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さて、皆さんはどんな結論にたどり着かれたでしょうか?私は、精神力を高めるには「心技体」の一体化を図ることだと思います。「心」には「知情意」があるが、そのバランスが問題です。「知」のバランスが大きな人は、じっくり思考を巡らさないと行動できないので、じっくり考えてから行動します。思いを巡らすことや論理思考が習慣なので、目標から逆算したり中長期的な戦略を組むようなことは得意だが、「情」「意」の人からみると、目に前の問題に対してぐずぐずしていて決定や行動の遅い人、イジイジしている人に見えます。このタイプの方のメリットは、事前にいろいろと検証し、それから行動に移るので、失敗が少ないことです。デイメリットは、いろいろと検討する時間がかかるので、チャンスを逸する事があります。チャンスを逃さないように、下準備の期間を「何時まで」と限定して最初の一歩を踏み出すように心掛けるとよいでしょう。「情」のバランスが大きな人は、感性に優れています。善悪、好き嫌いを瞬時で判定できるので、ひらめきやアイディアの豊富な楽しい人気者が多くアーティストタイプです。ただ、好き嫌いが先にきてしまうので、「意」「知」の人から見ると気分屋、軽薄、感情的なやつに思われがちです。思いついても、それを細かく詰めていくのは苦手な人が多いので、「知」の人とコンビを組むと良いと思います。「意」のバランスが大きな人は、自分の思いを大切にするので、他人に批判されようが反対されようが揺らがない強さをもち、堅い意志をミッションとして自分に課しているところがあります。兄貴、姉御肌の特性をもちピンチの時にも動じないので周囲に頼りにされるが、「知」「情」の人から見ると自分勝手、短気、ガンコなどと思われ煙たがられます。このタイプの方は、最初の一歩を踏み出す時あまり下準備をしないでスタートしがちです。それで、途中でつまずいてあきらめてしまうといったケースが発生します。何かを始める時には、行動する前にある程度の下準備をしてから行動するように心掛けるとよいでしょう。あなたは、どのタイプに属するでしょうか。自分のタイプがわかることによって、最初の一歩を踏み出す時や、それをやり続けるためには、何処に注意をすればよいかが見えてきます。つぎに、思い通りにできる「技」がないと、楽しくなくて長続きもしないし、自信も湧いてこないのでうまくいきません。例えば、ゴルフをやるにしても、思い通りの所に落とす技がなければ面白くもなく長続きしないはずです。あるピアニストが、いくら練習しても上達しなければ長くは続かないし、続けるというのは一つの能力だと言っていました。最後に、体力や気力が弱っていては前向きな決断や続けることは不可能です。体調やバイオリズムにも気をつけることが大切です。思考が人生を作り、感情が運命を作ります。この世は、蒔いた(考えた)通りの花が咲きます。考えたことしか実現しません。 また、人生とは選択の連続で、その選択の積み重ねがあなたの運命を形作っていくが、その選択は自分の感情に左右されます。結局、どのような職業に就けるかはIQ(知の力)に依存するが、その職業において成功するか否かは相手や自分の感情や欲求を理解し適切に対応するEQ(情の力)や、「やるかやらないか」を決める意の力に依存するともいえます。◆この項はこれで一応打ち切りますが(真ん中のエッセンスはしばらくご免なさい)ご意見を戴ければ幸いです
2008.01.31
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少し視点を変えて、会社におけるリーダーの役割と精神力が必要な場面を考えてみたいと思います。リーダーとは、社員(部下)を通して成果を保証する人です。成果を保証するためにはまず、リーダーは進むべき方向を明確に示す必要があります。(IN)次に、社員に「なぜ、いま、そうする必要があるのか」を説得する必要があるます。それを、受けて社員は自ら課題を見つけ、特定解を考え、自らの責任で確実に執念深く実行する必要があります。(中間)その結果、期日までに確実に成果を出す必要があります。(OUT)このIN・中間・OUTにおけるそれぞれの場面で、リーダーはどのような精神力を必要とするのでしょうか?INにおいては、方向性を決断する必要があります。つまり、決断するための精神力が必要になります。中間においては、決めたことを断行するために振り上げた旗を降ろさないことと、社員が確実に成果をだすようにモチベートする必要があります。成功者と失敗者が始めからあるのではなく、途中で諦めた人が脱落し、成功するまで諦めずにやり続けた人が成功者になるだけです。つまり、持続し断行する精神力が必要になります。OUTでは、行動や成果に対する責任があります。いくら権限を委譲しても最後の責任はリーダーにあります。