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去年の今頃は、ハンナがアメリカで学校についていけないのではないかと、ないてしまう日々でした。せっかく慣れたと思ったらまた転勤でしょ?!今度はどうなるかと毎日ひやひやしています。ハンナきょうは先生から「レッドカード」をいただいてしまったのだそうです。放課後いつも待ち合わせをするプレイヤードでわたしをみた瞬間から涙ぐんでそれについて説明してくれるのですが・・・彼女の説明は・・まだまだ難解で、わからないのです。けれども・・・話をまとめてみたら・・・・クラスの女の子が昨日お休みしていて、授業がどうなっているかわからなかった・・・ので、授業中にいっしょに座っているグループの子たちに聞いたらしいのです。1回目はみんながなんだかいって、みんなイエローカードをもらってしまい、その後もその子はハンナに聞いてきてしまったのだそうです。ハンナはしゃべることは悪いけれど、その子を無視するのはもっと悪い・・・そう判断したらしいのです。それで・・・「赤」カードをいただいてしまったようです。わたしは親として、自分の子供を信じているので、ハンナはぜったい悪いことをするような子ではないのです。先生はどうしてその理由・・・なんでその机の子たちがしゃべっているか、わからなかったでしょうか?でも、なきじゃくっているハンナに一言・・・「先生がイエローを出されたときに、もっと気をつけるべきだったし、お友達を無視するべきだった。しゃべってしまったハンナは理由がどうであれ、悪いのよ。」本人はまだ納得していないようでしたが、その制裁を受け入れたようです。レッドカードになると、親がサインをして、その次の日に学校に持っていかなくてはなりません。ハンナは明日、またグリーンカードにしてもらえるか、とっても心配していたようです。果たして、どうなるでしょうか?ちなみに・・わたしは授業中・・よくしゃべりました。いろいろとしたいことがあって・・・小学校の時も、中学校の時もそれが原因で、廊下に立たされたことはいっぱいあります。そわそわしていて、どちらかというと落ち着きのない子供だったかもしれません。だからハンナも仕方ないでしょうか。今週からぼちぼち宿題をもらって帰ってきます。ところが・・・前の学校に比べたら、量的にとっても少なく・・ハンナは喜んでいます。ぼちぼち「日本語の補修@母」もはじめないと・・・(口ばっかりでなかなか開始されない予感です)
2004.08.31
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きょうは、待ちにまった・・・(待ってない)ハンナのA型肝炎予防接種の2度目でした。B型肝炎のは3度打って完了となるのですが、A型のほうは2度で大丈夫なのです。あとは10年後にまた打ってください。と・・お医者様がおっしゃりました。なんでも最近はA、B型混合タイプというのもあるらしく、こちらは3回の接種となるらしいです。便利なものですね。ところで、注射というと、いつもハンナは看護婦さんが注射バリを持ってきたら、同時になき始め、叫ぶというとんでもない様子がこのところつづいていて、もうどうしていいか・・・まったくもって困っていたのです。けれども・・・きょうは「泣きません」でした。なんでも、本人いわく、昨日から痛みの「イメージトレーニング」をしていて、とにかく注射を見ずになんとか過ごそうとしたのだそうです。まばたき、一度。なかなかったです。それでですね・・・泣かなかったご褒美に、なぜかランドマークまで連れていかされ・・・GAPでSALEになっていたベルトを購入させられてしまいました。まあ、使えるものだから、ディズニーショップとかで、なにかおもちゃになるよりはよかったかな。これで、もう二度と注射で泣くことはないでしょうか??祈るばかりです。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 最近のJOELですが・・・受け答えが少しずつできるようになりました。今、彼のブームは・・・わたしが「アワワワワ~」と例のインディアンのものまねをすると・・・自分の手をなぜか「こぶし」にして、口にもっていって・・・「あわ~・・・あわ~・・・わわ」とやってみせてくれます。とってもかわいいですよ~。
2004.08.30
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この週末、テレビを見るために、箱を開け、中身をだして、少しずつ箱が減っていくのがみえる・・そんなすごし方をしました。お天気も外出にはいまいちだし、ちょうど家にこもっていろいろお片づけするにはよかったかもしれません。キッチンも、大型の棚を旦那に設置してもらい、なんとかカタチがついてきました。でも・・なんでこんなに「なべ」や「さら」があるのでしょう。ちょこちょこ、気に入ったものを買い足している間にふくれあがっていったとは思うのですが、普通の家ではいったいどのくらいのお皿やカップを持っているのでしょう。本当は、皿は3種類ぐらいで、それぞれ5枚ほど、スープ皿、汁碗、それが5枚ほど、そして大皿が少々あったら、なんとか生活できるのでしょうね・・・アメリカを出るときにかなり、もらっていただいたり、捨てたりしてつもりなのに、なにも・・「減った」という感触がありません。箱を開ければ、その梱包や箱が溜まっていくわけで・・廊下なんかに立てかけているけど、だんだん邪魔になっていくし、どう考えても「悪循環」のような感じです。それでも・・・あけなくては・・・いかんので、なんとかちょっとずつでもやっていきます。写真も撮ってみたけど、いまいち日記にのっける気分にもならず・・・ただ・・・金曜日に付け替えてもらった、トイレ本当に気持ちがいいです。新しいというのもありますが、以前の使いづらさがなかったかのようです。箱はあと100個ぐらい未開封があるでしょうか・・・さ・・・なんとかするぞ!こんどこそ!!
