2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全17件 (17件中 1-17件目)
1
とうとう今日で5月も終わりである。我が家にしてみたら大変な月であった。ようやく転勤してきて、家をばたばた探して、なんとか6月末には生活が普通に戻りそうである。(実際は9月ぐらいまで荷物の箱が山ほどあり、来年になっても「開かずの箱」はある。〔ここまできてわたしの実態をよく知る人は笑いがとまらないはず〕)4月にはいってから、ずっとあちこちでホテル住まい、仮住まいとなっていて、まともに料理を作ったこともなく、自分の洗濯機で洗濯もしたことがない、ちなみに掃除もしていない。箪笥や本棚もないので、スーツケースが箪笥であり、本棚である。3月の末から2ヶ月ぐらい生活できそうな身の回りのものをスーツケースに詰めてずっと生活しているのだが・・最初はなにもかもが十分ないような気がしてはらはらしていた。でも・・生活がいざ始まるとこの少ない荷物でもなんとかやってはいけるのだった。(じゃ~いま横浜から船便でアメリカに向かっている荷物は??)人間所持品は最低限にしても生活は成り立つことはよくわかった、が・・・・・自分の好きなものにかこまれた生活は至福の時を与えてくれる。(すいません、ぜんぜん賢くなってません。)ということで6月も全力でやっていきたいと思います。
2003.05.31
コメント(1)
週末がきたということできょうは夜遅くまでHBOやいろんなチャンネルで映画を3本ほどみた。わたしは本を読むのも好きだし、映画を観るのも大好きだ。好きな作家や役者だっていっぱいいるけど・・なぜかそれが終わるとストーリーの大半を忘れてしまうというところがある。覚えているのは結局、女優が着ていたドレスだったり、ブーケの花の色だったり、そこにでてきた食事だったりする。それでも年間に映画は100本以上は観ている。20年前にアメリカに来たとき、テレビを24時間放映しているHBO・・しかも映画ばっかり!日本ではまだ深夜放送もそうなかった時代にすごいものだと関心した。ようやく日本もこの10年ぐらいでアメリカに追いつきつつある。映画の放映時間と自分の自由時間がなかなか合わないので、ひとつの映画を観終わるのに2,3回同じものを重複してみてしまうこともしばしば。先週最後だけ観た映画を今週最初から観るといった風に・・・今夜最後に見た映画は「オーシャンズ11」役柄なのはわかっているけど、アンディー・ガルシアは聡明だが、ほとんど人間味のない、まったく気に入らない野郎になっている。(それでもわたしにとっては最高にかっこいいのだが・・)首尾よく準備されたシナリオとリハーサルの元、格好よく強盗し、成功してしまうのだが。SWAT部隊に扮した強盗が無事車を隠し、普通の人にもどりながら強盗したホテル前に集まり、噴水を見ながら仲間が一人一人去っていくエンディングが気持ちよくて、悪者退治を終えてすっきりした善人たちみたいに見えた。そのシーンに「月の光」が流れているのがまたとってもわたしとしては気持ちがよかった。すっきりとした映画で夜を終えると、寝つきがよいものである。
2003.05.30
コメント(1)
きょうは日本でいうところのいわゆる「発表会」でした。日本と全く違うのは時間が夜19時スタートというところ。これで普段わざわざ有給をとっているお父さんも、すこし仕事を早めに切り上げるだけで参加できるわけです。きょうは男の子はネクタイ必着、女の子はドレスというドレスコードでした。ちっちゃくてもみんな淑女紳士に見えるのね!ハンナの学校は本校がちがうところにあり、分校が都会にあるという形式をとっています。それで学校の生徒数も150人に満たなくこじんまりしています。学年も普通クラスのほうがキンダー(小学校に入る準備クラス)と小1から小5、”のぞみスクール”が3歳児クラス、プレキンダー、キンダー、小学校1,2年生という構成です。のぞみの女性の先生が風邪でとうとう倒れられて、昨夜はどうしても来ることができず、ご主人の男先生がピンチヒッターとして指揮をとられることになりました。まず校長先生がお話をされ、お祈りから始まりました。プログラムの3番目にハンナが登場しました。英語の歌をしっかり覚えて歌っていました~。それがたとえ口パクだったとしても、親としてはもう感慨無量!なんたって5月12日に転園してきたところなんです!(超親ばか!)しっかりと3曲歌ってステージのすそにひけていきました。次は後半に”のぞみ”全体での楽器を交えたお歌!小学生が木琴で、キンダーの生徒が色に塗り分けられたドレミ・・のベルを持っていました。ハンナは「シ」を担当!「喜びの歌(Joyful Joyful)」は「シ」から始まっていたので、ハンナがまず音を出すことでみんなの弾みができるという・・それもとっても上手に鳴らしていました。父親は横でデジカメ写真をいっぱい撮っているし、母親は前にまでいって写真を撮っているし、なんたる馬鹿な両親でしょう。でも本当にうれしくてつい目頭が熱くなってしまいました。他の学年の人たちのもそれぞれみどころはありました。アメリカの生徒は3年生とかでもすごくしぐさが大人びていて、自分をどう主張するかがはっきりとわかっているようです。ただ!