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これは一昨年の桜。今年はまだ2分咲き程度でした。きのう、大阪の桜の名所に行ってきました。といっても、事務所のすぐ近くですから、“散歩”程度の感覚ですが。打ち合せを終えた同居人が事務所に来たので、ビールとつまみを買い込んで、お花見です。桜にも体力の差や目立ちたがりか否かの差があるのか、結構花を開かせている木があります。取り立てて陽光が当たる場所にあるわけでもなく、植樹された時期が違うわけでもないのに、華やかな雰囲気をたたえた木がポツン、ポツンとあります。そんな木の見えるベンチに腰をおろし、ビールを飲みながら桜を愛でました。昨年は、仕事の日程が合わず、花見ができませんでした。「今年は花見ができてよかったね」「来年も花見、できるかな」そんな会話をしながら桜を見ていると、何とも言えず幸せな気持ちになりました。“桜が美しい”と感じられるのは、健康で、平和で、家族も元気で、生活に余り心配がなく、時間に余裕がある、という基本的な条件がそろっているという証拠で、それが本当の幸福なのだと感じたからです。輝いていた太陽が雲に隠れ、少し寒くなってきたので、花見はわずか30分程度で終了しましたが、久々にほのぼのとしたひとときでした。1月3日に出勤して以来、無休で仕事に追われている現実をしばし忘れ、おいしいビールが飲めました。今週末も出勤です。少し時間がとれたら、また散歩がてら……、無理かな。
2007.03.30
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その11【訪問者の悪戯】うちの中に霊の道(霊道)がとおっているのか、家に問題があるのかはわからないが、午前4時にやってきた親子4人は、その日から我が家に棲みついた。それがわかったのは、4人がやってきた日の朝、リビングでテレビを見ていたときのことだ。〈ドスン、ドスン〉背後で物音がする。最初は気のせいか、階下の住民が出した音だと思っていた。しかし、何度目かのとき、体に振動も伝わってきた。子どもがソファーから飛び降りたときのような音と振動だった。「うるさいなぁ! 静かにしなさい!」音はピタッとやんだ。そのときは言うことを聞くが、昼となく、夜となく、ドスン、ドスンを繰り返す。4人一家の2人の子どもだろう。我が家には遊び道具がないから、致し方ないか、と諦めた。一家がやってきてから、ラップ現象が頻繁が起こったが、それは我慢ができた。夜よりはむしろ日中の方が多いし、S/N比のごとく、Sが大きい環境ではさほど気にならない。しかし、ある日、我慢の限界に近いような悪戯をやらかした。同居人が酒に酔っぱらって、変な体勢でベッドに寝込んでしまったので、私の寝るスペースがなく、致し方なく自分の部屋に布団を敷いて寝ていた。眠ってから1時間以上たっていたと思う。物音がして目が覚めた。部屋からLDKを見ると、冷蔵庫の前に同居人がいる。しかし、おかしいことに、パンツ一丁である。眠っている姿を見たときは、スゥエットを着ていた。わずかに“おかしい”と思いながらも「◯◯さん(同居人の名前)」と呼びかけた。すると、1拍置いて、冷蔵庫の前の人物が振り返った。「ムジナ……」そう、のっぺらぼうだったのだ。これはきっと、同居人ではないと思い、無視して後ろを向いた。するとムジナはこちらに歩いてきて、私の布団の中に入った。ぞっとすると同時に、負けてはいけないという思いがわき起こった。ムジナは後ろから私の肩をつかんだ。「やめて! うっとうしいなぁ」と言いながら、肩にかかった手をつかんだ。つかみ方が悪く、私の親指が相手の親指にかかり、グチャッとひっしゃげた、と同時に、「ボキボキ」という音がした。ゾッとした。「エッチ! あっち、行って!!!」そう声を出すと、背後のムジナはすうーっと布団から出た。振り返ったが、姿は見えなかった。少し心配になって、同居人の部屋に行った。同居人は、緩んだ顔で眠り、いびきをかいていた。何もなくてよかったと思うと同時に、布団に入ることはやめ、リビングで、暗い中で過ごした。そうすれば、再びムジナが出現するかもしれないと思ったからだ。そうすれば、大声で叱って、改心させようと思った。しかし、その日はそれ以上のことは起こらず、私はリビングで眠ることになった。どうして一家がいついてしまったのかを不審には思ったが、実際の理由を知るまで、まるでそうとは予想もしなかった。一家に申し訳ないと思い至るようなその理由を知るまでは。
2007.03.28
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春休みということなのか、通勤電車の中でスポーツ部に属する学生たちによく遭遇する。そこで、幻滅する事態に出くわすことが多くなった。個人的な妄想かもしれないのだが、スポーツをたしなむ人間には、道徳心や倫理観、儒教的観念が備わっていると思い込んでいた。そう思った私が悪かったのかもしれない。通勤時間帯で混雑する電車に大勢で乗り込んでくる。急がないなら、分けて乗車してもいいのに、と思う。試合の後だからか、皆、汗臭い(我々の時代は制服に着替えたが、いまの学生はスポーツウェアのまま乗り込んでくる)。それだけでもかなり迷惑なのだが、大勢で乗り込んだ挙げ句、ドア付近にエンジンを組み、荷物を中心にして大きな声で話し始める。内容は、ごく内輪の、周囲にとっては迷惑な話でしかない。「●●先輩って、男の子より女の子に人気があるよね~」(女子学生同士の会話。きっと、男の子にもてない女子の先輩の話なんだなぁと思うが、そんなことを公に公表された先輩は、個人情報をさらけ出されたことになりはしないかと心配する)。最も考え直さなければならないのは、「スポーツ」と「公衆道徳」のあり方である。スポーツをたしなむ者なら、先輩からきつく躾けられた道徳が身についているし、それは「公衆道徳」のベースになっているはずである。しかし、最近のアスリート(年齢や立場に関係なく、スポーツ全般の)には、“格好”を規定する指針のようなものが全くないのだと思う。アスリートには、「格好悪い」と思う基準が多数ある。“勝負する相手を中傷する”“大袈裟なパフォーマンスで相手をバカにする”といった、一昔前にはなかった手法で相手を攻撃することは、日本では「恥ずべき行為」だったはずである。「きれいな勝負」を心がける本物の「アスリート」にとっては、電車の中で展開される、傍若無人なスポーツ選手のあるべからざる行為を受け入れるはずはないのであって、それに対して感じるストレスは相当なもののはずである。しかし、現状のそれを注意する人間もなく、注意されるべき人間がそれに気づかぬまま、生涯を過ごしてしまうといういまの世の中のシステムをよくご理解の上、世の中の仕組みを確認していただきたいと思う。・・・・・・・・・昨日、ここまで書いたようだが、全く記憶がない。よほど腹が立っていたのだと思うが、自分でも意味がわからないような展開になっていて、驚くばかりである。少しお酒を控えねば。お酒を飲んでグチッたり、怒ったりするような人間ではなかったのに……。寄る年波……、いけない。年のせいにするのは逃げだ。改めよう。
2007.03.26
