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きょうは昔の思い出にまた浸ってみたいとおもいます。シンガポールには結婚当時から3年間住んでいたのですが、子供も当時はおらず、考えてもおらず、のんびりと長い新婚生活を送っていました。仕事もしていたので、結構充実して、楽しい3年でした。1年間に1度は日本にもどりたいというので、いろいろといつも策を講じていました。だってなるべく安く帰国したいのですから。ワールドパークスのメンバーの人によくチケットを譲ってもらい、名義だけをオフィスにいって、変更させてもらい安く帰国したことがありました。その当時の価格で5万円ぐらいだったでしょうか・・・でもこのチケット正式には他人に売ってはいけないので、アクマでも譲渡してもらったということをオフィスでは言い張らないといけないのです。でもね・・・新聞の広告では明らかに・・それを売ろうとする人たちがいました。大阪に帰ろうと思うと、当時はSQとJALしかなくて・・・あまり値段がどうとか、こうとか考える余地もありませんでした。でもね・・東京になると、当時でもいっぱい選択の余地があったのです。ANA、JL、SQ、NW、BGなどなど・・・・それでBGって何だ?実はバングラディッシュ航空・・・シンガポール-東京間をなんと3万円強で当時運行していました。3万円ですよ~。それって・・・北海道から大阪よりも安い?かも??しれないですね。ダッカから来ているというだけで・・・ちょっとエスニック調だから・・わたしなんて・・大阪人だし敬遠していたんですが・・・日本にどうしても安く帰りたい友人がよく利用していました。その便は・・・ダッカから飛んで、バンコク経由、シンガポール経由で東京に昔は入っていたのですが・・・なんと・・・・座席がフリーシーティング状態なんだそうなのです・・・ということは・・・自由席?そんなフライト聞いたことありますか~~??それで・・・シンガポールでみんな乗り込んだら・・・「ダイブ」するっていうのです。いわゆるとったもん勝ち!!なんだそうなんです。小さい息子さんがいたその当時の友人は本当に果敢だったと思います。HPで調べてみたら、今はもうこのBGは東京には入っていないようなんですけど・・・わたしの脳裏の残る・・・とってもほのぼのとした記憶です。そういえば、夏に帰るとき、今度もNWを使う予定なんですけど・・・なかなかマイレージはたまらないし、50000マイルにならないとアップグレードとかも無理といわれると・・まったくその道からは遠いことを実感します。今回はJOELは赤ちゃんとして安くのるので、もちろん座席はありません。みんな・・いうのです。謙虚にフライトの一番最後の席をお願いして・・・空席がひとつでもあるように願っている由をカウンターで伝えて・・・って・・・でもね・・・いつものごとく、うちEチケットだから・・・どうなってしまうのでしょうか・・・まあ・・旦那がお休みとって、日本にいっしょに帰ってくれそうだから、なんとかなりそうですけど・・・ * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 本日のページ・・(よかったら覗いてください。英語ですけど)http://www.bangladeshonline.com/biman/
2004.04.30
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むかしから、わたしはなぜか4月生まれの人がうらやましくて仕方なかったのです。どうしてかというと、いろいろ思い当たることはあるのですが、自分が12月生まれで、背が小さくて子供のころ、みんなから見下ろされていたことがたまらなかったのと、誕生日が12月30日だから、クリスマス、お正月がいっしょにきて、いつもすべてを同じにされてしまったような、被害者意識みたいな?そんな気分があったからに違いありません。昔の日本のカレンダーではきょうは天皇誕生日です。昭和天皇というと、本当に偉い方だったと思います。戦争が終わって、GHQが入ってきたときは、自分はどうなってもいいから、どうか国民を助けてほしいと・・おっしゃったそうですし、なんだか平和主義であったこの天皇様が本当に大好きでした。(ところでわたしは全く右翼でもありませんし、尊皇主義者でもありません)天皇家が国のシンボルだと教えられてきたので、そういう意味において敬っているわけです。最近の若い人たちは、いろいろと考えかたも違うようで、いったいこの昭和天皇や平成天皇のことをどう思っているでしょう??いちど「若もののフォーラム」みたいなのを覗いてみたいものです。天皇家の由来とか、意味とかみんなわかっているのでしょうか?(ってね・・自分もたいした知識があるわけでもないのに)先日、実家の父親からあるコピーされた紙切れが送られてきたのです。そこには日本古来の色の呼び方が書いてあって・・・それはそれはきれいな日本語でした。でも・・わたしの目を奪ったのは、その横に書かれていた、最近の日本人の若者の話でした。まじめにいっている人がいるらしいのは・・・「タチウオって四角の魚なのね・・・」とか旧中山道って横書きされているのをみて「いちにちじゅう、やまみち」って読んだとか平家物語を・・・「ひらやものがたり」と平気で読んでしまったとか・・・考えました。おばさんは真剣に日本に未来が心配になって・・・でもですよ~。それってこの子たちにはあまり生活の中にあってそれが必要なものではないってことです。世代を変えて品を変えればそれが今の50、60代のお方たちにも当てはまるのですよ~。MDが何か?って言われたら。即座に答えることができるでしょうか?そして・・若者が使っている現代言葉理解でいているでしょうか?(わたしも自信がありません)確かに・・・平家物語をひらやと読まれてしまったら、とっても悲しいし、ええ?大丈夫?って不安になるけど、それってただ単に知識がないっていうことだけで・・・もし誰かが教えてあげたらすぐに覚えるはず。昔、京都の人に聞いたわらい話は・・・タクシーにのった、京都人でない方が・・ドライバーに「からすまるまる太り町にいってくれ!」っていったらしいけど。これは「烏丸丸太町(からすままるたまち)」だっただけで・・・この人もただ無知だっただけ。そう思って、考えるとその評論を書いていたこの「宇多 喜代子」さんて方・・もしかしてとんでもない勘違いをしているのでは??と思ったわけです。ものを知らないのは若者だけでなく、その世代でもっている価値観や、生活感覚で、知っていることが違うだけ・・・若い人から壮年の方を見たとき、なんてあの人たちものを知らないんだ?ってなっているわけで・・・ちょっといい大人の方も自分たちのこと振り返ってほしいな~と思ってしまいました。昭和天皇がもし生きておられたら、この時代の変化とあまりにも多種多様になってしまった、わたしたちの生き方をごらんになって、どう思われるでしょうか?きっと宇多さんよりは発展的なお答えをくださるに違いありません。(宇多さんを特に批判しているわけではありません。)
2004.04.29
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ときどき車を運転しながら、シンガポール時代のことを思い出します。もちろん、いまも旦那の両親はシンガポールに住んでいるので、本当にわたしの身近なものにはちがいありません。最近思うことは、アメリカ人って結構時間にルーズ?ってことで。日本人ほど言ったことを時間通りに実行する人間はないと確信し始めたところです。このごろでは、こちらのママたちや、外での約束も、日本時間?アメリカ時間?聞くことが多く。ほとんど冗談にもなっているけれども日本時間イコールその時間に現れ、アメリカ時間イコールちょっと遅れてくるって事なのです。ところで、シンガポールという国はとってもちっちゃいので、政府がいろんなことをコントロールしたいし、またそれが可能な国でもあります。多民族国家なので、ルールをひとつに絞る必要があるのですが・・・。国がひとたび目標をもてば、そこに到達するにありとあらゆる手段を尽くし、国民に訴えます。例えば・・・あるときは人間が増加しすぎていて、困っていました。すると・・・"One is enough!"(一人っ子で十分)政策を実施し、人口増加をふせいだりしていました。功をなして人口が減少しだすと・・・今度は「たくさん子供を生もう!」計画が発足し、3人目から税金の軽減とかいろいろやっていました。・・・そして・・・国民が時間にルーズたと他国から指摘???されると。”時間に正確に!”