団体行動が慣れている日本人は、きっとこういうコンサートとかになると、アメリカ人よりも立派にできるという意見で旦那と合意しました。”のぞみ”の小学校生徒が木琴をとてもがんばって練習していた「ドナウ川のワルツ」も、すばらしいピアノの先生との合奏で無事終了!(めちゃくちゃ長かったのですよ。これが)拍手喝采でした。春までお世話になっていた横浜の幼稚園の発表会はもっとみんなよく出来ていて、それはこどもたちの集中力の違いと、先生方の熱の入り方の違い、そして親の協力の元に成り立っているもので・・でも・・正直日本の幼稚園児の「発表会」は世界レベルでもきっと上のほうに位置づけられると思います。まあ、アメリカにはアメリカなりの良さもあるということでここは締めくくっておきます。プログラムを無事終了し、終わりのお祈りをして、21時まえに解散となりました。家に帰ったら、ハンナを抱きしめて!ほめてあげようと思っていたのに、帰りの車できょうのお弁当のおにぎりを残したというのを告白され、わたしは怒り狂い!「もう!めんどくさいのを我慢!して作っているのに、残すぐらいなら、明日からパン食!」とこどもにどなりちらしてしまい・・ハンナは大泣き。おかあさんは怒りすぎたことはわかっているけれど、本当にがんばって朝起きて作ってるんだから、しっかり食べてね。ハンナ。
2003.05.29
コメント(2)
このところ、シアトルも暑い日々が続いています。住人はみな"Beautiful Day!"だと、毎日いっています。最近季節の名物である「わたぼこり」が雪のように降ってきます。雪とちがうのは溶けないし、けっこう鼻がこそばゆいこと。うわさではコットンなんとか?っていう木の種らしいです。みんな種の保存のために風の力を借りたり、いろいろがんばっているわけです。シアトルは緯度が高いので(オーロラをみるにはいたりませんが)夏は白夜とはいわずとも、夜更けが・・なかなかきません。21時あたりでもまだ日本の真夏の7時50分ぐらいの感あり(東京と大阪では実際かなりちがうんですが・・・)ということで、日の出もかなり早く遮光カーテンなしには寝室は語れないかもしれません。ハンナは大のアイスクリーム好きですが、このホテルから車で5分ほど走った、この田舎街のダウンタウンにいつもお世話になっている銀行や、いろんな商店があります。そこに31バスキンロビンズもあります。以前住んでいた横浜の近所にもあったので、そこに行くと懐かしい?感じがします。ハンナはオレンジが大好きでそれ以外食べているのをみたことがありません。わたしはどっちかというとねちょねちょしたプラリネ・クリームとかいう・・もうナッツとかキャラメルがいっぱい入った甘~いのが好きです。とにかく、きょうも暑さにつられてそれを食べてきました。この分だと夏までに確実に3,4kg太りそうです。きょうはまた幼稚園のアルバムつくりのボランティアで一日中園でした。わたしの場合その合間の時間、いろんな雑談をしながら情報をいただいています。今日の課題は・・・こちらで行われている「日本語補修講」にハンナを通わせるかどうかということ。もちろんただではないし、土曜日を半日犠牲にするというのがあるのですが・・・どうも日系のひとたちはいかせている人が多いらしく。他人がどうこうというのでもないけれど・・なんだかハンナに日本語に接する機会をもっと与えてやりたいなと悩んでいます。英語も大事なんだけど。今日の笑い:車にハンナを乗せて、そのまま前方座席に運転しようと座ったら、ハンドルのない席でした。(3日に1度はやっています)(爆)
2003.05.28
コメント(1)
我が家の人口構成は普通の日本人家庭とはかなり異なり複雑なものとなっている。まずわたしは関西生まれの関西育ちながら自分では関東弁とのバイリンガルだと思っているが、標準語をしゃべっていても全くの関西人(ひとりでぼけて、つっこんでいます:すでにこちらでも指摘されています)旦那のほうはこれはまた複雑で広東人を父にもち、客家人ペラナカンを母にもち、とにかく、彼のなかには大半中国系の血と少々のマレー人のブレンドがあるものと思われます。ですから、ハンナはかなり関西人と中国系の血が濃いなかに、マレーの血がちょっとだけあると思われます。(見た目は全くの日本人なのに・・・)普通の華僑のおうちでは母方の人種によって(シンガポールではそのメードの出身地によるか・・・)ごはんの内容が変わります。旦那の実家の場合、おかあさんは広東系の料理とペラナカン料理をつくります。日本ではペラナカン料理を作るレストランというのは・・もうマレー料理やインドネシア料理というのに隠れてしまっていて、なかなか見分けさえできないのが現状です。わたしは料理はきらいではないけれど、義母のようにはとても幅広い料理はできず・・でも直伝でちょっとしたスープはいろいろと作れます。広東人の夕食にはスープはかかせないものなのです。そこで!役立つのが骨。鶏がらや豚がらが主です。骨のちかくは安く、味が良いので、調理には時間はかかるけど、とても美味しいスープが出せます。スープを出したあとの肉はあまり味がないかもしれないけれどもハンナはこれらの骨が大好きで・・豚は骨をしゃぶっていますし、鶏も軟膏はコリコリと音をたてて食べます。わたしも長年中国的食生活なので、すっかり皿とコップ以外は食べるようになりました。うちの家族がケンタッキーで食べている姿など・・怖いかもしれません。家族で骨の部分を奪い合ってるのですから。