2004.08.29
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きょうは「テーマ」を選んでみました。「今日聴いた音楽」なんですけど、実はまだ聴いていないのです。それというのも・・うち引越の荷物で家が埋まっていて、ステレオを出すことができないのです。本当に困っています。先日、あるところで"MATT BIANCO"の記事をみたのです。実は・・・それを読むまで、MATT BIANCOは人の名前だと思っていました。男性のものだと。(すごく恥ずかしいです)よく読んでいると、あのBASIAがかつていたグループで、その後にブレークして、今の彼女があるらしいのです・・・(BASIAは大好きで、コンサートにもいったことがあります)3人のグループが大人になって、また集まってつくってみたっていうアルバムなのです。ラテン系/ソウル/ジャズが好きだったら・・・ぜひ一度聴いてみてください。きっと・・・気に入ってもらえるはず。
2004.08.28
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きょうで無事にJOELも8ヶ月になりました。昨日病院で体重が8.35kgあることも確認できて、日本の母子手帳でみてみたら、8ヶ月男児の標準体重だったので安心しました。赤ちゃんだからいろいろ差はあってあたりまえなのに、なんでか「標準値」を満たしていると安心してしまう、安易な母でございます。9月にはいって、すぐに決めたドクターに、専門の小児科医がきてくださる日があるというので、その日に乳児検診の予約もとりました。きょうは工事のおじさんがはいっていて、朝からドリルでばりばりばりばり~~っ!とやっていましたら・・「ピンポーン!」あ・・・やば。階下の人が文句を。まさかトイレの交換でそんなにドリルの音が鳴り響くとは思っていなかったので、ご挨拶をまったくしていなかったのです。「いったい何時までこの音、つづくんですか?」・・・といわれても・・・とりあえず、午前中だけで、音は終わったので、あとでまた謝罪にいってこようと思っています。マンション住まいはそういうところが、ちょっと肩身狭くてや~ですね。でもね、「ロータンク」仕様のトイレ、たぶんもう十数年たっていて、流れがすごく悪くて、もう・・・毎回使う度にいや~な気分だったのです。家族4人がこれから使って、一日に家族で何十回も使うのですから、わたしたちは・・「半額だすから・・・」といって、大家さんに取り替えてもらうことにしたのです。そして・・・憧れのウォシュレット(アメリカではなくて、困っていました)もとりつけます。(旦那が必死でネットで探した超高級品です。でもね、はいったら「ばか~っ」とふたの開く・・あれではありません。あくまでもマニュアル。ただ、水の出方が3Dなんだそうです。それは使ってからのお楽しみ。その合間・・・箱をちょこちょこ開け明け・・・ああ・・くだらないものがどんどんでてくるのです。そして・・なんでこんなに食器が多いのでしょ?!?!結婚して13年で・・みなさんもこんなもんですか??9月の下旬まで家が片付いていてほしいものです。ふとんもみんなクリーニングに出しました。なんかアメリカから日本にもどる間にすごいほこりっぽくなってるようにおもったから・・・
2004.08.27
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先日引っ越してきた、区役所でJOELの母子手帳を見せて、日本でうけるべき予防接種やその他の資料をいただきました。早速、お医者様リストをみたら、いつもハンナを送っていっているところにみかける「医院」を発見。予約をしたのでありました。きょうは三種混合の3度目でした。お医者様にいってみますと、そこが英語も話せるドクターということでいろいろな人種が目に入りました。JOELは笑って相手になってもらおうと、いろんな人をみていました。順番がきて、先生とお話をはじめました。もし今後またアメリカにいくことがあるのなら、アメリカに則した予防接種を継続していくことも可能です・・・とってもうれしかったです。とりあえず、アメリカのほうが予防接種等の考え方も、種類も進んでいるので(日本はそれに関しては後進国だともおっしゃってました)でもね、日本が乳幼児にしてあげるという・・・その注射以外は自費だったから・・・けっこうお高くついてしまいました。先生はとっても患者さん本意というか、おやさしい方だったので、旦那にも話して、今後そこをファミリードクターにしたらどうかなという話になりました。ハンナがうけはじめていた、A型肝炎の予防接種もしていただけるようなので、早速予約をいれました。でも・・・ハンナには当日まで秘密なのですよ~。だってね・・・注射をみただけで・・震えて・・・もうだめなんです。今度はどんな様子になるか・・心配でたまりません。ジェットコースターをよろこんでいる、同じハンナとは思いがたいのですが・・そして、JOELは体重も8.35KGになっていました。9月にはいったらすぐ8ヶ月検診をしていただけるように、それもお医者様に予約してきたところです。
2004.08.26
