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なんて歌が昔ありましたが・・・(わたしはその時代に聞いていたわけではありません。)夜から・・・ホノルルに向けて出ます。ホノルルでちょっと時間があるようなので、空港うろうろしようかな。またシアトルのSOHOから日記を書くのを楽しみに戻ります。今回の日本滞在では思うように写真が撮れなかった・・・:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::関空を出たのは午後9時、ハンナは泣きを抑えて、おじいちゃんおばあちゃんにお別れをいっていました。ええ?関空の空港税が外税ではなくなっているではないですか?春からチケット代金に含まれるようになったって??それが当たり前ですよね~。高いっていう事実が感じられないし。免税店で、買いたかった口紅を1本購入して、飛行機のゲートに急ぎました。途中ブルガリやエトロがあって・・後ろ髪を引かれたのですが・・・飛行機はコンチネンタル便が合併されて・・(きょうは今年の関空⇔ハワイ便の最終ということもあり、乗車率は半分以下)定刻に出発しました。揺れもなく・・・席が悪いので、映画も観られず・・ただ・・・ハンナがトランプを貰ってしまったので、機内で「二人ババヌキ」をさせていただきました。・・・そうしている間に彼女が寝たので、わたしはまた森瑶子「午後の死」を片手に読書にふけりました。 現地時間で10時前に、ホノルルに到着、日本帰国時と同様・・すごい湿気でした。ハワイは爽やかだとばかり思っていたのに・・・機内からダイヤモンドヘッドを撮り損ねて・・でもなかなかいい画像でしょ?4時間ちかく次の便まで待ちがあったのに・・・ハワイでの関税検査、荷物検査で・・すっかり時間はなくなりました。一度空港から出てしまう形で、国内線に乗り継ぎになるので、空港内をぐるぐる外回りする形で・・・歩くこと30分・・・ようやくNWのカウンターを見つけました。結局・・・そこに行くことは必要ではなかったので・・もっとちゃんと自分で詳しく聞くのだったとあとで後悔しました。売店でマカデミアナッツ風味のコーヒーを購入し、ハンナのキーホルダーも買い・・・ゲートに入りました。無事、飛行機に乗り込み・・・6時間後、真夜中のシアトルに到着・・・なんだか24時間以上移動していたように感じました。お腹のはりもそうなく、無事旅が出来たこと、本当に神に感謝しています。そしてわたしのことを心配してくれたたくさんの人に感謝です。ちゃんとアメリカにもどりましたよ。でも・・荷物は結局誰も助けてはくれなかったので・・空港で旦那を見たとき・・どれだけ安堵したことか。では就寝するとします。
2003.09.30
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日本滞在もあっと言う間に終わろうとしています。なんだか・・・いっぱい心残りがあって、体がふたつかみっつあればどんなにいいかと思っています。荷物も・・・やはり大幅に増え・・・かなりの量を箱につめつめし、両親に別送をお願いせざるを得なくなってしまいました。(すいません!)明日残り1日となったので、きょうはどうしても日本にいる間に見たかったものを中心に、家の近所をハンナとうろうろしました。そうそう彼女の宿題は予定日までには出来上がって提出できそうな気配になっています。先日、わたしのいとこが「チェッキ」を持っていて、とても使いやすそうだったので、子供にかこつけ・・どうしても欲しくなってしまい・・・今日はとうとう購入しました。シャッターボタンが2箇所にあるという工夫がされていて、明るさも調整できるようです。フィルムもかわいいキャラクターものもあり・・・ハンナはキティちゃんのものがいたってお気に入りのようでした。旦那になにもおみやげがないので、ずっといっていたSONYのクリエ(8月初旬発売)を探したのですが、PDA人口は和歌山には少ないようで・・・どこにも現物がありませんでした。予約受け付けますってことは・・・在庫を置いていないか、そんなに人気でメーカーのほうで在庫切れなんでしょうか?全国的にはいっぱいあったりして・・ああ・・・日本橋にいっておくのだったと・・ちょっと後悔です。きょうは自宅での夕食となり・・「まつたけ」の焼き物をさんばい酢でいただきました。普段はあまり執着がないまつたけなんですが・・日本にいないとやたらなつかしさを感じたりして・・あのしゃきしゃきした味を堪能させていただきました。両親に客人ではないので・・あまり豪華にしないで欲しいとはいっていたものの・・本当はとても嬉しかったです。素直でないのでしょうか??ここ数日、本当に初秋らしい天候で、すっきりとした空に吸い込まれそうです。いったいシアトルはどうなっていることやら・・うわさでは雨はまだいまのところ始まっていないようです。明日でて・・・明日の夜にあちらにつきます。一日休んで、木曜日からハンナを通常の学業に復帰させたいと思っています。思っていたほど、友人に電話もできず、会うこともできず、残念です。でもまた来年があるか・・・。***** ***** ***** ***** *****きょうはわたしの実母の誕生日でした。おかあさん、○○歳おめでとう!これからも健康でいてください。
2003.09.29
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今回、日本にもどった目的のひとつは・・おばあちゃんの遺品の整理でした。捨てる為という目的もありましたが、何があるかを把握しておきたかったことと、生前おばあちゃんがこれは・・この家に残して欲しいとか、これはおばあちゃんの親友からもらった大切なものだとか・・なんだかわたしだけが聞いていたようなので、そういったものの再確認もしたかったのです。おばあちゃんは確かO型だったと記憶しているのですが、整理整頓が苦手なわたしとは打って変わってとっても整理の行き届いた「昔人」でした。ある年頃からおばあちゃんにとって布団の上げ下げがとっても大変になって・・(85歳ぐらいからかな)ベットになるまでは毎日のように押入れは開けられてはいたのですが、それがなくなってからは用事のあるとき、あるいは季節の変わり目のみ、その押入れはあけられていたように思います。おばあちゃんがすごい!と思ったのは、まず押入れの中のものがほとんど90度直角にきれいにはいっていることと、すべてのものには中身の表記があったことです。洋服類にいたっては、一枚一枚がナイロン袋にいれられて、あるものは、服の形状と名前がかかれた紙切れがはいっていました。また彼女が趣味でずっとつづけていた、日本画(水彩、俳画)の完成されたものなんかにいたっては・・表装前の絹ものだと・・きれいに包装紙といっしょにくるくる丸められており、その他もきれいに表面はカバーされて、几帳面に紐でとめられていました。押入れのなかには他にも、古い写真やなにやらいっぱい懐かしいものがありました。昔はお正月というと、いとこが全員集まっていたのですが、そんな30年前の写真もでてきたりして、わたし自身も幼少を懐かしんでいました。数年前にわたしが妊娠したとき、おばあちゃんが「これを是非」といってわたしにくれたものがありました。昔の古い「ねんねこ」です。模様から察すると男の子用です。当時わたしは流産してしまったので、それを実際もらって持ち帰ることなく数年が過ぎていました。それが・・なかなか押入れから出てこないのです。父に助けてもらいつつ、奥のほうを探ってみると、きれいな箱からそれがでてきました。そしてわたしの記憶では1枚だったのに、2枚ありました。男の子用です。帰る間際になってようやく再会できたこの2枚の「ねんねこ」をアメリカまで大切に持ち帰ることにしました。押入れの横には仏壇・・そしておばあちゃんの写真。しばらくまた日本を離れるけれど、天から見守っていてくださいね。
2003.09.28
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この週末はひさしぶりに古い書棚から若い頃?に読んでいた本を手にとり、読んでみました。本は大好きなので、苦手なジャンル(苦手はなんでしょ?)を覗いてはなんでも読んでみます。日本語の本のほうが好きで、英語は多少わかるのに、あまり読みません。(きっとすばらしい作品はいっぱいあるのにね)1冊の文庫本を読むのにも、わりと速読だったりするので、上下ものでも3,4時間もかからないことが多いです。だから多読をするけれども・・・その内容を何ヶ月か経てばすぐにすっきりと忘れてしまいます。あるとき、思い出したとしても、話の顛末をすっかり忘れていたりします。・・・なのに、その中にでてきた、食べ物の話や、その人が着ている服のこととかをやたら記憶していたりします。これは大好きな映画を観た場合も同じことです。20代に好んで読んだ作家が・・・森瑶子や宮本輝なんですが・・・ちょっと森瑶子さんの作品を読んでみました。もう10年以上も前の作品であるにもかかわらず、古さを感じません。しいて言えばパソコンとなるべき表現が・・・時代の流れで「ワープロ」になったり、携帯電話となるところが、時代の古さで「公衆電話」になっているところでしょうか・・・森さんの作品には、アジアが舞台になっているものが数多く・・それを読みすぎたので、いまの私がいるような気さえしています。その小説で、香港にもいってしまったほどです。10年以上たって同じ小説を読んだら、理解できることがもっと増えていて、自分のなかでなにかが成長したかもしれないというのを感じました。読書は・・どんな形でもいいから、一生涯ずっと続けていきたいです。アメリカにもどったら、英語力の低下を加速させないためにも・・ちょっとは英語の本を読まないとね・・・・・。
2003.09.27
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わたしの故郷は和歌山県和歌山市です。家からは和歌山城と紀ノ川、和歌山のシンボルが見えます。古くからの城下町でとてものんびりしていていいのですが・・・人口はあるときの45万人を境に・・・さびれていくばかり。なんか街には活気がないのです。それでも子供の頃には「ぶらくり丁」は夢のアーケードだったし。丸正食堂で、食券を買って、中に入ることはとても特別なことでした。その丸正もいまは廃墟となって、街の中心に暗い影を落としています。有吉佐和子さんの小説に、「紀ノ川」というものがありますが、その上流から下流に住むあらゆる紀州人に紀ノ川は特別な意味があり、またその名を変える奈良県での「吉野川」についても大和人の心の支えのような、そんな母なる川です。「紀ノ川」という歌があるくらいです。その始まりは「水清く、大地を潤し、流れ行く川よ、紀の国紀ノ川・・・・。」河口は瀬戸内海に流れ込み、ゆうゆうとして水が海に合流しています。PCを整理していたら、昔友人のところに投稿した、短編が出てきたのでご紹介します。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *「助けてくれ」激しい濁流に飲まれそうになってだれかがもがいていた。にじむ汗で暑い。そう、あれはあいつだった。中学を出た夏の暑い日、あいつはふらっとわたしの職場に現れた。「ぼくもういややね、どうしてええかわからんねん。」「そんなときは死んだらすっきりするぞ。」焦点がぼやけた視線のあいつは自転車でふらふらと去っていった。一銭橋の真中に放置された自転車と靴。わたしは目の前が真っ白になった。あいつ川に身を投げて死んだ…。わたしがあいつの一生を…。あれからずっと蒸暑い夜がくるとうなされる。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * わたしというのは、もちろん私ではありませんが・・・実際このお話のようなことがあったのです。ご冥福をいつも祈っています。