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「こちづ」さんのブログに堀江モンのことで過激な意見を書いたら、「新しい価値観を呈示した」だの「目指すものが違う」だのと、彼を擁護する発言をされた方がいたので、この際(どの際かわからないが)、彼の何が非難されるべきかをはっきりさせておきたいと思う。●彼がやろうとしたこと私腹を肥やすためだけに動いたことは明白である。逮捕される直前の株主総会では、涙まで流して株主のキツい質問に答えていた。しかし、やはり、やったことは“金を儲ける”ということ、しかも“自分の”であることは証明された。上場した理由も、「金が集まる」という一点に過ぎず、集まった金は、技術やモノとして社会に還元することなく、「金が金を生む」という金融ワールドに展開されるのみだった。企業買収も、球団買収も、株価を上げるための画策であり、本当に当該の企業の発展を考えたわけでも、近鉄ファンの気持ちを代弁するものでもなかった。自社の価値を高め、投資家を集め、株の価格を上げ、自分の持ち株の資産価値を高めるためだけにマスコミを利用し、労力を費やした。●実態空虚な企業の経営者であるという事実彼は経営者である。企業の存在価値は、収益と引き換えに、「社会を豊かにしたり、人々に幸福感を与えられる技術やモノを提供すること」である。松下幸之助が経営の原点だろう。ところが、堀江モンはそれを知らない。「終身雇用」「定期昇給」「土地神話」といった、昔の日本に定着していた概念を知らない。このことは、「信じられるもの、頼れるものは何もない」ということになり、「結局自分だけ」という思想に行き着く。それはそれでいい。しかし彼は、社会に何も与えることなく、株主から金を集め、私腹を肥やし、犯罪を犯して株主を奈落の底に突き落とした。存在価値のない企業なら、消滅すべきなのに、堀江モンを信じた若い人たちがなけなしの金を出してしまったために、さらに存在価値のない企業にしてしまい、企業価値を高め、堀江モンの懐を温めてしまった。●世間をなめているという事実堀江モンを最も許せないのは、自分が資本主義社会の本質や、社会や企業が繁栄するための基本思想を知らないくせに、社会を完全になめ切っている点である。「オレを信じて金を出した投資家が不勉強だ」と言わんばかりの姿勢を貫いている。いや、「貫いている」のではなく、「反省」や「謙虚」という言葉を知らないし、そういう姿勢を取る自分があり得ないと思っている、前頭前野欠落人間なのだ。●「価値観」ではなく「脱法」である堀江モンが行ってきたのは、新しい価値観の構築などではない。いまの世の中に厳然と存在する(これまでの賢人が築いてくれた)ルール(「法律」を含む)やモラル(社会通念、経済界の常識、人間の倫理観)を基準にし、それのスレスレを行くことが自分の利益につながると、盗人的発想を常に持っているから、「犯罪」「違反」とは言えない、いわゆる「グレーゾーン」でうごめく。法律とはそういうものであり、脱税と節税の境目や、人間関係構築のための行為ととセクハラの境目を見つけるのが難しいのだ。世間をなめている堀江モンは、そこだけを突いてくる。だから、「想定内」などという言葉が出てくるのである。新しい価値観などどこにもない。「金で買えないものはない」という貧困な言葉に、それがあらわれている。●「格好悪い」を知らない愚かさどんな小さな企業の経営者でも、経営者としてやってはいけないことはよく知っている。それが崩壊したとき、従業員は離れ、得意先や協力企業が去り、事業が成立し得なくなる。一人で事業が成立しているわけではない。ゆえに、経営者は経営と企業に関する全責任を負う。役職名を「CEO」にしていたことについて、「アメリカではやってたし、何となくカッコいいし、名刺交換したときに、コレ、ナンスカ? って聞かれてビジネストークに結びつくので」などと、裁判で言ったそうである。最高責任者という肩書きをつけておいて、「カッコヨカッタから」などという経営者がかつての日本にいただろうか。従業員の家族や人生を預かり、投資家の金と生活を預かり、日本経済界に存在しているという責任感があれば、決して言えない言葉である。それを平然と言う格好悪さがわからないのが格好悪い。●結論経営者としては、存在してはいけなかった人だろう。自分一人で金儲けしていればいいのだ。価値観も理念も思想も説得力も何もないと思う。こうした人物を崇拝する人が存在するということは、日本の国策の失敗だろうと思う。「バブル」を招いたこと、「バブルを崩壊させた」こと、余りにも長い間、「不景気」を放置したこと。もちろん、元凶は金融機関である。これはいかんともし難い事実であり、そうした企業が大きな顔をして存在していること自体が、堀江モン的人種の出現を是としているようなものだが、だからといって、資本主義社会、しかも、世界で有数の経済国家である我が国で、こんな非常識を擁護するようなことがあっては、世界に対して顔向けができない。こうした言葉が理解できない若者が、あふれんばかりに増殖していることは、面接をしていて実感する。そして、その発想や思考回路は、一生修正がきかないくらい許容量がなく、世界が狭く、閉鎖的であることも事実である。「ゆとり教育」も、偏重な「左傾教育」も、親の「権威失墜」も、マスコミの「浅薄な思想の流布」も原因しているのだろう。まったくもって、悲劇的である。日本の先行きは……。
2007.03.25
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(9)「アゴで人間を…」の駄猫実家に戻ったとき、「チコ」の生態を垣間みて驚くことがよくあった。その一つが、駄猫である「チコ」が人間にさまざまな指示をすることである。夏の朝、父親と一緒にビールを飲みながらテレビを見ていると、「ワォォォ~ン」と、何かを訴えるような鳴き声が聞こえてきた。振り向くと、「チコ」がよどんだ瞳で父を見ている。「お、どうした」父が声をかけると、「チコ」はゆっくりエアコンを見上げた。「わかった、わかった」父はエアコンの電源を入れた。「チコ」はタンスに飛び乗り、エアコンの緩やかな冷風にあたりながら、“よしよし”といった満足の表情で目を閉じた。冬のある日、父親とビールを飲みながらテレビを見ていると、「ワォォォ~ン」と何かを訴えるような鳴き声が聞こえてきた。振り返ると「チコ」がいて、頭を下げながら父親を見ている。「よっしゃ」父親はコタツの電源を入れた。チコが阿吽の呼吸でコタツに入った。ありがたい。私はすかさず足を入れた。いつもは電源が切られている。「寒いなぁ」と言っても、「チコが(コタツの中に)おるから辛抱してくれ」。昔は、コタチの中に猫がいるのは当たり前だった。もちろん、人間があったまる傍らで。しかし我が家は違った。コタツの中に「チコのベッド」(私が通販で買ってあげたもの。丸いウレタンのベッドにボアがついていた)が入れてあり、その下に小さなホットカーベットが敷いてある。通常は、ホットカーペットの電源だけ入っている。つまり、コタツは人間用ではなく、「チコ」用なのだ。ホットカーペットでは賄えないほど寒いときだけ、「チコ」の要望で電源が入れられるのだ。このときは「チコ」の要望でコタツの電源が入れられた。だれにはばかることなくあったまれる。ビールを飲みながら父親とダベッていると、「ウワォォォー」と大きな鳴き声を上げながら「チコ」がコタツから飛び出してきた。「すまん、すまん」父親が慌ててコタツの電源を切る。あったまっていた私は驚いて聞いた。「え、もう切るの?」「コイツは5分だけでええんや。それ以上つけてると暑い言うて出てきて怒りよるねん。5分たったら消してやるねんけど、きょうはお前としゃべってて、忘れてた」ものすごい「チコの法則」があることを知った。大晦日に実家に戻った私に食べさせようと、夕刻前に父親がカニをさばいていた。出刃包丁でカニの足に切れ目を入れている父親の斜め後ろにちょこんと座ってそれを眺める「チコ」がいた。カニは「チコ」の大好物である。匂いにつられて出てきたのだと思った。いよいよ夜になり、カニちり鍋をコンロにかけ、父親とビールを飲んでいた。ふと気づいて聞いた。「チコは? カニをあげなあかんな」「コタツの中にもおらんな。散歩に行っとるんやろ」「そう。なら、心置きなく食べられるな。1本だけよけとくわ」鍋ができた。蓋を開けると、カニの香りがあたりに漂った。何かの気配に気づき、ふと傍らに目を落とすと、「チコ」がちょこんと座っていた。わかっていたのだ。父親がカニをさばいているときから、夕飯はカニ鍋とわかっていて、人間の気配から夕飯どきを察知したのだ。もちろん、チコの分が最初でなければならない。チコの皿にタラバガニの大きな足の身をゴソッと取って入れてやる。湯気が出るような熱いカニの身を躊躇せず食べ始めた。「熱くないんやろうか」「カニだけは別みたいやな。ほかのは、皿にあるのを確認してどっかに行ってしまうのに、カニはすぐに食べる」食べ物に執着しない「チコ」独特のポーズ(カッコつけ)を解除してしまうほど、カニが好きなのだ。間違っても、最初のカニを人間が食べてはいけない。食べている人間の膝に飛び乗って、「ウワォォォー、ウワォォォー」と、カニを食べさせるまで鳴き続ける。「それを食べるのは、アンタではない! ワタシよ!」と言っているのである。結局その日、「チコ」はタラバガニの大きな足を2本半食べた。ものすごい食欲である。もしかして「チコ」は、人間の生まれ変わりで、自分が猫であることを認識しないでいるのではないかと思った。ま、父親とビールを飲んでテレビを見るばかりの私もなんだが、人間をアゴで使う猫というのも凄まじい存在だと、改めて思い出している。