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きょうは引越屋さんに預かってもらっていた荷物を残りすべてをもってきてもらう日でした。ハンナのお迎えに間に合うか心配したのですが、実は・・・2時間で終わってしまいました。本当はおにいちゃんたちにもうちょっといてもらって、箱を開けるの手伝ってもらいたかったんですけど・・・開梱は自分でというパックだったので、そこまでたくさん言うこともできず・・・さっさとかえってもらってしまいました。家の中・・・箱・・・の山・・・箱・・・だらけどこにいっても箱の見えない部屋はなし。改めて・・なんでこんなにもの増えてしまったのでしょ?人間・・必要なものなんて決まっているのに。今後、あけつつ、ゴミの日には箱2箱ぶんぐらいは捨てていく覚悟でおります。でもね、ダンボールはゴミとして出せないし・・・梱包資材も相当の量だから、泣けてしまいます。資材のひきとりは・・・すべて終わってからご連絡ください・・・とつめたい一言が添えられていました。さてさて・・・いつまで荷物整理にかかってしまうのでしょう。まったく予想もつきません。JOELがおお泣きしているのが目に浮かびます。
2004.08.25
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きょうのニュースでみました。オスロのムンク美術館から開館中に盗まれてしまったらしいです。他のものといっしょに。60億円以上するらしいし、有名すぎるので、きっと「身代金」みたいなものを要求してくるっていっていました。いつも、人の顔や物事を形容するときにムンク「叫び」っていうのをよく使わせてもらっているだけに、ショックです。はやく、あるべきところに戻るといいのですが・・・・きょうは、新学期のオリエンテーションでした。給食は9月からしかないらしく、注文製ですが、当分お弁当になる予定。ハンナは堂々2年生になりました。ほっと一息。JOELの離乳は順調に進んでいます・・・でもね・・うんちがどんどん臭くなってしまって・・・懐かしいです。最初の母乳のすっぱいうんちが・・・
2004.08.23
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わたしが知っているシンガポールは88年ぐらいからで、ちょうどラッフルズホテルが閉鎖されて、改築されているころでした。地下鉄もまだ工事中で、人々の足はまだまだバスが主流だってでしょうか。その後何度か訪問したけれど、91年にシンガポールで結婚してからはその後3年はそこで住んでいたのです。その時代のことを語ると、もういまやもっと進んでしまっているシンガポールとんでもなく変わってしまっているに違いないですけど。シンガポールっていう国の国土すべては政府がどのように使っていくか、ちゃんとプランが立てられていて、それを個人がどうにかするなんてとんでもないことになってしまいます。政府は国民が中流の上という意識を持つために、国をきれいにどんどんしていっています。だから・・・汚いというか、開発が遅れているようなところは根こそぎ取り払って、きれいにしたいという願望。でもね、わたしは90年代前半のシンガポールはまだまだ古くてよいところが残っていたなといま思い出すと懐かしいです。チャイナタウンにいけば古い建物の路地裏で、結婚式の「サックリング・ピッグ(豚の丸焼き)」を焼く風景はみることができたし、裏路地で老人も集っていたし、そこはシンガポールではあるけど、本当に中国みたいだったし。どのお店にはいってみても、なんだか古くからあるような感じで、在庫は棚の中から「探し出す」っていうそんな店がいっぱいだったし。それがいまや、古い建物は昔の人がほとんど追い出されて、商業用に改築改装されて、観光客はそれをみてきれいだって連発するけど、それは本当のシンガポールではないので・・・ふるい様子を知っているものとしては、悲しくてたまらない状況なのです。古い町並みというと、いまは、かすかに、KatongやBlestierでみられるぐらいで・・・それも建物がいがんでるから鉄骨で補強しているような、すごさ。それでもイギリス領土時代が懐かしめるようなつくりで・・・。最初にシンガポールにいったときから、お気に入りだったのが、2階建てのバス。しかもエアコンが効いてないもの。初乗りが最短距離で50セント・・・そんな時代もあったなあ。いまや2階乗りはすべてエアコンがついていて、値段ももうどのくらい高くなったかわからないくらい。チャンギの近くに「プラウ・ウビン」という島があって、いまや総リゾート化ですごいことになってるらしいけど。ボートで島にわたったら、貸し自転車があって、島をうろうろしてみたら、ランブータンがその辺で実っていたり、ドリアンがなっている木を見上げたり、そんなこともできて、それもとっても貴重な経験。8月になると、「京劇(わやん)」が、いろんな街の空き地で掘っ立て小屋をたてて行われて、ステージの下は、その役者の着替えや化粧室になっていて・・・その独特な音楽でよくつられて見に行ったものです。そのとなりには必ずなにか甘いものが売られていて、ピーナツのこなをまぶした御餅をよく旦那と買って立ち食いしたものでした。マーライオンの変化と共にシンガポールは激しく移り変わっていったように感じます。・・・・・・・・21世紀がきて、もうそんな古きよき時代のものは、見られなくなってしまったとおもうけれど・・・マレーシアにいけば、いまだにそんな懐かしい風景は多少残っていて・・・なんだか安心するものです。観光客にとって「きれいで美しい」シンガポール・・・表面的にはあまり昔と変わっていないけれど、大切な独自の文化が見られるものをあまりにも多く捨ててしまったような気がします。古いものをそのままとっておくという努力は、もしかしたら、新しいものを建てて美しくみせるよりも、難しくて、お金がかかるのかもしれませんね。