キャンペーンが実施されるといったほどです。日本では全く信じられないようなことが国の政策になるのです。シンガポールは75%以上が華僑の国ですから、そして華僑というと、親戚がいっぱいいるイメージで・・・・結婚式はみんなとっても盛大・・・親が権威をみんなにみせるいい機会でもあるので、すごい家ではどんどん招待して500人の結婚式なんてざらにあるようなんです。もし駐在でシンガポールに住んだとしても、必ずその結婚式に参加する機会はきてしまいます。「招待状」を必ずもらうのですが・・・そこには・・・これがし、なにがしの息子、娘が結婚するので、その披露宴に来て欲しいということが書かれていて・・・時間がかかれています。なぜか、そこには・・・・7:00PM SHARP・・・・・・とあります。これって、7時きっかりっていう意味なんですが・・・・とにかく「がめつい」と思われてはいけないという風習か・・・みんな7時になっても現れず、結局その披露宴はいつもいつも8時ぐらいからようやく「前菜」がでて・・・・中華料理というのは、コースで8こぐらいあるものなので・・・デザートが出る頃には・・・夜の11時になっていたりしてしまうのです。そして・・・その会場のクーラーは効きまくり・・・女性にとって体に悪いことこのうえない・・・・です。いいえ・・・きょう言いたかったことは・・・もし時間に正確にもとから始めたいけど・・・そのひとたちがちゃんと来ないことがわかっているなら・・・"SHARP"と書かずに・・・・どうか・・・"FUZZY"とか"DULL"とか書いてもらいたいものなのです。でもね・・・マレーシアなんかに行くと、これがもっともっといい加減な時間で動いてしまうのです。シンガポール人曰く・・・マレーシアとインドネシアの人とはいっしょにして欲しくない??らしいです。いや・・・4000年に渡り・・・トロピカルな熱帯雨林の気候にさらされていると、そんなちっぽけなことぐらいどうでもいいのかもしれません。こだわっていたら・・・疲れるだけだから。
2004.04.28
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とうとうJOELも4ヶ月になりました。きょうはお昼にまた生まれた病院に体重を測りに行くと朝から決めていたので、そわそわしつつ午前を過ごしていました。最近もずっとまだ母乳一本で過ごしています。出産後のお友達ママ@助産婦さんのマッサージが本当によかったのか、今回は母乳でのトラブルが全くありません。「ら・レーチェリーグ」という母乳支援団体に入らなきゃ?!なんてことも考えていたのですが、大丈夫なようです。本当にこのお友達には感謝です。さて、JOEL最近できるようになったことといえば、ちょっとしたものを手でつかみそれを振り回したり。両手をにぎにぎしてもみ手になってみたり。両足を組んでみたりいろいろとしています。寝返りはまだうちませんが・・・お腹をしたにおいてあげると、首をぐいっとあげて、あたりを見回しています。楽しそうです。人が話しかけると、そちらを向きますし、笑いかけてもらえば、笑い返します。なんだかハンナのときが懐かしく・・・そしてJOELの状態がとっても可愛く思います。お話も最近は頻繁です。機嫌のいいときは「がが~」「ぶぶ~~」「あっきゃ~」とか言ってますし、その声で「抱っこしろ~」とか「振り向いて~」とかいろいろとわたしたちに要求することも覚えてきました。なんだか?歯も生えそうで・・・大きな泡を口からふいては「ぶっぶ~~」とやってつばを飛ばして喜んでいます。お昼体重を測ってきたら・・・JOELは・・・ご立派です。6730gありました。栄養が足りているようなので、うれしい限りです。来週は4ヶ月検診の予約がしてあって、たくさん注射を打たれてしまうようです。どうか・・・お熱が高くでませんように。
2004.04.27
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まもなく、月曜日を終え、就寝したいなんて思っています。きいてください。おくさん!きょうはなんとこっちは30度ちかい暑さだったのです。もう家のなかも蒸し風呂のようであつう~ござんす。JOELなんて、夕方にベットで授乳して、寝たきり、まだおきてもこないのです。きっと彼もお疲れ・・・ただし・・・シアトルの最高気温時間は必ず午後5時ぐらいに来るってことです。人間夕方には疲れがでるものですから・・・もうそんな時間に最高気温になられたって・・・困ってしまいます。はあ。外はいま9時になろうというのに、まだまだ明るいし・・・これが9月まで続くって思うとちょと気が重かったりもします。今年、みんながいうのは、異常気象です。例年になく、暑さがくるのが早すぎるらしいのです。たしかにそうなんです。去年なんて7月の最初に、まだ霜が降りたりもしていましたから。でもね・・・明日はまた寒いシアトルにもどるらしいです。ああ・・・風邪ひかなきゃいいけれども。・・・ところで、きょうは先日申請していた、JOELの日本パスポートができ、めでたく受領してきました。なんとわたし、初めて自分ひとりでシアトルに運転していって、ひとりで駐車して、歩いて・・・大仕事をこなしたのです。度胸が据わっているので、あまりどこにいっても「びびる」ということがないのですが、赤ちゃんを抱えてはちょっと緊張。帰りに通りで「兄ちゃん」に声をかけたれただけで、体が「硬直」しちゃいました。全く情けないわたくしです。ハンナというと、きょうからSATテストの週になりました。今週はあけてもくれてもテストです。(まだそのつらさに気がついてないみたいですけど・・・)学校の帰りにあんまり暑いし、きっとつらいと思ったので、お友達と31にアイスを食べに立ち寄りました。いいタイミングですぐに注文できたのですけど、お店はすぐにこの暑さでアイスを買い求める人で長蛇の列になりました。・・・それくらい今日は暑かったのです。・・・・日本もちょこっと暑い日があるって聞いてますけど・・・体調くずさずにみんないられたらいいですね。きょうは、五右衛門風呂にいれられて、拷問でも受けてる夢・・・みちゃいそうです。(汗)
2004.04.26
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きょうもまたまたシアトルは快晴。とっても家なんかでじっとしていられる天気ではありません。今朝はハンナが学校にて、朝の礼拝時に、舞台で学校のお友達たちと、手話で賛美歌を歌うというので、JOELを伴って8時半から見にいってきました。表情豊かに上手にやっていました。嬉しかったです。最近、普段の学校の宿題に加えて、「補習学校」のこくご、さんすうの宿題が追加されているので、毎日30分は余計にかかってしまうのです。でも、ハンナはへこたれることもなく、がんばっています。普段の学校ではもう2年生に入ってしまって、いま春夏秋冬っていう漢字に取り組んでいるところです。「たんぽぽ」を読んでは暗誦を楽しんだり、抑揚をつけて、ナレーターになっていたり、なかなか面白いものです。わたしたち大人にとって、「読書」というのは、「黙読」のことだと思うのです。まさか大人になっても大きな声を出して呼んでいる人はないですよね・・・お経ではないのですから・・・。でも・・・子供の「読書」って「音読」ですよね・・・最近ふと思ったことは・・・子供はいつから「黙読」で「読書」を始めるのでしょう?ってことです。ここでよくお世話になるまめ3@さんちなんか、きっと「ねーね」ちゃんは大きいから「黙読」だと思うし、hiro-neoさんちの「おねえちゃん」(すごい量の読書をいつもされています)も電車のなかが多いようだからきっと「黙読」だと思うのです。tulipさんちのDSくんはまだちっちゃいから、きっと「音読」だと思うし・・・考えるところ、どうやら小学生の間に・・・いつの間にか「黙読」を開始するようなんです。わたし自身はどうだったか全く記憶にないですけど・・・ところで・・・うちの旦那は自称「読書っ子」です。今でも暇があったら本を読んでいます。いわゆる「本の虫」です。だから新聞とかを読ませても黙ってもう・・・まわりの音は耳に入らなくなります。そのくらいすごい集中力です。どうも子供の頃親が車の移動が多くて忙しく、あまり相手をしてもらえず、出先に行くまえに「1冊の本」を与えられそれでずっとその日幸せにすごしていたというのです。彼は・・・きっともう3歳ぐらいから「黙読」していたでしょうね・・・そう思うと・・・すばらしい・・・そこで・・・やっぱりこの疑問を晴らしたいのです。一体人はいつから「黙読」をするようになるのでしょうか?
