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義弟の結婚式のために今年は11月下旬に韓国に帰省してきた。今回は、出発のだいぶ前から私も子ども達も体調を崩していて特に子ども達は前の週は連日小児科通い。下の子は中耳炎にまでなっており、耳鼻科通いも。けっこうひどく、鼓膜が破裂して膿が出てしまっていたので、不調で泣いた、泣いた数日前から飲み始めた抗生剤が体に合わず、激しい下痢をしてしまい、衣類を全て汚すほど。当日の手持ちの荷物も多めになり、大量の薬を持って出発。飛行機に乗せるっていうので、かなり心配したが、成田でピタリと下痢も止まり離陸着陸も万事OK、耳も痛がらずにセーフだった。当日夜は仁川のホテルに一泊。夕食は結婚式を控えた義弟夫婦と共にポッサム。うーん、やっぱり韓国。結婚式前夜にあんなに大量のキムチを食すなんて。初対面の若妻はとても感じのいい娘で、よかった。結婚式当日は、やっぱり韓国式のタイムスケジュールだった。私達日本から組はかなり時間の余裕を持って結婚式場に移動して待機していたが義両親を乗せた兄嫁の車は道に迷い、式が始まるギリギリに滑り込むことに…実は私も韓服を義母に着せてもらう約束だったのだが、なんか胸騒ぎがしたために、パパに手伝ってもらいながら自分流でとりあえず着ていって大正解。こんなバタバタの中、誰も私の韓服なんて面倒見ちゃくれなかった。でも、前のながーいリボンの結び方だけは良くわからず、先に到着していた親戚のおばさん連中にやいのやいの言われ、いろんな人が結び直してくれたりもした。お式はさすが都会の式場、私たちよりオシャレに進んだ。しかし、これまた韓風、従業員の動線とお客の動線をうまく取っていない作りのせいでとにかく人がわさわさ、ごみごみ…芋洗い。式では寝てくれていた次男くんがペベックが始まる直前にジュースを欲しがり大泣き。パパがジュースを探し回ってる間は私も言葉がいまいちわからないなりに親戚に付いて回りなんとか居場所を作っていたが、なにせ待ち時間が多からイライラ。結婚式恒例のブッペ(ビュッフェ!?)方式の食事も初参加。着なれない韓服に子連れだから何も食べられなかったけど、雰囲気は堪能。日本にはないワサワサした感じてんこ盛りにされたチャプチェやキムチ、そして、カチコチに冷凍されたお刺身や貝、和洋折衷のありとあらゆる食べ物が所狭しと並んでいて、しかも、それを平皿にこれまたてんこ盛りに盛り付けてモリモリ食べるお客達。お式も厳格さには程遠いが、この食事風景は日本の結婚式の恭しいフルコースの食事に慣れた私にはかなりショッキングで可笑しかった。ま、うちの子もポテトフライやポックンパップ(炒飯)を楽しそうに食べていたからそれはそれで楽しかった。そして、事故は起こった。まぁ、起こるべくして起きた事故。先にも書いたが、お客と従業員の動線がぐっちゃぐちゃの式場。食事していたお客はそこそこの時間で区切られ、時間が来ると入れ替え制のために食事が完全に終わってなくても挨拶が途中でも、部屋から追い出される。だからブッペの出入り口には必然的に人が溜まる。そして、その中を汚れた皿をうず高く積み上げて持ち運んだり台車に汚れ物を載せて運ぶ従業員が右往左往。私が出入り口で挨拶をしていたその時…その従業員と誰かがぶつかったらしく私の韓服のチマの後ろ全面にドバーッと汚れた皿から垂れた汁がかかったのだそれに気付いた周りは飛びのいたが、肝心の従業員は謝らない、拭こうともしない!なんの対処もせずに行こうとしたのだ。それを見たパパ、黙ってなんかいられないとかく、お客様は神様です、の日本のサービスに慣れ親しんでいたパパは式場に足を踏み入れた時からサービスの悪さ、居心地の悪さに不快感を示していた。