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自民党の失敗だと思える出来事がいくつかあった。それらは同構造の中に関連していて、自民党の終わりを感じた。■小冊子先日、うちのポストに小冊子が入っていた。「民主党にだまされるな」という題で、裏には自民党のマークが入っていた。もちろん、私などが、そのような冊子を配布すれば、公職選挙法違反の疑いが濃厚ということになろうが、わざわざ「これは政治活動として認められたもの」という趣旨の但し書きまで付けている。その内容が、「労働組合との関係」「日教組との関係」「日本人の尊厳の喪失」といった三つからなっていて、センセーショナルに書かれている。(この小冊子については「妄言集積地」というブログがよく書いている。他の記事もおもしろい。)私は内容に関することよりも、自民党の選挙対策のお粗末さの方が心配になった。守りに入るとこんなに弱く脆くなるものなのだ。可哀想になった。■どうして自民はおかしくなっているのか民主党の日の丸切り貼りへの攻撃もそうなのだが、あそこまで言い過ぎると、選挙上、逆効果だ。理由については、どうして自民党がこういったことに頼りたくなるのかを考えた方が話がはやい。大勢が民主有利となっていることは誰もがわかっている。そのときに不利な側が頼りたくなるのが、それでも自分を応援してくれる層だ。勝てないとわかっているのに、その票を固めたくなる。この国の人々の大半は、自民と民主に違いなんて見ていないし、実際、二者に大した違いなんて無い。支持基盤なんて政権を取ったら変わるし、考え方のバラバラさだって、自民は民主に負けていない。そんなことくらい、【ふつうの人たち】は皆知っている。そのうえで、政権をいったん変えた方が良いと思っているだけだ。そのような状況であるのに、可哀想な自民党はそれが見えていないものだから、民主への攻撃材料を探す。そこで発見されるのが、人口割合から言えばごく少数の「保守」的な人々の言葉だ。彼らは、「労働組合」や「日教組」が嫌いで、さらに「日本人の尊厳」なるものの捉え方が大変偏った人たちであるわけで、この時流にもかかわらず、自民を支持する。自民党としては、ありがたい存在だ。しかし、彼らの主張を取り入れれば取り入れるほど、【ふつうの人たち】はしらけてしまう。言っている内容への賛否はともかく、【ふつうの人たち】は誰も自分の子どもが街宣車に乗るようになることなんて望んでいないわけでね。近くにいる(大変「端っこ」の)人間しか、近くに残っていない状況で、自民党は、そういう人たちの声を聞いてしまっている。負けが決まった。よくもわるくも、自民党は無思想であったわけであって、利権だけがそれを結びつけてきたにすぎない。それを忘れると、この無思想な【ふつうの人たち】の国で勝てるわけがない。■ところでここからはいつものごとくいくが、日本人の尊厳なんて、簡単に言うが、どのような政策を採れば国際的に尊敬されるのかを考えていないんじゃないかと「保守」の頭の悪さを思った。自分たちは間違っていない、正義だ、という発想は、いかにもブッシュ=アメリカ的発想と近似しているが、それで、アメリカの尊厳が保たれたであろうか?日本人の尊厳という人間は、誰の評価をあてにしているのだろうか?まさか、自分たちで、ごく少数のサークル内で、傷を舐めあうためだけに主張してるの?たぶん、外の世界に出て行ってことが無い人なのだろう。私の経験から考えるに、そういう主張に走る人は、「俺はもっとすごいのに」という気持ちを持っている人だ。つまり、自分の所属する組織で、自分が思うほど評価されていない人間に多い。彼らは、いつまでもその考えに固執するだけで、実効的に評価を得るような行動を起こさないので、変わることができない。可哀想な人たちだ。自民党が、そうした考えに寄ったのだとすれば、可哀想な引力が働いたというにふさわしい。自民党は終わったのだろう。
2009.08.25
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原爆投下を正当化するという行為がどういう意味を持つのか、ひとつだけ指摘しておきたい。この問題は、被爆国においても、決して吟味を必要としない問題ではない。というのも、ついこの前にも、原爆投下を「しょうがなかった」と肯定した人間が政治家にいる国なのだから(この方)。というわけで、この記事。〔引用開始〕6割超が「原爆投下は正当」=根強い肯定意見-米世論調査8月5日7時13分配信 時事通信 【ワシントン時事】米キニピアック大学(コネティカット州)の世論調査研究所が行った調査で、64年前の広島と長崎への原爆投下について、米国人の61%が「投下は正しかった」と考えていることが4日、分かった。