2004.04.22
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きょうのシアトルは快晴でとってもからっとしていていい気分でした。この時期、樹木が一斉に新芽を出して、その緑の萌える姿がなんともきれいです。わたしは1年でこの時期の緑が一番好きです。なんか「将来有望」って色のように感じるのです。そしてなによりこの時期の太陽のひかりに輝く緑は色がとっても新鮮で目にやさしく、きれいです。人間40年近く生きてきたら、そろそろ人生の宝物みたいなものが心のなかにいくつもできつつあるし、わたしの場合はなによりも「ハンナ」と「ジョエル」が宝物なんだけど、そのほかにもたくさん考えただけでわくわくしてしまうことが心の中には仕舞われているわけで・・・それをページをめくるようにひとつひとつ思い起こして、にっこりしてしまう、そんな自分・・なんだか歳とったな~ってしみじみしています。アメリカに来てから、いろんなお友達からメールをもらったり、また郵便でおたよりをもらったりします。すべてわたしを励ましてくれて、元気の活力をくれるものです。たまにはお返事できずに、ほったらかしにしてしまっているのもあるのですけど(おもっているよりもっとそれが多いかな・・・本当にごめんなさい)心ではそうしてメールや便りをくれる親戚の人や友人ひとりひとり、自分の大切な宝物だと思っているのです。いつもいつも。わたしの今までの人生、いまは暇な主婦で子育て中、家事と育児以外にあまりやっていることもないけれど、ハンナが大きくなっていく間もいろんな仕事をしていました。学生時代のバイトから考えるともしかしたら20近い職業を転々としてきたかもしれません。一番笑えるものは・・・高校時代にお正月「郵便局」でした年賀状の区分けアルバイト、なんとその当時時給が380円・・情けないったらありゃしない・・・でも高校生で聞こえがいいでしょ?「郵便局」でバイトというと・・・そして、その最初の日に「今日からあなたも『国家公務員』!!」なんて書かれた小冊子をもらって、個人情報の秘密をまもるのが義務なんて・・・読んだ覚えがあります。380円と、程遠い高級とりのアルバイトというと・・京都の大学時代に3年間していた「ホテル」でのバイトでしょうか。当時(いまもあるかな・・・)大学生のアルバイトをいっぱい抱えた大阪・京都を拠点とする「ユニオン」って会社があって、そこから派遣というかたちで、ホテルの宴会場で「配膳」の給仕をするバイトなんです。この話はまた後日の日記でいろいろ話したいことはあるのですが・・・とにかく時給は1200円ぐらいもあって、土日や夜中にがんばると50%増しとか100%増しとかになって、すごいときは1ヶ月の間に20万円とか稼いでいるときもありました。なんだか・・・話がどんどん横道にそれていってますけど・・ちょっと軌道を修正して・・・・「宝物」の話でした・・・・20代も後半の頃・・とある英会話学校「○オス」ってところで非常勤講師という肩書きでいたことがあるのです。シンガポールから日本にもどって、専門学校にいっていたのですが、どうもその芽がなかなか出そうにないので・・・半ば諦めつつ、とにかく稼ぎがいるので働きだしたのです。仕事は日本人に英語会話を教えるもので・・なぜかわたしには50人ほどの担当の生徒があり、年令も5歳から55歳ぐらいと多岐にわたっていました。いまでもこのときの経験はいろんなところに生かされてとってもいいものとなっています。ある春に・・・中学校を卒業したての女の子ふたりが中学の制服を着て、その学校に申し込みに来ました。とってもかわいらしい女の子たちで、いまでもその幼さが残った表情はよく覚えているのです。面接したときから、クラス分けまで、わたしが担当し、しかもそのこたちを受け持ったので、いまでもいろんな思い出があるのです。残念ながら・・・英会話の仕事は1年も満たないあいだに、旦那の就職で辞めることになったのですが・・・・三重に引っ越しても、ハンナが産まれても・・・横浜に引っ越しても・・・そのふたりの女の子たちは、年に何度か必ず「先生!」といって便りをくれたり、メールをくれたりしていました。いつの間にか10年という歳月が流れていったのです。そして高校生だった彼女たちも大人になって、成人式も迎えてしまって・・・片方のお子はもう結婚もして、お子まで出産されて・・・・・・いつも便りをもらうたびに「年寄り」のように目頭を熱くして・・・昔を振り返っています。わたしが育てたわけでもないけれど、なんだか遠くでずっと見守っていたようなそんな気がするのです。あきちゃん、きわちゃん・・・いつも本当にありがとう。これからもわたしはおふたりの幸せをずっと見守っています。どこにいても・・・なにをしていても・・・・・
2004.04.21
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このところ、また雨が降ったり、晴れたりと妙な天気が続いており、気温も昼間は25度ちかくになるのに、午前中や夜中に零度近くになったりして、こどもたちだけでなく、みんな風邪を引きやすくなっています。でも・・・うちの子たちはとっても元気です。最近もハンナは月・水・金と学校の補習があるのですが・・・いままではフォニックス(英語の発音)が遅れていたので、それの補習でした。最近は・・・実は来週にあるSATテストという全米で行われるテストに参加するためにそのテストの受け方の指導を先生から受けているのです。ハンナの学校は私立です。だから・・・先生がたもいいスコアを全体で出したいなんて!いっています。ところで、ハンナの学校は分校で親学校が近くにあるのですが、そこの高校っていうのは全米でも10%の上位にはいってしまうらしいです。ですから・・・先生方がこのテストにかける情熱ったらすごいものです。公立の学校ではこのテストの期間(まるまる1週間つづきます)ラテン系の子や、アジア系の子、またその他の移民系で・・英語があまりよく理解できない子達をこの間欠席させるっていう話もききます。それほど・・・みんなぴりぴりとしているものらしいです。小さくは、キンダー(6歳児)から受験となるので、キンダーの子たちは結構2日目ぐらいから、ネヲアゲテしまうらしいです。「学校行くのいやだ~~」ってね。ハンナはさてさてどうなるでしょうか?初体験ですから。きょうは・・昼からはいい天気でした。学校での放課後の公園使用が昨日から認められたので、子供たちはうれしさでいっぱいです。なんだかハンナもわくわく。でもね、学校の居残り組み(デイケア:親とかが働いていて、夕方まで延長して学校に預かってもらっているこどもたち)が来たら即座に場所をあけわたさないといかないのです。やっぱり「不完全燃焼」の子供たち・・ほんの20分ぐらいしかないのですから・・・。帰り、車の前で友人と立ち話していたら、他のママがうちにみんなくるけどハンナちゃんもくる~?なんて言ってもらったもんだからもうハンナの目はハートできらきら・・・ええ・・・もちろんいってきましたとも。JOELもつきあいましたよ~。結局6時すぎに家にもどったものの、もう夕食を作るパワーは残っておらず、旦那に帰りにピザでも買ってきてもらおうとおもいきや・・・「残業で遅くなる・・・」と言われてしまい。仕方なく・・お夕飯家でつくりました。いや・・われながら「やろうと思えば、ちゃんとできるじゃないですか、奥さん!」って自分に言いたくなりました。(いや、こんな自分がとっても情けないと思っているのです。夕食づくりが面倒だと思ってしまう自分が・・・)今週はハンナの学校のスペルテストの問題も簡単そうな単語ばっかりだったので、ほっとしています。火曜日にして聖書暗誦ももうほとんどできているようです。うれしいです。ということで・・・きょうも寝ます。なんかまだ先週の疲れが溜まっています。(Z......Z....Z....Z...)