失敗を隠したり、末端の人のせいにすることは絶対に許されません。それには、逃げない精神力が必要になります。だが、この頃の偽装やリコール隠しなどを見ていると情けない経営者ばかりです。その結果、お客様ばかりか社員の信頼も失い会社は崩壊することになる。では、「なぜ、決断できないのか」「なぜ、断行できないのか」「なぜ責任を取れないのか」を考えて下さい。同じ局面であっても、性格によって原因は変わってくるはずです。例えば、「決断できない」のは「先が読めない」「判断できる情報がない」「間違うのが怖い」・・・。さらに「なぜ、先が読めないか」を追求すれば、「情報が少ない」「予測精度が悪い」・・・となるだろうし、さらに「どんな情報が少ないのか」「なぜ、情報が少ないのか」などと掘り下げて下さい。それらを体系化すれば、精神力の問題で片付けるまでもなく、いろんな対応が見えてくるはずです。例えば、「不確実性を払拭する」ために情報収集を徹底するとか、「柔軟性を確保する」ために分散化するとか・・・いろんな方法があります。不確実性には、大きく分けて2種類あるので、分けて考えるとよいでしょう。一つは、天候や地震のように、自分の行為によって状況そのものが変わらないケースです。もう一つは、企業間競争のように相手の出方によって状況が変わりうるが、相手の出方が分からないようなケースです。それぞれについて細かく述べることは省略しますが、自分で考えてみて下さい。すると、分かっていないことが分かるはずです。現代では、ネットで調べれば大概のことは出てきます。でも、そんな薄っぺらな知識で分かったつもりになり、それ以上深く考えなくなるのが現代の最大の欠点です。それでは、人よりも一歩先に出ることは不可能です。知ると言うことの本質は、知れば知るほど「分からない」ということが分かるところにあります。そこまで至れば、自ずとさらに深く考えるようになるはずです。現代の企業間競争は、他社と違う独創性こそが命で、独自のポジションを見つけない限り生き残ることは難しい。それには、深く考えるしかありません。◆続く 朝方は昨日の原稿とダブっていて失礼しました。差し替えましたので宜しく。
2008.01.30
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自分の10%を考える私たちは、つい「政治が悪い」「銀行が悪い」「上司が悪い」「部下が悪い」などと、他人のせいにしがちだが、他者責任論を展開する限り、何も変えることはできません。赤字会社を建て直したある社長は、「私は、物事がそうなったのは、自分が主たる原因であるとの考え方で、常に問題を解決してきました。何が問題かを自分の中に求め、その最良の解決方法を考えて確実に実践するように心がけてきました。自分は正しいのだから相手が変えるべきだと言ってみても、何も解決しません」と語る。ユングも「例え相手の過ちが90%で、あなたの過ちが10%としても、あなたはその90%を考えることからは何も得ることはないでしょう。何故かというと、あなたはそのことをどうすることもできないのですから。ところが、あなた自身の10%からは、とても大事なことを学ぶことができる」と言っている。他人の責任にしている限りは、自分は何も変えなくても良いから楽だが、人には人の考えがあり、人には人の意識があるから、あなたの思うようには動いてくれません。精神力の問題でも同じです。精神的な問題とする限り殆ど解決されないだろうが、思考を深めることで解決される要素が何割かはあります。大切なことは、その思考を深めることで解決する部分に手をつけることです。サントリーの鳥井道夫さんは、人間には大きく分けて次の3タイプがあると言う、「考えて実行するタイプ」「考えないで実行するタイプ」「考えもしないし実行もしないタイプ」何事かを実行すれば金が掛かるが考えだけならタダである。それなら考えてから実行せよ、と。野村監督も「考えないで投げてはいけない、打ってはいけない、走ってはいけない」と言ったが、日本では、上から下まで考える時間が無駄なように思っていて、考えたとしてもせいぜい二つか三つの策が浮かんだら即実行しようとします。それでは他社と似たり寄ったりのことばかりで、はかばかしい効果が期待できないのが普通です。何故なら、直ぐに思い浮かぶアイデアは、既にどこかでやっている常識的なことだからです。もう一つ大切なことは、悩むのは2%の差と割り切ることです。例えば、AとBのどちらにしようと悩むというのは、どちらもあまり差がないということです。つまり、「49対51」の差でだと思うことです。ですから、本来はどちらをとっても同じような結果になるはずです。しかし、私たちは捨てた方を気にして「あちらの方が良かったかな」などと考え、意識や力を集中できないから上手く行かなくなりがちなのです捨てた方はすっぱりと忘れて、採用した方を執念深く、確実にやりきることです。◆続く 写真は縁起の良い「金のなる木」の花です
