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NHKの特番で、宮澤喜一元首相を忍ぶ番組が行われていた。総じて、宮澤喜一氏は戦後間もない頃のサンフランシスコ講和条約のころから、日本の外交、引き続き、閣僚として経済外交に貢献してきたが、バブル経済前夜から大蔵大臣として日本の国債乱発の歴史に好むと好まざるとに関わらず関わり、バブル経済の後始末に対し、総理大臣として、自民党や大蔵官僚の協力が得られず、その結果、未曾有のバブル後経済破綻の処理を、再び大蔵大臣としてすることになった。その他にも、様々なエピソードはあるのであるが、同時代を生き、最後の生き証人となった中曽根元首相が政治家、特に、総理大臣には、その活躍した時代の節目により運不運があるものであり、それにもかかわらず、後で、歴史の審判をうけることになるものであるということであるという。そういう意味では、宮澤氏は、政治的、とくに経済的に難しい曲面の処理、しかも、連続する歴史の中で、前の世代から引き継いできた問題の処理に追われて、自らの意志や知性や信念とはかならずしも適合しない時代の荒波を背負うことになったというのである。中曽根元首相以外の2人の証人のゲストは、一人は大蔵省の部下として、一人は現代政治史の歴史家の東大教授として一面では正しい事を述べているようであったが、自らが政権の当事者であった場合にできもしないことを、問題としていたようで、少なくとも、首相の器ではないことを自ら証明していたようである。宮澤氏の後、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍と歴代の総理大臣が続いているが、宮澤、中曽根に匹敵する政治観や経済観や信念を持ち合わせた首相が何人いたかを考える必要があろう。唯一小泉元総理だけが、鈍感力で、自らの信念を貫き通したようであるが、安部首相の場合は、百花桜蘭の政策に押しつぶされて、本当に緊急かつ大事な問題を処理する事が出来るのか今後の活躍を見てみる必要があろう。
Jun 30, 2007
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日経新聞によれば、財務省は2015年までに計画している全国900箇所の国有地売却を実施するにあたり、売る相手を選ぶ際に、購入希望価格だけでなく購入後の用地利用計画も含め総合的に審査する新手法を導入する方針を固めたという。土地値上がりを期待した転売目的による取得によるバブル再現を防ぐ目的もあると考えられ、また、最近問題が顕在化している周辺環境にそぐわない施設の建設を防ぐのがねらいであるという。適切な土地利用を促すには現行ルールだけでは不十分と判断したという。新たなる方式によれば、企画競争方式と総合評価標識があり、国の有識者委員会が審査主体であり、主な買い手などは不動産会社などとなっている。いっそのことPFI(Private Finance Initiative)方式を取り入れ、一方で、欧米並みに、都市計画的決定と建築確認申請の2段階方式をとることが望ましいが、国土交通省が蚊帳の外なのであろうか。審査の基準としては、前者が開発計画が周辺現場に適合するかなど、後者が開発計画の妥当性と価格であるとうが、売買の団塊で建築設計をまとめている事は考えられないので、都市計画的決定(マスタープラン)を与えた上に、PFIによる、公共的施設の民間資産による提供のプロポーザルを要求すべきではないだろうか。都市やまちづくりは、土地を入手し建物をその上に建てるだけでは完成しないし、作り続けてゆく物である。財政再建の目的だけに、経済的な資産価値だけで売買すると、外国人投資家の格好のターゲットになり、日本の日本人による日本風のまちづくりの阻害になるばかりか、バブル景気を再現することになりかねない。日本企業が、バブルからの財政再建で海外資本に資産売却をして、経理上の見かけの経営努力をして失敗している様に、財務省の所管する国の財政再建で同じ様な事を繰り返してはならないと財務省でも考えていることであろう。
Jun 29, 2007
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宮澤喜一 元首相 が6月28日老衰でなくなられた。享年87歳という。宮澤氏は昨年足の骨折をしてから、元気な活躍をマスコミ等で拝見する事がなかったが、28日もお話をしたりしていたが、気がついた時にはお亡くなりになっていたという。宮澤氏は、私立武蔵高等学校・中学校の前身である旧制武蔵高等学校(7年制高等学校)のもっとも優秀な麒麟児であり、私の先輩に当たる方であったが、宮澤氏の秀才ぶりに比べると、私等は無用の長物で学生生活を過ごしてきた。私立武蔵高等学校の生んだ唯一の総理大臣であった。そのあと、東京帝国大学の多分法学部を卒業され、大蔵省を経て、参議院議員、衆議院議員を歴任し、この間、第二次世界大戦の処理の講和条約の折、吉田茂首相の書記官を始めに、戦後の日本の様々な時期に、重要なポストをつとめ、遅ればせながら、72歳で総理大臣となった。旧制武蔵高等学校の卒業生の中で、唯一の首相であり、武蔵高等学校の歴史的ヒーローで同校を代表する卒業生であって、様々な逸話がのこされていたが、宮澤氏の死去とともに、武蔵高等学校の活躍の歴史は終わりに近づく事になるかもしれない。歴代首相を出している東京大学にしても、総理大臣を勤めた最後の卒業生であるような気がするが、気のせいであろうか。東京大学の活躍の歴史も、最後の一頁を彩った重要人物であったに違いない。宮澤氏については、頭が切れる事が、政敵を生み、外国での演説で英語を取り混ぜたりする点が、右翼よりの人々には不評であったしたが、小渕内閣でバブル後不況期の大蔵大臣を勤めたりするなど、嫌な仕事もやむを得ず勤め抜いた鉄人であった、今の政界をみると、宮澤氏のような、所謂賢人が少なくなっているように考えられる。宰相として最適任者であったかどうかは不明だが、日本に必要な賢人であったことは言うまでもないことである。
Jun 28, 2007
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6月26日の日経新聞によれば、経済協力開発機構(OECD)は、25日、世界の労働力移動などを分析した2007年度版の「国際移住アウトルック」を発表したという。これによれば、日本は生産年齢人口(15歳から64歳)の減少が世界最速ペースで進む中で、外国人労働者の活用は、欧州等に比べて低くとどまると分析しているという。OECD は各国の2005年度の年齢別人口をもとに、20年までの生産年齢人口を予測した。2020年までの日本の減少率は12%と、集計した28カ国の中では突出して大きな落ち込みになったという。生産年齢人口を、2005年水準に維持するために外国人労働者で補うとすると、年間役50万人の受け入れが必要とOECDは試算している実際に日本で長期就業を認められた外国人入国者数は2005年で約2万人にすぎない。OECDは、「日本はまだ門戸を開いていない」と指摘した。ところで、日本の長期就業を認めた外国人は、外国人であり続ける場合が多いのではないだろうか。日本人は外国人を同じ国民として受け入れる能力も機会も限られているのではないだろうか。日本人は、労働者として受け入れたとしても、人として日本の国に迎え入れ、一緒に、日本の将来を築いていくパートナーとして行くことを望んでいないのではないのではないだろうか。