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次男は夏休みに入って、どこにも出かけない。深夜遅くまでPCやゲーム テレビで、朝は一番遅く 10時過ぎに起きて来る。お家でまったり~なのだ。長男はウレシそうだ。次男と言う遊び相手がいるし、なんていっても 休み なのだから。去年のように朝 5時に起きてなのか ずっと起きているのか謎だけど 中学のグラウンドをランニングして ストレッチをしている。私を巻き込まないのが嬉しい。たとえ頼まれたってもう長男のボールを受けることなんてできるわけ無いだろうけど。今朝はラジオ体操に遅れそうなくらい寝坊してしまった私とMたんを起こしてくれた。PCも私が使わないときはよく使っているようだ。将棋をしたり、動画サイトでアニメの実写版の投稿をゲラゲラ笑ってみている。時々私にも見るように声をかけてくるけど。今またwiiが故障で修理中だ。こわれるときって必ず、これ無しでどうしろっていうんだよ~的な状況なのに、無ければ無いで過ごすものだ。今も兄弟で将棋をしている。私が仕事中だとPCを遠慮しているのか。夜はMたんも交えてトランプで大騒ぎしている。Mたんの はじけっぷりがすさまじい。お友達が留守のときは私とプール。もうこちらはへろへろになるまで ひたすら流れるプールで、泳いだりもぐったり逆立ちしたり。お願いして頼み込んでようやく帰ってきたのだった。まだ泳げるというほどでもないのだけれど、本当に水が好きだ。朝からアニマック〇でアニメ三昧。その後 お友達がいればずっと外で遊んでいる。ピアノもやめたし、囲碁もやめたし、今Mたんには 予定ってものがな~んにも無いのだ。昨日は洗面所の片づけをして、マニュキアがいくつか出てきたので、Mたんと一緒に足に塗った。化粧品の一つ一つをどうするものなのか聞いて、私につけるように言う。何年ぶりだというマスカラやアイラインでこてこてになって大笑いだった。 子ども達がゲラゲラ笑っている声が響く。ああ、何て幸せなことだろう。生きていて、良かった。難しい理屈は横においておいて、自分のこころに蓋をせず 自分の感性を大切にしよう。 1年半くらい前 掲示板に書き込みしたことがあった。 『息子が大荒れ真っ只中、プレステの本体が壊れて、翌日店が開くのを待てずに、早朝私の実家にゲーム機を取りに行った事がありました。両親とも亡くなり誰もいない家で、ふと父の書斎に入り偶然本棚の冊子を手にしました。そこに初めて目にする父の手記がありました。「憶い」と言う題の私のことを書いた文章でした。「私にとって孫ができたという事はとても嬉しい。しかしそれ以上にうれしいのは娘が無事に子供を育てていることだ。 あの子が、今、自分の子を育てている。そう思っただけで胸が熱くなる」そこには未熟児で生死の淵を3ヶ月彷徨った私のことが切々と綴られていました。私はずっと、自分は他の兄弟よりも愛されていない。と思っていました。実際、大人になってから口にしたことさえありました。その思いを覆させ、自分がどれほど愛されていたかと感じる父の思いでした。家に持ち帰り泣きながら家族の前で読みました。おじいちゃん子だった長男に渡すと、黙って読んでいたと思います。皆さんが語られても、鏡の法則は何年か前に読んだな~程度でしたが、急に今日思い出したのです。私の心に愛されている実感が染み渡り、いつしか息子にも。。。だったのかな~と。』 久し振りに父の手記を手にとり、ぼんやり思う。何故あの時、たくさんの本の中から、導かれるように私は あの職員文集を手に取ったのだろう。 「孫は幸せだと思う。そしてその母親である娘も、今は幸せである。 母子共に、これからも、この幸せがずっと続くことを祈っている。」泣き虫な私はまた泣いた。
July 31, 2009
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昨夜はお誘いいただいて 子どもサポートセンターの 連続講座へ。師匠を囲んでもう8年とか?公民館で開いているものだが、夜なので行った事が無かった。昨夜は25名ほど。師匠はあいにく出張中で 来られた方たち同士で車座で自己紹介。こんなにいい会があったのかと正直驚いた。本当に小さなひかりを見た思いだ。こつこつと続けられてきたことにも、ここを必要としている方がたくさんおられることにも。今まさに自分の辛さ真っ最中の方。子どもの辛さに気が付いた方。長い年月から体調を崩され、今 の大切さをしみじみ感じている方。何がしてやれるかと一生懸命な方。ただそこにいて何もできない事に気が付いた方。自分が解放された方。ただただ自然体な方。私は急に言いたいことがたくさんありすぎて 何が言いたいんだかと言うような情けなさだったけれど、それはそのまま今の私の混乱なんだなあ。しかし人の話を聞くというのは 本当に癒やされ勇気が出るものだ。あまりに心を集中してとても眠かったけど。途中から師匠到着だったが、そのまま 親の会 的にそれぞれの思いが語られた。もうすっかり自立し、ただ楽しみに子どもを見ているという方も いつまでたってもこの場は必要。もう終わりなんて思えない。そしてこれはあくまでも我が家の場合で、それをそのまま一つの成功例のごとく やればよいのではない。子どもも親も一人ひとり違うのだから。とおっしゃっていた。こういう内容はめずらしいのだそうだ。運が良かったなあ。親の会のことも言わせていただけて。このことで ちょっとウレシ恥ずかしい出会いが。帰りがけ、少し顔見知りのお母さんが 思いっきり素敵な笑顔で私に向かって『〇〇さん ブログやってますよね!』と。今まで読んでいる方が近くにいないほうが奇跡かも知れないけど、この場所を伝えてある知り合いは2人のみだった。これからますます バレバレでしょうか・・・こんなですけど 宜しくね♪♪ ぜひまた!
