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最近朝8時をすぎて起きてしまうことが多くて、朝どうしようかとハンナに聞くと必ず行き先がマックになっていまうのです。ところで・・アメリカのマックの朝食にはキッズ・ミールの設定がなくて・・おもちゃを買いたかったら1ドル少しだして、別買いすることになります。最近、マックが考案した「マックグリドル」なる新しい朝食メニューがあるのです。少し前に新しいもの好きのわたしはトライしてみました。ハムやスクランブルエッグをはさんでいるのは、パンにもみえるけど、なんか茶色い斑点があるものなのです。食感はパンケーキです。んん????甘い!皿にある甘いパンケーキと別皿にあるソーセージを同じ朝食テーブルで食べることはできるけど、甘い・辛いが同時に口に入ってくることがなんだか許せず、以降これは絶対・・注文しないと誓いました。後日、同じように新しいものを試しているカップルが近くに座っていたのですが、どうやら不評のようで・・だれがその残りを食べるかで、ガールフレンドの買ったものを、美味しくなさそうに、食べているボーイフレンドがとっても不憫でした。こんな調子なので、このメニューはきっと日本には上陸しないと思います。いま滞在している街にもサーティーワンのちょっと先にマックがあります。ここはおおきな遊具があり、おきゃくさんも平日は少ないので、ハンナのお気に入りの場所です。彼女がマックを好きな理由はフレンチフライが好きなことはまあともかく、おもちゃと遊具なのです。先日、どこかに、NEMOのおもちゃがとってもヒットして売り切れが続出した話は書きましたが・・今はセガのミニゲームになっています。日本でも大ヒットした「ピポざる」のミニゲームもあったり・・わたしはちょっとゲームにうといので、説明がしにくいですが・・サッカーゲームなんかもあります。子供の両手にしっくりくるサイズでとっても人気なんです。ハンナはクリエやパームを使ってする簡単なゲームはこなしますが、これはちょっと難しい?ようです。わたしはもとからあまり興味がないので、説明書きを説明してあげようともしないので・・・それでもなぜかおもちゃは欲しいようです。マックのおもちゃ、うちには山ほどあり、いまも引越の荷物にたくさんはいっています。そしてハンナが2歳ぐらいのとき、シンガポールのおばあちゃん、おじいちゃんからもらったいろいろなビンテージものもあるのです。年代の流れをおもちゃで見ることができてなかなか楽しいものです。そのおもちゃたちはいまはもっぱら中国で生産されているようですが・・・世界のマックでタイミングよくおもちゃを出していることは確かで・・例えばNEMOのおもちゃも映画公開前に合わせて配り始めたり・・・経済効果がすごくあるな~なんていつも関心しています。朝の子供のアニメの時間帯に宣伝をしているのも本当にすごいと思います。それの為にその後マックにランチを食べに行く家族がどれほどいるでしょうか・・・日本ではバーガーが半額になったり、いろいろなかたちでそのときどきのキャンペーンをしているようですが・・・こちらでは1ドルメニューというのがあって・・・例えばダブルチーズバーガーは1ドルです。日本では信じられない値段です。でも同じお肉の量があるような「クウォーターパウンダー」(日本にも昔はありましたよね・・)は3ドル以上していたりして、注文するときも賢くしないと、ちょっとした損をすることに。最近、ファーストフードのチェーンがこちらで結構「訴えられる」ケースが多いそうなのですが・・・しばらく前に日本だったらぜんぜんありえない訴訟があったことを思い出しました。ある、おばあさんがマックのコーヒー(あつあつ)を買ってバスに乗り込んで、飲もうとしたところ、コーヒーがひざにこぼれて火傷をしたのです。訴えられたのは・・熱いコーヒーを売ったマックでした。でも・・この訴訟おばあさんが勝訴したのです。・・・わたしは全然納得がいかなかったのですが・・・こういうこともアメリカではまかり通ってしまうこともあるのだということで理解した次第です。
2003.06.30
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アメリカで家を買うなら主寝室にでっかい5角形の浴槽がついた家にしたいとずっと思っていたのですが、結局、主寝室にあるのはシャワーでした。血圧が普段からかなり低いので、温泉も普通の人のように楽しんでいたら、出たとたんに倒れてしまいます。露天風呂でも長時間の入浴は避けたいような調子なのです。だから日本にいても、ほとんど温泉を楽しむ為に外に出かけるってことができませんでした。アメリカは映画とかでもみるように、日本のように浴槽の外で桶を使って洗うことができません。今になってみたらそれがすごく懐かしかったりして・・・シアトルにも日本の業者はあるので、日本風のお風呂は改築で手に入れることはできますが・・家の構造上・・湿気の問題でどうしてもそうする気分にはなれません。家のなかに普通の浴槽のバスがあるので、ハンナの為にテーマを決めることにしました。彼女が選んだのは「あひる」です。買物に行くたびにあひるグッズをいろいろと集めています。シャワーカーテンもあひるにしたし、バスマットレスもあひるです。土日にでかけたところでちょっとずつ収集しています。いつか日記で写真を紹介できたらなと思います。ハンナは水が目に入るのがダイキライなので、こうして少しでもお風呂が楽しいものだと勘違い?!してくれればラッキーなことです。それで引越はいつになるかって??荷物はどうやらシアトル港には着いているようですが・・まだまだ先方から連絡がないところをみると税関で時間が必要なようです。どうか・・・7月中には落ち着いていられますように。
2003.06.29
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きょうは予定されていた3週連続のバースデーパーティー3回目でした。今回はYMCAでありました。日本のように、プールがあったり、カルチャーセンターのような役目をしている場所です。パーティーがあったのは、キッズジムといって、まあ、マックの遊具がすごく大きく長くなったものと想像ください。そこに立体マットとかマットがいっぱい敷き詰めています。普段も1時間いくらかで利用できるみたいです。子供たちはみんな、普段ハンナがお世話になっている幼稚園の子たちなので、久しぶりに会って、嬉しそうな様子。すごい汗をかきながら(クーラーが良く効いていたのに。)1時間ちかく遊んでいたでしょうか・・いつものように、ケーキカットでお菓子なんかをいただきながら、プレゼントオープンの時間がやってきました。きょうのお友達のテーマはシンデレラだったので、母はうっかりプレンセスのプレゼントを持っていったのですが、実はその子はバービーに今ハマっているらしく、ほぼバービーグッズが全体をしめていました。ハンナはその母の失態には気づいていなかったので、ほっとしました。3度もいろいろなパーティーを見せてもらって、来年はどうするものかといまからアイデア集めています。無事パーティーは終了し、5時まえだというのに、またまたひどい暑さです。それでハンナからプールの催促!ホテルにもどって入ることにしました。ところが・・土曜日ということもあり、プールはすごい混雑で、プール用タオルもすでに無くなっている状態!幸い、帰宅直後に同級生の中国系の家族から夕食をどうですか?っていってもらっていたので、早々に切り上げてまた街に出かけていきました。以前から、すばらしいマレーシア料理を出す店があるっていうのを話していたのです。その「マレー・サテー・ハット」に繰り出しました。7時30分ごろ到着したのですが、すでに店の前には十数人待っていました。お友達が幸い予約してくれていたので、8時までにはお店にはいって食べ始めることができました。中国料理はそれは美味しいものもこちらにはありますが、やはりアジア的スパイシーな料理にはかないません。これはベトナム料理にもなければ、タイ料理でも、インドネシア料理でもないような・・ユニークなものなんです。シンガポールやマレーシアで滞在したことがある人ならば・・その美味しさの虜になっているはずです。注文を任された旦那は水を得た魚のように・・いろいろと注文していました。わたしもメニューに懐かしい名前をいっぱい発見して、嬉しさでたまらなくなりました。注文した中で評判だったのは、"Fish Head Curry"だったでしょうか・・タイカレーやインドネシアカレーとは違う、すっぱさの漂うすっきりしたカレーなんです。ルーもさらさらしています。わたしはタイライスといっしょに食すのが好きでしょうか・・わたしの一番のお気に入りは「豆苗(とうみゃお)」のガーリックいためでした。これと白ご飯があったら、もう何もいらない!という美味しさです。(ちょっと醤油味で、ごはんが進みます)最後にハンナが頼んでちょっと残した「アイスカチャン」(マレー語でナッツ入りアイス:かき氷のなかに、あずきとかゼリーとかいろいろはいっています)をいただき終了となりました。ずっとやばいとは思っていますが、家族全体がちょっとずつ重量増加しているようです。自分の家になったら、普段の食べ物でうまくコントロールしないと、1年後には恐ろしいことになっているかも。
2003.06.28
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この1週間昼間は本当に暑く夜もいつものような寒さが来ないので今のうちにシアトルの夏を満喫するべくはんなをプールに連れていってみました。ホテルのプールは10Mほどで、深さは3Fから5F(フィート)です。端っこはハンナが立って首から上がでるぐらいです。わたしは水着にはなりたくなくて、プールサイドでひたすらおぼれないことを願いつつ、見ていました。実はハンナの水着には秘密があります。こちらのディスカウントスーパー「コスコ」で購入したものなんですが、水着にスポンジが内臓されているのです。前後で6パネル!水に入って静かに立てば体が浮くようになっています。彼女はいまでさえ、お風呂で髪の毛を洗うとき目に水が入るのをきらい、うなるほどなので・・・。これはとっても助かります。「犬掻き」しかしませんが、とりあえず本人は泳いでいる気分にはなれるようです。1時間少し、楽しんでから夕方久しぶりに旦那も元同僚の家族と会うことになっていて、新居で待ち合わせしました。新しい家を見てもらい、例のカフェ・オリ(中国料理)に8人で行きました。さすが8人で中華に行くといろいろと注文でき、普段食べられないものも少しずつ、みんなで楽しくいただきました。またホテルに戻り、その家族といっしょにプールにもどり、最後はサーティーワンで締めくくり、一日は終わりました。この暑さいつまで続いてくれるでしょうか・・・
