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下記は「ゴスペルな日々」(ロン@ゴスペル)3月26日からの引用「三浦綾子の言葉 私はよく思うことがある。 もし自分の命があと一年とわかったとしたら、 人はどんな生き方をするだろうか、と。」亡き息子の思いに浸っていてせめてあと1年長く生きていてほしかったなどと考える。しかし、本当はもっと短かったのかも知れないが神様がここまで伸ばしてくれたのかも、とも気づくのだ。ほんとうに、そうなのかも知れない。ほんとうに、ほんとうに、そうなのかも知れない。「突然死」した彼の亡くなった日の行動を知るとやはり神様の準備があったと思えてくる。あと1年しか残されていないと、本人が知らなくてもきっと神様からの準備がそれなりになされていたのだ。それは無意識だからこそ、美しいのだ。すべてを神様のみに手に
2015年03月31日
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ケアホームのアルバイトから帰ると妻が散歩の支度をしていたので2人で出かけた。六実小学校輝くように咲き始めた桜の木に、妻が歓声を上げたのは言うまでもない。脇を通って、六高台の桜通へ。まっすぐな道の両側、1Kmもあるだろうか。木の枝に顔を近づけるとつぼみもたくさん残っている。土日が「桜祭り」だけれどそこまで花が持つかな、そんな心配をした。明日は「西佐津間公園」に行くかな?ぜいたくな、ぜいたくな毎日。
2015年03月30日
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お向かいさんに、真っ白い小さな花をたくさん付けている木があって妻との散歩の度に「あの木は何の木?」「桜だろうな」「違うわ」などと会話しているのでついに家に入って聴きに行く。「あの桜の木の後ろの白い花の木は 何という木ですか?」「桜でなくて、梅だね。 白いのは、プラムだね」白は魅力だ。惹きつけられる。そろそろ出てくるだろうな~バイカウツギも(花が丸い方)あの木ほど清楚な木は、見当たらない。
2015年03月29日
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静かに受難週に備える。明日の礼拝説教は、主イエスの「十字架上の7つの御言葉」を一つづつ、全部お話しようと先日まで思っていた。一つの御言葉で5分間、7つだから35分、そんなふうに考えて。でも大して意味がないなぁ、と気づく。7つ全部を語ったという自己満足だけが残りそうだ。録音していた以前の説教を聞き直すことは意味がある。変に力んで話している自分の姿に気づくから。怖いことは、話している時は得意げであり、いっぱしの説教者でもあるかのように思っていることだ。ほんとうに信徒に迷惑をかけたと思っている。20年も30年もそんな愚かな説教者に、黙って付き合ってくれた信徒こそ、聖人たちと思える。十字架のメッセージは、シンプルに、静かに、短く語るが良い。主よ、お助けください。愚かな説教者を。
2015年03月28日
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妻の散歩は、一日3回1型糖尿病治療のための散歩である。朝食のあと、ボクが在宅の時は一緒に出る。40分ほどのウォーキング。出始めた春の花花を数えながら。午後、昼寝から目覚めると、2度目の散歩。一人で行かせることもあるが、今日は一緒に出た。桜花をつける小学校を回ろうかと誘うとそこまでは無理という。近道を選ぶと、早咲きの見事な桜の木に出合った。夜は息子が犬と一緒に、彼の母も連れて出るのだが、今日は同僚の送別会で遅くなると言うのでボクが同行する。足元がふらつくと言うので帰ってから血糖値を計ると、低血糖。夕食を取ってそんなに時間がたっていないのに低血糖になるとはやはり一人では外に出せない。
2015年03月27日
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過去の写真ファイルからのピックアップCDから取り込んだ音楽ファイルのリスト作り説教や聖書朗読のカセットテープからの取込書籍のPDF化さらにPDFからテキストファイルへの変換毎日こんな事ばかりしている。眼を使う。去年の暮れに網膜剥離になりかかったので、不安がある。思い切って断捨離できればいいが整理してだれかに託したいという思いを捨てられない。
2015年03月26日
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近くにお住まいの叔父を訪ねました。温厚な方で、話していると心が安らかになる。母も今いちばん頼りにしている母の弟さんです。「先週、お母さん来たよ」と言われました。「日曜日ねぇ、84歳になったんだよ」母と2歳違いか、仲が良いはずだ。妻を伴うと、いっそう喜んで、いたわりの言葉を掛けて下さいます。
2015年03月25日
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息子が死んだという実感がいまだわかなくて困る。棺の中に横たわっていた、葬式を執り行った、骨を拾った、全部が一連の夢のようで、夢から覚めて、「父さん、母さん」今でもそんなふうに顔を出すような気がする。でもそろそろ1年記念の相談をしなければ。
2015年03月21日
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フォーレの「レクイエム」CDが、200円で出ていたので思わず買ってしまった。なんと、日本語解説書付きで。以前クリュイタンスというかたが指揮したレコードを持っていて若い頃から愛聴していた。このたびは、キングズカレッジ合唱団の演奏。聴いてみると、聞き慣れた演奏と、感じが違っていてまるで新しい曲を聴いたように新鮮だった。あらためて素敵な曲だと思えて、幸せこの上もない。
2015年03月20日
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総会の宿泊は、60歳以上はホテル代、半額補助が出る。ボクはホテルに宿を取るほどでも無いと貧乏性が出て、神学院宿泊を希望した。(これは只)するとどうだろう、尊敬する老牧師と2人相部屋にしてくれた。このかたは教団設立以来の、ボクたちの指導者でありボクにとっても、折々のスーパーバイザーであったかた。ボクの牧師としての30有余年あまりの歩みで絶えず鏡として敬愛していたかた。これが最後かも知れない。ご一緒に語りながら夜を過ごした幸いな夜は。
2015年03月19日
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教団総会の中日が終了補教師准允式正教師按手礼これが圧巻だろう若くても立派な牧師、伝道師が誕生その初々しさは例えようもないボクたち初老にはあまりにもまぶしい同時に自分にもそんな時代があった、と懐かしむ涙腺が壊れたように緩んだ