2003.09.26
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和歌山市がとても寂れてきているという話は何度も何度も日記でしているのですが・・・もともと県庁所在地で市役所所在地でもある和歌山市はだれもが電車で訪れる街だったと思われます。今は車がすごく普及して、みんなどこに行くのも自分の時間で行動できる車が主流で、電車はもっぱら通勤、通学の足、もしくは車が止められないところ、遠方に行くときの交通手段になっています。たぶん和歌山市以外のどこでもそうだと思うのですが、昔は駅前の商店街は毎日の用事でその町を訪れる人で賑わい、活気があったにちがいありません。そして現代はどうしようもなく衰退の一途を・・・和歌山市には「ぶらくり丁」というすごくでっかい商店街があります。今もあるのですが、活気はあまりありません。どこの県にいってもありがちなアーケード式になった商店街です。雨が降ってもぬれずに歩けるので、とてもいいとは思うのですが・・個人商店の価格はあまり魅力的ではないし、売れないので商品もそう回転しているとは思えません。「ぶらくり丁」の名前の由来はもともと、店主が商品を天井や壁から「ぶらくっていた」(和歌山弁でぶらくる:吊るす)かららしいです。いまでもカバン店の前を通るとその言葉の由来どおりなさっているところがあります。でも景気が悪いから・・それがいつから「ぶらさがって」いるかは謎なんです。でも・・古い在庫だからって値引きもなかったりして・・・。そんな和歌山ですが、「近鉄百貨店」だけは元気なようで・・・春から和歌山初で「ルイ・ビトン」と「グッチ」がオープンしています。なんでも近畿の在庫の穴場になっているらしく・・・遠くは京都あたりから商品をお買い求めで・・・JRに乗って下がってくるお客様が多いようです。話のネタに見に行ったのですが、ルイビトンは靴まであったのには驚きました。ちっちゃい店ではどこもが靴を取り扱っているわけではないはずなのに・・しかもお店も思っていたより随分大きかったです。さて・・・いつまでこのショップが継続できるでしょうか・・・グッチのほうも・・・海外に来たみたいに、いっぱいものはありました。わたしはあまりこちらには興味がないので・・・気もそぞろでみていましたが・・大人気があったバンブーシリーズなんてとっくになくなって(すいません、すごいふるい話で・・)ロゴシリーズが中心なんですね・・・ゼブラ柄のバックはちょっと可愛いなと思いましたが・・・しかし・・・この2店舗があったところで・・・和歌山に活気が戻るのとはまた・・・全く違った問題で・・・次回帰ってくるまでには・・・もっともっと「体感できる景気回復」を祈るばかりです。木村知事よろしくお願いします。それと・・・竹中さん!にしっかり故郷の経済対策も打ってもらわないとね・・・
2003.09.25
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きょうも無事終わろうとしています。なかなか友人に会えないので、その分電話で時間を費やすようにはしているのですが・・やっぱり顔をみてお話できたらどれだけいいかと思ってしまいます。電話でさえ・・すべての話したい人にかけられるというわけではなく・・・一日48時間欲しいと思います。5月に日本を離れるときに、ばたばた出て行ったので、どうもいろいろと遣り残したことがあり、今頃になって・・つけが回ってきました。日本人が海外に3ヶ月以上に渡って居住する場合は・・現地の大使館か領事館に「在留届」というものを提出する義務が日本人にはあるらしいのですが・・・実は・・・それも先週こちらに来るまえにやっと出しました。日本では和歌山の実家に住所があることになっていましたから・・・9月にはいって、ハンナの小学校への就学の為の健康診断の案内なんかが届いていました。そして・・・旦那がアメリカに転勤になったことで、厚生年金が一度切られて、国民年金に切り替える・・・またこれも義務だったようで・・・書類がきてました。そしてそして・・・いろいろと。きょうは朝から雨だったので・・なかなか出て行くタイミングがなくて・・・結局義姉が・・・運転をしてくれ・・なんとか消化できました。市役所に出向いて・・・まず、とりあえず、第2子の為にどうしても「母子手帳」を貰いたかったので・・それをゲットするために窓口へ・・・書類に記入していると、係りの方が・・いぶかしげな顔で言うのです。「・・・このお名前の字は戸籍と違いますよね?」「????」わたしはなんのことを言われているかわかりません。「ですから、この字のここがちがいますよね?」「え??なんですか??」まだわかりません。わたしの名前はさとこ・・聖子と書くのですが・・・この下の「王(おう)」の部分が「壬生」の「壬」になっているとおっしゃるのです。37年生きてきて、だれにもそれを指摘されたことはなく・・・なんだか青天の霹靂?でした。もう一度かかりの方が戸籍課のほうまで、行って確かめてくれたのですが・・やはり「壬」になっていたそうなのです。なんか・・いままでの自分を否定されたようで、妙な気分でした。最後に、係りの方の上司のような方が来て、もし該当漢字をわたしが思っている字に変えたいならば、できるので、もしかしたら役所のミスってことも考えられるので、いつでもおっしゃってください!とのことでした。いやな気分というわけではないのですが、本当に驚いてしまいました。37年も・・・そうなっていたことに気がつかなかったなんて。変な気分がありましたが・・とりあえず、今日のノルマは達成しました。明日は・・・旦那の印鑑がいった書類を届けにいって・・当分お役所に出向くこともなくなります。しかし・・・戸籍でこういうことってあるのですね。
2003.09.24
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お彼岸というと・・「ぼたもち」をお家の仏壇にお供えしている御宅も少なくないと思うのですが・・昔はどこの家でも家庭で作っていたようですね。大家族だった頃はそれもあっと言う間になくなったでしょうけれど、核家族化が進むと・・作ってもそれを失くす(食べる)のがとても難しいから・・どんどん家庭の味ではなく、商店の味に親しんでいってしまっているように感じます。先日、家族で夕食時に話していたところ、なぜ「ぼたもち」「おはぎ」と同じものにふたつの名前があるかというのをはじめて知りました。春の彼岸には・・「牡丹餅」で秋の彼岸には「萩の餅」なのだそうです。春はなんでも牡丹の様子が「牡丹餅」似ている?から?で。秋は小豆粒が萩の咲き乱れる様子に似ていることから「お萩」となったそうなですが、これは俗説みたいです。でもなんだか季節感があふれていて、よいではありませんか。もともと「ぼた」というのは、米の卑称なのだそうです。これはお米で作ったもので、良質のもち米で作ったものでなく、もともと農家の間食用だったらしいのです。まあ、すごく庶民の物だったということですね。商品用に菓子屋が改良に改良を重ねて今の形になったのでしょう。わたし自身は・・どちらかというと「こしあん&おもち」の「赤福」のようなあんころ餅のほうが好みですが・・おばあちゃんの為に彼岸に「あんころ」をお供えしたので、おさがりをいただきました。明日、祖母の遺骨は京都の西本願寺に参ります。
2003.09.23
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きょうはうずうずする気持ちを静めるために、とりあえず大阪にいってきました。もちろん目的はショッピング!!!です。ちょっと電車に揺られることが・・・今後難しいかな?というのを実感してしまったんですが。 横浜都筑の阪急にも同型の観覧車がありますとりあえず、「阪神百貨店」には立ち寄らず、そのおむかえの「阪急百貨店」にいってみました。平日というのに・・すごい人の数です。ちなみにわたしの故郷「和歌山市」は寂れる一方のようで・・平日ともなると、そこに唯一の「近鉄百貨店」ではフロアによってはお客よりも店員のほうが多いといった状況になってしまっていることもしばしばです。まあ・・大阪の「北」とそれを比べる自体が間違っているのでしょうけれども・・・若者も本当に多かったです。阪神お祝いセールにいったはずなのに、なぜかお目当ての売り場にはそういう雰囲気は漂ってはいませんでした。アメリカでは妊婦用の下着なんかが充実していないので、出産後までのものをちょっと揃えたくて・・やっぱり日本の決め細やかなサイズに感激し!あれこれ買いました。(ところで3人目の妊娠は今後ないものと思われます。)(これって非常に無駄でしょうか?)ただ・・40歳が近づいて・・産後の体型がやたら元にもどらないといろんな人から聞かされますと・・・それだけでびびってしまうのです。家族がちょっとみんな肥満気味?というより、太りやすい体質なので・・わたしも注意を怠るととってもやばいことになるのは目に見えていますから。ハンナの目的は、横浜時代しょっちゅう通っていた、ディズニーショップにアリエルグッズを探しにいくことでした。あるわ・・あるわ・・・嬉しそうにどんどんカゴにつめられていく商品・・大蔵省のおばあちゃんにお任せしてしまいました。(ありがとうおばあちゃん!)もうほくほく顔になったハンナです。でも・・おめあての学校用のカバンはありませんでした。キャスター付のプリンセスシリーズがあったそうなのですが、売り切れ状態だったのです。それだけはわたしもなんだか悔しかったです。夕方、家に帰るということで出かけましたので・・・あわてて・・今度は難波の方に・・・母の配慮で、御堂筋線をタクシーで通ってもらいました。わたしは、以前本町あたりにある、某商社にいたので・・その懐かしい会社の周りと、いつも歩いた道を再び見ることができ、とてもうれしかったです。でも・・空き室のたくさんあるビルが目立ち・・・やはり景気がよくないことを示していました。御堂筋でこうですから・・・他の通りにいったらもっとすごい状況になっているに違いありません。途中・・先日誰もが見たであろう、あの道頓堀川のあの場所を通り・・シャッターを切ったのですが、ちょっとタイミングが2秒ほどずれてしまいました。でも・・このあたり一面人で埋まっていたはずです。グリコのおじさんはいまだに阪神マークに切り替わっているらしいです。あとは・・・もしも??!日本シリーズで優勝してしまったら・・・5300人(実際は6千を超えた?)その倍ぐらいの人がまた・・・注意もむなしく飛び込んでしまうのでしょうね・・・というか・・・防止の意味で「柵」なんかできてしまったりするでしょう。難波では・・・「高島屋」と決まっていますが・・・まず帰りの電車の切符を取った時点で40分ほどいられることが確定したので、いままでいきつけていたお店の方にごあいさつがてら・・新商品をみせていただいたり、世間話をさせていただきました。大阪の店員さんはそれぞれキャラがあり、とってもユーモアに富んでいて・・・おもしろいのです。もう・・5,6年お付き合いのあるかたばかりでしょうか・・・それで・・何を買ったか・・というと・・ほとんどが妊娠関連グッズで・・あとはハンナのおもちゃや文房具・・・おばあちゃんには本当に申し訳ないのですが・・・何も買ってはなかったようです。本当にごめんなさい!でもすごく感謝しています。そうそう梅田「阪急」の最上階にある、手芸コーナーは充実していて・・・(たぶん関西1ではないですか?)ちょっと手作業をしようと思い・・いろいろなパーツを購入しました。あまりいろいろあるので、嬉しさがとまらなかったほど。大阪というと・・・バブリーな頃に毎日通勤していたものですから・・・華やかなイメージがいまでもこびりついています。平成初期の華やかさはないものの・・・人々の流れはいまでも盛んで・・・活気を感じます。なんか・・・今回でまだ見たらない気がします・・・(母に言わせると・・・もういい加減遠出はあきらめたほうがよいとのことです・・・。心配でたまらないそうです・・・。)わたしは・・まだまだどこにでもいってやろう!と思っているんですが・・・(鉄砲玉も・・もうすぐだめかな・・・)