2003.06.27
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ここ5年で5度の引越をしているので、1年に一度は引っ越している計算になります。毎年年賀状の住所が変わっているので、何人もの友人から「今年はこれでよかったかな?」と挨拶代わりに書かれていることも多く。決して変わるつもりもわたしたちにはないので、「あ~また!」と思いつつも、やっぱり次の年の年賀状を書く頃には違うところに引っ越しているわけです。そして「すいません、また引っ越しました。」とひとことつけます。そういえば、この4月は渡米がずれ込んでいつまで日本に残るかわからなかったので、横浜の家を明け渡し、実家にもどっていたのに、ハンナを再度幼稚園に入れてもらう手続きをとって、横浜のとあるホテルに住んでいたのです。子供を幼稚園に通わす以上住民票は横浜にないといけないと思い、区役所に行きました。「今、ホテルに住んでいるんですが・・・長くても2,3ヶ月ですが、これこれこういう事情で申し訳ないのですが、住所をホテルにしていただきたいのですが・・・。」区役所の係りの方は面食らった顔つきで・・上司に相談。ちょっと待っていやがらずに「では短期間ということで・・・」と受け付けてくれました。いまも・・戸籍謄本の付表をとれば・・このホテルの住所は出てきます。我が家の場合、すごいリストになってしまうのですけど(笑)。とにかく・・・その4月以来、なぜか住んでいるホテルにはインターネットがケーブルでは入っておらず、ず~っと電話回線なんです。もうさくさくとページは開かず、クリックしてはなにかをして・・また戻るという作業で・・いらいらの連続!朝4時が近づいているときに、日記の更新なんかしようものなら、楽天のメンテの時間になるので、怖くて怖くて・・・どうにか早くならないものかと毎日引越の日を楽しみにしているのです。この状態でネットオークションなんてしようものなら・・最後の何分とかにタイミングよく、人の品物をさらっていくなんて絶対できません。気がついたら回線が切れていたりもするんですから。ネットだけでなく、普段の生活もジプシー状態をやめたいと思っています。さて・・・シアトルには何年間いられるでしょう。(今度はいろんな意味でチャレンジだと思っています。)
2003.06.26
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最近、いいスーパーを学校の父兄から教えてもらって、嬉しくなっています。ハンナの好物のひとつにキムチっていうのがあるのですが・・わたしたちも韓国(ソウル)に3年前に行ってから、すっかり韓国料理にハマっています。とはいえ・・自分で作れるものはなんにもないんですが・・オモニと友達になって、家に伺って教えてもらえるようなそんな将来があったらなんて・・思っています。ああ・・石焼ビビンバやゴムのような韓国冷麺が食べたいです。今度住むことになるシアトル対岸の街は、最近のIT景気の乗って随分大きくなり、都会化し、家の値段がつりあがってしまった地域なんです。こっそりイチローもその街のどこかに住んで、ときどき奥様と愛犬、イチローの3人でジョッギングなんてしているらしいです・・うちの近所は豪邸があまりないので、きっともっと遠いところの山手のあたりだと考えているんですけど。とにかく、その地域はアジア人がすごい勢いで増えているところです。理由には公立学校のレベルが高いと評判なので、アジア人がたくさんいるっていうことなんですが・・・中国人系の人なんて、アメリカのレベルがあまり低いので、おかあさんが家で勉強を教えて子供3人をすべて15歳ぐらいで大学にいかせてしまったっていう家族も聞いたりします。とにかく・・(とにかくばかりで)アジア人が多いから、スーパーマーケットもいろいろあるわけです。そして値段は「成城石井」なんかと比べたら同じ食材でも随分安かったりします。まあ・・日本って食べ物が本当に高いですね。安いと感じるのは季節の野菜や果物ぐらいでしょうか・・・一番有名なのが、きっと「宇和島屋」といって、これは本店がシアトルのインターナショナルディストリクトにあり、「紀伊国屋書店」も合体しています。ここでは生の牡蠣も量り売りされています。シアトルの近辺の海はたぶん寒いので、年中牡蠣は生で食べられるような気がします。わたしの住むことになる街にもあり、その宇和島屋では日本のありとあらゆる食材が売られています。中国系、韓国系、ベトナム系、タイ系ももちろんあります。みなさんには「めんたいこ」だけはまずいからぜったい買わないようにと言われています。冷凍されているけど、おまんじゅうなんかみたらときどき衝動買いしそうになります。最近、知ったスーパーというのはそれではなくて・・ちょっと街のはずれ?にある韓国系スーパーで「Paldo World」といいます。そこにももちろん日本のうどんや・・たくわん、すごいところでは、わらびとか・・・あるのです。何が嬉しいって・・キムチが量り売りされていることです。大阪の鶴橋や、東京の新大久保をよく知っているので、それに比べたら全く大したことはないのですが、ちょっとした韓国の雰囲気にすごく感動したわけです。あのゴマあぶら塩味の韓国のりもいっぱい売っています。そして相変わらず美味しいです。一番感動したのは、豚肉も牛肉も薄切りで売られていることです。いつか豚しゃぶや牛鍋をしたいです。売り場にはオクステールやカルビ骨付きがあったのも確認したので、将来はテールスープや焼肉はカルビの骨付きをここで買おう!と思っています。はやく自分の台所にならないかしら・・・きょうは・・ホテルの夕食が「スープとロールパン」の日なので・・部屋でごはんを作っています。メニューは・・「ごはん」「きゅうりのあっさり漬け(ごまあぶらとしょうゆ味)」「菜っ葉のにんにく炒め」「ポークジンジャー」と「みそしる」でも・・・
2003.06.25
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きょうは先週から親同士が約束していた、お宅訪問の日でした。日本を離れてから約2ヶ月ぐらい、学校以外の場所で友達と遊ぶということがずっとなかったのです。もともと大人に付き合いがいいので、ハンナはぐちったりしないのですが、きょうは本当に嬉しそうな顔をして楽しんでいました。日本にいるおばあちゃんや友達に聞かれると、アメリカではいっぱい友達ができたよ!とにこにこ答えている彼女ですが、実は日本のお友達が本当に恋しくて、特に姉妹のようにしていたお子の名前は毎日のように出てきます。時々日本のほうがよかったをお父さんに連発して、悲しませる日さえあります。2歳ぐらいから引越が絶えないので、友達ができてはまた新しい土地に、なじんでいるように見えても、結構な負担がかかっていたのかもしれません。がんばっているというのが親にはひしひしと伝わってくるので、すごくいとおしくなる日も多々なのです。ちょっとぐらいのうそやわがままも見逃してあげないと・・なんて思う日もあります。昼ごはんを済ませて、お友達の家にいざ!あげたいお菓子やあそびたいものをカバンに詰めて出かけました。先方は日本人の家族で、ふたり姉妹です。日本だと上のお子はハンナと同じ学年になるはずだったのですが、こちらは8月31日が学年の分かれ目なので、9月からはちがう教室になってしまうお友達なのです。女の子のお宅ということもあり、ハンナ自身とても安心しつつ、いっしょにしゃぼんだまをしたり・・お姫様ごっこをしたり、しまじろうのビデオもたくさんみて、帰りにはなわとびも楽しんで、疲れ果てて帰ってきました。時には、子供も友達とおもいっきり遊ぶことが必要ですね。(実は大人のわたしがそこのお母さんとお話できたりしたことが一番嬉しかったことだったりして・・・)ホテルの夕食をいただいて、ちょっと用事があったので出かけたら車の中で寝てしまい。そのまま朝まで起きませんでした。6歳のおっきいあかちゃんのように・・・
2003.06.24
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プロファイルの好きな俳優という欄に、アンディ・ガルシアと書いてあるのですが、本当はロバート・デニーロの大ファンなのです。きょうはテレビで大事な番組があり、それを逃さないために昼の3時からずっとスタンバイしていました。12日にハリウッドで行われたロバート・デニーロの米映画協会功労賞授与式の模様が放映されるからでした。デビューはわたしが生まれた頃?のようですから、そのキャリアは長いものであり、また2度アカデミー賞も受賞しています。(1度目はゴッドファーザーIIでの助演男優賞、2度目はレイジング・ブルでの主演男優賞)この日の番組に合わせて、週末からそのチャンネルではデニーロの映画をたくさん放映していました。もちろん!わたしは時間を出来る限り捻出して、テレビの前で過ごしました。 映画はとても好きなので、アメリカに来てからも毎週3,4本はテレビで観ています。この週末は金曜日から月曜にかけて、デニーロの"Cape Fear", "Casino", "Meet the Parents"を観ました。個人的には"New York New York"なんかが好きなんですが・・・。こちらの時間の6時ぐらいから、ようやく授与式の録画が始まりました。ちょっと長髪で髭をたくわえた彼は59歳でもとっても素敵でした。彼の受賞を祝うたくさんの映画人が集まっていました。彼に才能の開花させてもらったといっても過言ではない俳優たちがたくさんいるようです。印象深い映画をそれに関わった俳優たちが、順々に紹介していきます。面白いスピーチをしながら壇上を去った俳優もいれば、始終彼への恩を忘れないといった俳優もありました。とっても面白かったのは、最近彼と"Analyse This"で競演したビリークリスタルの祝辞でした。結構昔から彼と映画で仕事場を共にすることが多かった彼は、よく周りの人から、ロバート・デニーロをどう呼ぶか・・質問をうけたのだそうです。Bob - 彼の仲間や親しい友達が彼を呼ぶ場合。Bobby - 映画関係のエグゼクティブで彼と仕事をしたことがない人。そういって、場を沸かせていました。実際スピーチでもBobと呼ぶひとが多かったです。英語の世界では、ロバートの愛称がボブというのはお決まりのコースですが、ロバート・デニーロを気軽にボブ!と呼べるなんて・・うらやましい限りです。たくさんの彼のすばらしい作品紹介のあと、最後にスコセッシ監督からトロフィーが送られました。ニューヨークをこよなく愛し、あの9月11日テロのあともいち早く市の復興のためのボランティアを行い、たくさんの人から敬愛されている俳優です。もし、まだデニーロの映画をみたことがないという人がいたら・・ぜひ一度はみて欲しいものです。すばらしい作品に出会うはずです。この日はなんと9時までずっとその番組を見てました。夕食は?・・・途中一度休憩をとって、ホテルのダイニングに夕食ととりに行き、部屋でハンナといただきました。途中、旦那が戻ってくるも、わたしの五感にはデニーロ以外は入ってきませんでした。6時間すごく幸せでした。