日本人が、外国人を同じ人として認めるようになれば、当然国際結婚が増えてしかるべきであり、両国の血を引く子孫や、国民や、愛国心を生み出すのではないかと考えられる。生産年齢の人口減少世界一の時代に、日本人の血筋がすこし混じってかわることがあても、活力のある、あたらしい血統の日本人を生み出す事を、真剣に検討すべき時がきているのではないだろうか。外国から来た優秀な留学生や、労働者たちを我が国の国民として迎え入れ、自らの国民の子孫を生み出してゆく事が重要であるのは、マケドニア(混合の意味の国名)のアレキサンダー大王の時代から同じである。日本人も混血が進めば、外国に対する劣等感は減少するし、両者のよいところをとりこみ、優勢な遺伝子をのこし、国家の繁栄と発展を望む事が出来るだろう。国際的に新しい遺伝子を獲得し、新しい技術と才能をとりこみ、新しい時代の日本人を作ってゆく事が、外国への偏見を排除し、地球人類の文明を維持してゆく活力を私たちが獲得する事につながるのではないかと日本政府は真剣に考慮すべき時代がそこに来ていると考えられる。中国や台湾や韓国などの優秀な留学生が日本には随分滞在しているが、その力は、発展途上国というには高度の能力を発揮しつつある。これからの時代は、国境を越えて、こうした留学生が日本から得る物だけを得て帰国するのではなく、新しい日本人の典型として迎え入れる、魅力ある日本を作ってゆく必要があろう。
Jun 27, 2007
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日経新聞によれば、6月26日の閣議に、「つながりが築く豊かな国民生活」と題する2007年版の国民生活白書が提出された。職場での良好な人間関係は会社の業績を後押しする効果があると指摘、近年の雇用形態の変化やIT(情報技術)化によって職場での人間関係は希薄になりつつあり、多くの人が社内でのコミュニケーション不足を感じているという。白書は、家族や職場、地域社会における人と人との「つながり」、すなわち直接的なコミュニケーション、の強弱が生活満足度や経済にもたらす効果を調べて、その強化策をまとめているという。日経新聞の項目をあげれば、1)人のつながり再構築が必要、2)IT化で関係希薄3)長時間労働や塾通い 家族の時間とれず4)地域から孤立 5人に一人5)教育や子育て治安に悪影響6)現状に警鐘、早急に環境整備をなどとある。人間・環境学会の環境は、人間の周りの身近な環境を専門領域としているはずである。本来、人間・環境学会 人間環境系倫理研究会で環境を、入れ子構造にとらえ、地球環境問題との関連やつながりを考えたりもしているが、本来の人間・環境学会の特性としては、人間と身近な環境に入れ込まれて繋がりを持っている人間という存在を研究することにあるのかもしれない。そういう人間の存在を環境人とよぶ先生もいる。そういう意味で、人間・環境学会が世の中の役に立つ様に機能しているとすれば、人と人とのつながりのネットワーク環境にたいする人間のあり方をみきわめていなければならないのではないかという考えもあろう。日経新聞の項目をあげれば、1)人のつながり再構築が必要、 則ち、人間・環境系の再構築2)IT化で関係希薄 則ち、IT化で人間と人間、あるいは、 人間と環境との関係が希薄化3)長時間労働や塾通い 家族の時間とれず 則ち、主体としての人間のライフスタイルにより 人間と人間の直接的なコミュニケーションが希薄になり 人間・環境系のひとつである家庭の人間関係をくずした4)地域から孤立 5人に一人 則ち、コミュニティーとの人間関係の欠如が 人間・環境系の質を変えている5)教育や子育て治安に悪影響 則ち、家族の周辺という最も身近な 人間・環境系の崩壊6)現状に警鐘、早急に環境整備を 本来 人間・環境学会の成果を社会的にすべきところであるが、 瑣末な問題に深入りして、大海をみていないということかとこのように、人間環境系倫理研究会の本家である人間・環境学会の存在意義をもう一度チェックして、社会的に影響をあたえるような研究交流活動を、より活性化してゆく必要があるのかもしれない、と思う今日この頃である。
Jun 26, 2007
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日経新聞によれば、政府は2030年までに植物から作るバイオ燃料を年600万キロリットル導入する長期目標を掲げているという。ただし、国内の遊休地に原料作物を植えても供給量は年100マンキロリットルが限界で、多くを輸入に頼る必要があるという。これに対し、三菱総研によれば、日本海の中央部にある浅瀬「大和堆(たい)」で年間約6500万トンの海藻を養殖し、全量処理すれば、年2000万キロリットルのバイオエタノールが生産できるという。生産コストはガソリン並みの1リットル当たり58円も可能だとし、将来の国内需要を十分にまかなえるというバイオエタノールに関するこのような試算を三菱総合研究所が出していると言う。三菱総研は海藻を原料とするバイオエタノールの事業化をめざすフォーラムを7月に立ち上げるという。しかるに、日本は四周を海に囲まれた海洋国家である。従って、陸上で賄いきれないバイオエタノールをその周囲の海で賄う事ができるかもしれない。一方で、地球温暖化、資源・エネルギー・環境問題は日本だけの問題ではなく、地球全体の問題である。地球上で、日本の様に4周を海に囲まれる様な海洋資源に恵まれた国はまれであり、殆どの国が、地上の限られた淡水資源と植物で自国の分担の環境問題の解決を図られることを考えなければならない。日本の様な海洋国家でさえ、海洋資源のバイオエタノールに頼らなければならないとすれば、大陸上の乾燥した国家は明らかに、現況の地上の植物からつくるバイオエタノール資源が不足している。地球レベルでの環境問題の深刻な事は、それぞれの国で自国の解決をしてもそれ以外の世界の国々が解決出来ないと、気象・温暖化・資源・エネルギーなどと様々な問題で、間接的に被害を被ることになる。宇宙船地球号の市民としては、自国の環境問題の分担の処理に満足する事なく、たの弱者の国においても、応分の処理ができるように手を差し伸べる事、それも、作業だけではなく、科学技術開発と科学技術協力においてしなければならないことを忘れてはならない。強者が強者の論理だけで勝利する事がなく、弱者の論理で敗北することがあるのが地球レベルでの資源・エネルギー・環境問題であり、そうなった時には、人類全体が淘汰されるような事態もあり得る事を考えて、行動すべきであろう。
Jun 25, 2007