2004.08.21
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日本にもどって、旦那が最初に買ったものは、ウェブ・カメラでした。よくあるLogitechのものです。理由はJOEとハンナををシンガポールにいる、おじいちゃん、おばあちゃんにみせられるようにってことなんですが・・MSNのメッセンジャーでつながっている友人とは、これで会うことができます。きょうは昼ぐらいからアメリカ時代にお世話になった家族といっしょにずっと話したり、ゼスチャーを送ったりしました。子供同士でわけのわからない絵文字をいっぱい送りあったりしていて楽しそうでした。ひさしぶりにハンナが英語でしゃべっているのも聞きました。電話代もかからず、話ができて相手の様子もみえるなんて、すごいではないですか~。もし相手がカメラをもっていなくても、こちらの様子はあちらで見ることができるので、すばらしい!と思います。昔に比べてきっと画質もカメラのお値段もずっと手ごろになっているはずです。もし、WEB CAMERAで我が家と交信をという方がいらっしゃったら私書箱にメールでも落としてください。本当に手軽です。きょうはハンナの学校の新編入生のランチでした。子供だけだと思っていたら、大人も結局ずっとお付き合いすることになっていました。わりと日本人同士というご家族も多かったので、びっくりしました。でも今日あったひとたちはほんの一部です。また月曜日には学校の全体の様子が見えます。ハンナどうか無事になじんでいってくれますように。さて、残りの荷物は来週の水曜日に来ることになりました。さて・・・この週末はがんばるぞ~~。ごみ捨てもがんばるぞ~。心を鬼にしてね。そして、家はちょっと古いのでいろいろがたが来ています。トイレは大きな課題だったのですが、大家さんが半額もってくれて便器を新しいものに交換することに相成りました。これでちょっとは生活がよくなるかな。
2004.08.20
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8月も後半になりました。6月に学校が終わってから、ハンナはほとんどお勉強をさぼっています。6月にはせっかく小学校2年生の1学期分を終えていたのに、きっともうほとんど忘れてしまっているにちがいありません。今朝、ハンナが今度お世話になる学校に、夏の制服や学校のバッチ、上履きを購入にいきました。そこで同じ学年の女の子に出会うことができました。明日は、新しく学校にはいった生徒のランチオンがあるそうで、ハンナは楽しみだけど、緊張しています。来週には新学年が始まり、2年生になるのです。いろいろ心配ですが、ようやく元の生活にもどりつつあり、ありがたいことです。これも神がいつもわたしたちの祈りに答えてくださって、守ってくださっているからです。JOELは?元気です。はいはいして、いろんなものをとりにいったり、おもちゃよりも、もののバックルとか、いすの脚とか、そうでないものがお気に入りらしいです。そして、「まんま~」とか「ばっぶわ~~」とかいろいろといっています。けれど、ハンナが赤ちゃんの時に比べて、男の子だからっていうのもあるけれども、お風呂でもバタバタ暴れるし、おとなしくじっとしていない・・・ので母はくたくたです。これで歩きだしたら、きっと犬の綱ものなんでしょうね。(なんか人権侵害みたいでいやなんだけど)そして・・・引越し荷物の残りは、係りの人が今日までお休みだったので、明日にでも引き取り日を決定する予定です。そして、そして、やっときょうから自炊をはじめました。っていっても・・・・なんかとんでもないメニューでした。それでも「おいしい・・・おいしい」といって食べてくれるハンナを一層いとおしいと思ったのでした。ああ・・・いつになったら箱なくなるかな。箱なくなるまでこんどはここにいられるかな。(ひとりごと・・・・)
2004.08.19
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毎年8月に入ると、思い出してしまうのは、なぜか戦争のことで・・(その時代に生まれたいたわけではないのに)近年もいろんなところで戦争が起こっているし、8月がくると胸が苦しい気分になるのです。昨年8月にはわたしに米騒動に始まる歴史の話や戦争体験を枕元で語ってくれた祖母が95歳で他界し、もういまや昭和初期の話なんて聞けるひとがいなくなってしまい、とってもさびしく思います。先日、実家にもどって、祖母の遺品を整理していました。戦争中のいろんな「配給」関係の書類や、遺族年金が年間いつ、いくらがいくらになっただとか、なんでそんなものを祖母が大切にいまだに持っていたかは定かではないけど、それをみて、わたしは祖母が話していた「和歌山大空襲」の話を思い出さずにはいられませんでした。