2007.03.25
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(8)言葉を理解する? 駄猫「チコ」はわがままな毎日を謳歌していた。食べたいものを食べたいだけ食べ(といっても、スタイルを気にする女の子だけに、常にスリムで、小顔で、毛艶がよくて、の状態を生涯続けた)、人間の迷惑を顧みず、毎日の日課を自分のペースでこなし、寒い日は日だまりでウトウト、暑い日はエアコンの下でのんびりする日々を送った。あるとき、実家に帰った私に両親は「チコ」と声を出して言うことがなかった。常に「アレ」と言っている。「アレ」=「チコ」と理解できていても、何か違和感を感じて聞いた。「“チコ”って言うと都合が悪いの?」「しっ!」父親に叱咤された。話を聞くと、「チコ」や「ネコ」と口にするだけで「チコ」は聞き耳を立て、よからぬ話題と察知するや襲撃してくるらしい。例えば、「チコはほんまに贅沢でわがままや」などと言おうものなら、背後から飛びかかってくるらしい。「チコ」がだめだと気づいた両親は「ネコ」と呼ぶことにした。しばらくは自分のことと思わず、「チコ」は悠然としていたらしい。しかし、あることで『ネコ」=「自分」と気づいた。そのあることとは、「ネコはカニが好きやな~」という母親の一言である。「チコ」は、「カニ」が無二の大好物である。それを話題に出したら、チコが反応しないわけはない。「ネコ」が話題に出るたびに耳をそば立て、いやな話題だと襲いかかってくるという。と、聞いてもにわかには信じ難い。猫に、それほどの理解力があるとは思えない私は、試してみることにした。「ネコ」も、それに続く話題も、できるだけ明るい発音で、にこやかに話すことに努めてこう言った。「ネコは好き嫌いも多いしわがままやね」笑顔で。すると、私の傍らにあったドアの隙間からチコの手が飛び出した。チョイチョイと上下する。しかし、「チコ」の体と顔は見えない。手だけである。極めて臆病な「チコ」は、体を隠しながら、相手に攻撃をしようとしているのだ。その手が何ともかわいい。次に、そっと顔を出してこちらを見る。「なんやんねん」と言うと、また体と顔を隠して手を出してチョイチョイ。かわいい。でもそれは、私と「チコ」が余り面識がなく、たまに会うだけの間柄だからであって、密着すればするほど、危険な襲撃になるそうだ。そのことは、間もなく起こる出来事で痛いほど知ることになる。そのとき同時に、チコの賢さも体感することになる。駄猫の本領は、賢猫よりも驚異を感じるほど本能的な賢明さを包含したものと言えた。
2007.03.23
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テレビ番組の中で問題になりながら、正解が話されなかったので、気持ち悪くなった。ゆえに、ブログに書くことにする。江戸時代の話。風邪が吹くと、砂ぼこりが舞い上がる。砂ぼこりが目に入り、最悪、失明してしまう人がいる。失明すると仕事がなくなり、瞽女(ごぜ/盲目の三味線弾きの女性)が増える。三味線には猫の皮が使われるので、猫が大量に殺される。町に猫がいなくなると、ネズミが増える。ネズミが増えると、ペストがはやる。ペストがはやると、人間が感染して死人が増える。死人が増えると、棺桶が必要になる。よって、風邪が吹けば、桶屋が儲かるのである。あー、すっきりした。いまの時代、談合や政治家の不正、闇組織の存在で、「風が吹けば~」的な話がごまんとある。機会があれば、少しずつ解明しようと思う。例えば、ライブドア幹部が実刑で、日興コーディアルがなぜ上場廃止にならなかったのか、はたまた、九州出身の福沢諭吉がなぜ大阪で誕生したのか、さらに、東京都知事選に建築家・黒川氏が出馬したのか……。スピーディーに、的確に。
2007.03.22
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その10【謎の訪問者】以前住んでいたマンションは、落ち武者がよく出没した。「心霊現象な日々」の1から10をご参照いただきたい。8年前、現在のマンションに引っ越した。と同時に同居人ができた。こちらも新築マンションだったが、あのいやな記憶を甦らせることはなかった。引っ越してからしばらくは、平穏な日々を過ごした。1年ほど経過したある寒い夜(夜といっても、正確には午前4時過ぎくらいだが、真っ暗だった)、同居人がトイレに行ったのに気付いた。トイレの気配は確認できるが、それとは異質な、妙な音がすることに気付き、ベッドの上に身を起こした。開いたドアから廊下を見た。そこには、半透明の人間が4人ほど立ってこちらを見ている。しばし見詰め合った後、全員がこちらに向かって手を振った。意味がわからずリアクションをせずにいると、リビングの方に消えた。「どうしたん?」トイレを終えた同居人に声をかけられた。「人がリビングの方に行った」「人?」「あ、霊でしょう」「げっ、どんな霊?」「半透明の親子4人」「4人も?」よく考えたら、我が家の廊下は90cm幅だ。4人が横並びできるわけがない。しかし、並んでいた。「全員で手を振ってリビングに消えた」「ひょっとしたら、うちの中に霊道(霊の通り道)があるんとちがうか?」「そうかも」“通り道”である、ということであれば、4人は我が家を通過して外に消えたのだろう。二人は再び休むことにした。しかし、この想像が全く正しくなかったことを間もなく確認することになる。毎朝繰り返される、とんでもない所業によって。
2007.03.22
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テレビドラマを見ていて(ほとんど見ないが、番宣はチェックする)、“こんな人を主演にして大丈夫?”と思うことがある。年齢や演技力もある程度その要素に含まれるが、“どう使うの?”と疑問に思うからだ。舞台の芝居やビデオのシナリオを書いているので、書きながら“どんな人にどんな演技をしてもらえば、この台詞やシチュエーションが成立する”とイメージする。ドラマのテーマやプロットを聞いて、決して自分では設定し得ない役者をキャスティングされていると、“え、この役者でそれが可能なの?”と思ってしまう。スポンサー獲得のため、脚本家の意向、監督の好み、芸能プロダクションからの要請……いろいろ裏はあると思うが、どう考えても“このキャスティングでは、数字は取れない”と思えるような役者が主役になっていたりする。「新機軸」を確立したのかもしれないし、新たな挑戦を目論んでいたりすることもあるかもしれないが、現状のままでは“主役は無理でしょう”と思えるような役者が現存する。飽くまでも主観であって、客観的なデータはないゆえ、その程度のこととして受け取ってほしいのだが、「織田裕二」は終わったと思う。「二枚目路線」では無理だ。元々容姿がよくない上、年齢が行き過ぎた。中年の悲哀と強さを身につけ、ドロ臭さを是としない限り、主役は苦しいように思う。位置づけで言えば、「渡瀬恒彦」的な感じ。「山口智子」も終了。元来、演技はイモ臭いし、リアクションが天然系で、ふんわりとした雰囲気がそれなりに受けたのだと思うが、それは、若いときにこそ通用することで、いまとなっては単に“変わったオバサン”でしかない。余りにも休憩が長過ぎた。天然系のキャラを生かして、福祉や地球環境系の番組のリポーターなどがいいのではないだろうか。「ウルルン」的な。“ドラマに戻れ”という意見もあるようだが、役柄が難しい。40歳……、「初老」である。「米倉涼子」。