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日経新聞によれば、岐阜大学の川上紳一教授によれば「地球史でみると、気候は激しく変動するのが当たり前だった。むしろ今のような安定した気候の方が珍しい。」という。現在の地表の平均気温はせっし15度程で、ここ1万年間は変動がプラス・マイナス1度位の幅に収まっていたという。この1万年間が人類の進歩の期間でもあり、安定した都市文化の成長の期間でもあり、人口増加の理由でもあったのであろう。それが、産業革命以来の200年程の間に、地球の自然の気候変動ではなく、人類の主として化石燃料の急激な消費に伴う温暖化ガスCO2の急激な増加により、20世紀末から1世紀の間に最大で6.4度上昇すると国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が主張する様な状況になっている。1万年以上前の直前には数十年で7度ほど上昇したり、さらに昔は、たった数年から十数年で5~6度変化した時期が頻繁にあったという。しかしながら、その頃の人類は、自然状態に近い生活に慣らされていた事、人口が圧倒的に少なかった事、そういう環境で淘汰されなかった生物が生き残った事を真摯にうけとめなければならない。そして、そういう事態が起こった原因は、中型隕石の衝突や、火山の噴火などであったと考えられ、人類そのものの生活が原因でない、不可避的な原因によったものであると考えられる。今回の地球温暖化が問題なのは、その原因が人類の活動自身にあることであり、その原因が人道問題上減らす事の出来ない人口増加とそれに平行する生活水準の上昇に伴うものである事である。現在の地球環境問題の解消に何をやってもいいとすれば、一番簡単なのは、人口を減らし、人類の多くを淘汰してしまえばよいのであり、民族や国家による生活水準の差別化を固定化してしまえば良いのであり、先進国にも、10000年前とは言わずとも、100年か200年前の生活を強要すればよいのである。ただそうしたことは、無限に拡張する、人類の物欲や物が満たされれば幸せであるとする現代の「物的福祉」の価値観に由来しているのであり、急に、人類の支配者階級に心がみたされれば幸せであるとする「心的福祉」の価値観を急激に植え付けようとしても不可能に近い事である。また、中型隕石の衝突や、火山の噴火による地球環境の異常については、現在の技術では回避することは困難と言わざるを得ないから、そういう事態が近々に予想され、かつ、それに対処する技術が成長しているのであるならば、回避することもあり得ることであり、一般の地球人の考慮できることではない。いずれの理由にせよ、地球気候の変動が、地球上の様々な生命の栄枯盛衰、淘汰等を引き起こしてきたのが地球の歴史であるから、今回の地球温暖化も、このまま放置すれば、そのスピードは遅くとも、人類の淘汰を誘導するものである確率は、極めて高い事は、人類社会全体の問題として十分に対処検討しなければならないことであることを意味している。
Jun 24, 2007
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日経新聞によれば、地球環境の視点から歴史を再構築する研究があ動き始めているという。数百年以上昔の環境を、自然科学の手法を使って探り、文字資料や考古資料とつき合わせて、人間は環境にどう向き合ってきたかを読み解くという。歴史を過去のものとせず、現代に生かす新しい形の研究だという。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、現在の温暖化問題が、産業革命以来の人類の活動の結果である可能性が90%以上であることを主張しているが、それが事実であるとすれば、環境が歴史を動かしている一つの事実であり、かつての「人間と環境の関係」を歴史に学ぶことは、当然かつ重要な事であると言えよう。人間・環境学会 人間環境系倫理研究会としても人間・環境系の歴史という視点を取り込んでゆく必要が本来あると考えられるが、人間・環境学会の学会員の構成が、その名前にもかかわらず、建築系(建築計画の一部)と心理系(環境心理学の一部)と組織としての歴史的に偏っている現状では中々難しいものであると考えざるを得ない。しかし、人間・環境系を本気で考えるとすれば、歴史的な視点が欠落しているのは、問題であると言わざるを得ないかもしれない。
Jun 23, 2007
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一時は回復するかの様な錯覚をおこした、ゴーン社長による日産自動車の改革はどうも、失敗におわりそうな風向きである。ゴーン改革の要は、社内の改革とともに、日産の資産売却を進め、一見数字の上では改革が進んでいるかの様に錯覚を起こさせたことではないだろうか。持てる資産を圧縮し、数字の上で、業績改善をした様に見えても、結局、日産の車のデザインが悪く、日産の車が思う様に売れていないという事はないのだろうか。売られた資産は、外資系などの餌食にもなっているのではないかと考えられる。車が売れない限り、一度打ってしまった資産を買い戻す資金は生まれてこない。従って、短期的には回復したかに見えた業績も、本質的には回復してないどころか、元に戻れない坂道を下り始めてしまった可能性が高い。ゴーンが改革と称して経営のトップに立った頃から、レバノン人の彼が、日本人にはなれず、日本の日産のために働く事ができないような気がしていたが、その予想ははずれていたのだろうか。日産は民間企業だから、栄枯盛衰があってもいい。しかし、日本政府がこんな事では困る。しかるに、昨今の日本政府は、小さな政府と称して、都市計画の御用学者の先生を代表とする委員会で、霞ヶ関の政府資産の圧縮高層化とと新庁舎売却、また、地方の宿舎の売却予定をたてている。すでに報告書をだしたということだが、これも、日産のケースと似ているところがあるのではないだろうか。売却される不動産などの資産は、陰に隠れた外国資本の手に移って行く可能性が大きくはないだろうか。資産の消却や圧縮をしても、政府機能のイノベーションは行われているのであろうか。政府機能の構造そのものが変わらない限り、政府の生産性や品質は上がってこない。従って、短期的には資産売却で数字がよくなっても、長期的に見ると、資産売却のつけがきて、元に戻れない、下り坂の坂道に足を踏み込んでしまっているのではないだろうか。国の資産は、金銭的な物に変えられない大事な政府機能の象徴である。その機能改善によって、政府の価値が上昇することはあっても、消却によって、価値が消滅することがあってはならない。このことは、経済学者などの超合理主義者的視点からは理解できない、付加価値の問題であると言えよう。政府の資産売却には、結論を急がず、じっくりした国民の議論の経過が必要であると強く主張したいものである。
Jun 22, 2007
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日経新聞によると、オランダの政府系環境機関MNPは、6月19日に、中国が2006年に米国を抜いて世界最大のCO2排出国になったとの推計を発表したと言う。推計に航空機の運航時の排出量や森林伐採の影響等を含んでいないが、これらを加えても、中国が最大国であることはかわらないという。予想より数年早く、2位の米国を8%上まったと言う。今後このようなデータが各所から出てくると考えられる。従って、ポスト京都議定書の枠組みから、アメリカだけではなく、中国も、外れる事は不可能になるであろう。中国は、エネルギー効率が悪く、高度成長時代の日本のように、公害先進国である。従って、中国がポスト京都議定書の枠組みに積極的に参加し、技術協力を得られるようにすることは、地球全体の為であるばかりでなく、自国の環境や経済を守る事に繋がるのである。ポスト京都議定書の縛りとして、環境後進国からの輸入産品に環境関税をかけるということも考えられるのではないだろうか。これにより、削減義務を免除された環境後進国は世界経済の枠組みから、見捨てられる事になるからである。人道問題を対外的に主張するならば、その前に、自国の国内の人道問題である環境問題を排除する努力をするべきであろう。自国の環境問題を環境先進国の協力で解決しながら、経済的繁栄と技術的進歩をとげるか、世界中のお荷物となって孤立するかを、新興経済国の指導者達は迫られるのである。対話と圧力は、環境問題についても考慮すべき手法であろう。人間は、分かっていても出来ないといって、自分を正当化するような特性をもった生き物である。その主張で甘やかす事なく、最先端の技術供与の飴を与え、環境関税のムチを与える事で、宇宙船地球号の乗員のバランスと健康を確保すべき状況になっているのが、昨今の、雨のない梅雨の日本をみて、指導者達の考えるべき事ではないだろうか