2003.09.22
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昨日、一日中大人の用事に賢く付き合ってくれたハンナの為に、きょうは家族で彼女をトイザラスにお連れしました。和歌山に唯一人が集まるショッピングセンターというと・・・パームシティという場所があります。その中には昔はディズニーショップもあったのですが、やはり他ショップに比べて集客率が低いのか、何年か前に閉鎖されてしまいました。その後はあやしいディスカウントのブランドショップとかもありましたが・・今はRight Onなんかで落ち着いているようです。その中に、和歌山でのスターバックス1号店があります。普通は・・スターバックスってちょっと閉鎖的な店の雰囲気があって、タバコをすいたい人はお店のお外のテラスでどうぞ!って感じなのですが・・なんかだだっぴろい中に椅子がいっぱいあって・・・ちょっとスタバの本来の雰囲気とは違った様子でした。まあ・・ゴージャスな椅子セットは相変わらず君臨していましたが・・・いつまでもってくれることやら・・はらはらします。まあ・・・あれだけスーツのビジネスマンが少ないスターバックスも全国でめずらしい?はずです。・・・トイザラスでのハンナのお買物も・・・6歳を越えるともう赤ちゃん赤ちゃんしたものはそう買いたがらないですが・・・アリエルのビデオを見つけて3本ほどもっていたでしょうか?わたしは最近ミュージカルに興味を持った彼女の為に「サウンド・オブ・ミュージック」の二ヶ国語があったらと思ったのですが、それはさすがに古いのかなかったです。アマゾンとかで調べてみるほうがよいようです。(後に他のCDショップで、英語の字幕バージョンがあったので、とりあえず買ったのですが・・・)お昼はケンタッキーを食べたいという、ハンナとおばあちゃんのリクエストでチキンとなりました。ハンナ曰く、日本のフライドチキンのほうがおいしかったのだそうです。(確かにこぶりで味がしっかりしているように思えました。)帰りに・・ユニクロの路面店があったので、おじいちゃんに停まってもらい・・ちょっとお買物するだけのはずが・・・なんかみんな何かを手にカゴに入れていました。旦那が好きそうな秋用のカットソーや・・くつした等を購入しました。なんか・・買物ばっかりしているようです。来るときお土産なんかでいっぱいにしてきたスーツケースは・・・いまや購入したもので・・・(クイックルワイパーの紙とか・・1年間の箪笥にゴン・・とか・・)いっぱいです。でも・・・以外と軽いですが・・あと1週間以上滞在期間がありますが・・どれだけ荷物が増えるのでしょうか・・・おそろしや・・・・です。おばあちゃんは郵便局から送るからといって、箱を組み立ててくれていましたが・・・まだ赤ちゃんの服等・・・倉庫にはいっているものを整理しなければならず・・・今から膨大な量が予測されます。
2003.09.21
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きょうは一日中雨でした。午前中は移動中に溜まってしまったハンナの宿題を、じいちゃん、ばあちゃん、わたしで・・・3時間かけて進めました。(ハンナは非常に健闘していますが、疲れるようです・・・)ただ、学校に提出の義務があるので、やらざるを得ません。昨夜から・・祖母の遺品を見つめつつ、手にもとり、思い出をいろいろと回想していました。祖母とわたしの思い出というのは家の中のことが多く、あまりいっしょに外出した記憶はないのですが・・・ある時、バスで和歌浦に連れていってもらったことがあります。祖母の目的がなんだったかよく覚えていないのですが、和歌浦にある神社やお寺を二人で散策した記憶があります。祖母は草花や、自然を愛したので、歩いていても雑草の名前や、四季折々の話をよくしてくれたように記憶しています。大人になって・・わたしが免許をとった時に、おばあちゃんを和歌浦ドライブに連れていって、運転を怖がられた記憶があります。思えば・・80歳前のばあちゃんに怖い思いをさせてしまったんですね。とんでもない孫だったかもしれません。あの頃はシートベルトも・・必須ではなかったし・・・(和歌浦はなんかリアス式海岸?になっていて、道が坂でぐねぐねしています。走り屋さんが昔はいっぱい飛ばしていました。)祖母は・・ここ10年ぐらいは、眠ることが怖かったようで・・というのも・・死ぬことがすこし怖かったようで、なぜか眠るときにテレビをつけたままという習慣がありました。耳が遠いので、よく聞こえないから・・音量が普通の成人の倍とかになっていて・・ついていると廊下でもしっかりと聞こえます。わたしが深夜に家に帰ったり、遅くお風呂に入ったあとなど、いつもおばあちゃんの部屋にいっては、電気を消し、テレビを消したものでした。いまも・・・夜におばあちゃんの部屋の横を通ると、いるような錯覚に陥ります。いろんなことを考えつつ・・・昼間がきました。四十九日法要は本当に身近な親戚のみで行われました。我が家がお葬式を出すのは、昭和20年代に祖母の父が亡くなって以来(おじいちゃんは戦死だったので、お葬式はなかったと・・)であり、わたしなんかにとっては、そのしきたりすらよくわからず・・とまどいました。南無阿弥陀仏を唱えるのは、いろいろとリズムや音階があって、難しいというのも今日ははじめてしったほどでした。それでもおばあちゃんの為にみんなで唱えました。お墓にお骨を分納し、その後みんなで食事会になりました。久しぶりに、お会いする叔父や叔母、そしていとこの姿がありました。近況報告やおばあちゃんの昔話を少しして・・・終わりました。祖母のお骨は来週、京都の西本願寺に納められます。わたしの中でも、祖母が他界したことを素直に受け入れ始めていると・・感じています。戻ってきてよかったです。ハンナもそれなりに感じたことはいっぱいあるようなので、連れて戻ってきてよかったです。
2003.09.20
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きょうからお腹の赤ちゃんが7ヶ月に入りました。現代医学ではもうこの頃から外の世界にでてもなんとかサバイバルはできるように、体の器官も発達しているようです。2ヶ月ぐらい前からお腹の中でぐるぐると動きだしてはいたのですが・・最初は胃が動いているのか、子供が動いているのか、さっぱり解らない状態でした。女の子と男の子ではなんか動きが違うようにさえ思えました。9月に入った頃には、動きがだんだん全身運動になってきたようで、羊水の中でごろん、ごろんと回転を楽しんでいるようでした。・・・それが近頃になって、大きくなったのか、大胆な動きに変わりつつあるのです。なんか「足蹴り」されているような雰囲気の日があれば・・「手で伸び」をしているような日もあります。直接触れるものではないけれど、その箇所に手をあてては・・とんとんして、母の存在を知らせてみます。そうすると、また「蹴り」がはいったりして・・おもしろいものです。きっと来月ぐらいになったら本当の「足蹴り」になって、痛いことこの上ないでしょうね・・幸せな痛みだけに、それはそれでいいのですが・・・お医者様から、日本にいっても緊急ではない限り、特にお医者様に診てもらう必要もないと言っていただいているので、それほどに子供の状態はいいものだと確信しています。トイザラスとかの赤ちゃん用品をちょっとチェックしてみたいです。きっとすごく進化を遂げているのでしょうね・・・。赤ちゃん本舗も近くにあったらいきたいところですが・・和歌山には残念ながらありません。(いっそ・・・船場にいってしまうか?!?)とうとう・・妊婦の歩き方になり、威勢のような、オーラをふりまきつつ、道をゆく自分が・・・情けないけど・・・うれしいです。アメリカにもどったら・・ますます動きが鈍くなって・・もっともっと妊婦になってしまうのでしょうね・・・ああ・・・残っている最小限の片付けものが気になります。いない間に旦那がすべて終えてくれている??なんてこた~ないか・・・ハンナの宿題は順調に進んでいます・・・・英語がつらそうですが・・・
2003.09.19