July 29, 2009
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私は予定日より1ヶ月前に生まれた。当時は母のお腹にいるのが双子だと 医者でもわからなかった。ただお腹が大きすぎると入院していた母はレントゲンを撮り、お腹の中の赤ちゃんの手足が6本映った事を父だけが知らされていた。だから先ず破水してすぐに父が呼ばれ 兄が誕生したとき、何の障害も無いことに安堵した。ところが助産婦さんがまだお腹に一人いると。瀕死状態で私は足を引っ張りだされた。未熟児だった私は3ヶ月保育器に入った。3回 覚悟してくれ と病院に父は呼ばれた。毎晩オムツや着替えを持って雪の中を父は病院に通ったと 酔うとよく話してくれた。湯のみ茶碗を上から見せて、この丸くらい小さい頭だったんだ と。病院に行くと かえるのようにお腹だけ膨らんで せっかく何十分も時間をかけて飲んだミルクを鯨のようにぴゅ~っと吐き出して 手足に注射や管でつながれている姿を、母には絶対見せられなかった と。小学校の頃 母方のおばあちゃんの家に行くたびに、涙ぐんでいわれた。家で母のおっぱいを飲んで 丸々と太って皆に大事にされニコニコ笑う長男。 〇子は一人であんな箱に入って本当に可哀想だった。よくこんなに大きくなったなあと。 退院の日、私はお世話になった婦長さんに抱かれ、初めて笑顔を見せた。両方のおばあちゃんや父や 母にすら全く笑ない赤ちゃんだったと。退院した私は母乳は全く飲まず 3ヶ月も離れていたのだから、母も私を受入れるのには時間が掛かったろうと思う。兄とはいつも一緒だった。自然にいつも隣にいた。私が怒られていると、兄は心配そうに私の事を見ているか、時にはかばって自分が怒られていた。私は兄が怒られているところをあまり覚えていない。あーあって感じだった気がする。要領が悪いのだ。そんな私に母は言った。お前は冷たい。兄はいつもお前をかばうのに、お前は知らんふりだ。お前は冷たい。それは私がずっと箱にいたからいつかそう結びついて 私は 自分が冷たい人間だと思い込んだ。箱から生まれたアンドロイド。 保育園の入園式の日、私は母の手をずっとにぎっていた。暗い下駄箱の記憶。でも母の手の暖かさは思い出せない。 一年生の頃だったと思うが私はお風呂で溺れた。50数えて出ておいで と言われそのとおり数えていた。途中で苦しくて頭がボーっとしたけどやめられなかった。自分をいじめるような我慢がやめられなかった。きがつくと和室の角に私はいた。私は布団に寝かされて、父母が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。部屋の隅っこの上の方でその様子を 私は見ていたのだ。確かに。その頃神社の横に住んでいて、お墓がすぐ隣だった。ひとだまもよく見た。不思議と怖くは無かった。嫌いだと一瞬でも思う人は自然と私の周りからいなくなった。私のせいではなかったろうが 私は人を憎んでは絶対にいけないのだと自分に言い聞かせた。 「自分を信じろ!」とりんりんさんに言霊を頂いた。それが全てかもしれない。ありがとう。 それでも 酷い事を 書かずにはいられないときは裏日記にぶちまけよう。
July 29, 2009
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昨日リファー姉貴からのコメを見て 穴があったら入りたかった。多分皆さんわかっているだろうけど、自分を正当化したくて、本当は目をそらしたくて、不安で、ただただ自分がかわいいお子ちゃまな私。ダンナのことは信頼してます。といいながら、実はとても思い通りにしたかった私。 父の親族が 教育関係者一族という事で、どこでもいつでも建前と本音が著しく激しく異なり、そこに飲み込まれて苦しみ 引き裂かれたであろう母。自分の夢を託した優秀な長男と、自分とは違うおおらかさをもった妻が相次いで亡くなり、そこで何かを捨てた父。家から逃げ出す事が出来なかった長女の私。嫌な事をイヤだとは、絶対いえなかった。私のせいだと思っていた。兄が死んだときも。お線香を上げに来た何処かの先生の奥様が『逆だったら良かったのにね』と言った。お風呂に入る順番がという事だったのだけど、それを聞いても母は何も言わなかった。曖昧に頷いていたようだった。 お前は生きていてはいけない。そういわれたようだった。
July 28, 2009
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お前の中に光が流れ込んでいきますように。私は愛をこめてその光につきそい、この上ない喜びとともに、お前の生命のいとなみを見守ります。それはお前をすこやかにするでしょう。それはお前を支えてくれるでしょう。それはお前の心を明るくしてくれるでしょう。人生を歩みはじめるお前のために、心からこの私の喜びの気持ちがお前の生きる意志と結びつきますように。そして、この意志がどんな時でも、どんなところでも、自分自身で強く存在し続けますように。 ルドルフ・シュタイナー長男が3歳になる頃 子安さんの本を何冊か読み、それから シュタイナーを知り傾倒した。 生まれてすぐの次男を抱えて、 記憶が半年無いくらいの日々のときだ。 毎晩長男の寝顔に お祈りの言葉をかけていた。 それは半年間くらいだったかも知れない。保育園に入園する前のことだ。すっかり忘れていた言葉だけど、その頃つけていた日記の最初にこの祈りは書かれてあった。 声に出すとすらすら言えた。私は深いところに行こうとしていたのだと 自分自身の直感に感心した。 くまたろうさんに教えていただいたブログ 森へ行こう(心とからだと子育てと) でもシュタイナー的な共感が多いけれど、りんりんさんの紹介して下さっていたブログを読んであの頃の私の不安や行こうとしていたところを思い出したのだ。 長い事ブログを続けている方はご存知だろう。ミルクティ2日間時間があると読みふけっていた。でも頭がパンクしそうだ。私が納得できる言葉に出会えたこと 本当に今感謝している。それとやっと図書館から来た 親の毒 親の呪縛。こちらはちょっと辟易するので休み休み。それにしても このお祈りの通り、長男は強い意志を 考え続ける自分を持ち続ける人であることに とても深く感謝し 尊敬する。 夜中に キャビ~ と私のベッドの横の椅子で寝ているキャビアを連れて行った長男。自室で寝ようとしたのか、少し物音がした。それからすぐにカーテンを開ける音がしてリビングに下りていった。眠れないのかな。5時に起こしに来るだろうか。外から土砂降りの雨音が聞こえる。5時にキャビアが~と言って寝室に来た。何も答えず というか うとうとしていて目も開けられなかった。すぐに長男は出て行って しばらくドスドスリビングを歩き回る音とテレビの音がした。 6時前にリビングに行ったら、Mたんも起きて来た。長男はソファアに横たわってパジャマのままのんびりテレビを見ていた。私が資源ごみを出している間に 長男は朝ご飯も食べずにそのままそこで寝てしまった。今は完全な昼夜逆転だ。学校に行くな では無く お母さんは今 行ってはいけないと感じる というのがあのときの私の気持ちに近いかも知れない。言葉足らずではあったけれど、伝わったのだろうか。長男を否定しているわけでもなく、コントロールしたいわけでもなく 本当の自分の気持ち と言うのを伝えたかったのだと今は思う。そしてそれが 『母親って言うのは哀れだな』という長男の言葉になったのではないか。私に手を出さずソファアにあたったことからしても、私は実はサンドバックではなかったのだと思うのだ。