2003.05.27
コメント(4)
きょうは3連休の最終日、車探しの後で、またシアトルにいってきました。目的はチャイナ・タウンならぬ「インターナショナル・ディストリクト」に行くことでした。以前、パイクプレースマーケットにいったときの話のなかで、チャイナタウンは死んでいると書いたことをどうしても訂正したくて・・インターナショナル・ディストリクトはしっかり根付いていたし、生きていました。歴史もいっぱいあるようです。たぶん前回は夕方であったのと、真冬の寒さでその雰囲気が最低なものだったからそう感じたのでしょう。5ブロックほどの間に、主にいろいろな中華料理店、ベトナム料理店が混在していて、あまり中国料理でもどこの地方というのはなく・・オールマイティーなメニューを提供してくれているようです。ZAGAT SURVEYというレストラン推薦団体というのがあって・・そこから推奨されている場所はまず安全らしく、店先のポスターや新聞の切り抜きをみながら、昼食の場所を選びました。King Streetという通りにある、Kau Kauというチャーシューの有名なお店にはいり、ベジタブル焼きそばとチャーシューライスをオーダーしました。(量的には大人3人で分けても多いくらいです)久しぶりに美味しい麺を食べられてうれしく、堪能しました。味付けは醤油っぽい塩味であっさり。トータルで13ドルでした。マックにいって家族で昼食を食べてもそれぐらいになるので、とても特した気分になり、また来ようね!と店を後に。通りの前に中国お菓子を売っているところがあったので、そこで大好きな「蓮(はす)あん入り月餅」を購入。帰ってきて食べたけれど、美味しかったです。さらに次回の為に(わたしはこんどこそはベトナム・ふぉーを食べたく!)残りの通りをいろいろと下見し、地域を後にしました。とにかく歩いている人はかなり東洋人で白人は観光客か、そこが好きで通っている常連さんたちらしき人が多かったでしょうか。わたしのリクエストとしては、もうちょっとインド系の料理店とか・・そこにあってほしかったんですが・・・。その後、ニードルタワーのほうに向かって数キロ走っている、シアトルのモノレールに家族で乗りました。ニードルタワーは20年近くまえにいったのですが・・すっかりその頃とは変わっていました。遊園地が下にあるのですが、かなり近代的?になっていました。旦那はハンナに振り回され、乗り物三昧で頭痛がするとうなっていました。(人間歳をとるとああいう乗り物だめなようです)とにかく、楽しい一日を過ごし、楽しい連休が終わりました。きょうはめだった交通違反をしなかったので、よかった。あ・・・すごい事件をわすれていた。モノレールの間、車をとあるビルの地下5階のパーキングにとめていた。さあ!支払いを終えてエレベーターに乗ろうとした瞬間!なんかのまちがいでアラームがビル中に響きわたり。その後数十分の間ビルの電気系統が麻痺・・旦那は地下5階まで歩いて(階段はないので、車道をぐるぐる)車をゲットしてわたしたちが待つB1に・・ご苦労さまでした。でも・・あのビル、大震災があったら、みんな逃げられない。家族であそこには今後いかないようにと誓いました。
2003.05.26
コメント(1)
連休2日目は近辺の地域で車を見たり、買物したりしてすごしました。夕飯は昨夜外食したときの残りを持ち帰りで簡単に済ませました。先日アルバム作りの日にクラスのママが連れていってくれたチャイニーズです。昨夜は遠出で疲れていたこともあり、メニューをみて、なつかしい中国粥を頼みました。粥にもいろいろありますが、日本のお粥に煮ているのは潮州風で、今回食べたのはよく中華街とかであるお粥です。ただ~~一杯の量がたぶん日本の2倍半はあり(店のひともいってくれ~~)それを3つ、野菜、チキンを頼んでしまったわたしたちには・・・もう持って帰るしかなく・・・でも次の日の夜にあっためても、とても美味しかったチキンはきっと昨夜食べていたらすごく美味しかったにちがいなく・・・カフェ・オリにはまた夕飯時に行こうと家族で決意!いままでいくつかの中国料理店にいっていますが、一度も持ち帰りなくもどったことはなくて・・・ただ2回分の夕食だと思うと、30ドルになろうが、50ドルになろうが週末なら許せる気もしたり・・もちろん来ている他のお客様も持って帰っているし、どうやら「チャイニーズ=お持ち帰りつき」というのがこちらの常識らしいです。ちなみにカフェ・オリの客層は、中国人系が90%ぐらい占めていましたが、中国系でもたぶん、香港系、台湾系、大陸系、インドネシア系などさまざまな人たちでした。シンガポール人はきっと旦那だけだったと思いますが・・なんとなく日本人もわたし以外にちょっとだけいたような気もします。
2003.05.25
コメント(0)