2003.06.23
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きょうはハンナのリクエストで朝マックとなりました。いまこちらではNEMO(お魚)@ディズニーのプロモーションでキッズミールにはお魚さんたちがついてきます。朝ごはんこっちは子供の設定がないので、別買いになってしまいました。時々、子供はマックの食べ物がいいのか、おもちゃがいいのか考えますね。うちはきっと全体的な雰囲気が好きなのだと思うのですが・・・。4人お子のあるお友達に聞いたら、マックに行くと4倍のおもちゃになるので、家での片付けも大変だとのこと。朝食を食べ終わって、きれいな晴れ間が覗いていたので、思い切って「動物園」を探してみることにしました。とりあえず、シアトルにあるというのはわかっていたので、そちらに向かいフリーウエーを走りました。車にはカーナビなないけれど、すごい優秀な「かかあナビ」と「地図」「ガイドブック」が乗っかっています。日本語のガイドブックは・・大人向けの観光ガイドで・・全く子供の場所の記載がありません。これは・・一言申してみるべきかな?なんて思っています。地図を見ていて、すごく近いことを発見!その名は"Waterland Park Zoo"といいます。地図上では大きな公園の一部にある動物園のようです。Rose Gardenとも書かれてあり、とっても楽しみです。11時頃無事に到着しました。駐車場に入ると、右側にいろとりどりの美しい薔薇が見えます。ほぼすべての花が満開状態。車を下りると薔薇のいい香りがあたりに漂っています。動物園のことをすっかり忘れて、薔薇園のほうに吸い込まれました。イングリッシュガーデン調でそれは見事に手入れされていました。あまりうれしいので、花の写真をいっぱいとりました。デジカメのマクロ・・きれいに撮れるではないですか。(壁紙はそのひとつです)そのうち、はんながしびれを切らしてきたので、動物園側に向かいました。 入場券、駐車場代を支払いいざ園内へ!コンセプトとしてはオープンズーで、横浜にある、ズーラシアとかシンガポールにあるズーがとっても似ています。ただ、こちらは木々がたくさんあり、木陰がいたるところにあって、とっても爽やかな環境を与えてくれます。肌寒いのに、シアトルっ子はこんな日も半そでやタンクトップ!日本から来たばかりのわたしたちはとてもできないまねですが・・・とにかく!ハンナの大好きな動物さんたちをたくさん観て、途中「バードショー」があり、アメリカの国鳥である「白頭鷲」を間近で観ることもできました。とっても大きいのです。羽を伸ばすと1.5mもあるようにみえました。子供の上半身よりも体が大きいでしょうか。でも体重は8パウンドなんだといってました。(3.5kgぐらいかな)ハンナは丁度学校で白頭鷲と日本の国鳥「鶴」を学んだところだったので、興味深そうにみていました。そのあと「ポニーライド」にいって、ポニーさんに乗りました。この動物園ことして開園100年らしいのですが、このポニーライドも昔からこどもたちを楽しませてきたようです。ポニーを引いてくれるお兄さん、お姉さんたちはみんな昔からボランティアなんだそうです。最後に「ファミリーファーム」なるところにいって、家畜類をみました。勇気のあるお子は中にはいって、えさをやることもできます。(うちはちょっとその日は遠慮しました。)子供がたくさん楽しめるように、作られた場所というのがよくわかりました。園のあらゆるところにボランティアスタッフがいて、質問や疑問に答えてくれます。アメリカらしいですね。園を出たら、同じ学校のお友達が家族で来たところでした。天気がいいと家族連れって同じようなことを考えているようです。
2003.06.22
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いろいろあるホテルですが、とりあえずこんな感じのところに5月からずっと住んでいます。 いやな気分で目覚めた朝は、ハンナのお友達誕生日会でした。そういえば・・先週もでした。朝食を終えて、家族一丸でまた出かけました。遅刻ぎりぎりだったのに、場所がわからず、ショッピングセンターについてから、別のお店で場所を聞くと、全く違うところに案内されていました。(知らなくてもいい加減に違うところを教えてくれるのは、シンガポール人だけだと思っていました。)運良く、同じ学校の人が歩いていたので、迷わず直行することができました。Children’S Museumという団体がつくっているImagination Studioというところでした。子供の想像力をいろんなアートで伸ばしてあげようという主旨で行われているところです。大人も一日4ドルで子供といっしょに楽しむことができます。子供も普段は有料ですが、時々日曜日は無料で開放しているようです。週末であるのに、たくさんの民間ボランティアの方がいらっしゃって、子供といっしょに遊んでくださいます。まだいったことがないのですが、シアトルのダウンタウンにChildren’s Museumがあるそうです。きょうのお誕生日の主役はあの「パスタ」弁当のイオンちゃんでした。プレゼントを渡すと、とっても可愛い声で”Thank you!"とハンナにお返事。みんなはもう随分先に到着して、水彩画を思うように描いています。一段落したところで、パーティールームにはいり、パーティー用のカンムリとワンド(魔法のバトン)を作り始めました。実はわたしのほうがハマってしまい、子供のものなにに、横について必死になっていました。好きなんです~こういうものが~。羽をつけたり、モールをまげたり、きらきらの石を貼り付けたり・・・たっぷりの材料を思う存分使わせてもらい、みんなの作品ができたところで、記念撮影。記念行進して。いつものようにケーキカットの時間になりました。そのあとは・・ケーキをいただき、プレゼントオープンの時間です。 その後自由解散となりましたが・・昼過ぎでもあったので、同じ学校のメンバーと家族みんなでお昼ご飯をいただき、「じゃあ、また来週の土曜日にね!」といってお別れしました。(来週も違うお子の誕生日会なんです。)誕生日会はたくさんの人が子供のために開催するようですが、けっこう物入りであるというのが最近わかってきました。いろいろあり、親としての支出は・・だいたい200ドルから400ドルにもなるようです。大変だけど、来年一度ぐらいはとりあえず、ハンナの為に招待状を書いてみようと思っています。ただ、先週から3度続いている誕生日会、みんな同じ学校のメンバーなので、かち合わないように、親同士が相談しないとね・・・
2003.06.21
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本来なら、きょうは新しい環境になって、夜ホテルの部屋でテレビをみているはずでした。きょうはホテルのなかで引越をしてもうちょっと広いところに移るはずだったんですね。朝食の時にこちらのマネージャーから「じゃあ、今日」といわれたのです。週明けからそれを待っていたので、とてもうれしい気持ちでいたのです。夕方旦那が帰ってきて。「きょう満室だからあかんって・・・」おいおい!今朝いったことが昼過ぎにはダメになるんかい!いつもこのホテルでいろんな不備があっても、ここは4,5スターではないからあきらめているけど、お客をなんだと思ってる!できない約束はしないのがプロというもの。どうもアメリカに来てから、物事がスムースにいかず、いつも一旦停止かハードルがあるので、ストレスが限界に達しているようです。こんなことほんのひとつで・・・まだましなほうですが、あまりに溜まっています。怒り出すとまだまだあるんですが。日記に書いてちょっとはすっきりしたかな。本当はアナでも掘って・・「OXOXO!?!XOTOXOXOXOX!!!!!」と叫びたい~~~!!はたして、いつになったら部屋を移動できるでしょうか。この際、かけをしませんか?1、明日(土曜日)2、明後日(日曜日)3、明々後日(月曜日)わたしは3番にかけました。当選された方には・・・いつかこちらのスモークサーモンでも(笑)。日本時間の22日(日曜日)午前6時まで受付ます。
2003.06.20