“ノリにノッている女優”と言われているようだが、松本清張に支えられてのことである。「白い巨塔」「華麗なる一族」「金田一耕助」しかり。本がしっかりしているから、原作を知っている人が興味を持って見る。しかし、最近の脚本家の本だったら……。それに、米倉涼子は声が悪い。演技力うんぬんより、声に説得力がない。名女優と言われる人々は、声がいい。声に魅了される。人間の第一印象は、視覚55%、話の内容7%、聴覚38%と言われている。セリフより、耳に心地いいかが重要だということだ。また、彼女はスタイルがよ過ぎる。背が高いせいで、共演者を選んでしまうし、役柄も制限される。コミカルな配役で天海祐希が苦戦しているように、特徴の生かし方を間違うと、ドツボにはまってしまう。ま、飽くまでも主観であって、これを裏付ける確証はないので悪しからず。また、挙げた3人には、個人的な恨みや妬みがないし、好き嫌いが基準になっているわけではないということは確かなので。というスタンスで見ると、高橋英樹はいいと思う。どんな役にでもはまってしまう懐の深さがいい。“来るもの拒まず”という彼の姿勢がそうさせたのだろうが、役者としての安定感は素晴らしい。そんな無駄なことを考えながら、テレビを耳で聞く毎日である。
2007.03.21
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(7)贅沢な毎日チコは大変贅沢な猫である。自分の好きなものしか絶対に食べない。しかも、「マイブーム」があって、最初に気に入ったのが「マグロの赤身」だ。トンボマグロやビンナガマグロといったレベルの低い魚は食べない。本マグロのみ所望する。朝4時になると、漁業の町だけあって、町じゅうにけたたましいサイレンが鳴る。これを合図にチコが父や母を襲撃する。襲撃された人間は、眠い目をこすりながらまずは、雨戸を開け、窓をすかしてやる。「チコ」は散歩に出かける。戻ってくるまでに食事の準備をしておかないと、ご機嫌斜めになり、いやな声で鳴く。まるで「いい加減にしてよ。食事を用意しておくのはあなたの務めでしょう」と言っているような表情で。「マグロの赤身」は生で食べたが、その次の「マイブーム」「ウルメイワシ」、その次の「ハゲ(カワハギ)」は火を通さないと食べない。「ハゲ」は、「ハゲ」だけ食べた。「ウマヅラハゲ」には決して口をつけなかった。しかも、小さな骨の1本まできれいに取ってやらないといけない。1本でも残っていると、後でゲロする。「カツオ節」が「マイブーム」になったときは楽だったが、「A-COOP(漁協)」で売っているものしか食べないので、調達が面倒だった。生涯を通して好きだったのは、「カニ」だ。タラバでもズワイでもいい。少しカニの身の入ったカニカマボコもよく食べた。「マイブーム」になる餌の共通点は“高価”であるということと、“手に入りにくい”ということ。スーパーで見つけたら、大量に買い込んで冷凍しておかなければ、大変な自体を招く。「マイブーム」の食べ物を用意せず、キャットフードや人間の食べ物をやったりしても絶対に食べない。とても贅沢な猫なのである。あるとき、餌の皿に何度餌を入れてやっても食べないし、長く置くと腐ってしまうので、乾燥タイプのキャットフードだけを残して、餌の皿を父が引き上げてしまった。「食べたないんやったら食べんでええ」そう言う父は「チコ」の真実を知らなかった。1週間以上、水だけの生活を送った「チコ」は痩せ細り、歩くときにフラつくようになった。鳴き声も上げないことを心配した父は、犬猫病院へ「チコ」を連れていった。医者が下した診断は「栄養失調」。40分間もの間、栄養剤の入った点滴を受けさせるハメになり、治療費に9,000円もかかった。「何日分の餌が買えるのか……」父は激しく後悔した。かくして「チコ」は、「マイブーム」の餌をGETし、以後も人間が逆らうことはなかった。ハンガーストライキ……しかも、命にかかわるほど食べないなんて……。筋金入りの美食家、それが「チコ」の真実である。
2007.03.21
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1年前、生まれて初めて官能小説を書いた。ある人に恋をし(夢想だが)、その人を主人公にした小説を書いた。必然的に、官能小説になる(必然的?)。これがまたとてもいい出来で(小説としては駄作。恋の相手を存分に味わえるという意味で)、読み返しては口の端を緩めている。書いていた1年前に、仲のいいデザイナー(男性)にそのことを話したら、仕事上でも知っているその男性のお姉さんに話が伝わり、「見せてぇや」ということになった。女性には共感してもらえる内容だと思うが、男性に読んでもらうには、ちと気が引ける。お姉さんと一緒に我が社に来た、仲間の男性デザイナーが「ボクはいいです。官能部分になったら、きっと(私の)顔が浮かんで恥ずかしくなります」と言う。それも理解できる。さらに、お姉さんから弟に渡ってしまったら、結構恥ずかしいと思う。“官能”となると、実体験が元になるものだ。大袈裟に書いたり、脚色したりすることはできても、全く知らないことは書けないものだ。しかも、文字になっていると現実感は100%だ。「えっ、こんなことを経験しているんだ」となる。それは……恥ずかしい。「アイルケ」の渡辺淳一が言っていた。「作家は、自分のすべてをさらけ出すほどの覚悟がないとできない職業だ」そのとおりだと思った。いいか悪いかは別にして、自らの思想信条や経験、体験、感覚、感想……すべてを駆使して文章を書く。そうして出来上がった小説だが、人に見せるのは……。コピーやシナリオを書くのが仕事なので、文章を人に見られるのは至極当然なのだが、商業コピーは人格や感覚を反映させる必要がない。それと、我が身を切り売りにする小説とは、同じ文字を扱う作業であっても全く違うものだと思った。官能小説……披露してみようかな。
2007.03.18
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(十四)幻の看護師体温と血圧を計ってくれた看護師の存在は、男にとって正と出るか負と出るか皆目わからなかったが、男が言ってしまった、自分の嘘を暴露するかのような自らの言葉の濃度を薄めるためには、有効に機能するかと思われた。「どこにもいませんが、どんな看護師ですか?」男の言葉を受けて廊下に出た年配の看護師が戻ってきて言った。男は焦った。場の空気を変えたいがために、またしても自分が嘘を発したと思われたくなかった。「ついさっき、この前を通ったんだ」男は思わず立ち上がり、廊下に出て、例の看護師が向かった方向に歩き出した。隣接したナースセンターにその姿を探したが、あの看護師の姿はなかった。エレベーターホールまで出たが、途中の病室にも、トイレにもいなかった。そのとき男は思った。「このまま家に帰りたい。これ以上ここにいると、どんどん悪い状況になりそうだ。どうしたらいいんだ」しかし、検査着を着用し、裸足にスリッパという格好で、病院を出られるわけはなかった。「いましたか?」背後から声をかけられて、男の胸は脈打った。駅員だった。「せっかくですから、夜までしばらくお休みください」駅員は、にこやかな顔で男を見詰めている。「あ、そ、そうですね」駅員に伴われて、男はすごすごと病室に戻った。そこには、医師も看護師もいなかった。「異常があったら呼ぶからと、医師も看護師も引き取ってもらいました」駅員の配慮に感謝しつつ、《もしかしたら、医者や看護婦に、『虚言だから、相手にしないように』と言ったのではないか。医者や看護婦も駅員と同じように自分の言っていることが虚言だと思ったのではないか》と推測して、気持ちが重くなった。「7時前にお声をかけます。おやすみなさい」ドアを開けながら駅員がそう言い、退室した。男は目を閉じた。目覚ましが鳴ってからいままでのことを思い返した。「運が悪い。なぜ、どんどん悪い状況になるんだ…」眠ることができず、寝返りを打った。窓から見えるのは、どんより曇った空だけだった。「部長へのプレゼン……」ため息をついた。「課長への報告……」枕に突っ伏した。