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実家に夕べついて、ひさしぶりにおばあちゃんに再会し、位牌をみて・・やっぱりいなくなってしまったことを実感しました。しばらくおばあちゃんの部屋にいて、思い出の品をいろいろとみていたほどです。夜・・つかれきっているわたしを見て、母がハンナを寝させてくれるといってくれました。(ちなみにハンナは物心ついてから、なぜかばあちゃん、じいちゃんたちとはかたくなにいっしょに寝ないのです・・・〔号泣〕)わたしはすごく疲れていたので、10時ごろから眠り、そのまま朝まで熟睡しました。ですが・・ハンナはフライト途中で眠っていたせいもあって・・・実は昨夜は一睡もしなかったようなのです。ハンナ曰く、おそろしいテレビ番組になって・・それがいやでいやで眠れなかったのだそうです。おばあちゃん曰く、30分ごとにおばあちゃんに「おなかすいた、起きよう!」とせがむハンナがあったようです・・・(全く申し訳ありません。)3月にアメリカに行くのが目前だったので、いつもの美容師さんに毛染めをしてもらい、カットもしていただいたのですが・・4月は日本ですごしてしまったので、結局アメリカにいった5月にはもう随分・・髪の毛が白髪で目だっていました。40前の微妙な年令なので・・髪の毛の色ひとつで随分雰囲気も変わるし、ふけ顔にもなってしまうことをここのところ実感しています。とにかく!!わたしは・・美容院というところがダイキライで・・できれば足を一生運びたくないのです。そして、そこでの人間関係を構築していくのもダイキライなため・・1度ここがいいと思ったら、それが和歌山であろうと・・実家にもどるまで待っている始末なのです。横浜にいた2年間・・その前の三重時代もずっと今のお兄ちゃんのところに、戻ってきていました。妊婦が毛染めをすることには、賛否両論ですよね・・・わたしもおなかの子にもしものことがあったらと・・・かなり悩んだ挙句・・でも髪の毛がばさばさでストレスを溜めるよりは、すっきりしたほうが赤ちゃんの胎教にもよいと判断したのです。(ようは・・そこまでしてでも毛染めをしたったのです。)確かにシャンプーをしていただくときの仰向けの姿勢は・・7ヶ月に入ろうとしている妊婦にとってはとてもつらいものでした。思わず足を上げさせてもらい、椅子の上でひざを立てていた次第です。髪の毛がきれいに染まって、カットもしていただいたら・・・まあ・・やっぱり3歳は若くなったではないですか・・・これでおなかがでていなかったら・・まだまだ大丈夫(何が??)という気分になってしまいました。単純なものです。お店の先生(お兄ちゃん)はわたしよりも5歳ぐらい年上で、背も高くて、話も楽しくて・・やさしそうな、いい人なんですが・・・これが結婚できなくて悩んでいて・・くせもなさそうだし、結婚願望があるっていってるので・・・誰か美容室経営のすばらしい男性を・・・って方があったら声をかけてください。わたしはいつもまじまじと彼を見つめながら・・「本当にねえ・・なんにもくせもないのに・・・どうしてでしょうね・・・」と何度もいってしまうのです。運動も万能そうだし・・車の運転もうまそうだし、収入も安定していそうだし、子煩悩そうなのに・・・昼過ぎに終わったので、さびれかかっている「ぶらくり丁」という繁華街??(昔は本当にすごかったのです)界隈にある、ディスカウントファーマシーにいって・・・よく切れる、よくつく「サランラップ」なんかを買って・・・帰路につきました。でも・・・和歌山市、本当に活気がなくて・・・さびれる一方に見えるんですよね・・・百貨店は「近鉄」「高島屋」と残ってはいるのですが、昔からあった老舗の「丸正」や・・「大丸」「サティ」はとっくにつぶれて廃墟となっています。戻ったら・・・昨日一睡もしなかった、わが娘は大爆睡しておりました。(わたしが美容室にいった間、おばあちゃんと徒歩5分の、和歌山城にいって、動物園の親友、熊の「べにー」にあったり、天守閣に上がっていたようです。)夕方、兄家族が食事に来るというので・・・先に到着していた義姉とハンナとで「近鉄」に買物にいってきました。ハンナは「アリエル」の靴を発見し、大満足!!平日だったこともあったけど、和歌山まではあまり「阪神優勝セール」の恩恵はないようです。(やっててもスケールが全く小さいのです。)そして・・・買物フリークのわたしは・・大阪に足がむいてしまって・・・むずむず・・・いきますとも、そのうち・・平日に・・・「なんば」や「梅田」に・・・・そうそう、ハンナの宿題も順調に開始されています。
2003.09.18
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飛行機はホノルル経由だったので、17,8年ぶりにちょっとだけハワイの空気を吸って(それにしてもシアトルがあまりにドライな気候なので、ホノルルさえも蒸し暑く・・)、山のようなハワイ日本人観光客を見ながら・・・一路関空へと向かいました。シアトルの空港で大阪のご婦人にお会いしたので、おたがい助けあいながら、ハワイで無事に乗り継ぎました。E-ticketではもとからどの座席かというのは確定しているのですが、航空会社の都合でフライトの飛行機の機種が変わっていると、その座席もWEBでみたものとは多少違っています。シアトル-ホノルル間は、ほとんどがバケーションでハワイに行くアメリカ国民だったので、アテンダントも全員がアメリカ人でした。ところが・・ハワイからだとさすがに・・日本語を話すアテンダントがあちこちに・・・NWに昔乗ったとき・・通訳でアテンダントをされていた日本人の女性に憧れたものです。そういえば、学生時代に就職先にこのNWを受験しましたが・・当然1次試験でおっこちました。もし機上職についていたら・・今とは違う自分があったかもしれませんね。飛行機に乗り込むと、周りの方が日本語の新聞を読んでいるので、わたくしもいただきました。アメリカでは日本語の活字とは程遠い(ネットをのぞいて・・)生活をしていますので、とても新鮮な気持ちで・・16日付の朝日新聞夕刊をすみからすみまで・・読んでしまいました。そうそう最近老眼がはじまっているようで(まだ40にもなっていないのに)新聞つらいです。新聞のネタはもちろん「猛虎」一色でした。「朝日」がそんな風だったから・・「サンケイ」なんてもっとすごかったにちがいありませんね・・・懐かしい大阪人のコメントや・・星野監督のコメントやら・・いろいろと楽しく読みました。ハンナはその横で、機内でお借りした、ポケモン、シンデレラを握って・・・わたしに読んでもらうのを待っていました。何度か飲み物をいただき、食事をしている間に日付変更線を通過し・・17日になったようでした。なんかまる1日損した気分です。(帰ったときは1日が40時間ぐらいになるので、いっしょなんですけど・・・)久しぶりの関空は・・ついて飛行機から通路に出たとたん・・「じめっ!」という関西独特の暑さでした。お迎えにきてくれていた実家の両親に思わず・・「これでちょっとは涼しくなったって??本当なの??」と何度も聞いてしまいました。夕方というのに・・まだまだ暑かったです。関空から実家までは30分ぐらいの距離なので、まもなく実家付近に到着・・ひさしぶりに和歌山城も見たし・・・きょうはゆっくりと眠ることができそうです。明日から・・いっぱいやりたいことがあります!!
2003.09.17
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昨夜は12時まえにすべての作業を終えて・・・就寝しました。5時に起きて、シアトルータコマ空港には6時半にはついていたでしょうか・・・今回は、飛行機会社のWEBから直接買うチケットで帰ってきました。少しエージェントを通すよりはお高いのですが、その日に座席のポジションと共に予約の確約ができるというものです。またディスカウントでもフライトの日を変更できるなどの良い点があります。旅行者にとって、最もいやなのは、セキュリティーが厳しい最近の空港で荷物をはやくチェックインできるというのはとても嬉しいことですが・・・チェックインのときからすでに列が違い・・他方は長蛇の列なのに、わたしたちの列はどんどん人がはけていきました。チェックインの荷物が特にない、アタッシュケースのみのビジネスマンなんて・・・その列にすら並ぶ必要がなく、エスカレーター横のATMマシーンみたいなので、自動受付をしていました。すごい時代が来たものです。(日本ではまだこのシステムはメジャーではないとにらんでいますが・・・)3つのスーツケースが無事・・・コンベアで流れ・・・とうとう旦那とも分かれる時間がきました。ハンナはエスカレーターのお別れポイントで号泣でした。両親がそろって近くにいてくれるのがいいのだそうです・・・以前1月に来たときにはもっとセキュリティーがタイトで、搭乗口でもパスポートを提示するのがあたりまえでした。でも・・今回はそれを言われることもなく、さっと搭乗が可能でした。では・・・お医者様が言っていた・・・「飛行機で1時間に一度は立って歩いてください!」というのを守りつつ。いってきます。
2003.09.16
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ようやく日本に帰る日が来たので、きょうはばたばたと荷物つめに追われていました。その上、あれこれ持って帰りたかったものの購入を忘れていて、出て行くこと3度・・やっぱり紙に書いたリストを持っているべきでした。(いつも思っています)とりあえず、朝は明日5時おきなので、ハンナは9時には寝かせつけました。今日は学校にお迎えにあがると、かばんのなかには山のようなプリントが入っていました。毎日もらっているとそう量も多くないと考えがちですが、2週間分となると相当カバンも重くて・・中の実物をみてまたびっくりでした。そうそう、金曜日のSpell(つづり)の結果も入っていました。10問中、8問正解で80点、Bという合格点でした。初めてのテストをハンナはちゃんと「筆記体」でつづっていたので、それが嬉しく、また彼女なりにがんばっていることがよく伝わり、前途がちょっと明るくなりました。無論、同じ学年のともだちはほぼ100点でしたが・・健闘賞をハンナにあげました。宿題は英語のクラスが「リーディング」いままでの本1冊全部。そして塗り絵やフォニックスがはいったプリントを20枚ぐらい。日本語が「1年生の夏休みドリル」を終わらせることと。そして「光村」の教科書の部分的な音読、それの日本語ドリル。もうひとつ英語のプリントの束・・・がありました。こつこつ毎日すこしずつこなしていこうと思っています。わたしのほうの・・日本での宿題は・・・体調がよければ、特にお医者様にもいかないでいいと、今日の検診で言ってもらったので、やりたいことをやりたいだけしたいと思っています。先月の検診からは4パウンド体重が増えていたのでいま58.5kgといったところです。(これってハンナを産んだときの体重です。)先生は「日本にもどったらきっと食べたいものもいっぱいあるだろうから、もうちょっと体重増えて帰ってくるね~。」とおっしゃってました。日本では青い菜っ葉をいっぱい食べたいと思っています。小松菜のおひたしや・・・やわらかいほうれん草、間引き菜・・・なんか・・シアトルではないもの。そして、日本でしかできないお買物もたくさんあります。旦那はなぜか・・・サランラップのミニを・・・と言っていました。ちいさい皿にラップをかけるとき、アメリカは普通サイズしかなく、しかも切れ味がわるいハガネがついているので、使い勝手がめちゃくちゃ悪いのです。わたしは、クイックルワイパーの下につける、不織布ペーパーをディスカウントドラッグストアでいっぱいカイダメしたいです。あとは・・・友達にたくさん電話もしたいし、実際にも会いたいし・・とはいえ、時間が限られていて・・あまりがむしゃらに動くことも難しいかな。スーツケースをほぼ空の状態で3つ持って帰ることにしました。空といっても・・・詰まってますが・・・いつも1つが平均40kgぐらいあるところを、今回は20kg以下に抑えました。
2003.09.15