2008.01.29
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私たち社会人にとっては、長い年月を掛けて修行しても難しい悟りを求めるのではなく、西洋的な思考を深めることで精神力に頼らなくても解決できる比重を高めていくしかありません。悩む暇があったら考えることです。 抽象的なものを、具体化した者が勝ちます。1.精神力が弱い結果、どんな場面で、どんな問題が起きているのか?(精神力が必要な場面、場面で、またその人の正確によって必要な対応は違ってきます。)2.精神力を高めて、どのような結果を求めるのか(どうなりたいのか)?3.その原因を、精神力という言葉を使わずに、具体的に言い換えたらどうなるか?(2の結果を求めるには、精神力以外にどのような要素があるのかを考えるのも良い。)4.その原因を掘り下げてみてください。何が本当の原因と思われます」るか?5.その真因に対して、どのような対応をするか?これだけ考えるだけで、随分と違ってくると思います。夢や目標を決めて何かに取り組んだとしても、最後まで順調に進むことは非常に稀です。誰もが壁に突き当たったり、右せんか左せんかという迷いが生じるものです。そこでどう対応するかで、その人が挫折するか、人間として成長するかが決まります。「智者は困難をハシゴにして上へ登り、愚者は困難をシャベルに使って自分の墓穴を掘る」とは立教大学国際学部の田辺英蔵さんの言葉だが、何かというとできない理由を挙げて愚痴を言ったり、どうしようとただ悩むだけになりがちだが、大切なことは、悩む暇があったらそれを乗り越えるための別の方法を考えることです。まず、「悩みなのか、解決すべき問題なのか」を見極めることです。問題と悩みをなかなか整理できないでいる人は、「どうすればいい」といきなり解決方法を考えてしまう人が多いようです。悩みはいくら考えても解決できないが、問題は必ず解決するものです。悩みか問題かをハッキリさせるには、「これは答えが出るか」それとも「出ないか」とやってみる。「それで、なんなの」と聞いてみるのも良いでしょう。EX 「上司が嫌い」なら、「それで。なんなの」と自問し、「上司に辞めて欲しい」なら自分勝手な言い分で悩みだし、「上司を好きになりたい」なら解決できる問題で、「一日一回はこちらから話し掛けよう」「週に一度はランチに誘ってみよう」などとアクションプランが見えてくるはずです。◆続く
2008.01.28
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東洋(仏教)思想では、瞑想によって直観的に悟知しようとします。なぜ動物は悩まないのに、人間だけが悩むのか? それは人間が言葉を使って良くない知識を修得し、悪いことを考えるからである。言葉そのものは決して悪くはないが、人間が言葉を使って良くないことを考えるから悩むのである。ゆえに、言葉を使わない人間以外のもの、すなわち人に弗(あら)ざるものは佛となって悩むことはない。人間でも、幼児は言葉が喋れないから悩むことはない。ゆえに、無になって自然の摂理に適応することを説きます。学問は日ごとに知識を増していくのにはよいが、道(悟)を求めるには日ごとに知識を減らしてゆくのがよい。ついに何もない状態になって、はじめて直観が働き悟りが開かれる(無用の用)とあります。無門関(宋代の禅書)にも次のようにあります。言無展事 言葉は事実を伝えない語不投機 語句は心の真実を具現しない承言者喪 言葉に執着する者は真実を見失い滞句者迷 語句にこだわる者は迷う一方、西洋(キリスト教)思想では、思索によって論理的に究明し、正確に理解しようとします。聖書に「タート(大初=ハジメ)にロゴス(言葉)ありき」とあるが、それは次のようなことを意味します。人間が悩むのは知識が足りないからである。故に、人間が悩まないためには、自らの努力で知識を修得し、全知全能の神に近づかなければならない。その知識は言葉のことであるから、人間はこの言葉を使って知識を修得してはじめて神に近づくことができる。故に、人間が悩まないためには、自らの努力で知識を修得し神に近づくことである。だから、西洋では論理思考が尊ばれ科学が発達しました。でも、どちらも一面的すぎると思います。陰陽道では、太陽と月、光と影、男と女などのように、すべては陰と陽によって成り立っていると説きます。例えば、人間は外面的には男女の両極に別れているが、内面的には完全に一体であり、男女は同じ人類の二つの側面に過ぎないといいます。ある意味では、西洋思想は男性的、左脳的であり、東洋思想は女性的、右脳的であるといえます。発想においても、左脳と右脳のバランスが大切なように、 「悩み」に対処する方法も、西洋的アプローチすべき側面と東洋的にアプローチすべき2面性があると思います。とくに、東洋的な悟りを目指すのは凡人には難しく不可能と言えます。私たちに大切なことは、西洋的な論理性を追求することで曖昧さを少なくし、精神力に頼る側面を少なくすることこそ肝要かと思います。◆続く