「お医者様も救急隊員も、あなたの言ったことを信じるわけがありません」その声に、男はびっくりして振り返った。男は部屋を見回した。いた。部屋の隅にあの看護師がいた。男の方を見てほくそ笑んでいる。「何を笑っているんだ!」男は大きな声を出した。「どうして私の言うことをだれも信じないんだ!」男の言葉に全く反応することはなく、看護師は口の端に嘲笑を浮かべて男を見ている。「言ってくれ! 理由を言ってくれ!」「間もなく7時です。お帰りになれますか?」慇懃なその言葉で男は我に返った。目を開けると、駅員の顔が見えた。「え……」「よくお休みになっていました。お加減はいかがですか?」「あ……」《夢……だったのか……》男はようやく状況を認識できた。「お帰りになりますか? それとも……」「帰ります」「首や気分はいかがですか?」男は、どう答えたらいいか迷った。“芳しくないが様子を見る”“すっかりよくなった”“よくないが、仕事が優先”“わからない”……どれにしようかと迷った。「どうでもいい、帰りたい」言ってから、《しまった》と思った。これまでの努力をフイにするような自分の言葉に萎えた。「では、ご自宅までお送りしましょう」医師の診察もなく、血圧や体温を計ってもらうでもなく、病院を出ることになった男だったが、もはやその矛盾に気づくこともなく、力なく服を着替えて病院を出た。駅員がナースセンターで看護師に挨拶をしているとき、男がふと見た先に、あの看護師を見つけて息を飲んだ。《夢じゃなかったのか……》しかし次の瞬間、それが似て非なる別人だと気づいた。ナースのユニフォームではなく、普通のワンピースだし、ナースシューズでもない。《この人を見間違ったのか》どこか腑に落ちないものを感じながらも、面倒なことや深い思考が嫌いな男は、自分を無理やり納得させた。病院のエントランスに出た駅員は、駐車場に合図した。それに呼応してヘッドライトが点灯し、1台の車が動き出した。男にとってその車は、安堵の世界へ運んでくれるものであるはずだった。少なくともそのときは。しかし間もなく、それが覆ることになる……。 〈つづく〉
2007.03.17
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その9【霊感体質者の至言】我が社の隣に、同業種の会社がある。といっても、弊社業務の一つ「映像制作」の、こちらは企画・シナリオ、制作全般で、お隣は照明専門の会社である。仕事が暇なとき、スタッフがよく遊びに来てくれる。その日も、「うぃーっす。お元気すか?」と突然やってきた。日本人離れした面だちと、余りにもラフないでたちのせいで、外国人によく間違われるらしい。本人は「ナンチャッテイタリア人」と言っている。鋭い眼光と人をまっすぐ見る強さは“ただ者ではない”と思わせる。それもそのはずである。ハリウッドで映画制作に携わりたいと思っていた若いころ、アメリカの永住権(グリーンカード)取得のために傭兵として戦争に行った経験があるそうだ。ソマリアで、隣の兵士が自分の太ももの肉をナイフで切り取って食べているのを見たという、壮絶体験の話を聞いたことがあった。一緒にいる時間の7割は聞き役に回り、自分がしゃべるときは、確信に満ちた話題を端的に話す。決しておしゃべりではないが、話の内容は面白くて興味がわく。その日も結構話に花が咲いた。1時間ほど話したとき、話題が「霊現象」のことになった。くだんの、タレントさんの話をしたところ、彼の顔つきが変わった。「ここに来たときからずっとなんやけど、ボクの横にだれか座ってるねん」「えっ、ほんと?」「男か女かわからんくらい、薄い存在やけど、じっと座って二人の話を聞いてる」「地縛霊? それとも私の背後霊?」「いや…、そんなに意味のあるものじゃなくて、たまたまここにいてるって感じ」「あ、以前夜中に、厨房のあたりで人影を見たことがある」私がそう言うと、彼は事務所から出て厨房を見に行った。「いまはいないみたい」「まだ座ってる?」「あ、いないなぁ。ビルの中をうろうろしてるのかも」「悪さしない?」「しないでしょう」「私の肩にに変な霊、見える?」「……いないと思う。いまは」「いまは?」「もしかしたら、憑きやすい体質かもしれんね。でも、気にせんでいいよ。よっぽどおかしなことがあったら、いつでも呼んで。とってあげるから」彼は、生死を彷徨うような体験によって、霊を感じる体質になったそうだ。それにしても、見えないだれかが事務所の中にいてテーブルの前に座って私を見ていると思うと……ぞっとしないことである。
2007.03.16
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(6)「チコ」の逃走駄猫「チコ」が我が家にやってきて、1年ほどが経過したある寒い日、父親と母親は都会からド田舎へと引っ越すことになった。私を含めた兄弟は全員独立していたので、老夫婦と駄猫「チコ」だけの新たな生活が始まるというその日、「チコ」は朝から何かに怯えていた。次々と荷物が運び出され、どんどん家の中の景色が変わっていくことに対してか、それとも、そこにいる人間のすべてが自分に一切気遣ってくれることなく忙しそうにしていることに対してか、はたまた、人間の言葉を理解して、その日限りで棲みなれた家を離れるという事実を知ったことに対してか、いかなる理由かはわからないが、怯えた目で周囲を見回し、少しの物音にもビクリとする臆病な「チコ」がいた。果たして、荷物を積んだトラックを送り出した後、両親と兄、私と一緒にキャリーバッグに入れられた「チコ」は自家用車に乗り込んだ。この時点から新居に到着するまでの3時間余り、人間4人は「チコ」の恐ろしさを体感することになる。「ワァォォォォー、ワァォォゥゥー」とものすごい鳴き声を絶えず上げる。皆が反対するのを押し切って、兄がキャリーバッグを開けて「チコ」を抱こうとした。すると「チコ」は脱兎のように兄の手をすり抜け、シートの下に入り込んでしまった。キャリーバッグの中と違い、オシッコ対策をしていない車のフロアゆえ、そそうをしないかと心配しながらも、「チコ」を引きずり出すことができず、そのままにすることにした。キャリーバッグから出したかいもなく、「チコ」のものすごい鳴き声がやむことは、片時もなかった。私は後悔した。「キコ」が健在の間に「チコ」を車に同乗させ、「キコ」の勇姿を見せておけば、これほど怖がることはなかったのではないか、それなりに見栄を張ろうとしたのではないかと思い至った。その鳴き声に滅入りながらもようやく新居に到着し、外に出るべく開けられたドアから、「チコ」が逃走した。何とも素早い反応だった。人間4人は皆、「チコ」が外に出るような勇気はないと思っていた。しかし、人間より早く「チコ」が外に出た。そして、逃走先が皆目わからなくなった。少し探してはみたが、ほどなくして到着したトラックから荷物を下ろしたり、整理したりする必要があったため、一旦「チコ」のことをうっちゃることになった。ただし、「チコー、チコー」と周辺を探し歩く兄を除いて。ようやく荷物を運び入れ、ある程度整理できたときには日没近くになっていた。いよいよ「チコ」を探さねば、エサのこともあるし、戸締まりのこともある。荷物を放って「チコ」を探していた兄に「どこにいそう?」と聞いても、「わからん」の一言。ふと新居の隣の敷地に置いてある材木と、それにかけられた青いビニールシートが気になった。「ここは?」私が聞くと「呼んだけど、反応はなかった」と兄。反応するわけがない。逃走したのだから。私はビニールシートをはがし、材木を少し動かしてみた。奥の方にキラキラ光る二つの何かがある。「チコ」だ。さらに材木を動かして手が突っ込めるほどの隙間を開け、右手を奥に差し込んだ。首根っこをむんずとつかみ、思いっきり引き上げる。「ワォォォォーウ」と、怯えた鳴き声を上げたが、首根っこをつかまれて力が入らなくなった体は抗うこともできず、棒のようになっていた。そのまま家に入り、床の上に放した。すると「チコ」は尻を下げた無様な姿で家の中にすごすごと入っていった。「ワゴー、ワゴー」という異様な鳴き声とともに。ほどなく日没となり、外の景色が全く見えなくなると、「チコ」は冷静を取り戻して家の中を歩き回った。環境が変わることに、この上ない恐怖を感じたのだろう。多分、それが猫の習性なのだろうと思う。しかし、兄の「キコ」は外に出ることをいとわなかった。「キコ」と「チコ」の違いは何なのだろうか。「キコ」は、おそらく進化した猫なのだろう。頭脳や行動は、猫というより犬だった。「チコ」は飽くまでも「猫」、しかも「駄猫」なのだ。それは、翌朝証明された。夜が明け、外の景色が見えた途端、例の「ウァォォォォゥー」の鳴き声とともに、尻を下げ、腰が抜けたような無様な格好で歩き回る駄猫ぶりを披露し、人間たちの顰蹙を買った。先行きが思いやられるような新生活の幕開けの朝だった。