車を捜し求める日々が続きますが、わたし自身は人にぶつけられても安全確保ができ、屋根があって、前後にちゃんと動いたら車はそれでいいと思っています。して・・すべては旦那に任せています。旦那は毎日ネットや新聞で自分の好みの中古を探しては週末その住所を訪ねていったり、個人宅にアポをとり、車を見にいきます。その作業が一段落したら、ファミリータイムに突入です。もともとうちの家族はあまり子供中心に、ハンナを楽しませよう!という考えがないので(ごめんなさいハンナ)ついつい日本にいても秋葉原や日本橋(これは旦那)、バーニーズニューヨーク、高島屋(これはわたし)なんぞに子供を連れていってしまいます。遊園地とか公園は年間数えるほどしか立ち寄りません。アメリカがあたらしい土地であることと、いつもおなじ地域で動いているので、3連休だからちょっと遠出しようという話になりました。前の夜旦那が起きて、行き先を探すはずでしたが、なぜか車検索だけで終わったようで、わたしは当日の朝新聞をみて捜していました。" Have you been to Ellen’s Lately? "(最近エレンにいった?)「この街はあなたをわくわくさせてくれます。ショッピング、レストランでの食事、もしかしたら大学でのパフォーマンスに出くわすかも・・そのあとは近くのホテルでくつろいで・・・」と新聞には書いてあったので、行ってみることにした。地図をみて遠いのはわかったけれど、どうやら往復で350kmはあったようです。詳しくは、英語ですがURL:www.visitellen.com を・・・I90というフリーウエーをひたすら東に走っていきます。針葉樹林が廻りに広がり、湖がたくさん目に付きます。連休ということもありキャンピングカーがいっぱいありました。途中にはスキー場もありました。冬には家族でソリでも楽しめるようなちっぽけなところでしたが、ハンナは楽しみそうにしていました。序じょに山がちな地形から、平野がひろがっていき、目の前に大草原が現れました。実際生活するにはとっても不便なところでしょうけれども、空気がおいしそうで、運転して通っているだけでも気分がとても晴れました。新聞の切り取りに載っていたビルを見つけ!フリーウエーの出口を見つけました。すごい田舎なんだけど、走っていくとなんか歴史を感じさせるような建物が現れました。Central Washington Universityの街として今はあるようですが、1889年に大火災で街中が焼失したことで有名な町らしいのです。それ以降火災に強いブロックの建物の建築ラッシュとなり、その建物たちはいまだに町のメインストリートにあります。壁には1900年代誰が建築したかわかるようなネーミングもされているビルがたくさんありました。街の中心部には電車の線路があったので、きっと開拓時代から鉄道に支えられて繁栄してきた街なのだと確信しました。今、いるところは、比較的新興住宅街なので、あまり歴史なんかを感じることはありません。それで!ショッピングは?レストランは??期待ほどではありませんでしたが、メインストリートには何件かのアンティークショップがあり、見て歩くだけでも結構楽しかったです。ランチはローカルらしき、BBQレストランへ・・おなかがすいていたので、美味しくいただきました。帰路、往路でみつけていたフリーウエー沿いの果物屋さん兼アンティークショップに立ち寄りました。いまチェリーの季節で、パイクプレースで見たものよりもまた一段と大きく新鮮なチェリーをいっぱい買い込みました。オーガニックのパスタとかソース類もいっぱいあったのですが、その日はそういう気分ではなく、購入せず・・・もう一度行くかどうかはわかりませんが、アメリカの本当の姿をちょこっとでもみることができてよかったです。(でも50州あるから、地方によって違うでしょう・・・)
2003.05.24
コメント(0)
きょうはハンナを学校に送ったその足で3時まで学校でボランティア作業となりました。アメリカの学校(特に私立ですが・・)では親の協力というものが必須で(日本ももちろんそうですが・・・)入学願書提出する際、具体的に何時間ボランティアをして、しかもどの項目を手伝えるかを伝えないといけないという決まりがあります。今年はもう6月中旬までの学校なので、わたしもあまりお手伝いできることがなく、アルバムを作成するというので参加させてもらうことになりました。こちらではたぶん高校までは、「YEAR BOOK」といって毎年全学年の子の顔写真や、学校でのクラブ活動、授業の様子なんかが掲載された記念写真集みたいなものがあって、どの学年の人も希望があれば購入できます。きょうお手伝いしたのも、いわゆるこのイヤーブックです。ただ・・すごいのは印刷業者に任せるのではなくて・・おかあさん、おとうさん方から持ち寄ってもらった写真を自分たちですべて更正して完成させていくのです。もちろん、いろんな文章や・・挿入用のアニメや、その行事にあったカラーリング、ふちどり等・・本当に細かい作業をみんなでやっていきます。昨年のものを見せてもらいました。実際みんなが購入するのは、できたものをカラーコピー業者にだして、製本したもので、オリジナルは先生にプレゼントされるそうなのです。なんか、しみじみとした手づくりの雰囲気があって、暖かささえ感じますね。1年前のものとあって、はんなのクラスメートたちがみなまだ幼くて、成長を感じました。まず、1年間であった行事を写真で分けて、ページを決めて、どんな言葉を合わせようか作業し、次はそれを実際にレイアウトしていきました。写真等をカッティングする為のすごい!ツールを持った方がいらっしゃって、専用カッターと専用台紙をつかって、みるみる写真が楕円形になったり、円形になったりしていきました。2時前にはほぼすべてのページができあがり、あと1,2日の作業で仕上がるまでになりました。あとは、今週あるスプリングコンサートと、来月の卒園式がイベントとしては残っています。2時から3時のお迎えまで時間が余ったので、近所にあるオリエンタルなカフェ(といってもちょっと食堂っぽいが・・・)にお茶をしにいきました。ママさんたちとの初デートでしょうか?めずらしく、カキ氷があり、日本で話題になってる台湾バブルティー等もありました。ココナツタピオカドリンクを飲んだのですが、とっても美味しかったです。周りの人はランチライムだったので、美味しそうな麺類なんかを召し上がっていました。(ヨダレが・・)美味しさを確信したので家族を連れてこうようと・・店の名詞をバックにしまいました。