Jun 21, 2007
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日経新聞によれば、東京都は大きな地震が起きても病院機能が麻痺しないよう、震災に強い病院づくりに乗り出し、各種助成を用意するという。東京都の一般の建物を、耐震建築に改造することは一部を除き、時間と金のかかることではあるが、万が一、東京に大きな地震が起きても、避難場所となる学校建築などの公共施設や、被災者を救助する病院建築が耐震性能を有していれば、最低限の救助と救命がはかれる事になる。地域の救急医療を担う病院が建物の耐震診断や補強工事に対し費用の一部を助成する。また、病院内のエレベーター事故を防ぐための助成や、地震に強い水道管へのライフラインの交換作業も実施するという。病院自体の防災体制を強化して、都民の最低限の安全を守るという。耐震化の助成は、救急患者を受け付ける「二次救急医療機関」などが対象となり、民間の大手病院や私立の大学病院などで、国公立を除く都内の約250箇所を想定しているという。阪神大震災の起こる前から、このような大震災の折には、現在考えられているような医療施設等の問題は、分かっていたけれども、人間の特性で「分かっているけれどできない」という事態が続いていたと言う証言もある。そうした、人間・環境系のジレンマを少しでも有効に解決することを望んで止まない。東京全体の建物の耐震化を考える事はいいことではあるが、現実の環境の中では、予算的、利権の問題的、量的、心的などさまざまな理由で難しい事だろう。同じお金を投入しても、大地震がおきて死ぬ確率の方が交通事故や癌で死ぬ確率より少ないであろうから、未確定な事故の防止にかけられる予算は限られていて当然である。そうした条件の中でも、可能な限り、有効な、地震防災システムを築いてゆく事は重要な事である。防災拠点やそれに準ずる医療施設などでの安全が確保できれば、被災地から脱出し、救助を求めうる可能性が高まる事はまちがいない。こうした大災害時の避難や救助の骨格となる部分から、東京の街を可能な範囲で改造してゆくことには、共感がもてる人も多い事であろう。
Jun 20, 2007
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1年前程前に購入したmac miniにバンドルされているiTunesに、今まで持っているCDを記録させてみた。1枚のCDなど、1GBにもならないから、全部入力しても250GBの外付けハードディスクの1部にすぎない。この音楽を、軽井沢にCDごと運び込んで、軽井沢にある時代物の小型ステレオで聴いていたが、ハードディスクドライブごと持ち込んでも、iTunesのインストールされたノートパソコンがあれば、大した荷物にはならないはずである。しかし、Windows XPのノートパソコンではiTuneがバンドルされていないので、これはだめである。やはり、iPodを購入させられて、iPodに移した音楽を聴くのが正統はなのであろうか。macが音楽で息を吹き返した訳が分かる。うちに現存するCDくらいならiPodで十分収納出来るし、iTune Store で購入すれば、もっと音楽が手に入る。最近でた、iTune plus を使えば、ちょっとよけいにお金を払うだけで著作権の制限がなくなるわけであるから、iPod と 外付けHDDの間で、自由に音楽のやり取りが何回もできるという。iTune は、一度はまると、どんどん新しい音楽が欲しくなる仕組みである。先日無くなられた ZARDの坂井泉水さんの曲も、物悲しくてもうしばらく聴きたくないと思ったが、お香典代わりに、Golden Best 15th Anniversary ZARDのアルバムを買ってしまった。音楽がかかっている間は、悲しみを忘れさせてくれる歌声であった。マスコミに姿をほとんど表さなかった坂井泉水ではあったが、無くなられると、彼女の姿の写真と歌声と歌だけが残った。音楽番組のベスト・アルバムを席巻する勢いで、虚像の偶像が生き残った。これからのiTunes Storeもこうした、実像のはっきりしない耳から入りこんでくるMusicのヒーローを生み出す媒体となるのかもしれない。負けないでを聴いても、もう涙は出ない。あなたは、そこで今も息づいているから。
Jun 19, 2007
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日経新聞にIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)のインド人議長ラジェンドラ・パチャウリ氏の記事がのている。今年は環境と発展に関する世界委員会の報告書が発表されてから丁度20年目にあたるといい、「持続可能な発展」という言葉は報告書以前にも使われたことがあったが、この言葉に理論的な根拠と実際的な意味を与えたのはこのブルントラント委員会であるという。現在世界が直面している問題の多くは、同委員会の報告書で既に予言されてたという。WWW(世界自然保護基金)は毎年「生きている地球レポート」を発行している。このリポートによれば、世界各国のエコロジカルフットプリント(1人の人間が持続的生活を営むために必要な面積)を計算し比較分析をおこなっているが、それによると、エコロジカルフットプリントは1980年代に地球の環境収容力を超えてしまったという。その後も増加の一途をたどり、地球の生態系にとってますますの脅威となっているという。2003年の時点で、エコロジカルフットプリントは地球の環境収容力を約25%超過してしまったという。地球の自力再生能力がもはや需要においつかないことが明白となっている。人間が資源をゴミにするペースの方(物質の正のエントロピー)が、自然がゴミを資源として再生するペース(物質の負のエントロピー)よりも早い事を意味している。議長によれば、今何よりも必要な事は、この現実を人間社会がしっかりと認識することだという。今ある経済と技術力を賢く使う事により、現在の傾向を好ましい方向に逆転する可能性はあるという。日本の1973年から74年同じく1979年から80年の石油ショックの後の、生産と消費におけるエネルギー利用度を大幅に下げる事の成功は、現在の日本経済が世界で最も高いエネルギー効率を誇っている事の結果である。こうした成功モデルをあらゆる国や地域で実行することが、持続可能な発展を可能にすることを否定する事は出来ないという。成功モデルを広く浸透させ、一段と深化させ、共通の目標に向けて結果を出してゆくことができるという。
Jun 18, 2007