2007.03.15
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農水大臣が、「ナントカ還元水」や暖房器具の使用で年間500万円以上の高熱水費を計上していたとか、大相撲では八百長がまかり通っているとか、西武がアマチュア選手に裏金を供与していたとか、大阪府にまたまたプール金が発覚し、ノック知事時代の誓約も無視して犯罪を犯しながら、またしてもいい加減な処分に終わってしまったとか、京大病院の移植医療で医療過誤をきっかけに停止していた移植手術を再開してほしいという患者の声で明らかになったのは、極めて不穏な“内部分裂”“教授間対立”的な状況だったとか、落選しておきながら、郵政造反組の復党がケムに巻かれた形で押し切られたとか、世の中には、「表」と「裏」を実感せざるを得ない事件や状況が次々と明らかになっています。日本は、「本音」と「建前」のある国であることは確かだと思います。それは、“世間体”を重んじたり、“体裁”を重視する民族特性がベースになっているのだと思いますが、外交ではこれは通じません。いわゆる「ダブルスタンダード」は、外交では理解されないばかりか、突っ込みどころになるからです。そういう言い方をするなら、日本のマスメディアは、「どん詰まり」状態にあるのではないかと思います。自社の社員がセクハラをしても「個人情報にかかわるので」などと、犯罪者とも言える人間の氏素性を公表しない。「個人情報保護法」が法案として出されたとき、“政治家の隠したいことを糾弾できなくなる”“個人情報保護の名のもとに、メディアの弾圧につながる”と息巻いていたくせに、我が身に災難が降り掛かったときは驚くほど素早く手のひらを返してしまえるのです。かといって、日本人に「表裏のない生活」は考えられないように思います。なぜなら、日本人が抱いている「理想」や「夢」は、現実とは大きく乖離しているからです。その原因は、「理想」や「夢」は相変わらず美しいけれど、それを貫くような精神力や忍耐力を、いまの日本人はほとんど持ち合わせていないからです。戦前、戦中の日本人は、野蛮な「本脳」を「理性」や「知性」で、そして、厳しい環境に耐えることができる心で押さえ込んで生きていました。しかし、いまの日本人には、そんなものはカケラもない。耐えることも、我慢することもなくなった日本人に、「表」と「裏」の是非をきちんと定義づけることなどできるはずがない。「裏」が「表」にダダ漏れし、それを追求されて「表」の顔で対処しようとする。「裏」に美学も必然性もないから、言い訳が行き詰まる。すると、鍛錬されていない心のもろさから、「表」と「裏」があろうことか「表」で交錯し、人々に見破られる。「見え透いた」と思われながら、同じ言い訳を繰り返す。本当に虚しい限りです。政治家が、国技(正式に定義されているわけではありませんが)を担う者が、青少年に夢を見せる役割の球団が、日本第2(実質3)位の都市の役人が、人の命を預かる医者が、情けない醜態をさらしています。しかし、自覚しなければなりません。「表」と「裏」を持たないことは、非常にリスクが高く無防備な状態であるということを。人をだまくらかす、とか、嘘をついて利益を得る、ということではないけれど、人に理解されない「裏」を持つことは、身を守ることでもあると思います。オープンで隠し事のないシンプルな生き方をしていると、だまそうとする人、つけ込もうとする人、かすめ取ろうとする人が寄りついてきます。どこからともなく。「裏」がないことは悪いことではないけれど、「裏」を知ることは大切なことだと思います。特に、「表」と「裏」の存在を固定するA型社会(科学的根拠なし。経験のみ)においては。生きていくのは大変です。 合掌
2007.03.12
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「こちづさん」のブログに、母子家庭で生活保護を受けながら、ブランドバッグを肩にかけて月2万円のアルバイトをする若き母親のことが書かれていました。私の親には、年金が出ています。35年以上きちんとした金額で年金を納めた最初の世代なのだと思います。親の親の時代には、年金はわずか月9000円などというおおよそ「福祉」とは言えない状況が当たり前でした。しかし、それでも子どもが多かったので、皆が少しずつ親の生活費を出し合い、面倒を見ていました。父親の兄弟は10人いました。女性の兄妹もいますので、平等に、とはいきませんが、皆が幾ばくかを出し合って、爪に火を灯すような生活を祖父母にさせていました。少し前の日本では、それが当たり前でした。おじいちゃんは、新聞紙で鼻をかみ、場所を変えて乾かしながら何度も使っていました。おばあちゃんは、色がわずかについているのが確認できる程度のお茶をいつもすすっていました。汲取式の便所には新聞紙(便所紙といいました)が置かれ、家の外にあるのに、便所には照明器具もないという、いまでは想像だにしない世界ですが、どこにでもある光景ものでした。貧乏というものが当たり前だった日本は、わずか数十年前のことなのです。数万円もするバッグを持ちながら、自治体の保護を受けるなどというのは、罪悪でさえあったと思います。もっともっとひどい状況に置かれている家族があり、そういう人に譲ってあげる、という感覚を皆が持っていたものです。資本主義の世の中に生き、そのメリットを享受しながら、社会主義的な福祉を求める、究極の利己主義の人間たちの何と多いことか。やりたいことをやりたいままやり、欲しいものを手に入れ、困ったら社会にすがる……、許し難い人種です。なぜなら、資本主義社会で戦っている人間たちに100%依存する寄生虫だからです。資本主義に巣食う害虫ではないでしょうか。もちろん、本当に困っている人を救うのも、資本主義社会に生き、富を得た人に与えられた善行の機会であり、健全な社会の姿だと思います。しかし! 自分の持ち物や生活は変えたくない、しかし、自分に能力もなく、体力もない。よって、必要な金銭は可能な限り福祉に頼ろうという他力本願な人間たちには、それなりの教育と制約、責任を付与する必要があるのではないでしょうか。人道主義者やフェミニストは、「助けてあげるのが当たり前」「女性は弱い立場」などと言いますが、本当に助けてあげる必要があるのは、働ける若い離婚女性ではなく、働けないが福祉の対象にならない老齢者や障害者なのではないでしょうか。人間は皆戦っています。生きるために必死に戦っています。自分の食い扶持くらいは自分で稼ぎ、健康に配慮し、自分の人生に責任を持つのが基本です。もちろん、その上に、親の人生、身内の人生に気を配ることができなければ、健全な人間の社会負担が増え、ひいては人に迷惑をかけるという現実を認識することが基本であることは言うまでもありません。理不尽に不幸を負わされた犯罪被害者や拉致被害者、不慮の事故で障害を負ってしまったのに、社会的に補償されない法律の穴に落ち込んでしまったという本当に不幸な人を救うためにこそ税金が使われるべきです。将来設計も、我慢も、責任もない男女がくっつき、離れて経済的に困窮しているなどという愚の骨頂のような話に汗水たらして治めている血税が使われているという理不尽をどうしても許容できない私は、懐が浅いのでしょうか。懐が浅い私は、こうした事象は家庭教育の不備が招いた結果だと思っています。団塊世代から70歳、30代から40代、10代から20代のいわゆる“ゆるゆる世代”(過去のブログ「わきまえのない人間があふれている”をご参照ください)が日本をひっかきまわしていると確信しています。違いましょうか。
