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8時半まで事務所で事務をしていた。帰りが10時、結構遅くまでがんばれるなぁと自分に感心。もっとも仕事は遅く、仕事内容と時間を比較すると若い人に笑われるかも知れない。今日で4月とさよなら。菜の花も桜も十分に味わった。
2015年04月30日
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礼拝後の食事を終えて、母と弟を見送り、ボクたち3人家族は市会議員選挙に繰り出した。千葉のこの地で初めての市議選に参加。政策はほぼ横並び(みんな同じ→だれが入ってもバラ色の町になるだろう)普段は顔を見せず、選挙のたった1週間、選挙カーで名前や年齢を連呼するだけの候補者は無視。狭い路地に入ってきて、歩いている後ろから大音量で「後ろからご迷惑失礼します」(はい、仰るとおりです)脇に寄り道を譲ると、「道を空けて下さりありがとうございます」と大音量。非常識。あなたには入れませんよ。知り合いの候補者は一人もいないので一年に何度か、郵便受けに活動報告が入れられていた候補者の名前を思い出してそのかたを投票用紙に書いた。妻も、だれに入れたら良いかわからないと言うのでそのことを話してやったら、ボクと同じ人に入れたという。息子には話さなかったので、だれの名を書いたのやら。息子のことだから白票かも?今日、インターネットで当選者を調べたら、当選していた、その人。ふふふ。
2015年04月27日
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創世記4章1節からカインとアベルの物語が置かれている。こんなに悲しい物語が、聖書の始めに置かれていることに驚く。読めば読むほど悲しみは耐えがたく心を占める。歳を取れば取るほど悲しみは深まる。でもこれが現実なのだ。自分を振り返るべきカインは怒りに震えた。怒りは神様に向けられるべきだった。神様に抗議し立ち向かうべきだった。しかしカインは唇を噛みしめ、下を向いた。顔を上げた時、目に炎。カインは弟アベルを殺した。アベルはどうして憎まれたの?アベルが正しかったから?正しい者が憎まれ殺されるのか!洗礼者ヨハネのように。キリスト様のように。
2015年04月24日
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最近、折々に聞こえる天の声「へりくだりなさい。」それはきっと愛されている証拠だから天の声に従うことが良い。
2015年04月21日
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「こういうわけで、わたしたちは、憐れみを受けた者としてこの務めをゆだねられているのですから、落胆しません。」コリントの信徒への手紙2・4章1節ケアホームでの仕事は朝9時までとの規定だ。仕事をすべて終えて、鍵をかけて帰っても良いのだけれど8時55分、9時までにはまだ5分残っていた。その5分で聖書を手にする。思い通りにことを運べず、ちょっと気落ちしていたところ、上の聖句が目に飛び込んできた。聖句に心が押し上げられ、ボクは背中を伸ばした。
2015年04月20日
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スカイプで安価に海外に電話ができることを知り、1500円のプリベイドカードを買った。まず、海外在住の娘に電話したことは言うまでもない。残念だが、向こうの声は聞こえたが、こちらの声は届かなかった。どうも、こちらのPCの非力が原因らしい。またスカイプにはWifiスポットというものがあり、ルーターを持ち歩かなくても、ネットワークにつなげるらしい。でもこれは都心が主らしい。
2015年04月19日
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天候不順な中でも一週間はあっというまに巡り明日は日曜日礼拝説教の準備も終わった弟は明日も用事があるようでメンバーが一人欠けるので寂しいな母はこの月初めにあれよあれよと言う間に柏市の養護老人ホームに移ってしまったそれでもバス、電車を乗り継いで一人で一所懸命にやってくる87歳の母きよらかで恵まれた礼拝を持てますように・・・
2015年04月18日
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この地上ではどこをさがしても君には会えないでも天に昇ればそこで君が待ってるその時が来てもイエスさまを差し置いて一番に君をさがさないように気をつけようね口には出さないけれどみんなが君に会いたくてむずむずしているよでもボクたちはそれぞれの使命の地を忘れないもう少しあとわずかそんな気持ちで今日も励もうと思う
2015年04月17日
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今月は復活節で、受難曲はやめて「イースター・オラトリオ」を往復の電車の中や寝床で聴いています。バッハの曲です。キリスト様の復活の聖書の場面女性たちや、み弟子たちが空の墓を巡って右往左往する様子が言葉がわからなくても、想像できます。マタイ受難曲のように重々しく、長大でないのがいいです。まるで舞曲のような雰囲気の明るい曲想のところもあり一度聴くときっと好きになるでしょう。やはりバッハはいいなぁ。
2015年04月16日
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お世話になったかたを訪ねました。妻は久々に電車に乗ります。(4年ぶりと言っています)思い切って行動すると、すべてがうまくいくのです。比較的すいていて、行きも帰りも座れました。ご主人を亡くされたばかりの奥様ボクたちも去年息子を亡くしていて心が響き合った気がします。おからだに痛みを持っている奥様妻も病中です。ここでも心を響かせ、お互いに手を取り合っていました。帰り道「お元気になられた」と喜ぶ妻。そうだね、あなたも元気になっているように見えるよ。