投下を支持しない人は22%にとどまった。 オバマ大統領は「核なき世界」の実現を訴えているが、米国では依然、原爆投下を肯定する意見が根強いことが浮き彫りになった。 調査は7月27日から今月3日にかけて、全米で約2400人を対象に実施された。男性の72%が投下を支持したのに対し、女性は51%。年齢層別では、18~34歳は半数が「正しかった」と回答し、「間違っていた」は32%だったものの、55歳以上では投下支持が73%に上った。 政党支持者別では、共和党支持者の74%が投下を評価、民主党支持者では49%だった。 〔引用終わり〕■しょうがない?「しょうがない」という言葉は、たいていの場合、よく考えなかった過去における自分の、中途半端な肯定でしかない。あのときはああするしかなかった、と、自分が下した決定を、「しかたがなかった」という観点から、弁証しようとする。もちろん、いいところが、罪状を軽くしようとする動機に過ぎないわけで、実は疚しさを感じているからこそ、行われる人間の行動だろう。「核兵器は使用してはいけないが、あれはしょうがなかった」などという馬鹿丸出しの言葉が成立してしまう背景には、そうした事情があるわけだ(それをこの国の人間が言ってしまうことについては後述する)。他人から責められるときに、主に起こる行為であるわけで、子どもっぽさ全開のものであることは、改めて指摘するまでもないだろう。■成長のない人たちしかし、もちろん、こうした行動をとるのは、「保守」であるに違いない。自分が責められていると感じると、言い訳せずにはいられない人たちだ。こうした「いいわけ」は、何の役に立つのだろうか?その場しのぎにはなるかもしれないが、それ以上のものにはならない。そして、損なことといえば、一番に指摘したいのは、次なる賢い行動に結びつかなくなる、ということだ。人間は、確かに、常にその場で完璧な判断をできるものではない。それは認める。だが、それを「しょうがなかった」としてしまっては、その後も同じような判断しかできないだろう。ほかに方法はなかったか、と考えることが、次なる賢い行動に結びつく。そこには反省が絶対的に必要である。自分に自信がある者たちは、過去の最善でなかった決定を、「失敗」として認められる。自信が無いからこそ、「いいわけ」してしまう。結局「保守」とはそういう人間なのだ。確かに、法律的には赦されることかもしれない。だが、自信のある者たち、学びのある者たちは、常に良心から反省を促されるものなのだ。■結局「保守」なのだアメリカという国は、大変に傲慢な人たちが多く住む土地であり、さらに、大変に自信の無い人たち(つまりは田舎者たち)が多く住む土地なのだろうとわかるのだが、もちろん、この批判はこの国にも向けられなくてはならないだろう。この国の「保守」のなかには、「いいわけ」してしまう理由を、若者が自信を持てなくなる、などとまったく論理的でないことに求めてしまう人間がいる。本当は悪いことなんかしてないんだ、と、やった側が言うのだとしたら、それはちょっと精神的な病を疑われても仕方がないんじゃないだろうか。自信が無い「保守」たち。力の強いアメリカの太鼓持ちをする久間は、自分の小ささをわかっているという意味では、一貫している。この点、私は、実は「親米保守」の行動の方が「反米保守」よりも一貫していると思っている。彼らの行動原理は、国家なんてものを考えているのではなく、自分さえ良ければいいわけだ。決してほめられた人間性ではないが。いずれにせよ、過去の肯定の裏には、ちっぽけなプライドと自信の無さがある。わが麗しき麻生首相が「保守」を連発するようになったのは、勝てなくても自分で解散したいというちっぽけなプライドを持っている人間としては当然のことなのだ。「保守」同士、傷を舐めあいましょう、と。自信の無い人々が選ぶ、自信の無い政治家。ちっぽけなプライドを持った選挙民が選ぶ、ちっぽけなプライドを持った代議士センセイ。結局、政治をおかしくしてくれるのは「保守」なのだ。そして、ファシズムを導いてくれるのも「保守」なのだ。
2009.08.06