2004.04.20
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きょうは月曜日なんだけれど・・・気分はなんか週末の最後の日みたいに、疲れています。先週は本当によく遊んでしまったので、いろんなつけが膨大に溜まっております。けれども・・・きょうはとっても嬉しいことがありました。ずっとのびのびになっていた、JOELの「おくいぞめ」をすることができたのです。でも・・・白身の魚が手軽に購入できなかったので、なぜか・・・・「子持ちししゃも」になってしまいました(泣)。 でもハンナは大喜びで、楽しんでくれたし、旦那もJOELが椅子に座れるように支えてくれてとってもいいイベントになりました。写真撮影タイヘンだったんですけど・・・・・「おくいぞめ」メニュー1、白ご飯2、子持ちししゃも3、蒸しブロッコリー4、おとうふのお味噌汁5、いちご6、ほうじ茶ハンナの時は立派な「鯛」を実家のおばあちゃんが準備してくれた記憶があります。そう思うと、ちょっとJOELが不憫なんですけど、まあむしむしと食べられるわけでもないし、いいでしょうか・・・ ひさしぶりにわたし自身もちょっと登場してみました。JOEL結構うれしそうでしょ?それから・・・きょうは朝一番からJOELの100日のお写真をとって参りました。何枚も撮ってもらった中で・・・一枚・・真正面を向いている「ムービー・スター」のような写真があったのです。カメラマンとその仲間もプルーフをみて、びっくりしたのだそうです。あまりかわいいので、でっかく大伸ばししてもらうことにしました。1週間ほどしたら出来上がるそうなので、スキャンして、ここで紹介できたらな~。なんて夢見ています。お写真のメニューは1、平服(彼のいっちょ~ら:持っている服で一番かわいいもの)2、エンジェル(羽をつけてもらって、母は陰から彼をささえていました)3、はだかんぼ(オムツもとっていたのですが、彼はなんとか耐え忍びました・・・)でもね・・・疲れたみたいで、昼もその後もよく寝ていたし、おくいぞめの後は・・・めちゃめちゃ不機嫌。号泣な一日でした。・・・なので、わたしもとっても疲れてしまいました。また明日・・・日記溜まっているので、しっかりと忘れる前に更新したいものです。
2004.04.19
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こんばんは!サマータイム開始以来本当にとんでもなく夜が長くて・・・なんだか時間をもてあましてしまっています。きょうは夕食を作り出したのが7時過ぎ・・・実は朝からハンナの友達のおうちにまたお邪魔しており、遊びすぎて家にもどったのが7時過ぎ・・・旦那はとっくにお家にもどられ・・お腹がすいているのに、落ち着いてお待ちでありました。(汗)きょうは・・「タイ・カレー」と朝決めてあったので、カレーを作りながら・・・ごはんを仕込んで、サラダをつくり・・・その間・・・昨日の残りの「韓国焼きそば」で旦那にうえをしのんでもらい・・・ハンナはその間補習校の宿題をしていました。ああ・・・なんてわたしに寛容な家族なんでしょ!?!?!8時過ぎにようやく夕食の準備が整い・・・食べ終わって・・もう9時過ぎです。8時半まではお外もまだうっすら宵の口でありました。これからますます明るい時間が増えて・・・夕食の時間がずれこんでしまいそうです。 * * * * * * * * * * * * そして、今日のお題「方向音痴」わたし、自分のことずっと「野生の感」がきらめく、すごいドライバーだと疑ってなかったのです・・・・最近どうもその気持ちが・・・陰って・・・わたしってもしかしたら「方向音痴??」て思わざるをえない状況が続いています。先日・・・Edmondsという場所にある友人の家にいくときも地図をうまく見ていなくて・・・もうちょっとでカナダの国境に向かうところだったし・・・きょうも・・・「野生の感」に頼って走っていたら・・・いくらたっても、わたしのいった道ではフリーウエーの入り口がなくて・・・そのフリーウエーにそって、並行の道を走りにはしって、15分は時間の無駄・・・・ああ・・・実は・・・ダメなやつなんです。・・・・でも・・・待てよ?!?!?ちゃんとネットの地図でプリントアウトしてあるんだから・・・・本当は「方向音痴」ではなくて・・・・「読解力不足?」だっただけ???たしかに、いつもハンナの学校のプリント類をよく読んでいなくて・・・子供にもまわりの方にも迷惑をかけっぱなし??ただ単にわたしが「そそっかしい???」・・・・・・・・・・・そうなんです・・・・わたし・・・とんちんかんで・・・・しかも「そそっかしい・・・・」のです。そんなことに39年近く生きていて気がついてしまいました。それと共に深いため息・・・・・・・毎日・・・ハンナをいかに楽しくすごさせるかですごしたこの1週間・・・はやくイースターブレークが終わって元の生活にそろそろ戻りたいものです。はあ・・・・疲れてきました。って・・・まだ明日は金曜日だから3日あるのよね~~。(滝涙)・・・・・・・・ではまた明日です。おやすみなさい・・・・・・・
2004.04.15
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きょうは休日の中日・・・ちょっとわたしは疲れてきました。ハンナは毎朝ゆっくりと寝ているので、充電ばっちし。JOELとわたしが不機嫌といったところでしょうか。きょうは以前から気になっていたハンナのアメリカでの"ID"(身分証明証)を作成してきました。免許をとったライセンスセンターでちょこちょいって作ることができるのです。本人の身分が証明できる書類(出生届やパスポート)そして、現住所が証明できたら、だれにでも発行してくれます。自分で署名する欄があるのですが、学校で鍛えられているハンナは小さな枠にしっかり「筆記タイ」でハンナ!とサインしていました。受付のおばさんはその字体の美しさにびっくり・・・待つこと数分・・・コンピューターに情報がインプットされ・・・「ハンナさ~ん」写真撮影・・・・(ぱしゃっ!)「いい笑顔ですね~」そして、わたしが免許をとったときと同じ、テンポラリーカード(みどりの紙に印刷されたもの)をもらし、実物は1週間後ぐらいに郵送ということでした。これがあると・・・例えば、ちょっとディズニーランドにいったりするのに、いちいちパスポートを持たずに移動できるのです、他の州にいくたびにパスポートを持ち歩くのもタイヘンだしね。* * * * * * * * * *春の草花近所でいま猛威をふるっているのが、タンポポ・・・なんだかめちゃくちゃ大きいのですけど。いろとりどりのかえでが新芽を吹いて、その緑が萌える姿がとてもきれいです。まぶしいくらい。また・・・ワシントンの州花「石楠花(しゃくなげ)」も美しく咲き始めています。うちの庭にはベビーピンクのものがいまきれいに咲いています。よそのお庭ですが、「ライラック」もとってもきれい。わたしこれが春の花のなかでは一番好きです。そして、りんごのお花もいま最盛期です。しろに近いピンクでとってもきれい。我が家の庭では、シャクナゲのほかに、遅まきに植えたチューリップがいまきれいなつぼみになっています。そして、しだれる葉の赤い「紅葉」の新芽がとってもきれい!
2004.04.14
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今日は9時から5時まで「停電」という知らせが週末に入っていたので、いったいどうなることかと・・・思っていました。冷蔵庫の中身はどうなるのだろう??そして・・・あらゆる電化製品の設定は・・・・????????実際、この冬もいろんなところで停電が起きたにもかかわらず、わたしたちの住んでいるところは、特に問題がなかったので、全く直面しなかった問題でです。(ろうそくは山ほど買ってあったのに~~)いざ朝になって9時が来ても・・・まだまだ冷蔵庫は動いているし・・・いったいいつ始まるのか??不安を残して、サバイバルを助けてくれるというお友達の家(シアトルの北部)に向かうべく、家を9時すぎにでました。手ぶらでもいけないし、お昼ごはんの準備もしなかったので、近所のパン屋さんでパンを調達し、いざ向かうよ!と連絡をいれました。住所を聞いていたので、その通りに、ネットマップで調べていったつもりでしたが・・・実は初歩的なミスをおかして・・・なぜか・・・どんどんどんどん北に向かっていました。気がついたら・・とんでもなくEverettというボーイングの街まで・・・(わたしって、何事もそつなくやってそうで・・・実は肝心なところで、おおぬけ、おおまぬけをする人なのです)友人に連絡したところ・・・「それはひきかえして・・・」というので、出口をさがして、また同じフリーウエーをもどりました。177という出口ででるはずが・・・192という出口までいってしまっていて・・・出口の番号がひとつ増えるというのは1マイル増えるのだどうですから・・・のほほんと15マイルも北に向かっていたことになります。なんてお馬鹿・・・・ハンナがどうも・・・行く道で・・・「ママ・・・○○ちゃんの家ってやたら遠いね~。」なんて言っていたのです。わたしもその疑問に・・・すんなり・・・「そうね~。遠いね~。」なんて呑気に答えていたのです。ほんと、ここまで来たら・・・馬鹿。結局30分ちょっとでいける行程を・・・1時間以上かけていってしまいました。本当に・・・ハンナごめんなさい。そして待たせたお友達もごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・(恥)到着して・・・ハンナ・・・まあまあ・・うれしそうに遊ぶこと・・・数時間・・・お昼になりました。その場所はシアトル郊外でも韓国人の多い場所となっており、近所にとってもおいしい「韓国の豆腐スープ」を出す店があるということで・・・電話注文して、、買ってきてくれました。子供にはあまり「チリ」辛くないスープ・・大人はオレンジ色をして「いける」味のスープ・・・いっぱいえびとか魚の味がしました。食欲が進むあじであったのは間違いありません。時は・・・4時をすぎ・・・5時にまたきょうもピアノのレッスンがあるので、帰途につきました。・・・やっぱり迷わないと・・・30分すこしで家に到着・・・なぜか・・・どっと疲れが・・・・(わたしってやっぱり方向音痴??)(いや~。太陽のむきで迷わない野生の感があるって信じているんですけど・・・・・・)ピアノの練習も無事に終わり・・・夜は・・ちょっと補習校の宿題をして・・・一日を終えました。ああ・・・金曜日までの先はながそうです。