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きょうは家の片付けを、帰国中きっと仕事が忙しい旦那の為に・・やろうと思っていたのに、気がついたら、夕食の準備の時間と相成っていました。昨夜は遅かったので、当分家族で食事もできそうにないし、サンデーブランチをと企んで寝たのです。ゆっくりと寝るはずが・・当のわたしが8時には起きてしまったのです。なんか眠れる日に早起きしてしまうなんて、すごいもったいないです。悔しいので、家族を起こして(性格悪いです)9時ごろから車ででかけてみました。Kirklandのダウンタウンのコーナーに「JJJ(トリプルJ)」というカフェがあり、いつも人でにぎわっているので、そこに行くことにしました。オーソドックスな朝食なんですが、アメリカンポーションでとっても満腹になりました。よくあることなんですが・・我が家はお客様をお店に運ぶという不思議な力を持っていて・・どこのお店にはいっても、最初がらがらでみるみるうちにいっぱいになるって特技があります。今日も全くそうでした。(ただ単に、時間帯の問題って話もありますが)帰りがけに、ハンナが飲んでいたベリーのジュースが賞味期限切れをしていたことに気がついたのですが、アメリカではこういうことがいつもなので、目をつぶってしまいました。ハンナは案の定大丈夫でしたし。その後、コストコに足を向けて、散歩しました。もうクリスマスの準備にとりかかっており、5mぐらいの巻物になったクリスマスのラッピングペーパーや、リボン、カードなど山のように売られていました。もちろんうちは商戦にまんまとひっかかりましたよ~。帰り道、Bridal Trailという美しい街を走りぬけながら帰ることにしました。林のなかにあって、馬を飼っているお家が多いことで有名です。ときどき、馬に乗った人が本当に道を歩いていたりします。日曜の午後ということで「OPEN」と書かれた「売り家」がいっぱいでていたので、とりあえず何軒かの家を見て歩きました。(購入するつもりは全くありません。)まあ・・それらを見て、不動産の動きとか、経済情報を仕入れにいくのですが・・・かなり歩いてしまったので、疲れて・・・お昼ねと相成ってしまったことはいうまでもありません。道の木々がだんだん秋らしく、色づいてきました。10月にはいったらきっと写真がいっぱいとりたいくらいきれいになるものと思います。楽しみです。明日は・・定期健診の日です。一体何キロ太っているでしょうか?そして・・明日スーツケースにパッキングです。(なんだか火曜日の朝やっているような悪い予感もします。)とりあえず、ハンナの宿題も終わったところで・・・就寝します。
2003.09.14
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きょうは旦那の同僚のお家でのBBQパーティーにいってきました。いつもランチなどを共にしている、オフィスの仲間なのですが・・実は4人とも違う国の人で・・・話しているとなかなか違う国の考え方に「うーむ!」ということもあるのだそうです。家主は高校時代にアメリカに留学経験のある、デンマーク人。デンマークは他国語がいっぱい回りにあるので、ユーロ圏の言葉は4,5個話すようです。律儀な性格はどこか日本人を思わせます。彼は旅行が大好きで、遠くはアフリカ・・フィジー・・現地民の生活とかにもとても興味があり、お酒が大好きで、いつもいかにアメリカのビールがまずかを訴えています。次は、ロシア人、家族(奥さん・子ども)を連れてきていました。今年やっとこちらのグリーンカードを取得したらしいです。3歳のぼっちゃんは・・・ママにはもっぱらロシア語を話していますが・・英語もぼちぼち・・今年からプレスクールに入っているそうです。シベリア出身で、旦那に言わせたら・・とってもシャイな人だそうで・・・「飲んだら・・話すって聞いたことあるよ~」とわたしが言うと、前回のカリフォルニア出張でいっしょになったとき、ウォッカ入りのカクテルをたくさん飲んで、とっても話がはずんでいたらしいです。次は・・ブラジル人・・奥さんを連れてきていました。アメリカには夫婦でもう3年いるそうなんですが・・・ブラジル人というと・・とってもサンバな雰囲気?というか独特の空気があるようにおもうのに、このおふたりはとってもヨーロピアン的な空気を持ったひとたちです。そして・・・うちの家族。子供は子供で、ピカチユーのビデオや・・・ゲームをしていて・・・奥様同士は座って、会社の保険が悪いのなんのって・・・そういう福利厚生の話になって・・・いろいろとみんな問題があるのだな~ってお互いにそれがわかってとてもすっきりしたり・・車の免許の話や、自国のことなど・・・面白かったです。旦那衆は・・・外でBBQのピットを囲みながら、ビールと共に話に花が咲いたように・・全く入ってくる気配なし。食物をグリルから運んでくるときだけ・・きては、またそそくさと外に戻っていきました。男同士の長話っていうのは一体どんなもんなんでしょう??仕事がらみの話が大半は気もするのですが・・・あっと言う間に11時前になってしまい・・・とっても疲れて帰宅しました。家主マイクにきょうは教えてもらった、ドリトスチップ用のディップをご紹介!あっさりしていて、ビールにとっても合いそうです。ぜひ機会を作ってお試しあれ。材料ライム2個アボカド(熟れた物)2個オニオンみじん切り作り方(混ぜ方?)ボールでアボカドを形がなくなるまでつぶして、そこにライムジュース、オニオンを入れる。好みでガーリックのみじん切りを入れるもよいらしいです。ライムがない場合はレモンでも可。
2003.09.13
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スポーツというと、ルールがほぼ完璧にわかるのは、野球しかありません。特に阪神ファンというわけでもないのですが・・出身地の関係で、やっぱりその勝敗はいつも気になります。阪神の優勝を間近に控え・・ファンのみなさまと、関西方面のたくさんの方が興奮の渦に巻き込まれていることと思います。阪神情報が気になるので、覗いておりますと・・・公式サイトで・・「ファンの皆様へ・・・」と書かれたお願いがありました。「・・・・・・道頓堀川への飛び込みや・・・・公共のルールをみだされることのないよう・・・。」・・・ン・・・・??・・・・ん????大阪のおっちゃんたちがこれを厳守できるかどうかはとっても疑問です。きっと今頃一重だったケンタッキーおじさんも三重のくさりぐらいになっているでしょうし(笑)18年前?の優勝の時に、どれだけみなさんが「すごい行動」をとったかを覚えているだけに、ぜひけが人などがでないようにと願っています。大阪人はなんでも笑いに変えてしまうというのが、特技ですが・・・川にとびこんで、脳挫傷とかで・・・致死状態なんて・まったくお笑いにはならず・・・ああ・・・心配です。日本全国で関西人のモラルが問われてしまうのですね・・・・******そういえば、ここシアトルマリナーズも最近、低調だとか。イチローも豪快なバッティングさばきがちょっとにぶっているとか、みんながいってます。佐々木さんもでてきてはいるけど、本調子ではないようだし。一説には、酒場であそびすぎ?という話もあります。奥様もそういう佐々木選手に嫌気がさして、お子さんをおいて日本に帰ってしまったと聞きますし・・・来年の為に・・・がんばってもらいたいものですね。がんばってくれないと、夏のノースウエストの直行便が2004年もまた飛ばなくなります!!!(ハワイ経由で関空へダイレクトというのがあったのですが、この秋でなくなります。春に発表があったときは通年化といっていたのですが・・・SARSの影響もありますが・・・悲しいものです。だって・・・成田からはあまりにも、どこに帰るにも遠いのですから。)
2003.09.12
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きょうはお月見?らしいですが・・・シアトルは曇っていて、時折雨も降っているから、日が暮れてもたぶん見ることはできないと思います。それより・・・わたしはまだ7時だというのに、もう眠たくて・・・旦那からいらないことでストレスを感じるな、自分がどうしようもないことに対して・・ストレスを溜めるな・・といかにも簡単に言い放たれて・・いやになっています。自分の子供が、今日はテストだという日に、心配していない親はいるのでしょうか?全く初めての経験だけに、心配なのです。でも・・・本人はテストがなんらかさえあまりわかっていないようです。まあ1年生はそんなもんでしょうか?わたしも小学校3年生ぐらいまで相当お馬鹿でしたから。昨夜日本では地域によって、美しい月が見れたようですね。もし見逃した人があったら・・・10月8日は「後の月」といって、中秋名月につぐきれいな満月なんだそうです。お月見というと、月見ダンゴですが・・わたしの場合、ここ10数年・・・「月餅」です。シンガポールでは中国人の人口に比例して、この時期たくさんの甘味屋がその味をきそっています。日本で○村屋なんかの月餅を食べているのは不幸といったものです。本物は・・しっとりしていて、ひとつが10cm角ぐらいはあるので、4つほどに切り分けて食べても大きさを感じるし、中国料理が好きな人だったら絶対好きになるはずです。神戸の中華街にはその時期いったことがないので、どうかはあまり記憶にないのですが・・・横浜の中華街ならぜひ「菜館」で購入することをお勧めします。もしくは「同発」がいいでしょう。どちらかというと広東系のほうがわたしは口にあいます。中身は「小豆アン」「蓮の実アン」「ミックスナッツ」とかありますが・・・お勧めは「蓮の実アン」です。塩卵がお好きなら・・「蓮アン+塩黄身1つ入り」というのを試してみてください。ここシアトルは東洋系の人口がかなりあるので、やはりこの時期「月餅」が出回っていました。東洋食材をいつも購入している「宇和島屋」でも何種類かがでていました。わたしはバンクーバーでつくられている「月餅」をちょっと前に購入して、あまり美味しかったので・・・なぜか実家の母にそれをおみやげにと・・・またかいました。一体アメリカにいて何をしているのでしょう??その他・・よく行くチャイニーズが営んでいるベーカリーでもそこで作っている月餅がかなりいけました。毎年9月に入ったころから、お月見の日までしか、いろんな種類の「月餅」が手にはいらないので・・・ぜひ皆さんも機会があったら試してみてください。ところで・・数年前に旦那が出張の際、中国本土、上海・南京から持って帰ってきてくれた「月餅」はとても貧素で・・美味しくなかったのです。本場のはずなのにね・・・やっぱり食は広東なんでしょうか・・・食の話ができるだけ?わたしも元気になってきている証拠でしょうか・・・明日は・・・はんなの初めてのスペルテストです。どうか日ごろの努力が報われますように。
2003.09.11