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シアトル近郊はこの数日シアトルらしく、どんより曇ったちょっと肌寒い気候がつづきます。7月間近というのに、この調子だと子供にプールはもっとお預けか?という寒さです。でも!ジモティー(地元民)はこの寒さでも夏なのか、プールに子供を入れていたりします。この辺りに暮らすようになって、運転しているとどこにいってもさまざまな車を見ます。車検がないから、すごい改造をほどこした車もありますし、まさに家みたいな動く家をひきずってフリーウエーを走り去る車もあります。昔インディアナにいたことがあるので、アメリカは全く初めてではないものの、インディアナは内陸部で、友達には海や大都会を生まれてから一度も見たことがない人がいっぱいいたし、それに比べるとシアトルは海に隣接して、人種も様々で、ものの好みも多種多様なようです。20年ぐらい前なので、今のインディアナの片田舎がどうかは判りませんが、とにかく、あの頃はフォード、ドッジ、シェビー、クライスラーぐらいしか車を見なかったように記憶しています。ところが、ここシアトルでは国産車はもとより、日本車、フランス車、ドイツ車、イタリア車・・・ありとあらゆる車が走り、ディーラーもたくさんあります。リムジンを走らせている人も少なくはなくて、時々、永遠と8mは続くような黒いリムジンでパーティー?にでかける人たちもみかけます。RV車をリムジンに改造したものもあれば、オディッセーが7mになっているものもあります。それで旅行にでたら楽しいでしょうね。道で、コルベットを見かけるたびに、”プリンス”の「リトル・レッド・コルベット」という歌を思い出し、なんで「リトル」なのか?ずっと疑問に思ってきました。コルベットがもし日本にいたら、車体こそ、低い車だけど、全く小さくはないのです。夕方ホテルに戻ったら、まさに「赤いコルベット」が停まっていました。周りの車と比較したら、「リトル(小さい)」車でした。そう、アメリカでは普通車という意味がかなり日本に比べて大きくて、コルベットでも普通の大きさになってしまう?ということを知ったのです。そういえば・・・ショッピング・モールの駐車場でも「コンパクト」と書かれているところがあり、そこに停まっている車は決して「軽自動車」ではなく、ひょっとしたら、日本で「3」ナンバーになってしまうような車も停まっているのです。どこからどこまでがコンパクトなのかは未だに不明ですが・・・。たぶんアメリカで見る車の6割は日本の駐車場の1台分には駐車できないであろうし、8割はきっと立体駐車場には立ち入り禁止になってしまうことでしょう。そう思うと、日本って・・・みんなこじんまりと生きているのだなあとしみじみ。今日、生まれて初めてガソリンスタンドで給油しました。こちらはセルフなので、ずっと自分で行くのを避けてきたんですが(ガソリンのにおいがきらいです)ランプがついて仕方なく・・・ディスカウントカードを機械に通し、そのあとデビットカードを通し、5ドル分追加して、自動支払いの処理ができて、終了!でも・・・ガソリンスタンドで「ハイオク、満タン!」って言うのがとてもなつかしかったりして。日本もいつかアメリカのように、セルフが主流になってしまうんでしょうか?あのガソリンスタンドのおにいちゃん、おねえちゃんの「ゴミ!ありませんか?窓ふいてよろしいでしょうか?」というのがとってもうれしいのですが・・・ただし・・・水抜きとかエンジンオイルを売ろうとがんばられるのだけは困りますが・・・。車というと、2台目の車のローンが下りずに困っていました。これもすべて、わたしたちがアメリカへの新参者で銀行取引信用がないからというのが理由です。会社で同僚に相談してみたら、保証人になってくれるというのです。日本で暮らしてきて、いくら仲良い人にでもそれは避けてきたことで、旦那は面くらったようです。その人が快く引き受けてくれたのは、実は、その本人もブラジルからの転勤者で最初に苦労しているときに、同じように何も言わずに名前を貸してくれた人がいて、今があるから。今度は自分が誰かの為なろうとずっと待っていたのだそうです。本当にありがたいことです。わたしたちもいつか誰かの力になってあげられたらと思っています。お陰でローンが無事におりそうです。
2003.06.19
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きょうは兼ねてからお願いしていた、シアトル日本語補習講幼稚園部入園の為の面接でした。アメリカのこの辺りにある、唯一の日本語学校で幼稚園の最終学年から小学校6年生までのクラスがあります。幼稚園児は午前の3時間で終了するのですが、小学生は夕方の6時間目までびっちりとお勉強があります。特に校舎を持っていないので、地元の小学校をお借りして毎週土曜日のみ授業は行われています。当初は、駐在している日本家庭のお子達が日本にもどって、すんなり復学できるようにと作られたようでしたが、最近はこちらに永住を決めている、日系の方も増加しているようです。我が家は受験させようとしたことはないので、面接の練習というものをしたことがありませんでした。事務所に到着して、早速校長先生と教頭先生が出ていらして、面接が始まりました。まず親として「なぜ入園させたいか」いわゆる志望動機を説明することに。わたしたちがハンナをここに通わせようとするのは、まずせっかくの日本語能力をもうしばらく日本人並みに伸ばしてやれる環境が欲しかったこと、日本にいなくても、日本の文化やしきたりを忘れずいてほしいことなのです。動機の説明が終わって、校長先生がちょっとしっくりこない顔をされていました。どうやら、わたしの決心がちょっと甘い?ことを見抜かれたようです。というより、小学校6年生までのカリキュラムを土曜日だけで消化しようとするこの学校は上級生になるごとに、厳しく、難しいものになり、家族の協力、努力が不可欠になることを今のうちからわたしに理解して欲しかったそうなのです。アメリカにいる以上、いつの日か日本語学校での授業が子供にとって苦痛になったり、親がめげたりすることもあるから、その時にしっかりとした気持ちを持っていなければ、きっと投げ出してしまうに違いない。というあったかな配慮だったのです。その後、ハンナへの質問があり、これはいままで日本人と同様に日本でいたわけですから、なにも困ることはありませんでした。ただ・・答のあとに「・・です!」というのがないので、わたしはちょっと気になりました。まあ・・6歳だから上出来としてよかったでしょうか。わたしたちの考え方、子供に望むことを少しずつ、お話していくうちに、校長先生がとうとう入園許可を出してくださいました。わたしの望みは、子供が選択できる年令になった時、選べる環境であってほしいということなのです。その後、今後の為の、資料やスケジュールを紹介していただき、7月から土曜日お世話になることになりました。どうか、わたしが真剣に取り組んでいけるように、見守っていてください。ゆるんでいそうだったらひきしめてやってください。
2003.06.18
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きょうは前回の筆記テストのあと予約していた、路上試験の日でした。アメリカでは自分の名前の含まれた保険に加入している、自分の車でテストを受けます。結果は晴れてアメリカの免許を取得しました。これでちょっとすっきりしました。自動車保険も次回はちょっと安くなるかと思います。 これは本当のライセンスが手元に届くまでの臨時免許なんですが、もらった時はペラペラの紙切れなので、早速そのあたりの文房具ショップにいって、パウチ!してもらいました。本物は10日ぐらいの間に郵送されてくるようです。免許は身分証明書も十分兼ねているので、これでいつもパスポートや国際免許を持ち歩かなくてもいいわけです。アメリカンのみんなは写真の時の笑顔が本当にすごくよくて、しかも、笑顔をつくるのに、慣れています。「3,2,1・・」と始まると普通の顔から、にっこり顔に変身し、撮影が終わるとまた元通りの顔になにげなくもどります。(先日から何十人も写真を撮ってるのをみたのですが、みんなそうでした。それでわたしも真似てみました。だって、日本では証明写真笑ったらしかられるでしょう?)車にはもうXX年ほど乗っているので、ついつい初心は忘れがちです。また日ごろ当たり前のようにしていることでも、助手席に乗っている試験官が怖くて、心臓が高鳴り、できなかったりして。普段からしめっぽい手のひらにはじとじとと汗が・・・。結果3つのエラーでした。真横でさらさらとペンが走るたびに、またここに来るんだと半分あきらめ調子。車が所定の位置にもどり、合格です!って言ってもらった時の安堵感。・バックする際に後ろの確認を怠った・パラレルパーキング(縦列駐車)で縁石をかすった(あらら、これが一番自信があったのに・・)・坂道駐車するときに、停止サインを怠った今日の言い訳は、いつも乗っているJeep Liberty(レンタカー)のブレーキランプがおかしくて、今朝代車を借りたこと。これがまた・・この時代にオートロックなし、窓も手巻き・・・ボロセダン!参りました。でも・・スピードがでない車だったので助かりました。先日お世話になったドライバーズガイドブックもリサイクルの為に返却して、試験場を後にしました。ワシントン州では希望があれば死亡事故の場合自分の内臓等を寄贈する由を免許に併記可能です。自動車免許・・筆記が$10X2、路上$25、合計45ドル悪くはないですね。次は2007年の更新です。時には初心にもどり、安全運転していきたいと思います。
2003.06.17
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きょうも良く晴れて、美しい一日です。でももっと美しいのは空が真っ青に晴れ渡る7月なのだそうで、今から待ち遠しいです。シアトルの爽快な夏を体で感じていると、小学校時代のことが思い出されます。幼稚園児の頃から音楽が大好きで、当時小坂あきこの歌なんて覚えてよく歌っていました。地元に児童合唱団があるというので、テストを受けたらみごと合格!(ほとんどの人が受かったのですが・・)3年生から土曜日の午後は合唱団の練習に通うことになりました。5年生の時に、研究生から本格的な団員に昇格して、団に地元の姉妹都市訪問計画があることを知ります。土日の猛練習についていけたら最年少のわたしたちも同行できることになりました。行き先はカナダのリッチモンド市、アメリカのベーカスフィールド市、そしてあこがれのハワイ。この頃まだ国際交流は今ほど盛んに行われてはいませんでした。6年生の夏に無事旅行が実行されました。6年生が最小で、上は高校1年生のお姉さまがた。行く先々で演奏会を持ちながら、ホームステイをさせてもらったり、ホテルで宿泊しながらの12日間です。当時円は1ドル330円でした。旅行代金もたしか60万円ぐらいはしたと思います。もう・・30年前ちかく?のことですから、親は大奮発してくれたに違いありません。初めて、ついたのがカナダ、バンクーバーの郊外のリッチモンド市の「いわた」ファミリーにお世話になりました。日系アメリカ人のお家で、ちょっと日本語がわかり、ホームシックにもならずに済みました。汗をかかない夏を経験したのはこれが始めてだったでしょうか。各日ぐらいに夜、学校やホールでコンサートを行い、地元の学生との交流会もありました。この頃、わたしはとっても身長が低くて(たぶん130cmを切っていました。)最前列の一番ちびだったので、どこにいっても可愛がってもらいました。バンクーバーのクイーン・エリザベス公園が庭園のようでお花がとてもきれいだったことを思い出します。朝食のオレンジジュースがとても美味しく、いろんなシリアルがとってもハイカラ?に思えました。その後、サンフランシスコ、ロサンゼルスと南下し、憧れのディズニーランドにも行き、ヒルトンホテルにも泊まりました。