日本の戦線での様子が悪化しだし、とうとう本土にも空襲がやってくるようになり、祖母たちも防空壕の場所だとか、必要なものを疎開させたりいそがしかったそうなのです。祖母の父、つまりわたしにとってのひいおじいちゃんというのは、とっても遊び人でとにかくとても自分を大事にした人だったようです。空襲の日、じつはそのおじいちゃんが祖母たちの命を助けたというのです。みんな近所の人が防空壕に非難しているというのに、おじいちゃんは外でいるといって聞かなかったそうなのです。でも・・そのおじいちゃんが、次第に真っ赤に染まってくる街の様子をみて、ここにいては死んでしまう、焼けてしまうと、みんなに逃げるようにいったような・・・そんな話がありました。祖母は家族を伴って、必死で走りに走ったそうです。一度すごい勢いでつまずき、それでもひた走りに逃げたそうです。そういうことは映画でしかみることがないから。祖母の話は本当にリアルでこわごわ耳を傾けていました。祖母が、そのときに、わたしに指の1本をみせるのです。実は必死に走って、倒れこんだときに、その指はぽろっとつけねから折れるように、べろんと指の付け根にやっとくっついていたようなのです。あまりの必死さに祖母はその痛みを後になるまで気づかなかったそうなのです。お医者さんにいっている暇なんかもないし、もちろんお医者さんだって、逃げていたところですから、祖母はその指をなでて、なでて、とうとうお医者さまなしに治してしまったそうなのです。祖母の指はちょっといがんでついていました。きっとそれを見るたびに心に痛みを感じていたにちがいありません。この空襲は昭和20年7月9日の出来事だったそうです。きっといろんな人がいろんな体験をした日だったでしょう。そしてその家族にとって、忘れられないつらい日にもなっていることでしょう。祖母たちが住んでいた地域を含め、和歌山市の市街地はそれはそれは焼け野原だったそうです。その空襲で1100人ものが尊い命をうばわれたのだそうです。家がなくなり、ものがなくなったときに、祖母は一番困ったものは「お手洗い」だったそうです。祖母はいつも「お手洗い」がある生活のありがたみをいってました。お手洗いにはお手洗いの神様がいて、大小以外のものはお手洗いに捨ててはいけない。・・ともよくいってました。なに気兼ねなく、ちゃんと用が足せる・・・それは祖母にとってそのときの憧れだったのだそうです。しかし、祖父も中国にいたし、祖母はひとりでよく4人のこどもと、おじいちゃんを守ってその後生活していったものです。改めて、自分は恵まれているのだから、こんなことで(子供がふたりいての引越し)へこたれてはいけないと・・・いいきかしています。平和とはありがたいことです。
2004.08.18
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きょうはなんだかわくわくした気分なのです。旦那の会社の人がアメリカに出張して、その帰りにうちの古いアドレス@アメリカにとどいた「郵便」をシアトルのオフィスアドミニストレーターから預かってきてくれたのでした。しっかりテープで止められた箱には、ハンナ宛に、お菓子が詰められて、たくさんの郵便物がありました。その中に、日本からわざわざ送ってくれた友人・知人からのたくさんの封筒がありました。(すいません、まだ引越し通知をどこにも出していないので・・・こういう行き違いが・・・10月ぐらいまで続いてしまうのです。)あっちこっちあけてはそのご本人に連絡したりとすごく興奮状態になりました。・・・そんなことより、荷物の整理しろよ~。ハンナの学校は金曜日からもう始まってしまうよ~。山のようにある、「持ち物リスト」の確認もまだだし。母失格になるまえに、行動しなきゃね。
2004.08.17
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そして・・・バンコク滞在が始まったのですけど、本当に暑くて、交通渋滞でいいところはあんまりないように感じました。なにに乗っても時間がかかるので、歩いていけるところにたくさん出向きました。ジム・トンプソンの家が一番感動したところです。なんでもアユタヤやいろんなところから、タイ式の建築物を4件分合体させて、できたというすばらしいつくりで、家の床はもちろんテラスにいたるまで、うつくしい木の床でした。人がいっぱい歩くから、つるつるで本当にきれいなんです。「うぐいす廊下」も真っ青でした。そのすばらしい家のあと、また歩いていたら・・・なんとタイ人の男性が近づいてきたのです。話していると、よくシンガポールに行くというのです、なんでもタイでサファイアを買い付けて、シンガポールにいってはいきつけのお店にいき、それを買い取ってもらい、また帰ってくるらしいのです。それでその人が行く店があるので、ぜひつれていってあげるっていうので、ついていったのです。お店にはいって、すぐにVIPルームらしきところに、いきました。ええ・・・もちろん買いましたとも、きれいなサファイアの指輪と、母の為にペンダントトップを・・・その後も何年も、旦那と「いいひと」に会えたね!なんていい思い出になっていたのです。