2008.01.27
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ところで、精神力とは何でしょうか?広辞苑を引くと、「精神力」とは「知性的、理性的な能動的・目的意識的な心の動きの強さ。根気、気力」とあります。ネットで「精神力」とか「精神力強化」を引いてみたらこんな結果になりました。・「決められない」 原因「度胸がない」・「成果が上がらない(勝てない等)」 原因「集中力がない(焦り・苦手意識)」・「本来の力が出ない(本番に弱い)」 原因「プレッシャーに弱い(パニック)」・「1つのことが持続しない」 原因「根性がない(根気がない)」・「落ち込む」 原因「マイナス思考」強化方法としては・自信を持つ ・実力をつける ・気持ちを早く切り替える ・漠然とした不安を持たない ・プラス思考の仲間を持つ・よい相談相手を持つ ・自主性や自発性を持つ・自己コントロール ・責任感を持つ・集中する ・厳しければ厳しいほど燃えるようにする ・結果にとらわれずにベストを尽くす ・最大限に楽しむ・負けても終わりと思わない ・よく休む・体力をつける ・極限に追い込む・座禅を組む ・ヨガをやる・呼吸法を身につける ・武道で鍛える・行(滝・禊ぎ・山伏など) ・地獄の特訓心には「知情意」の3要素があり、脳の体積は「知」を司る部分が体積の60%、「情」が35%、「意」が5%です。方法論の多くは単なる心がけや東洋思想(明日解説)に基づいたもので、つまり「情と意」だけで「知」の要素がありません。さあ皆さん、こんなことであなた自身が精神力を高めることができると思いますか?◆続く
2008.01.26
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また、スポーツ選手だけでなく、いろんな場合に本番になると普段の力が発揮できない人もよくいます。適度の緊張は良い結果を生むことが多いが、緊張が過ぎると一種のパニックに陥って体も心もバラバラになってしまい、体が思うように動かなかったり、言いたいことが言えなくなったりすることがよくあります。そんな場合も私たちは「精神力が弱くて普段の力が出なかった」と言いがちだが、これは医学的には自律神経のコントロールの問題です。これは、精神力の問題ではなく、真の実力がついていないからだと思います。練習での力を本番でも100%確実に発揮できるようにするには、練習に練習を重ねて「自分はこれだけやったのだからできないはずがない。絶対にできる」という信念を創り出すことです。あとは、場数を踏んで確信まで高めるしかありません。 あるスポーツの専門家は「知識や練習だけでは、精神的な強さを身につけることは困難です。精神的な強さをつけるためには、試合に出場することで経験を積むことが大事です。実戦で失敗したことを反省して改め、新たに発見したことをトレーニングすることで、精神をコントロールできるようにすることだ」と言っています。私の講演などでも同じで、準備を徹底的にするようにしています。今回なんて、ボランティアだが90分の講演に1ヶ月もかけています。◆明日に続く
2008.01.25
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昨年末、「精神力を高める」という講演テーマを戴いてから1ヶ月ばかり随分と知的好奇心を楽しませてもらった。一度も話したこともなければ、真っ正面から取り組んだこともないテーマだが、話しているうちに興味が湧きアウトラインも浮かんできた。それを、すぐさまパワーポイント数枚に打ち込んだ。すると、次々とアイデアが膨らんでいき、スポーツの世界から瞑想や禅、古来の各種行の世界、心理学や天風哲学、志や使命感、不確実性への対応などへと思いが飛び、思いつく毎にイメージを図にしていたらスライドが30枚を超えてきた。ほぼ結論が見えたと思っていたら、古本市で何気なく100円で買った600ページ近い大著『宇宙の意思』(人は、何処より来たりて、何処へ去るか)をめくっていたら、京大農学部教授が死生観を東洋(仏教)哲学と西洋(キリスト教)哲学の比較、宗教や生物学、医学、文学、芸術などと大局的にとらえていて、そこからまた禅の十牛図や脳科学の世界へと私を誘ってくれた。情報とは面白いもので、何か関心事があると、いつも情報の方から次々と飛び込んできます。結局、キリスト教思想と仏教思想を陰陽道の思想で融合させればいいということに行き着いた???面白い話になりそうだが、イントロと結論だけを披露させて頂くことにします。日本ではスポーツ選手や指導者がよく「精神力が足らんから負けるんだ、ミスするんだ、もっと気合いを入れろ」とか「精神力で勝ちました」などと精神力という言葉を使います。