July 27, 2009
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ゆうゆうさんのコメントで先週見た「劔岳 点の記」の感動した台詞 思い出した!『何をしたかではなく、何のためにしたか』でした。CGを使わない、自然の迫力ある映像。 浅野さん 香川さん 龍平君 あおいちゃん トオルさん 役所さん と豪華なキャスト。音楽とカメラも正統派の昔の日本映画と言う感じ。ただ自然に圧倒され過ぎ、ちょっと肩透かしを食うストーリー。圧倒的に観客は年配の方が多かった。今日も こんなときこそ映画だ!と思って急に銀行から映画館に行ったけど観たい映画が無かった。で、美味しいものたーべよっとふらふら町を歩く。お城の通りのあの店にGO! おとねさんが行きたそうだったお蕎麦屋さん。店内も写真撮らせていただいた。もしかしたら ここは私の仕事でかかわったかもしれない。見たことも無い素敵な麻布の大きなペンダントだったので、どこの照明かお聞きしたら家具やさんで机と一緒に特注で作ってもらったのだそうだ。な~るへそ! 昼は1種類。お品書きが無いので知らなければちょっと緊張するけど、2,000円です。突き出しはきのこに大根おろし。お酒はどうか聞かれたけど、車なので涙を呑んでお茶を頂いた。あー日本酒にあいそうなのになあ。お蕎麦はせいろで量が多くて充分すぎるほど。ざるで言うと2枚分くらいかなあ。お蕎麦を食べ終わってから 思い出してパチリ。こしがあっておいしかったけど お蕎麦だけで言うと 私はおとねさんと食べた浅田の方が好きかなあ。 蕎麦湯を頂きながらお漬物。ちょっとすっぱくなってしまってと女将さん。確かにナスは・・でも蕎麦湯は抜群に美味しくて2杯もいただきました。最後に甘いもの でお多福豆のような上品に甘いお豆。一口頂いてからパチリ。あ~お腹ぽんぽん!絶妙のコースだった。食べ終わる頃 東京からの常連客のような男性団体客や観光客が入ってきたけれど、ずっと一人だったので、この空間と紬の着物で隙の無い女将さんを独り占め♪♪気さくな方で、でもとても気を使っていただいて、気持ちよくお一人様。とても落ち着いて、贅沢な時間だった。このお隣は実は初めて就職した会社が入っていたところ。今は名古屋に本店があるという骨董品やさんになっていた。いつもお店はしまっていたので、思いがけずお店を覗いた。満腹で満たされていた私はそこでバックを衝動買いしてしまった!!まっいいか♪
July 24, 2009
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だめだ私。今朝5時に寝室のドアを開けて私を起こした長男。今日は弁当はいらない。昼で終わりだから。先ず髪を切ってと。寝ないで1晩過ごした様子。髪を切る準備をしながらやはりいわなくてはと思い学校に行くな。と言った。『何言ってるの留年はしたくない。野球も続けたい。夏休みに遊びたい。今日は保健委員もあるらしいし。夏休みに補習を受けて取り戻したい。今日は懇談会で半日だから早退して病院に行く。文化祭だって楽しみたい』『夏休みに遊べばいいんだよ』と言うと『何をして遊ぶんだ。学校に行かないで家にいるのはもうイヤだ』と長男。『ゆっくり休んで自分で行かれるくらい元気になってから、学校に行けばいい』と言うと『どうすりゃいいんだ。ゲームも飽きた。おかあさんは何がのぞみだ。』『家でお母さんは家であなたらしく過ごして欲しい』『家にいることが苦しくて だから学校に行ってそこで段々元気を取り戻すと思って、自分で計画して準備しているのに。このまま連絡もしないでだらだらしているのは耐えられない』『担任とは行く時に連絡を入れる話してある。野球の顧問にはしばらく休む話しをした』 『顧問がなんだ。先輩に言えよ。委員会も。俺がどんなに勇気を振り絞って気力を出しているかわかって無いでしょう。救急車を呼んでくれっていったときも 心筋梗塞みたいに死ぬかと思うほど苦しかったのに』『行くときはお母さんがなんと言っても行くでしょう。行くなとお母さんに言われたらダメなの?』思わず聞いた。ソファーをひっくり返して椅子を蹴り倒して2Fの部屋に行き 私をてめえこい と呼びつけ『俺は殺人するしかもう出来ないようになる。引きこもって一生ダメにしたいのか』と言った。『もうこれ以上自分と向き合うなんてイヤなんだ。苦しくてそんなことは出来ない』とも。そして今日学校に行って先輩に野球は辞めるつもりは無いこと委員会と先生に母が行くなといかせなかったことを話して来い担任に明日から行くつもりだと言えと言って寝た。A先生にどんな事があっても行くなと言い続けてと言われ、私もそう思っていた。でもわからなくなった。今のどんなあなたでもオッケーじゃあない。 起きた旦那に 何で気持ちを大事にしないと責められた。学校に行きたいんだから黙って言われた事してやれと。例えそれで繰り返しても仕方ないでしょうと。 長男に言われたとおり学校に行き、朝電話をくれた部活の仲間を呼んで話した。今、したいこと しなければならないことが出来ない状態である事。今日も徹夜して部活に行こうとしたのを私がやめさせたこと。ここでみんなと野球をしたいと強く願っている事。新しいキャプテンにも、ここに戻りたいと強く思っていることを話した。わかっていますと言った。 その後 担任に ソルトレイクは行かなかった事、苦しんでいる事、今朝の事を話した。長男の不安な気持ちを ただ言葉だけその通り受け取り おかしいと自分でも思っていることを親が言いなりになって子どもは嬉しいだろうか。余計に辛さがますだけじゃないだろうか と悩んでいる事を話した。『お母さんのせいにして楽になりたいのだから、別にそのことでお母さんがくよくよ思いわずらう事は無いですよ』と言ってくださった。『人生いつでも挫折はあるのだから、今の自分をうけいれることでしか、彼が自分で乗り越えるしかないでしょうねえ』と。明日来てもいいように 預かっている教科書類を、ロッカーに戻しておく。委員会は自分が頭を下げておきます。ただ、皆そんな気にしていないでしょうがねえ。とよくわかってくださっている。校長室を空けてくださった教頭先生が帰り際現われ『今のありのままの自分を認めるしかないのでしょうね。』とおっしゃった。そのとおりですと答えると 地図を見て家のあたりを調べた。突然出かけて おいでよ と声をかけたいくらいだ とおっしゃるので それは絶対やめてくれと頼んで帰ってきた。 家に帰りダンナに電話するとA先生に送ったメールを読んでくれと言った。 長男は本当に学校に行きたがっています。学校に行って野球がしたいのです。青春がしたいのです。でも、体はなかなか付いていけません。それでも本当に学校に行きたいのです。家にいることで、苦しんでいます。家にいる間は安らぎではないのです。苦しみなのです。学校に行きだせば、また、誰かの言葉で傷つき、行けなくなるかもしれません。繰り返しになるかもしれません。心のケアが長引いてしまうかもしれません。 