2004.04.12
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ハッピー・イースターです!きょうは朝6時半には起きて、教会の8時の礼拝に備えました。というのも・・・日本人にはよくありがちですが・・・お正月とかなにかがないとお参りにいかない・・・それ式のアメリカ人もやっぱりいて・・・教会がイースターとクリスマスはやたら混雑するというのです。もしかしたら?駐車場もないのでは??と7時半には家を出ていました。うちも早いと思っていたけれど、到着したらもう駐車場の半分ちかくは埋まっていました。きょうはイースターということもあり、礼拝のための聖歌隊もいつもの何倍も大きく、100人ぐらいのコーラスと、ベルを鳴らすひとたち、管楽器を演奏するひとたち、そしていつものオルガンで・・・すばらしい音楽を提供してくれていました。・・・牧師先生が・・・お説法の最後に・・・・「きょうのみのゲストの方々もぜひ、来週もこの教会にいらしてください!われわれは毎日曜日ここで礼拝をしています!」っておっしゃったのには大笑いしてしまいました。キリスト様が無事生還された日をお祝いでき、とてもよかったです。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 昼からお友達の家族とBBQとなりました。きょうは・・・・とんでもなく気温があがり・・・おそらく最高潮の時間には・・・30度近かったとおもいます。半そでというより、タンクトップがいい気温でした。きょうはいつものメニューに加え・・・エビをいれてみました。メニューは・・・・メインコースえびとマッシュルームとピーマンの串刺手羽先のしょうが漬け骨付きカルビ韓国風スティック野菜・・・サルサチップスビール紅茶デザートアイスクリームいちご凍結ブルーベリーとらやの季節羊羹緑茶あっと言う間に6時半になっていたんですけど・・・・外はまだまだ明るかったのです・・・これからますます夜の過ごし方が問題になります。だって・・・みんな口々に言うのですが・・・子供が寝なくなるのです・・・あまりにも明るくて・・・・・・・・明日から・・・1週間の「イースター・ブレーク」にはいります。毎日また多忙になりそう・・・・・そして・・・・電力供給会社より・・・明日9時から午後5時停電です・・・・ネットもできません。(滝涙・・・)
2004.04.11
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きょうは補習校にはいって、初めての1年生の授業でした。ハンナは朝の車で「なんだかどうなってるかわかんないから、むずかしかったらどうしよ??」って不安がってました。(ちなみに平日の学校では5月から日本の小学校2年生のカリキュラムに突入します。)1年生からお弁当持参での授業になり終了は1時半になってしまいます。いままでは午前中だったのですけど・・・(早朝におきて、おにぎりをにぎったりして、母はタイヘンだったよ~~)1時半にお迎え・・帰りの車で「まま~簡単だったよ~」・・・そうそうその言葉を待ってました。でも・・・いままでは昼までだったので、昼からいろんなところに行くことができたのに、1時半に終わっても結局2時ぐらいに学校を発つので・・・それから遠出はできないし、中途半端になってしまいます。近所のホームセンターに用事があったので、いってみたら・・・天候のせいか、みんないっぱい買物にきていて・・・・植物を持つ人・・・ガーデングッズを持つ人・・・いっぱいいっぱいいました。初夏の到来です。しかし・・・・アメリカ人って本当に買物好きです。土曜日や日曜日・・・いっぱいどこも混雑・・・きょうはハンナの学校でのいろんな問題集の費用をチェックでもっていきました。10冊ぐらいいろいろとあります。・・・最近の小学生って本当にたくさん勉強しているのですね・・・自分が小学校1年生のとき・・・そんなに努力した記憶は全くないのですけど・・・ふと・・・JOELが大きくなって、小学校に行く頃にはどうなっているのだろうと・・・・その前に・・・アメリカの世界での地位や・・・国際情勢どうなってるんでしょうね・・・・イラクの動きなんか考えたら・・・気になります。(・・・ええ???やらせ・????って・・????)20年後ぐらいはいったいどこの国で暮らすのが快適なんでしょう・・・日本も破産しそうだしね・・・(涙)
2004.04.10
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まず・・・FINEという言葉を聞いて、大抵の人は英会話を習いにいって初めて口から上手にでるようになるフレーズ"I'm fine, thank you."このFINEを思い出すと思うのです。FINEは形容詞で使われる場合はいろいろな名詞を修飾して、たくさんの微妙な意味合いを持っています。例えば・・fine rainだと、ぬか雨って意味になるし、one fine dayだと・・・よく本にでてくる「ある日のこと・・・」っていう意味になるのです。まあ・・一般的によく使われる二つの意味は、形容詞で;美しい;、立派/名詞・動詞となり:罰金(罰金を課す)というものがあります。旦那がシンガポール人でわたしも住んだことがあるから、よく人と話していて、そこのことを知っているひとは「シンガポールはとってもきれいだよね!」と口々にいいます。そう言ってもらえた瞬間とても誇らしげに思うのですが、反面・・街の裏側にいったらそうじゃないんだよ~って言いたくなってしまい、ついには「悪口」になってしまうこともしばしば。愛すべきシンガポールなのにね。シンガポールは小さい島国、そして社会主義、政府がいろんな力を行使しています。小さい島国とはいっても多民族国家なので、いろんな常識、文化、非常識をもっている人が住んでいると、国もそれを統制していくには並大抵の努力ではやっていけないようなんです。ですから・・いろいろな意味で法律は、日本なんかから比べると本当に厳しいし、ええ?こんなことまでルールがっていうほど、細かく決められています。きょうは話すfine cityというのは「罰金の街」っていう意味なんです。うちの冷蔵庫にシンガポールでおみやげにかった「マグネット」がついています。そこには英語で・・・公共の場でこれはやっちゃいけない・・・罰金500ドル!・つばはき・おしっこ・喫煙・ガム噛み・ポイ捨て・鳥にえさやりもちろん・・・タバコの灰を落としてもいけませんし・・・公衆トイレで流すのを忘れても罰金なんです。1回目の罰金は500ドルですが・・額面はどんどん増加し、そのうち何度も何度も繰り返していると・・・忘れた頃に・・・・新聞の一面に写真が・・・場所はビーチだったりするのですけど・・「公共掃除に借り出された、ゴミ捨て常習犯たち・・」なんて・・・ゼッケンをつけさせられ、お掃除をしている姿が載ってしまいます。(いまもあるのかな~)いえ・・・みんなICカードとIC番号というのを持っていて、そのカードの裏にはバーコードがあるんですね~。それを交番や警察、公共機関・・・あらゆるところでさっと読み取ると・・・あなたの・・・宗教・・・最終学歴・・・納税レコード・・・犯罪レコード・・・・渡航歴・・・・あらゆることがすぐさまバレバレなんです。ちょっと・・・肩身狭く暮らさないといけないように感じますが・・・もし自分が良識を持った人であったら、全くこのルールは堅苦しいものではないはずです。観光客だったとしても・・・罰金命じられることはありますから・・・ビジネス街で朝から・・・「ぺっ~!」ってつばを吐いている日本人のおっちゃんサラリーマンなんて・・・すぐにビーチの掃除になっちゃいます~。最近、日本の自治体でも「ゴミ」について厳しいルールを設け始めているところがありますが・・・自然分解されて土にもどらるゴミ以外のゴミは必ずゴミ箱・・そしてできるものはすべてリサイクルに回しましょうね!!地球を救いましょう・・・・