例えば、アニマル浜口さんの「気合いだ」や猪木の平手打ちなんか有名だが、この間世界野球で初戦をモノにした田淵ヘッドコーチは「こんなときは技術じゃないんだ。ガッツ、気合だ、気合!」と興奮気味にまくしたてていました。確かに、「火事場のバカ力」というのはあります。無意識のうちに脳のリミッターが筋繊維に抑制を掛けて(5,60%に抑えている)安全性を守っているのですが、かけ声などでリミッターが外れると100%の力を発揮します。ですから、普段の倍前後の力が出ることになります。では、精神活動にもリミッターのようなものがあるか?マズローの欲求段階説によれば、食欲に続いて根源的な欲求に安全欲求や社会的欲求、自我欲求などがあります。人間には「安全でありたい・安定したい・楽をしたい・認められたい」などという無意識の欲求があり、ある意味ではリミッターが働いて、それらの欲求を危険に陥れる決断や断行を躊躇させ、責任を取ることを避けるのだと思います。バブル処理を先延ばしして銀行が危うくなったのも、この頃の偽装表示で責任を下に押しつけるのも、みな自分の地位や名声を失いたくないという現れです。◆続く
2008.01.24
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ミシュランが日本の観光地まで星評価をしているが、日本人の評価との差もあり興味が深い。朝日新聞のアスパラ会員が選んだ順位は次の通りです。清水寺(ダントツの1位)・金閣寺・法隆寺・東大寺・銀閣寺・三十三間堂・平等院・竜安寺・桂離宮・比叡山延暦寺このうち、延暦寺は星一つ、平等院は星二つでした。以前にも他人の評価に踊らされる愚や安心価格の話を書いたが、これも現代人の安心を求める意識が裏にあるのでしょうか?でも、人生って失敗があるから面白いと思うし、人間は失敗から学んでいくことが多いと思います。何気なく入ったお店や何気なく迷い込んだ見知らぬ街で思わぬもうけものをする、それが人生に彩りを添え、感動を味わい、命が輝きを増すと思うのですがね。私には、安全が保証された人生なんてつまらない。昨日から雪の降った所も多いようですが、窓から見る嵐山も今年一番の白さです。二番目評価の金閣寺もうっすらと雪景色です。
2008.01.21
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今日の嵐山は、窓から見ると頂の方が少し白くなっています。時折、風花も舞っています。ところで、信州の友人のすい臓の痕跡が消えてしまったと言うことです。昨年は、この秋を越せるかと心配し、二人で思い出の上高地にも泊まりました。そのときは、2,3百メートルも歩くと辛そうで、11月の検診は辛い結果になるだろうなと話していました。ところが、11月の検診では痕跡が消えてしまったと言うのです。先日のメールでも、この春だけでなく、もう幾く春も楽しめそうだとありました。江戸時代の『生生堂雑記』にも、こんな話が載っています。昔、落陽に一人の病人がいた。長いこと、いろんな医者に治療を受けたのに、少しも良くならない。それどころか、医者を替えるたびにますます体の具合がおかしくなっていった。そんなにして13年も経つうちに、病人は薬を飲むのがつくづく嫌になり、あるとき勝手に薬をやめてしまった。すると、かえって体の具合が良くなり、長年の病気が2ヶ月ばかりですっかりよくなった。その病人が言うには、「班固という人が、『病気になっても薬を飲まなければ、まともな医者にかかったのと同じことだ』と言っているが、まったく本当だね」と。そもそも、病気というものは、100人のうち8,90人は自然に治るものだ。だからこそ、医者はもっともらしい顔をして商売ができるのだ。軽い病気を重くしてしまう医者がいなくなれば、天下の病人の八割は減るだろう・・・。毎食後に幾種類もの薬を飲んでいる人をよく見かけるが、すでに江戸時代に医原病を見抜いていたように、現代でもそっくり通用するのではないかと思われてきます。
2008.01.17
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トム・ソーヤの話には色々と反応がありました。誰もが見ているものを見て、そこから何を得るかはその人の感性に左右されます。そこで、もう一つ紹介します。ある日、トムは母の言いつけに背いて薪拾いをしなかった。そこで父が息子に言った。「トム、お母さんのためにお前は喜んで薪を拾ってこれるはずだ」と。それを聞いて、トムはすぐに薪拾いに出かけました。(『トムソーヤの冒険』より)では、「トム、お前は今朝お母さんに反抗したな。情け無いじゃないか。さあ、今すぐ薪を集めてこい」と言ったらどうでしょうか?恐らく、トムはますます反抗して、決して薪拾いに出掛けないでしょう。何気ないことから何かを得るか、何も感じないか。それによって、できる人とそうでない人の差がつくと思います。この間のTVの「うん」と「深く感じる」か、その差は何から生まれるのでしょうか?それを考えてみて下さい。