しかし、それでも、私は長男の希望を優先させてあげるべきだと思います。学校に行かなければならないと思っている訳ではありません。学校に行きたいのです。高校野球に参加したいのです。それが夢なのです。青春がしたいのです。友人が欲しいのです。 しかしながら、カミサンは学校に行かせるべきではないと考えています。それは先生のご意見に深く賛同しているという所が大きいのです。一般的に考えた不登校の事例であればそうかもしれません。先生の長いご経験からはそうかもしれません。しかし、家(うち)の長男は家の長男なのです。一般的な不登校の概念の中で囲って頂かないで欲しいのです。「学校に行かせないで下さい」という断定的なことは言わないで欲しいのです。長男は「一人の人間」です。「不登校の人間」ではありません。 繰り返しになりますが、長男にとって家にいることは、苦しみです。毎日ゲームをして、テレビを見ているのは、安らぎではありません。決して息子らしくないのです。楽しく過ごすことは出来ていません。 登校刺激は、私もカミサンもしておりません。良くないことだと解っております。しかし、不登校刺激をすることは良いことなのでしょうか?学校に行きたい息子を家に縛り付けることが良いことなのでしょうか? 息子は本当に学校に行きたいのです。良い子を演じていることはありません。 今、一番大切なことは、息子の希望をかなえてあげることだと思います。親が味方にならずにどうするというのでしょうか?息子の希望とは反対の「学校には行かない」ことを勧めることは良いことなのでしょうか? 本当に大切なことは、今、息子を苦しめている障害を一つ一つ取り除いてあげることだと思います。親が、息子の言うことを全て受入れてあげることだと思います。希望とは反対の事を勧める事は、息子を苦しめます。「学校に行くな」ということは息子を苦しめます。そんなことをいう親には信頼を置けません。家にも居場所が無くなってしまいます。 結果的に学校には、行けないかもしれません。元気になることが長引いてしまうかもしれません。それでも、今は長男の言うことを受入れてあげるべきだと思います。「高校野球」が小さいころからの夢なのです。もし今学校に行かずに、将来元気になった時に、それ(高校野球)に参加しなかったことが「人生の痛手」になってしまうと思うのです。一生後悔をすると思うのです。 以上となります。大変失礼な文面もあるかと思います。申し訳ありません。父。 何だか力が抜けた。全然わかって無いなと言うところもあるけど それはそれでまちがっていないようにも思える。母と父の意見が全く一緒じゃなくてもいい。父親に見せる顔はまた違うのだから。息子さんはお母さんを信頼していますよ。と担任と教頭先生に言っていただいたのだが、本当にぐるぐるも通り越して 何が何だか 状態だ。
July 23, 2009
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昨夜深夜2時頃『もうだめだ~』という長男の叫び声で目が覚めた。前日は徹夜して朝からリビングのソファで昼まで寝ていたのでまたゲームでもして楽しく叫んでいるのかなとトイレに行くついでに見るとリビングのソファにぽつんと座って電気だけついていた。『どうした?』と声をかけると『苦しくて死にそう。助けて。救急車を呼んで』と長男。心臓がおかしくて足が震え呼吸が苦しいと。『不安なんだね。朝までお母さんがいるから大丈夫だよ』と手をにぎり、背中をさすって深呼吸をしたり、過呼吸かと思いビニール袋を渡した。それでも落ち着き無く『心臓が止まったらどうするの。救急車を呼んで。呼ばないなら自分で電話する。』と電話のほうに行き あれ?11なんだっけと言うので救急車で運ばれる事を願っているのか、病院で体を見てもらいたいのかちょっとわからず『車の方が病院に行くのは早いから 症状をもう一度話して』と座らせた。『もう苦しくて、精神科でも見てもらいたい。救急隊員の人が病院わかってるでしょう』と長男は言った。ちょっとそこで断ってトイレに私が行き、その間に少し落ち着いたようなので『お父さんに病院に連れて行ってもらおうか』と言うと『ああ、そうして』と車に乗った。車の中で『Mはもっと女の子らしくしなくちゃいけないなあ。Sは今のままで まあ楽しそうだから もう少し野球を頑張れば いい。色々あるけどやっぱりシニアはいいところだと思うから、そこで続けて高校は〇〇とかに入ればいいし』と、妹や弟の話をポツポツ始めた。何だかお別れの前に言っておく ような言い方で『ふたりの事色々考えてくれてありがとう。シニアのことは誇りに思っているんだね、 やめさせてしまってごめんね』と私。それには何もいわずに長男は黙っていた。 救急病院の若い先生に 症状を聞かれ そこで夜眠れない事など自分で伝え『お腹が急に痛くなったりして1ヶ月くらい今学校に行っていないので』と昼夜逆転している事なども話していた。気持ちが落ち着くためと睡眠のお薬が入っています という点滴をし、ダンナには帰ってもらい私だけ残り傍らにいた。『そういえば前にもこんな事があった。こんなに心臓は苦しくなかったけど』と少し落ち着いて長男が話し始めた。高校を休み始める前日、授業中にトイレに行きたくなって先生に断ってトイレにいったけれど1滴も出なかった。それでとても具合が悪くて早退したのだと。その早退の日には、小学校2年生のときに試験中にトイレに行きたくて手を上げたけれど先生が気がついてくれなくてそこでお漏らしをしてしまったときと同じような感覚だ。と話した。その頃の担任は大変厳しく休み時間も5分だけでいつも忙しく緊張していたんだ。学校とはそういうものでしょうとも。『本当に感謝している』と突然長男が言うので『こんなに辛いのをわかってあげてなくてごめんね』と言うと『何でそんな風になるかなあ』とつぶやいて横を向いた。家に帰って点滴のお薬のせいもあるのか今もぐっすり寝ている。自分で挑戦してみたいと申し込んだ市の交流短期ホームステイを断ってから、少し明るくなったかと思っていたのだが明日が出発日だからだろうか とダンナ。2年前も学校を休み始めて1ヶ月くらいで、死にたい 殺してくれ が始まったのでまた自分を否定してしまう 時期なのかとも思う。次男の野球も登校刺激みたいなものかも知れない。辛いのだろう。本当に親は何も出来ない事を思い知るだけだ。午後からゆっくりお昼寝して、自分を整えた。一緒に不安に巻き込まれないでいたことにちょっとだけ自分を褒めた。でも一番はダンナの大きさにありがたい思いだ。私も長男にとって少しでもそんな風に感じてもらえたら幸せだ。
July 21, 2009
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次男の 広島 行きは ありませんでした。でも、最終日まで本当に楽しませてもらいました。こうやって、一つずつ 全ての事が 過去になっていく。今 を そのことだけを 丁寧に 心を込めてどんな日常も 今 と同じ時間は 二度とないどんなに辛いと思うことも 楽しい事も過ぎてしまえば それは 思い出として残るだけだからこそ そこで 出会えたことに 感謝してその喜びを大切に過ごしていこう と思った日でした。
July 20, 2009