2004.04.09
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きょうもまた昨日に引き続き昔話です。自分ではつい昨日のことのように思うのですが、20代の話はすべて10年以上は前が前提になってしまっていて・・・「ひとむかし」しっかり経っているのです。25歳で思っていたよりもかなり若くして結婚したのですが、その当時はシンガポールに住んでいました。合計約3年は暮らしました。その後はずっと昨年アメリカに来るまで日本にいたのですけれども。国が変わるといろいろとびっくりすることがありますが、びっくりしたのは、街のどこにいっても「両替商」があることでしょうか・・・そして日本では考えられないけれど、その店によってレートが全く違うのです。でも銀行よりは明らかにレートがよかったりします。日本では外国通貨を交換したいとき、うそ!みたいな手数料をとられ、その上レートがどこでもフィックスなので、1ドル105円なんていっていても、1ドルを交換するのに、結局115円ぐらいかかっていたりするのが常で・・返金してみて「れれれ?」案外少なかったな~。なんて思うものです。シンガポールはご存知のとおり「淡路島」のような島国、そしてその国土が毎年拡大され、国土の面積が広がっているという不思議な国でもあります。これってどんどん海面を埋め立てて広がっていっているからなんです。面積がひろがるといってもちいさな島です・・そこに大阪市以上の人間が住んでいますと、みんな時々はよその空気を吸いたくなるものなんですね。近隣にはマレーシア、タイ、インドネシア、ブルネイなどの国があり、きれいなリゾート地もたっくさん!あります。そしてその家族や恋人、友達のニーズにあった場所が必ずみつかります。旅行に行くときの問題は通貨。最近ヨーロッパはほとんどがユーロになったから、本当に便利になったと思うけれど、まだまだアジアは通貨を一緒にしたりできない経済事情が国ごとにあるから・・・シンガポールに住んでいると、いろんな通貨を常に交換する必要がでてくるのです。もちろん近隣の国からシンガポールに来て働いている人も多いわけですから、みんな故郷に帰るときは、銀行で現金を送金して、為替で損をするっていうような「馬鹿」な真似はせずに、街角のある「両替商」で交換するわけなんです。両替商というのは、街中ではショッピングセンターの1階とか地下とかに香水屋さんなんかと一緒になっていることが多く、また両替商として孤立して小さい場所で銀行?みたいに営業しているところもあります。わたしのお気に入りは本当の「銀行」がひしめく"Raffles Place"いわゆる"Shenton Way"界隈にある、これもまたひしめくようにある「両替商」です。それも「ここ」というお得意のところがあります。"Clifford Centre"というオフィスビルの前(前には左右にあります)その向かって左側の「両替商」がいたってお気に入りなんです。3年間というものあまりに通いつめたので(両替ばかりでなく、その近辺でずっと仕事をしていたんですね)今でも近所に行くと「は~い!元気~」なんて声をかけにいくほど。金融業界のひしめくところにあると、レートが常に新鮮です。金曜日に金融市場が閉まると月曜日まではレートは凍結するのですが、月曜日から金曜日は相場をみていて変えることも可能なのです。マレーシアドルなんて、よくみていないと、結構損してしまったりします。でも、交渉で値段が変わる「両替商」日本では考えられないですよね。シンガポールを離れようと思ったのは、丁度旦那に転職の必要がきて、30前だし、わたしとしては彼に日本語をすごく勉強してもらいたかったし、日本が恋しいし、日本のほうが子供を育てるにもきっといい環境だと信じたからなんですね。それで・・・買ってまだ1年ちょっとしか経っていない、公団のマンションを潔く売ってしまうことにしたのです。時はまさにシンガポール・バブルの最初のころ、うなぎのぼりのときです。家を買ったときは底値だったのに、販売するときには、なんと2倍ほどもの値段になっていました。いろいろ差し引いて結局手元に1千万円ちかい現金が残ることになりました。日本に行くと、学費(旦那が日本語学校に行くことになっており、わたしは英語の専門学校にいくことにしていました)が必要だし、家は親のところなんですけど・・・やっぱりすべてを日本円に交換する必要がでてきました。自分でずっと「マイ・バンク」と信じているのは「住友」なんですけど、いまもそうですけど・・・シンガポールには当時「住友銀行」はあってもそれがオフショア・バンク(*1)だったために(実際店舗の銀行とりひきはせずに日本企業用の送金や入金のみの営業内容が限られた銀行)お金を送金することもできず・・・CITIBANKの口座を持っているわけでもないので・・・悩んでしまいました。それで・・・とった手段とは・・・・そうなんです。例のいつもの「両替商」で現金取引することにしたのです。前もって、根回ししておいたので、レートのいい日を選び、現金を準備してもらっておいて、とうとう交換の当日になりました。手には同じビルの「郵便局」でおろしためちゃくちゃ高額紙幣・・・みたことありますか?十万シンガポールドルっていう札?もう何色かも忘れましたが・・・めちゃくちゃでっかいサイズなんです。それを何枚か・・・そして・・・両替商から・・・日本円を10束いただいてしまいました。旦那とわたしはおそるおそる家にタクシーでもどり・・・その夜から数日シンガポールを出るまで、そして空港についても、出発まで・・・そして日本にもどってKIXについて、実家についても・・・銀行にいってその現金を通帳に記入してもらえるまで安らかに眠れた夜はありませんでした。でも・・・明らかに銀行で交換したり、ワイヤーで入金をするよりは「得」していました。今後そんな大金を目にすることはもう二度とないでしょうけれども・・・若い頃のいい思い出です。もし、シンガポールに観光に行かれたら、ぜひそこの「両替商」でシンガポールドルに交換してくださいね!"Clifford Centre"の入り口左側のお店で、アラブ系の若いほそ~い、お髭を鼻の下にたくわえた、目のでっかい、おにいちゃんです。よろしくお願いします。そしてシンガポールはちっちゃな「島国」ではあるけど、アジアの金融業界司令塔・・・そして・・・多民族国家・・・「島国根性」なんて言葉は辞書にありません(笑)他の根性はあるんですけど(笑)ぜひ一度はいってみてください。すばらしい国なんですから・・・(旦那みてるかな・・・・ほめまくっておきます) * * * * * * * *1オフショアについて オフショア(Offshore)とは海岸線、波打際、岸、(Shore)を離れた(Off) 向こう側を意味し、海岸線の外側、岸を離れた沖、すなわち、沖合いとなります。 世界に存在する多くの国際金融市場のなかにはオフショアの言葉をそのまま使用している場所があります。中近東のペルシャ湾内に存在する淡路島ほどの小さな島国バーレーン(Bahrain)はオペックのメンバーであり、なおかつ中近東地域の国際金融市場でもありますが、この国にはOBU(Offshore Banking Unit)と呼ばれる銀行業務を遂行するオフショア金融センター(Offshore Financial Center)があります。オフショア金融センターでの銀行業務を一般にオフショア・バンキング(Offshore Banking)と呼びますが、OBUでは中近東諸国の通貨ばかりでなく世界の主要な通貨を取り扱っています。OBUに現地法人を設立登録した金融機関は、バーレーン国外(Offshore)の非居住者から調達した預金をバーレーン国外の非居住者に貸出して運用します。 バーレーン国内から資金を調達してオフショアで運用したり(In-Out) 逆に、オフショアで調達した資金をバーレーン国内での運用(Out-In)はOBUでは禁じられています。あくまでも外-外(Out-Out) の資金取引のみが許されています。金融機関がOBUライセンスを取得する際の設立登録は容易にでき、法人設立費用や年間登録費用も安く、年度税も低税率と優遇されています。一方、OBUには法人及び個人のバーレーン非居住者に対してOBUの金融機関を通じて得た預金利子は非課税となる税の優遇措置があります。 呼び名こそ違いますが、アジア地域の国際金融市場の一角を担うシンガポール(Singapore) にも同じように外ー外の資金取り扱い銀行業務を行うオフショア金融センターがあります。ACU(Asian Currency Unit) と呼ばれ アジア通貨に加え、国際主要通貨を取り扱っています。ここでも、OBU と同様にシンガポール非居住者がACU を利用した場合、その預金利子は非課税となります。前回取り上げました日本の国内銀行とシンガポールの銀行とのUSドル預金利率の比較はACU利率によります。 従って、オフショアとは 現地法人の設立や運営が容易で低コストで行える場所の提供があり、その場所の取引形態はあくまでも外-外の金融取引に限られ、顧客対象は非居住者のみ、そして利用者である非居住者は税制上の恩恵を受けると言うことになります。余り知られてはいませんが、日本にもオフショア金融センターはあります。JOM(Japan Offshore Market)と呼ばれ 法人のみが利用でき、個人の市場への参加は認められていません。 現在、OBUやACUのように非居住者の金融資産運用に対する税制上の優遇措置を提供しているオフショア金融センターは全世界に60以上存在します。
