14主は、今日を生きる私たちのために天から降りてこられ、私たちのために十字架にかかって下さいました。金や銀の力で、私たちを悪魔の手から買い取って下さったのではなく、尊いご自身の命で、血潮を流して買い取って下さいました。神様の愛は私たちに向けられています。今日この神様から私たちへのクリスマス・プレゼント、イエス・キリスト様を心にお迎えしましょう。
2007年12月23日
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暗きに向かう季節は終わり光に向かう季節のはじまり
2007年12月22日
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用事があって書店に行きました。10年連記日記が置いてありました。買いました。以前にも10年連記日記を買ったことがあります。6~7年はがんばって付けた記憶があります。この度は、60歳から70歳までの記録となります。10年埋められるかどうか、神様にしかわかりません。
2007年12月21日
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パソコン・ディスプレイから見ることが多い木原さんのシルエット写真が現像されて、額に入れられて飾られています。シルエットになりかけの微妙な光が印象的です。穏やかな暮らしへの共感があふれています。デジカメではなく、リバーサルフィルムで撮られているそうです。ポーズを取ってもらうのではなく、一瞬の動きや表情が捉えられているのです。満足して家路につきました。
2007年12月19日
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小田原駅下車。知らぬ間にあかぬけている駅。昔の駅舎を思い出しながら。案内葉書を持ってくるのを忘れたので駅ビルの方に入ってしまいました。見つけられずに案内嬢の所へ。「ここではないようです」と言われ外へ。駅前広場の向こうに、幾つかビルがあります。一つ一つたずねました。最後に、いちるの望みを託して、一番古そうなビルに入ります。エスカレーターで2階へ行くと、パチンコ店に入ってしまいました。「場違いそうな夫婦がきたよ」「あのどこから降りるんでしょうか?」1階に戻り帰りかけたのですが、4階に市民のフロアがあるという表示を見つけ、もしや?奥の方にエレベーターがありました。4階に出ると見慣れた木原さんのシルエット写真が目に飛び込んで来ました。(この続きは明日)
2007年12月18日
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午後2時前後に、木原さんの「シルエット写真展~やさしい時間」に伺います。小田原駅前ビル4階です。入場無料で、今日の6時まで開いているようです。いつ頃からか、木原さんが発表する写真がシルエットになりました。木原さんのやさしさがシルエット写真を通して表現されるのでしょう。今日は最終日なのできっと木原さんに会えるでしょう!http://www14.plala.or.jp/studioai-kihara/
2007年12月17日
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待降節3番目の日曜日ぼやっとしていて、2本しかろうそくを灯さず礼拝直前に3本だったと気づき妻に合図メッセージはルカ1章「受胎告知」を取り上げましたいつものように、メッセージの準備にはなかなか身が入らずそれでもいつの間にか聖書の御言葉に夢中になりぎりぎりで稿を納め皆さんと分かち合いました来週はクリスマスの礼拝です・感謝主
2007年12月16日
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昨日、2人の命を奪い、他の人びとに傷を負わせた乱射事件の犯人が、カトリック教会の敷地内で、人を撃ったその銃で自分をも撃って果てた。子どもの頃、その教会で洗礼を受けていたという。生きた信仰を持っていれば、人をも自分をも殺すことは絶対にないはずだ。人の命を奪った罪を、自分の命を持って贖おうと思ったとすればあまりにも傲慢なこと。人の思いこみは激しく、心は複雑であり、信仰さえ自分の都合の良いように解釈することがある。ただ大それた結果をもたらさないだけで、信仰を自分の都合の方に曲げて解釈することは、ボクにもある。人間はとにかく自己中心的な生き物だと思う。悲惨な凶悪事件は、犯人の自殺で結末したが、ボクの心は未解決だ。
2007年12月15日
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昨晩は、信徒さんのお宅に伺いクリスマス礼拝の打ち合わせをしました。夜10時近くまで、かかってしまいました。テーパーキャンドルを買うために近くの終夜営業のストアに寄りました。クリスマス用品のコーナーがありました。50%引きになっています。ナイス!目当てのキャンドルを買いました。
2007年12月14日
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やさしさの正体が弱さであることがある。口先だけの「人たらし」に過ぎないこともある。ほんとのやさしさや柔和さが隠されていて表に出ていないことがある。
2007年12月13日
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午前中は「祈り会」を持ちました。お昼には、お弁当を食べるのが習わしです。それから、信徒さんを見舞いました。皆さんに手を握られ声を掛けられ、とてもうれしそうでした。ピリピ4:6~7(口語訳)を読んで祈りました。「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」
2007年12月12日
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世の中は暗くつらい所だから教会だけは、愛が優先される所でありたい。・・・・しかしそれは困難なこと・・・・ばか!どんな顔してそんなことを言うか。オマエは牧師だろう?人目につかないようにイエス様の所に来たニコデモのようにボクもそっと十字架の下へ行き主を見上げ赦しをこう。主よボク自身が乞食なので人に与えることができません。どうぞボクに食べさせそれから苦しんでいる他の人に与えるものを