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長男はずっと家にいる。昼夜逆転するときもあれば、サッカーや大リーグを見たくて起きる日もありで 本人に任せている。ずっとゲームと漫画とテレビでパジャマを着たまま、寝る以外はリビングで過ごしている。 高校野球の地方大会の初日だけ、5時に起こしてくれと頼まれ、1回声をかけたが起きなかった。昼すぎに起きて来て、夕方『今日は開会式だったんだ』と静かに言った。先々週のホームステイのオリエンテーションは具合が悪いから連絡してくれと頼まれた。今週ホームステイ先も決まり、相手からメールが来た。それは長男に知らせたけど、相手の家庭にメールを入れたり、お土産を用意したり、ウエルカムパーティの準備やスピーチの原稿を書いたりアルバムを作ったり は 全くしなかった。 なかなか記入しなかった保険の申し込みに記入し、事務的な準備は整ったのが2日前。提出期限を過ぎ 主人に『どうする?行かない?』と聞かれ『いくさあ』と書いたのだ。しかし私とふたりきりの時『ああ、プレッシャーで押しつぶされそうだ』と言うので『ソルトレイクのこと?』と聞くと、『親ならわかるでしょう。っていうかそれだけじゃないけど 言いたくない』と。『嫌な事はしなくていいよ』と私。翌日 昼過ぎに旅行会社からの書類が届き、渡そうとすると『お母さん 本当に申し訳ないけど、今年はどう考えてもいかれない。来年は留学行きたいけど。野球も忙しいだろうけど。相手のホームステイ先にも準備してくれた人にも本当に悪いと思うけど、断って欲しい』 そう言った。『うん。わかった』それだけ言って内容は聞かれないよう連絡。『断ったから。預かったものだけ返して欲しいそうだから』と言うと『カバンに入っていると思う』と長男。私は正直ほっとした。行ったら楽しいだろうにと思うけど、あまりにもやらねばならぬことが多いホームステイだ。料理を家族に作ってあげるとか(カレーを作るつもりだと話してくれた)、日本文化を紹介するレセプションとか(柔道の相手になる予定とか)、パーティとか。学校が辛いだけでなく いかれない自分を否定し二次的に辛くなり、それから離れるために挑戦しようとした事で更にまた辛くなる。そういう余計な辛さをこれ以上増やしたくない。よく、自分でいかれないことを認め 私に 伝えたと思う。ドタキャンありだと覚悟していたけど、あんなに面と向かって素直な心で向かい合ってくれるとは 思ってもいなかった。何も触れずに全て任せて良かったと思った。 「展望は、極めて明るいなぁ。」とご縁の出来た方が少し前に 素敵な言葉を下さった。ちょっとかみ締めている。
July 18, 2009
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去年 秦坊見たさに行った夏フェス ゲリラ豪雨で途中で中止だったあれです。今年はどうしようかなあと思っていたら 第一弾アーティスト発表で決めました。 エレカシ K〇EVA スキマ FUNKY MONKEY 〇ABYS う=ん楽しみ♪ で、第二弾発表は 湘南〇風 東京〇カパラダイスオーケストラ そして 〇ニコーン!! おお~!!きたあ=!!って感じです。去年のゆるーい民生ちゃん 良かったものナア。 久々にホームページ見たら なんとキョン2も参加になってました。ちょっとなんかこれは微妙だ。紅一点、参加アーティストにちやほやされる図を想像して。 次男は最初行くと言っていたのに、やっぱ行かないそうで、初めから行かない宣言の長男とお留守番してもらいます。ダンナとMたんと3人で8/29参戦じゃ~!!
July 17, 2009
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昨夜 次男の担任から携帯に電話があり 驚いた。キャンプのときに持って行ったクーラーボックスを職員室で預かっているから今から届けます というただの連絡。今日、テレビ2台や洗濯機オーブンの家電使い放題で電源が落ちたのだが、光電話はリセットしたまま通じなかったらしい。先生12時頃まで学校にいたんだって と前に次男に聞いていたので 家に帰る途中か聞いたらそうではないと言う。近いといっても気の毒だから私が取りに行った。キャンプの帰り 次男と名前が似ている子が間違えて次男のものを持って帰ってしまったのだ。後で取りに来てといわれていたのだが、次男に頼んで私も忘れて何日もたっていた。前担任と代わって1ヶ月。TDL設立の年生まれとお便りにあった25歳の新担任は、次男の話ではなかなかいい奴らしい。『いやあ、僕も昔地元でリトルをしていたので S君の生活記録を読むのがもう、楽しくって楽しくって』とその担任はニコニコ職員室から現れ言った。『ええ、聞いています。〇〇のチームだったそうで』と答えると『僕なんかは、デットボールで何とか塁に出るような選手だったので。チームも昔はめちゃくちゃ弱くて。だから、S君のチーム名とか懐かしくって。』と素直な僕は語る。次男のクラスには今の選抜チームに一緒に選ばれた他チームの子もいる。彼は大人しいがエースとして頑張っている。『うちもベンチが多かったのですが、この大会は何だか大活躍で、楽しませてもらっています。〇君はエースとして頑張ってますよ』と言うと『すごいですよねえ。今度は準決勝ですよね!全国も見えてますよねえ。僕、是非応援に行きたいので、球場を教えてください』と熱く担任。次男も言われたそうだし、私も電話でそういわれたが、社交辞令かと思っていた。『今も夜間練習にいっています。勉強は全くしませんが』と言うと『いやあ、熱中出きる事があるだけで、勉強なんて全然いいですよ。心配いりません』と担任。あーまだ全然染まっていないんだなあ。と新鮮で何だか母のように思ってしまう。初めての担任(?多分)で、子ども達が可愛くて 嬉しくて 頑張っているんだろうなあ。 次男はまたごっそり漫画を買って読みふけっている。でも欲しいと頼んだ通信教材が届いて、少しだけ勉強している姿を見るようになった。これなら面白いんだそうだ。でもそんな次男に長男はゲームの執拗なお誘い。1回だけ一緒にやって、もうイヤだと次男は拒否。次男にしてはかなり激しくキッパリ断る。買ってきた漫画を読みたいんだそうだ。長男次男の前に土下座して『お母さん、見てよ。長男の俺がこうやって土下座までして頼んでるんだよ』とアピール。『そうなんだ~』と答えて でもいう言葉もないよね。先日の振替え休みに自転車で思い切りこけて、次男は膝に酷い怪我をして帰ってきた。こんなに暑いのにプールが出来ないなんてと昨日帰ってきてから怒っていた。今日は膝の怪我が痛くても 水泳するんだそうだ。次男も疲れが溜まっているよなあ。 朝も頭が痛いと言っていたが、先生に渡す球場の地図を持って走って出かけていった。
July 16, 2009
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携帯はデーター再起不能でした携帯の番号アドレスは代わりませんので、空メールで結構ですのでお手すきのときにお願いします!ワン切りオッケー♪です。 真っ白な私って何だかそれはそれで嬉しい気分。旧いしがらみは全て消えて(わざとじゃないからっ)新しい電話帳になるんだわ♪ メッセ入れてくだされば それはそれは ありがたく登録させていただきます!