2004.04.08
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きょうは普段の日記からちょっと変わって、昔の思い出話をしたいと思います。大学時代はあまり勉強をよくしない悪い学生でした。なんて・・いったら両親に本当に申し訳ないのですが・・・バイトに明け暮れ、遊びに明け暮れ最初の3年間は本当に忙しかったです。それでも英語はとっても好きで、それしかとりえがなかったので、学校の成績はクラスでもそんなに悪くなく、どちらかといえばよく出来たのかも??しれません。4回生なった時なんて、単位が足りすぎていて、週に2度学校に行くだけでよくなってしまって、卒論さえ必要なかったので、書かないで卒業してしまったほどでした。(めずらしい大学でしょう?)以前、日記で「クン先生」の話を書いたことがあるのですが、とにかくわたしの大学は「外国語学校」であったので、あらゆる国からいろいろな講師が来ていました。「クン先生」はその中でも「変わり者度ナンバー1」でした。ただ・・・生徒に外国は若い頃に借金してでもいって、自分の肌や目でいろいろと学び取ってくるようにといつもおっしゃってました。大学4回生になる前の2月に、香港旅行が底値になるというのを知ったので、仲良しの女の子グループで出かけることにしました。いや~いま思えば、それは旧正月がかかっていたから安かったのですけど、若いから・・・もう頭の中は「ルイ・ビトン」が買えるとか・・ローレックスの偽者を買おうとか・・・それはもういっぱいいっぱい夢が詰まっていました。安ツアーなのに、ハイアットに宿はとられていましたので、結構快適に過ごしていました。いまからもう20年前ですから、記憶もかなり遠ざかっていますが・・・その頃はまだ香港では英語がそんなに通じずに・・・「広東語」ですごく苦労してしまいました。(まだこの頃は旦那にも会っていなかったので、なんの意識もなかったです)そして、自分の副専攻だった「中国語」も・・・それが「北京語」だったので全く通じず困ったものでした。(北京語もそんなに話せるわけではありません)ただ・・・若いグループだから、ホテルの男性たちはなにかと親切にしてくれました。ポーターのおにいちゃんとかとも友達になり、彼らが日本人からもらってしまったチップの100円硬貨なんかをお札にかえてあげたりしていました。お札でないと両替できませんものね。滞在1日目にお目当てのルイビトンなんかにいって・・そして憧れの「ペニンシュラ・ホテル」の中も通って・・・いろいろと楽しみました。でも・・・2日目から旧正月に突入して・・・本当にみごとに街から人が消え・・・商店も閉まってしまい、元気が無くなってしまいました。食事をするところも外にでたら、あまり開いておらず、言葉も通じにくいので、美味しいものがあまり食べられず悲しい思いをしたものでした。夕食時、とりあえず開いている店にはいって、ローカルの人が食べているものがおいしそうで注文したいと思ったのですが、外国人向けの変なメニューをだされて、スパゲッティーを注文したら、うどんよりコシのない、パスタがでてきて、それはひどかった・・・これだけはきっとずっと忘れない!って思ったほど。夜に入るしなんだか疲れてしまって・・・・ホテルにもどったら、いつものポーターのお兄ちゃんが・・・「いい話があるよ~」って言うのです。「な~に?」って聞くと「今、ホテルにジャッキー・チェンが来てるよ!そしてホテル内の中華料理のレストランにいる!でもぼくが言ったって秘密ね!」わたしは・・・・度胸だけは据わっています。ジャッキーは知っていてもファンではありません。けれどあんなに有名なジャッキーだから一度は会いたい!なんて友人を引き連れてレストランに行き、入り口で早速交渉を開始しました。待つこと2分・・・・満面の笑みをたたえた「ジャッキー・チェン」が食べ物を口にもぐもぐしながら出てきました。そして・・・(うそ八百)「あなたの大ファンの日本人です!」といって早速握手をしてもらい、写真など数枚とり・・・ちょっとお話までして・・・サービス万点のジャッキーさんでした。いまもその写真は大事に保管しています。(笑)そして・・ホテルの玄関に停めてあった、彼のポルシェにもたれて記念撮影なんかしてしまって、みんなご満悦!!彼・・そんなに背は高くなかったですけど、体ががっちりしていて、「兄貴!」って貫禄があり、包容力のありそうな、人のとってもよさそうな方でした。きっとその通りだと思います。アメリカにきてみて、彼の映画や番組を見ることがとっても多いのですが、そういえば・・・ヘーンズのTシャツのコマーシャルまでやってます。・・・いつ見ても・・・その20年前の暖かい思い出にひたることができるのです。芸能人に関してミーハーではないのですが・・・なんだかこの話はとっても嬉しかったです。あれ以来、香港人の友人も実際に数人できて、香港の大ファンです。一昨年友人の結婚式でいったのですが、もしかしたら、わたしは前世は香港の人だったかもしれないっていうくらい、空気が体にあっているような気分になります。ああ・・・憧れの香港はこんどいつあえるでしょうか・・・
2004.04.07
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きょうもまたいい天気でした。車を運転してはクーラーをがんがんにかけなくてはいけない季節に突入です。火曜日ということで、先週から参加している日曜日とは別の教会に「バイブル・スタディ」の為にでかけました。JOELを連れての外出だけでも結構タイヘンなんですが、それでも行くといろいろな人に出会えるし、自分の為になるので、行ってきました。最近、わたしの本当に身近なところで「乳ガン」になったり、「骨折」したりする人が多く、祈ってばかりなのです。そんなとき改めて自分が健康で元気なことを心から感謝します。(・・・つづく)
2004.04.06
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きょうもシアトル晴れ、もう初夏だという実感とともに、外にでて作業をするもんなら、汗ばむ陽気です。いままでは夜もちょっと暖房がほしかったけれど、きょうは全くその必要は感じませんでした。きょうは週末さぼりにさぼったお洗濯が溜まり、朝からフル回転でした。(わたしではなくて洗濯機と乾燥機が・・)機械がやってくれるので、洗う・干すといいった一番体力の要る作業はほとんど無くなって、昔の主婦に比べたらよほど楽なはずなんですが・・・乾いた洗濯物をきれいにたたんで、個々の場所にまた戻すという作業が結構面倒だったりします。なんかいい方法ないかな?わたし、O型でのんびり、ざっぱなのに・・変なところが妙に神経質なんです。洗濯で言うなら、いろんなこだわりがあるのです。白とカラー、黒ものを分けるのは言うまでもなく、アメリカの洗濯機があまりにも「強」そうなので、デリケートな服を乾燥機には入れられず、いつもヘヤ干ししています。日本だと臭くなってしまうところですが、ここは乾燥大国アメリカ・・からっときれいに乾きます。服のたたみ方にはもっとこだわりがあり、そのものがきれいに帰る位置にフィットするように、タオルならそれの、靴下ならそれの、パンツならそれの「たたみ方」があります。タンスの中もそれがフィットするようにきれいにされていて・・・ですから・・・いくらハンナが手伝ってくれても、それがタンスに入らないたたみ方をされていたら、やり直ししてしまうのです。ですから・・・そういう苦痛を自分に課さないように、洗濯は自分の仕事としています。ただ・・タンスに直すのは、たまに旦那やハンナにしてもらうこともあります。旦那もハンナもものを一番上に片付けて、一番上からとるという悪い癖があるので、それを熟知しているわたしは彼らの洗濯物は下のほうから補充することにしています。そうすることで、おんなじものをいつも着ているという状態がなくなり、一方の服がどんどんよれよれになるというのを防ぐことができます。靴下やパンツも彼らの取り方を熟知しているので、遠いところから補充するようにしています。自分の分については、自分でいろいろとわかるので、さほど凝っていません。タオルだけはいちいち下に入れていると、重たいので、上から補充して、下から取るようにしています。これはなかなかいい方法です。(タオルを入れるところは棚になっているので、このほうが簡単です)さて・・・きょうはハンナは学校からの遠足でした。金曜日の帰りに発表されたので、ママ同士?どうする??といった声が上がっていました。なぜなら「送迎は親のボランティアで!」なんて書いてあったからなんです。そして・・朝旦那が送っていったら、その送迎だけのはずのボランティアが・・・すべてのママ「同行!」に変わっていたらしくて・・・みんな「あっけにとられつつ」も同行したそうなんです。わたしにはJOELがいるので、到底無理!