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日経新聞によれば、国が昨今音頭を取ろうとしている政策がワーク・ライフ・バランスすなわち、仕事と生活の調和であるという。少子化対策の王道であるという。それはともかく、私たちが丹下健三先生の下、フランスで仕事をしていた約20年程前のこと、フランス人は、バブルに踊らされた日本人とは異なる生活をしていた。当時、メイド・イン・ジャパンに過度に踊らされた日本人達は、日本がこれからの騎手であると勘違いしていたが、当時既に、東南アジアから輸入される日本ブランドの製品は、バリの街の中では異物と化していたように思われる。ソニーブランドの少し大きめのウォークマンや、キャノンブランドのすぐ故障するコピー機がパリの街の中ではびこっていた。日本人は、ジャパン・アズ・ナンバー・ワンにだまされて、過度の自信をもち、日本国内にいるときと同じように、土日もなく、残業をするのがあたりまえの生活をしていて、それこそが、日本が当時バブルの活力を持っている理由であると勘違いしていたのではないかと思われる。フランス人とのミィーティングに望むと、フランス人は例の調子で、けんけんごうごうの打ち合わせをしている。しかし、定刻の夕方5時になると、彼らは打ち合わせをぴたっとやめて、ニコニコしながら、握手をして、その場を去ってゆく。それからが、彼らの生活の重要な部分を占める家族との生活の時間であるということであった。彼らはその時間に、夫婦や子供達との生活を楽しみ、晩餐を楽しみ、時に、パリの街にくりだしてオペラやルーブルやオルセーを鑑賞するのであった。それを可能にしたのは、労働条件の問題だけではない。都市の構造が、職住接近というシステムであったこと、そして、それを可能にする為に分譲住宅ではなく、賃貸住宅を原則としたことなど、社会基盤が日本とは異なっていたことによる。こうした違いが、かつては少子化で悩んでいたフランスが、現在においては、出生率が確か2.0を超える様に復活したという事実になって現れている。子供が増えるかという事実にこだわらず、何を持って生活や人生の目的とするかに対し深い思い入れがあるかどうかの違いが、今日のフランスと日本の社会の違いを生み出しているのであろうか。
Jun 17, 2007
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昨今、大規模再開発のプロジェクトがどんどん完成しており、東京だけでも六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、秋葉原、汐留シオサイト、東京駅周辺再開発、銀座通り近辺等々が林立している傾向が著しい。それらの開発には、その足下や内部の商業施設、美術館などが目白押しであり、初めて聞く様なイタリアンやフレンチレストランなども高価格を維持している。20年前のバブルのときは、日本国民全体が、中流の上と言う感じであったが、さっこんのバブルは、上流階級と貧困層のしきりができていて、市民全体にバブルの影響がでているわけではない。集合住宅、いわゆる、マンションなども建設ブームであるかのようで、職人不足などにより、高値に移行しているようである。この期に乗じて、政府等も、老朽化した霞ヶ関の官庁街や全国に広がる公務員宿舎用地を高値で売り抜け用としている。老朽化というのは、歴史的ともいえるもので、そこに生活する人々の、心の中の街のイメージ、原風景を形成してきたものである。それが、おちつきのない高層ビル街に代わってしまって、東京を中心とする都市のイメージが変質してしまい、人間の感性のスピードが追いついてゆかない人々にとっては、時代にとりのこされてゆく感じを増長することであろう。人口減の社会の中で、この期に必要なのは、新しい超高層ではなくて、由緒ある街並とそれを取りまく緑の公園や広場などの人々に安らぎと落ち着ける装置である。所謂まちづくりである。既に始まってしまった格差社会の中の第2のバブル経済は人々から心の故郷や原風景を奪う方向に進みつつある事を注意したいものである。それに関わっている御用学者の先生も、デベロッパーの小手先にのせられているのではないだろうか。東京に、これ以上の一極集中をするのではなく、地方の大都市に、道州制につながるような、地方の人々に自身を与える様な開発効果をねらって、自然発生的に、道州の核を作るのはいいかもしれないが、もう東京は、ヒューマンスケールのまちづくりを進める事はあっても、オーバー・ヒューマンスケールのまちづくりを進める事は、そんなに多くの人々が望んでいるのであろうか?私が住む、東京の郊外の元農作地帯も、田畑を子割りにした一戸建て住宅がここのところ急激に立ち並んでいる。それができて、まちが良くなったという印象をあたえるほど、グレードの高いものはない。これから、こういう人々の原風景になるような景観的、建築的特徴のない小住宅群が、田畑やそこに息づいていた動植物の息吹を奪い取ってく動きは、前回のバブル景気のときににていると感じ始めているのは、私だけではなかろうか。このような住宅環境を生んでいるのは、高齢者に住みやすく、その家族とのコミュニケーションがこれから必要となる世の中と逆行するながれではないかとボトムアップ的な視点からは言える事ではないだろうか。
Jun 15, 2007
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日経新聞によれば、自民党の道州制調査会(杉浦正健会長)は、6月13日に、今後8から10年後をめどに、現行の都道府県制度を廃止して道州制に完全移行することを柱とする中間報告をまとめたという。国の役割を安全保障や外交などに絞り込み、より身近な住民サービスを道州や基礎自治体(市町村)に移すという。一方で、全体的な資源・エネルギー・環境政策は、今後国際協調主義の重要な外交問題になるので、国の役割とした方がよいと考えられる。税源移譲を進めた上で、最終的には中央からの補助金なしに各道州が税収で財政需要を賄う姿を想定しているという。道州制については、安倍晋三首相が3年以内のビジョン造りを表明している。これは、道州制と憲法の役割と骨格が緊密に影響しているので、憲法改正をめざす3年という節目に、道州制の骨格が見えている必要性があるということではないかと考えられる。道州制の役割分担のイメージは、国:国家戦略などに限定外交、安全保障、防衛、司法、資源エネルギー政策など道州:国や都道府県から内政を移管広域的なインフラ整備、産業政策、雇用政策など。基礎自治体(市町村):住民に身近な公共サービスまちづくり、医療・保険・介護、教育、消防、廃棄物処理など。ということらしいが、一方で、全ての政策が、国から道州、基礎自治体との間での、「一貫性」と「多様性」の構造を連続的に構築するような、「階層構造」を上手く形成していかないと、今までの様な、東京一極集中構造をまぬがれても、地方がバラバラの自分勝手なゴミ溜めのようなまちづくりや国土構造になってしまう恐れがあるのではないかと考えられる。人口減少の社会の中で、いままでの基礎自治体の集合は、コンパクトシティのサテライトシティへと変化してゆき、周辺は、グリーンベルトや里山の自然で覆われた宇宙の中の星の様になってゆくだろう。そこにおける地域の中心産業は第1次産業や農業になっていくであろう。基礎自治体を統合する道州のまわりには、あたかも、銀河の中心から周縁に渦巻く星々のように、グリーンベルトが、周縁から中心の構造にむけとりこまれるような姿になっているだろう。そこは、第2次産業の核となるだけでなく、やはり、第1次産業の核となり、物流等の第3次産業の流れに洗われることになろう。そして、道州をとりまとめる国の象徴である東京は現在よりも人口減で縮小し、首都圏のメガロポリスはなくなるが、セントラルパークやウォーターフロントの自然の中で、広場や大通りをもったヒートアイランドなどの少なくなった大都市として生きながらえる様になってゆくだろう。そして、そこは、第4次産業とも言うべき、物質のエントロピーを排出しにくい産業が中心的な位置をしめるようになるだろう。道州制の役割分担は、単に、政策と税制と権限の分担であるのではなく、自然との関わり、環境問題、人間や生物の生きる環境としての国造りのマスタープランやグランドデザインを国土計画レベル、農村計画レベル、産業構造レベル都市計画レベル、都市デザインレベルで具体的にモデルケースとして描いてみる必要があろう。