July 14, 2009
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昨夜から携帯が見当らないなあとおもいつつ(またか?!)ほったらかしていた。家の何処かである事はわかっていたから。ぁ=でも鳴らして確認すればよかった・・・朝から激しく脱力洗濯機の中から無残な姿であらわれたドコモだけの でかストラップの先に それは あった。え~~~んアドレス全滅?スケジュール全く覚えてないし・・・・
July 14, 2009
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Mたんは昨日朝もげーげーして、次男の試合の応援は諦めた。吐き気がなかなか消えないので絶食していたから、お腹の中は空っぽなのに。朝 私がロビンの散歩に行った時に、目が覚めて 自分でお水をごくごく飲んでしまったのだそうだ。吐き気がなかなかおさまらないので座薬を入れてくれとMたん。お薬は極力パスの人なのだけど、自分で言ってくるなんてよほど辛いのだろうなあ。熱は下がっていたので、ちょっと眠くなったり頭が痛くなるかも知れないけどと話して座薬を入れる。薬のおかげもあったのか、氷を口に含んで水分をとっていたのが 大丈夫そうだから番茶が欲しい りんごとばななの摩り下ろし 食べたいからりんご買ってきて と急激な回復。スーパーが開くまでまってねと言っても まだかなあまだかなあと 呪文のようだ。りんごを買ってくると張り付いて摩り下ろすのを見て 『もう食べたくって食べたくってたまらんワイ』と食欲の塊りだ。その後 とろとろに炊いたおかゆも食べ お隣の仲良しさんと外で遊べるほどに。帰ってきて今度はお昼にあたたかいそうめん 『あ=うめーうまいよこれ。おかあさん最高だね』と3杯もおかわりして『もう治った!!』といつもの笑顔♪♪ 食べられるって幸せだねえ。 次男は先週のような活躍は無かったけど、エラーも無く頑張ったそうだ。そしてチームは勝って、来週いよいよ準決勝 決勝 へと進むことになった。Mたんもよかった~来週あの公園にまた行かれるね♪と嬉しそうだ。 3位は決定!で、優勝したら・・・今年の全国大会は 広島 なんだって!!!まさかのミラクル旋風でお母さんを広島につれていってくれ~ 今日はキャンプの振替えで中学はお休み。7時にはすっきり起きて来てご機嫌の次男。PSPをしながらごろごろしてのんびりしていると 8時過ぎには友達から電話があり さっさか自転車で出かけていった。『俺も大変だよ。』と自転車出しながら次男。『何が?』と聞くと『休みの日も遊びで忙しくてさ』ってニヤニヤして答える。『家でのんびりしていればいいじゃん』と言うと『いや、それじゃつまんないし。あ=午後は何して遊ぼうかな~』と出かけていった。
July 13, 2009
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ホットウイング 無事2回目を開催できました。地方の情報誌に小さく掲載したので、それを見て新たに2人の方と前回の2人と後半から1人と おとねさん ムスカリさん 相方 私 の計9名の参加でした。もうひとり30分でもとおっしゃっていたけど、仕事が終わらず次回は是非とのこと。 あっという間の3時間で どなたの心にもあたたかなものが残る会になったのではと自画自賛してます。遠くから来てくださった おとねさん ムスカリさん そして気にかけてくださった くまたろうさん ありがとうございました。ムスカリさんはずっと黙って聞くことに徹していて 個人的には 本当はもう少し お考えを聞きたかったなあと思いますが、黙っていても穏やかで優しいお母さんオーラ全開でした。そう!勝手に私が想像していたイメージと全く違い、現れた瞬間 おとねさんと ぎゃ~~~~と絶叫してしまったほど 美しいオーラを持った方でした。ほんと失礼しました!おとねさんは 実は私が仕事であちらに行った時に、偶然近くにいることが判明し、偉そうにも呼びつけて お会いして30分ほど話しをしたのでした。仕事サボってね(汗)黙って聴くからって呪文のようにおっしゃっていたけど おとねさん 難しいでしょ?おとねワールド全開で 打てば響く 語る語る姿 嬉しかったです。おとねさんは沈黙が耐えられない 自分がここを盛り上げなければと サービス精神スイッチが自然と入ってしまう 大変華のある優しい姉御です。お疲れになったでしょうなあ。いっぱい笑ったなあ。静かに染み入る 笑う 深く聞き入る 笑う そんな 素敵な時間でした。どのお母さんも ここに来る という事が もうすごいなあと思うのです。『ああ、親が私のしているように私を育てなおしてくれたらどんなにか楽になれるだろうに』と一人方がおっしゃったけれど、皆さんの心を代弁しているように感じました。どの方も少しだけでも重いものをおろせて、心が軽くなる場でありたいと強く思いました。それにしても 師匠の名前が出る率高く 自分の歩く道 と言うものがこれでいいのだとぼんやりと確認できた私です。 Mたん深夜からげーげーで、おとねさんの観光のご案内ドタキャンしてしまいました。無事家に帰られましたでしょうか。お見送りも出来ずに 本当にすまんっ!!