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きょうもまた夕方が来てしまいました。そしてとうとうシアトルの冬の準備が始まったようで、昼間から雨模様です。なんと夕方5時!きょうの宿題をなんとかクリアしました。学校からの帰り道・・・ハンナが言うのです。「ママ?どうして最近帰りにお友達とあそべないの?なんでテレビを見れないの?なんで帰りに寄り道できないの?」わたしは・・・ああ・・・来た来た~~。と・・・・「だって・・ハンナちゃん、宿題いっぱいあるでしょう?それが終わらないから無理なんだよ。やるべきことをやってから、自分のしたいことをやったほうがすっきりとできるでしょう?もうちょっと今の宿題に慣れたら、きっとなんとかなるよ!!」6歳児はまだまだ遊びたい一心なのが、当たり前だと思います。でも・・時間と宿題は待ってはくれないのです。やってしまうしかありません。・・・でもハンナは家についても、それが納得できないようで、わたしは二つの選択肢を渡して、正しい答がわかるまで、車にとどまるようにいいました。「パパが帰ってきたときに、宿題終わったよ!だからテレビみてるよ!」と言えたほうがいいか、それとも「テレビを見ている上に、宿題はまだ全く終わってなくて、パパに叱られること。」ハンナ・・最初にそれでもテレビを見たい!といいはりました。・・・が車にいなければいけないことを考え、しぶしぶ「1番のほう」と納得しました。(わたしも宿題なんてダイキライだった経験ありますから・・・)家に戻って、なんだかきょうはすらすらと宿題がはかどりました。びっくりするスピードです。明日は月曜日から先生に渡されている、10個の単語のフォニックス(発音)のテストがあり、金曜日にはスペルで言え、書くというテストが待っています。ゲームの要素があったら、喜んでする我が子ですから・・ちっちゃいカードに書いてその10個を順番に言い当てる方法をとってみました。とっても喜んで、アットいう間にいまのところ・・・記憶しているようです。あとでそれを書いてみるという作業をまたするのですが・・・きょうは午前中から日本人のお友達のお家にお邪魔して、心の中のありったけを吐かせてもらいました。(言葉は悪いけれど、まさにそういう感じでした。)それで、わたしも精神的に余裕が生まれたのだとおもいます。うちの近所に善意で毎週ご自宅の図書庫を開放してくださっている方があるのですが・・・「ともしび文庫」といって、何冊でも1ヶ月貸していただけるのです。そこで久しぶりにハンナの為によみきかせの本を借りてきました。今晩にでもひさしぶりに親子で楽しみたいと思います。わたしもひさしぶりに大好きな「宮本 輝」を借りました。頭にα波が流れてくれますように・・・。そろそろ帰国の準備に入っていて、親から頼まれたものとか・・自分が日本に持って帰りたいものを買ったり、出し始め・・なんか荷物整理をしているうえに・・・またものが散らかっています。木曜日の夜までまだまだ気が抜けませんが・・もうちょっと初めてのテストに向けてがんばってみます。まず、明日の第一弾です。帰国の間も宿題だけは必ずクリアしないと気が済まないので・・・計画をしっかり立てて、毎日決まった時間にハンナと取り組めるようにしたいと思っています。はみがきや食事のようにとはいかなくても、宿題をしたり、学校への準備をすることが生活の一部として、ハンナが受け入れてくれることを祈っています。気を抜いても、入れていても、大学を卒業するまで・・・勉強続きますから。(もちろん大人になっても・・・)・・・と書きながら決して子供を勉強漬けにするつもりでもないのですが・・・。複雑な心境です。
2003.09.10
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昨日は書きたいだけ書きなぐって、熟睡できないながらも寝ました。夜の間にいろいろ考えたのか、あさからぼーっとしていて・・夜の結論として、旦那に今朝は子供を送ってもらいがてら、担当の男性の先生からお話を聞いてきてもらうことにしました。本当にきついようなら、1学年下げてもらおうという決心を持って。結局、戻ってきた旦那に聞いてみると、昨日英語の先生があまりいい返事でなかったのは、ハンナが去年1年フォニックスをやっていたはずなのに・・・「どうして周りからそんなに遅れているのか?」と思っていたからなんだそうなんです。5月に渡米してきたということなんて、全くわかってもらっていなかったようなのです。先生間での引継ぎが全くなされていなかったということみたいです。学校が終わって、こちらでの生活の長い同級生のお母さんが「うちでいっしょに宿題をやろう。」とおっしゃってくださったので、そのお家にお邪魔しました。いろいろとお話をしている間にいろいろと重要なことが見えてきました。・・・どうも入学当時にもらった紙のなかに「学校の教育方針」みたいなものが日本語で書かれてあって・・・(正直わたしは見た覚えがないのですが・・・)いまやっている日本語のほうの宿題は「小学校1年生夏休みドリル」なんです。ってことは、今日本で1年生がやっている速度といっしょ??!!ハンナの学校では、幼稚園の最終学年の4月から(いわゆるこちらでいう3学期みたいなものです)、日本の1年生の4月と同じように、小学校のカリキュラムに入るそうなのです。だから6月が終わった時点で、もう小学校の1学期が終わったことになっているらしいのです。要するに、ハンナは年長をアメリカで実際に経験することなく「飛び級」みたいなことをやってしまったようです。英語については、わたしが考えていたアメリカの現状よりもっと先に進んでいます。そいういうことが解ると・・・とっても本人も無理しているのは言うまでもなくて・・がんばってもなかなか追いつかないはずです。ちょっと気分的に楽になったのですが・・今後もしばらくこの余韻は続きそうです。でも・・なんとかがんばっていこうと考えています。今日の先生との会話で、結論として、学校が終わってから・・週2度でもフォニックスをみてくれる、家庭教師をお願いすることになりました。クリスマスぐらいになって、少しでも伸びていてくれたらいいなと・・・願っています。たかがフォニックスなんですが・・・されどフォニックスで・・・いま子供に一番大事らしいです。こちらの小学校1年生はほとんどフォニックスに始まり、フォニックスに終わるようです。(・・でも基礎は幼稚園で終わっているので、改めて一からやってはくれません・・・)暖かく見守ってください。わたしも・・・キレないようにします。
2003.09.09
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きょうは日記を書き始めてから117日目になるのですが・・・一番憂鬱な日です。実は、先日の祖母の他界で・・・帰国できなかったことが本当に心のしこりになっていて、自分のなかで決着をつけたく、体調を伺いながら、来週から日本にすこしだけ帰国することにしたのです。どうにか、49日法要でおばあちゃんを送りだしてあげられることになったのです。本当はひとりで帰ったらいいのでしょうけれど・・・学校が始まってしまった、ハンナを連れて行くことにしました。2週間以上休むわけですから、それ相当の無理は彼女の学業に来るでしょうし、それ相当の努力が必要なことは予測できました。先生に前もって、2週間分の宿題をいただけるように、きょうは事務所に届けを提出し、先生がたにもひとりひとり、自分の手紙を書きました。帰り、ハンナをお迎えにいったときに、担当教諭が「お話しが」とおっしゃったので、伺っていますと・・・それは今教室でハンナがどれだけみんなより遅れていて、英語クラスの先生がどれだけ苦労しているかという話と、2週間休んでしまうことに対して、その英語の先生が難色を示されているということだったのです。それで直接その英語の先生を探して、お話してみました。まず開口一番「2週間休まれるなんて!とんでもない!」でした。1年生だとだれもができているフォニックスが全く基礎から脱落してるっておっしゃるのです。(あれほどテープを聞いて練習していたのに・・・)それがまたハンナの遅れが顕著だとおっしゃるのです。遅れているとは思っていましたが・・・今日になって「いかにできないか」を指摘されたことは、わたしにとってすごくショックでした。親として、遅れを挽回できるように、努力を惜しまないことを約束し、宿題を前もっていただくお約束をし、先生はしぶしぶ了承してくださったのですが・・・これから数ヶ月すごく精神的に親子でつらいに違いありません。わたしは、あまりのショックでいろんなことが心の中で昇華できずに・・・人前とはわかっているのに、涙があふれてきて、ぽろぽろと泣いてしまいました。あと、日本では小学生にはいったとたんに、もう「ひらがな」「カタカナ」両方できていないとだめなんですか?それともハンナの学校が私立だからそれができていて当たり前なんですか?カタカナがあまりできないことを指摘されてしまいました。あとで、他のお母さん方ともちょっと話したのですが、こちらの小学校1年生はアルファベットを「活字体」「筆記体」両方で書けて当然なんだそうです。わたしは活字ができたら上出来だと思っていたんです。恥ずかしながら・・・いままで、我が子はわりと良く出来るほうに入っていると勘違いしていたのか、だからショックで泣いてしまったんでしょうか。先生方の言い方ではハンナにはまるで良いところがないようにさえ聞こえたからでしょうか。いまの打開策は、親が教えるにもいろいろと限度があるので、先生を雇って家で決まった時間に追加学習し、遅れを取り戻すか・・1年学年を下げて、もう一年幼稚園で過ごすか。このふたつにひとつなんです。宿題をしつつも、いつもと同じエラーを繰り返してしまうハンナに、がんばれないのだったら、学年をキンダーに下げないとできないというつらい現実を話ました。本人は泣きながら・・そうはしたくないといっています。本当につらそうな顔です。子供の集中力は大したものだと普段から思っていますが・・・2時間ももつわけがありません。宿題には2時間以上かかってしまうのです。もし・・・転勤が去年の今頃であったなら・・・幼稚園から英語に親しめて、ハンナ自身をこんなに苦しめることもなかったと思ったら・・親として、子供にすごく申し訳なくて・・それも考えると泣けて泣けて仕方がありません。日本にとどまっていたら、今頃、楽しくもとの幼稚園で友達と「幼稚園児」でいられたと思うと、また苦しくて仕方がありません。宿題を済ませるだけで・・毎日学校から戻って何の余裕もないなんて・・ちょっとおかしい気もします。でもこれが現実なのです。小学校は「ABCから」教えてくれるとばかり思っていただけに、自分の認識の低さと・・・出来たかもしれない努力を怠ったことに大して腹立たしくて仕方ありません。当分親子して泣いてしまう日々は続くのでしょうか・・・
2003.09.08
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最近ラジオで頻繁に宣伝を聞くので、その言葉に誘惑されていってきました。アメリカ全土で5本の指にはいる、盛大なフェア!"Puyallup Fair"に。わたしの知っているフェアというとアメリカでは4Hフェアかなんかで・・ステイ先の妹が参加しているとかで、連れていかれて、農業祭のように見えたのですが・・・実はそれは青少年教育の為の団体だったんですね~。(すごく無知です。)秋だから農作物とかを出しているのかな~と思うと、なんか夜店の昼版みたいなものでした。ただ、会場が本当に大きく、ロデオなんかも行われていましたし、簡易式移動遊園地もしっかりなかにあって・・ハンナとしては思いっきり楽しみました。もちろん、わたしは妊婦なので、乗り物類は一切だめです。旦那が頭がいたい!といいつつも付き合ってくれていました。消防署が出していたパビリオン(そんな大層なものではないですが)では消防車の中を実際に見て見たり、地域の署のバッチの展示や・・子供用に消防シールバッチが配られたりしていました。そのほかはブースでの物品販売と、食べ物販売!しっかりとイルカの風船ではなくて、空気を入れて膨らますおもちゃを買わされてしまった次第です。毎年同じ場所でしているようなんですが、会場の中に簡易ロープウエーがあるのには驚きでした。昼をすぎて天気が怪しくなってきたので、出口に急ぐとどんどん雨脚が強くなり、東京ディズニーランドみたいな駐車場にたどりつくまで結構ぬれてしまいました。来年?うん・・正直あんまり行きたくないです。