2007.03.09
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今年の就職戦線は、“売り手市場”だったようです。とはいえ、中小企業の多い大阪では、在阪の大企業に人材が集中し、それなりの就職難だったことが予想されますが。求人難の影響をモロに受けるのは中小企業です。技術力も、歴史も、ポリシーもあるのに、所在地が大阪市内ではないとか、企業名がダサいとか、制服がイマイチとか、従業員数が少ないとか、おおよそ本質とは関係のない部分での評価の低さ(社会的な低さではなく、就職希望者における、だ)から、人が集まらないということになります。昔は、“終身雇用”“年功序列”が当たり前で、一度就職した企業には“一生お世話になる”という社会通念があり、企業への忠誠心や自己(家庭)犠牲と引き換えに、安定した収入と定年までの仕事が確保されるシステムでした。しかし、社会システムが変化しました。たとえ正社員になれても、生涯を保証してくれるような企業はないし、企業それ自体が存続するのが至難という時代です。就職できたからといって、何かが保証されるのか、というと、日本における労使間の関係を定めた法律がわずかに身を守ってくれるだけで、究極の“保証”は“実力”ということになるでしょう。企業は力がある人を求め、力がない人は隅に追いやられ、果ては居所を失う、という構図になっています。日本は、労使関係の法律が複雑です。いったん正社員にしてしまったら、なかなか解雇できない仕組みになっています。だから、正社員の採用には慎重になり、派遣を活用する。バブル時代には、とにかく人手不足で、“一人採用するのに100万円かかる”という企業も多々ありました。新卒は取りにくいから、中途採用を手当たり次第とる、という企業もたくさんありました。しかし、バブルが崩壊して企業を襲ったのは、山盛りになっている無能な社員とそれを解雇できない現実でした。そうした経験を経た企業にとっては、売り手市場になったいま、それなりの防御線を張り、慎重に構えているとは思いますが、人材の質(企業人としての)がかなり落ちているだけに、近い将来に問題が勃発するのではないかと、勝手に危惧しています。我が社でも、毎回某有名求人誌に人材募集広告を出稿しますが、年を追うごとに面接に来る人の質が下がっています。明らかに歩きながら、携帯電話で連絡してきて、「◯◯◯◯◯(求人誌名)を見たんですけど、火曜日あたりに面接に行けるんですけどぉ」と逆スケジューリングしてきたり、「いま、◯◯◯という店の前にいるんですけど、ここからどう行ったらいいんですか?」と面接時間を15分以上経過してから電話があったり、ジーパン、Tシャツ、ミュールで面接に来たり(女性)、「まだ、仕事をしてるんですけど、営業なので、面接に行く時間は工面できます」と、厳然とした背任行為を臆面もなくさらけだす社会人がいたりと本当にひどいものです。フレッシャーズの皆さんは、「就職」が「ゴール」ではなく、「スタート」であり、これからが長い長い「就職試験」だということを念頭に置いて、一歩一歩着実に社会人、企業人への道を歩んでください。間違っても、努力もせずに“何とかなる”とタカをくくったり、“上司は同僚と自分を平等に見てくれる”と競争社会を無視したような妄想を持ったり、変なファッションをして“個性が必要”とか“見た目だけで判断しないでほしい”などと社会常識を無視した高校生のような幼稚なことを言ったり、“自分ならできる”“自分はやればできる”と、裏付けがない意味不明な自信を抱いたりすることのないよう気をつけ、時間に遅れず、太らず、病気にならず、しっかり自己管理をして頑張ってください。せっかく就職できたのですから、“自分にこの仕事は合わない”“やりたいことではない”などと、自分を過大評価して1年や2年で退職するようなもったいないことはしないように。2年くらいで、その企業の本物の仕事に触れることはないし、やりたいことや、自分に合う仕事など、一生見つかることはないのですから。もちろん、才能や能力のある人には、どんな仕事もしっくりくるでしょうけれど、凡人には、努力なしに得られる仕事はありません。断言します。というようなことを心に置いておくことが、幸せへの第一歩だと思います。頑張れ! フレッシャーズ!!!!
2007.03.07
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辛口料理「ハチ」に久々に行ってきました。前回から3週間ぶり。怒濤のような仕事のせいで、今年になってからまだ2回目です。店に到着すると、既に行列が。最近、開店がどんどん早くなっています。ご飯がなくなると、営業終了になるのですが、1時過ぎにはなくなってしまうのが通例で、遠方から来る人にとっては、「確実に食べるには、早く来る方が得策」ということになります。並んで5分くらいしたとき、行列を興味津々で眺めているご婦人(60歳くらい)がいることに気付きました。開けっ放しになっているドアから中をのぞいたり、イーゼルにのっけられた「並び方」(長蛇の列ができるので、近所の店から苦情が出たため、並ぶ場所を解説したもの)を見たりした後、私の方に近付いてきました。「カレーですか?」答えたのは、私の後ろの年配の男性。「ええ」「おいしいですか?」「ま、好みは人それぞれですから」「私も並ぼ」うれしそうにほほえみながら、ご婦人は列の最後尾へ。いやな予感がしました。どうして一言「とても辛いですよ」と言ってあげなかったのか。男性に悪気があるとは思えませんが、必須の一言だったと思います。果たして、巡り合わせのようにご婦人は私の右隣に座り、カレーを食している私や他の客を興味深気に眺めています。「そんなににこやかにしていられるのは、いまのうち」と心の中で思いました。やがてご婦人にカレーが供されました。カレーとご飯ののったスプーンがご婦人の口へ。動作がぴたりととまりました。時間にして3、4秒。気を取り直したのか、二口目をパクリ。その後聞こえてきました。「ハァ、ハァ」と悶絶する吐息が。三口目の後、動作がおかしくなってきました。助けを求めるかのように私を見ています。ニンジンの酢漬けを食べたり、水を飲んだりしていますが、カレーには手をつけません。「ごちそうさま」とママにお金を差し出した私を見て意を結したのか「済みません」とママに声をかけています。「これ、持って帰れますか?」「できません」すげないママの返事。お釣を受け取った私は店から出たので、その後どうなったか知るよしもありませんが、多分ご婦人は、三口しか食べられなかったカレーを残して、退散されたに違いありません。素人の一見さんはそんなものです。何度も通って辛さに耐え、ママの射るような視線に耐え、常連さんの好奇の視線に耐えてようやく玄人になれるのですから。最近、脳天を突き破るかのような辛さを感じることは余りなくなりましたが、最初は悶絶しながら食べたものです。久々に、ハチのカレーに恐怖を感じました。一見さん、ご注意ください。軽い気持ちで食べると、後悔すること間違いなし、です。それと、「少なめにしてください」と言うことを忘れずに。辛さと量にノックアウトされてしまいます。 南無
2007.03.05