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まずは、この記事。〔引用開始〕親の収入高いほど子供は高学力、でも…8月4日21時46分配信 読売新聞 親の所得が高いと子供の成績は良いが、低所得でも親の心がけ次第で学力向上につながる――。昨年度の全国学力テストの結果を、文部科学省の委託を受けたお茶の水女子大の耳塚寛明教授らが分析した結果、そんな傾向が出ていることが4日、明らかになった。 全国学力テストの結果と親の所得の関連を追った調査は初めて。絵本の読み聞かせなども成績向上に効果があり、耳塚教授は「経済格差が招く学力格差を緩和するカギになる」と話している。 調査は、全国学力テストに参加した小6のうち、5政令市から100校、計約8000人を抽出し、親と教師を対象に学習環境などを調べた。 世帯収入と平均正答率(国語と算数)の関係を見ると、高所得ほど正答率も高い傾向がみられ、最も平均正答率が高かったのは、1200万円以上1500万円未満の世帯。200万円未満の世帯と比べると平均正答率に20ポイントの開きがあった。 親が心がけていることについて調べたところ、高学力層の子供の親は、「小さい頃から絵本の読み聞かせをした」「博物館や美術館に連れて行く」「ニュースや新聞記事について子供と話す」といった回答が多かった。このうち、「本の読み聞かせ」や「ニュースを話題にする」は、親の所得に関係なく学力向上に一定の効果がみられたという。 調査では、学校での取り組みも調べた。家庭環境にかかわらず、児童にあいさつを徹底したり、教員研修を積極的に行ったりしている20校では、学力向上に一定の効果がみられた。 〔引用終わり〕■読売記者のアホさはどうでもいいが見出しにわざわざ「でも…」などと付けたり、「低所得でも親の心がけ次第で学力向上につながる」などと、くだらないことを書くのは、いかにも読売記者のアホさなのだが、そこは気にせず、グラフを見れば、きれいな正比例関係になっていることがわかる。収入以外のことも影響を与えると言ってみたところで、この統計結果は覆せない。耳塚なるセンセイの意見も、本当に学者か? と驚いてしまった。この状況を直すのに、「読み聞かせ」等の個別的対処を優先することに意味があるんですか? これは政策論として解決しなければ意味がないと思うのだが(後述するが、このへんてこな「解決策」では、学力格差の責任を家庭に押し付ける結果にしかならないだろう)。こういうデータを持ち出すと、そうは言っても違う人もいる、などという本当に頭の悪いことを言う人間がいるものだが、統計と例外的個別事象を織り交ぜて話すことの意味の無さがわかっていない人間は、そもそも議論に参加する資格がないと言ってもいいと思う。データというものは、そういう個別的特徴を捨象して、正しい因果関係というものに迫る道具であるはずだ。今回、はっきりしたのは、やはり経済格差が学力格差と強力な相関関係があるという事実である。それを、(家庭or本人の)努力次第でどうにでもなる、などと寝言を言ったところで、何の解決にもなっていないことに気づかないのだろうか。努力が環境に関係なく報われると考えるやつこそ頭の悪い人間だと言える(例えばこいつ)。■「高収入=高学歴家庭」で育った者たちの「限界」各政党はマニフェストなるマーケティングチラシにおいて、教育の無償化や給付を訴えるわけだが、そうした考えは、上の耳塚センセイ同様、やはり「まともな家」で育った人間の考えることの限界を示してくれている。収入が低いから教育にお金が回らず、その結果成績が低いのだ、という短絡した発想が基底にあり、だから、教育にかかる費用を減らそうという考えなのだろう。いかにもまともな家に育った人間の発想だ。生活保護家庭がひしめくような地域を見たことがないのだろう。行ってみれば、そんな施策では状況を改善できないことに気づくだろう(このことについても後述する)。愚かな政党人たちは、欧米に視察に行くよりも、そういう地域に視察に行け。というわけで、愚かな選挙対策よりも、われわれは本当の問題に迫ろう。■本当の問題この記事。同じ読売だが、ややまとも。〔引用開始〕マニフェスト点検「教育」…負担軽減へ巨費投入8月5日6時9分配信 読売新聞 教育が国力を左右すると言われる。 自民、民主党とも政権公約(マニフェスト)で大胆な施策を打ち出した。高校授業料無償化、給付型奨学金の創設……学力向上と貧富による教育格差の解消を同時に目指すものだ。中高等教育の現場にかつてない巨費が投じられようとしている。 ◆現金給付「議論が必要」◆ 「授業料無償化では何の解決にもならない」。関東の地方都市にある県立高の男性教諭は嘆く。 緑に囲まれた校舎。廊下を歩くと、空き教室が目立つ。生徒減でいくつかの学校が統廃合されたが、それでも定員割れは続き、使用教室は全体の約半分。受験者は毎年ほぼ全員が合格する。男性教諭が受け持つ学級では、三十数人のうち、3分の1が父母のどちらかしかいない。家計が厳しいため、月額9900円の授業料が滞りがちという。 この高校では、授業料の滞納が数か月続くと、事務職員が生徒の自宅まで徴収に出向く。しかし、まともに支払う保護者はまれだ。訪問で滞納を子供に知られ、「メンツがつぶれた」と逆切れする親も。 