2007年12月11日
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静かな雨の一日でした。妻は電車に乗って隣町に信徒さんの訪問、ボクは町を歩きました。靴下が雨に濡れました。
2007年12月11日
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余命1年くらいと言われているいう女性を駅にお迎えしました。子どもの頃、教会に通っていた楽しい思い出をたどりボクのお仕えする教会にたどり着いたそうです。洗礼を受けたいのですと願われました。礼拝の前の成人科の人たちと、洗礼を受けるために必要な準備を学びました。礼拝の後の「分かち合いの時間」では、自分の葬儀では、大好きな「アメイジング・グレイス」を歌ってほしいと言われました。駅までお送りするため車にお乗せしました。途中で駅までが、自宅までに変更しました。隣の駅の近くの、小さなアパートにお住まいでした。
2007年12月09日
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クリスマス用のディスプレイを外壁に付けました。はしごをかけて家族で作業をしているとはしご乗りのプロである隣の人が仕事から帰ってきて手伝ってくださいました。(というかあと全部やってくださいました)今年は教会の皆さんと一緒に買いに行き、ボクたちの教会にしてはちょっと高価なものを買いました。やはり高価なものはいいです。きらきら きらきらたくさんの流れ星が教会の壁をつたいます。でも皆さんが来られるのは昼間だから見てもらえなくてつまらないな
2007年12月08日
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葬儀の諸式を終えて、遺族の皆さんは、ていねいにお礼を言って下さり、帰られた。夜になって妻がボクをねぎらった。これが一番の薬だ。「至らなさの罪滅ぼしに 一生懸命にやった」ボクは妻に言った。妻は答えた、「あなたはひいちゃんの言葉を覚えている? ひいちゃんが洗礼を受ける時に 牧師さんから「神様に謝ることはないですか」 ときかれたとき、 「ボクが悪いことをしたら、すぐに謝るから 今は謝ることはありません」 と言ったのでしょう? ひいちゃんのように生きていけば それが一番」(お祈りありがとう!)
2007年12月07日
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小春日和の昼さがり午後は亡き友のお宅に伺い納棺の儀、そして自宅出棺ご遺体は教会に運ばれ儀式が続きます。すべての式が滞りなく行われますように。前夜式の式辞も整えました。式次第の印刷も終えました。咳がなかなか止まりません。神様がここに御栄光を輝かせようとなさっておられます。体調不良が神様の御栄光を汚すことがありませんように。
2007年12月06日
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昨日は午後4時頃、友を見舞う。聖書のお言葉を開く。お祈りをささげる。一緒に心を合わせていてくださると確信。祝祷をする。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。」ヨハネ17:15-17家に帰り夕食をすませていると、奥様から電話がありました。天の所へ導かれたと。病院に車を走らせました。ご遺体は苦しみから解き放され、微笑みを浮かべています。まだぬくもりが残る額に手を当て、御言葉を読み、祈りました。今、天の緑のまきばに憩いの水のほとりに
2007年12月05日
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「朋(とも)遠方より来たるあり また楽しからずや」論語 学而第一小春日和となった朝、母教会の青年会時代の友がおたずね下さいました。年に一度は、はるばる来られて、励まして下さる友。今回は蔦田二雄牧師のテープをプレゼントして下さいました。それは彼の亡き奥様が大切にしておられたテープだということです。「伝道者と密室祈祷」3巻「ヨハネ伝の講解」22巻「エペソ書の講解」60巻蔦田二雄先生はインマヌエル綜合伝道団の創設者名前は学生時代から伺っていました。ご著書にも触れていましたが、はじめて聴く肉声です。小さな車で一人帰っていく彼の後ろ姿から、彼の心の声が聞こえてきます。「先人から学び 自分を磨き 最後の仕上げをするんだよ」
2007年12月04日
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ステキだなぁ思わずほろ~り
2007年12月03日
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待降節の日曜日が終わろうとしています。礼拝に来られた信徒さんにお伝えしたかったこと。それはただ神様の恵みの大きさ。ご計画の確かさ。信仰をもって神の前に立つことに少しも心配も躊躇もいらないこと。楽天広場の皆さんお祈りありがとうございました。
2007年12月02日
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「彼は口を開かなかった。」イザヤ書53:7あの時、主が口を開かれなかったのに明日、ボクはここでお説教をする。講壇の上で口を開かなかったら何かが起こったかと、きっと心配される。説教の危険 その1自己満足説教の危険 その2言葉の空回り神様ボクをお助け下さい。
2007年12月01日
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み国への門をくぐり抜けるための最後の堪え忍びの中におられる信仰の友こうしていても心にその友の顔を思い神様の御顔を仰いで助けを求めます。最善を成して下さる神様を今こそ強く求める時と知り久々に小春日和になったぬくもりが苦しむ友の元に届けられ痛みもやわらぎ心に御国が映されますように光が友の心にすでに差し込まれています。やがて全身が光に包まれ、光あふれる御国で目覚めるでしょう。 緑のまきば 憩いのみぎわに
2007年12月01日
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