ロサンゼルスで一番思い出になったのは、日系の老人ホームを訪れたことでした。英語の歌もいくつかは勉強していったのですが、日本語のちょっと古い歌もありました。滝 廉太郎の「荒城の月」が始まったとたん、おばあちゃん、おじいちゃんたちから大粒の涙が流れ、自分たちも歌声がにごってしまうほどでした。きっと二度とみられない故郷に思いをはぜていらしたんでしょう。その後、ベーカースフィールド市を訪問し、またホームステイさせていただきました。今度はアメリカ人のお宅だったので、勉強したての英語を駆使しました。あまり通じていたとは思えませんが。きっとこれがわたしを「英語」に導いていったのだと思っています。とにかく「英語で話がしたい!」という心が目覚めました。ここでも日夜コンサートは続き、文化交流も盛ん?に行われました。プール付の家がアメリカには多いんだとここで知りました。(あとでベーカースフィールドは砂漠のど真ん中にあるのを知ります。)旅の最終目的地は、ハワイでした。ハワイではアラモアナショッピングセンターに隣接?したヒルトンに泊まりました。ハワイはそれが最初で最後なので、きっといまみなさんが知っているハワイとはまだまだほど遠く、ホノルルも自然がいっぱいあったに違いありません。ダイヤモンドヘッドで風がすごく強かったことを覚えています。日本でクリスマスシーズンに覚えた讃美歌などを教会でいっぱい歌いました。ハワイで食べたバニラアイスクリームが美味しくて、おみやげに持ち帰りました。(この頃から食いしん坊でした。)観光半分、お仕事・国際交流半分でとても貴重な体験でした。他の国は日本とはスケールが違い、人も文化も違うことがよくわかりました。旅を通して、11歳ながらたくさんのことを吸収したようで・・この後もっともっと国際的になってしまった私です。常にこころは海外に向いていたのかもしれません。だから国際結婚してしまったのでしょうか?(いやこれにはいろいろと理由は考えられますが・・・)最近、国際人、国際化という言葉があまりしっくりとこないので、シンガポーリアンの旦那とよく使うのが「地球人」。わたしたちの地球人化はいまも進行中です。
2003.06.16
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6年前の昨日、陣痛が来て、病院に向かいました。当時旦那はインドネシアに赴任中で、予定より8日ほど早かったこともあり、出産には間に合わず。しかも病院の方針で、陣痛室にも出産室にもだれも立ち会えず、わかっていたものの、すこしさびしい出産?になってしまいました。12時間ほどかかって、ハンナが産声を上げました。自分に余裕がある気がしたので、出産するベットの横までカメラを持参させてもらい、産んだ瞬間の我が子と、先生、助産婦さんを自分の手でカメラに収めました。初乳をすこし我が子に含ませ、きれいに血をふき取ってもらい、手に抱いた瞬間どんなに感動したことでしょう。とにかく、ハンナは6月15日「父の日」の朝10時に生まれたのです。出産後に面会に来てくれた自分の両親にいいプレゼントができとてもうれしかったことを思い出します。ハンナという名前は、旦那の父が選んでくれたもので、旧約聖書のサミュエル記という章に出てくる、賢い女性です。きっと義父母はそういう女性になってほしいと願っているのでしょう。もちろんわたしたちもそうです。6年経って、元気に成長したハンナは、順調に知恵もついて・・最近はいろんな大人の事情まで察するようになってきました。自分の6年前から比べると子供の成長というのは本当にすごいものですね。体重も2860グラムからいまや24kgほどになっています。今朝は、ゆっくりと起きて、まず、パパに父の日のカードをハンナが渡し、次にわたしたちからハンナにプレゼントを。彼女からご指定のあった、アリエル(ディズニー)の人形とオルゴール、そしてお洋服。アリエルの人形についてはそれはそれはうれしそうでした。その後、予定通りブランチに出かけました。これは父の日のお祝い!夕方まで新居の為の家具などをウィンドーショッピングし、ハンナの誕生日のディナーに出かけました。ハンナの大好きな生牡蠣をいっぱい注文し、10個ほどは彼女が食べ、あとは旦那の口に。家にもどる前にサーティー・ワンでアイスクリームのケーキを買って、家でまた楽しみました。 きっと、ハンナにとってもわたしたちにとってもこれは人生の上でとても楽しい思い出になるはずです。アメリカでの初めてのお誕生日でした。神のご加護がずっとわたしたちにありますように。
2003.06.15
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きょうは同じ幼稚園だった子のお誕生日会でした。1時から始まり、帰りにそのお友達のところに家族でお邪魔し、帰ってきたらもう夜の9時に。3週間ほど前に、園のお迎えの時にあるお父さんからカードが手渡されました。お誕生日会への招待状でした。以前住んでいたところではお友達同士で誕生日に呼び合う習慣がなかったので、アメリカに来て、ハンナはお誕生日会のデビューです。かわいらしいカードをもらって、どこで何をして楽しく過ごせるのかわくわくしていたらしいです。同級生のお母さんに聞いたところ、ジムのようなところを借りてパーティーはあるのだと教えてもらいました。プレゼントを持って、いざそのジムへ・・・先に来ていたお友達から、よくみんながそこを利用していることや年に数回これからも来ることになるであろう?って話をききました。準備してきたプレゼントを渡して、ある程度のお友達がそろったところで、ジムのおねえさんが来て、みんなをジムの方に案内してくれました。柔軟体操をしたあと、エア滑り台で遊んで、トランポリンのような床を転げながら走り、マット運動なんかで子供たちは大喜び。結構本格的な体操選手を育てているジムらしく、壁には生徒たちの名前と受賞記録みたいなのがいっぱい貼られていました。写真のなかの横シマシマシャツがハンナです。 一段落してから、ケーキのロウソクを吹いて、飲み食いが一段落したところで、プレゼントオープンタイム!となりました。女の子らしいおもちゃなんかがつぎつぎとでてきました。他の子たちもまるで自分がもらっているように、興味しんしんだったのは見ていてかわいかったです。2時間ほどして、すべてが終わってから、参加できる家族をお家に招待してくれました。このご家族もともと台湾の方なんですが、お誕生日の子も、そのお兄ちゃまもハンナと同じ、半分日本語のスクールに通っているのです。車をとめたそのお宅はとてもゴージャスで日本だったら300平米ぐらい家の中がありそうで・・ひろびろとしていました。お家でくつろぎながら、両親の結婚記念写真を見せていただいたり、お子達の写真も見せていただき・・最後にはふたりの馴れ初めなどなどみんなでいっぱい質問をして、子供は子供たちで楽しく遊び・・・準備していただいた夕食までいただいて・・・ひさびさに親子共々楽しく過ごさせてもらうことができました。普段なかなか家族以外の人とゆっくり話す機会がない私にとってはうれしい時間で・・ついつい話が止まらなくなり・・横浜の遠くから仲良しの友人が「さとちゃん、ちゃんと人の話も聞いてよね~」と笑いながら言っているのが聞こえるような気が・・・こういう誕生日会が、実は来週、再来週と予定されています。毎週はちょっと疲れるとはおもいつつも、子供の喜ぶ姿を見ると連れていってあげたくなってしまって。
2003.06.14
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梅雨か?とおもうような雨は朝のうちに上がり、昼からは晴天となりました。昨日から旦那が出張だったので、母子家庭でさんざんふたりで贅沢をしてしまいました。(ごめんなさい)こんなふざけた生活が7月いっぱい続いてしまうのは、とんでもないので、なんだか予定を組んでだらけないようにしないといけません。ハンナにはお勉強をさせたりいっぱいやりたいことはあるのです。昼前からまた昨日のショッピングモールにいって、ハンナとうろうろと過ごしました。お財布を軽くせずに、うろうろするというのは私にとってはとても難しいことであり・・ついつい"SALE"なんて書かれていたら、見たくなって、着たくなって、買ってしまって・・・あとで自己嫌悪に陥ります。きょうは大好な "OILILY" が半額セールを始めていたので、ハンナと自分の服をついつい。そんなことしている場合ではないのですが・・・でも・・日本で販売されている値段の半額近くなんです。セールでなくても・・・モールの中にある、子供の遊び場にきょうも30分近くいました。どうやらハンナの年令でもう限界のようです。遊んでいる子供のなかで一番大きく見えました。ちいさい子はいっぱいいたのですが、同年代の子たちはあんまり見なかったのです。一体みんなどこにいっているのでしょうか・・・今夜はもう部屋にもどってゆっくりとテレビを見ているのですが、ハンナのリクエストで「嵯峨野」という近所の寿司屋さんにいってきました。(旦那にはひみつです)ここのご主人は横浜出身で京都にはなんのゆかりもないそうなのですが、おかみさんが沖縄の方でとっても人情が厚そうなんです。ハンナのような日本人の子供はあまり来ることもないようで、すぐに名前を覚えてもらいました。寿司屋といっても、うどんもあるし、カツどんもあります。お客さんの半分以上は地元の人たちだったりするので、日本料理も不動の人気を得ているのかなんて・・勝手に解釈しています。メニューにも書かれていましたが、ジャパニーズ・カントリー・キッチンを目指されているそうです。今日の日記にくっついている写真は、ここから車で30分郊外にいったらどんな風景が広がるか・・を紹介したかったのです。本当はマウントレーニアを入れたはずなんですが・・・カメラはいいのに、カメラマンが悪かったので、それはまた次回に。きょうのうれしいお知らせは、家の売買契約が無事終結したことです。ほっとしました。そして・・海の上にあるはずの荷物はどこに?それがわからないと引越はできません。
2003.06.13