親が生活保護を受給すれば、授業料が減免される制度がある。この高校はある親に対し、市と歩調を合わせ、生活保護の手続きを勧めたが、突然、連絡が取れなくなり、生徒も学校を辞めた。男性教諭は「親がきちんとしていればいいが、直接お金を渡すのはどうか。遊興費に使われるケースもあるのでは」と話す。 文部科学省の調査によると、昨年度の授業料滞納者は全国で計1万7312人で、前年度より約1800人増えた。不況の影響が大きいと見られる。 自民党は低所得者への授業料援助について、支払い方をマニフェストに明記していない。民主党は貧富の別なく、すべての保護者に直接支給するという。小中学校のように国や自治体が経費を負担して授業料を取らない方法もあるが、民主党では「高校は義務教育ではなく本来有償。国の支援で無償になることをわかってほしいから」(同党政調会担当者)と説明する。 一方、高校授業料の無償化は、多くの保護者に好意的に受け止められている。県立高校の1年生男子を持つ地方公務員は「年12万円の負担軽減は大きい。子供には国立大に行くように言ってきたが、蓄えが増えれば私立でもいい」。トップレベルの学力を誇る都立高に2年生女子を通わせる会社員も「もし支給されたら、塾代に充てる」と言い切る。 こうした使い方にも微妙な問題がある。文科省の有識者会議「児童生徒の修学支援に関する検討会議」座長の小川正人・放送大教授(教育行政)は「本来なら学校に対し、無償化する費用を出すのが筋。何に使ってもよい現金給付だと『授業料』という支出名目が形骸(けいがい)化する恐れがある。遊びに使われない対策はもとより、個人給付が国の財政支出のあり方として適切か、議論する必要がある」と指摘している。(社会部 梅村雅裕、加納昭彦)〔引用終わり〕おそらく、記事冒頭の「関東の地方都市にある県立高」というのはレベルの高くない学校であろう。「3分の1が父母のどちらかしかいない。家計が厳しいため、月額9900円の授業料が滞りがち」というわけで、経済=学力格差の下層の代表例だ。そして、この問題の肝は、「親がきちんとしていればいいが…」という点に尽きる。収入格差と学力格差は因果関係があるだけで、別に、収入格差が「原因」で学力格差が「結果」というわけではない。どちらも、他の重要な事柄を原因とする「双子の結果」でしかない。そうした状況に対して、まともな家庭に対してだけ効果を発揮する給付をしたところで何の解決にもならないことは言うまでもない。もちろん票がほしいだけの二大政党に「本物の政治」を求めてもしょうがないのかもしれないが、あまりにも頭が悪すぎるだろう。■日本の下層社会母子家庭で母親が外に男をつくり、家に帰ってこない。子どもは放って置かれる。そんな家庭が存在する。そのような家庭に、「まともな人たち」の考えた施策はどれほどの効果を持つのだろうか?「読み聞かせ」ってなんなんだろうか?そういうことに興味を持てる親であれば、給付なんか関係なく、子どもは勉強に向かう。お金は、単に、家計を助けるだけにしかならない。「塾代に充てる」などというのもただの買い言葉で、そもそも「塾代を家計からひねりださなければ」と考えていた家庭だから、そういう発言をするだけだ。結局、こうした議論は、行き着くところ、家庭の教育環境にすべて責任を負わせ、酷い家庭に生まれたらしょうがない、というくらいの結論にしか至らないじゃないか。こういう構造的問題を解決する方法を考えてくれないのであれば、政治家を歳費で養う意味がないのだよ。■近代国家と社会個人をとりまく環境における様々な偶然的不平等。そうした不平等を是正しようという試みや、あるいはそれに対する政治的無施策の不正義をしっかりと認識するところに、近代の個人主義的思想が打ち立てられていたはずだ。もし自分がそういう環境に育っていたら、という他者への想像力が、近代人を野蛮人と区別してくれるところだ。もし、そうした家庭に生まれてしまっていたら、われわれに何ができただろうか。高等教育の無償化や給付では解決につながらない。おそらく、初等教育において、なんらかのテコ入れが行われなければならないはずだ。日本の公教育予算は決して高いレベルにないのだ。そして、そうしたことを考えれば、結局、どのような経済政策を採るか、という論点と切り離せないわけで、二大アホ政党の新自由主義的施策では、解決まで至らないだろう。選挙目当ての「票買い」。そうしたことを喜ぶ衆愚の民。経済格差の拡大の危険は、また後日に改めて記すつもりだが、頭の悪い政治家が政治を行う代償は、いずれ確実にやってくるだろう。
2009.08.05
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