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8月も今日で終わるので書きたくもないが書き記そう。暑さに苦しみ突然の涼しさに驚く秋の長雨がもうやってきた。ボクの心は時間が止まってしまったよう。とにかく片付けをしたいが遅々として進まない。さぁ明日は明日はわずかでもわずかでも前に進めるように。
2015年08月31日
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「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」コヘレトの言葉12章1節・新共同訳聖書より「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。」同、口語訳聖書口語訳聖書の方がずっときれいな訳だ。ボクは、妻にも、子供にも、「お前」と呼んだことはない。ごく一時期、友人に向かって「お前」と呼んだことのあるほかは。新共同訳聖書の中で、神様はどうしてご自分の民を「お前」と呼ぶのだろう。ぜったいにおかしい。ボクは口語訳聖書の方が好きだ。妻との家庭礼拝でも、口語訳を読み続けている。こころに浮かぶフレーズは、何年たっても口語訳。ボクが願っていることは、「口語訳聖書の改訂」口語訳聖書をいっそうシンプルに改訂して世に問うてほしい。カトリックとの共同訳聖書とボクたちの(プロテスタント)の聖書と二つあっていいのだ。カトリックだってフランシスコ会訳とか、ドンボスコ訳とかすばらしい訳の聖書を持っている。
2015年08月22日
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新約聖書の通読が終わり次の通読にかかる。カトリックの聖書で通読した。フランシスコ会の新約聖書。以前、分冊で順番に発行していた時から購入。説教を作る際に役立った、愛読の聖書。この分冊は、欄外註が充実していて見開きの左の頁が、まるまる註になっていたこともある。新約聖書合本になって、註の分量は減ったがそれでも充実している。ボクはこの聖書を、註を読みながら読んできた。この聖書が好きだ。またこの聖書で読むことにしよう。
2015年08月20日
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14歳の犬と一緒です。赤ちゃんの頃、わが家に来ました。赤ちゃんの頃首に付けた太い綱をかみ切って遊びました。あごの力の強さに驚いた記憶があります。老犬となり、犬の生の最後の日々を静かに過ごしています。歩かなくなり一つの所をくるくる回る壁にじっと頭を着けている思い出したように走り出すエサの時間を忘れて眠り続けるその行動はただ自分の必然余分な気遣いもないこちらが愛情を示しても静かに受け止めているだけ戦争を起こす人間の醜悪少年少女を戦地に差し向ける人間の醜悪捕虜を虐待したり生体実験する人間の醜悪婦女子を捕らえて暴行する人間の醜悪1発の爆弾で何万人を殺戮する人間の醜悪人間の醜悪と比べれば犬の一生はあまりにも穏やかだ「こうして生きるんだよ」と犬はボクたちに教えている遊んでくれてありがとう!
2015年08月13日
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先週、金曜日の朝、家を出て日曜日の夜に帰りました。神学生の引率ですが神学生はすでに前日から出ています。東北も猛暑でした。塩釜ともしびチャペルでトラクト配布中高生会子供会そしてピアノコンサートを前座とする礼拝牧師夫妻はボクより少し年齢が上ですが背水の陣で伝道をしている印象でした。そして、「水を得た魚」のようにうれしそうでした。そう! 牧師はこれでなくちゃ!ボクがトラクト配布に加わったのは数年ぶりです。なつかしく新鮮な思いでご奉仕しました。日曜礼拝の後は岩沼に行き、ボクたちの教団が運営するボランティアセンターで特別なコンサート礼拝を持ちました。ナムエンと言うお名前のゴスペルシンガーがソロで歌う、とても心に響きました。オンヌリ教会の青年たちが30名ほどご奉仕に訪れていました。賛美あり、証しあり。この日はセンター始まって以来の、70名を超す人々が集まったということです。ボクにも10分ほどのメッセージをするように頼まれ韓国語通訳付きでお話ししました。そして学生たちを残し、その日のうちに帰りました。
2015年08月12日
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明日から「塩釜ともしびチャペル」に行きます。先年、伺ったときには、仙台の教会を訪問して、象先生ご夫妻とお交わりしたっけ。ご夫妻は転任なさって、そこにはおられないのだな~ナツカシ今はどなたがおられるのだろう?でもお訪ねする余裕はない。ともしびチャペルと岩沼チャペルと、2回のご用がボクを待っている。
2015年08月06日
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アンドロイドのタブレットを買った。「中華パッド」といわれる安価なものだけれど。2,3年ほど前も中華パッドをいじったが1年ほどで充電不能となり廃棄。今回、アンドロイドが進化していることに驚く。何もかも使いやすくなっている。聖書のアプリも、無料でたくさん置いてある。キングソフトのオフィスを見つけた。マイクロソフトのオフィスが読み込める。これがあれば、テキストを読み書きするアプリは他には要らない。それに引き替え、「一太郎」を読むアプリは見つからない。「一太郎」はどうしたのか?もう開発はやめてしまったのか。残念でならない。
2015年08月05日
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「ハイデルベルク信仰問答」の7回目礼拝の説教は「使徒信条」に入ります。使徒信条は3部に分かれ第1部は「父なる神について」第2部は「子なる神について」第3部は「聖霊なる神について」それぞれの講解に先立ち「三位一体」についての問答があるので今日の礼拝では「三位一体の神」について説明しました。「三位」つまり3人の神様がおられます。3人の神様がどうして「一人の神様」になるのか。「3」とは何か。「1」とは何か。ヨハネによる福音書の14章をテキストに選びました。この章ほど、三位一体の神様の実像を表している聖書の箇所は、他に考えられませんでした。「3」の豊かさと、「1」の確かさを深く感じながらお話しました。
2015年08月02日
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