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きょうは筆記試験にみごと!合格しました。25問中22問正解だったので、まずまずの出来でした。やっぱり日本語で受験できたのが功を奏したとおもっています。ハンナ同伴だったのですが、ちゃんとテストのPCの横で待機させてくれたり、さすがに路上試験は子供や通訳の同乗は不可と書いていますが・・アメリカ懐が深いです。昨日2回うけさせてくれたおばちゃんにも合格を報告し、来週路上試験にいってきます。先に合格した旦那から聞いている話は、縦列駐車を必ずどこかでさせられるのですが(これは大の得意です)、坂道でさせられることが多いらしく、車を停車するときに、縁石に向かってハンドルを切らいと減点対象になるそうです。車から離れても車が坂道を落ちていかないようにということで理にかなっていますね。あとは、スクールバスに出会わず、子供が下りてこなければ尚可です。ほら・・日本でご老人が自転車で走っている横を通りたくないようなあんな気分です。免許がもらえたかどうかは、火曜日にまたご報告。きょうは夏休み第1日目でもありました。午前中、親の用事でひきずり回してしまったので、昼はマックにいってNEMO(ディズニーの映画です)シリーズのお魚のおもちゃをもらい、そのままショッピングセンターで、夕方までうろうろとしていました。うちのような母子は結構多かったでしょうか。子供の遊び場で1時間ぐらい遊ばせて帰ってきたら、たいそうお疲れのようで、ベットに直行してしまいました。8時ぐらいまで起きてこないのではといういや~な予感です。
2003.06.12
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きょうはハンナの幼稚園が終了しました。明日からしばらくお弁当は作らなくても良いし、極楽、極楽。家の「鍵引渡し」が金曜日になったので、きょうは弁護士事務所にいろいろなフォームのサインに行きました。ペンひとつで済むので、印鑑や印鑑証明、印紙要らずで非常に簡素でよかったです。。エレベーターホールで売り手のご夫婦に遭遇しました。名前からアジア人と判っていたようで、あちらからご挨拶をしていただき・・恐縮しました。東ヨーロッパの方と聞いていたので、やっぱし英語はそっち方面の訛りで・・でもこっちもアジア訛りだから五分五分というところで・・・会話が始まり、とにかく元オーナーはいまもうちの家の近所に住んでいるので(何軒も家があるらしく)、落ち着いたら一緒にディナーでもという話になりました。これはやっぱりわたしが「寿司パーティー」でも開催するんでしょうか?日本料理はどうも・・・食べるだけで、つくるのは苦手。家のお直しがうまくいっていないので、今日から2週間後でも完了していない場合は1500ドルをいただけることになりました。家は着実に購入の方向にすすんでいます。そしてローン生活も着実に近づいております!!車の購入や保険のほうも着実に旦那が進めているので(今回はなにもかも彼任せで楽させてもらっています。)一足先にワシントン州の免許を取得したとあって、わたしをせかせる?(はやくとったほうが安い保険に乗り換えられるからと・・・)電話で「あんまり勉強すすんでへん!」といったのを理解してなかったらしく、なんか弁護士事務所の帰り、その足で筆記テストを受けるはめに・・ワシントン州では筆記テストは25問中、20問正解すれば合格です。20問を先に正解するとそこでPCは自動に終了するのです。4択です。4時半に終わるのに、テスト用PCの前に座ったのは4時半でした。なんと!そこでは「日本語でのテスト」が受けられたのでした。しかし・・・なんの知恵も持たずにいってしまったので、不合格でした。しかし・・わたしが英語の本で勉強したことを知っていた受付のおばさまが、だったら英語で受けたほうが・・となんと!!もう一回チャンスをくれたのです!・・・でもね結果はもっと最悪で不合格。・・・・・・PCにしっかりと不合格点をインプットされて、旦那には10ドルがもったいないといわれ・・・帰路につきました。だって・・・みなさん・・・・普通のヘッドライトで何マイル先まで明るいか・・・とか・・・方向指示器をなんフィート手前で出すか・・なんて言われても、数字がわかってなきゃどうしようもないじゃ~ないですか。(すいません、すんごい言い訳・・・)とにかく、10ドル紙幣をもう一回持って、明日にでもリベンジ!今回はしっかりと「日本語のドライバーズガイド」を持ち帰りました。また日本語で受験します。もう蛍光ペンでピカピカです。
2003.06.11
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きょうはハンナの卒園式でした。晴れていれば、その後クラスのみんなでピクニックとなるはずでしたが、あいにくの雨模様でした。先週はすごい暑さで真夏だったのに、今週はずっと日本の4月みたいな気候が続きます。卒業式は、誓い、学校の牧師先生のお話から始まり、お祈り、子供たちへの表彰、劇(みにくいあひるの子)、合唱、合奏(ドナウ川のワルツ)、卒園証書授与、校長先生のおわりの言葉といった、式次第でした。今日の卒園児は10人にも満たなく、本当に少人数の学校だということを再認識。でも9月にもどってくるのは・・・同じメンバーではないのです。家族の事情や、親の方針で、地元のアメリカ公立に移っていく生徒も多々です。幼稚園児でも立派に証書をもらって、おじぎができるのにはびっくりしてしまいました。わたしなんて小学校の時でももじもじとしていたような気がします。舞台で自分の順を待っているハンナなんて、舌をれろれろしたり、あくびしたり変な余裕がありました。(これは退屈していたのでしょうか?) 卒園式の後で、舞台でゆっくり写真でもとおもっていたのに、それはできませんでした。(ちょっと不満が残ってます)そうそう、マスカラを薄くつけていったのに、涙は出なかったなあ・・次にこういうイベントがあるのは・・高校の卒業かな。***** ***** *****夕刻、家の再検査のために出かけました。仕事人Randyはすっかり夏の様相で、半ズボンにポロで・・・数箇所チェック項目はあったのですが、半分以上はまだうまく修繕されていませんでした。こういうとき、アメリカで一般的に行われるのは、家の総額から修理代を引いてもらうのではなくて、別払いで小切手でもらうのです。そうすることで、買い手の財布がつらくないわけです。修理は避けられないですから。来週の月曜日に本契約なので、これしか方法がないような気もします。そうそう、すこし前に始めてRandyに調査に来てもらった日、あまりの丁寧さと几帳面さにびっくりしたことは日記にも書きましたが・・本当職人!って感じの人なのです。家を調査していて!すごい!!とおもった器具(工具?)は・・「ガス漏れ探知機」ガスパイプの上をある一定の周波数で音を出しつつ通らせるのですが・・漏れがあると、急に周波が上がり恐怖感が増します。(すいません、普段見ないものなので、ついつい)「湿度探知機」かべやゆかに置いただけで、湿度が何%かすぐさま読んでしまう機械。(すいません、これも普段見ないもんで)「ゴーグルみたいなもの&ヒザあて」これは屋根裏上がり用らしいのですが・・つけている姿が防毒マスクみたいで・・・これで酸素ボンベでもついてたら、完璧!です。とにかく・・・車にはきっとまだまだすごいお宝が載っていたことでしょう。ドラえもんのおなかみたいにね。前回の調査費用は300ドル強、今回は75ドルでした。明日!ここのページに写真を追加したいとおもいます。ガウン姿はかわいいです!!
2003.06.10
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運転しているときは大抵ラジオを大きな音で聴いています。ただしこれは一人の時に限られ、しかも周囲の音が聞こえないというのはとっても危険だとも思います。でも好きな曲が流れてくるとなんだかボリュームは絶好調に大きくなってしまいます。(窓は閉めて聴く派です。)5月の中ごろ、ハンナの先生からフォニックスのカセットテープをいただきました。カセットで助かったのは、車にカセットがついていたのです。それで、毎日通園時にはそのフォニックスのカセットを聴くことが習慣となりました。フォニックスは最近では英語をはじめる子供(もちろん大人にも)のための発音方法で、母音(a e i o u)の5つの基本から、アルファベット26個の基本発音、そして最終には母音や子音を組み合わせたり、母音を重ねたりして、意味がわからなくても、英語の文章がすぐに読めるようになるというすばらしいシステムです。日本の学校ではいまどうやって英語の発音を教えているかはわかりませんが・・少なくとも先生方はこれでは習っていないと思います。だから・・発音がわるいんだ・・(自分のことは大棚にあげて!)カセットの最初にネーティブのおねえちゃんのフォニックスに対する説明が流れます。「フォニックスは英語読解を楽しく習うためのものです。英語には26のアルファベットがあり、それの発音さえ把握していればすばらしい読み手になれます・・・」と言ってます。実際学校に日本から来た子供たちが1年ぐらいで本当にすらすらと英語の本を読めるようになっているらしいです。ハンナの今の段階は”A Apple, E Elephant, I Indian, O Oustrich, U ....."日本人として難しいと思うのは、一見 [A]のように思えますが、実は[O],[U]がクセモノなのです。Oは「お」ではなく、実際は「アとオ」の中間音です。Uは「ア」に近いので、これは覚えておけばすぐに身につくと思います。ただ・・Oの発音もアメリカではそうだけれど、これがブリティッシュ圏にはいるとかなり「オ」の音に近いので耳を鍛えておかないといけないです。英語の発音の地域差はまた直面した時に知識として身についたらいいと思っています。最近やっと、Z・・Zibraまで来たので、夏休み中に制覇させたいと思っています。カセットが2周ほど廻ったところで、わたしのBGMタイムに入ります。チャンネルはオールティーズとはいかなくても・・20年ぐらい前の曲がよく流れるようなところを選んでいます。好きではないけれど、エア・サプライや・・・ホィットニー、ビリー・ジョエルなんかが流れてくるとほっとしたりして、歳なんでしょうか・・・最近の曲はいくら姪たちが「ブリちゃんかわいい~」といってもなかなか理解できません。先日、テレビでオジーオズボーンが出てたのですが、それも懐かしかったなあ・・(いまも活躍されてるようですが・・・)なんかなんのジャンルが好きなのかこれではわかりませんね・・・ボサノヴァとかジャズが大好きで、一人家にいるときはもっぱらこれで一杯です(夜ね・・)。本当に音楽が好きでCD山盛りあるのですが・・・すべて今は海の上。家への引越が終わったらはやく、ステレオが欲しい!です。(安いのでいいから・・・ねえ・・旦那!)