Jun 14, 2007
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日経新聞によれば、長期入院する高齢者向けの療養病床を削減するため、厚生労働省が総合対策を6月13日明らかにしたと言う。非営利の医療法人に自宅生活が困難な人を介護し、終末期まで対応する特別養護老人ホーム(特養)の運営を解禁するほか、特養やリハビリなどで家庭への復帰をめざす老人保健施設(老健)などを同時にいくつも運営できるようにして多角的経営を認めるという。有料老人ホームや高齢者専用賃貸住宅など健康な高齢者が入居する施設も運営できる。医療法人は、収入源である総ベッド数を減らさなくて済む他、医師や設備などを共有できるという。療養病床の患者や手厚い医療の必要はないものの、家族が介護できない「社会的入院」が多いと言う。入院が長期にわたる高齢者による医療費の膨張の原因の一つになっている。そこで、サテライト施設と呼ばれる定員29人以下の小規模施設を併設して、医療法人の経営の自由度を大幅に拡大して療養病床の受け皿を整えるという。現在では本体施設1箇所にサテライト施設1箇所しか設置できない規制を緩和し、複数の施設を運営できるようにするという。都市計画レベルでは、こうした高齢者介護施設が、その子供や孫等の親族が済んでいる場所と遠いと、近親者による、高齢者との介護や身の回りの世話やコミュニケーションが促進されにくいという欠点がある。高齢者介護施設が、肉親の済む街の一部として、交流や介護を妨げない距離のコンパクト・シティ内に存在していることが、望ましいことは言うまでもない。デベロッパーなどが子供世代の住宅地を開発するときに、あわせて、高齢者介護施設を建設するようなまちづくりが重要であり、ご隠居さん達のデイサービスセンターなどは、孫達の通う、小学校や中学校と併設し、自らの孫でなくとも、お年寄りがその年季を披露し、子供達が、お年寄りの面倒をみるような都市と社会づくりが必要である。同時に、お年寄りたちの若返りにつながるだけではなく、ストリートウォッチャーとして、お年寄りが街の中で、子供達の安全を見守り、お年寄りと子供達がお互いに面倒を見合う様なコミュニティーの都市計画的作成が必要となる21世紀であろう。
Jun 13, 2007
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今、NHKで中国の北京の水不足について放送している。資源・エネルギー・環境問題の深層として、このブログでも、バイオ燃料などの需要増大とともに、淡水資源の不足が深刻になることを予想してきたが、北京オリンピックを控えた中国は、もっと低レベルで深刻な水不足である。そもそも、地球システムの太陽エネルギーの負のエントロピーによる水と大気の大循環システムには、淡水資源が特に重要であり、人間で言えば、血液のようなものである。バイオ燃料など、植物系、第一次産業系の燃料を獲得する光合成には、淡水が必要であり、化石燃料からバイオ燃料に転換するためには、淡水資源の確保が重要だと考えられる。しかるに、中国の場合には、近代化とともに、車の洗車とか、洗髪、入浴、建設工事、企業の浪費、などに、大量に水資源が必要となっているのに、中国の北京の周囲は、乾燥地帯が取り巻いていて、首都の水を確保するために、周辺地区に配備されたダムの水は、地元では使用禁止にされている状態であるという。また、人工降雨をふらすための小型ロケットの打ち上げなども既に行われていると言う。農業の水は、人類が生きる為に必要最低限のものであるとしても、贅沢な生活をしているために、水が不足しているのは、救いようがない事態である。首都の生活を支える為に、南水北調と称して、南の揚子江の水を北の北京に運ぶ運河が建設されている。南水北調が実現されると、北京の水問題が解決すると勘違いしている人々が多いが、南水北調が実現しても、人口増加が半分以下にならなければならないといい、また、一方で、南の工業地帯などで汚染された水が北に流れてくるという話もある。もはや、中国の水問題は、救いようのないレベルにまで到達してしまっているようである。日本政府も、自国の水問題だけ解決しても、農作物を通じて中国から間接的に水を輸入している事を考え、中国を始めとする世界の水問題を真剣に考える必要があろう。
Jun 12, 2007
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日経新聞によれば、自民党の対外経済協力特別委員会が6月中にまとめる提言の骨子が6月9日明らかになったという。現在減額傾向にある政府開発援助(ODA)の中長期的な改革と拡充を求めたのが柱という。ODA実績の国民総所得(GNI)比率を現在の0.25%から0.5%まで引き上げるという。「国際社会で一定の影響力を維持するため必要不可欠」であるといい、2008年の洞爺湖サミットやアフリカ開発会議で、日本が再びODAを拡充する方針を示す事が重要であると言う。地球温暖化対策に関連したODAについては、「環境問題への積極的な対応といった国際益が国益につながる」として、従来のODA予算とは別枠で「特別な予算措置」をとるように提起したという。今回のハイリゲンダム・サミットでの安倍首相の発言に歩調をあわせた、新興経済諸国や開発途上国への環境対策であろう。開発途上国からは、見返りに排出権を獲得する意図があるものと思われる。
Jun 10, 2007
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地球規模の環境問題について話し合った今回のハイリゲンダム・サミットではっきりしてきたことが一つあろう。世界が共通の問題意識をもつようになると、それまでの地域的、イデオロギー的仮想敵国の枠組みが大きく変わらざるをえないことである。アメリカの排出ガス削減拒否行為は、アメリカ一国主義の影響力の低下を招いた。ECは、ますます結束を固め、かつての第二次世界大戦戦勝国と戦敗国の差別はなくなり、ロシアの立場を擁護しつつ、歩調をあわす日本やカナダを取り込んだ。かつて発展途上国と言われた、中国やインドを始めとする諸国は、新興経済諸国として格上げされるとともに、先進国と新興経済諸国とその他の発展途上国とに枠組みが変化し、これからの温暖化ガス削減化努力のグレードにより格付けが変化するような様相を示している。それは、それまでの経済優先の指標だけではなく、人口の規模や、温暖化ガス排出の歴史や、現在の温暖化がす排出量などによって格付けが行われつつある。そうした状況の中で、かつての仮想敵国関係のたがが緩み始め、日本と中国が環境問題を通じてお互いを必要とするようになり、中国がインドを含む新興経済諸国のリーダーとしての地位をかためつつある。環境問題の御陰で、人類は過去の歴史だけにめを向け、仮想敵国をつくり、国内問題に対処するという構図が緩み始めている。いや、それが実現されなければ、科学技術の革新的進歩普及と、ライフスタイルの変化による地球環境問題の解決など不可能であろう。イラク、アフガニスタン、中国、台湾、北朝鮮を始めとする、地域的あるいは宗教的、イデオロギー的紛争は、それより上位の地球レベルでの環境問題という問題の解決の為に、お互いに、妥協と協力を必要とする時代が、そこまで近づきつつあるという楽観的な宇宙船地球号の操縦が世界の指導者達に託されているのが今日この頃の情勢ではないだろうか。