2008.01.10
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8日のテレビ放送、私が言いたいことと少しずれていたが、伸介さんのような解釈もあるのですね。つまらない仕事も、面白いと思わせたり、価値がある(技術が必要で誰にでもできるものでない)と思わせることによって、人はやり甲斐を感じるようになるというのが言いたいことでした。ですから、管理者は、仕事を面白く演出したり、仕事の意義や価値を感じるように演出することが大切だと言いたかったのですが。仕事の成果は、やる気のあるなしによって大きく左右されます。また、この頃の若者は「やり甲斐がない」と言って3年以内に転職してしまう人が多い。だが、万人がやり甲斐を感じる仕事だけで会社は成り立っているわけではなく、多くの仕事は表面的にはつまらないと思える下積みの仕事で成り立っています。だから、そんな仕事にやり甲斐感を持たせることはとても大切なことです。人がやる気を出すのは、「楽しい」「認められる」「成長する」という要素があるときだと思います。トム・ソーヤの話には、その要素が盛り込まれています。罰にペンキ塗りという仕事を与えられたトムが、いかにもペンキ塗りが面白くて楽しいふりをすることで、村の子供たちが自分もその仕事にありつきたいと思い、大切にしている宝物を差し出します。でも、すぐに与えるのではなく、ペンキ塗りには技術が必要で名誉ある仕事だから誰にでもやらせていい仕事ではないと思わせることで、もうやりたくてたまらなくさせ、自分の宝物を総て差し出してでもやらせて欲しいと頼む。つまり、認められるという要素を盛り込みます。この話にはないが、技術にランク付けをする基準を盛り込めば、成長するという要素が加わり完璧です。どうです、仕事を与える管理職の皆さん、トムのように部下をやる気にさせる工夫をしてみませんか。その前提として、「会社へ来るのが楽しい」という要素が大切ですが。いまの会社、それが欠けていますね。
2008.01.08
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ある方の1年ほども前のブログで、次のような記事を見つけました。嬉しい限りです。なお、この「おすそわけ」シリーズ2冊目の本から採った題材が明日日本テレビで放映されます。今、ようやく読める『「いい話」のおすそわけ』10年程前、関西の某所(忘れてしまった)で開かれた異業種交流会に誘われて参加をした。そのとき、出席されていたコンサルタントの方から『「いい話」のおすそわけ』(三笠書房)という自著をいただき、その場でサインもいただいた。「生きるヒント、仕事の知恵がつくクスリ」と副題にあるとおり、著者の太田典生氏が本や経験から集められた話がたっぷりとつまっている。いただいた当初、読んではみたものの、するすると流すようにしか読めなかったが、今になってひとつひとつの話が「なるほど、なるほど」と読める。本棚を整理していたときにひょっこりと出てきた一冊だが、私が書いたものですが、よろしければ受け取っていただけませんか、と控えめに差し出されたときの光景だけは覚えている。今から半世紀以上も前、日本は未曾有の苦しみの中から立ち上がり、戦勝国であるアメリカの合理的な考えを導入した。スピード重視、効率化のもと奇跡的な経済発展を遂げた日本であるが、反面、人までも規格品、規格外品と選別してしまい、昨今のいじめによる小・中学生のいじめによる自殺を流行化させる国に変貌してしまった。そして、有名大学への合格率競争という効率化から履修科目飛ばしを生み出した高校の現実。それらの事件の陰で自らの命を絶つ校長先生たち。自らの命を粗末にする先生は生徒に対しての責任を感じてのことだと思うが、命を大事にすること、責任解決をする姿をみせてこそ教師なのではと思う。太田氏の著書の中で一貫しているのは、「人」を育てるということである。成果をあげる、効率をあげることも大事ではあるが、「人」を育てるということが大事という言葉がいくつもいくつも詰まっているこの一冊をいただいて感謝しています。◆西院春日神社の七草がゆです 年末年始のお酒で痛めた胃には優しいですかね
2008.01.07
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下記番組で、拙著『毎朝1話出勤前に読む本』からトム・ソーヤの話が紹介されることになっています。日本テレビ系列(関西読売テレビ)『人生が変わる1分間の深イイ話』 1月8日22:00~23:09VTRを見た後に、その話が「深イイ話」か否かをゲストがジャッジする。リンゴに関する話や深海にすむ生物の進化に関する話、リカちゃんとお話ができるリカちゃん電話の誕生にまつわる話、南極観測隊の話、若槻千夏の女の子なら分かってくれる話、片山晋呉からはジャック・ニクラウスの話、アフリカのサバンナにすむ野生動物に関する話などが登場する。キャストは、島田紳助、羽鳥慎一アナウンサー。ゲストは伊集院光、ウド鈴木、草野満代、つるの剛士、徳井義実、羽野晶紀ら。お時間がありましたらご覧下さい