2003.06.09
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こんばんは!ようやく長く暑い!週末が終わります。10日に卒園を控えた?!娘の写真を撮影すべく朝から着替えさせたり、髪型を考えて、靴まで当日のものを履かせて、リハーサルさながら・・親子でばたばた、なんとか先撮りをしました。(明日ガウンは幼稚園に提出なのです。)天気があまりにいいので、まただらだらと出かけました。車がほぼ決まりそうになったので、その中古車ショップにでかけました。Redmondという街にあります。ここは!まさにゲーツさまのお膝元・・Microsoftの本社があるところです。街の中を走っていると、どのビルがマイクロソフトの恩恵を受けているか?明らか?みたいなところはありました。いつも出かけるときに利用しているI405というフリーウエーがあるのですが、ある出口が週末ごとに最近閉鎖されているのです。道路を前面改装しているのですが・・・。きょうも昼すぎまで閉まっていたので、ひとつまえの出口で降りて、緑の森の中を気分よく走るコースとなりました。だらだらしている間にお昼になったので、うわさに聞いていた中国料理店に点心をいただきに行くことにしました。Noble Courtというその店は、前に一度来たことがあり、グルメのハンナがここの「ふかひれスープ」は一番美味しい!といったほど、しっかりとしたお味でした。店の駐車場に来ると、そこからもう食べることが始まっているように、駐車場の争奪戦!結構いっぱいでした。店内にはいると、ざわざわと楽しそうに、でも忙しそうに食べる人でいっぱい。最近はシンガポールでもみかけなくなった、ワゴンサービスで店内を給仕さんが廻ってくれます。揚げ物専門のワゴン、蒸し物専門のワゴン、デザート専門のワゴン、おかゆ専門のワゴンなどがあり、家族みなすべてが食べたいという気持ちを抑え・・テーブルに並ぶ程度の量に抑えました。それでも、おかゆ、豆花、蝦餃、エッグタルト、チャーシューパオ、麺類・・・・・・などなど並んでしまいました。味のほうは、やっぱりすごく美味しくて、種類もとても豊富でした。どうりでどのお客さんもみんな幸せそうな顔をしてほおばっているわけです。日曜日はたくさんのお客様が来るので、点心の種類も普段より多くしてあるそうなのです。おなかがいっぱいになったところで、お値段のほうは・・・4000円未満といったところでした。(すいません、ほんとに外食ばっかりで)日本で同量で同じ味を食べたら・・・きっと3倍はしているような・・気がします。日本からお客さんが来たら、この店には絶対連れてきてあげたいと思っています。(第一号はどなたになるのでしょうか・・・)お待ちしています。
2003.06.08
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きょう土曜日もとてもいい天気でした。いい天気を通りこして暑い!アイスクリームという気温でした。天気がいいと気分転換に出て行きたいのがわたしたち、朝食を終えて、さっと車に乗りました。週末ごとに朝から出かけるのには、他にも理由があります。ホテルのハウスキーピングの掃除ねえちゃんたちと部屋にいて顔をあわせたくないというのがそうですが・・なんかね・・ホテル暮らししていても、掃除に来る人にまで気を遣うのはいやだから。この週末は暑いことは予想できたので、あまり遠出はせず、近くに落ち着こうということで、隣町に出かけることにしました。20分ほど車を北に走らせると、Snohomish(スノホミッシュ)という街があり、そこにアンティークモールがあるというのです。街にはいると、なんとなく先日のエレンスバーグにも似たような、古い感じがします。お家もちょっと昔の雰囲気の残った、アメリカン・バンガローハウスみたいなのとか(入り口にパティオとかが大きくついているやつです。)、ブロックでできた頑丈そうなうちとかがたくさん。古そうな教会もたくさん見えました。2NDストリートにはいって、たくさんの「アンティーク」と書いた看板が目に入りました。Northwest Antique Centers という団体?があり、その一番でっかいモールがありました。大きな建物の中に、それぞれのオーナーが持ち寄った形で雑然といろんなアンティークがそろっていました。家具とかアクセサリーとか古いものが結構すきで、うちの家具類もたくさんアンティークがあります。ただし、価格的にサザビーで売っているようなものは全くなく、普通の人が手にはいる値段で、みてくれのいいものが多いです。今回のアンティークショップでは、古い地図や手紙に結構時間をかけてみました。新聞や古い証券なんかもすごく面白かったです。20世紀になったばかりのシアトルの地図とか・・・あとは昔のカナダの地図とか。歴史の流れを感じます。古いカードや写真に混ざって、送信済みの葉書がたくさんありました。スタンプをよく見ると・・なんと1909年とかがありました。明治時代?すごいじゃないですか・・・そしてあて先の住所には例えば・・・MR. Smith, Seattle, Washington としか書いてないのです!!神奈川県横浜市、田中太郎様って書いてるようなもんじゃないですか~!!その時代人口はそんなに少なかったか、郵便局がすごく細かく住人を把握していたことになりますね。よくみていくと19世紀後半のものもありました。すべてが万年筆で書かれていて、味があります。クリスマスカードや新年のお祝いが大半でしたが、今も昔も・・・人間は同じように、「メリークリスマス!」「今年もよい年でありますように・・」って言っていたのですね。言葉は進化してないですね。とってもほほえましく感じました。そのほかにも街のアンティークショップをちょっと見て廻り、ハンナが退屈してきたので、昼食の後、街を後にしました。帰りにはBothellという街にある、Country Villageに寄りました。ギフトショップやおもちゃやさん・・なんかアメリカ版、「おかげ横丁」(すいません、伊勢を知る人しかわかりません・・・)みたいなところでした。暑さで喉が渇いた以外は最高の一日となりました。疲れすぎて、また夕食作りをパスしてしまい・・・先週いったところの、インド料理店にまた・・・海老のカレーとマトンのカレーをナン+サフランライスで親子3人美味しくいただきました。(子供がスパイシーな食べ物に問題がなくうれしいことです。)
2003.06.07
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わたしは超文系人間だと自分で思っている。ただし、学生時代に文系の教科の成績がすばらしかったとかいうのではなく、ただ単なる数字音痴で数学、物理なんかは大嫌いだったからである。これでも中学に入った頃は、得意科目が数学だった。それに反して英語や国語はどちらかというと苦手なほうだった。高校に入る直前までは数学が一番好きな科目だったのに、高校に入学し、運動部に席を置いてから急降下していった。たぶん数学が一夜漬けではできない学問で日々の積み重ねが必要な教科だったからであろう。忘れもしない、小学校1年生のある日、学校から「感想文」という宿題が出た。わたしはたぶんそれまでに本を読んでなにかを感じ取るということがなかったのか、何を書くのか全くわからなかった。この宿題で小さいながら大きな挫折感を覚えた。たぶん長い間「感想文=読書」がトラウマだったとおもう。6年生になって、担任の先生が国語のプロで、文章を細かく分析したり、書き取りなどをまめに宿題に出してくれたお陰でやっと文章理解能力が芽生えたほどである。それでもまた中学時代は国語がよく理解できないのを苦にして、図書部に席を置いてなるべく本に接するようにしていたが、接するだけでは全く理解度は上がらず、国語というといやな感じがした。高校に入っても苦戦は続いた。でも本を読まなくてはという情熱にかりたてたれ、本が好きになるようにとりあえず「筒井康隆」や「星 新一」をたくさん読んだ。3年になってクラスに図書館トリオと思えるぐらいすごい女性が3人いた。彼女たちに刺激されてようやくいろんな純文学を読みはじめた。そういえばこのときの担任の先生も国語担当だった。そうしたら・・あるときを境に、現代国語のつぼがよく見え出し、テストを受けていても、問題を作った人がどんな答を待っているか読めるようになってしまった。自分でもびっくりだった。本を読むことも純粋に楽しいと思えるようになっていった。ところで、昨夜はまたハンナの数学(二桁を含む)の計算が宿題だった。例のコインを並べてそれを数えるだけなのに、そのコインの数が間違っている・・・(が~ん!もしやこの子は私の遺伝子を継承して数字に弱いやつになってしまうのだろうか・・・)その上、ちまちまと紙に文字を書いたり、絵を描いたりが大好きで・・これってやっぱり私のミニチュア??!そう思うと、毎晩枕元に同じ本を持ってきては「ママ読んで~」と甘える我が子に「ママは眠い!」とはとっても言えないのである。がんばります。。。。週末だし。。。。。
2003.06.06