2003.05.23
コメント(1)
こんばんは!掲示板にたくさんのメッセージがあって、びっくりしています。ありがとうございます。きょうは購入前「家の検査」の日でした。早朝にハンナを学校に届けて?からダッシュで行きました。最近わかったことですが、アメリカ人も時間に関する観念がシンガポール人に似てるようで、なかなか時間通りに来る人はないようです。15分や20分は平気みたいです。家の調査に来た、調査員のRandyは、ゴーストバスターズみたいに、そりゃすごい器具をもって、アタッシュケースを開けて、コンピューターとプリンターをセットアップしては、てきぱきと各部分の検査をやってのけていきました。PCのセッティングやブリーフケースの中のファイリングがとってもきれいにすべて90度の位置に納まっており、この人は絶対A型だと確信したわけです。かかった時間3時間半。あ~ぢかれました。内容はそれはそれは面白かったので、週末にゆっくりとアップしたいなと思っています。特にすごい!と思ったのは、ガス漏れ探知機。笑えた。とにかく、マイナーな修理はあるものの、なんとか無事済みました。すこしずつ前進していることがなによりもうれしいです。今日の交通違反:車屋に入ろうとして、ついつい左側をキープして走ってしまったこと・・・反対車線の人は笑っていた。しゃれになりません。以後気をつけます。
2003.05.22
コメント(3)
ハンナの学校は純アメリカンのクリスチャンスクールだけれど、なぜか日本語部門が設置されている。なぜあるかはいつも疑問には思っているけれど、まだ先生がたに聞いてみたこともない。1月に旦那の転勤が急に決まってこちらに10日ほど下見に来た。せっかくアメリカに来るのだからハンナは現地校に入れて、英語をネイティブ並みにしてもらおうと意気込んでいた。しかしよく考えると6歳を目前にした我が子は実は日本語さえまだ半人前なんである。このままだと英語はできても将来日本語で読み書きのできないオンナに育ってしまう。恐怖感でぞ~っとした。下見の間、家をいろいろ見たり、生活圏を確認したり、子供のことが一番最後になってしまった。日本人学校はもとから考えていなかったし、シアトルにないことはわかっていた。毎晩ホテルにもどってはネット検索した。ある夜!「これや~」というのをみつけることができた。なになに・・・「・・・日本語と英語で両方教育を行っているクリスチャン系の学校、幼稚園から高校まで・・・○○地域にあり・・・・」ほっとすると共に運命みたいなものを感じていた。帰国の前日その学校に下見にいってみた。学校は街中にはあるが騒音や空気の汚れをあまり感じさせない。高台にあるから重たい排気ガスは下に落ちていくのだろう。(勝手な想像)教会に併設されていて、清潔感にあふれた明るい建物。早速、事務局にいってみた。気持ちよく迎えてくれた学校の秘書のかたが、ぜひぜひいらしてくださいといってくださった。日本人の先生がたにもご挨拶し、連絡先を交換させていただき、そのとき願書をもらって帰国した。4月上旬には渡米してきます。とお伝えしてあったので、4月にはいって先生からご心配のメールをいただいた。就労ビザがいろいろありなかなか下りないことを説明した。学校でも先生は「来るはずだったハンナちゃんなかなか来れないね!」とみんなにお話ししてくださっていたそうである。5月にはいって、ようやくアメリカに到着し(ほんとにこれはすごい道のりでした。また後日ゆっくり話します)金曜日に来たというのに、土曜日には幼稚園に面接に出向き、3日目の月曜日には幼稚園に再度通いだすことに。ハンナ大喜び!ハンナのクラスは学校では「のぞみスクール」といって一般の子たちと違うところにふたつの教室を構えて開設されている。牧師先生のご夫婦が、英語の先生であり、日本語の先生である。クラスは縦割りにされていて、ひとつの教室では幼稚園児全体が、ざっくばらんに座っていて、ひろびろと遊びながらお勉強しているというスタイル。他方の教室では小学生がちゃんと机をひとつづつ並べて結構かしこまって授業を受けている。クラスにはさまざまな生徒がいて幼稚園の頃から人種の差や文化の差を特に気にとめず、成長していけることがとてもうれしくおもう。わたしにとってはそこにお迎えに来られる日本人ママたちの存在が大きくて、行き帰りの短い時間で無理やりお引止めしていろんな情報を教えてもらっている。結構パパさんたちもお送り、お迎えに来ているので、そのあたり日本とはやっぱり違う!と関心している。毎日8時半から3時まで学校にいるので、かなり疲れているようで、帰りの車で昼寝し、ひどいときはホテルにもどっても5,6時まで寝ているときがある。とにかく、ここでもいい学校と先生方、父兄に出会えて嬉しいです。きっとどこにいても神様がいつも見てくださっていて、必要なときに必要なものは与えてくださるのでしょう。英語の授業とハンナの取り組みについてはまた後日。