2008.01.06
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愚者というのは、生涯常に不満を持っている人で、死ぬまでこと足り充足感を得ることがありません。それぞれの時点で、相対的な豊かさではなく、自分の満足を早く見つけた人が賢者です。それで人生が終われば、非常に豊かな人生だと思いませんか?それと、自分にとって都合のよいことを前提に置かず、この世は苦(自分の思うままにならないこと)と思い定めて、たまにくるよいことを楽しむことです。例えば、朝起きてお天気だったら気分がすっきりします。しかし、どんよりと曇りだと「なんだ、今日にかぎって天気悪いな」とぼやいてしまいます。そもそも天気というのは「良い天気」というものが前提にあるから、残念に思うのでしょう。天気は雨、嵐、強風、雪あっての天気なのです。人生もそうです。苦があるからこそ、たまに良いことがあると嬉しく感じられるのです。神社でのお願いも「今年はいいことがありますように・・・」ではなくて、「今年はいいこともありますように・・・」とお願いした方が気が楽ですね。
2008.01.05
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皆様は初詣にお出かけになりましたか?年末に紹介した子の狛犬が居る大豊神社(哲学の道沿い)は、例年は近所の方1千人ばかりの参拝者しかないが、今年は行列ができて大変だったようです。あなたはどんなお願いをしましたか?鎌倉時代、時の幕府の執権が夢を見た。神様が夢に出てきて、「青砥左衛門尉藤綱に加増してやれ」と告げられ、早速、執権は藤綱への加増を命じた。だが、藤綱は断った。「どうして」と訝る人々に、彼は「手柄があって加増されるのであれば、それは嬉しい。だが執権が夢見て、それで加増されるのであれば、今度は執権が『藤綱の首をはねろ』という夢を見られたら、自分は首をはねられることになる。そうなっては大変だから、お断り申し上げたのだ」と説明した。話が逆で、「神のお告げで藤綱の首をはねろ」と言うのなら、大抵の人はおかしいと思って反対するだろう。ところが、おいしい話だとそうは思わない。まことに自分勝手なものです。多くの詐欺事件も同じです。先に美味しい話があるから、皆だまされるのです。神様に御利益を願う人は、ここのところをしっかりと覚えておくべきです。いわれのない御利益を授けてくれる神様は、またいわれのない不幸も授ける神様なのです。世間でいわれのないおいしい話に出会ったら、眉に唾して、後の悪い結果を想像してみることが大切です。世の中に、いわれのないおいしい話などあるわけがありません。日だまりでぬくぬくと独り酒今年はどんな年になるやら◆干菓子の干支でもいかが
2008.01.04
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正月早々 北アで雪崩にあって亡くなった方がみえるが、ほんの少しの隙間が生死を分けたようです。長瀬さんは、枕元にあった荷物のお陰で空間ができて右手が動かせたので、テントのファスナーを回し開けると外側の布地がみえた。布地をたぐり寄せて歯で破り、腕を回しながら雪をかき分け救助を待った。鈴木さんは横向きに寝ていて、テントの下敷きになった瞬間にVの字に曲がっていた腕にスッポリと頭が入った。その上には雪の重みで潰れたテントの支柱があり、そこに息をするスペースがたまたまできた。一方、同じテントで寝ていた友人2人は、いずれもテントが顔に巻き付いて窒息死した。このように、運・不運は紙一重といえます。だから、少しでもよい運にあやかりたいものと、この正月も神社がにぎわっています。あなたは、どんなお願いをしましたか?お参りする人たちのお願いは、お金が欲しい、良い人と結婚したい、よい学校へ入りたい、病気を治してほしい・・・、とまことに多岐です。でも、これはみんな結論です。これだけ様々な細々としたお願いをされたら、神様だってどうしたらいいかわからないはずです。昔の人は「総てのものをして、そのものがあるべきところにあらし給え」と、一番元のところは神様にお願いしたが、それが本当の祈りの言葉だと出羽山神社の権禰宜は言う。「あるべきところにある」とは、例えば火のあるべき所はかまどの下です。火がここにあるときは、イキイキと燃え上がれば燃え上がるほど人々に喜ばれます。ところが、火が屋根の上にあれば、本来あるべき所のものではないからすぐに水をかけて消します。人間だって同じことで、その人が本来いるべきところで、やるべき仕事を精一杯やっていれば、人々に喜ばれ、自分自身もイキイキと働けて、つまりは充実した人生を送れるはずです。そして、おそらくは金の問題も良い方へと展開していくはずです。その本来いるべきところ、この世で本来果たすべき役割、仕事を見つけることが問題なのだが、それがなかなかわからないから、それを神様にお願いするのがお参りの本筋です。