2015年04月14日
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ケアホームからの帰り。前日から、降られることは覚悟していたが幸運にも、バイクで出る時はまだ雨は来ていなかった。それでも途中からにわかに降り出す。少し濡れたが神に感謝する。徐々に雨脚は強くなり、風も出てくる。4月中旬とは思われぬ寒さ。家族で昼食を取り、午後は勉強会に行く。3人で、大正時代に語られたきよめの説教を輪読。古さを感じさせない、いやその説教を読みながら新しい風をさえ感じる。満足。今日は息子が休みを取ったので安心して外出できた。
2015年04月13日
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リベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねた。「はい、参ります」と彼女は答えた。彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにし、リベカを祝福して言った。「わたしたちの妹よ あなたが幾千万の民となるように。 あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」 創世記24章58~60まだ見ぬイサクの元に嫁ぎ行く妹を祝福する兄ラバン神様の導きなら従いますとはこれに関わるすべての人が決断して、ことが進み行く。ラバンが妹に贈る祝福の言葉に胸を打たれる。これは祝福の祈りである。ああボクも異国の人に嫁ぎ行き異国で子育てに励むわが娘にこの祝福の言葉を贈ることに躊躇しない。
2015年04月11日
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水曜日は春の雪を楽しんだが、終日の冷たい雨はうらめしい。一日石油ストーブを点け放し。今日はいつもよりちょっと多めに聖書を読んだ。聖書を読むのは楽しい。
2015年04月10日
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お泊まりの山中湖畔の修道院は白く染まった。賛美と祈りに励む。修道女さんたちの穏やかな笑顔。ボクたちの笑顔はどう映ったかな?
2015年04月09日
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畑いちめんに黄色い花が咲いて公園の木にピンクの花がいっせいに咲いてかわいい梨の白い花も咲き出した「赤や黄のチューリップが咲いたらあの公園に行こう」そう言ったら「もうそろそろ終わりよ」
2015年04月06日
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イースターおめでとう!クリスチャンの生は、キリスト様の死と生(復活)の上に。キリスト様の死と生(復活)がエネルギーであり動き進む。キリスト様の死と生(復活)を衣服として着る。キリスト様の死と生(復活)をベッドにしてその上に眠る。安らかで誇らしいイースターの礼拝歌っていても読んでいても話していても祈っていてもこみ上げるものあり
2015年04月05日
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「聖書的セカンドチャンス」この言葉と、その意味を知った時には笑ってしまった。ネットを検索すると結構出てくるので驚く。「イースターの前の土曜日 イエス様は何をなさっていましたか?」と、信徒さんにきいたことがある。「陰府に下られた主は、死後の裁きを待っている人々に 福音を伝えておられたのです。(セカンドチャンス)」そんな答が返ってくるのを期待した。あるいはそう説明しようと、答えを待っていた所「死んでおられました。」ボクはそれ以上何も言えなくなったし、それ以来「セカンドチャンス」などという言葉を捨ててしまった。それが実際あるのか無いのかは別としていかにも真実な響きも香りも感じ取ることができない。
2015年04月04日
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神学院は今日が入学式編入、聴講を含めて6人新しい学長の就任式もありました群の指導者として、当初から今日までコツコツと 黙々とまっすぐに歩まれた方新しい学長の説教を聴くそのお話の自然な筋道はバッハの音楽の流れのようだと思いました昨日から、行き帰りの車中で受難曲を聴き続けていたので
2015年04月03日
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今日は事務所からの帰りが遅くなったので帰宅途中にあるスーパー駐車場まで迎えに来てもらいました。4月2日は、ボクたちの結婚記念日です。息子も入れ3人で「回転寿司」に行って夕食をとりました。38年前、結婚式当日も受難週、イースターの前の土曜日でした。「受難の始まりだったね」息子が冷やかします。「お父さんの受難の始まりよ」妻が合いの手を入れます。「そんなことないよ」と、そこまで口に出しましたが、「お互い様だから」と言いかけて、やめました。
2015年04月02日
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安倍首相は、美しい言葉や造語を連発する。以前から、安倍首相の発表は、戦時中の「大本営発表」に似ているのではないかと、感じていた。もっとも「大本営発表」を直に聞いたことはないのだが。このたびの沖縄基地移転の問題を思うに安倍首相の、「日本を守る」「日本を取り戻す」とかそんな言葉を改めて考える。翁長さんは、政府の意見と対立しているが沖縄の多数の人々の代弁者である。本気で合い対し、とことん話し合わなければならないのに政府のやっていることは、沖縄の人々の意見の切り捨てである。日本(沖縄)を守っていない。日本を取り戻していない。沖縄(日本)を売り渡している。
2015年04月01日
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