でもね・・・ある日、テレビで芸能人がタイでだまされた話をしていたのです。なんと・・・その手口・・・にてるじゃん!!ってことで、数年たってから、わたしたちだまされていたってことがわかってしまったのです。(おかあさん、ごめんね~、あれ偽者かも)でも、そのあとでこんなこともあったのです。せっかくタイに来たのだから、おいしいタイカレーでもと、わざわざバンコクの「紀伊国屋」に「タイ」の案内本を買いにいって、そこにのっていた、一番きれいそうな、おいしそうな、高そうなお店にいったのでした。確かに、お料理はおいしかったけれども・・次の日からわたし・・・お手洗いとお友達になってしまって・・・どうも「グリーンカレー」にはいっていた、ある種の「香草」がおなかに来たらしく、もう・・つらいったらありゃしなかったです。はい。シンガポールに帰る飛行機の中でもトイレにかようこと数度・・・もちろん入管では平気なふりをしたけど、その後も数日にわたって体調は最悪でした。仕事にも取り組めなかったです。はい。でも、コレラとかでなかったのは、不幸中の幸い・・・・みなさん・・・英語ができるからって、油断してはいけません。国外にいったときは、十分注意しましょうね。いい人ほど、疑ってかかってください。(深く反省)
2004.08.16
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東南アジアは年中暑いところが多いので、その記憶がいったい夏なのか冬なのか(日本の季節にあわせて)わからないことが多いのです。日本でいるとき、思い出は必ずといっていいほど、そのとき暑かった?とか寒かった?とか、何を着ていたとか、何を食べたとか、季節に関連される記憶があるので、だいたいその思い出はいつだったかというのが後々わかるというとっても便利なところがあるのです。でもね・・・シンガポールでの思い出はいつも暑いから、それが何月ごろだったか・・まったくわからなくなってしまっていることもしばしばで・・・わたしなんか3年でそれにギブアップしてしまったから、長らくすんでいる人たちは本当に記憶しておくのに、苦労していると思います。そうそう、きょうはタイでの思い出でした。93年にシンガポールを離れて、日本に戻ることにしたのですが、その前に旦那と旅行に出よう!ということで、プーケットとバンコクに行ったことがあります。そのころは子供もいなかったので、互いに好きな本を数冊抱えて、ホテルのプールに出向き、ずっとそれを読みふけっていたものです。安らぐ時間が永遠とあるかのように思ったほど、静かで、楽しいひとときでした。いまや・・そんなことはもう老人になって、子供が手を離れるまでないから・・・ちょっとさびしい気もします。プーケットでは読書三昧と、シーフード三昧、めちゃくちゃ生ものがおいしくて・・・子供の手のひらほどもある、「生牡蠣」を毎日ふたりで2ダースは平らげていたでしょうか・・・ある日、街を走る「乗り合いバス」ほんと、それはすごいバスでした。よくあるトラックの左右に木でできた椅子をつけてあって、そこに囲い・・まるで戦争の時に兵隊さんが乗っているようなバスです。でもすごく「安く」て・・それを利用してダウンタウンまでいきました。観光地とは少し様子がちがって、普通の人の生活がちょっと見えるような場所でした。でも、なんにもなかったです。行き帰りにホテルに送迎してくれた「ガイド」さんは、タイ人だけど、よく話していると「中国系」で、プーケットでも実は3割ぐらいの人は「中国系」なんだとか・・いっていました。こういうとき、ほんと、中国語ができたら便利ですよね。わたしももうちょっと大学にいるときがんばっておくのでした。(注:3年も専攻していました)バンコクについて・・まもなく、そこが公害いっぱいで、空気が悪くて、交通渋滞がいつもひどいという実態を知ってしまいました。そしてなんかプーケットに比べてずいぶん「暑さ」も感じました。そして・・・大変な事件が起こるのです。(続きは2で・・・)
2004.08.15
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ようやく家にケーブルがはいって、きょうはテレビもちゃんとチューナーをつけてもらいました。この2,3週間はWOWWOWも見放題!です。でもね・・・テレビをみている余裕なんてないのです。きょう、引越のクロネコさんが、とりあえずの溜まった空箱や梱包資材を引き取りに来てくださいました。ちょっと玄関がすっきりとしたくらいで・・まだまだ部屋々は箱だらけ。でもJOELくんがいると・・・重たい箱を上から取るのもむずかしく、なかなかはかどりません。ま・・こうなることは前々から判っていたのです。でも・・焦ったりもします。だいたい午前中の元気なときに、荷物の整理をして、気分転換のために昼ごはんを外で食べて、夜の食べ物を買って、帰宅するっていうパターンが続いています。そう・・まだ自炊をしていないのです。きょうは・・ひさしぶりに「炊飯器」を届けてはもらったんですけど、どうも気が進まず。ついつい愚痴っぽくなっていまったりします。いまほしいものは・・・「どこでもドア」・・呼んだら・・・だれかが来てくれて、手をかしてくれる・・・まあ・・・ぼちぼちがんばります。月末に残りの荷物「トラック2杯」を受け入れるためにがんばるぞ~~~!!