2003.09.07
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きょうはひさしぶりのハンナの土曜日補習講でした。こちらは全くの日本のカレンダーで進んでいるので、いまも年長さんです。(年長から始まるのですが・・・)これに今から関わらせている理由は・・今いっている学校の日本語教育は小学校2年まで(できても3年生まで)なので、その後の日本語に接する時間を少しでも、持ってほしいということで・・友達もそれまでに確立できるように、早目に入れてしまいました。現地に根付いた日本にゆかりのある人と、駐在でこちらにいる人と場合は様々です。大抵は日本の勉強に遅れないように、お子を送り込んでいる場合が多いでしょうか。引越ししてきてから、こっち・・疲れてしまったときには、必ずといっていいほど、通っていたお店が「サイゴン・シティ」というベトナム料理のお店です。きょうもお昼に行きました。わたしたちはそこの”Pho”が好きで、よく家族3人で2人前をとって、分けながらいただきます。すっかりお店の人とも仲良くなっているので、会うと最近どう?とかよく話してくれるようになっています。ここには・・ハンナが好きな「NEMO」に出てくるお魚がはいっている水槽があり、よくその前でハンナは貼りついています。この店の味については、好き嫌いが分かれるようです。シアトルにはタイ料理、日本料理、中国料理について・・ベトナム料理の店があるかもしれませんが・・・ここは家族経営なんで・・なんかわたしたちにはそのあたりのフランチャイズされた店より、よっぽど美味しさを感じます。なにより家族の暖かさがあるし。去年、香港の友人の結婚式に出た時、旦那が仕事時間に余裕があったので(お金に余裕はありませんでしたが・・・)ついでにベトナムにも回ってきました。ベトナムはテレビで「サイゴンから来た娘」を子供の頃にちょっとみてから、ずっと脳裏にあった国で・・・シンガポールに3年暮らしていた間も、バイト先の商社マンがベトナム出張にいって、どんなにきれいなところかを聞いて・・ずっとあこがれていたのでした。わたしは、ごちゃごちゃした、アジアの路地裏の雰囲気が大好きで、シンガポールにいたときもチャイナタウンの危なく?ない?路地裏をこまめに探索して、カメラに収めていたこともよくあります。(白黒で写真をとって楽しんでいました。)大抵の日本人だとそれは「臭い」し・・きれいなものでもないので、いやかもしれませんが・・そういう人間臭いところが大好きなのです。ホーチミンを訪れたのはゴールデンウィークの後でした。雨季ではなかったものの、かなり蒸し暑かったのを記憶しています。「ドン」という不思議な通貨は、日本円で1万円交換したら、とっても百万長者になったように、財布が膨らみます。町の中心に「べンタイン市場」という公共市場をガイドブックに発見し、家族で歩いていきました。ベトナムを見たことがないと、一体どんな交通状況で道をゆく、オート類はなんなのか、あまり感覚がないかもしれませんが・・まあ・・中国の南京あたりの朝の自転車ラッシュをバイクに置き換えてください。そういう雰囲気です。一応信号はみんな守ろうとしていますが、あまり人の歩く横断歩道というのがないので、みんなそのバイクと車の雑踏の中をちょっとの隙を狙って歩くのです。なんか・・インベーダーゲームみたいに・・でも、そのバイクたちが上手に人をよけて走ってくれるのにはびっくり。なれているのです。ベンタイン市場は、市場が円形とういか中心から放射状にできている市場です。なれないと、すぐ自分がどこにいったか見失うことになりますし、一度いった店にもう一度いけなかったりします。ただ・・場所として、一応「肉類」「野菜類」「衣料」「医薬」「家庭用品」等おおまかに分かれているので、なにか目印さえあれば・・??でも迷路にいっぱい分かれていて、屋根の下にあるのに、わけがわからなくなります。もちろん、その中には市場名物の屋台群も入っています。ちょっと勇気がないと、そこで食事は難しいかと考えますが・・・。安くて美味しいです。考えてください!築地市場に来た外国人が・・急にそのあたりの出店でうまく注文できるでしょうか?そういった感じなんです。中国系がやはり多いからでしょうか・・シンガポールやマレーシアをわりと見ているわたしには、どこにいってもなんか親しみやすい、物や食べ物がいっぱい見えます。果実も・・もうほとんど名前と味の知らない南洋産はありません。そういえば・・ドリアンを食べたかったにのに、ついにベトナムではそれを忘れてしまいました。(ハンナはダイキライなんだそうです、母は朝ごはんからでも大丈夫というのに。)フランスのもと領地でもあったので、市場では「クロワッサン」がたくさん売られています。味はちょっと本物からは程遠いのですが・・歴史のなごりですね。でもグルメの人に言わせると、美味しいフランス料理をアジアで食べるなら、ベトナムらしいです。確かに、街にはその時代に建築された、美しい建物がたくさん残っています。悲しいかな内戦中の銃弾の跡が残ってるのですが。市場では・・ちょっとおしゃれなベトナム雑貨もたくさん売っていました。値段交渉は・・わたしがすると不利になるので、いつも相方にお願いしています。もし相手が中国系だととってもいい値引き交渉が成立する場合もあるからです。その後、その市場の楽しさに味をしめて、毎日のように朝から通ったのはいうまでもありません。市場のほかにも、「ドンコイ通り」というおしゃれなブティックや商店がならぶ通りがあります。まあ・・ベトナムの青山あたりといったところでしょうか・・(代官山まではいきません)関西だと、苦楽園より、三宮?みたいな感じです。ベトナムには命の洗濯のつもりでいったので、毎日やりたいことをやりたいだけしました。夜はもちろん美味しいものをいっぱい食べて歩きました。ホーチミンは魚類にも恵まれているので、ベトナム料理といってもたくさんのエビや魚がでてきます。どれも新鮮で美味しかったし、それを知るまではもっと「辛い」ものだと思っていたのに、どちらかというと広東料理とかに近いものがありました。家族で日本円にして5000円も出したら、あちらでいうすばらしいレストランでワインを1本はあけて、食事もできたでしょうか・・・でもそれはとても普通のベトナム人がいつも食べている食事でないことは確かです。ベトナムにいって、ハンナにとって嬉しかったことは、ホーチミンの動物園に行った思い出でしょうか。象に「さとうきび」をあげていた様子はとても楽しそうで、いまでも忘れません。その動物園も今頃は新しくできたところにもう移転しているはずですが・・・。Phoを見ると・・屋台で食べている現地の人を思い出すのです、今は平和だけれど・・・戦争中は本当に大変なことがいっぱいあっただろうな・・と考えると、自分たちの生活がいかに平穏であるかありがたみをひしひし感じます。脳裏にはベトナム戦争関連の映画がかけめぐります。いまの子供たちが大人になる頃・・・もっともっと世界が平和だといいですね。今度はいついけるかわかりませんが・・・ハノイもみたいし、郊外もみたいものです。ハンナが連れていってくれるかもしれませんね。アジアの国々を見るにつれて、中国系の人々のネットの広がりを感じます。華人って本当にすごいパワーがあるのですね・・・。
2003.09.06
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きょうは第22回日本婦人クリスチャン・ランチョンというものにいってきました。そこで、ゲスト・スピーカーの惠子ホームズさんのお話を伺ってきました。第2次世界大戦中に英軍極東捕虜が泰麺鉄道(タイとビルマをつなぐ鉄道)完成後、三重県紀和町の入鹿銅山で使役させられた、16人が死亡し、土地の人たちが彼らの為にひとつの墓を作ったそうなのです。わたしは日本が捕虜としてたくさんの英国人を捕らえていたことは知ってはいたものの、「戦場のメリークリスマス」程度の知識でしかなかったことをとても恥じました。ホームズさんはその三重県紀和町のご出身で88年にもどられたときに、そのお墓が美しいメモリアル・パークになっていたことを見て感動し、そこで働いていた捕虜や遺族を探しに行きたいという強い願いに駆られたそうなのです。91年に罵声をあびつつも、ロンドンで行われた全国捕虜大会に出かけられ、そこではじめてその人たちがいかに苦しみ、日本への強い憎悪と、心の痛みを悟られたそうなのです。クリスチャンである、ホームズさんは、戦争で傷ついた人たちの心の癒しと和解のために働くようにと神に促されているのを知り・・・それから「心と癒しの和解の旅」で、たくさんの関係者を日本に招き、人々の為につくされて来た方です。スピーチのなかで、歩けなかった元捕虜の方が日本に来て、しばらくしてから英国にもどり、すっかり健康になったという話をされてあのですが・・・それは医学的に体が病んでいたのではなく、心の思い病に侵されていたその方が、精神の呪縛から解き放たれた為に本来の自分の姿にようやく戻ることができたのだと、説明されていました。また、捕虜として、銅山で亡くなられた方の縁者の方は、いままで日本は見たこともないし、日本人についても憎悪があるだけで、知ろうともしなかったものの、「憎しみ」を持って日本に出向いてきたにもかかわらず、その国民のみなが優しい、誠意いっぱいの人々であったことに感動し、その長年の「憎しみ」が「許す心」に変わったという話もされていました。すべての日本軍人がおかしくなっていたわけではなく、将校の中には人間味にあふれ、捕虜も同じ人間として、捕虜みなから慕われていた人もあったというのを聞いて、すこしだけ気が楽にはなりましたが・・同じ日本人として非人道的なことをした人たちがあったことを悔やんで、悲しみで目の前が曇りました。わたしは、三重県に住んでいたことがあり、ホームズさんがこの「和解の旅」でよく保土ヶ谷(横浜)の墓地を訪問されるということを伺い、以前保土ヶ谷の近くに住んでいたこともあり・・・近寄らせていただいて、お話をせずにはいられませんでした。とても澄んだ目をしていらっしゃって、きっとこの方なしには、何千もの人がいまだに「憎悪」の中に暮らし続けなければいけなかったのではと実感しました。この方がいらっしゃったからきっとたくさんの方の心が解けたのだとも感じました。戦争は人を狂わせ、悲しませます。いまも世界では切れ目なくどこかで戦いが起こっていますが・・そのうち、神はそれをみて、わたしたちを許さない時代になってしまうのではないかと・・・どうか神がいい方向に世界を導いてくださいますように。興味がおありでしたら、ここを一度ご訪問ください。(英語のみですが)http://www.agape-reconciliation.org/began.htm
2003.09.05