そういう気持ちを察してくれた、ハンナの同級生のママが、わたしが連絡入れる前に、「大丈夫!ハンナちゃん任された~!」って連絡をくれました。なんて嬉しいことでしょう。そして、わたしはそのやさしさに感謝しつつ、昼からすごしました。遠足の行き先はうちから車で2分の「ボタニカル・ガーデン」以前日記にも書きましたが、ここには「八尾ガーデン」というもみじの庭園もあります。(注:ここBelluvue市は日本、大阪の八尾市と姉妹都市提携しています)何をしたか?すっかり聞くのを忘れましたが、天気がよかったので、いっぱい遊んだようでした。今日から本格的に、ハンナの日常は多忙になりました。・ピアノの練習・補習校の宿題・スクール(日本語)の宿題・スクール(英語)の宿題これを毎日こなさないといけないのです。タイヘンだけども、9月からがんばったので、さほど本人には負担になっていないようです。そして・・補習校はいま1年生が始まったばかりで、「あいうえお」の復習以前のものです。ハンナにはちょっと簡単すぎるぐらいです。(よかったです~。彼女の気の抜けるところがまだあって!!)きょうはどうにかこれらの課題をすべてクリアしました。そして・・・9時前にはテレビを見ながら寝てしまいました。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *今日の映画"Johnny English"あのミスタービーンのおじさんが活躍するコメディ!(でも・・途中で眠気がきてストップしています)
2004.04.05
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本日からここアメリカのPacific地域はサマータイムに突入しました。秋に1時間増えていたのに、1時間また失ったわけです。正確にはこれを英語で"Daylight Saving Time"といいます。ご存知のとおり、アメリカでは(本土)は4つのタイムゾーンで区切られております。西からPacific, Mountain, Central, Easternというものです。きょうはその4つの地域でみんな1時間損したので・・・あわてた人も多いことでしょう。http://homepage1.nifty.com/boiseweb/usa/al_tz.htmlここに詳しいことが載っています。朝、教会にいつものようにいったのですが、10時前に終わったとき、出て行ったら居ました!いました~~。車の窓を開けて嘆いている婦人!「あ~、夏時間すっかり忘れていたわ~。礼拝ミスってしまったわ~。」まさか・・・ちゃきちゃきのアメリカ人の人が忘れているとは思ってもみなかったんですけど、われわれみたいな新参者ではきっと明日(月曜日)まで知らずに会社に遅刻してしまうっていうのもあるかと思っています。きょうはとってもいい気分なんです。ワシントン州で有名なチューリップフェスティバルっていうのにいってきたからなのです。写真は・・・下に・・・(更新まだまだつづきます。)(もっと写真掲載したいのですが、楽天の100枚をまた超えていて、どれを消去するか悩んでいます)
2004.04.04
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きょうもシアトルは晴天。絶好の入学式日和となりました。ハンナはいとこのアサミちゃんからもらった(いま高2です)彼女が小学校入学に着た、ファミリアのアンサンブルを着て挑みました。入学式に行くまえに、家の前の他人の土地に咲いているきれいなしだれ櫻の下で写真をとりました。肝心の入学式、わたしはJOELに授乳をしていて、終わったときにはすべておわって、みんな退室しているときでした。旦那がビデオをとってくれているので、また今度機会のあるときに見る予定です。先月の23日にハンナの学校で、もうひとりのママが赤ちゃんを出産して、その方の車でいっしょに授乳させてもらい、ニューフェースくんにも会えてわたしはよかったんですが・・・その後、教室に戻って、これからの方針や・・山のようにはいったプリントの説明、宿題の説明、教科書の説明がありました。ハンナは普段の学校で1年生の勉強はもうほとんど済ませ5月からは2年生のカリキュラムに入るので、いままでの貯金が今期は生きることと思っています。家に帰って宿題のページを見ましたが、とっても簡単!彼女にも安らぎがありよいです!! 入学式が終わったその足で、家にもどり、家族みんなジーンズに着替えました。近所の公園で「羊の毛刈」のセレモニーがあったからなんです。10日ほど前から、近所にいっぱいサインがでていて、わたしもちょっと楽しみにしていたのです。マックで昼食を買って、あちらで食べようということだったんですが、すごいイベントということで、なかなか駐車スペースがありません。結局待っている間に車の中で大半を食べたような次第です。JOELにいたっては、芝生の上での初のおっぱいとなりました。ヒツジというと、JOELの干支なんですが・・・それよりもっとすごいことがあります。わたし実は「羊毛部」というところに属していたことがあります。大学を出て最初に就職したときの人事の配属でした。その会社はいわゆる総合商社で、その頃はバブル期、繊維もまだまだ花形の業種でした。わたしのいっていた会社の羊毛部がどの商社よりも一番古いということで、その部で働く上司やみんなは・・それを誇りに仕事に励んでいたのです。わたしの課は、刈ったヒツジの毛をトップという糸にする前の状態にして、日本のいろいろな毛織会社に売っていました。そこでやっと糸になって、それが細いものだと、紳士のスーツになったり、女性のサマーウールのきれいなスーツになったり、また・・太いとセーターになったり、するのです。ジュータンなんかになる太いものは違う課が扱っていました。輸入していた毛はオーストラリアから来るものが大半でしたが、ニュージーランドから来るものもありました。刈りたての毛は、マレーシアの工場でそのふわふわ綿のような「トップ」というものに作り変えられていました。とにかく、ヒツジが目の前で刈られているのは初めてみることで、とても興味がありました。しかし・・・刈るのを習得するのに、少なくとも5年はかかるというのでびっくり。これも修行の世界なんですね。ハンナは目をまるまるさせて、その早業をうっとりと眺めていました。 ショーが終わって、歩いていたら、花女さんに出会いました。写真はちょっと怖いけれど、とってもきれいだったんですよ~。ハンナは思わずディズニーランドと間違えたのか、写真を撮りたい!っていって母も撮りました。 太陽がいい加減まぶしいので、その場から退散して、先週オーダーしてあったハンナの自転車20インチをとりにいきました。どうです??うれしそうでしょう?ちなみに、ハンナはまだ「補助輪なし」は乗ることができません。来週はイースターブレークで1週間お休みになるので、その間になんとかしたいと考えています。さて・・・何時間?何日かかるでしょうか???
2004.04.03
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あんまりお友達の発言とかをネタにするのは失礼なので、いつもは控えているのですが・・・あんまりおかしいので書いてしまうことにしました。お友達がアメリカに来て以来、よく聞くことばでずっと「ええ??」って思っていたフレーズがあったそうなんです。(注:かわいらしい3歳のお嬢様がいます)「シー・イズ・ア・ドロボー」どこにいってもこれを聞くのでずっとずっとなんで自分の子が「泥棒」なのか知りたかったそうなんです。でも英語だし、そんなことはあるまい!って思っていたそうなんです。あるとき、それをご主人に話してみたら・・・「それって、この子はとっても可愛い!・・ってことじゃないかい!!」(ご主人はばっちり英語がわかります)「だからそれは『ドロボー』じゃなくてADORABLE(アド~ラブル)でしょ?」そうなんです。そのフレーズとは"She is adorable!"だったのですね~。それで・・・ようやく彼女は自分の子供の「泥棒」ぬれぎぬが晴れ、すっきりして日々を送っているらしいです。学校時代に英語の先生がいっていた「どうも、くろっこだいる」って言ってしまったアメリカ人観光客のことを思い出して笑ってました。本当は・・・「ドモ・アリゲーター」って覚えて「どうもありがとう」ってしたかったらしいっていう話。
2004.04.02
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ハンナは学校ではとくに自分から何もしなかったようなんですが・・・ハンナの英語の先生が・・・朝クラスルームに行くと米粒みたいな紙をみんなに配って・・・それに「今週のスペルと聖書の暗誦を書いてください!」って真顔で言ったそうなんです。みんなは・・・子供だから口々に「先生~そんなの無理よ~!!」って叫んだそうなんですね。そしたら・・・先生が・・・「エープリル・フール!」って嬉しそうにいったらしい。なんだかほのぼのとしていていいではないですか~。
2004.04.01
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