2015年03月18日
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教団総会に出ています。仲間たちの笑顔。みんなで賛美を歌うと喜びの圧力。会議に出て、同労者の言葉に耳を傾けるとわが身を振り返る。もっと真実に生きられなかったか。もっと忠実に生きられなかったか。
2015年03月17日
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昨日ケアホームに行ったら「人手不足なので、4月から回数増やしていただけますか」「大丈夫です」と答えた。一晩泊まって、バイクですいすい帰ってきた。妻が首を長くして待っていた。妻が元気になってきたのでボクが働けるようになるのだ。
2015年03月16日
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「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」マタイによる福音書10章40~42(新共同訳聖書)受け入れた者には、その受け入れたものの報いを受けるとは、恐れ入ることだ。受容することの強さを改めて考えさせられる。これじゃぁ、受容しない手はない。じゃぁ、身近な者で、夫は妻を受け入れましょう。妻と同じ報いを受けられる。もうけ!妻は夫を受け入れましょうよ。夫の受ける報いを神様から頂けますよ。上司は部下を。部下は上司を。友は友を。親は子を。子は親を。野党は与党を。与党は野党を。
2015年03月14日
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電子ピアノがオークションサイトでずいぶん安い値段ででている。ほしいなぁ。買うためにはまず家族の了解を得なければならない。ボクだって讃美歌なら数曲は弾けるはずだ。妻も若い頃は、礼拝の奏楽をしたことがある。息子なら、ベートーヴェンの初期ソナタを習ったはずだ。今はおもちゃのような小さなキーボードがあるだけ。
2015年03月13日
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ゆずジャムが残り少なくなった頃ちょうど苺の季節を迎えた。スーパーに行くと、運良く五割引苺に出合う。2パック買って、夜にジャム作り。へたを取り去ると2パックで400グラム砂糖を200グラム入れて、煮た。苺と砂糖の甘酸っぱい香りが部屋一杯に。主がおられれば、ナルドの香油の香り。最後にポッカレモンをちゅーっと適当に混ぜる。鍋に焦げ付くのが嫌で、早めに火を止めて保存瓶にいれる。味を見ると、ちょっと砂糖が多かったか。ゆずジャムの場合は、水を入れすぎて失敗している。水加減にせよ、甘さ加減にせよ、勘に頼るので失敗する。
2015年03月12日
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東北の震災から、満4年を迎えた。何かをしようと思い立ち「復興支援超教派一致祈祷会」に出かけた。毎月11の日に淀橋教会で開かれている。48回目だそうだ。頭が下がる。(ボクは2度目の出席と記憶する。)用意された椅子は一杯だった。4年を過ごして、復興はいくぶんか進んだが、東北の皆さんの心は沈みがち、との現地報告があり。それでも新しく教会が建ち、洗礼を受ける人々も起こされているそうだ。来月も行き、皆さんと祈りたいと思ったが、帰りは夜11時になるので迷うところだ。
2015年03月11日
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電車の行き帰りで、マタイ受難曲(バッハ)を聴いた。歌詞がドイツ語だからわからないけれど、キリスト様の十字架の場面とその前後だからと、聴きながら想像する。「バラバ!」(イエスではなく、バラバを赦せ)その叫び声はわかった。「エリエリレマサバクタニ」(わが神わが神どうして私をお見捨てになったのですか)そこもわかった。あとは、「血潮滴る主の御頭」の讃美歌合唱が何度か調やリズムを変えて繰り返される。そのあたりしか、わからないけれど、音楽は心の奥底まで差し込んでくる。輝かしく、美しく、命にあふれ、憧れに満ちて、天国から合唱が降り注いでくるようで、電車内に居ることをしばし忘れる。いったい、どの場面かしら、と心を走らせる。うちに帰ったらCDを掛けてみようと思った。
2015年03月10日
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66歳のこの年齢になって生まれて初めて、教会以外の仕事をしています。昨年来、月に2,3度ですがケア・ホームの非常勤職員になりました。うれしいです。とてもとても個性的な青年たちと一緒楽しいです。最低1年間は続けたいなぁ。「老いの身」に気をつけながら。過ちに気をつけ大きな過ちをしないように祈りながら。
2015年03月07日
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子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよ子どもの言うことを聴くんだよああ子どもの言うことを・・・・・
2015年03月06日
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来週の勉強会の案内をいただいたので下調べをしようと書類を出そうとしたが見つからない。机の上を片付けながら探す。書棚のフラットファイルを繰りながら探す。引き出しの裏までのぞき込み探す。結論~きっと間違って廃棄したんだ。書類紛失の申告など受けると口では、「いいよ」と言うが心では、「たるんでお~る」と思った。そうだ人間は間違える存在なんだ。謝ってコピーをとって頂こう。明日、行こう。覚悟を決めたが、念のためにほかの部屋で探す。な~んだ、お菓子の箱にまとめて入れていたよ。ああ、そういえば~~~
2015年03月05日
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今朝は死んだ息子が帰ってきた夢を見た。1年間だけ一緒にいるという。家族にだけしか姿が見えないそうだ。
2015年03月04日
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開校以来の学長の居ない卒業式。悲しみがいっぱい。晴れの卒業式。神様のぶどう園に一人の働き手を遣わす。喜びがいっぱい。学長は8日前に天にのぼった。みんなの心がいっそう一つとなる。
2015年03月03日
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