2004.08.13
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ちょっと前にうわさのAU携帯「ニシキゴイ」を飼って(買って)うかれ野郎になっていたわたしですが・・・実は「水没」しました。理由はね、JOELがかみかみ機嫌よくやっているから、電話を首からぶら下げていて、抱っこしてて、「だまって」くれるなら・・いいや~と・・・母の忠告も、ハンナの忠告も無視していたのです。きょうは、ちょっと出かけていて、帰りに母に用があり、電話したのに・・あちらではわたしの声が聞こえない様子・・・困りました。もしや?と思い、いろんなボタンを押してみたら・・・なんと098のボタンが「馬鹿」になってました。裏向けて、電池をはずしたら・・・・が~~~~~~~ん「水没」そのマークがにじんでいました。その赤くにじむ感じが、わたしの心の雨に見えたりして・・・・結果、電話を買ったところで、そういう「馬鹿」な人を救うパッケージがあるということで、早速その手配・・・auショップに出向き、お願いしました。でもね・・・世間にはわたしみたいな「馬鹿」いっぱいいるみたいで・・・おねえさんは「いや~大丈夫ですよ!よくあることです」でも・・今後はやめられたほうが・・ときどき、電池が青くさびている方もいらっしゃったりするんです。そういうときはデータはもう助けようがないのです。・・・・・・・」なんとか、記憶させていたデータは救ったのですが・・・メールをもらって、記憶をまだしていなかった、友人のアドレスは消えていきました。「悲しいです。」正直「日本沈没」みたいな気分です。でもね・・・本体のみの値段を払って・・・もう一度同じ機種を手配してもらえました。とりあえず代車ならぬ、代電話を使っています。みなさん・・・くれぐれも「水没」には注意しましょう。(実は、過去に旦那の電話も洗濯したことがある前科ものです)ではではさよなら・・・さよなら・・・・
2004.08.09
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いや~。日本優勝とってもめでたいですね。ブーイングはなんとなく、重慶のときよりは少なかったように思ったんだけど、日本の活躍を目の当たりにして、中国のサポーターもあっけにとられ、静かになっていたと察します。3点目がはいったときは、もう駄目押しで!やった~って思ったし、スタジアムに背を向けて帰っていく中国側のサポーターがすごく冷たくみえました。ええ?日本のサポーターはたとえ日本がつらいゲームになっていても、終わるまで見届けてちゃんと最後にねぎらいをするでしょ?今回の様子で、中国の人たちはまだまだ世界のことがよくみえておらず、考え方が偏ってしまうような教育をされた方がもしかしたら、多いのではと思いました。いえ、国民の方全体がそうだとか、その方針が悪いとか・・批判ではなく、次の世界をリードしていくであろうと、誰もが思っている中国にもっと懐の大きいところを見せてもらいたいな・・と望んでいるのです。次のオリンピックまではどうなっているかな?* * * * * * * * *ところで、きょうは旦那から家にとうとうケーブルが入ったとの知らせがありました。結局工事は、マンションのすぐ近くまできているケーブル会社の線を3階にある、うちのダイニングの窓から引き込み、一軒家にケーブルを入れるような形のものになったのです。窓鍵がかからないみたいだから、どうかどろぼうさん、こないでね!さて・・・来週は実家を離れ、箱積みの我が家へ・・・・
2004.08.07
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日本にもどってあっという間に1ヶ月になってしまうのですが・・・どうもやる気がいまいちしないのです。会う人、メールを送る人、電話で話す人、掲示板にコメントを書く際、いつも「暑いです!」を連発しています。でもね、ちょっと湿気が低くて、真夏でも汗がだらだら出なかったシアトルに比べると、日本のこの湿気、もうシンガポールよりもひどいじゃないですか・・・そうそう、話題は日記についてでした。アメリカにいたときは、日本に残してきた大切な人のために普段の生活を知ってもらいたく開設したこのページ・・日本に帰ってきたから、もう用はないといえば、それまで・・・でもせっかくはじめた生活習慣だから、もうちょっと進めていきたいし。でもね、どうしたらいいかまったく考えがなくて・・・それでいろんな候補を考えてみました。「シンガポール・日本・米国文化を考えるページ」「お料理のページ」「子育てのページ」「旅行記のページ」「英語教育のページ」「自分の趣味のページ」でもね・・どれをとってもいまいちな気がして・・・どんなに努力しても「KEIZO」さんみたいに笑いが止まらない日記は書くことができないし、旅行記にしても、いつもお世話になってる「おうじ」さまのようには豊富に旅行してないし、教育っていっても・・・もうそんなものからは10年遠ざかっているし、・・・・ああ・・・・だめだ~。こんなことをいいつつも、まだまだだらだら毎日思ったことや感じたことを書く日記としてきっと継続していくのでしょ~。どなたか「斬新」なアイデアがあったらいただきたい!!