2003.05.21
コメント(3)
そろそろ日記を書くのもちょっと慣れてきたので、公開したい人たちにメールを送ってみた。ネット歴8年になり、ユーザーとしては慣れているはずなのに(ちなみにPCのことを熟知しているのではなく、単なる一ユーザーです)なんと!!!!紹介しつつURLの記載を忘れてしまったのである。日本では真夜中に送付したので携帯などで受信された方がたにはすごい迷惑をかけてしまって。ここで深くお詫び申し上げます。一日経ってメールをあけてみるとみなさんからやさしくも・・「みたいけどどうやっていいか・・・」とお言葉が・・・すいません!わたしがうっかりいつもの調子で大切なことを忘れてしまっていたのです。実はいま家ではないので、ちゃんとしたプロバイダ(ケーブル推奨しています)に加入しておらず、MSN、AOL、アースリンクそういったものをつかって電話回線でまるで・・・数年前みたいな遅い流れのなかでの作業なのです。そして!メーラーはHotmailを利用しており・・・大量のあて先にBCCメールを送ったあと・・訂正メールを送ろうとしたら「24時間以内に利用できる容量をオーバーしました!」と受け付けてもらえず・・昨夜はひとりでもんもんとしていたわけです。前置きが非常に長いですが、わたくしO型で周りのひとから調いいかげん=ファジーといわれており、まったくのおっちょこちょいです。でも自分では自分を言葉で形容した場合「漠然」としたオンナというのがぴったりだと思っています。・・・いわなくても知ってる人は今頃おなかを抱えて納得しているはず・・・・では今日も失礼いたします。
2003.05.20
コメント(1)
家を探しているという話はもうしましたが、日記の中に「家にもどって・・・」のくだりを読まれ、一体この家族どこに住んでいるのやら?という疑問にお答えしましょう。いま、ホテルに住んでいます。決してみなとみらいにあるような高層の美しいものを想像しないでください。こちらでは長期滞在者用のホテル(というよりインという)がたくさんあるのですが、わたしたちもそういうところに住んでいます。部屋には日本のアパートよりは立派はキッチンもありますし、リビングとベットルームは別れています。電化製品は、冷蔵庫、食器洗浄器、コーヒーメーカー、アイロン、テレビ、ドライヤーがついていて非常に便利だし。部屋で料理ができるように、鍋や包丁、まないた、フォーク、スプーン、グラス類、ランチョンマットにいたるまで完備されています。こう書くとすばらしいように聞こえますが、実際は日本でもよくあるその辺りのビジネスホテルのお部屋が大きくなったと考えてください。(住みだしてから、トイレのドアが開かなかったり、洗面の栓を修理してもらったりいろいろあります)宿泊代に朝食と軽い夕食が含まれている為に、あまり部屋で料理をすることはないのです。(これはほとんどぐーたら主婦の言い訳)朝食はいわゆる食べ放題というかビュッフェ形式。トースト、マフィン、ベーグル、フレンチトースト、ワッフル、いろんなシリアル、そして果物、ヨーグルト、ジュース、スクランブルエッグ、オートミール、コーヒーなどなどしかし・・・トースト、イングリッシュマフィンはどうも、いただけない味(ちょっと古いと思うのですが・・・)なので、自分でその場で焼くワッフルやおいしいマフィンをよくいただきます。ハンナは最近シリアルにバナナの薄切りを入れることを覚え毎朝うれしそうにそれをほおばっています。ここで・・昼食のことを。こどもの学校では給食がないので、弁当を作って持参です。ただ・・5分の休憩なのでいつも簡単なものをと思ってはいるけど。ハンナ・・大のご飯好きで。昼にパン食なんて!もってのほからしく。サンドイッチの案はすぐさま却下されてしまった。して、一日目からおにぎりのお弁当を作るはめに。最初は某タッパウエアで買った無水鍋で米を炊いていたのですが、なかなかうまくいかず。丁度タイミングよく学校の先生から炊飯器をお借りすることができ。現在ではタイマーを使って朝1合の米をたいています。おかずは朝食時にスクランブルエッグをすこし頂戴してきて、それにゆでたブロッコリー、トマトを入れます。なぜか・・この2週間ずっとおんなじメニュー。ハンナに「おかあさん飽きたからなんかにして!」といわれる日をいまから恐れている次第です。夕食は5時から7時まで出してもらえるので・・・部屋の食器を持参すれば持ち帰りも可能です。ただし・・キャンベルスープをフルに活用したメニューなので缶詰臭いのが苦手な人だとちとつらいかも。わたしはちなみにさらとコップ以外はなんでも食する人なので全く苦痛ではありません。旦那も同様です。ハンナが時々なにも食べられず、部屋にもどってうどんなどをゆでる羽目に・・・母は夜がきたらさっさと寝たいのですけれど。週末は朝食が8時から10時なんだけど、どうもわざわざ着替えて出て行くのがおっくうで、前日に何かを買っておいて部屋で食べることも多く・・また夕食は金曜日から日曜日はお休みなので、外食になることが多く。して・・いろんな美味しそうなところを聞いて、見ては家族で出かけています。うちは外食のプロなんですが、日本にいたときよりも同じ質のものを食べて少しお安いような気がしています。ただチャイニーズなんて量がすごく多いので、必ず持ち帰り、次の日の夕食になります。こちらのチャイニーズも奥が深いのでまたその話は後日。