でも、ウリナラを悪くは言いたくなかったようで「サービスの仕方を知らないだけ」と庇っていたのだが…ついにキレた。「ヤー!」と従業員をひっ捕まえて、文句に説教に今後の交渉。しかし…のれんに腕押しだった謝れというまで謝らないし、式の金額をサービスしとくから、の一点張りで何も対処しようとしない。韓国人ってある意味スゴイやそんなこんなの式が終わった後、仁川の義弟夫婦の新居になぜか招かれ行くことに。しかも、彼らは新婚旅行に旅立ったというのに、お嫁の両親がお出迎え。結婚しても親が強いな~と感じた。珍しいケースだったのかも!?そして、仁川から義弟の車を借りて、これから数日を過ごすパパの田舎へ出発。しかし…これまたしんどい旅に。朝からテンパリ続け、しかも、韓服のアクシデントでキレ、疲労困憊のパパは大の不機嫌になっていたにも関わらず、残念なことに高速道路が大渋滞で進まないときた。そして、その夜、地元で学生時代の友人達が待ち構えていたから大変!約束していた時間までには到底着けない状況なのに、時間は刻々と進む。そして私はといえば、韓服を着替えるスペースを確保できず、私はどろどろの韓服のまま5時間強のドライブを余儀なくされることに。子ども達は渋滞で飽きてくるわ、眠くもなるわ、お腹は空くわ、でひどかった。そして、最悪なのは、私の「今日はやっぱり韓国スタイルならではで時間がグズグズだった」発言のせいでパパが大爆発してしまい、口も聞かない状況になったこと。こっちだって、約束してた韓服の着付けもしてもらえず、式場ではほとんど説明のないままあっちこっち連れ回され、朝ごはんもそこそこだったのに、昼ごはんも抜きでイライラが最高潮。ちょっとぐらい愚痴も言いたくなるわ!と開き直り…。「韓国を侮蔑した言い方はやめてくれ」ときたので私も怒りが収まらない。だって、予定なんか何もなくて、そんでもって、その時その時で動いてオトナなのに全く計画性がないのは本当のことじゃないよ~結局、私がにわか仕込みで謝りを入れたことにさらに腹をたてたパパは全く歩み寄りを見せず、渋滞してんのに、疲れて眠気も差してきてるだろうに一言も話さずに運転を続けたのだった。そして、ようやく渋滞を抜けて到着時間の目安がついた時点でパパから謝りを入れられた。遅いんだよー!!!その夜、9時過ぎになって、子連れ&ドロドロシワシワの韓服で友達の会に合流。面識があったからまだよかったけど、よくわかんない会合に合流して朝からろくなものを食べてなかった私達は夕飯をがっついた。しかし、子どもも食べられるだろうと大して食べたくもない「シーフードドリア」を頼んだら、なんと激辛。なんで、ドリアが辛いんだよ~しかも、タコやらイカやら貝やらがふんだんに使われてはいたけど、それらの素材を釣りにいくところから始めたのかと言いたくなるほど時間がかかってようやく出てきたシーフードドリアだったのだ。生演奏付きの、こ洒落た洋風レストランバーみたいな造りだったのだが、最後の最後で気を抜いたもちろん子どもは水で洗っても食べられない辛さレベルで、夕飯抜き。ごめんよ、子ども達。友達と別れて、実家に着いた時は夜も更けて、子ども私達大人もぐったり。なのに…先に到着していた義姉&義妹家族の大所帯が待ち構えていてそこからお膳にいろいろ並べて酒盛りにお喋り。私はチョルした直後に布団に潜り込みたい気分だったが、ぐっと堪えて頑張った。そして、そこから2泊分は彼らと共に過ごしたたのだった。さて、今回の韓国帰省前半(まだかよ!)の記録はとりあえずここまで。つづく…。
2008年12月09日