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この日記も、あと一ヶ月ほどで、一周年を迎えるそうで、一年経つのに、日記の件数が100件ってことは、週2回くらいの更新、ってとこですかね。しかも、最近は、もっとペ-スが落ちてますが、今後も、「書きたいことがあったら書く」という感じでやってこうと思います。この一年、どんなこと書いてきたんだろう、ってことで見てみると、第二回の日記で、「倖田來未にトランス状態」なんてこと、書いてましたね。ちょうど一年前は、3rdアルバムが出た直後で、すっかりハマってます、なんて話をしたわけですが、まだ、このころは、TVで彼女の姿を見かけることは、ほとんどなかったのですね。それが、最近では、すっかり「露出狂(?)」になったようで、週に一度は、というと大げさですが、けっこう人並みに、音楽番組にも出るようになって、逆に、彼女の妹、misono(day after tomorrow)のほうが、露出が少ないくらいで、この一年で、ずいぶん状況が変わったな、という感じであります。確か、去年の年末に、ある音楽祭に出てから、急にTVに出演が増えたようで、それは、まあ、「戦略」ってことなんでしょうが、それにしても、やはり、「きっかけ」というのは、大事で、今まで、何らかの理由で、あるいは、たいした理由もなく、抑えていたものが、ある出来事がきっかけで、開放されて、それ以来、気分的にもふっきれて、やってみると、思いのほか、よかったりして、「なんで、今まで、やらなかったんだろう。今までの時間を損した」ってことは、わりと、あるんではないですかね。「くぅちゃん(倖田來未の愛称)」の場合も、一つのTV番組への出演がきっかけとなって、その後の状況が、すっかり一変したわけですが、その「きっかけ」がなかったら、今の状況は、なかったでしょうし、果たして、その状況が、「気持ちのよいモノなのか」、それとも、「よろしくないモノなのか」さえ、わからなかったと思うのですね。「きっかけ」は、大事にしたいものであります。で、まもなく、その「くぅちゃん」の、4thアルバムがリリ-スされるのですが、これを機に、あなたも、「くぅちゃん」にハマってみませんか?って、ニュ-アルバムの宣伝かい・・・
2005年01月31日
長崎県教育委員会が、県内の小中学生を対象に、「生と死のイメージ」に関する意識調査を実施したそうで、調査によると、「死んだ人は生き返る」と思っている子供は、全体の15・4%にものぼったそうで、しかも、小学生よりも中学生の方が、その割合が高かったらしいですね。ワタクシも、この日記で、生まれ変わりがどうのこうの、って話をしてるので、この調査に、興味を持ったのですが、前に、この日記で採り上げたように、一応、「生き返った」とされる例は、あるらしいのですね。そのときの日記の一部をコピペ↓-------------------------------------------------今から数十年前のある日、インドのある村で、35歳くらいの男性が、落馬事故で亡くなりました。当然、家族は、悲しみに暮れることとなるわけです。そして、それと ほぼ時を同じくして、同じインドの、全く別の場所で、3歳くらいの子供が亡くなりました。幼い子供を失ってしまった両親の悲しみは、計り知れませんが、それが、奇跡の始まりでもありました。 両親が悲しみに打ちひしがれていた その時、なんと、その子供が息を吹き返したのです。当然、両親は、驚き、そして喜ぶわけですが、どうも、その子供が、奇妙なこと言うらしいのです。 「私は、ついさっき、全く別の場所で、落馬事故で死んだ、35歳の○○○○だ」そんなこと言われても、両親は、何のことだか、さっぱりわかりません。ついさっき、自分たちの子供が、目の前で亡くなって、悲しみに暮れていたら、なんと、その子供が、生き返った。大喜びしてたら、その子供が、自分たちの子供じゃなくて、「35歳の○○○○だ」なんて、言い出すわけです・・・-------------------------------------------このケ-スは、「亡くなった人の魂」が、「他の亡くなった人の肉体」に転生した、っていう、ちょっと特殊なケ-スですがね。いずれにしても、「スピリチュアルな世界」では、「肉体と魂は別」で、(この世にいるときは、一体ですが)「肉体は滅びても、魂は生き続ける」ってことなので、その考え方によれば、「生き返る」っていうことは、「一度、肉体を離れた魂が、再び、その肉体に戻ること」ってことになると思うのですね。まあ、大体の場合は、一度、魂が「その肉体」を離れたら、「その同じ肉体」に戻ることはなく、魂だけが、「あの世」に行って、また、宿るべき別の肉体が誕生したとき(母胎に新しい生命が宿ったとき)に、再び、この世に戻って、肉体と一体化するらしいのですがね。それで、我々は、それを何度も繰り返していて、そのことを、「生まれ変わり」とか、「転生」とか言うわけですね。ただ、冒頭で採り上げた、「死んだ人が生き返ると思いますか」という質問自体、あまり「深い意味で」、訊いてるわけではないと思うので、やはり、一般的には、この質問に対する答えは「死んだ人は生き返りません」ってことになるんではないですかね。確かに、「生まれ変わり」や「前世」がある、ってことについては、十分、可能性が考えられるわけですが、少なくとも、「この人生」は、一度きりなわけですから・・・