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ハンナの宿題で毎日わたしのほうが・・・つらいので、ちょっと今日は話題を変えて、地元の経済のことを日記に。シアトル近郊には結構世界でも有名な企業がたくさんありますが・・まず、やっぱりマイクロソフト(パルマー会長を見たことあるっていうのは日記を始めた頃に書きました。近所をムスタングのオープンでうろうろしてることがよくあるみたいです。)、そして、日本の任天堂、コストコ・・・そしてそしてボーイング。なんでも、ボーイングがここにあるひとつの理由は飛行機の部品を日本からたくさん購入しているってことらしいです。また共同開発し、製造する外国企業として、選定されている5社のうち、3社が日本企業であり・・・いろいろな面で便利がいいということでここら辺のあるらしいです。NWを南北に走っている「405」というフリーウエーがあるのですが、その途中に大きな工場がふたつあります。ボーイングの人のみならず、世界からなんらかの関係のある会社の人が、航空工学や・・いろんな研究の為にも終結しているようです。日本政府もこのプロジェクトを国家としてバックアップすることを検討中らしいです。今、最もこのあたりの話題となっているのが、このボーイング社の次世代飛行機「7E7]がどこで造られるかということなのです。きょうのシアトルタイムスに、ワシントン州の州知事が語ったこの話題が掲載されていました。Locke氏(チャイニーズ系です)がロータリーのランチのスピーチででボーイング社が7E7をワシントン州で生産する可能性がかなり高くなっていると、話したらしいのです。候補地がかなり限られてきて、10月中にでも決定されるということになっているらしいです。この新たなプロジェクトによる経済効果は、800から1200の雇用と、数千の関連事業での雇用ぐらいしか期待がもてないそうなのですが・・・・もし、このプロジェクトが他の地域に移って、ボーイングすべてがよその地域にいってしまった場合、48000にも及ぶ雇用と、70000もの関連企業での雇用、そして州への税収入、Half Billion Dollars (5億ドル)をすべて失うことになるのです。これは・・・とっても重要な問題ですね。一番大きな工場のある、Everett近郊はこの5年ほどで、街の不動産価もあがり、ボーイングで潤っている街だけに、きっととても心配に違いありません。ぜひ、もうひとつの有力候補地、カリフォルニアに行かないでほしいと願っています。関連記事http://news.goo.ne.jp/news/reuters/keizai/20030821/JAPAN-123003.html http://www.boeing.com/flash.html
2003.09.04
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最近、夜が来るとシャワーをあびてから寝巻きに着替え、ベットに横になるのが結構楽しみなんですが・・だんだんポジションが制限されてきて、つらくなり、眠りも浅くなっています。このところ2日連続で・・また気がついたら助手席にひとり座って・・運転手がないのに・・ぼーっとしていることがあります。まだ・・日本の癖が治らないみたいです。これをするときは大抵一人なので、めちゃめちゃばつが悪く、ひとり苦笑いしつつ、降りるのも面倒なので、大きなお腹で左席(運転席)に移っています。外からだれかが見ていたら、どう思ってるんでしょ?きょうも無事学校は終わりました。きょうの宿題は昨日のリーディングの続きが5ページです。しかも文章になっています。ちょっと意味がわかったほうがいいかな?とも思ったので、ハンナに読みながら、復唱させつつ、練習しました。舌や口の筋肉が英語用の形になるのにはまだ相当時間はかかりそうですが・・なんとか対応しようとしている様子がいたいほどわかるので、もうちょっと気長に待ってあげようかな?なんて思っています。過去にいちど「英会話の○○ス」で講師をしていたことがあり、そのときは5歳児から60歳ぐらいまで幅広い生徒さんを受けていたので、子供も見ていたはずなんですが・・自分の子供と面と向かって教えるのは意外と難しいです。どうもキレがちだし。語学には一夜漬けはきかないものと解っているし、長い時間と継続が必要なんだけど、どうも子供はなんにも思っていないのに、焦る自分がいます。今は、子供もひとりだから、時間的にも、精神的にも余裕があるけれど、ひとたび「ちび」が生まれてきたら、いまみたいなケアが絶対できなくなるに違いありません。それも恐れています。世の親御さんで、お子が数人なんているご家庭ではそれをどういう風に・・対処していらっしゃるのでしょう・・・。ハンナのクラス(1年生)のインターナショナルクラスはいま3人なんです。少ないですよね。3人で英語のカリキュラムの生徒のところに乗り込んでいるんですが・・・先生のおっしゃることがわからなかったら"I do not understand English!"を・・・どうも連発しているようなんです。それ自体英語なんだから・・おかしい?と思わないのでしょうか?早速私は"Can you help me?"のほうがまだいいのでは?と言ってしまいました。複雑な聞き方はまだまだあるけれど、子供の気持ちがストレートに先生にいく文章って難しいと考えます。そしてその文章の意味を子供がわかっているかどうかも・・・とにかく・・・2年生までは今の学校で、今の状態を維持していくつもりなので、その間にハンナの脳みその語学中枢でなにか変化が起こって、その頃に・・・「ああ~あんなしょうもないことで悩んだ日々もあったな~」なんて・・日記で書くことができていたらたいしたものなんですけれど・・・母はきょう放課後、子供に付き合って17時すぎまで公園にいたのですっかり疲れてしまいました。もう寝ることにいたします。
2003.09.03
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きょうからいちねんせい!とうとう9月2日が来ました。きょうからハンナは正式に小学校1年生になりました。日本にいたらまだまだ3月までのんびりと幼稚園児でいられたのですが・・・こちらではその年の8月31日までに生まれていたら、9月には新学年にはいります。昨夜からいやな予感がしつつ、目覚ましをセットしたのに・・なぜか7時過ぎに旦那にたたき起こされました。ええ?まさか?アラームセットしたのに・・・よくみると6:45PMになってました・・・夜やんか~~。一日目からどじってしまいました。(冷や汗)とにかく、なんとか時間には間に合って登校し、ハンナをチャペルに連れていくことができました。ひさびさにお会いした学校のほかの日本人のままさんたちと、その後ピーチク・パーチクが始まって・・・結局10時も過ぎ・・ちょっとうちにお茶しに来られますか?と・・・13時まで・・・よく話があるものです。旦那がいたら・・きっとあきれられていたでしょうに・・・そして、その流れでご近所にお昼ご飯を食べに行き、みごとにお迎えの15時が来てしまいました。1日目からだれていますね・・・きょうからハンナたち1年生は階下にある、レギュラー(英語ばっかりのクラス)に混ざって午前とランチを過ごしています。すごく心配していたのですが、今週はウォームアップの意味もあり、あんまり勉強ばかりでなく、塗り絵なんかをちょこっと朝したようです。でも・・さっそく、リーディングの宿題を3ページもって帰ってきました。夏にさぼったせいか・・眠たさのせいか・・何回読ませてもできません。わたしはセンが切れそうだったので、旦那に途中バトンタッチするも、旦那もほぼキレそうになり・・またバトンタッチしました。ハンナは泣きべそをかき始めてしまい・・・わたしとしては・・ここで発音がいやになられたら困るので、これからお風呂に入れて、気分を変えて・・9時半までもうすこし読ませて・・寝付かせようと思っています。そうそう、午後は注射第2弾に行ってきました。きょうはポリオの追加でした。ちょっと「え~っ!ん!」と泣いた?かなと思ったのですが、普通でした。そうそう、先日お会いしたハンナよりひとつ年下の子は・・ある病院で一度に「5本」打ったというのを聞いてしまい・・すごく背筋がぞ~っとしました。でもその子はとっても健康らしく、お熱もでなかったそうです。でも5本はちょっとね~~。ということで・・今週はリズムをつかみつつがんばっていきます。土曜日には日本語の補習講も始まります。
2003.09.02
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明日から学校ということで・・きょうは最後の文房具とかの買物にでかけました。こちらではほとんどの場合、学校で文具は支給されるのではなく、学校が発行するリストを親が持って、文具店に購入に行き、新学期にそれを持たせます。公立や、凝った私立ほどリストが長く20種類以上もの文房具が必要な学校もあるようです。リストのなかですごいところは、クラスにティッシュペーパーを二箱とか・・手洗い石鹸をとか・・あります。日本では個人が毎日かばんに入れてあるようなものなので、それを学校に元から置いておくというのがちょっと不思議に感じました。ハンナの学校は、すこし特殊なので、学校のほうでクラスメンバーの文房具を準備してくださっていました。しかし・・午前中は英語のクラスに入るので、結局、教室ごとにあったほうがいいのでは・・という先生のご配慮で、英語教室用の文房具をそろえる必要が出ました。内容は・・・16色のクレヨン鉛筆(消しゴムつき)はさみ固形のり(5個)それらを入れる容器日曜日の広告をみていた旦那と近所にある、Office Depotに行くことにしました。そこには・・うちのように最後の休日(レイバーデーで9月1日は祭日です)に家族でばたばたとリストをチェックしている家族であふれていました。でも・・・長いリストの学校は、一箇所ではすべてを揃えるのは無理?なところもあったようです。なぜって・・売り切れになってしまっているアイテムがあったりするのです。・・リストは6月に夏休みになった時点からみんな手にしていたはずなんですけど・・・とりあえず、うちはアイテムが少なかったので、すぐに購入できました。夕方食事が終わってから、名前書きに散々時間を費やしました。小学校だとまだまだ私物に記名しないと、子供が安心しない?みたいです。先生は箱ぐらいでいいですよ!っておっしゃってくださっても・・中身が足らなくなってることがあって・・・肝心な・・学校に持っていくカバンですが。ずっと入荷を待っていたアリエルのバックパックはもう・・二度と入荷しないようで・・・ハンナはしぶしぶあきらめないといけなくなってきて・・最後には・・もうベルでもシンデレラでもいいと、投げやりなことをいっています。そこで・・こんなこともあろうかと、とある洋品店で夏のバーゲンに買ったかわいいバックを明日見せることにしました。満足してくれるといいのですが・・わたしに似て、めちゃくちゃこういうところにこだわるやつなんです。
2003.09.01
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