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この国においても、ベーシックインカム議論が広がりを見せ始めているように感じている。大変に素晴らしいことだと思う。今後のさらなる議論の深化と、実現を期待したい。ベーシックインカムに対して、まるで逆のものとして、自助や努力といった言葉を挙げる輩がいるが、そうした輩は、おそらくこの世の中が公正な機会均等を保っていると信じ込みたいのだろう。だが、もちろんそうではないことは、いろいろなデータが示してくれている。自分が恵まれた側にいる人間は、今のルールが素晴らしいと思いこみたい。自分は努力していて、努力していない人間が落ちぶれているのだと思い込みたい。しかし、たとえば、子どもを高校に通わすのだって大変な家庭は多くある。国立大学の一部がいくら学費を免除したところで、そのレベルにまで達するのが大変なのである。そうした人たちを尻目に、自分は努力しているとのたまえる人たちの頭脳の方を私は疑ってしまう。すなわち、ベーシックインカムがあって、はじめて自助や努力が競われる社会になれる、という現実がある。本当のところ、反対者こそ、努力の競争社会になるのが怖い者たちなのだろう。そうした者たちの態度は、全く基本に忠実な意味において、保守的態度といえる。■さてこの記事は書きかけて埃をかぶっていたものを適当な形のままに公開するものである。つまり、たいした内容になっていない。というわけで、ベーシックインカムについて、もっと深い議論を紹介しないといけないと思われた。正直なところ、紹介する先の記事と、私の記事との整合性はよくわからない。ただし、紹介先の記事の議論の射程が大変に遠くまで――資本主義の脱構築まで――届くものであることから、深いところで繋がっているのか、あるいは、私の考えが資本主義的なものに毒されたものだと教えてくれるものなのか。この辺は、まあ、そのうちわかるだろうと思う。http://bijp.net/transcript/article/27しかし、これを読むと、クリフォード・ヒュー・ダグラスという人物に興味が湧きますな。
2009.10.05
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