Jun 9, 2007
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日本政府の努力もあって、ドイツ・ハイリンゲンダムでの主要国首脳会議G8が環境問題と温暖化ガスの2050年半減へむけて一定の成果を見せたようである。温暖化ガスの削減方法には、大きく分けて、1)ライフスタイルの変更2)科学技術の革新的進歩の2つがあるが、両方を活用して、目標値に向けた努力が行われることであろう。しかしながら1)のライフスタイルの変化は先進国には道徳的に期待できても、新興経済諸国などでは、要求するのが難しかろう。それに対し2)の科学技術の革新的進歩の場合には、それが可能になった時には、新興経済諸国や発展途上国においても、メリットがあるばかりでなく、削減の枠組みに参加するきっかけとなるものであろう。次の2008年日本・洞爺湖サミットで議長国日本がイニシャチブをとって、実効性のある環境対策を実現するかどうかには、その1年の間に、新興経済諸国や発展途上国においても導入可能な科学技術の革新的進歩を確実にすることができるかにかかっていよう。
Jun 8, 2007
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地球レベルでの気候変動に対抗する処置の一つとして温暖化ガス排出制限強化の世界的合意が検討されている。その実行にかかる努力は大変なものになることはないが、相互浸透的合意により実現可能性は高くなるであろう。そもそも、排出制限強化に反対する国の原因は、温暖化ガスを大量に排出する石油などの化石燃料資源が、比較的安価であり、世界的な排出制限強化の合意によりその安価な石油利用がむずかしくなり、経済活動全体に影響を与えるというものであろう。もし、本当に世界的合意が実現するのであるならば、事実上、石油などの温暖化ガスを排出量の多い化石燃料資源は売れなくなり、益々廉価になる可能性をも潜めていることも事実である。一方で、温暖化ガスの排出量の少ないバイオ燃料や自然エネルギーに対しては、その価格が安価であろうがなかろうが、そうした類いのエネルギーしか選択肢がないとすればそれを開発するしかなくなり、結果的に、温暖化ガス排出量の少ないエネルギー資源だけが経済性をもつようになり、経済全体としてはインフレ傾向になり、物価だけに着目すれば、経済成長要因になるとは言えないだろうか。すなわち、全ての経済をささえる、エネルギー資源は、省エネ努力を合わせて進めるとしても、全面的にやめる事が不可能なものであるから、エネルギー資源の高騰は、インフレ傾向を促進する効果があり、省エネ技術を開発する活力を生み出すものであるわけである。すなわち、地球上の一部の世界で抜け道のない、世界的合意を形成するということは、科学技術の革新的進歩の活力と、省エネ技術の進歩の活力と、温暖化ガス排出削減エネルギー技術の進歩の活力を生み、経済を高めの水準に相互浸透的に固定化する力を生み出すと考えられる。これは、価格決定のメカニズムとしては、一種の談合であるとも考えられるのであり、官製談合には問題があるとしても、談合という計画経済的、社会主義的行為そのもの全てを否定すべきではないことも示していよう。いずれにせよ、「環境なくして経済なし」という現実をふまえて、世界各国が前進することが必要なのではないだろうか。
Jun 7, 2007
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人間・環境学会の人間環境系倫理研究会も今年度で3年目を迎える事になった。その発起人の一人として、今年は、代表を勤めることになってしまった。もとより、その器ではないが、委員のひとりひとりが、順番に代表をつとめ、毎年、新たな息吹を委員会の運営と研究に注ぎ込むという流れを作れればと思い、引き受けることになった。だからと言って、今年度の戦略を既に用意しているわけではなく、これまでの2年間がそうであったように、委員諸氏の交錯する思惑の流れに任せて、小舟をこぎだして行こうと思う。人間環境系倫理研究会は、そもそも、「地球環境における人間・環境系倫理検討委員会」として2005年度にスタートしたが、そのためか、私を含めて地球環境問題との関係に関心のある委員もいるのであるが、議論を進めているうちに、人間・環境系の中における人間の特性のゆえに、環境に与える影響に関心をもつ委員が多くなってきた。委員会の名称も、しばらく、「人間環境系倫理研究会」であったはずであるが、いつのまにか、委員のうちから「人間環境系倫理研究委員会」という名称を使う先生もあらわれ、現在のところ、どちらが本当なのかわからなくなっている。いずれにせよ、人間と環境の間には相互浸透により切っても切れない関係があり、人間の振る舞いや行動が環境に大きな影響を与え、そうした環境により取り囲まれた人間の振る舞いや行動が環境により大きな影響を与えられているという関係があるということがますますはっきりしてきたようである。地球レベルの環境問題もこうした問題の一つであり、身近の電車の中や街の中での人々の行動をおこし、それにより起こされる問題もこうした問題の一つである。そして、数々の環境行動の中で自らが問題であることを認識しながらも、中々行動に移せないでいることが人間の行動の一つではないかと考える先生方も増えてきたようである。身近な行動における環境問題に関しては、体育、演技に加えて、「行操」「行技」課目をつくるべきであると考える先生もいる。こういった立場の先生からすれば、地球環境問題なども、宇宙船地球号の市民として人間として、振る舞うべき行動は、直接的に環境改善などに関係する行動だけではなく、むしろ、人間の品格と道徳の問題に関わっていると考えられるかもしれない。人間・環境学会(MERA:Man Environment Research Association)の研究会として考える時には、ある意味において当然の成り行きかもしれないが、地球環境問題が科学技術の問題であるとしても、同時に、人間の特性の問題であることは事実であるように、感じ始めた今日この頃である。
Jun 5, 2007
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日経新聞によれば、RITE(地球環境産業技術研究機構)は、海底に沈めたブロックの効果で増やした植物プランクトンでCO2を吸収させる基礎的実験に成功したという。この方法は、海底や地中にCO2を直接埋めて温暖化を防ぐ方法に比べ、植物プランクトンの吸収するCO2の効果は少ないが、環境を破壊する心配がないことがメリットで、経済性を考慮し、実用化が可能かを検証するという。沈めたブロックにより、海底から上昇流が発生し、海底から栄養分が海面に上昇するため、これを摂取して増えた植物プランクトンがCO2を吸収する仕組みで、スピードは遅いが、エコロジカルなシステムである。プランクトンは死ぬとCO2を蓄えたまま海底に沈殿するので、温暖化防止につながるという。植物プランクトンは、地上の緑色植物と同様に、太陽エネルギーからの負のエントロピーを葉緑体により直接的に利用し、CO2と水を用いて、第1段階で水素と酸素を発生し、第2段階で水と炭水化物やタンパク質のような高エネルギーの有機化合物を合成する働きである光合成をする。この時にCO2を吸収するので、生きているあいだの光合成では温暖化ガスは発生しない。また、この時に吸収したCO2は、水と炭水化物やタンパク質として固定され、燃焼しても、元に戻るだけで、差し引きすると新たに外部にCO2は発生しないことになる。また、地球システムのCO2が不足すると、光合成はそれ以上継続せず、淘汰されるようになっている。すなわち、生態系のシステムの特徴である、生きている間だけ、境界を通り物質もエネルギーも出入りできる「開いた系」のシステムであり、それ以外の「閉じた系」のシステムと異なり、正のエントロピーが増加する方向にのみ変化が進行する事はない。