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最近、日本でも物騒な事件は多いようですが、アメリカでもレーシー・ピーターソン事件の真相がだんだん明らかになっていたり、いろいろと不可解、かつ不愉快な殺人事件等が目立ちます。このレーシー事件と同じくらい頻繁にテレビで取り上げられているのが、マーサ・スチュワート疑惑でしょうか・・新聞もこのところ毎朝第一面に彼女の顔があります。こんなことから疑惑はどんどん広がったようです。**********マーサ・スチュワート氏に新疑惑 2002年6月27日(木) バイオ大手イムクローン株の売却をめぐりインサイダー取引の疑いがもたれている著名な生活コーディネーター、マーサ・スチュアート氏に対し、アメリカ連邦検察当局は司法妨害や偽証などの容疑についても調査を拡大していると26日付けのウォール・ストリート・ジャーナルが伝えました。 スチュアート氏は保有していた4000株を急落直前に全て売り抜けていました。 (テレビ東京の記事を拝借)**********今日のUSTODAYの第一面にもまんまん中一番上に彼女の顔写真があります。いろんな疑惑で起訴されたようです。そこですごいのがアメリカ!同じ新聞の中の一面をまるまる買収し、彼女の「公開状(Open Letter)」が掲載されています。しかも会社として購入したのではなく、彼女個人としてこのページの権利を購入しています。(一体、このページ買取にどのくらいのお支払いを?)**********親愛なる友人とサポートしてくださる皆さんへ・・・1年以上たってからわたしは国から起訴されることになりました。・・・・みなさんに知っていただきたいのはわたしが無実で、この汚名を晴らすために戦って行くつもりであるということです。・・・(以下中略)・・・この事件の推移をご理解いただけるようWEBサイトを公開することにいたしました。ぜひご意見等を賜れるようよろしくお願いいたします。・・・・・・**********う~~ん。すごい。お金があるとこういうこともするのだなあと関心してしまいました。そしてまたいろんな検索をしていくなか、彼女がポーランド移民ですごく苦労して今の地位を築き上げたことも知りました。・・・・とにかく・・・たくさんの彼女のファンは彼女が無実であることを信じているだろうし、家には彼女グッズがあふれているだろうし・・・その人自身が会社の広告塔になっている訳だから、社会的にも彼女の振る舞いは多大な影響があると考えます。でも本当に無実なんでしょうか?人間、有名になってお金ができたら、もっとそれに貪欲になってしまうんだろうか・・・それともだれもがやっていることだけど、たまたまこの人は運が悪くてバレてしまったんでしょうか?新聞をいっしょにみていた旦那がそういえば、「サミー・ソーサ」もバットになにか仕掛けをしていたのがばれてやばいことになっている!って同じ一面のマーサの隣にある彼の写真と見出しをみせてくれました。社会的に影響力のある人はやっぱり悪いことはしてはいけないと、わたしは思います。サミーを信じていたたくさんの子供や大人がどんなに傷ついているか。(イチローのファンがもっと増えるのはよいことですが。)マーサブランドのライセンス契約を持っている西友さんなんか・・大した影響はないっていってるけど・・もし有罪が確定したらどうなるんでしょう。わたしは特にファンでもないけど、あまり新聞やニュースで見るので、その行方が気になって仕方がないのです。ただ、真実は神様が知っているのだから、引き際が汚くならないように・・よろしくお願いします。マーサさん。
2003.06.05
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きょうは幼稚園から親に宿題がありました。卒園生の親が子供の卒園用ガウン&キャップにアイロンして来週早々持ってきてください。ということでした。そうなんです。ハンナ6月10日をもって、幼稚園を卒園します。日本では4月に年長になったところを、1ヶ月でアメリカに来て、5月に1ヶ月だけこちらの年長を過ごし、もう卒園なんです。馬鹿母は今から、その日きっと感無量にまたなって・・涙をためてしまいそうなので、いまからマスカラはやめようと思っています。もらったのは、真っ白なガウンと真っ白なキャップ。アメリカの学校の卒業式を見たことある人ならわかるであろう、あれです。キャップは上が四角になっていて、卒業したらタッセルの位置をたしか左から右に移します。幼稚園児でもきっとかっこいい!んだろうな・・・といまから楽しみです。そんなことより、来週から夏休み・・・いったいどうして過ごしましょう。たぶん、ちょうど家の引越がすぐきて多忙になることでしょう。アイロン・・・焦がさないように注意しないとね。
2003.06.04
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最近食べ物の話ばかりのようでちょっと自分でも食欲の秋?なんて思っています。(夏というのに・・・)アメリカと聞くと広い庭でBBQ!と思い出す人も多いかと思います。確かに土日になると家の庭でやっている人が多いようですし、こう季節がよくなると、スーパーマーケットでもその関連グッズをプロモーションしているところが多々あります。ソース売り場に行くと、BBQソースは数十種類はあり、新参者にはいったいどれを買っていいかもわからないです。旦那は料理をしないのですが、BBQだけは昔から友人と企画すると、焼き人になってくれます。けむりが苦手なわたしにはとってもありがたいことです。先日、JCペニーに工具を見にいったのですが(アメリカでは男たるものツールなしには一人前ではないらしい???)旦那はどのBBQピットがいいか探し求めていました。最近の夕食は、ホテルの宿泊料に込まれているんだから、ちょっとくらいキャンベルでも我慢して、なるべく自分たちの負担を減らしたいといって、ホテルで食べています。きょうはBBQというメニューでした。(メニューは1ヶ月分、カレンダーのなかにプリントアウトされて、冷蔵庫に貼られてあります。)ホテルの夕食だし、あんまり期待はしていなかったのですが・・・なんと!すんごく美味しかったのです。ホットドックとハンバーガーだったのですが、はんなもこれはひとつづつしっかりと平らげてしまいました。来週の火曜日もそうらしいので、また必ずここで食べることになるでしょう。わたしはそんなことより、家事がもっと簡素になってうれしかったんですけど。明日のメニューは「スープ&ロールパン」と書いてあるので、家族一丸となって、却下とします。さてどこに行こうかな・・・
2003.06.03
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きょうもシアトルとその近郊はすばらしい晴天でした。(もう7時だというのにまだお外は明るいです。)先週、激怒してからというもの、ハンナはお弁当を何も残さなくなりました。(そんなに脅してしまったかな。)しかし!日曜日買物にいっていると、なぜか「ママ、明日のお弁当はパスタにして」というのでわたしは「???」となりました。なぜって、ハンナ・・わたしたちが大好きなイタリアンはダイキライでいつもイタリア料理行きは却下され、チャイニーズを選ぶやつなんですから。もしイタリアンにいったとしても、美味しい!ボンゴレビアンコのある店でしかパスタは食べません。(あさりを白ワインソースで、塩味のあれです。)(そしてハンナは6歳を前に相当なグルメです。)とにかく、そんな彼女の口からパスタという名前が挙がるとは思ってもみませんでした。お弁当にいろんなものを持ってくる子があるらしいのですが、わたしがびっくりしたところでは、クラフトのチーズとかを何切れか持ってきている子とか・・ヨーグルトとか・・クラスにイオンという女の子がいて、その子がパスタをランチに持ってきているようなのです。何ソースだったかと聞くと、ハンナ:「そのまま」といいます。わたしはますます「???」となりました。でもよく思い出すと、オランダ人の友人が息子さんに塩茹でしただけのパスタを夕食として出していたのを思い出しました。わたしは冷えたパスタをしかもそのまま何の味もなくお昼にいただくなんて(茹でたてならまだしも・・・)納得いかず、トマトソースはどうだということになりました。日曜日の夜、早速試食会を催しました。ハンナ御指定のアルファベットパスタをゆでて、そこにバリラの瓶入り、トマトソースにすこし改良を加えたものをさっとフライパンで混ぜました。ハンナは無理やり?か??おいしそうに食べてはいましたが。最後に「ママやっぱおにぎりのお弁当にする」といいました。わたしはそのパスタ結構おいしいと思ったんですが・・・。とりあえず、朝からパスタのゆで汁にむっとくることもなく・・無事普通のおにぎり・たまご・ブロッコリー・トマトのお弁当で通園していきました。きょうもお弁当は空っぽ。うれしい限りです。
2003.06.02
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このところずっと気分のよい快晴が続いている。シアトルっ子のいう"Beautiful Summer"が始まった。日本では2時ぐらいが暑さのピークであるが、こっちはなぜか3,4時という感覚である。たぶんこれも緯度の違い!?!温度的にはまだまだ日本の5月初旬みたいなんですが。Kirkland(カークランド)はシアトルの東側、ワシントン湖の対岸にある。街からは緑に囲まれた美しい湖、対岸には景色にマッチングした美しい家家、遠くにシアトルのビジネス街が見える。多くの人が住居を夢見るウオーターフロントでもある。でも・・かっこいいマンションで湖の景観となると、1億円以上になるので、全く論外。土地柄がいいので、普通の家でも便利のいいところだと8000万円ぐらいはしてしまう。そんな家の物価の話より、Kirklandにはこちらでも有名なシーフードのお店がたくさんあり(生かきの好きな人はきっとおお喜びのはず)、おしゃれなカフェもあちこちにあるので、週末はとてもにぎわっている。昨晩、インド料理がどうしても食べたくなり、Kirklandに来たのだが、常々ハンナがこの辺りにショッピングに来たい!といっていたので、日曜日はそこで過ごすことにした。Moss Bayというところにちょっとした公園があるので、そこを家族で散歩することにした。カヤックをもったカップルが湖にでていったり、ボートを走らせて消えていく家族の姿もあった。寒いのに水着で水にはいっている子供もいた。みなこうして短い夏を楽しんでいるようである。ハンナは芝生の上を気持ちよさそうに走り回っていた。(ハンナは公園が大好きで黙っていると1日中でも付き合わないといけない)湖から吹く風は塩気がないので、とっても爽快だった。シーフードのお店で軽くランチを済ませ、カークランドのダウンタウンでウィンドー・ショッピングを楽しんだ。結構工芸アーティストが多いようで、ギャラリーがたくさんあり、見て歩くととても豊かな気分になった。1ヶ月近くがすぎ、家族みな体重がどうなっているか気になるところである。我が家は美味しいものを食べよう!主義だが、そこにはいろいろと制約がある。値段・量・味が見合っていること。決して食べ過ぎないこと。(注文しすぎないこと)ただ、アメリカにおいては1人前が非常に多く、注文しすぎない、食べ過ぎないが無理な状態になっている。わたしは先日調べたところとりあえず1kg増となり・・1年後には気をつけないと12kg増になっている??いや~。それだけは勘弁!!要注意します。
2003.06.01
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