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(5)兄の死に「チコ」は…兄の後ろをついて歩き、兄の行動を真似ることで自分の存在を肯定していた感のあった「チコ」にとって、「キコ」の死は余りにも唐突で、生まれて初めての衝撃的な出来事だったに違いない。ある日突然、よりどころとしていた存在が消滅してしまったのだ。“死んだ”ということさえ認識してはいなかったはずである。もしかしたら、ほかにもいたであろう兄弟のように、ある日突然引き離された、という認識を持ったかもしれない。「チコ」はしばらく遠くを見詰める毎日を送っていた。どこからか聞こえてくる兄の声や気配を感じ取りたいと願っていたのかもしれない。窓やドアの外に神経を配りながら、どこともない空間を見詰めて、部屋の片隅にちょこんと座っていた。「チコ」が、“兄はもう帰ってこない”と覚悟したのは、定年を迎えた父が、「都会に住んでいる意味はない」と、これまた意味のない理由で、故郷でもない田舎に引っ越すと言い出し、新たな居住地に移ると決めたときだった。家に出入りする不動産屋や運送業者に対して、異様な匂いをかぎとった「チコ」は、不安と不服に満ちた表情をしていた。しかし、「チコ」は沈黙を通した。兄の不在が彼女を寡黙にしたのかもしれなかった。「兄の所在を知っているのはこの家(や)の人々なので、騒いで事を複雑にしてはいけない」と思ったのか、「騒いでは、この家の人々に兄のように葬られる」と察知したのか、いずれにしても、おかしなほど静かな時間を過ごしていた。父も母も、「チコ」の大人しさは「キコ」の死のショックによるものと確信していた。私は、わずかにそのことに疑問を持っていた。「キコ」の猛猫ぶりに隠れていたが、「チコ」の駄猫ぶりは半端ではないと実感していたからだ。そしてその疑問は、早晩確信へと変化することになる。意味なく田舎に移住すると、両親が決めたときから。ほどなく、「チコ」の「駄猫」ぶりが炸裂する。驚くほどのパワーをもって。
2007.03.03
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(4)猛猫「キコ」は忠猫だった片目で巨体を誇るケダモノに近いような地域のボス猫さえも猫なで声を出してすり寄ってくるような、存在感のある猫だった「キコ」は、わずか1歳で亡くなってしまった。その原因は、にわかには信じ難いような物語だった。父は、2日に1度の出勤で、朝出たら翌日の深夜2時まで仕事をするという勤務体系だった。「キコ」がやってきてしばらくたったとき、父が2日に1度夜中に帰ってくることを覚えた「キコ」は、父が外に借りている駐車場まで父を迎えに行くようになった。父の車が入庫するまで、父の駐車スペースにちょこんと座り、父が入庫すると外に出て車がおさまるまで待つ。車の動きがとまると、父が降りてくる運転席側のドアの前で待ち遠しそうに待っている。「迎えに来てくれたんか」父が声をかけると「ニャワァー」とかわいい鳴き声を上げる。父が家に向かって歩き出すと、同じペースで「キコ」も歩き出し、連れ立って家に戻ってくる。パジャマに着替えた父は、自分の酒肴と「キコ」の分を用意してちゃぶ台の前に座る。「キコ」も父の横に座って父の顔を見上げている。ふと気づくと、なぜか「チコ」も部屋に入ってきている。「お、これ食べぇ」父が「キコ」のエサの皿を「キコ」の前に置くと、「ニャワァァ」と礼を言ってから皿の中のエサの匂いをかぎ出す。「チコ」は黙って見ているだけである。「チコ、お前もこれ食べぇ」そう言って父が「チコ」の皿にエサを入れてやると「ニァァァ」「キコ」より一段高い声を上げて礼を言う。こうして、ようやく「チコ」もエサにありつく。そんな日々を数ヶ月過ごしたある日、それは、父が定年退職した翌日であった。本来なら、出勤の日だったが、出勤する必要のない父は朝から家にいた。暇な父は、「キコ」や「チコ」と存分に遊んだ。その夜、「キコ」はいつものように駐車場に向かった。昼間、父と遊んだことなど忘れて、2日に1度の習慣が彼の行動を支配していた。随分待ったに違いない。必ず父と連れ立って家に帰ってきていた。その記憶しかないのだ。しかし父は帰ってこない。待ちくたびれたのか、帰ってこない父を心配したのか、駐車場の外の大きな道路に出てしまった。父の車を探したのかもしれない。もしかしたら、父の車に似た車が来たのか、道路の向こうの我が家に急いだのか、何かが起こって「キコ」は道路に出た。そして、駐車場入り口の道路上で車にはねられた。結論は“バカ”だったのだ。さっきまで遊んでいた父が外から帰ってくるはずがない、とわからなかった「キコ」は所詮駄猫だったのだ。しかし、「キコ」の死の知らせを聞いたとき、私は涙がとまらなかった。台風の日に飼い主に捨てられ、我が家でスクスク育ちながら、わずか1年ほどの短い命だった「キコ」は、一体何のために生まれてきたというのだろう。それが、猛猫「キコ」の生涯だった。
2007.03.02
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「チコの真実」といっておきながら、前回と今回は「チコ」の兄(弟かもしれない)の「キコ」の話である。「チコ」の人生に多大な影響を与えた「キコ」であるので、少々おつき合いいただきたい。(3)猛猫「キコ」の頭脳前回書いたように、「トラ」や「ライオン」にも通じるような激しい野生を感じる猫「キコ」は、頭脳のよさもズバ抜けていた。トイレは一度で覚えた。時間感覚も素晴らしかった。エサの時間、飼い主の生活ペース、行動パターンをうそのように覚えていて、自分の興味のあることについては、常に先回りしていた。「キコ」が特に気に入っていたのは、“自動車でのお出かけ”である。母が化粧をしている時点で、玄関に待機し出す。父が車のキーを手に取ったら、玄関のたたきの陰に身を隠す。父が玄関ドアから出たら、すかさず隙間から外に出、車の運転席の下側に潜り込んで身を隠す。父がロックを解除し、ドアを少し開けた瞬間、滑り込むように車内に乗り込んで、助手席に鎮座する。「もう、また乗ってるやんか。しょうがないなぁ」と母が言いながら車に乗り込み、「キコ」を持ち上げて座席に座り、キコを膝に乗せる。「キコ」はおとなしくし、じっと前を見ている。父がエンジンをかけ、車を出すと、「キコ」はひょいとハンドルに飛び乗る。まるで止まり木のようにしてハンドルに起用に乗っかったまま、前方を凝視している。「これっ、邪魔や、降りなさい」父が「キコ」の背中を押すと、ダッシュボードの上に移って、なおも前方を凝視している。ネコは、外に出るのが嫌いなものだ。見たことのない景色を見るのが、最も恐怖するところのようだ。「チコ」はそうだった。いつも「キコ」と一緒にいたが、外出のときだけはついてこなかった。「キコ」のすごいところはそれだけじゃない。そうして到着したス-パーで両親と私が買い物をしている間、全くいやがることも、動じることも、粗相するころもなくじっと車の中にいた。買い物が終わって車に戻ると、「キコ」は助手席に行儀よく座って、こちらを見ている。ずっとそうしていたのか、直前に気配を察知してそうしたのかは定かではないが、我々が気づいたときには、きちんと座って外を見ていた。「お待ちどうさま。さ、帰ろな」と父が車を出すと、再び止まり木作戦である。ここのところは学習がないが、とがめられても一応の主張はしておきたい、ということなのかもしれない。父が疎ましがって背中を押すと、ダッシュボードの上で外界の景色を楽しんでいる。対抗斜線を走る車は、さぞや驚いたことだろう。ダッシュボードにちょこんと座る猫が見えるのだ。置物にしては大きく、本物とするとおかしな光景だ。猫が車に乗り、しかも外の景色を凝視している……、にわかには信じ難いだろう。「キコ」は、猫の常識を塗り替える駄猫だった。家の中に出現したゴキブリは百発百中しとめた。ヤモリもいたぶっては絶命させていた。エサに好みはなく、何でも食べた。食べ過ぎて吐いてしまっても、全部なめて再び胃におさめた。前回も書いたが、地域の野良猫を統括しているボス(壮絶な縄張り争いの果てなのか、片目で、人間でも怖いような風貌の年増ネコ)が、「キコ」の前ではかわいい声で鳴くのだ。「キコ」はボスを一瞥し、自分の行きたい方向へ行く。するとボスと、それに従っている4~5匹の猫がぞろぞろと「キコ」について歩く。「キコ」にはよほど野生としての力が備わっていたのだろう。しかし「キコ」は、うちでエサを食べ、寝床があり、寂しい思いも切実な食料難も経験していない。それほどまでに野生の血が強い理由はいまだにわからない。しかし、「キコ」は余りにも強く、頭脳のよい駄猫だった。……あ、書きたかったエピソードにたどり着かない。致し方なく、次回に。ここから書くには長くなり過ぎるものすごい話なので。
2007.03.01
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