Jun 4, 2007
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6月2日の日経新聞によれば、官庁など国有財産の有効活用ということで、財務省の有識者会議がまとめる最終報告の概要が明らかになり、東京霞ヶ関の省庁の高層化と同居を進め、600箇所を超える地方の公務員宿舎も売却し、一連の取り組みで1兆5000億円の収入確保をめざすという。ここで疑問に思われるのは、以下の様な点であろう。実行に移す前に、国民的議論が必要なのではないだろうか。1)都市の原風景を破壊するような無計画な都市再開発を全国的に助長するのではないか2)財務省の有識者会議に都市や建築の専門家や市民の声は反映されているのか3)人口減少の社会における都市の人口分布と局部的な再開発との有機的な関連性を考慮しているのか4)日本の都市には歴史的景観を構成するような質の高い建築文化は存在しないのか5)該当する敷地内の事ばかり考えていて周辺に形成される都市空間のことを考えていないのではないか6)地方の公務員宿舎跡地は高層化され新たなリトル東京の分散化を進めるつもりか7)人々の暮らし方とかけ離れた経済優先のみのまちづくりを助長しないか8)ヨーロッパの街は美しいのに、日本の戦後の街が美しくないのはなぜだか考えた事があるのか
Jun 3, 2007
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昔は、自宅で死ぬことが多かったようだが、医療施設と医療制度と医療技術の進歩とともに、終末は病院で迎えるケースが圧倒的に多くなっている現状である。自宅でなくなることを望む高齢者も、最後まで、最良の治療をうけようとすれば、現状では、病院で死を迎える確率が高くなることになる。医療技術のIT化や、医療制度の進化により、在宅療養や在宅医療が可能になれば、病院で死を迎えることを望まない人や、長期入院を望まない人の希望をかなえることが可能になる。医療経費の増大が、国の経済に悪影響を与える様になり、医療制度そのものが、予防医療に代わろうとしている現在では、長期入院による医療費の増大は、まず避けねばならないことになる。従って、短期入院と在宅療養を組み合わせる事になり、通常の病気でも、在宅療養が増加することになる。医療施設においても、施設やスタッフ等のランニングコストのみならず、施設や医療機器等のイニシャルコストのかかり方が、在宅療養の増加により大きく変化することになる。病床における療養型病床の比率が変化することになり、病院建築の機能的構造が変化することになる。病院の経営を支える部門が、入院から外来や検査部門へと変化し、減少する療養型病床のボリュームが、外来まわりや、検査部門の充実にと向かい、中枢施設の耐震構造化と時を同じくして、医療施設や病院建築の改築が行われる可能性が高まってくる。こうした中で、日経新聞によれば、世田谷区では、在宅療養を促進するために、ヘルパーなど介護人材を主婦や団塊世代などから育成することを意図し、医師会と協議をすることになったという。慢性的な症状で長期入院している高齢者が自宅で療養するのに必要な施策や問題点を話し合うという。在宅療養を可能にするには、病院施設の検査・治療・情報部門のIT化の促進とともに、既存住宅へのIT医療技術の導入等が必要であり、電力線通信システムなどの普及発展が必要であろう。電力線に接続される医療機器や家電機器などの利用状況把握のIT情報化と病院の情報システムの一元化により、セントラル・メディカル・システムが可能となるのみならす、家族などによる、遠隔地からの病人の状況把握やコミュニケーションが可能になるのみならず、本人による病状把握とインフォームド・コンセントの充実が可能となることであろう。
Jun 2, 2007
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日経新聞によれば、海水から塩分を取り除き飲料水を作る淡水化技術の開発が進んでいるという。技術の要となる逆浸透膜の性能が向上し、淡水化にかかるコストを大幅に下げる事が可能になった。地球温暖化の影響で、世界各地で水不足に見舞われる危険性が指摘される一方、淡水化技術への期待は高まっていると言う。2005年に稼働を開始した、シンガポールのチュアス地区にありハイフラックス社と東レによるアジア最大級の淡水化施設があるという。逆浸透膜を丸めた束が約1800本並び、海水を送り込む施設で、シンガポールの1日の消費量の水の1割の水を毎日生産できるという。淡水化コストは1立方メートルあたり約60円であり、蒸発法による海水淡水化よりは安く、下水の再利用や河川水や地下水の浄化よりは高い中間に位置するという。世界の水資源は97.5%が海水で、淡水はわずか2.5%であり、海水淡水化は温暖化の影響を乗り切る鍵の一つになりそうだという。それに関連し、このブログに、以前以下の様な記事を書き、安部内閣のホームページの目安箱に投稿していた。Dec 1, 2006日本の技術で淡水を作れ 今日の日経新聞で、地球環境問題で持続可能性を維持するには、総力戦が必要であるとしている。バイオ燃料普及については、日米ともに強化するとしているが、熱帯雨林の生態系はくずれ、国立環境研究所や東京大学などによると、2071年から2100年には、日本の夏の気温4.4度上昇し、熱帯になるという。こうした中で、私たちがしなければならないことは、太陽エネルギーを駆動力とする水と大気の大循環システムによるエントロピーの廃棄循環システムの維持である。地球上の生態系はこの水と大気の大循環システムにより、生命を維持しているのであり、このシステムを人体にたとえれば、淡水資源は、血液のようなものである。森林減少に対抗して植林をするにしても、砂漠化した大地で農業をするにしても、海外から農作物を輸入するために、農作物を生産してもらうにしても、結果としてバイオ燃料を手に入れるためにも、淡水資源がなければ始まらないのである。日本は、イオン交換樹脂の技術で進んでおり、すでに、砂漠の石油大国などに、海水の淡水化システムを提供していると聞くが、その技術を、もっと高度化し、経済的にし、先行的に投資する必要があるだろう。地球環境を維持する、水と大気の大循環システムの血液である、淡水確保技術をあらゆる地球上の水不足地域に貢献できるように、経済的に実用化することが、今日本が環境問題解決に対してできる最大の貢献かもしれないのである。
Jun 1, 2007
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