2003.05.19
コメント(1)
日本の同時期の気候に比べて、シアトル近辺は少し寒いような気がするが、それでもこのところ昼間天気がよく、車の中では半そでで丁度よいくらいになった。(外はまだまだジャケット必着)2度目の日曜日が来て、近場の代わり映えしないショッピング・モールにもちょっと飽きてきたので、旦那におねだりしてシアトルまで車を走らせた。このあたりはたくさんの湖、森林があって、緑豊かでどこを通っていても美しい。シアトルのダウンタウンはビルだらけであまり木がないが、それは東京や名古屋、大阪どこの都会でも同じ風景である。イチロウやササキ、ハセガワが大活躍しているマリナーズのスタジアムはシアトルでも海側にあり(といってもまだまだ内海)きっと追い風の時はホームランもよく飛ぶだろうなと思う。スタジアムはチャイナタウンのはずれにある。どこかのシアトルガイドで試合が終わったらさっさと帰りましょう!と書かれていたけれど、夕刻にそこを通ったらちょっと悪寒がした。(わたしのこういう第6感はよくあたる)チャイナタウンといっても、横浜や神戸やサンフランシスコのあれを思ってはいけない。結構荒廃してしまっている。とにかく、そのスタジアムのもう少し北側に由緒ある「パイクプレースマーケット」がある。詳しくは英語だけれど、ここをみてくれればそのよさがわかる。http://www.pikeplacemarket.org/ 日曜日ということもあり辺りで駐車するのは至難の業だった。ただ公共?というちょっと高めのパーキングは余裕があった。マーケットにはいっていくと、たくさんのアーチストが思い思いのものを持って売っている。それが帽子だったり、ショールだったり、絵画だったり、写真だったり、あと目をひいたのは美しい花束だった。それもたった1500円ぐらいでいっぱい!!その季節のお花が趣味良くまとめられており、家にもどって花瓶に入れたらもう世界は栗原はるみかマーサスチュワートになってしまいそう。人を掻き分けながら、店店を見る。食べ物も豊富に出ていた。魚屋さんが多かったけれど、あのおじちゃんたちどこの国にいってもあの「だみ声」なんですね。英語でいってるはずなのに、日本語で「安いよ~安いよ~・・」と聞こえてきた。魚あれば野菜ありで、たくさんオーガニック系の八百屋もあった。(写真をとっているので後日公開させてください。)味はともかく、うつくしくきれいに並んでいる様子は写真の状態となって記憶にしっかり。ここはまた「スターバックス」の第1号店があることでも有名なところで・・ええ・・普段みなさんがみているロゴとは違うのです。知ってましたか?あのおねえちゃんの体が下どうなってるか?よくみるとわかるけれど・・・実は人魚だったんですね。だから海の側なんですね。(1971年にできたらしいです)お店の中ではそこでしか買うことのできないマグが販売されていました。(限定品に弱いわたしですが、引越前にスタバマグを横浜・東京・大阪・神戸と収集したので、しばしの辛抱)観光客がいっぱい集まっていて、店に活気があって、天気がよくてとても楽しい日曜日になりました。ところで、果物好きの我が家はそこで購入したチェリー(ダークとライト)を歩きながら1LB(約450G)をたいらげ、帰りにまた同量持ち帰りました。それぐらい美味しかった!!(アメリカの果物で美味しいと思ったのははじめてかも)あの香りと味ネットで届けられたらいいんですけど。こういう気持ちいい天気は9月ぐらいまでずっと続くそう。楽しみです。夏が。ただしその後はシアトル特有の霧雨の日々が次の春まで待っているそうです。家にもどったら丁度「スリープレスインシアトル」がテレビで放映されていました。トム・ハンクス(まだまだ若いです)がパイクプレースマーケットのなかで魚や貝を食べるシーンがあって、今度はそこに行こう!と話ました。(12,3年まえだからもうないかも)
2003.05.18
コメント(0)
先々週からこどもがお世話になっている、こちらの学校では幼稚園年長だというのに、結構お勉強がすすんでいる。日本での幼稚園はとてものんびりしたものだったので、こどもは宿題に四苦八苦している。学校の一日はこんな具合(想像です)朝8時半 お祈りと誓いの時間(しっかりアメリカ国旗に誓います)9時前 授業が始まり、ウォームアップにお絵かきなどをする。10時 人数がそろったところで、ちょっとお勉強11時 おやつの時間12時 お弁当(5分ぐらい)13時 英語の授業開始14時 おやつの時間15時 お迎え最初はお弁当をいっぱい残して帰ってくるのでなんでかと不思議でたまらなかった。しかしこどもによく聞いたら、とにかく時間がないそうなのである。おやつを2回とるまえに、どうして昼ゆっくりと食べさせてやらないんだろう。とにかく、遊びながら勉強をかなりしているようである。毎日、必ず宿題のプリントが渡される。この週末は算数、色塗り、ひらがなとあった。