July 11, 2009
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今日は次男がキャンプで出かけた。雨だよなあ。そして午後はMたんの参観日。国語の授業で地図を見て言葉で知らない人に場所を伝えるっていう事をしていた。難しいなあ。だいたい地図を見て 右に曲がって今度は左に って感覚はなかなかつかめない。更に自分の立ち居地向きがわからなくなってしまうから、上とか下とかの言葉になってしまう。三年生ってこんなに難しいことしていたっけ?とても理論的に答える男の子が一人いて、大人顔負けだった。懇談会はひたすら眠かった。先生の早口で流れるような口調は眠りを誘うだけだ。女の子事情もありだけど。それにしてもお母さん方が若い!!20代の方とかいそうだし。そういえばMたんが中学では母は50代になるなあなんて考えて 疲れたよ。 昨日は車も洗車して、野球少年で汚れているシートも綺麗にした。相方とちょっと打ち合わせをして ウエルカムモード!今朝作ったなんちゃってティラミスは食べられてしまったので、これからカステラでも焼こうかなあ。次男のいない夜は淋しいっす。今ごろ夕飯作っているのかなあ。
July 9, 2009
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学校に行きづらい 学校に行っていないお子さんの親の会を開催します。日時 7月10日(金)時間 13:30~16:30(時間内出入り自由です)場所 松本市島内公民館持ち物 マイカップ お茶菓子代200円場所等ご不明な点は私のブログにメッセージを残してください。駐車場あります。 経験者の親同士が 安心して話が出きる事。話をただ聞くこと。そこで親が癒され 親の気もちが少しでも楽になれるといいなあという会です。お近くの方はどうぞお気軽にご参加ください。
July 6, 2009
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昨日は次男の大会。朝4時半に起き、余裕のはずの次男だったが、行く寸前に「チクショウ、またトイレ行きたくなった」とトイレに駆け込む。そのまま車の中でユニホームを着るから 出発して!とバタバタと出かけ、集合場所へ。5時20分集合には全然余裕なのに、ほとんどの子がもうきている。皆 気合入っている。次男もニコニコ仲間に入っていたがふっと私の傍らに来て困った顔「どうした?何か忘れた?」と聞くと「うん。あのさあ バット忘れた」1時間後には私も行くつもりだからそ こで届ければいいけれど、出発時間まではまだ20分近くある。他にもクーラーボックスや氷を頼まれたので「わかった!とってくる」と家に車をぶっ飛ばして帰った。大急ぎで戻ると集合するところで次男はニコニコしてバットを受取った。 そんな朝のバタバタも忘れるぐらい、またまた高速でおしゃべりしながら気心の知れたお母さんたちと乗り合わせて会場に行った。開会式はハッチで有名な動物園の隣。これが次男の最後の大きな夏の大会だ。長男も含めて7年。Mたんはまだ2歳で、いつもおんぶだったねえなんて話をしながらのんびり行進姿を目に焼き付けた。くじ運よく、絶対勝てそうなチームと2戦。それにしても次男は信じられないほど大活躍だった。2累打3塁打と打つ打つ打つ。二試合目は交代もありかと思っていたのに、絶好調は続き、どちらの試合もコールド勝ち。終わってみれば次男は7打数6安打。アウトの1本もセンター真正面のすごいあたりだった。終わってから監督にこっそり「今日は親に焼肉か寿司にしてもらえよ」と言われたそうだ。大喜びしてくれるほかの父兄も驚いただろうなあ。「何があったの?何をしたの?」なんて聞く人もいた。バットをわざわざ取りに行った甲斐があったねと口々に言われた。人のを借りればいいからって言わなくて自分のバットでよかったねと。次男のポジションには年下に天才君がいて、次男はいつもナンバー2なのだ。どんなに次男が頑張っても 先発しても 交代することがほとんど。ああこんな日もあるんだなあ。しんみり思う。いつも緊張して固くなってしまう次男だけど、最初にダブルプレーをとったときに安心したのか、全く緊張は感じられなかった。バッターボックスに立っても迷いや不安がない。リラックスして楽しそうで やってくれるという雰囲気にいつしか周りを包んでいった。 午前中仕事を追え駆けつけたダンナは かろうじて2試合目だけ見ることが出来た。これから試合前にはストレッチしてやってねと私に言う。そういえば先日とその前、次男に頼まれて寝る前にストレッチをしたのだった。それで余計な緊張やストレスが取れたのかなあ。 帰ってから次男に何を食べたいか聞くと 出前の御寿司 と言うので 奮発して御寿司!「今日の大活躍はどうしてだと思う?」って話になると「俺、初めて自分のバットを磨いたんだよ。やっぱりそれかなあ」と言った。う~んそうだったのか。スパイクやグローブは磨いてもバットは手入れしてなかったそうだ。「そうか。バットの神様のおかげだね。前にやめたいって悩んだけど、やめなくて良かったなあってお母さん今日は思った」と言うと「俺、やめたいなんていったっけ?」と次男はニコニコしている。そんな事本当に忘れているらしい。 で、今日は微熱が出て休んでいる。当然宿題もしてなくてちょっとノートを開いたり。昨日の暑さがまだ体に残っていてだるい というので もういいよと言うと「兄ちゃん起きてきたら出来ないし やる」とまた課題に向かう。でもあくびばっかりだ。Mたんもだるくてお休み。私もだるいっす。
July 6, 2009
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書きかけでほったらかしの日記、どうも続ける気力が無いので そのままにしとく。時間があったらまた。 日曜日の野球の当番の後からずっと喉の痛みがあったのだけど、今朝はあくびも満足に出来ない痛さ・・・テレビでカビの怖さを見て、慌てて必死でお風呂掃除。我が家のユニットバスは床はすぐに乾くようになっているので、どんなに掃除嫌いの私でも壁との間の部分だけしかカビはないんだけど。でもカウンターの下がエライこっちゃだった。プラスチックの椅子も。昨日次男が蓋をごしごし洗ってくれていたのだ。アレルギーもちにとってはもっと綺麗に暮らしたいだろうなあ。と気の毒になった。入浴時間がまちまちでなかなか換気もままならないし、大掃除以来の大掃除でピカぴかになった。その後 耳鼻科に行った。私は小さい頃から扁桃腺がすぐに腫れて熱が出た。今はそれほど熱は出ないけど、耳鼻科で これでよく熱が出ないなあと驚かれた。