2008.01.03
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2日は事始めで、初夢も2日の晩という説が大勢のようですね。室町時代ごろから、良い夢を見るには、七福神の乗った宝船の絵に「永き世の遠(とお)の眠(ねぶ)りの皆目覚め 波乗り船の音の良きかな」という回文の歌を書いたものを枕の下に入れて眠ると良いとされています。これでも悪い夢を見た時は、翌朝、宝船の絵を川に流して縁起直しをするとよいそうです。初夢に見ると縁起が良いものとして「一富士(ふじ)、二鷹(たか)、三茄子(なすび)」というが、この三つの組み合わせは江戸時代初期にはすでにあったそうだが、その起源については諸説あります。駿河国での高いものの順。富士山、愛鷹山、初物のなすの値段 富士山、鷹狩り、初物のなすを徳川家康が好んだことから 富士は日本一の山、鷹は賢くて強い鳥、なすは事を「成す」 富士は「無事」、鷹は「高い」、なすは事を「成す」という掛け言葉 将来に夢の持ちにくい時代(環境問題、食料や資源の枯骨、ワーキングプアの増加、年金問題など)だと言われていますが、自分なりのでっかい夢を遙か彼方に掲げて、ドン・キホーテのようにまっしぐらに突き進みたいものです。さて、今晩はどんな夢を見ますやら。◆今日は富士も快晴です(昨日と同じアングル)富士ライブカメラ http://www.fujigoko.tv/live/list.html
2008.01.02
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4時に起きて4日ぶりにお屠蘇で乾杯です。腹に染み渡ります。おせちをほんの少し食べただけなのにお腹がはって苦しく、昨日までの爽やかさが嘘のようです。今年は、少欲知足の気持ちを大切にしていきたいと思います。腹ごなしに野々宮神社に初参りに行ってきましたが、京都も今日は氷点下で、ご接待の御神酒の杯が凍り付いていました。60才から後5年の命と思って生きていますが、5年更新をした2期目も忠臣蔵討ち入りの日をもって3年目に入りました。この1年も、私が学んできたものを若い人たちに伝えられたらと思っています。それがまた、私がイキイキと生きられる命の源かと思えます。
2008.01.01
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精進湖「抱き富士」の日の出時の写真です
2008.01.01
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「人間はこの世に(客として)やってきたと思えば、苦労はないものだ。満足できる食事が出されたら、それを「ごちそうさま」といただけばよいのだし、満足できないときであっても、自分は客であるのだから、これをほめて食べなければならない。夏の暑さも冬の寒さも、客であるのだからじっと耐えなければならない。子供や孫、兄弟たちも、自分と一緒にやってきた相客であると思って仲良く暮らし、心を残さずにさらりと辞去せねばならない」と沢庵和尚の『結縄集』にあります。客としてこの世に来たと思えば、少々の嫌なことも我慢できるし、そうそう好き嫌いも言っていられないし、何事も程々にしないといけないと思えてくるはずです。醜いものの中に美しさを 卑しいことの中に尊さを乏しい暮らしの中にも豊かさを まずいもののなかにも美味しさを苦しいことの中にも楽しさを ニッコリ笑って発見しよう和やかな顔や優しい微笑みは、お金や品物がなければできないものではありません。その気になれば、誰でも、いつでも、どこでもできることです。そのことが、とれだけ人の心を和らげ、周囲を明るくすることでしょう。特にお母さんは、子供たちが帰って来たときには笑顔で迎えてあげてください。◆あけましておめでとうございます。今年も前向きで明るい話題の種を蒔いていきたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。なお、断食があけましたがウエストが3センチ縮まりました。かなり胃腸が拡大していたようですね。今年1年、このウエストを維持するようお酒を少し控えようかと思っています。
2008.01.01
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