算数は知らない間に足して2桁になってしまう域まできていた。9+5=こういったものがいっぱい。わたしたち子供のときどういう風に習ったでしょう?わたしは10という数字を基準に考えたほうがいいと思ったので9に5からひとつ借りてきて、10にして残りの4を足したら?とこどもにいった。ハンナ「??????」全く判ってない。そこで旦那が、9を基準にそこから5つ足していけばいいんだ!と・・9、10、11、12、13、14!ハンナ「????????????」学校でどういう風に教えてもらったか聞いてみたら、みんなプリントをもらっておのおの勝手にやっているという。計算方法が両親で違うし、わけがわからないので、週明けに先生に直接伺ってみることにした。しかし・・みなさんはどうやってお子達に教えていますか?どうか教えてください。
2003.05.17
コメント(2)
現在うちでは家屋の購入を考慮中で、それはそれはいつもこのあたりがいいと思った地域で車をあっちこっちに走らせ「売り家」という看板を探している。実はこちらにきて2日目か3日目で見た家が一番気に入って、購入手続きにただいま大忙し。みんなきっとどっかで聞いたとは思うけど、アメリカはクレジットが第一の国。借金があって銀行の信用がある!みたいなところがあり(もちろんちゃんと期日に定額を返済していてのことですが)日本の金融システムとは全くちがうようです。とにかく・・家屋購入には融資が必要で、3週間前に来た、銀行取引信用のない夫婦には誰もお金を貸してくれそうにもなく、ちょっとげんなりしていたところに、旦那の会社のおなじくスペインから家族を連れて引っ越して来た「えらいさん」がいい銀行を紹介してくれることになった。学校を終えた娘を迎え、その足で家族で銀行に走った。とってもひろびろとしたその行員のオフィスには「ベスト融資行員」なる賞状やメダルがいっぱい。なんだかいい話になりそうな予感をもちつつ話が進行。・・・・しばらくすると・・・・・・・行員Bobが「いま!世界一リッチな男が通った!!、しかも勝手に行員用のトイレに入った!」わたしの頭のなかには・・・プリティーウーマンにでてくるめちゃめちゃかっこいいスーツを着こなしたちょっとロマンスグレーのギア様の姿が浮かび・・ひとりであれこれと妄想を・・・・・・とにかく・・・・・Bobとの話は無事につきそうで・・・書類がどんどんプリントアウトされていく。頭金を最小限に抑えてなんとか月々の支払いをやりくりできる額になりそうだった。そこに!リッチ野郎が後姿を現した。でも・・げんなり・・・きたないゴルフ帰りみたいな、よれよれのポロシャツにきたない白いパンツ、汚い靴下。靴・・・頭のなかのギア様の像はもろくも崩れ去っていった。しかも・・・頭が後ろ剥げていた!!でもね・・・その男性はなんと!!マイクロソフトのCEOスティーブ・バルマーだった。・・・ってことでうちは無事融資をいただけそうで・・なんとか家に移動することが可能そうです。きっと・・この幸運このおっちゃんが持ってきてくれたのでしょう。(バルマー様、その後ちゃんとウェブ上であなた様のスーツ姿を確認しました。いや・・ギア様もびっくりするようなかっこいいスーツ姿でありました。ハゲ頭!なんて呼んでごめんなさい。)
2003.05.16
コメント(0)
なんだかこちらに来て長い時間が経ったかのようなのだけど、まだ2週間も経ってないのです!!左ハンドルの車を本格的に運転したことがないので、かなり躊躇しつつ、先週からひとりで道に出てます。というより毎朝ハンナを学校に送るという任務があるので、仕方がないのだ。こう書いてしまうと、車の運転が怖い?きらい?なんて思われるかもしれないけど、実はとってもドライブ好きだったりする。50kmオーバーで免停をくらうまでは、大のスピード狂だったし、高速道路を運転するのも大好きで、大阪の環状線なんてめちゃくちゃ好きだったりする(注:元ヤンキーではない)毎朝、フリーウエーに乗って20分ほどかけ通学してます。朝はシアトルに向かう通勤ラッシュで結構道は混んでいてずっと向こうのほうまで車の赤いランプの列が続く。ちかくのフリーウエーは3車線ぐらいあり、中央線に近いレーンはダイヤモンドレーンといわれていて、混雑時も車に2人以上乗っていれば、優先的に走れるレーンがあります。(それに乗らなきゃ40分はかかってしまいそうで・・・)前に住んでいたところでは、道をゆずってほしいとウインカーを出したら必ず前に詰め寄って入れてくれないドライバーがいたような。(うわさによると、それは関東ナンバーをつけた関西人らしいけど 注:わたしもめちゃめちゃ関西人です)こちらは比較的にやさしい?方が多いようです。運転してても東西南北がよくわからないので・・住所からその場所に行くにはとっても苦労しています。旦那がカーナビつけよう!っていうのですが、いまいちアメリカンプロダクトにはいい予感がなくて・・・・・っまレンタカーだから先の話なんだけど。とにかく!アメリカの住所は日本のように土地そのものに名前があるんでなく、「どの道に面した何番の家」って風だから・・混乱をきたすといつになっても探しものはみつからない状態に・・・しかし雨・霧が多いせいか昼間からライトをつけている車も多いです。では今日はこの辺で・・・
2003.05.15
コメント(0)
全17件 (17件中 1-17件目)
1