2005年01月26日
さあ、今、何が起こっていますか?「暗い。」暗い? お母さんのお腹の中かな?「うん、そう」お母さんの声、聞こえるかな?「うん、遠くで聞こえる。なんか、ここ、暗くて狭い」そう? じゃあ、今から10数えると、お母さんのお腹の中から出るよ。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0。はい、今、外に出たよ。明るいでしょ? 「うん。」周りに誰がいるか、わかる?お母さんと、お父さんいるでしょ?「うん。他にもいっぱいいる。」みんなどう? 君が生まれた事を喜んでるでしょ?「うん。うれしそう・・・」よかったね・・・
2005年01月20日
人は、「無意識のうちに、自分の死期を察する」と思われるような場合があるようで、まあ、後から考えると、結果的に、「あのときの言葉が、別れの言葉だったんだ」というように、ある種の「こじつけ」みたいな場合もあるようですが、ワタクシの場合も、非常に身近なケ-スで、そういうようなことがありまして、っていっても、ずいぶん前の話で、しかも、直接「その人」から「別れの言葉」を聞いたわけではないのですがね。聞いたのは、私の母で、「別れの言葉の主」は、父です。まあ、果たして、本当に、「あの言葉」が「別れの言葉」だったのか、わかりませんが。もし、本当に、「無意識のうちに、自分の死期を察した」のであれば、なぜ、そんなことが起こりうるのか。確かに、我々は、この世に生まれてくる前に、「あの世」で、「人生の計画書」なるものを造るらしいのですね。「人生の目標」とか、「何歳くらいまで生きる」とか。ちなみに、ワタクシの場合、「72歳まで生きる」計画らしいです。(って、そんな計画、立てた覚えなんてないんですが。)でも、実際、事故なんかに遭ったりして、その計画どおりに行かない場合もあるらしいのですね。まあ、そこまでは、計画に入れられなかった、ってことなんでしょうけど。で、父の場合、事故で亡くなったわけではないのですが、「ちょっと予想外」に近かったのではないかと思うのですよ。とすると、「計画書」とは違う展開に、本人も戸惑ったのではないかと思うのですが、それでも、「無意識のうちに、自分の死期を察する」ような言動があったということは、我々にも、予知能力がある、ってことなんですかね。ちなみに、父が母に対して、亡くなる前の日に、どんな言葉を言ったかというと、「今までありがとう」に近い(?)ような言葉だったのですが、その「具体的な言葉」については、あえて、ここに書くのはやめておきましょう。もし、亡くなったあとに、「あの世」で、ワタクシの父に、会う機会があれば、直接、本人に訊いてみてください。
2005年01月15日
さて、年が改まったわけですが、今日の日記は、新年らしからぬ、というか、去年の話題を引きづったような内容であります。確か、去年の12月だったと思うのですが、昔、日テレでやってた「特命リサ-チ」が、一夜限り復活したことがあったのですね。まあ、そのときは、その番組に釘付け、って感じでもなく、いろんなチャンネルを見てたので、断片的にしか見てなかったのですが、その中で、「未来を予言をする石」みたいな、不思議な「石」を紹介してたのですよ。どんな石かっていうと、確か、2個1組になってて、その石の所有者だかが、何か質問をすると、その石が、お互いに、「磁石のようにくっついたり」、「くっつかなかったり」、反応することによって、質問に対する答えを教えてくれる、っていうのですね。答えが、「はい」なら「くっついて」、答えが、「いいえ」なら「くっつかない」らしいのですが、見てると、確かに、質問によって、くっついたり、くっつかなかったりするのですね。で、不思議なのは、その、「石の所有者(管理者?)」が、質問しないと、その石は、反応しないのですよ。まあ、確かに、それが、「タネを仕込んでる証拠」という見方も出来なくはないですが、実際に、いくつか、「予言」を行ったのですよ。それで、その中に、早くも結果が出たのがあったのですね。それが、「紅白歌合戦で、どっちが勝つか?」であります。その「予言」を行ったときは、まず、「白組は勝てますか?」という質問をしたのですが、そのときには、石は、くっつかなかったのですね。で、その後、質問を変えて、「紅が勝ちますか?」と訊いたところ、2つの石が、磁石のようにくっついたわけであります。でもって、結果はというと、けっこう、ご存知ない方が多いと思うのですが、ホントに、紅が勝ったのですね。まあ、この場合、「2つに1つ」で、これ以上膨らましようのない質問だったので、これをもって、ホントに、「予言をする石」とは断言できないのですが、まあ、少なくとも、「ワタクシの勘」よりは、アテになりそうですね。ちなみに、全く関係ないのですが、「歌合戦」にしろ、「格闘技」にしろ、「判定決着」というのは、どうも、後味が悪く、すっきりしないものですね・・・
2005年01月04日
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