2004.08.06
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このところ、ちょっと寝不足なんです。実は数日前に寝る前にちょこっとテレビをみようと、チャンネルをまわして??(死語?)いたら??(注:昔のテレビはがちゃがちゃとチャンネルを文字通りまわしてましたね)なにやら「韓国語」のドラマをやっていました。それより、もう3年も前に香港で買ったCDに「アジアヒット」なんていうものがあって、そこに一曲だけどうやら「韓国語」の歌が入っていたのです。でもその歌声が切なくとてもいいメロディーだったのを覚えていて、そしてその夜みたドラマの挿入歌がどうもその人の声のような気がして、ついつい惹かれてみていたのでした。たぶん、ソンジェ役の人が歌っているにちがいないとみたのですが、荷物がでてきたら早速調査してみるつもりになってます。そのドラマは後から調べてわかったけど2001年のもので、いまはやりの「ヨン様」の恋人?だっていう女性がヒロイン役・・「白血病」で死にそうになってしまうという、「赤い」シリーズもまっさおなストーリーなんでした。(すいません、知っているひとが読んだら、なに・・初心者が?って?)10時から12時まで2回を一挙放送し、昨夜その最終回が来てしまいました。悲しいったらありゃしない・・というのが、わたしその主役の男性・・・「室長」ことイ・ビョンホンさんが大好きになってしまったのです。なんか、カリスマ性があってよいではないですか~!!ちなみに、わたしはヨン様はちょっとタイプが違います。こんなことだったら、ちょっと韓国語でも勉強してみるか?なんて思っている今日この頃・・・でもね数年前からいっている「イタリア語」の勉強はぜんぜん進んでないし、そんなことより・・・・家片付けろ!って・・・自分の良心がわたしに言ってます。韓国語が読めるなら・・このページへどうぞ・・・http://www.sbs.co.kr/tv/beautidays/
2004.08.05
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実家で暑さと戦いつつ、生活をしています。もうすぐまた横浜にもどって多量な荷物整理が待っているとおもうと・・・めちゃくちゃ憂鬱です。でも・・なんでこんなに荷物増えていったのでしょうか・・・(わたしの性質をよく知っていてここで笑う人100人!)掲示板に書き込んでもらったり、私的にメールをもらっていてもなかなかだれにも返事ができず・・申し訳なく思っています。すいません。おちついたら必ず連絡するので、しばしお待ちあれ~~。JOELはもう7ヶ月を超えてしまって、歯がいっぱい生えてきています。いま6本目で・・・8本目まではもう歯茎が白くなっています。すごいですね。はんななんて1歳超えてもまったく1本の歯もなくて、強い歯茎でかみかみしていました。JOELの離乳もはかどっていますよ~。でもおなかが弱いのか、あまり多量に食べさせてもいけないようですね。でもふたりめって、いい加減になってしまって、多少のことはどうでもいいな~と広い?心?で接しています。さて・・・ネットにいるといろんなことがあり、誹謗中傷をうけることもあります。きっと多かれ少なかれみんな悲しい気持ちをもったことはあるとおもうのです。この日記の端っこに「メールを送る」っていう機能があるのですが・・・時々ひさしぶりにみてくれたお友達や・・ここで知り合ったお友達が近況を聞いてくれたり、連絡ちょ~だいボードになっています。わたしだけしか見ることはできません。そこにね・・・「ちょっと自分のこと良くかきすぎ~!」って、書いてくださった方がいたのです。メールアドレスでものっけてくれていたら、すぐさまおじゃまして、すいません!人間ができてないもんですから、ついつい奇麗事を書いてしまうし、自分のこともよく書いてしまう・・って言い訳ではないけど、なんか言い返したいと思っています。自分の日記なんだから(もちろんここはたくさんの人がみているから、それを意識していることもあるけれど)人を傷つけたり、世間に迷惑をかけていないぶんには・・・・・・どうか・・・大目にみてやってください・・・・
2004.08.04
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聞いてください!ちょっと~。JOELが這い這いを始めてしまいました。目的物を視界に発見すると、いそいそとそちらに移動すべく足をばたばたさせ、手をはわせて・・・やっていきます。その速度はまだまだゆっくりとしたものなのですが・・・とにかくお見事!です。ところで・・・いま新しい家には荷物の箱がいっぱい。足の踏み場がないっていうのはまさしくこのことだと・・・実家にもどっている私・・旦那はきっと困って生活していることでしょう(ごめんなさい)。引越荷物、実はもうちょっと残っているのです。ちいさいトラックにあと三杯分はあるらしい?!!です。そして・・・「炊飯器」なんかがまた手元にないので、料理もまったくしていない状況。おなべもすべてが手元にないので、困っております。来週・・戻るのですが、いったいいつから普通の生活ができるのかまったくわからない状況なのです。どうか・・神様わたしを気長に見守ってくださいね。
2004.08.02
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ひさしぶりにまた和歌山にもどっています。きょうは昨年他界した祖母の一周忌でした。昨夜祖母の部屋にはいって、また彼女の遺品をいろいろとみていました。祖母はとっても几帳面なひとだったようで、着物などみていましたら、たとうしが同じ向きにきれいに重ねられてそれぞれの中身が同じ場所にかかれていました。わたしが子供の頃に見覚えのある着物もあり懐かしかったりしました。昨年の9月に仕上げでいったお寺にまた出向き、そのときにはいなかったJOELを抱いていたのがとても不思議に感じられました。なんとなく彼を無事産み終えられたのはおばあちゃんが見守ってくれていたからのような気さえするのでした。毎日暑さでなにもできない状態が続いています。40歳近い子育てはやっぱり大変です。
2004.08.01
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