出ていても気がつかなかったかナア。2日前には腰が痛かったしそういわれれば節々おかしかったもの。真っ赤かで、扁桃炎を通り越して何とかって言われた。昔ながらのおじいちゃん先生なので綿棒を巨大化させたようなもので、喉をぐりぐり擦り取る。すっごい痛くて叫んだほどだ。子ども達が嫌がるわけだよなあ。その先に膿がいっぱいついてるのを涙目の私に見せてくれた。鼻で呼吸が出来ないので寝ている間に口で呼吸してこうなる といつもの説明。ちょっと忙しすぎたかなあ。イネ科のアレルギーはほとんど1年中だ。長時間外にいたり寝不足が続くとどうもいけない。上手に付き合っていくしかないんだけど、鼻と喉 取り出してごしごし丸ごと洗浄したい!!でも喉のスチームと鼻の洗浄でとっても楽になった。 バランスセラピーの基礎1がようやく終了した。先生がお忙しくてドタキャンもあり、なかなか思うように進まないのだけれど、私にとってはゆっくりじっくりで いいペースだった。ゆっくり行くものは、確実に進む と言う言葉にも出会ったし。最後のレポート問題を提出して、実技もオッケーと合格いただいた。次回は終了式。お相手の方とまた時々忘れないために、それから自分のためにお互いにやりっこしましょっと嬉しいお誘いを頂いた。この60歳のお姉さまは、今 大学生なのだそうだ。全然知らなかった。土日のスクーリングも仕事の傍ら続け、もう7年くらい。ようやく 後15単位と 笑っておっしゃった。社会福祉学を勉強されているそうだ。平行して勉強していらしたとは すごい人だなあと思う。お姑さんの介護を10年以上続け看取った経験からこんなに達観されているんだろうか。今は市のある組織の長となってご活躍されているが、全然偉ぶらないし、フトコロの大きな人だ。私にとってはこっそり 憧れの母であるかも知れない。大きな太陽。出会えて嬉しい大切な人たち。 病気が無ければ生活の誤りに気がつくことが出来ない。抑圧のため意識化できにくい心の部分が意識に軌道修正を求めている。怪我も事故も脳のストレスが無理な状態まで蓄積されている信号。相手を変えるのではなく、今のままの相手でもかかわれる自分自身を得ること。関わりとは相手に求めることではない。最後に復習。
July 3, 2009
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素敵な言葉だなあと思う。鹿児島~のホームページから親もそうだったように、変わるときは子どもが自分自身で変わっていきます子どもには自己との闘いに勝ってもらうほかありません。子ども自身の闘いは、それがどんなに辛く苦しいものであっても、僕ら、親であれ、兄弟であれ、誰であれ、代わってあげられません。子どもが自ら答を出すことです。親は子どものことではなく、自分自身のことに取り組めばいい子どもに限らず、人間誰しも辛いときには、その辛さを何らかの形で表に出すものです。それは、じつに自然なことで恥ずかしいことではありません。伏せるようなことでもないわけです。 長男はあれから休んでいる。長男の高校と親とのやり取りは、全く長男には知らせていない。登校刺激はしない。連絡もフラッと行った時だけ高校に入れる。という事にしていただき担任の先生とは連絡を取りあい、よくわかっていただいている。実は少し前に封書で手紙を頂いた。女性の名前で???だったのでそのまま長男に渡した。後であれは教頭先生のお名前だと気付いた。後日担任にそういえば~と話すと担任は全く知らないと慌てて教頭先生に確認したらしく、教頭先生ご本人からすぐに電話を頂いた。『君にとってどんなに野球が大切で、それを続ける事がとても大事だと知っている上で 私は君に「野球はもういいよ」と言いたい。今君に大切な事は高校生活を続ける事。高校の教室で授業を受ける事。高校の授業を受けて大学に入ってそこでまた新しい生活を始める事です。中学の事を繰り返すのは一つも良いことがない。野球はたかだかスポーツです。私は体育の教師なので、その苦しさも楽しさも知った上で野球なんて今の君にとってそんなに大事なものではないよと言いたい。そんなものにかかわずらうのは、多分君にとってそんなに必要ない。一心に勉強してみたらどうか。君の力なら授業はすべて理解できるはずだし、テストは満点に近いものが取れるはずです。勉強して勉強して野球なんてどうってことないと思えるほど勉強して欲しいのです。野球を続ける事が君の自立を促すならそれを進めるけど、私が見るところ、それがかえってストレスや足かせになっている。そんな野球をやる事はない。がんこに続けないで他の世界も見てみようよ。それからでも遅くない。勉強をやってみようよ。それだけを考えてみようよ』そういう内容を書いたのです。早まったかもしれないけれど、どうしても書かずにはいられなかったとおっしゃった。 とにかく野球のために学校に行くのだから、それを否定される事はエネルギーを落とすだけだ思う。これが良かれと思って教育的にする 善意なのはわかる。エネルギーを落とした子にとって それはほとんど 害になる事も。もちろんエネルギーにあふれている場合なら、ただただありがたい言葉だと思う。長男も長い年月を経たとき、個人的に自分を心配して このようなことばがけをしてくださったことを思い出してあたたかい気持ちに包まれる日も来るだろう。 でも今は違う。 野球の監督にも会ったところ『野球は休んでもいいから学校に来い。学校を休んで野球に来るのは違うだろう。と本人を呼んで話した。出てこられなくなった時期と重なるので、そのことが影響してるとは思う』という事を胸をはっておっしゃった。隣にいたダンナは「う~ん う~ん」と無意識だろうけどうなっていて、何だかダンナが気の毒になった。こういう方は申し訳ないけれど、ずっとワカラナイだろうなあと思った。この価値観はそこだけで完結していて、そうでないものなど 到底わからないようだった。「なんて話しかけていいかわからないんですよ。話しかけてもいいものなのかさえ」と苦笑いしておっしゃるので「今のそのままを おっしゃってくださればいいのだと思います。ワカラナイならわからないという事をそのまま」ちょっと偉そうだけど思わず言ってしまった。 長男に頼まれ 短期ホームステイに申し込んだ。野球の夏の地区予選とダブル日程だ。色々考えてのことだろう。行くか行かないかは本人が決める。ドタキャンもありだ。今はただ ありのままの長男を認め とことん信頼する事で、子どもは自分で自分にかかわる問題と向き合って、時に必要なサポートを受けながらも自分で解決していくと思っている。
July 1, 2009
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